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233ブラドック
《再び》

「ほう、どうやら諸悪の根源が出て来たな」

私は抜群の遠距離可視能力を使い、
安倍がやって来たのを知った。
何とかその『気』を探ってみるが、
どうやら結界が張られている。
二度にわたる捨て身の突撃を受け、
我軍は二千人もの被害が出ていた。
川岸には数千人の死体が横たわり、
川の中ではゆっくりと死体が流れて行く。
多くの死体は安堵の表情を浮かべている。
死の恐怖で張り詰めた神経が安らいだのだ。
こういった死は、安心感があるのだろうか。

「うん?あの煙は・・・・・・」

安部がいる敵の本陣の後方に
私は妙な動きをする煙を発見した。
それはあたかも合図のようであり、
私はそれが狼煙であると判断する。
問題は何を意味する狼煙なのかだった。
予想以上に甚大な被害が出たので、
後方に援軍の要請なのか?
それとも・・・・・・
234ブラドック:02/07/17 23:22 ID:3PkSsV3U
「紗耶香さん、何を見てるの?」

隣にいた真希は私に質問して来た。
私は遠くの煙を指差してみる。
真希はあまり眼の良い方ではないが、
はっきりと狼煙を確認できた。

「狼煙?」
「そうだろうな・・・・・・あれは!」

何気なく我軍の後方を振り返った時、
私は背後の山頂で立ち上る煙を発見した。
我々の背後にいるのは土蜘蛛たちである。
それは我々への敵対を意味していた。
恐らく真里は死ぬ気で戦を仕掛けて来るだろう。

「あれ?あっちでも狼煙?」

真希は呑気に振り返って、馬上から山の頂を見上げた。
それは確実に煙を操作しており、安倍への返答に違いない。

「甲斐に脱出しよう」

前面に二万五千、後方に五千の兵を受けては、
いくら無敵の日本武尊軍でも撃破されてしまう。
真希は状況が呑み込めず、眼を白黒させていた。
ここは一刻も早く相模川を北上し、
足柄峠から甲斐に抜けるべきである。
235ブラドック:02/07/17 23:23 ID:3PkSsV3U
「紗耶香さん、どういうこと?」

真希は今の状況を理解できず、
パニックを起しかけていた。
やがてれ敵の陣形にも変化が現れ、
土蜘蛛に呼応して攻めて来るだろう。
我々は今すぐにでも撤退すべきなのだが、
真里のところには真希の叔母の貴子もいた。

「土蜘蛛が背後から攻めて来るだろうな」
「そんなバカな!」

真希は見る見る悲しみの表情になって行く。
彼女にとって家族同様の真里が裏切るなどとは、
絶対に信用しないに違いない。
それどころか、私に敵意すら抱いていた。

「紗耶香さん!真里さんは、そんな人じゃないよ!」

真希は涙を溜めながら私を非難する。
できれば私だって信じたくは無い。
私にとって真里はかけがえのない女なのだ。

「真里は・・・・・・死ぬ気だ。子供を拉致されたんだからな」

その時、数人が後方の山道から走って来るのが見えた。
どうやら土蜘蛛と一緒にいた貴子たちのようである。
貴子を解放したということは、間違いなく真里は死ぬつもりだ。
236ブラドック:02/07/17 23:23 ID:3PkSsV3U
「叔母さーん!」
「真希!退却せえ!この戦は負けやァァァァァァー!」
「なんで?真里さんも一緒に戦えばいいじゃない!」

真希は涙を流しながら私に言った。
それができれば楽なのである。
しかし、これから先も土蜘蛛たちは、
大王に利用されて行くだろう。
彼らはその特殊能力で悟ったのだ。
土着民族である自分たちの終焉を。

「もう遅いんだよ。真希・・・・・・」
「嫌・・・・・・嫌ァァァァァァー!」

―――ドクン!

「うっ!」

私は真希の様子が変わって行く感覚を得た。
再び『覚醒』が始まったようである。
まさか!真希は『覚醒』して同化したのではないのか?
237ブラドック:02/07/17 23:23 ID:3PkSsV3U
(真希は、まだ不完全体なんや。三度の『覚醒』で完全体になる)

そんな!真希は何で『覚醒』するんだ?
真希は怒りのコントロールができなくなると、
凶暴な日本武尊になるとでもいうのか?
復讐でもないのに・・・・・・まさか!悲しみ・・・・・・

(そうや。真希は激しい悲しみを感じると、それが積もって『覚醒』する)

真希の『覚醒』を誘発するのは、
怒りではなくて悲しみだったとは。
しかし、これ以上の『覚醒』は、
真希の許容範囲を超えてしまいそうだ。
『覚醒』したところで、果たして真希と
どこまで同化することができるか分からない。
このまま残酷な日本武尊になってしまうのだろうか。

(そればかりは分からんわ。うちは、そこまでしか分からない)

私には『覚醒』して日本武尊になった真希を、
静かに見守ってやることしかできなかった。
真希は今、全てを理解し、真里の死を確信する。
真里はこともあろうか、真希に討たれるつもりなのだ。
姉妹のような真里を討たなくてはならない悲しみ。
これが真希を『覚醒』に向かわせていたのだった。
悲しみの果てに凶暴な人間に変わってしまう真希は、
あまりにも憐れな女なのであった。
238ブラドック:02/07/17 23:24 ID:3PkSsV3U
「これより、敵陣に攻め込むぞ」

もうそれは真希の声ではなかった。
髪は金色に近くなり、眼は灰色になっている。
まるでアイヌ人のような風貌になっていたが、
その眼光は背筋が凍るほど冷酷なものであった。

「ま・・・・・・待て!このままじゃ・・・・・・」
「うるさいっ!」

私は真希に突き飛ばされた。
真希は私に抱きつくことはあっても、
決して暴力を振るうことはない。
だが、眼の前の『覚醒』した者は、
そんなセンチメンタルな人格ではなかった。

「陣形を崩すなァァァァァァァァー!我に続けェェェェェェェェー!」

真希は草薙の剣を振りかざし、馬に飛び乗った。