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62ブラドック
【暗殺】

 つんく♂からの親書を受け取った熊襲では、
天地がひっくり返ったような大騒ぎになっていた。
これまでは友好国だったというのに、
とつぜん従属を強要して来るということは、
拒否したら攻めてくるということである。
連合王国である熊襲では、抗戦派と交渉派に分かれ、
熱を帯びた議論が繰り広げられていた。
徹底抗戦を主張するダニエルとレファは、
出雲王国と同盟を結んで対抗する意見を打ち出す。
これに対し、ミカとアヤカ、真琴は交渉を主張した。

「これは何かの間違いよぉ」

梨華は確認するため、大和はもちろん、四国や吉備、浪速に使者を送っていた。
大和の軍隊の強さをよく知る梨華は、できるかぎり戦を回避しようとする。
本気で大和に攻め込まれたとしたら、熊襲は間違いなく滅亡してしまうだろう。
議論は白熱して行き、ダニエルとレファは席を蹴って退室してしまった。
二人で二千人近い兵を動かせるのだが、彼女たちはその戦闘能力に自信を持っている。
しかし、大和はその気になれば、二万人くらいの兵を動員することができた。
熊襲全体で防衛しようにも、今の兵力は六千足らずであった。

「絶対に戦にしたらいけません。その時は熊襲の終わりです」
63ブラドック:02/05/20 21:26 ID:lbm/Cuyw
アヤカの言うことは正しかった。
ここは真琴を使者として大和に送り、
何が不満なのかを聞いて対処すべきだ。
大王であるつんく♂の機嫌が収まれば、
意外と回避できてしまうかもしれない。
今回は何としてでも戦を回避しておき、
早急に稲作文化を浸透させてしまう。
生活習慣が大和と同化して行けば、
浪速や吉備のように民族の同化も可能だった。

「真希ちゃんやひとみちゃんと話したいなぁ」

梨華は泣きそうな顔でアヤカに言った。
あれだけ仲良しだった二人であれば、
きっと力になってくれるに違いない。
すでに十七歳になっていた梨華は、
早いところ王位を真琴に譲ってしまい、
誰かの嫁になってしまいたかった。
もう、政など嫌だったのである。
64ブラドック:02/05/20 21:27 ID:lbm/Cuyw
 その夜、梨華は遅くまでアヤカと話をしていた。
戦をしないためには、従属も止むを得ないだろう。
問題は、血の気の多いダニエルとレファの説得だった。
場合によっては、真琴を人質に差し出すことも辞さない。
そうすれば、いくら強引な大和の大王でも、
力攻めをするような愚行はしないだろう。

「夜も遅いので、私は自宅に下がります」

アヤカは梨華に深く頭を下げると、疲れた様子で退室して行った。
当時の熊襲では、各属国の族長が、政の代表を兼任している。
ダニエルは軍事関係を統括し、レファは食料確保を担当していた。
ミカは梨華と一緒に大和へ行っていたため、子供たちへの教育を担当する。
そして、真琴は宗教を司り、アヤカは国家事業を担当していた。
中でも一番忙しいのがアヤカであり、疲労が重なっている。

「ふー、落ち着いたら温泉にでも浸かってこよう」

アヤカが梨華の屋敷を出た時、
いきなり小柄な影が飛び出し、
彼女の腹に刃物を突き立てた。
アヤカは激痛の中で小柄な者を突き放す。
刃渡りが二十センチ以上もある刃物は、
アヤカの背中にまで達していた。

「お前は・・・・・・里沙!」

65ブラドック:02/05/20 21:27 ID:lbm/Cuyw
アヤカは噴出す血を押さえながら、小柄な娘を睨みつけた。
里沙は近くに住む生口(奴隷)の娘であり、とても真面目なので、
アヤカをはじめ、みんなで可愛がっていた娘である。
当時の生口は罰則的要素が強く、政治犯を中心とした刑罰であった。
罪の重さによって期間が限定されており、最短は一年である。
里沙の場合は父が殺人事件を起こし、無期で生口になっていた。
この場合、被告である父が死なない限り、生口から開放されない。
当時は連帯責任なので、家族まで生口になってしまうのだった。

「ごめんなさい!アヤカ様!」

二度目の一撃はアヤカの右胸に突き刺さった。
これが致命傷となり、彼女は膝をついてしまう。
出血の量は凄まじく、瞬く間に血溜りを作って行く。
アヤカは自分の死を悟り、里沙に優しく微笑んだ。
彼女は里沙が、きっと誰かに騙されていると思ったのである。
66ブラドック:02/05/20 21:29 ID:lbm/Cuyw


「そんな顔で見ないで下さい」

里沙は泣きながら刃物を落とした。
当時の熊襲には鉄器が入っていなかったため、
アヤカを刺した刃物は青銅器である。
鉄器に比べて強度は落ちるが、
加工しやすいのが特徴だった。

「憐れな娘だ・・・・・・」

そう言うと、アヤカは石段に倒れこみ、意識が混濁してくる。
恐怖に震える里沙に近づいて来たのは、何とダニエルであった。
タカ派のダニエルは邪魔なハト派のアヤカを始末しようと、
ヒットマンとして里沙を送り込んでいたのである。
里紗はダニエルから、アヤカをポアすることができれば、
一家全てを生口から開放してやると言われたのだ。

「ヨクヤッタナ。オマエハジユウダゾ。タダシ、アノヨデナ!」

ダニエルは太刀を引き抜くと、一気に里沙の首を刎ねてしまった。
これで暗殺者が里沙に決まり、後は政敵のミカや真琴のせいにすればいい。
アヤカは護身用の懐剣を引き抜くが、ダニエルの姿が霞んでしまう。

「何てことを・・・・・・」

これがアヤカの最期の言葉だった。