ゴマキ新曲ジャケットに履いてるのはルーズ?

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234鮪乃さしみ ◆vDQxEgzk

【T・E・N】 第30話 KAOとTEN

 重そうな扉が拍子抜けするほど程簡単に開いて中を覗いてみると、暗闇の中
にディスプレイだけが青白く光っていた。

 扉を静かに閉めて、右手で室内のスイッチを探す。
 プラスチックの凹凸を捉えて、カチッと確かな手応えとともに何かを切り替
えた感触が伝わってきた。

 しかし依然として室内は、カーペットとホコリの入り交じった臭気と深い闇
に包まれている。

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■TEN> KAOさん、電気ならつきませんよ(09.23-14:46:13)
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 暗黒と静寂の中で、パソコンのディスプレイに文字が浮かび上がる。
 わずかに響くのは、パソコンの本体のハードディスクが摩擦する音。
 画面の中ではブラウザが立ち上がっており、その少女にとって見慣れた赤茶
けた背景色のチャットルームへと繋がっている。
235鮪乃さしみ ◆vDQxEgzk :02/06/18 07:04 ID:wbPBdegF

 暗闇の中での唯一の光源であるその長方形を少女はただ、うつろな目で眺め
立ち尽くしていた。が、我に返ってたった今表示された文字列が自分を呼びか
けていると理解し、静かだが力強い手つきで慣れないキーボードに指を走らせ
た。

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<KAOさんが入室しました(09.23-14:46:51)>
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■TEN> おつかれさま。うまくいっているようね(09.23-14:47:33)
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■KAO> いちおうお膳立てはしてあげたわ。約束を忘れていないでしょう
ね(09.23-14:48:29)
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■TEN> あのこに会わせろってことでしょ。あたりまえじゃない
(09.23-14:49:04)
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■KAO> でも辻はあのひ氏んだはずでしょ(09.23-14:49:41)
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■TEN> じゃああなたは辻の死体をみたっていうの?(09.23-14:49:41)
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 ・・・・・。
 KAOと入力した少女は、キーボードの上に乗せている手が止まった。
 いつもこうだ。
 この―――TENと名乗る人物のやけに自身に満ち溢れた語り口調。
236鮪乃さしみ ◆vDQxEgzk :02/06/18 07:05 ID:wbPBdegF

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■TEN> じつは辻もう屋敷に来ているから(09.23-14:51:18)
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■KAO> どこ?おしえt(09.23-14:51:43)
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■TEN> あせらないの。まずは今まで打ち合わせしたとおりにするの。辻
にあうのはそれから(09.23-14:52:30)
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■KAO> あなたはいったいなにものなの?なぜ辻のひみつをしっているの
?(09.23-14:53:07)
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■TEN> よけいなことはさぐらなくていいの。それよりわすれないで。
(09.23-14:53:58)
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■TEN> わたしはいつでもあなたをみている。すこしでもよけいなことを
したら辻のいのちはないからね。(09.23-14:54:35)
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 KAOはこの一連のやりとりを続けているうちに、この5年間累積した

(なぜ私をこれほどまでに苦しめるの?)

 という想いが弾けて、目に一杯の涙を潤ませた。
237鮪乃さしみ ◆vDQxEgzk :02/06/18 07:06 ID:wbPBdegF

 約5年間も、こういったことが続いている。そして、徐々にエスカレートし
てくるTENの不気味な要求。それに対してあまりにも無力な自分。
 辻のためとはいえ、果たしてそんなことが許されるのだろうか。

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<TENさんは退室しました(09.23-14:55:11)>
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 画面に浮かび上がる文字。
 この5年間、メールやチャットなどNETを介して彼女に接触してくる謎の
人物TEN。彼(彼女?)は驚くべき事実を次々と明かしてきた。
 そして何よりも自分自身が消してしまいたい過去を、その人は知っていた。

(あなたは一体何者なの・・・?)

 秘密の交流を続けるうちに、次第に高圧的な態度をTENはとるようになっ
てきた。それに屈して、いま自分は取り返しのつかない行為に手を染めようと
している。
 自分だってこの5年間いろいろあった。我ながら「強く」なったと思う。
 多少のことでは動じない自信もある。が―――これから起こる、いや「起こ
す」ことに対して、緊張の糸が切れて暴走してしまう可能性もまた否定できな
い。KAOはポケットの中に忍ばせている安定剤を2錠、口の中に放り投げた。

  だが、すべてはもう動き出している―――時間は止められない。
  5年前の武道館のときのように。


【30-KAOとTEN】END
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