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204ブラドック
《尾張》

 尾張に着くと、私と真希はしばらく逗留することに決めた。
私には吉備に家があったものの、真希には帰ることろがないのだ。
それに、何と言っても真希は亜依のことが気になっていたのである。
そろそろ真希にも、『帰る場所』が必要だった。それが亜依なのである。

「それじゃ、出雲の経営は任せたぞ」

私は圭と抱擁を交わし、彼女の軍勢を見送った。
出雲は寒暖の差のあるものの、静かで豊かな土地である。
山賊だった圭の部下たちも、安住の地を見つけただろう。
そんな圭を見送る私に、なぜか眩暈がした。

(これは・・・・・・未来予知?)

戦の中で圭が全身に矢を浴びて斃れる様子が頭に浮かぶ。
私にも一部だが、土蜘蛛と同じ血が流れている。
だが、圭にトドメをさす者の顔が、どうしても見えない。
誰が圭を殺すのだろうか。あんないいヤツを。
私は人脈を利用し、出雲の情勢を探らせることにした。
不穏な動きがあったなら、すぐさま圭に知らせるつもりである。
圭は仲間であり、姉妹のようなものだった。

「紗耶香さん、どうしたの?」

真希が心配して声をかけて来た。
私がフラついたので驚いたのだろう。
私はムリに笑顔を作った。
205ブラドック:02/07/12 18:26 ID:4qBBXNIo
「何でもないさ。ちょっと疲れただけだ」
「そうなの?だったらいいけど」

真希には亜依がいる。そろそろ私の存在意義も薄れていた。
二〜三年、真希の様子をみた後は、相模にでも出てみようと思う。
私は真希を愛していたが、彼女は何も考えていないに違いない。
ここは潔く身を引いて、真希のことは亜依に任せよう。
これも失恋なのだろうか。思わず吹き出してしまった。

「紗耶香さん、あたし亜依と一緒に暮らすわ」

真希が振り返って手招きをすると、
亜依が恥ずかしそうに下を向きながら現れた。
私は二人が体の関係になったのを知る。
亜依は族長の娘だったが、相手は大和の姫様だ。
真希が求めれば亜依は勿論、その父親ですら逆らえない。
尾張の蛮族では、意見することすら不可能である。

「そうか、それなら家が必要だろう」

私は二人のために家を新築することにした。
二人の新居は大和風の造りにしてみる。
高床式の屋敷で、周囲に土塀を誂えてみた。
私にはいくらか設計の知識があったので、
現地人たちばかりで工事をさせてみる。
その中には想像以上に器用な者もおり、
確かに人数もいたが、わずか三ヶ月程度で完成した。
真希と亜依は新居を見て喜び、私は苦労が報われる。
206ブラドック:02/07/12 18:27 ID:4qBBXNIo
「紗耶香さんは、実家に帰らないの?」

真希は私が帰らないのを不審に思っている。
私には真希を看取る使命があるのだが、
そんなことは彼女に関係のないことだった。
このことは、きっと誰にも言うことはないだろう。
これまでも、これからも。

「あたしがいなくても、仕事には問題ないしね」
「ふーん、あたしは紗耶香さんがいてくれた方がいいけど」

そう言うと、真希は私に抱きついて、
例の「紗耶香さん、だーいすき」をやった。
となりでは、亜依が驚いて私たちを見ている。
こういったスキンシップを知らないからだろう。
あるいは、普段は無口で武骨な真希が私に
甘えるところを見たことがないのかもしれない。
これまでは私たちに甘えていた真希も、
これからは亜依を守る立場になったのだ。
大人の仲間入りを果たしたのだから、
筋は通しておいた方がいいのは当然である。
私は真希に大和の件を提案してみた。

「真希、一度くらいは大和に顔を出さないとな」

私が道理を言うと、真希は悲しそうな顔をして俯いた。
やはり、真希は実父に捨てられたことが忘れられないようだ。
真希も二十歳になるのだから、そろそろ割り切った方がいい。
勿論、真希が大和に行く前に、様子を調べなければならないが。
207ブラドック:02/07/12 18:28 ID:4qBBXNIo
「大和には戻りたくない」

大和に戻る必要はない。真希にとっては、ここが安住の地なのだから。
私が言うのは、大和に顔を出した方がいいということである。
ここまで活躍したのだから、大王の妬みはあるだろうが、
このまま黙っていたら、どんな策略に遭うか分からないからだ。
狡猾な大王のことだから、真希を抹殺する計画を練っているだろう。
それを阻止する意味でも、大和へ顔を出すことは有効だった。

