《毛野平定》
真希は毛野までの道中に、付近の村を全滅させては狩りを楽しんだ。
我軍も多くの犠牲者を出していたが、真希は全く気にしていない。
真希の覚醒した残虐性は、以前よりも過激になっている。
真里から教わった弓を使い、逃げ惑う無抵抗の村人を射殺して行くのだ。
降伏は許さず、戦っても勝てる相手ではなく、村人は逃げることしかできない。
そんな真希の恐ろしさに、逃げ出した兵も多かったのは事実である。
一万二千人もいた兵は、すでに八千人になっていた。
「あそこが奴らの本拠地か」
真希は獲物を見るように、大平野に浮かぶ集落を見た。
敵は相模川の戦で壊滅しており、至るところに敗残兵がいる。
真希は彼らを皆殺しにしながら、ここまでやって来たのだ。
恐らく、この地まで逃げ戻った者は、五千人足らずだろう。
「全て焼き尽くす。そして、できるかぎり殺すんだ」
真希は疲労を見せる兵たちに言った。
風向きを考えて火を放てば、大集落など瞬く間に燃えてしまう。
その避難民を片っ端から殺すつもりなのである。
勿論、国王の屋敷にも火を放ち、支配者階級は皆殺しだ。
こういった殺戮の意識は、はたして『同化』させられるのだろうか。
私は不安を感じながら、兵たちにつかの間の休憩をさせた。
「真希、安倍だけは絶対に始末するんだ。ヤツだけは許せない」
私は安倍を取り逃がしたことを後悔していた。
あの時、安倍を殺していれば、もう戦は終わっている。
真里を助けようとしたことが安倍を取り逃がし、
結果的に真希の殺戮を助長していたのだった。
大和と日本武尊に反抗した真里は死ぬ気なのだ。
躊躇わずに安倍を殺しておくべきだった。
「安倍は殺さないよ」
当然のことのように言う真希の言葉に、私は自分の耳を疑った。
これほど殺戮を楽しんでいる真希が、なぜ安倍を殺さないのだろう。
唖然とする私を見て、真希は冷酷な薄ら笑いを浮かべて言った。
「あいつを殺したら、終わっちゃうだろう?」
・・・・・・そうだった。
今の真希は殺戮が楽しくて仕方ないのだ。
こういった状況を提供してくれた安倍に対し、
真希は感謝の気持ちすら感じているだろう。
「真希・・・・・・」
熊襲の時は復讐という感情が底辺にあったが、
真希は今回、単に殺戮を楽しんでいるだけである。
以前の真希と『同化』する確証がないのであれば、
この場で真希を殺すべきなのだろうか。
夜になると、真希は北西方向から火を放った。
そして南東に回りこみ、避難民を待ったのである。
真希の目的は殺戮であるから、私は戦略的な部分を指揮した。
「国王の館を包囲しろ!」
私は五千の兵に命じた。
殺すのは安倍一人で充分である。
特に、まだ幼い女王は殺したくない。
感情的な面ばかりではなく、
彼女は領民に慕われているからだ。
「館内の者に告ぐ!安倍の首をよこせば、命は安堵するぞ!」
私は大声で館に向けて怒鳴った。
もう安倍の権威は地に落ちているはずだ。
今回の責任は、全て安倍にある。
幼い女王を利用した安倍の反逆だとすれば、
いくら大和でも納得せざるを得ない。
私がそんなことを考えていると、
館の中から数名の男が出て来た。
「安倍様はいらっしゃいませぬ。女王様においては、ご自害されまする」
「バカ!まだ子供だろう!早く助けるのだ!」
私は数人の部下を引き連れ、男たちと館の中へ飛び込んだ。
館の中は怪我人ばかりであり、女たちが手当てをしている。
中には私に敵意の視線を向けて来る者もいたのだが、
多くの者は絶望に満ちた眼をしていた。
「遅かったか・・・・・・」
女王の寝所では、背中に懐剣を突き立てられた希美が倒れていた。
私は彼女に駆け寄って抱き上げてみる。まだ息があった。
背中を刺されているのだから、間違っても自害なんかではない。
「しっかりしろ。安倍はどこだ?」
「安倍・・・・・・さんは・・・・・・ののを刺して・・・・・・逃げたのれす」
私は安倍の逃走経路を探させる。
その間、真里を救う最終手段を考えた。
この傷では、希美は助からない。
その前に、土蜘蛛への命令を出してもらわねば困る。
「土蜘蛛の王子を解放して、戦をやめる指示を出せ」
「あの子は・・・・・・安倍さんがとっくに・・・・・・殺しちゃったのれす」
何ということだ!これでは土蜘蛛が納得しない。
それどころか、王子の死は日本武尊軍が、
毛野王国を攻めたせいだと思うだろう。
真里を救う最後の望みが失われた。
「・・・・・・真希の殺戮を阻止しなければ!おい、大和への降伏・恭順を宣言しろ」
私は瀕死の希美に言った。
希美が宣言した時点で毛野は大和の傘下に入る。
そうすれば、真希にしても勝手に住民を殺せなくなるのだ。
希美は最後の力を振り絞り、宣言をする。
「毛野は大和に降伏し、恭順することを・・・・・・誓う・・・・・・つ・・・・・・土蜘蛛・・・・・・がくっ!」
希美はついに力尽きてしまった。
こんな幼い少女を利用した挙句、
必要がなくなると殺してしまう。
それが安倍のやり方なのである。
安倍は絶対に生かしておいてはいけない。
例え真希が激怒しようと、安倍は私が殺す。
「女王様!最後の方が聞き取れませぬ!」
「土蜘蛛もこれにならい、頭領は責任を持って出頭すること」
「そんなに長い言葉ではなかったような・・・・・・」
頭の固い侍従が首を傾げる。
私はその男の胸倉を掴んだ。
真里が大人しく出頭すれば、
救ってやることができた。
その可能性は低かったが。
「確かにそう言った。文句があるヤツはいるか?」
私は太刀を抜いて侍従たちに突きつける。
腰を抜かした侍従は、私が言った通りを木簡に書き込んだ。
私はすぐに木簡を書き写させ、真希の陣と土蜘蛛へ送る。
そして私は安倍を追うべく、外へ飛び出した。