市井紗耶香と吉澤ひとみの小説を書きますです。
よかったら読んでください。
紙に書いたんで、後はキーを叩くだけです。
2 :
:02/04/23 14:39 ID:zKoi0Cvd
市井イラネ
早く叩けYO
4 :
:02/04/23 14:40 ID:CoLhPG7N
暇人やな
5 :
名無し募集中。。。:02/04/23 14:42 ID:fwLyGbLn
市井って誰?
6 :
名無し募集中。。。:02/04/23 14:42 ID:O4HcbfLA
どうせ男勝り女って設定の話しになるに10000000ぁゃゃ
7 :
名無し募集中。。。:02/04/23 14:43 ID:efQuR8vD
(・∀・)
市井紗耶香と吉澤ひとみの小説
「空席」
空席には誰がやって来るんだろう
空席には誰がやって来るんだろう
誰も来ないのかもしれない そんな気も少しはしてる
かなわなかった約束が 腰を下ろすのかもしれない
真島昌利「空席」より
1
大きくて真っ暗なホールの中をライトが照らし始め、
ヘリウムガスを吸い込んだようなふざけた声のカウントが始まると、スカっぽい音楽が流れはじめる。
スカスカだからスカって言うのかな?あたしは音楽には興味がないからわかんない。
「レッツゴー!」
横浜アリーナ一杯を暑苦しく埋めた観客は、この曲がひさしぶりにメニューに入っていることに一瞬驚いて、それから大歓声をあげる。
あたしはこの歌が嫌いだ。学芸会みたいなこの曲のどこがいいのか全然判らない。
幼稚な歌詞と恥ずかしい振り付けで、地元でやるときは親や友達が見に来ないように祈ってしまう。
ほんのちょこっとなんだけど 髪型を変えてみた
曲の最初のフレーズを歌うのはあたしだ。この三人の中では、あたしが一番歌が下手なのに。
横浜アリーナの中は、どれだけ探してもひとつの空席も見つけられないだろう。
ただの椅子に座るための権利に何万円ものお金が飛び交って、オタクからヤクザまでが振り回されている。
あたしたちは巨大なビジネスだ。空いている椅子なんてあるはずがない。
でも、あたしは知っている。あたしが空席に座っていることを。
あたしの歌っている歌を、むかし別の誰かが歌っていたことを。
9 :
よしお:02/04/23 15:30 ID:Ab8iDi0z
(0^〜^)ノ YO! 市井ちゃん
2
あたしはバレーボールが好きだった。本当に好きだった。
小五でもう中学生に見られるくらい背が高かったし、運動神経もよかった。
「吉澤はバスケかバレーやればいいのに」ってみんなに言われて、小学校のクラブをバレーに決めた。
世界選手権がテレビでやっていたし、選手はマスコミでちやほやされていた。バスケじゃいくら上手くなってもテレビには出られないし。
中学でバレー部に入ると、練習は馬鹿みたいにきつくなった。
顧問はデブのオヤジのくせに怒鳴り散らしてばかりいたし、あたしより背の低い先輩にはにらまれたりもした。
それでもバレーは楽しかった。朝から晩までボールを叩いても飽きなかった。
ひょっとしたら、このまま上手くなれるのかな、とあたしは思っていた。
どんどん上手くなって、代表チームに入って、テレビに出られたりするのかな、なんて。
インタビューに答えたり、雑誌の表紙になったりする自分を想像した。かっこいいスポーツ選手とつきあったりする自分も。
もちろん現実はそんなに甘くなかった。
あたしたちは春休みの大会で東京の名門校とぶつかった。
そのチームはまるで化け物の集まりだった。選手はゴリラみたいで、監督はまるで調教師のように選手を殴った。
あたしたちの学校はボロ負けして、顧問がおまえら悔しいと思えとわめいたけど、あたしは悔しくなかった。
ああならなくてよかった、と思っただけだ。
半月後にあたしは自転車でコケて怪我をした。一ヶ月休んで部活に戻ると、あたしのポジションは見事に無くなっていた。
オーディションを知ったのは、休部してぐだぐたとしていたときのことだった。
あたしは小さいときから、バレーをやってみろと言われるのと同じくらいオーディションを受ないかと誘われた。
落ちたら恥ずかしいから受けなかったけど、自信はあったんだ。
あたしは応募の写真を撮る前に少し考えて、お母さんにほくろ取りレーザー手術の話をして案の定怒られた。
人生がかかってんのに、という言葉を笑われたあたしはふてくされたままと撮った写真を応募したけど、正しいのはあたしだった。
その紙は実際あたしの人生を変えた。
3
「はじめまして。よろしくお願いします」
