《真希の正体》
「まず、あんたに聞くで。真希は覚醒して、どうなった?」
貴子は、いきなり私に質問して来た。
彼女はどうしても神官であるため、
こういった会話が多いのだろう。
私は真希が一番最初に覚醒した、
熊襲での時のことを思い出した。
あの時、真希は非常に残酷となり、
破壊と殺戮を繰り返したのである。
真希は熊襲という国家どころか、
国民を一人残さず抹殺したのだ。
「そうや。真希は覚醒すると、残忍で破壊的になる」
真希の『意識』は、最初の覚醒で『同化』し、二度目で『独立』している。
今は暴走していないので安心だが、真希の中には日本武尊が同居していた。
まさか、三度目の覚醒は、今の真希が日本武尊になってしまうことなのか。
「そうなんや。三度目の覚醒で、確実に真希はいなくなる」
「そんな!真希はいったい・・・・・・」
日本武尊は死ぬまで殺戮と破壊を続けるだろう。
そうなったら、もう、敵も味方もないはずだ。
なぜなら、それが日本武尊だからである。
真希と同居している内は天才武将で通用するが、
完全に日本武尊になってしまったとしたら、
破壊と殺戮を繰り返す狂人になってしまうだろう。
そうなる前に、私は真希を殺さなくてはならない。
「そうや。そうなったら、この世は終わりなんや。
何せ、真希の正体は須佐男命の化身なんやからな」
「す・・・・・・須佐男命だと!」
私は貴子の話に、自分の耳を疑った。
だが、貴子がウソを言うワケがない。
なぜなら、こんなところでウソをついても、
何のメリットもなかったからである。
真希を助けたいために草薙の剣を持ってきたはずだ。
だから、大王とは別の考えを持っているのだろう。
「須佐男命は知っとるな?」
須佐男命は戦の神であるが、同時に破壊と虐殺の神であった。
天照大神の弟であるが、高天原で暴れ回り、地上に追放された神である。
ヤマタノオロチを退治した話は有名だが、多くの大学者が研究したところ、
それは、大王家による異民族の虐殺であるという結論に達していた。
「真希と同じことをしている」
私は全てを悟った。大王が恐れているのは保身からだけではない。
本当に大王が恐れていたのは、全てを破壊されることだったのだ。
真希という須佐男命の化身が誕生したということは、今の時代が、
異民族とその文化に対し、破壊と殺戮を要求したからである。
要するに、大和による全国統一が必要になった時期であり、
そのためには、敵対する異民族を抹殺する必要があったのだ。
稲作による東国侵略の歴史的意図は、この列島が統一され、
外敵から自衛できるだけの軍事力を持つということである。
真希が必要とされるのは、大和の侵略が終了するまでであった。
それ以降は須佐男命のように、国内の破壊を始めるだろう。
「ならば、圭と安倍を殺した時、真希の役目は終わるのか」
「まあ、そうやろな。それであんたが真希についとんのや」
さすがに貴子は私の使命を知っていた。
私が生まれたのは、真希を殺すためである。
今の状況からすると、圭を殺すのが先決だ。
圭を殺してから安倍を殺せば列島は統一される。
その時こそ真希は時代から抹殺されるのだ。
私という人間の手によって。
「納得したらしいな。分かったら、圭を討つんや」
圭を討つ?これも運命なのだろうか。
姉のように慕っていた真希が圭を殺すのだ。
その悲しみは測り知れないだろう。
恐らく、真希は完全に覚醒するに違いない。
真希の意識は消滅し、日本武尊だけが残るのだ。
「まってくれ。あたしには疑問が残ってる」
「もう答えは出たんや。後は自分で考えるんやな」
そう言うと貴子は広間から出て行った。
私は一人、床に手をついて考えてみる。
大王が真希を抹殺しようとしたのは、
姉の彩を追い出したからであった。
そうか!大王は彩と真希のどちらかが、
須佐男命の化身だと知っていたんだ。
大王は小心者だったが、大和の首長である。
真希を暗殺することはマイナスだった。
だからこそ熊襲を嵌めたに違いない。
しかし、真希には私たちがついてしまった。
真希を抹殺するには、味方になる者を、
徐々に殺して行くしかないのである。
列島の統一が終了直前である現在、
大王の不安は真希と圭に他ならない。
この両者が結託して軍事行動を起こせば、
いくら大和といえど、勝つことは不可能だ。
だが、互いに潰しあってくれるとなると、
それは大王の理想的な結果となる。
「真里は子供を失って死を選んだ。大王は我が子を殺すのか?」
私には理解できなかった。親が子供を殺すなんて信じられない。
子供は自分の分身ではないのか?子供は可愛くないのか?
大王にしても『領民のため』などといった浮ついたことは思っていないだろう。
なるほど、これは列島の統一戦なのだ。真希はこうなる運命だったのである。
この運命は誰が欲したものでもない。今の時代が要求したのである。
その中では大王や真希などは、ただの部品にしかすぎないのだ。
時代が要求しなくなれば、価値のなくなった人間は、存在自体が害になる。
これまで自然と一緒に生きてきた真里たちは、それを知っていたのだろう。
真希にしても、列島を統一した段階で、存在の意義を失ってしまうのだ。
私はその真希を殺した時に、存在の意義をなくしてしまうに違いない。
大王にも真希の死を確認するといった重要な使命があった。
「そう考えれば、貴子の使命も終わりのようだな」
貴子は真希のことを私や大王に伝えるという使命があった。
他に使命がない場合、彼女の存在が無意味となる。
時代は使命が終わった者に、どういった対応をするのだろうか。
存在自体が害となる真希には「死」が訪れるだろうが、
それ以外の者に対しては、何があるのだろう。
私はそんなことを考えながら、大王の館を出て行った。