《再び》
「ほう、どうやら諸悪の根源が出て来たな」
私は抜群の遠距離可視能力を使い、
安倍がやって来たのを知った。
何とかその『気』を探ってみるが、
どうやら結界が張られている。
二度にわたる捨て身の突撃を受け、
我軍は二千人もの被害が出ていた。
川岸には数千人の死体が横たわり、
川の中ではゆっくりと死体が流れて行く。
多くの死体は安堵の表情を浮かべている。
死の恐怖で張り詰めた神経が安らいだのだ。
こういった死は、安心感があるのだろうか。
「うん?あの煙は・・・・・・」
安部がいる敵の本陣の後方に
私は妙な動きをする煙を発見した。
それはあたかも合図のようであり、
私はそれが狼煙であると判断する。
問題は何を意味する狼煙なのかだった。
予想以上に甚大な被害が出たので、
後方に援軍の要請なのか?
それとも・・・・・・
「紗耶香さん、何を見てるの?」
隣にいた真希は私に質問して来た。
私は遠くの煙を指差してみる。
真希はあまり眼の良い方ではないが、
はっきりと狼煙を確認できた。
「狼煙?」
「そうだろうな・・・・・・あれは!」
何気なく我軍の後方を振り返った時、
私は背後の山頂で立ち上る煙を発見した。
我々の背後にいるのは土蜘蛛たちである。
それは我々への敵対を意味していた。
恐らく真里は死ぬ気で戦を仕掛けて来るだろう。
「あれ?あっちでも狼煙?」
真希は呑気に振り返って、馬上から山の頂を見上げた。
それは確実に煙を操作しており、安倍への返答に違いない。
「甲斐に脱出しよう」
前面に二万五千、後方に五千の兵を受けては、
いくら無敵の日本武尊軍でも撃破されてしまう。
真希は状況が呑み込めず、眼を白黒させていた。
ここは一刻も早く相模川を北上し、
足柄峠から甲斐に抜けるべきである。
「紗耶香さん、どういうこと?」
真希は今の状況を理解できず、
パニックを起しかけていた。
やがてれ敵の陣形にも変化が現れ、
土蜘蛛に呼応して攻めて来るだろう。
我々は今すぐにでも撤退すべきなのだが、
真里のところには真希の叔母の貴子もいた。
「土蜘蛛が背後から攻めて来るだろうな」
「そんなバカな!」
真希は見る見る悲しみの表情になって行く。
彼女にとって家族同様の真里が裏切るなどとは、
絶対に信用しないに違いない。
それどころか、私に敵意すら抱いていた。
「紗耶香さん!真里さんは、そんな人じゃないよ!」
真希は涙を溜めながら私を非難する。
できれば私だって信じたくは無い。
私にとって真里はかけがえのない女なのだ。
「真里は・・・・・・死ぬ気だ。子供を拉致されたんだからな」
その時、数人が後方の山道から走って来るのが見えた。
どうやら土蜘蛛と一緒にいた貴子たちのようである。
貴子を解放したということは、間違いなく真里は死ぬつもりだ。
「叔母さーん!」
「真希!退却せえ!この戦は負けやァァァァァァー!」
「なんで?真里さんも一緒に戦えばいいじゃない!」
真希は涙を流しながら私に言った。
それができれば楽なのである。
しかし、これから先も土蜘蛛たちは、
大王に利用されて行くだろう。
彼らはその特殊能力で悟ったのだ。
土着民族である自分たちの終焉を。
「もう遅いんだよ。真希・・・・・・」
「嫌・・・・・・嫌ァァァァァァー!」
―――ドクン!
「うっ!」
私は真希の様子が変わって行く感覚を得た。
再び『覚醒』が始まったようである。
まさか!真希は『覚醒』して同化したのではないのか?
(真希は、まだ不完全体なんや。三度の『覚醒』で完全体になる)
そんな!真希は何で『覚醒』するんだ?
真希は怒りのコントロールができなくなると、
凶暴な日本武尊になるとでもいうのか?
復讐でもないのに・・・・・・まさか!悲しみ・・・・・・
(そうや。真希は激しい悲しみを感じると、それが積もって『覚醒』する)
真希の『覚醒』を誘発するのは、
怒りではなくて悲しみだったとは。
しかし、これ以上の『覚醒』は、
真希の許容範囲を超えてしまいそうだ。
『覚醒』したところで、果たして真希と
どこまで同化することができるか分からない。
このまま残酷な日本武尊になってしまうのだろうか。
(そればかりは分からんわ。うちは、そこまでしか分からない)
私には『覚醒』して日本武尊になった真希を、
静かに見守ってやることしかできなかった。
真希は今、全てを理解し、真里の死を確信する。
真里はこともあろうか、真希に討たれるつもりなのだ。
姉妹のような真里を討たなくてはならない悲しみ。
これが真希を『覚醒』に向かわせていたのだった。
悲しみの果てに凶暴な人間に変わってしまう真希は、
あまりにも憐れな女なのであった。
「これより、敵陣に攻め込むぞ」
もうそれは真希の声ではなかった。
髪は金色に近くなり、眼は灰色になっている。
まるでアイヌ人のような風貌になっていたが、
その眼光は背筋が凍るほど冷酷なものであった。
「ま・・・・・・待て!このままじゃ・・・・・・」
「うるさいっ!」
私は真希に突き飛ばされた。
真希は私に抱きつくことはあっても、
決して暴力を振るうことはない。
だが、眼の前の『覚醒』した者は、
そんなセンチメンタルな人格ではなかった。
「陣形を崩すなァァァァァァァァー!我に続けェェェェェェェェー!」
真希は草薙の剣を振りかざし、馬に飛び乗った。