あたしたち四人はテレビカメラの前で頭を下げた。向こうの七人がどんな顔をしていたのかは頭を下げていたから判らない。
もしかしたら、にらまれていたかもしれない。あたしたちは正直言って間違いなく史上最高レベルの合格者だった。
あたしは今だって、自分があの激しい競り合いに勝ったことが信じられない。
「よろしくね」
素っ気なくそう言いながら、向こうの七人はあたし達の手を握った。カメラが回っていたからあたしは必死で笑った。
「よろしくおねがいします。がんばります」
そう言い続けるあたしの前に、あいつはやって来てあたしの手を握ったのだった。
あたしは運動部出身だから、集団の中で誰がキーマンか、というのが直感でわかる。それはリーダーであるとは限らない。
上手く言えないけどあたしには、このグループの鍵を握っているのがこの猫のような目をした短い髪の人であることが判っていた。
こいつに近づけば、あたしは誰よりも先にこの集団にとけこめる、とあたしは考えていた。
あいつが、あっという間にいなくなることも知らずに。
それはあたしが十四歳から十五歳になる春のことだった。
「この世界の椅子の数は決まっている。決して増えない」
あいつがいなくなった後、あたしたちはレコード会社のうさんくさい男にそう言われた。
「観客はおまえたちを見てる訳じゃない。タレントという椅子を見てるんだ。おまえたちが椅子にふさわしい人間かどうかを見てるんだ」
男はタバコを吸いながら続けた。
「おまえたちは運がいい。ちょうどおまえ達の前で椅子が空いた。まるでおまえたちを待ってたみたいに」
それは事実だった。あたしたちの加入と前後して、グループには欠員が続出した。
「だが、運がいいやつほど勘違いする。それがただの運だということを忘れちまうんだ」
男は息を吸い込んで、言った。
「いいか、椅子のない人間は世界中にいるが、人間の足りない椅子はひとつもない」
あたしはこのつまらない話がいつまで続くのだろうと思いながら椅子に座っていた。
「勘違いするなよ。世界には空席はひとつもないんだ」
4
あいつが復帰するらしい、というのを聞いて、あたしは例え話ではなくマジで吐いた。
ファンはやっとあいつのことを忘れはじめた頃だったのに。あたしのユニットはヒットを連発して、大嫌いなあの歌をやらなくてもすむほどレパートリーも増えていたのに。
あたしたちがただ踊らされるだけの馬鹿だ、と思っている連中は、あたしたちがやっていることをやってみればいい。
馬鹿みたいに踊ることがどれだけ疲れるか。馬鹿みたいに踊った後、息を切らさずに馬鹿な歌が歌えるかどうかやってみればいい。
あたしはバレーで鍛えた体に何度も心底感謝した。脚についた筋肉に、肺活量を広げておいた呼吸器に感謝した。
あたしたち四人は頑張った。
年下の二人をテレビでしか知らない人たちは、甘やかされた子どもがやりたい放題やっているようにしか見えないだろう。
でもあたしはあの二人をオーディションの予選から知っている。二年前のあの二人は、いまのあの子達よりずっと大人びていた。あたしをにらんだ鋭い目をはっきり覚えている。
あの二人は努力して子どもに戻ったのだ。考えに考え抜いてそれを選んだのだ。
「なのに、何でよ!」
あたしは同期の子と二人きりの時に不満をぶちまけた。
「なんでやめた人間が誠実で、残った人間が裏切り者みたいに言われるわけ?」
早生まれのせいで学年があたしよりひとつ上になる梨華ちゃんは、困ったように笑って言った。
「考え過ぎじゃない?みんなそんな風に思ってる訳じゃないよ」
その答えにあたしはまたイラついた。梨華ちゃんの入ったユニットは、以前からポジションが空白になっていて、しかも構成が大きく変わった。
あたしは違う。あたしは、あいつが立ったばかりの空席にそのまま座らされたのだ。まだあいつの体温が残っているような椅子に。
5
だから、古臭いフォークソングのカバー集の後にあいつが出すらしいシングルを初めて聴いたとき、あたしは心底ほっとした。
もしかして、すごくいい曲だったらどうしようと思ったから。すごくかっこいい曲で、すごく売れたりしたらどうしようと思ったから。
「何、あれ。全然たいしたことないじゃん」
あたしは人のいない深夜のファミレスで真希にそう言ってしまうのを我慢できなかった。
あいつと一番仲がよかったのが真希だということくらいは知っていた。仲がいい、というよりそれはほとんど一種の血縁関係のように見えた。真希にはお父さんがいない。あいつにもいない。それで?それが何?
