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239ブラドック
《死闘》

 真希は勇敢に敵陣へ飛び込んで行った。
日本武尊自ら敵陣に斬り込んだのであるから、
それに続く兵士たちは俄然勇敢になっている。
私は真希を守ろうと、彼女の背後についていた。
戦闘に夢中になると、背後が疎かになるからだ。

「この雑魚どもが!」

真希は鬼神の如く暴れまわった。
彼女が草薙の剣を一振りすると、
数人の敵兵の首が宙に舞った。
私には草薙の剣が光っているように見える。
そして真希が振るうたびに尾を引くのだ。

「日本武尊!勝負しな!」

長身の女が、すさまじく大きな太刀を振りかざして現れた。
青銅器の太刀だったが、軽く草薙の剣の倍はある。
これだけの大太刀を扱えるのは、人間業ではなかった。

「バカな女だ」

真希は草薙の剣を繰り出した。
ものすごい音がして、女は草薙の剣を受け止める。
まるで稲妻のような閃光が走った。
周囲の兵が戦闘を中断してしまうほどである。
240ブラドック:02/07/18 16:28 ID:u207vOLi
「よく受け止めたな。名前は?」
「飯田圭織比売(いいだのかおりのひめ)」

会津の毛人の族長である飯田圭織比売といえば、
東国、いや列島最強の猛者との噂である。
これはどう考えても名勝負であるに違いない。
しかし、残念なことに、結果は見えていた。
日本武尊である真希が勝つに決まっている。
日本武尊こそが最強の武将であるのだ。

「圭織!早く仕留めちゃうべさ!」

私は聞き覚えのある声がする方を向いた。
そこには憎き安倍がいるではないか。
安倍は二人のバトルに夢中で私に気付かない。
今が安倍を仕留める絶好の機会である。
私は真里から預かった太刀を引き抜くと、
馬上から安倍に斬りかかった。

「ヒイィィィィィィィィィィィー!危ないべさァァァァァァァァァー!」

悪運の強い安倍は、私の太刀をかわした。
私は近くの兵士の槍を取り上げ、安倍に突きかかる。
手応えがあったものの、それは安倍の太腿に突き刺さっただけだ。
私は動けなくなった安倍を追い詰め、とどめをさそうとする。
こいつだけは許せない。どうしても私が殺してやりたかった。
この女が生きている限り、誰かが泣き、そして死んで行くだろう。
すでに安倍は、その存在自体が罪だった。
241ブラドック:02/07/18 16:28 ID:u207vOLi
「お前だけは絶対に許せない」
「たたたたたたた・・・・・・助けてェェェェェェェー!」

安倍は必死の形相で逃げ惑い、私に命乞いをする。
私はあの時に、安倍を殺さなかったことを後悔した。
たとえ、逆上した真希に斬り殺されたとしても、
あの時に安倍は殺しておくべきだったのである。
私がとどめの槍を安倍に突き出そうとした時、
一本の矢が飛来し、私の肩に突き刺さった。

「誰だ?」

私が振り向くと、後方の中洲には真里が立っていた。
この距離で外すワケがないので、彼女は私を狙ったのである。
真里がその気になれば、私の心臓を確実に射抜くだろう。
それなのに、肩の中でも比較的痛みが少なくて、
安全な部分にヒットさせているのだから
彼女はわざと外したのである。

「真里!」

私は安倍を殺してから、真里を救おうと考えた。
殺そうと向き直った時、すでに安倍の姿はない。
二人の兵に担がれて、逃げて行くのが見えた。
私は安倍めがけて槍を投げつけるが、
それは負傷した方の膝に突き刺さっただけだった。
242ブラドック:02/07/18 16:28 ID:u207vOLi
「くそっ!悪運の強いヤツだな」

私は真里の近くに行こうとしたが、
大勢の土蜘蛛たちに阻まれてしまった。
土蜘蛛たちは、空ろな眼で私を阻止している。
決して攻撃をせず、それでいて道は譲らない。
私が太刀を繰り出すと、一応は防戦するが、
死を望んでいるようにさえ思えてしまう。
これまで一緒に戦って来た仲間であるから、
私も彼らを殺したくはなかった。

「通してくれ!真里だけは救いたいんだ!」

土蜘蛛の集団は、私を取り囲んでいた。
それは攻撃をする目的ではなく、
私を毛野兵から守るようである。
私は土蜘蛛によってゆっくりと、
安全な場所へと誘導されて行く。

(さようなら、紗耶香)

