このときヤグデレラは死んだ母親の事を思い出した。
優しく暖かいぬくもりで自分を包んで育ててくれた母親…。
そして、すべての運命が変わる、母との死別…。
「あの時から…ひっぐ…ヤグチの運命変わっちゃったんだ…、どうして…?どうして
お母さん死んじゃったの…?」
どうしようもない心の叫び。
どうにもならない今の現実。
逃げる宛もない…飼い殺しの人生…。
「神様…見ているなら…ヤグチを助けて…こんなヤグチだけど…お願い助けて…。」
確かに見守っている人はいた…。
その人が現れたのは舞踏会の夜のことであったが…。
ラーメンが出来上がると、ヤグチはいまだにやんややんやと騒いでいる3人の元へ
ラーメンを運んだ。
先ほどヤグデレラの心を傷つけた事など気にする事もなく、
いや、まったくわかっておらず、のんきに騒いでいた。
今日はフケを混ぜる事も考えられないほどヤグデレラは深く傷ついた…。
台所へ戻ると、ヤグチはくずれるように台所の一角に倒れる。
台所の一角に一畳ほど敷かれた藁。
そこはヤグデレラに与えられた寝床だった。
この日、ラーメンの椀も下げる気にはなれず、
残り汁で食事をとることもしたくなかった。
藁の寝床でひたすら泣き、泣きつかれたまま、眠りについた。
その眠りの中でヤグデレラは夢を見ていた。
一段と煌びやかなドレスに宝飾を身に纏ったヤグデレラが
城の舞踏会場でひとみ王子とワルツを踊っていた。
「綺麗です…ヤグデレラ様。」
「そんな…うれしゅうございます。」
息を合わせて踊る二人の姿に周りの観衆は釘付け。
視線が刺さる中で彼の瞳をじっと見つめて踊る。
そして、オーケストラの音楽は次第に大きくなっていく。
「ヤグデレラ様…よろしかったら私の妻になっていただけませんか…。」
「はい…。」
(幸せ…。これがヤグチの幸せ…?)
その時ヤグデレラに声が聞こえてくる。
『もう少しの辛抱ですよ…がんばって…ヤグデレラ…。』
そして視界が暗くなった。
バッと起き上がる。
急に目覚めてしまったヤグデレラ。
あたりを見渡すが、まだ夜中…。
ここは台所の一角…。
「何だ…夢か…。」
少し残念そうな顔をするが、いい夢だったなぁと思った。
そして、自分がお腹すいていることに気付き、居間へ向かって
ラーメンの残り汁の入った椀を下げてくると温めなおして食事をとった。
「夢…か。でも夢じゃない気がするなぁ…素敵な夢…かなうと良いな…。」
自分が作ったラーメンの残りはあまりおいしくはない。
けれどあの夢のあとは、何故かおいしく感じた。
「かっこよかったなぁ…ひとみ王子様…。」