「そうだね」
真希は静かに笑ってそう言っただけで、あたしはまた混乱した。あたしは真希が同調するなんて思ってた訳じゃない。あたしは真希を怒らせたかったのだ。あの人を悪く言わないで、と叫ばせたかったのだ。
真希の浮かべた笑顔は、いくらけしかけても人の悪口に乗ってこない梨華ちゃんのずるい苦笑いとはまた違う不思議に静かな表情で、あたしはその顔があいつに似てるように見えてすごくイヤだった。
あたしは破裂した水道管みたいにあいつの悪口を言い始めた。
あたしの声にはすごく特徴があるから、もしファンが店に入ってきてあたしの声を聞いたらすぐに気がついてしまう。今は携帯電話があるから、パニックになるまでの時間が凄く短くて危険だ。
でもあたしは我慢できなかった。
シンガーソングライターになりたいと言っていたくせに他人の曲を歌っている。
一人になりたいから辞めたくせに、ダサい男が二人もくっついている。
そもそもあいつが辞めたのだって、ファンが思うほどきれいな理由じゃない。契約が気に入らないから辞めて、もっと不自由な契約で戻ってきただけじゃない………。
真希はうんうん、とうなづきながらあたしの話を聞いていた。
人が見たら、あたしと一緒にあいつの悪口を言っているように見えたろう。でもあたしには、真希がまるで子どもをあやすようにあたしの話を聞き流しているのが判っていた。
6
あたしは加入してすぐに真希と仲良くなった。
テレビで見ていた時は、絶対性格悪いしきっとヤンキーだ、と勝手に内心決めつけていた真希は、実際に会ってみると普通のいい子だった。
歌とダンスが好きでいつも信じられないくらい大量にCDを買い込んでは、良かったやつだけをあたしに貸してくれたりもした。
あたしはいい加減だから、部屋に真希から借りたCDが山積みになっている。真希はそれでも別に怒らずに、ただ最近はさすがに懲りたのかMDを貸してくれるようになったけど。
「これ、聴く?」
帰り際に、いつものように真希がMDを差し出した。
とうとう真希を怒らせることに失敗したあたしは、うん、とだけいってそれをポケットに入れた。人の悪口を言うのはとても疲れる。一人で言い続けるのはなおさらだ。
帰りのタクシーの中で、運転手に話しかけられたりサインを書かされたりしないように、あたしはMDを聴く。
それはあたしの知らない曲だった。タバコを吸い過ぎたみたいな声の男の人が歌っていた。
僕のお兄さんは 幻に取り憑かれ
個性を主張して 革命を叫んだ
夢見た者たちは その分叩かれた
理想を持つ者は 厳しく裁かれた
僕等はそれを見てきたから 失敗は繰り返さない
かしこい僕たちは 楽しい人生を送ろう
僕のお姉さんは きれいごとにだまされ
いつでも正直で 真面目にやってきた
他人を恨まずに いつも人を信じて
だまされ 裏切られ 損ばっかりしてきた
僕等はそれを見てきたから 何も信じてはいない
かしこい僕たちは 愉快な人生を送ろう
かしこい僕たちは 涙なんて知らない
かしこい僕たちは 空っぽに生きていく
なんて言う名前の歌だろう?あたしは明日真希にそれを聞こうと思いながら、曲の最後までもたずにタクシーの中で眠ってしまった。
疲れたので一休み。続きはまた明日。
16 :
マスボクシング:02/04/23 20:41 ID:DkoYAJMS
おもしろいのかな・・・。卑屈吉澤はあんまりよくねーなー。
この曲なんだっけ題名忘れた。
4 1 2 6 臭 え
改行してくれー
>17
俺もそう思った。
20 :
名無し募集中。。。:02/04/23 20:49 ID:cIxna5sB
つーか、こいつ串いくつ持ってんの?
