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228ブラドック
《決戦始まる》

 翌日、私たちは箱根を越えて相模へと進出した。
相模の穀倉地帯を進んで行くと、北から敵が攻め込んで来る。
装備から判断するに、どうやらアイヌ系の奴らのようだった。
真希は三千人の兵を率いて迎撃し、圧倒的な強さを見せる。
五千人ものアイヌ兵を、僅か一時間で駆逐してしまった。

「弓を使って来るとはね。二百人も損害が出ちゃった」

真希は予想以上の損害で、口惜しそうに舌打ちをした。
しかし、敵は十倍近い死者を出して潰走したのだから、
真希たちの大勝利には間違いないのだが。

「ご苦労だな。しかし、あれは様子をみに出て来ただけだぞ」

私は安倍の作戦を考えていた。
自分が安倍だったら、どういった作戦に出るのだろう。
まずは様子をみて、次に軽く全軍を合わせてみる。
そこで実力が分かるだろうから、後は応用だけだ。
効果的な攻撃は続行し、失敗したものは克服する。
これが兵力的に有利な立場を持った者の作戦だろう。

「油断するな。主力が出て来たぞ」
229ブラドック:02/07/16 19:03 ID:rhTW4tSk
私は川の対岸に布陣した大人数の敵を前に、我軍の陣形を考えてみた。
平地戦では数がモノをいうので、我々は圧倒的に不利である。
これを克服するには、完璧な作戦と士気を上げる事しかない。
武器の材質差こそ出るだろうが、それは考えない事にした。
そういった不確定要素よりも、考えられるところから考える。

「紗耶香さん、川のこちら側に魚鱗の陣を」

魚鱗?私は不審に思って首を傾げた。
敵は広翼の陣形なので、魚鱗は不利であると思える。
しかし、真希は確信したように言った。
確かに魚鱗の陣は、後の展開には有利であるが、
敵が圧倒的な数である場合、包囲されておしまいである。
私は頭を捻っていたが、ようやく気付いた。

「そうか!川を・・・・・・魚鱗の陣を敷けー!」

私は即座に魚鱗の陣形を組ませ、敵の状況に応じて対応することにした。
なぜなら、これだけの川を渡って来る敵は、それなりに疲弊して来る。
移動速度は極端に落ちるワケだから、少しづつ潰して行けば良い。
持久力が必要な作戦だが、敵も一気に攻めて来たりはしないだろう。

「弓は川中の敵を狙え!」

間もなく敵が攻めて来ると、真里たちの技術を受け継いだ者が弓を射る。
川に入った敵は素速く動けないため、格好の的になって行った。
それでも数百人が上陸して来たが、先鋒の部隊に全滅させられる。
これで我軍の士気は高揚し、一万対三万の対峙が始まった。
230ブラドック:02/07/16 19:04 ID:rhTW4tSk
 相模川を挟んでの対峙に、毛野国女王の希美と安倍がやって来た。
思った以上に苦戦し、安倍が直接指揮する事になったのである。
毛野軍は安倍にカミナリを落とされ、震え上がっていた。

「何やってんだべさァァァァァァァァー!部隊指揮官は集合!」

安倍は数十人の部隊指揮官を集め、緊急対策会議を開いた。
三分の一の兵力でしかない日本武尊軍に苦戦するなど、
何よりも安倍のプライドが許さなかったのである。
中央の奥には女王の希美が鎮座し、その前に安倍が座っていた。
つまり、安倍が言うことは女王の言うことである。
女王に逆らうことは、死を意味していた。

「敵の作戦能力は我軍の比ではなく、この有様にございます」
「それは安心していいべさ。なっちが来たんだべよ。負けるワケないっしょ」

部隊指揮官たちは、安倍に詳しい様子を報告した。
安倍はビーフジャーキーを食べながら報告を受け流す。
あまりにも稚拙な味方の作戦は、安倍の機嫌を悪くするだけだった。
一通り報告が終わると、安倍は咀嚼しながら命令を下す。

「ムシャムシャだから、ムシャムシャっしょ?ムシャムシャするべさ」
「安倍さん、ののにもくらさい」

物を食べながら話をしたところで、安倍が何を言っているのか、誰も分からなかった。
だが、安倍はそれでよいと思っている。なぜなら、蛮族は捨て駒になって貰うからだ。
長期戦・消耗戦ともなれば、味方にも多大な損害が発生するだろう。
しかし、主力の毛野正規軍は無傷であるから、痛くも痒くもないのだった。
231ブラドック:02/07/16 19:04 ID:rhTW4tSk
「ムシャムシャおいしいれすね」
「ムシャムシャムシャ・・・・・・早く出撃するべさァァァァァァァー!」

アイヌや毛人たちが、捨て身の突撃を敢行する。
六千人のうち、逃げ戻って来れたのは数十人だった。
それでも日本武尊軍に二千名もの損害を与え、
安倍はかなり上機嫌である。

「さて、敵も矢が切れた頃っしょ。土蜘蛛はまだだべか?」

安倍は歯に挟まった肉を取りながら聞いた。
しかし、希美はビーフジャーキーを食べるのに忙しく、
安倍の言うことなど、全く耳に入る状態ではない。
短気な安倍は、希美の胸倉を掴んで怒鳴った。

「聞いてんだコラァァァァァァァァー!」
「きー!すみましぇん!・・・・・・何れすか?」

安倍に怒鳴られた希美は、例の如く頭を抱えてしゃがみ込む。
その仕草は、いかにも子供らしくて可愛らしいのだが、
安倍は話を聞いていない希美に腹をたてていた。

「土蜘蛛はまだ動かないか聞いてんだべさ!」
「し・・・・・・知らないれす」
「あんたが話をしたんだろうがァァァァァァー!」
「さ・・・・・・催促するんれすか?」
「当たり前だべさ!早くしないと子供を殺すって言うべさ!」
232ブラドック:02/07/16 19:07 ID:N75EF8VC
「とっくに殺しちゃったじゃないれすか」
「いいんだべさ。これが駆け引きってもんだし」

希美は侍従に合図の狼煙を上げさせる。
これで土蜘蛛は、嫌でも日本武尊軍の背後を突くだろう。
その時は、日本武尊の最期であると、安倍は確信して笑い出した。

「呼応する狼煙があがったのれす」

希美は指を差しながら、横にいる安倍に報告した。
例え女王であろうと、安倍には絶対に逆らえなかった。
すでに安倍の地位は、女王の上にあったのである。

「よし、出撃するべさ。先鋒は圭織!任したべよ」

飯田勢二千人は、一騎当千のつわものたちである。
その実力は、かねてからの折り紙つきであり、
毛野王国ですら攻め落とせなかった民族であった。

「日本武尊ってさー、強いみたいじゃん。楽しみだな」

圭織は余裕の表情で言った。
やはり狩猟民族である彼女たちは、
命を賭した戦いにロマンを感じているようだ。
それは日本武尊同様、負け知らずだったからに違いない。
結果的に、圭織は安倍に利用されているのだが、
彼女は命懸けの勝負がしたいだけだった。