【T・E・N】 第28話 飯田と吉澤
リーダーご一行様が到着して、さらに賑やかになった。
「ちょっとぉ紺野! たった一泊なのに何なのよその荷物の量は!」
油断したら引きずってしまいそうなほど中身の詰まった旅行用のボストンバッ
クを肩からぶら下げて、身体全体をナナメにしながら玄関をくぐり抜けてきた
紺野。それを見た吉澤が、思わず叫んだのだった。
「修学旅行と勘違いしていない?」
目を丸くした石川に、高橋がすかさず告げ口する。
「しかも紺野の荷物の中身って、お菓子とか食べ物ばかりなんですよォ〜」
実家から送ってもらった北海道のお土産もあるのに、とちょっとふくれっ面
の紺野が負けじと飯田のカバンの中身についても言及する。
「いや〜でもリーダーの荷物もなかなかですよ〜、さっき中を見たら真っ赤な
ドレスとか入っていたし〜」
「もー同窓会と舞踏会を間違えているんじゃないリーダーは〜相変わらず電波
交信しているんじゃなぁ〜い〜」
飯田は怪訝そうな顔をしてスケッチブックに何か書き込み、みんなの前に殴
り書きの文字を掲げた。
“みんなきこえてないと思っているようだけど、
口のうごきを見れば、だいたいわかるんだぞ”
吉澤は「え?」という表情で、石川と見合わせた。
仏調面で飯田はさらに書き込む。
“だれがデンパだって? よっすぃー”
加護は腹を抱えて笑っている。
高橋がそのどさくさに紛れて言う。
「どうせなら仮装大会にしませんか、もう。
吉澤さんや石川さんもコスプレしてますし」
「「これが普段着なの!!」」
吉澤と石川は、声を揃える。
「一番動きやすいんですよ〜この服が〜」
とメイド服のスカートの端を持ちながら弁明する石川。
(よかった・・・本当に・・・)
ほとんどのメンバーが5年振りの―――あの事件以来初めての―――再会に
もかかわらず、意外にもあの頃の楽屋の雰囲気となんら変わらず笑いが絶えな
いことに石川も吉澤も胸をなで下ろした。リーダーの目にも安堵の表情がみて
とれる。
その時だった。
ボーン、ボーンと居間の古時計の鐘が二回、大きく鳴った。
石川と加護と飯田以外の全員がその予想以上の音の大きさにビクっとした。
立ち話に水を差された形になった元モーニング娘。たちだったが、せっかく
だからそれぞれの荷物をまず部屋に運んでからにしよう、ということになった。
部屋の数は十分足りている。
エントランスホールの奧の扉を開くと、吉澤たちが今いる大広間。この屋敷
は上から見るとそこを中心に十字の形になっている。奧は食堂と厨房があり、
その奧には石川が加護を探していた庭園に通じる裏口。
エントランスと食堂が居間を中心に下と上だとしたら、客室は屋敷全体から
見ると右と左にあたる。
1階はつんく♂の部屋と広めの客室、2階は一人部屋が中心でそれぞれ部屋
にはユニットバスがついている。1階の食堂に向かって左側は全てつんく♂の
生活スペースになっており、主人が不在のため鍵がかけられている。
石川がつんく♂が出発する前に中を見させてもらったが、パソコンとダブル
ベッドのある寝室・CDやレコードで埋め尽くされた書斎、そして楽器や家具・
雑誌にビデオなどが乱雑に押し込まれた倉庫などがあった。この屋敷で唯一の
私室であるものの、特に何の変哲もない部屋ではあった。
つんく♂が住んでいた1階スペース一帯の「開かずの間」に通じる扉は二つ
ある。居間に面した扉と、裏口。そこを開ける鍵を含め、全ての部屋の鍵束は
石川が持っている。しかし、用も無いのでここに来てから一度も西棟1階の鍵
を彼女は使ってはいない。あるいはつんく♂のプライバシーを覗くという、人
としての当たり前の後ろめたさがあるからだろう。
1階の広間の右側の扉を開くと短い廊下の左右に一つづつ扉があり、そのう
ちの1室は広めの客室になっている。
1階で唯一の客室であり、ここで石川と加護は1週間寝泊まりしていた。奧
を抜けるとバルコニーがあり、そこから裏庭の庭園に行くこともできる(ただ
し段差があるため、車椅子の加護はいつも正面玄関から回り道をして裏庭に向
かっていた)。ベッドが二つあり、2階のほかの客室と比較しても若干広めの
部屋である。車椅子でも動きやすいようにと、部屋の中は極力ソファなどの家
財は置いていない。
もちろん引き続き、その部屋を加護と石川が使う。なぜなら、加護が車椅子
の生活である以上、必然的に寝室は1階であり、つんく♂の部屋以外で1階の
客室はほかにはない。
2階の客室は全部で7部屋。
少し大きめの部屋が1部屋と一人部屋が6部屋。
ホテル時代の名残でルームナンバーがそれぞれ割り当てられているが、素気
ないとのことで石川は勝手に部屋のドアのナンバープレートの上に愛称を書い
たシールを貼り付けた。
その愛称はモーニング娘。時代の歌にちなんでいる。
<1階>
101号室・Love & Piace !
<2階・東棟>
201号室・Hold on me
202号室・SummerNight
203号室・Alive
<2階・西棟>
205号室・Revolution
206号室・Moonlight
207号室・Dance Site
206号室・Memories
「ええっと、それじゃあ一応ドアに名前の紙が貼り付けてあるんですけど、部
屋まで案内しますよ〜。まず上への階段なんですが、この家はエントランス
ホール、いま皆さんがいる居間、それに食堂の3つにあって・・・」
そう言いながらツアーコンダクターのような石川先導のもと、ぞろぞろとメ
ンバーそれぞれの部屋に向かうのだった。
【28-飯田と吉澤】END
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