時間空いてたのね
作者氏!とりあえずガンガレ。
7
「イルカは海の中で歌を歌うんだってさ」
レコーディングの休憩時間に、いきなり飯田さんが言った。
圭織、交信してんの?と矢口さんがからかったけど、
それにはかまわずに話し続ける。
「水の中では、普通の声はかき消されて届かないでしょ。
だからイルカは、特殊な周波数の音波を使って仲間と連絡を取るんだって。
それは人間の耳には聞こえないけど」
「あ、知ってるよそれ」
安部さんが口をはさんだ。
「ドルフィンソング、って言うんでしょ?」
もーなんで言うのよ、と飯田さんが怒って、安部さんは笑いながら謝った。
「だってテレビでやってたもん。海洋生物学の…。」
「言わないで!あたしが言うんだから」
飯田さんが無理矢理さえぎって続ける。
「とにかくそのイルカの歌は、群れごとに周波数がちがうのよ。
仲間の言葉は仲間にしか判らないわけ。
その研究が今進んでいて、
コンピューターでイルカ語の辞書みたいなのが作られてるわけ」
「ふーん、じゃ、そのうちイルカとしゃべれるようになるかもしれないんだ」
保田さんの言葉に飯田さんがそうそうそう、とあいづちをうっている時、
後藤さん今日で上がりです、とミキサールームから声が入って、
おつかれー、と言いながらあたしたちはぱちぱち拍手をした。
8
「ねえ、ごっつあん何歌うの?」
ミキサールームに顔をつっこんだ安部さんが、ガラス越しに聞く。
あたしたちはレコーディングが終わると、
何でも自分の好きな歌を一曲だけスタジオで歌わせてもらえる。
もちろん著作権の問題があるからその歌はCDに入らないけど、
プロのミュージシャンの演奏で歌ったテープはこっそり自分用に持って帰れる。
最高級のカラオケというか、いわば自分一人だけのボーナスのようなものだった。
「んーと、フォークなんですけど…」
真希はちょっと照れくさそうに笑って、
アコギのチューニングをしてるスタジオミュージシャンのおじさんにスコアを見せる。
あたしたちはミキサールームに詰めかけた。仲間のソロは絶好の見せ物だ。
上手ければ拍手喝采だし、失敗すれば当分笑い話のネタにされる。
「もー!見に来ないでよ!」
真希は照れくさいのか赤くなって叫んだけど、
あたしもミキサールームから動かなかった。
あたしは真希の声が好きだ。
コンサートの途中で聞き入って、自分のパートを歌い忘れることがいまだにある。
そんな気持ちにさせる声はあたし達の中では真希と安部さんくらいで、
でも二人の声は全く違う。
安部さんの声はまるで暖かい冬の声で、
真希の声はまるで冷たい夏の声だ。
9
「じゃあ、やります」
真希は観念したようにつぶやいて、マイクの前に立った。
ギタリストのおじさんが弾く何十万円もするアコースティックギターが
教会音楽のような旋律を奏で始めると、
あたしの大好きな真希の声が歌い出した。
今夜 ポニーとクライドが 僕の部屋へやって来る
冷蔵庫にはビールもあるし 安いチーズも少しはある
太陽の熱と光の余韻が ずっと遠くへ去った頃
裏返った夜が 照れながら ぽつりぽつりと話し出す
確かに本当に見えたものが 一般論にすりかえられる
確かに輝いて見えたものが ただのきれいごとに変わる
こんなもんじゃない こんなもんじゃない
こんなもんじゃない こんなもんじゃない
「人は嘘をつく時には 必ず真面目な顔をするの」
そんな 太宰治のようなことを ポニーは真面目な顔で言う
「いいかいボウズ 教えてやろう」 上目遣いでクライドが言う
「豚の自由に慣れてはいけない もっと人は自由なのだ」
それは昨日真希が貸してくれたMDの一番最後に入っていた歌だ。
つぶれたような男の声で歌われていたその歌は、
真希の透き通った声でまるで別の歌のように生まれ変わった。
あたしは鳥肌が立った。
感動したからじゃない。
ミキサールームの隅にある編集用のVTRモニターに、
まだ無音のあいつのPVがエンドレスで流れているのに気づいたからだ。
10
それは悲惨なPVだった。
事務所の余ったスタッフを適当にかき集めて、
売れているアーティストのテイストを適当にまねして作ったとしか思えない、
ダサくて手抜きの映像の中で、あいつは踊らされていた。
あたしは初めてそれを見た時、あいつを心底軽蔑した。
こんなことをやらされるためにあたしたちの中から抜けたの?
あたしはこんなやつと比べられて苦しんできたの?と思っていた。
でも今、その映像はあたしを脅かした。
真希の声の中で見るあいつは、まるで別の歌を歌っているように見えたからだ。
イルカの歌のように、仲間にだけ聞こえる周波数の歌を。
仲間じゃないあたしには聞こえない歌を。
気がつくと、ミキサールームのみんながそのVTRモニターを見つめていた。
まるで真希の声で歌っているようなあいつを見ていた。
あたしは急に耳が聞こえなくなったような気がした。