私の頭の中に真里の声が響いた。
真里には、こういった能力がない。
きっと、土蜘蛛の誰かの能力を借りて、
私に最後の言葉をかけたのだろう。
私は土蜘蛛を押しのけて真里を追いかける。
だが、真里は悲しそうに微笑むと、
葦の中に入り込んで行ってしまった。
243ブラドック:02/07/18 16:31 ID:Q5a4JhW1
「真里!死んじゃいけない!真里ー!」

私の叫び声に呼応するように、
土蜘蛛たちが一斉に泣き出した。
こんなことで土蜘蛛が滅びていいのか?
お前たちだって人間じゃないか。

「もういいのです。紗耶香様」

土蜘蛛は私に達観した眼を向けた。
何がいいんだ!
お前たちは死ぬために生まれて来たんじゃない!
生きるために生まれて来たんだろう?
まだ間に合う。土蜘蛛は日本武尊兵を殺していない。
私が責任を持って助けるから!
・・・・・・生きるんだ!
244ブラドック:02/07/18 16:32 ID:Q5a4JhW1
 その頃、真希と圭織の一騎討ちは佳境を迎えていた。
互いに馬を降り、これが本当の真剣勝負である。
すでに、他の場所での戦闘は休戦状態となり、
双方の兵士たちは真希と圭織を取り囲んでいた。
そして口々に、自分の指揮官の応援をしている。

「さすが日本武尊だね!あはははは・・・・・・興奮するよ」

圭織は真希との対戦を楽しんでいた。
力では圭織の方が上で、技術は互角である。
太刀の材質だけの差で真希は助かっていたが、
その顔は、なぜかとても嬉しそうだった。
『覚醒』した人格は、確かに殺し合いを楽しんでいる。
真希からの殺気は、先ほどの数倍にもなっていた。

「鼻血が出ても許してね。あはははは・・・・・・」

真希は圭織と刀を交えながら、性的な刺激を受けているようだ。
この性格の変貌が、第二の『覚醒』なのであろうか。
確かに、サディスティックでなければ殺戮は行えない。
真希の興奮はピークを迎えようとしていた。

245ブラドック:02/07/18 16:32 ID:Q5a4JhW1
 こうして真希の殺気が一段と強くなった時、
草薙の剣が唸りをあげ、凄まじい一撃となって圭織を襲った。
圭織はかろうじて受け止めたが、普通の兵士だったら、
間違いなく体を真っ二つにされていただろう。
さすがに、これまで負け知らずの圭織だけはある。
だが、真希の放った、この一撃は決定的だった。
圭織は手首をやられ、太刀を握れなくなってしまった。
圭織は太刀を落とし、痛めた右手首を押さえる。
そして勢い良く突き出された草薙の剣は、
無防備な圭織の腹にヒットしてしまう。

「あぐっ!・・・・・・やっぱ、強いじゃん」
「久しぶりに楽しませてもらったぞ」

真希は返す太刀で圭織を袈裟懸けに斬った。
この一撃は頚動脈から大動脈を切断する。
圭織は血を吹き出しながら昏倒した。

「うわァァァァァァァー!圭織様ァァァァァァァァー!」

圭織の手下どもは、虫の息となった彼女に駆け寄る。
これまでの戦闘では、決して負けたことがなく、
優れた武将としての評価が高い圭織であった。
日本武尊という新興勢力の存在は東国にも知れていたが、
これほどの強さだとは、いったい誰が思ったことだろう。
246ブラドック:02/07/18 16:33 ID:Q5a4JhW1
 期待していた圭織が討たれると、
敵は一気にうろたえ出してしまう。
あんなに強い族長が破れたため、
敵は戦意を喪失したのである。
しかも、相手は不負神話を持つ、
最強の日本武尊軍だった。

「さあ、楽しもうじゃないか!」

更に真希の眼つきが変わると、
すさまじい殺気が発生する。
これは私がかなり以前に、
熊襲で感じた真希の殺気だった。
『覚醒』した『意識』とは、
人間の根源的な本能なのだろうか。
真希、いや、覚醒した意識は今、
敵を『狩り』することを望んでいる。
逃げ惑う人間を狩ることを、
覚醒した意識は楽しんでいた。

「あはははは・・・・・・あはははは・・・・・・」

真希は敵を追いまわし、殺すことに酔いしれている。
すでに戦ではない。これはハンティングなのだ。
真希は殺戮を楽しむと、敵が逃げて行った方面へ向かう。
相模川の河川敷は、一万人以上の死体に埋め尽くされた。
今の真希を止められる者など、まず存在しない。
私は残った兵たちに命じ、死体を川に流した。