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259ブラドック
《安倍の再起》

 安倍は故郷である毛野を捨て、利根川を舟で下り、太平洋に出ていた。
まだ奥羽には、安倍の言うことを聞く部族が多く存在している。
その部族をまとめあげ、大陸の支援が得られれば、大和に対抗も可能だ。
しかし、今はとにかく逃げる事が最優先である事は、火を見るよりもあきらかである。
自分さえ生きていれば、今後の戦略に関しては何とかなると思ったのだ。
安倍が歩けない以上、舟での脱出は陸路よりも確実な手段である。
利根川を下って太平洋に出れば、親潮が自然と舟を動かしてくれた。
そして、このまま北上し、仙台か気仙沼あたりに上陸するのが安全である。
上陸したら、十和田湖畔あたりで、連合王国の連絡会を発足させてもいい。

 当時は奥羽にも徐々にではあるが稲作が普及し始めており、
今後は毎年のように大幅な人口増加が見込まれていた。
やはり、真の意味での『正義』は、安定した食糧確保である。
毛野以北への稲作の伝道は、安倍の手によって行われた。
安倍はこうやって奥羽諸国を懐柔していたのだが、
強引な政策に難色を示す国も存在している。
そういった国からは人質を取り、すぐに殺してしまっていた。
日本武尊との戦が終わったら、そんな国は潰すつもりでいたからである。
こんなダーティな戦略を企てるのが、安倍のやり方だった。
260ブラドック:02/07/22 17:47 ID:gvPDeh/j
 それはそうとして、大和の大王の口車に乗って日本武尊と戦ったのだが、
狡猾な彼は、邪魔者である二者を共倒れにしようと画策しただけである。
ここになって、安倍はようやくそれに気づいたのだった。

「日本武尊、そして大和。絶対に潰してやるべさ!」

安倍は歯軋りをしてリベンジを決意する。
しかし、安倍の傷は想像以上に深刻だった。
すでに彼女の左足は血行が止まり、
至る所で壊死を始めて変色している。
早急に血管をつなぐ手術をするか、
さもなくば左足を切り落とすしかない。
そうしないと、数時間の内に、
安倍は命を落とすことになるだろう。
当然ながら、当時の医療技術では、
血管をつなぐ手術などできるワケがない。
要するに、足を切り落とすしかなかったのだ。

「安倍様、足を切り落とさないと死にますよ」
「そそそそそそ・・・・・・そんなァァァァァァァァー!」

小心者の安倍は、自分の足がなくなると聞いて仰天した。
彼女は凍傷のため、数本の指先を切り落としていたが、
今度は指などの小さなものではなく、足そのものである。
義足を使ったとしても、一生、杖をついて歩行しなければならない。
まだ二十代の安倍にとってみれば、とても辛いことだろう。
だが、命には替えられない。安倍は苦渋の決断をした。
261ブラドック:02/07/22 17:48 ID:gvPDeh/j
「し・・・・・・仕方ないべさ」

安倍は泣く泣く、二十数年間も共にした自分の足と別れる決心をした。
全て自業自得だったのだが、安倍は真希や大和に対する憎しみだけで、
そういった辛さを克服しようと考えていたのである。
それこそ、逆恨みもいいところだった。

「早い方がいいっすからね。そんじゃ、行きますよ」

部下の男が袴を捲り上げると、安倍の白い太腿が覗いた。
柔らかく、きれいな足だったが、もう会えなくなってしまう。
そう思うと、安倍は泣き始めてしまった。

「ちょっと待つべさ。なっちの足・・・・・・」

安倍は自分の足に最期の別れをする。
数秒後には体と切り離されてしまう。
そう思うと、自然と涙が出て来るのだ。

「そんじゃ、遠慮なく行きますよ」

男は青銅器の太刀を振り上げ、安倍の太腿に狙いをつけた。
そして、男は無表情のまま、太刀を振り落としたのだった。

「ヒャァァァァァァァァァァー!」

安倍の左足は太腿の中程から切り取られた。
麻酔もない当時にしてみれば、その痛みは想像を絶する。
小心者である安倍は、当然ながら気を失った。
262ブラドック:02/07/22 17:49 ID:gvPDeh/j
 結局、安倍は痛みに耐えながら、三陸海岸から内陸へ入り、
最終的には出羽北部の大きな村に落ち着いた。
このあたりまでは、大和(日本武尊)の探索も及ばない。
安倍は徐々に付近の部族を傘下に抱きこみ、勢力を拡大して行く。
全てはリベンジのためであった。

「なっちも若くないべさ。子供をつくらないと・・・・・・」

安倍はこの地に一族を残すことに決めた。
そして、末代まで大和に対抗するのである。
彼女はここの場所を『胆沢』と名付け、
安倍一族の総本山にしたのだった。

「同時に日本武尊抹殺を考えるべさ。雉は死んだ。残るは猿と犬っしょ」

狡猾な安倍は、真希たちを徹底的に調べていた。
飛び道具担当の真里が死んだことは、
日本武尊軍にとって、かなりの痛手である。
そうなると、次のターゲットは破壊力のある槍隊だ。

「次は狛犬だべね。・・・・・・手足をもぎ取ってやる。日本武尊!」

安倍は圭を葬り去る作戦を考え出した。
こういったことが得意な安倍は、
圭の持つ野心を刺激して行ったのである。
浪速や吉備と肩を並べる国になった出雲は、
北陸の大和傘下国にも影響を持つようになり、
真希の次に大きな勢力となっていた。