愛や幸せを 君は偉そうに 雄弁に語りづけるが
そんなことはもうはるか昔に さんざん親から聞かされた
目がくらむほど何かを信じることは 時に自由を脅かす
俺に説教たれるその前に 鏡を覗いたらどうだ
今夜 ポニーとクライドが 僕の部屋へやって来る
今夜 ポニーとクライドが 僕の部屋へやって来る
あたしは気持ちが悪くなって、倒れた。
ポニー→ボニーです。
誤字修正機能って、思わぬところで裏目に出ますね、
11
あたしは体力には自信があるけど、プレッシャーには実は弱い。
中学受験の前の夜にはもどしてしまったし、
オーディションの時には腹痛でトイレにこもってしまった。
「大丈夫?」
帰りのタクシーにわざわざついてきてくれた梨華ちゃんが、
たぶんまだ青いあたしの顔をのぞきこんで言った。
同期で入ったこの子のことを、あたしは自分でもどうかと思うくらい
日によって好きになったり嫌いになったりする。
それにはある法則があって、それは恐ろしく単純だ。
あたしは好調でテンションがあがっている時、
この子にイライラして耐えられなくなる。
そしてコンディションが悪くて不安な時、
この子にそばにいてほしくてたまらなくなる。
「だから、大丈夫だって言ってるじゃん」
あたしは無理にふてくされた声を出した。
怪我をしてる間にバレー部のポジションを奪われた中二の時から、
あたしはどんなにコンディションがひどくても自分からは言わないと決めていた。
あたしの留守にあたしのポジションに入った親友は、
ごめんね、でもすぐ吉澤さんがレギュラーに戻るよ、
と言いながらあたしの目の前でどんどん上達していった。
結局あたしは、とうとうそいつからポジションを奪い返すことが出来なかったのだ。
まして今あたしがいるのは、中学のバレー部より百倍もシビアな世界だった。
「市井さんのこと?」
いきなり刃物を突き刺すようにそう言った梨華ちゃんの顔を、
あたしは絶対に見まいとしていたのに、見た。
文句のつけようがないほど可愛いこの子の顔を、
あたしは時々暴力のように感じる。
12
「ずっと考えてたんでしょ」
あたしの目をまっすぐに見てそう言う梨華ちゃんから、あたしは目をそらす。
腹をくくった時のこの子は怖い。遠慮や手加減をいっさい捨てて、
反撃も恐れずにまっすぐ飛び込んでくる。
ディフェンスとオフェンスでは、この子は全く別の選手だ。
「イルカの歌の話、聞いてた?」
あたしは梨華ちゃんと目を合わせないために、タクシーの窓の外を見て言った。
「うん」
答えは短かった。
あたしはその時初めて、この子も同じことを考えていたのかもしれないと思った。
「分かんないのかなあ、あたしたちには」
スタジオからホテルに向かう道は空港が近い。
低空を飛ぶ旅客機の轟音がタクシーの屋根を震わせた。
ジャンボジェットがこのタクシーに墜落すればいいのにとあたしは思った。
「周波数がちがうのかなあ」
そのとき、下痢をするよりも、ゲロを吐くよりも最悪のことが起こった。
あたしは泣き出した。
更新乙。ガンガレ!
13
「あたしは出ません」
真希の声がテレビ局の廊下に響いた。
「出られません」
真希とにらみ合っている男は四十近い。
禁煙の廊下でタバコを吸っている。体格もいい。
男の正確な肩書は、あたしには判らない。
一番タチが悪い人間の肩書は、ここではいつも曖昧なのだ。
「彼女の密着ドキュメントのキモなんだよ。
どうしても出てほしいんだ。特に君にさ。」
男はにこやかだった。表面上は。
でもあたしたちは、こういう男を怒らせるとどれほど面倒か、
嫌と言うほど知っている。
「あたしは新曲の準備があります。
その他にもソロの仕事がたくさん入ってるんです。
他人のプロモーションにかかわっているヒマはありません」
真希はとりつく島もなかった。
あたしたちはただ黙って見ているしかなかった。
世間でどう思われているか知らないけど、
真希は怠けたり遊んだりするために仕事を嫌がったことは一度もない。
誰よりも最後までレッスンに残り、風邪や生理の時も決して休まない。
真希が学校に行かないのは、遊んでるからじゃない。もう働いているからだ。
真希はプロだった。
その真希が今、仕事をしないと言っている。
「冷たいなあ。君たち友達だったんだろ?」
男の顔はまだ笑っていたけど、あたしたちは緊張した。
真希は危ういバランスの上に立ちながら、決してそこから降りようとしない。
あたしには、それはまるでとり残された砦を死守する兵隊のように見えた。
「女の子の友情は儚いなあ」
男がそう言った瞬間、先に顔色を変えたのは真希の方だった。
「あたしは」
真希は一瞬息を止めて、それから吐いた。
声は低く抑えられていたけど、震えていた。
「全部、知っています」
14
真希がそう言った瞬間、今度は男の顔色が激しく変わった。
