ゴマキ新曲ジャケットに履いてるのはルーズ?

このエントリーをはてなブックマークに追加
265鮪乃さしみ ◆vDQxEgzk

【T・E・N】 第34話 高橋

「ちょっと遅いけど、おやつの時間で〜す」

 石川がティーセット、高橋はストロベリーパイを載せたトレーを手に厨房か
ら現れた。「うわあ〜」と驚きと喜びが入り交じった声が、ただっ広い居間に
沸き上がる。

(なるほど、これは「とっておき」だわ)

 と飯田も納得の石川のお手製のパイが、テーブルの上に載せられた。
 石川がナイフできれいに10等分する。半端が出てしまうのは仕方がないが、
周囲のメンバーには食べる前からその半端を誰がゲットするかに早くも関心が
集まる。

 居間で和やかなおしゃべりが始まったのが4時頃。招待状に書いた集合時間
である。屋敷にいるモーニング娘。元メンバー全員がそこに集まっての「とっ
ておきのティータイム」が始まった。
 当然屋敷にまだ着いていないメンバーには、この目の前のストロベリーパイ
とレモンティーにはありつけない。本来なら9人揃ってこのティータイムを迎
えるはずだったのに、と飯田は残念に思う。

「モー、やっぱり安倍さんは遅刻なんだから」

 加護がふてくされた表情を浮かべる。もったいないよねぇ、とその後に誰か
がつけ加えた。しかしそんな安倍と矢口のことよりも、目の前に出されたオヤ
ツが気になって仕方がないといった様子のメンバーがひとり。

「じゃあいっただっきまぁ〜す」

 どんな時でも、誰に対しても、美味しいモノに対する執着を隠そうとしない
紺野がストロベリーパイの最初の一口を頬張る。
 その一瞬で、普段からトロンとしている紺野の目がさらにうつろになる。
266鮪乃さしみ ◆vDQxEgzk :02/06/23 23:56 ID:QeqyDqTw

「どお?」

「おいし〜?」

 期待感を込めて石川と高橋が語りかける。だが紺野という人間を知っている、
ここのメンバーなら分かる。その表情だけで、味の絶対的な評価はもう約束さ
れたようなものだ、と。
 その様子を見て、我先にと紺野に続いて皿の上に取り分けられたパイに皆が
手を伸ばしたその時だった。

「うっ!」

 うつろな目をカッと見開いて紺野が口を押さえる。
 瞬間、周囲に緊張と衝撃が走る。

「ど・・・っどーしたの紺野!?」

 一人用のソファの上で、胸を押さえつけて前かがみになる。だらしなくぶら
下がった黒髪が横顔を覆い隠し、紺野の表情をうかがい知ることが出来ない。

「なっ中に何か入っていたのぉ?」

 こんの、こんの、と叫びながら高橋や石川が背中を撫でる。居間が騒然とし
た雰囲気に包まれた。
 飯田は状況がはっきりと把握できないのに、早くも涙目になっている。
 屈み込んでいる紺野が、小刻みに震えだした。

「うううっ・・・くっくっくっく・・うぅ〜」

 不意に、紺野が身体を起こした。

「うんまぁ〜い」

 まわりが赤むらさきのソースまみれの口から、至福の表情を浮かべそう言い
放つ。
 とりあえず無性に腹が立った吉澤は、紺野の後頭部を軽く一発殴っておいた。
267鮪乃さしみ ◆vDQxEgzk :02/06/23 23:57 ID:QeqyDqTw

 ストロベリーパイだけではない。
 紅茶も入れかたひとつでこれほどまでに味が引き立つものだとは、と高橋も
正直驚きを隠せない。

 思いがけない多幸感に包まれ、メンバー同士の会話も弾む。
 この時の飯田は言いたいことがあると紺野に手話で表現して、それを紺野が
通訳するといった形で会話が続いていた。もっとも紺野は2枚目のパイを加護
とのジャンケンに勝ちゲットしたので、それを口に運ぶのにも夢中だし、ハタ
から見てかなりせわしない。

(そう、とても幸福そうにモノを食べるメンバーがもう一人いたっけね・・・)

 飯田は辻がこの場にいたらどんな表情でこのパイを食べたんだろう、とつい
つい虚しい想像をしてしまう。

「それにしても広い屋敷やよねぇ」

 高橋が、ため息混じりで居間を見渡す。

「オレここ初めてなんだけど、来たことあるヤツって誰だっけ?」

 吉澤がソファにふんぞり返って、大股開きになって皆の表情をうかがう。誰
を意識しているのか、無理に男を演出しているように飯田は思えてならない。

「えっと、新メンバーは来たことあるはずだよね」

 石川がそう言いながら紺野に視線を向けた時、自分たちが加入してから7年
経ったにも関わらずまだ「新メンバー」という呼び方をされることに抗議しよ
うかと思った。しかしそんなことに火花を散らすことは今となってはまったく
無意味だと自分に言い聞かせ、寸前で踏みとどまった。

