《死闘》
真希は勇敢に敵陣へ飛び込んで行った。
日本武尊自ら敵陣に斬り込んだのであるから、
それに続く兵士たちは俄然勇敢になっている。
私は真希を守ろうと、彼女の背後についていた。
戦闘に夢中になると、背後が疎かになるからだ。
「この雑魚どもが!」
真希は鬼神の如く暴れまわった。
彼女が草薙の剣を一振りすると、
数人の敵兵の首が宙に舞った。
私には草薙の剣が光っているように見える。
そして真希が振るうたびに尾を引くのだ。
「日本武尊!勝負しな!」
長身の女が、すさまじく大きな太刀を振りかざして現れた。
青銅器の太刀だったが、軽く草薙の剣の倍はある。
これだけの大太刀を扱えるのは、人間業ではなかった。
「バカな女だ」
真希は草薙の剣を繰り出した。
ものすごい音がして、女は草薙の剣を受け止める。
まるで稲妻のような閃光が走った。
周囲の兵が戦闘を中断してしまうほどである。
「よく受け止めたな。名前は?」
「飯田圭織比売(いいだのかおりのひめ)」
会津の毛人の族長である飯田圭織比売といえば、
東国、いや列島最強の猛者との噂である。
これはどう考えても名勝負であるに違いない。
しかし、残念なことに、結果は見えていた。
日本武尊である真希が勝つに決まっている。
日本武尊こそが最強の武将であるのだ。
「圭織!早く仕留めちゃうべさ!」
私は聞き覚えのある声がする方を向いた。
そこには憎き安倍がいるではないか。
安倍は二人のバトルに夢中で私に気付かない。
今が安倍を仕留める絶好の機会である。
私は真里から預かった太刀を引き抜くと、
馬上から安倍に斬りかかった。
「ヒイィィィィィィィィィィィー!危ないべさァァァァァァァァァー!」
悪運の強い安倍は、私の太刀をかわした。
私は近くの兵士の槍を取り上げ、安倍に突きかかる。
手応えがあったものの、それは安倍の太腿に突き刺さっただけだ。
私は動けなくなった安倍を追い詰め、とどめをさそうとする。
こいつだけは許せない。どうしても私が殺してやりたかった。
この女が生きている限り、誰かが泣き、そして死んで行くだろう。
すでに安倍は、その存在自体が罪だった。
「お前だけは絶対に許せない」
「たたたたたたた・・・・・・助けてェェェェェェェー!」
安倍は必死の形相で逃げ惑い、私に命乞いをする。
私はあの時に、安倍を殺さなかったことを後悔した。
たとえ、逆上した真希に斬り殺されたとしても、
あの時に安倍は殺しておくべきだったのである。
私がとどめの槍を安倍に突き出そうとした時、
一本の矢が飛来し、私の肩に突き刺さった。
「誰だ?」
私が振り向くと、後方の中洲には真里が立っていた。
この距離で外すワケがないので、彼女は私を狙ったのである。
真里がその気になれば、私の心臓を確実に射抜くだろう。
それなのに、肩の中でも比較的痛みが少なくて、
安全な部分にヒットさせているのだから
彼女はわざと外したのである。
「真里!」
私は安倍を殺してから、真里を救おうと考えた。
殺そうと向き直った時、すでに安倍の姿はない。
二人の兵に担がれて、逃げて行くのが見えた。
私は安倍めがけて槍を投げつけるが、
それは負傷した方の膝に突き刺さっただけだった。
「くそっ!悪運の強いヤツだな」
私は真里の近くに行こうとしたが、
大勢の土蜘蛛たちに阻まれてしまった。
土蜘蛛たちは、空ろな眼で私を阻止している。
決して攻撃をせず、それでいて道は譲らない。
私が太刀を繰り出すと、一応は防戦するが、
死を望んでいるようにさえ思えてしまう。
これまで一緒に戦って来た仲間であるから、
私も彼らを殺したくはなかった。
「通してくれ!真里だけは救いたいんだ!」
土蜘蛛の集団は、私を取り囲んでいた。
それは攻撃をする目的ではなく、
私を毛野兵から守るようである。
私は土蜘蛛によってゆっくりと、
安全な場所へと誘導されて行く。
(さようなら、紗耶香)
私の頭の中に真里の声が響いた。
真里には、こういった能力がない。
きっと、土蜘蛛の誰かの能力を借りて、
私に最後の言葉をかけたのだろう。
私は土蜘蛛を押しのけて真里を追いかける。
だが、真里は悲しそうに微笑むと、
葦の中に入り込んで行ってしまった。
「真里!死んじゃいけない!真里ー!」
私の叫び声に呼応するように、
土蜘蛛たちが一斉に泣き出した。
こんなことで土蜘蛛が滅びていいのか?
