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301ブラドック
《言い訳》

 圭は仲間だけあって、私と真希の話を分かってくれた。
私たちは急いで自陣に帰ると、持ってきた兵糧米を用意する。
もう戦にはならないので、もって帰る必要はなかったからだ。
圭の国の領民が苦しんでいるのなら、少しでも役にたてればと思う。
尾張や美濃、三河、信濃には、かなり余裕があるはずだから、
帰ったらできる限り出雲に米を送ろうと思った。

「来たよ。紗耶香さん」

真希は伊吹山から降りて来る出雲勢を指差した。
まるで蟻の行列のように、細長い列になって続いている。
圭たちの先陣は、全ての馬を連れて伊吹山を降りて来た。
私と真希は兵に命じて、米袋を馬の背に乗せて行く。
馬に乗せられない分の米袋は、出雲兵に少しづつ持たせた。
干し肉や野菜まで出雲兵に与え、全員が食糧を持っている。
これで、ようやく大手を振って国に帰ることができるのだろう。
出雲兵たちは皆笑顔で、意気揚々としていた。

「さてと、我々も帰るとするか」
「そうだね」

出雲勢が無傷で引き揚げるのを見届け、
我が軍も尾張に帰る準備を始める。
準備が整って引き揚げようとした時、
すごい勢いで騎馬武者が走って来た。
彼は私と真希の前で馬から飛び降りると、
耳を疑うような事実を報告したのである。
302ブラドック:02/07/30 19:01 ID:bWpSPqx/
「一大事でございます!浪速が出雲軍の退路を断ちました!」

あの浪速が兵を繰り出して来たのか?
確かに浪速は五千くらいの兵なら、
簡単に動員できてしまうほど豊かだった。
浪速軍に退路を断たれた出雲軍は、
死にもの狂いで退路を確保するだろう。

「こんな山間で退路を断たれたら、大混乱になるぞ」

私は何とかしようと、急いで真希と相談をした。
とりあえず圭へ使者を送り、混乱だけは避けようと、
希望的観測を述べさせることにする。
当然ながら浪速軍にも使者を送って、
兵を引かせるように説得させた。

「紗耶香さん、大和軍と対峙してくれない?」

真希は自慢の精鋭三千を率いて、浪速軍に圧力をかけるつもりだ。
そうなると、私は九千のデコイを率いて、大和軍を牽制する。
真希たちとは違って子供が多いので、戦闘に発展させてはいけない。
真希たちと違って、こっちには戦える兵が二千人もいないからだ。

「よし!真希、できるだけ戦いは避けろよ」

私は真希を送り出すと、大和軍に向かって陣を張った。
驚いた大和軍からは、使者が送られて来る。
使者との対応には疲れるが、私は『気』を探るので、
何とかのらりくらりとかわしてしまった。
303ブラドック:02/07/30 19:01 ID:bWpSPqx/
「宮様は席を外しておられる。私が話を伺おう」
「いったい、どういうつもりで大和に弓矢を向ける!」

激昂した使者が罵った。
使者には激昂してもらった方が扱いやすい。
人間の心理とは不思議なもので、
予想外のことを告げられると、
頭から信じてしまう場合がある。

「何を申されるか!この陣は出雲軍に向けてのもの。
勘違いは迷惑千万。宗国軍の前に立つは常識であろう!」
「いや・・・・・・しかし、浪速軍が・・・・・・」

私に怒鳴られ、使者は返す言葉を失う。
どうやら、浪速軍と連携して圭を襲う算段のようだ。
ここは私の毒舌で、使者に反論を許さないことにする。

「ほう、浪速軍が出てきたのを、よくご存知じゃな。
これだけ出雲軍に近い我々とて、今しがた知ったばかりだぞ」
「それは・・・・・・」
「まるで、最初から知っていたようだの。なあ、使者殿」

蒼い顔で冷や汗を流す使者に笑いがこみあげるのを堪え、
私は散々、脅しをかけておくことにした。
どうせ、まともに戦をしたことのない連中である。
それに日本武尊軍の強さは痛感しているだろう。
304ブラドック:02/07/30 19:02 ID:bWpSPqx/
「我らの戦に文句があるのなら、力づくで突破されてはいかがじゃ?
無論、我らとて黙って踏み潰されはしないがな」
「それは・・・・・・」

大和軍の使者は冷や汗をかきながら、何とか状況を打破しようとしている。
ここはひとつ、手ぶらでは帰れない使者に花を持たせることにした。
使者が納得すれば、自陣に戻って指揮官を説得するだろう。

「よいか?出雲軍は撤退を始めた。ここは無傷で兵を引くのだ。
その後、狛犬殿を大和に呼び出せば済むことだろう?」
「それはそうだが・・・・・・」
「先に我らが奥羽を統一するゆえ、狛犬殿が逆らった場合、
奥羽の連中に先手を務めさせるが得策ではないのか?」

私は理詰めで使者を押さえ込んでいた。
大和の意向としては、圭と真希の共倒れを狙っている。
しかし、真希は安倍との戦いこそが最後となるのだ。
安倍の首を取ったら、私は真希を殺さなくてはならない。
その後のことは考えていないが、王族の誰かを擁立して、
大和を滅ぼすのも、いいかもしれないだろう。

「しかし猿楽殿、大王は狛犬圭こそ討ち果たすを望んでおられる」
「はて、私は狛犬殿を討つことは聞いたが、他の者まで討てとは聞いておらん。
よいか?大王が望んでおられるのは、事態の解決こそ最優先である。
狛犬殿の首などは、おまけに過ぎんのだよ。お分かりかな?」

これで圭が兵を引き、少人数で大和へ行けば、
気の小さい大王は彼女を殺せなくなってしまうだろう。
何らかのペナルティはあるだろうが、これが嘆願戦法だった。
305ブラドック:02/07/30 19:05 ID:T7jtqb1E
「それでは、猿楽殿は出雲軍を攻める気がないと?」
「そうは言っておらん。ここで攻めても、双方に多くの死者が出るだけじゃ。
出雲は鉄壁の槍隊を持っておろう。あれを倒す頃には、我らもボロボロじゃ。
そんな時に背後から攻められでもしたら、私は宮様を守りきれん」

私は使者を挑発してみた。
みるみる使者が激昂して行く。
図星だったことを隠すための演出である。
そのくらいの単純なことであれば、
わざわざ『気』を探るまでもない。
私はそんな使者が滑稽でならなかった。

「大和が宮様を攻めるとでも言われるかァァァァァァァァー!」
「いや、そうではない。このあたりを平定した折、狛犬殿が蛮族を手懐けおった。
我らがボロボロになれば、狛犬殿の仇とばかりに、連中は攻め込んで参ろう」

私は使者の精神を揺さぶってみた。
使者は私の意思で納得した形となり、
首を傾げながら自陣に帰って行く。
これで少しの間は時間稼ぎになる。
この間に何とかしてもらいたいものだ。
そうでないと、いつまで大和軍を阻止できるか。
私は思わず伊勢大社に向かって拝んでいた。