「ええ、解散の2ヶ月くらい前だったと思うんですけど」
268鮪乃さしみ ◆vDQxEgzk :02/06/24 00:00 ID:rJNxc9pm

 その時すでにグループの解散は決定していた。
 高橋・小川・紺野・新垣の4人は「解散記念モーニング娘。写真集」の撮影
の舞台にこの山奥の洋館と大自然を選んでいたのだ。

「その時、後藤さんも・・・来てましたよ、ソロのレコーディングに」

 丁度撮影のあった日にモーニング娘。在籍中では最後になる後藤にとっての
ソロシングルの収録がこの屋敷のスタジオで行われていた。とはいっても収録
は在籍中最後でも発売は解散後ということになるので、実質エース後藤の本格
的なソロ活動はモーニング娘。解散前からスタートしていたのだ。
 そしてあの事件が起こった。
 後藤の新曲は発売中止となり、幻の歌のマスターテープは今もどこかでが眠っ
ているはずだが、その所在はつんく♂しか知らないらしい。

 つけ加えるなら、皮肉なことにそれはこの屋敷でレコーディングされた最初
で最後の曲になった。

「リーダーは? この絵プレゼントしたんでしょ?」

 吉澤が指さした先には2階のあの大きな油絵。この絵の大きさを見るとこの
屋敷で描いてそのまま恩師に贈ったのではないか、という考え方も出来る。し
かし飯田は首を横に振る。
 飯田の話によれば、絵を描いたあとで運送屋さんに頼んで配送してもらった
そうだ。実は今日のこの同窓会では、この屋敷で自分の絵がどう飾られている
のか見るのも楽しみの一つだったのだとか。

「あと誰ぇ?」

 そう吉澤が言ったとき、意外なメンバーから意外な人物の名前があげられた。
 加護が誰にも目を合わさずに、伏し目がちに弱々しく言葉を漏らす。

「ののも、来たみたい・・・よ」
269鮪乃さしみ ◆vDQxEgzk :02/06/24 00:01 ID:rJNxc9pm

 石川は、というよりその場にいるメンバー全員の動きが一瞬止まった。
 意外にもこの屋敷に来てから、加護の口から辻の名前が出たのはこれが最初
だった。

「そう・・・」

 なぜか今度は石川のほうが、物怖じしてしまった。
 本当はいつ?何のために?という事をもっと知りたかったのだが、さきほど
裏山で見た辻に似た誰か―――とどうしても結びつけてしまう。吉澤の様子を
横目で見たが、石川と同じ気持ちのようだ。

「そだ! 探索しようか!」

 だからいきなり吉澤がそう提案したときは、他のメンバーがその辻のことを
さらに深く追求しそうな話の流れをわざと断ち切ろうとしたのではないか、と
石川は思ったぐらいだ。

「タンサク?」

 紺野がポカンとした表情を浮かべる。

「そうだよ! オレもまだあんまりこの屋敷のこと分かんないしさ! まさか
 こんなに広いとは思っていなかったし。紺野来たことあるんだろ? お茶終
 わったら案内してくんね?」

「え、ええ・・・別に・・・いいですけど・・・」

 紺野は助けを求めるような目を高橋に差し向けた。しかし彼女は、石川さん
と夕食の準備しないといけないから、と冷たく言い放つ。加護は当然夕食まで
ここにいると言っているし、そうなると話し相手となるリーダーも動くわけに
はいかない。もともと飯田は、この屋敷の中を動き回る気はあまり無いようだ。

(仕方ないか、吉澤さんとふたりっきりで・・・)

 紺野が記憶する限り、モーニング娘。の時代も含めて吉澤とふたりっきりに
なるのは今までに無かったし、それに加えて目の前のオトコになった吉澤には
少なからず抵抗があった。この居間でマッタリしていたかった紺野は吉澤の提
案に苦笑いをしつつ、そういえば先ほどは目の前のオヤツを食べるのに夢中で
あまり考えてなかったあの二人はどうしたのだろう、と思った。
270鮪乃さしみ ◆vDQxEgzk :02/06/24 00:03 ID:rJNxc9pm

「あと来ていないのは・・・安倍さんと・・・矢口さんだね」

 これだけのメンツでも蜂の巣をつついたような騒ぎのなか、現役アイドル時
代特に賑やかだったあの二人がまだ到着していないのだ。この二人が今ここに
いるメンバーと合流することによって、どういった化学反応(ケミストリー)
が起こるのか。紺野はそれに興味もあるし、ちょこっと不安も抱くのである。
 とくに解散から5年を経過した今でも女優として突出した活躍を見せる安倍
からは、面白い話が聞けそうな気がするのだ。

 いきなり高橋が、右手を掲げた。

「あと特別ゲストがいるじゃあないですか」

「はぁ?」

 困惑の表情を、そこにいたほとんどのメンバーが浮かべる。
 してやったりと右手で小さくガッツポーズを握りしめ、高橋が続ける。

「保田さんが後藤さんを連れてくるそうです」

 表情を固めたまま、ピクリとも動かないメンバーたち。

(ちょっとやりすぎた?)

 今度は高橋がうろたえる番だった。


【34-高橋】END
                       NEXT 【35-高橋と保田】