お前たちだって人間じゃないか。
「もういいのです。紗耶香様」
土蜘蛛は私に達観した眼を向けた。
何がいいんだ!
お前たちは死ぬために生まれて来たんじゃない!
生きるために生まれて来たんだろう?
まだ間に合う。土蜘蛛は日本武尊兵を殺していない。
私が責任を持って助けるから!
・・・・・・生きるんだ!
その頃、真希と圭織の一騎討ちは佳境を迎えていた。
互いに馬を降り、これが本当の真剣勝負である。
すでに、他の場所での戦闘は休戦状態となり、
双方の兵士たちは真希と圭織を取り囲んでいた。
そして口々に、自分の指揮官の応援をしている。
「さすが日本武尊だね!あはははは・・・・・・興奮するよ」
圭織は真希との対戦を楽しんでいた。
力では圭織の方が上で、技術は互角である。
太刀の材質だけの差で真希は助かっていたが、
その顔は、なぜかとても嬉しそうだった。
『覚醒』した人格は、確かに殺し合いを楽しんでいる。
真希からの殺気は、先ほどの数倍にもなっていた。
「鼻血が出ても許してね。あはははは・・・・・・」
真希は圭織と刀を交えながら、性的な刺激を受けているようだ。
この性格の変貌が、第二の『覚醒』なのであろうか。
確かに、サディスティックでなければ殺戮は行えない。
真希の興奮はピークを迎えようとしていた。
こうして真希の殺気が一段と強くなった時、
草薙の剣が唸りをあげ、凄まじい一撃となって圭織を襲った。
圭織はかろうじて受け止めたが、普通の兵士だったら、
間違いなく体を真っ二つにされていただろう。
さすがに、これまで負け知らずの圭織だけはある。
だが、真希の放った、この一撃は決定的だった。
圭織は手首をやられ、太刀を握れなくなってしまった。
圭織は太刀を落とし、痛めた右手首を押さえる。
そして勢い良く突き出された草薙の剣は、
無防備な圭織の腹にヒットしてしまう。
「あぐっ!・・・・・・やっぱ、強いじゃん」
「久しぶりに楽しませてもらったぞ」
真希は返す太刀で圭織を袈裟懸けに斬った。
この一撃は頚動脈から大動脈を切断する。
圭織は血を吹き出しながら昏倒した。
「うわァァァァァァァー!圭織様ァァァァァァァァー!」
圭織の手下どもは、虫の息となった彼女に駆け寄る。
これまでの戦闘では、決して負けたことがなく、
優れた武将としての評価が高い圭織であった。
日本武尊という新興勢力の存在は東国にも知れていたが、
これほどの強さだとは、いったい誰が思ったことだろう。
期待していた圭織が討たれると、
敵は一気にうろたえ出してしまう。
あんなに強い族長が破れたため、
敵は戦意を喪失したのである。
しかも、相手は不負神話を持つ、
最強の日本武尊軍だった。
「さあ、楽しもうじゃないか!」
更に真希の眼つきが変わると、
すさまじい殺気が発生する。
これは私がかなり以前に、
熊襲で感じた真希の殺気だった。
『覚醒』した『意識』とは、
人間の根源的な本能なのだろうか。
真希、いや、覚醒した意識は今、
敵を『狩り』することを望んでいる。
逃げ惑う人間を狩ることを、
覚醒した意識は楽しんでいた。
「あはははは・・・・・・あはははは・・・・・・」
真希は敵を追いまわし、殺すことに酔いしれている。
すでに戦ではない。これはハンティングなのだ。
真希は殺戮を楽しむと、敵が逃げて行った方面へ向かう。
相模川の河川敷は、一万人以上の死体に埋め尽くされた。
今の真希を止められる者など、まず存在しない。
私は残った兵たちに命じ、死体を川に流した。