男は真希のように怒りを抑える意志も、その必要もなかった。
怒鳴り声をあげるために男が息を吸い込んだ瞬間、声がした。
「あたしが出ます」
安部さんだった。静かな顔で男と真希の間に入る。
「ドキュメントには出られないけど、ゲストとして迎えます。
プロとして、きちんと対応します」
男は安部さんをにらみつけた。
「あー、はいはいあたしも出る!」
矢口さんが甲高い声をわざと上げた。
この声が矢口さんの地声ではなく、
彼女が自分で作り上げた「作品」だと言うことを
世界で何人の人間が知っているんだろう、とあたしは思った。
生まれたままで受け入れられた人間なんて、ここには誰もいない。
「やるやる、仕事大好き!」
男は機先を制されて爆発するタイミングを失ったまま、
あたしたちをにらみ続けていた。
あたしはカンボジアの地雷を撤去する兵隊の気持ちがわかると思った。
15
「あ、どうもどうも」
その時、聞き慣れた声が廊下の向こうから近づいてきた。
あたしたちのプロデューサー。
「子どもばっかりですんませんなあ」
うさんくさい関西弁であたしたちと男の間に入ると、
肩をもみながら会議室へ連れて行く。
「大人同士で話しましょ。オイシイお話しを」
にやにや笑いながらあたしたちを一瞬振り返る。
あたしは今でもあの男のことがよく判らない。
世間はあの男があたしたちを全てコントロールしてお金を独り占めしたり、
気に入った子と寝たりしていると思っているのだろうけど、それは違う。
あたしたちを所有しているのは、企業であって個人ではない。
あたしたちの周りで動くお金は、
高額納税者として新聞に載るあの男の何十倍もの規模になる。
企業は、三十過ぎの若造に商品の独占を許すほど甘くない。
あの男は、半分あたしたちと同じ人形で、半分それを操る人形使いだった。
半分は敵で、半分は味方だった。
「ありがとうございます。すみませんでした」
真希が安部さんと矢口さんに頭を下げる。
矢口さんがふざけて頭にチョップを入れる。
「いつも言ってんじゃん。オヤジはまかせろって」
「ねえ。下積み長いもんね、一期と二期は」
安部さんが笑った。
「あの」
その時、思いもしないことが起こった。あたしの口が勝手に動いていた。
「あたしも出ます。出たいんです」
16
「無理しなくていいのに」
真希が言った。アイスコーヒーをずっとかき回している。
あたしたちはまた深夜のファミレスにいた。
よく雑誌で、オタクがファミレスで朝まであたしたちの話をして嫌がられてる、
みたいな記事を見るけどまだ本当に見たことはない。
タクシーの窓から人のいないファミレスを選んでいるせいもあるけど。
「大丈夫。自分で考えたことだし」
あたしがそう答えると真希は、
そっか、と言ったきりそれ以上何も聞かなくなった。
あたしは真希のこういうところがすごく好きだ。
まるでハードボイルド小説の私立探偵みたいに、
他人の心には踏み込まないし、自分の心にも踏み込ませない。
あたしは真希みたいに強くなりたい。
「新曲のレコーディング、進んでる?今回どんな感じ?」
あたしは話題を変えるためと、本当の興味が半分づつの質問をした。
くやしいけど、あたしは歌手としての真希のファンだ。
「ん、一応もうデモは出来てるよ」
真希はごそごそとバッグからテープを出して、あたしにくれた。
「うおー、世界初オンエア!」
あたしは興奮して、テーブルの下で脚をバタつかせた。
ウォークマンにテープを入れて、再生スイッチを押す。
でもそれっきり、あたしは何も言えなくなった。
それはまるで、童謡のように幼稚な曲だった。
17
あたしは真希に何十枚もCDやMDを借りたから、
真希がどんな音楽が好きなのかよく知っている。
あたしは真希が歌うCDを何十回も聞いたから、
真希の声がどんな曲に合うのかよく知っている。
あたしは思わず真希の顔を見て、これが何かの冗談なのかというしるしを探した。
でも、真希は真顔だった。黒い瞳があたしをじっと見ていた。
紛れもなく、これが後藤真希の三枚目のシングルなのだ。
「どう思った?」
真希は、テープが無音になってもまだ曲が続いてるふりをして
黙り込んでいるあたしに、静かに言った。
「うん…いいと思うよ」
蚊の鳴くような声であたしが答えると、真希は吹き出した。
「顔に出すぎだよ」
あたしは何も言えなかった。フォローの冗談も思いつかなかった。
あたしは今まで、テレビで馬鹿のふりをしてるけど自分は馬鹿じゃないと思っていた。
中学は私立だし、見てる人がどう思おうと馬鹿じゃないと思っていた。
でも、今、判った。あたしは馬鹿だ。
18
「アニメのエンディングテーマなんだって」
真希はストローでアイスコーヒーを吸い上げながらいった。
「ちょっと違和感あるかもしれないけど、自分では気に入ってる」
「…いいの?」
あたしは聞いた。なぜか真希を問いつめるような口調になってしまっていた。
「この歌でいいの?これが真希の歌いたい歌なの?」
「ん」
真希は少し笑って答えた。
「歌は歌。あたしはただ歌うだけだよ」
あたしは真希の言う意味が判らなくて、黙るしかなかった。
「私にマイクをくれ。昼飯のメニューを読み上げて、ヒトラーを泣かせてみせる」
真希が唐突に物まねみたいな声を出して、あたしはあっけにとられた。
「それ、何?」
「戦争中に、フランスの歌手が言ったんだって。
亡命できたのにパリに残って、殺されちゃったんだけど」
物まねが恥ずかしかったのか、真希は少し赤くなって答えた。
「でも、何となく気持ちはわかるよ。歌が好きな人だったんだなあって思う」
あたしには判らない。
それは、きっとあたしが真希のような生まれつきの歌い手ではないからだ。
「まあ、そうは言ってもいろいろ参ってるけどね。正直言えば」
真希が苦笑いしながらつぶやいた。
「コンセプトが家族、だからさ。例のあれの前に決まっちゃったから」
あたしはそのことを知っていた。反射的に言ってしまった。
「ユウキ君、大丈夫?」
真希はもう一度吹き出した。机に伏せて笑った後、あたしを見上げて言った。
「ほんとによっすぃーはいいよ、ストレートで」
19
「市井さん、吉澤です」
あたしはまるで喧嘩を売るような声になってしまっていた。
収録前のスタジオの片隅にヤンキー座りでしゃがみ込んで、
セットの準備をみていたあいつは初めてあたしに気づいて声を上げた。
「おう、四期生」
猫のような目が笑った。
細い体と、口が横に伸びる笑い方。一年半前と同じだった。
「ごぶさたしてます」
「ま、あたしがごぶさたしてたんだけどね」
あたしが頭を下げると、あいつはそう言ってけらけらと笑った。
「元気でやってるみたいだね。いつもテレビで見てる」
ありがとうございます、と言ったあたしの声がこわばっていた。
絶対に自然に接してやろうと思ったのに。
余裕を持って、あたしの方から見下してやろうと思ってたのに。
「いろいろ、迷惑もかかったみたいだね。悪いと思ってる」
あたしの雰囲気が伝わってしまったのか、あいつの声が低くなった。
あたしは必死で言い返した。
「いえ、チャンスをもらいましたから」
「そっか」
あいつは苦笑いした。
「歌」
あたしは無理矢理言葉を押し出した。
「自分で作らないんですか」
沈黙が流れた。あたしはひさしぶりに自分の心臓の音を聞いた。
「んー、それはさあ…」
あいつはキャップの上から頭をかきながら言った。
「実力とか、いろいろあってさ…」
「あたしは聞きたいです」
あたしは止まらなかった。
「どうせバカにするんなら、市井さんの歌をバカにしたいです」
あいつはしばらくきょとんとしてあたしを見上げた後、吹き出した。
「相変わらずだなあ、運動部」
あたしは黙っていた。
「でも、まあ」
あいつは安っぽいセットに目を戻して言った。
「歌は歌だからさ。歌うよ」
それは、真希と同じセリフだった。
「それがレストランのメニューみたいな歌でもですか」
あいつはまたあたしを見上げた。猫のような目が笑った。
「私にマイクをくれ、か」
あいつはゆっくり立ち上がって、言った。
「その話、あたしが後藤に教えたんだよ」
スタッフから呼び出しの声がかかり、あいつはハーイ、と返事をして振り向いた。
歩き去る前にあいつは不思議そうにあたしを振り返って、
背が伸びたねえ、とつぶやいた。
結局あたしは何も言えなかった。
20
「よう!ようよう!」
気の抜けたあたしが楽屋で天井を見上げていると、
キャバクラみたいな衣装を着た梨華ちゃんがラッパーの物まねで入ってきた。
「…何その衣装?」
あたしは目を丸くした。
梨華ちゃんが参加したユニットは素朴さが売りのはずだった。
「引かないでよ。恥ずかしくなるでしょ」
梨華ちゃんはふてくされてあたしの横に座った。
「また路線転換だって」
「やれやれ」
あたしはため息をついた。
路線転換、メンバー追加脱退、やらせドキュメンタリー。
あたしたちのまわりには、いつもそんなものがぐるぐる回っている。
「なんか、イヤになっちゃうなあ…」
あたしはつぶやいた。
「うん、イヤになっちゃう。でも…」
梨華ちゃんが言いかけた言葉を、あたしは続けた。
「歌は歌だから?」
梨華ちゃんはうなづいた。
「そう。歌は歌だから」
ふう、とあたしたち二人は天井に向かってため息を吹き上げた。
これがあたしたちの世界だ。嘘と欲望と行き当たりばったりが支配するテレビの国だ。
あたしたちはこの国で生きていかなくてはならない。
でたらめなこの国の法律におびえながら、国籍も人権もない国民として。
「おなかがへったなあ」
梨華ちゃんがつぶやいた。
「私にマイクをくれ」
あたしは言った。
何それ?と梨華ちゃんが吹き出した。
番組の収録は空々しいほどスムーズに終わった。
友情を確かめ合うシーンがない、とこぼす気の弱そうなディレクターに、
下手に演出するともっと寒くなりますよ、と安部さんが笑顔で脅しをかけた。
あたしたち演技下手だからねえ、と矢口さんが追い打ちをかける。
アイドルだしー、可愛いだけがとりえだもんねー、と二人は笑い合った。
安部さんと矢口さんが楽屋であいつと何を話したか、あたしは知らない。
21
テレビ局からスタジオに向かうタクシーの中で、
あたしは真希に借りたままのCDをまた聞いていた。
それは最終的にあたしが一番気に入った歌で、
「サンフランシスコの夜はふけて」という曲だと真希が教えてくれた。
でも歌詞の中に、サンフランシスコはまるで出てこない。
でたらめな曲だ。
揺さぶれ俺の体 揺さぶれ俺の心
犬どもは吠えるけど キャラバンは走ってく
ビール飲みながら アクセル踏みつけて
ラジオの音楽に 勇気づけられる
子供のころはもっと すべては単純だった
あいつが悪者なら こいつは正義だった
たくさんの問いかけに たくさんの答が
ただ嵐のように 渦巻いてるだけ
ライ麦畑にはもう 美しい夢もない
羽つきキャデラックで ビュンビュン飛ばしていく
誰かの物差しに たよったりビビったり
あいつの言ってたことも 少しは本当だ
道はまた空港に近づいて、轟音で歌が聞こえなくなる。
でももうあたしは飛行機が落ちればいいとは思わなかった。
あたしはタクシーが空を飛べばいいと思った。
22
「石川さん、吉澤さん上がりでーす!」
案の定最後になってしまった二人の録音が終わって、
あたしと梨華ちゃんはマイクの前でハイタッチした。
センターを取ったことがあるくせにあたしたちの歌唱力は今イチで、
そのわりにキャラクターが強いからいつも手間取ることになる。
それでおまえらは何歌うんだー、と
ガラスの向こうのミキサールームで保田さんが聞いている。
歌う歌はもうこっそりと決めてあった。
あたしがギター弾きのおじさんに曲名をささやくと、
四十過ぎのそのおじさんは、ははは、と笑った。
「石川と吉澤、パフィーやりまーす!」
梨華ちゃんが右手を挙げて叫ぶと、ミキサールームは爆笑した。
おまえそれありかよー!つんくファミリーの裏切り者!と、
矢口さんが大笑いしながら叫んでいる。
石川、背が小さい人の言うことは聞こえませーん!と
梨華ちゃんが言い返す。
23
おじさんがギターをかき鳴らしはじめた。
この曲はビートルズへのオマージュなんだよ、と
いつか真希があたしに教えてくれたことがある。
あたしたちは、ビートルズを知らない。
近頃私たちはいい感じ
悪いわね ありがとね これからもよろしくね
もぎたての果実のいいところ
そういうことにしておけば これから先もまたいい感じ
もしも誰かが不安だったら 助けてあげられなくはない
上手くいっても駄目になっても それがあなたの生きる道
燃えてる私たちはいい感じ
生きている証だね 世の中が少し見えたね
もぎたての果実のいいところ
そういうことにしておきな 角度変えればまたいい感じ
練習もしないでぶっつけ本番だったから、
自分の曲でさえあやしいあたしたちの音程はもうめちゃくちゃだった。
ミキサールームでは爆笑の渦が起こっている。
もう、こんなはずじゃないのに、と
一番だけで三回も声が裏返ってしまった梨華ちゃんが泣きそうな顔で言って、
それであたしはまた笑ってしまって歌えなくなった。
こんなはずじゃない。
あたしたちはいつでもそう思いながら、歌ったり踊ったりしている。
少しくらいは不安だってば これが私の生きる道
近頃私たちはいい感じ
悪いわね ありがとね これからもよろしくね
まだまだここからがいいところ
最後まで見ていてね くれぐれも邪魔しないでね
もぎたての果実のいいところ
そういうことにしておけば これから先もまたいい感じ
それでは さようなら!
スケジュールは問答無用に詰まっていて、
レコーディングが終わったらすぐにまたツアーだ。
歌いながら踊りながら、あたしたちのバカバカしい旅は続いていく。
あたしは歌と笑いでぜえぜえ息を切らせながら、
オフが出来たらハワイにイルカを見に行こうと思っていた。
市井紗耶香と吉澤ひとみの小説「空席」 終わり
使用曲一覧
真島昌利「空席」……………………「人にはそれぞれ事情がある」収録
「かしこい僕たち」………「RAW LIFE」収録
「こんなもんじゃない」…同
「サンフランシスコの夜はふけて」…「Happy Songs」収録
PUFFY
「これが私の生きる道」……………「JET CD」収録
読んで頂いた方、どうもありがとうございました。
最初はどうなる事やら、と思ったけど
面白かったよ。
変に人間関係に結論出さないところも良い。
これに懲りずにまた書いて!
45 :
:02/04/24 22:33 ID:lHWJT+eD
(・∀・)イイ!
よかった〜。
現実もこうであることを願う