「まあ、ムリにとは言わないがね」

私は大和の様子を調べるのが先決であると思い、
それほど真希を大和へ行かそうとは思わなかった。
しかし、この私の判断は甘かったのである。
大王は真希を抹殺するためには手段を選ばなかった。
この時点で毛野や真里、圭、そして浪速と結んでいれば、
いくら強大な大和でも、倒すことができていたのである。
私は真希を説得して、連合軍を組織するべきだった。
この判断の間違いが、真希を苦しめる結果になってしまう。
私は死ぬまで後悔することになったのだ。
208ブラドック:02/07/13 11:45 ID:kGrmOTxi
《風雲急を告げる》

 それから数年は、平和で穏やかな日々が続いていた。
真希は三人の養子を取り、亜依と一緒に幸せな家庭を築いている。
相模の真里には男児が生まれ、更に忙しく働いているという。
独り身なのは私だけであり、圭にも浪速人の恋人ができたらしい。
私も二十五歳となり、すでに人生の折り返しに来ている。
尾張での暮らしにも慣れ、気ままな独身生活を送っていた。
私は呑気に歌を作って、シンガーソングライターとしての地位を築き、
野外ステージでのコンサートには数千人を動員するまでになっている。
こんな暮らしは退屈ではあったが、私としては割と気に入っていた。
そんな戦とは無縁となった私のところへ、慌てた部下が駆けつけ、
思いもよらない知らせを齎したのは、ある秋の夜のことだった。

「紗耶香様、大和で動きがありました。大王、ボケが始まったとしか思えません」

これまで何も言って来なかった大王は、真希に東征を命じることにしたらしい。
何でも、東国(毛野・土蜘蛛)の連中は年貢の納付を拒否したというのだ。
私は八方に密使を派遣し、詳しく調べたのだが、それは正に大王の策略である。
毛野においては年貢を三割も増やし、真里たちには米での年貢を強要したのだ。
毛野には酷な話だったし、狩猟民族である真里たちには、米での納付は困難である。
つまり、大王は東国の直接支配に乗り出すと同時に、真希に真里を討たせるつもりらしい。
そして、大王の邪魔者である真希を、精神的に追い詰めようとしていたのだ。
私は真希と話をすべく、彼女の屋敷へ乗り込んだ。

「すっかり陽が短くなったな。・・・・・・悪い知らせだ」

私は真希に東征の話をした。急な話に、真希も眼を剥いている。
ここで感情的になっては、大王の思うツボであることはあきらかだ。
209ブラドック:02/07/13 11:46 ID:kGrmOTxi
「真希、大王は本気だぞ。どうするか・・・・・・」

選択肢はいくつかあった。
まず、大和の命令を受けるかどうか。
受けた場合に真里たちと戦うかどうか。
戦った場合、どこで切り上げるか。
大和の命令を受けなかった場合、
実父の軍勢と戦うかどうか。
戦った場合、勝ってよいものかどうか。

「紗耶香さん、これは何かの間違いだよ。相模に行って真里さんの話を聞こうよ」

真希の意見は分かりやすく正直で、何よりもっともだった。
ここで真里と戦ったとしても、全く何の得にもならない。
できれば真里を助ける意味でも、馬を買って支払いは米で行う。
そういった事業を展開すれば、解決する問題であると思われた。
それは難題を押し付けられた毛野においても同様であるといえる。
稲作の生産量を増大させるため、治水工事の精通者を派遣すればいい。

「とりあえず、大和には説得する旨を伝えておこう。
大義名分になるし、時間稼ぎにもなるからな」

私と真希はおっとり刀で、数人の従者を連れ相模に向かった。
今回の騒動が片付けば、私は真里のところへ落ち着いてもいい。
彼女の子供は順調に成長しており、間もなく五歳になるからだ。
自分で判断できるようになれば、真里は引退しても平気だろう。
そうしたら、どこかの静かなところで私と二人で暮らせばよい。
真希が気になるのなら、真里と一緒に尾張で暮らすのも悪くなかった。
210ブラドック:02/07/13 11:46 ID:kGrmOTxi
「紗耶香さん、五年振りだよね。真里さんに会うの」

真希は嬉しくて仕方ないようだ。
こんなことで会うのはどうかと思うが、
真里と会えることには変わりない。
勿論、私も楽しみで仕方なかった。

「紗耶香様。大和の情報が入りました」

私たちは大和と相模の情報を得ながら進むため、ゆっくりとしたペースでの旅となっている。
情報は毎日、私の部下が早馬で届けており、遠江に入る頃、五度目の早馬がやって来る。
しかし、今回は使者の顔が妙に深刻であり、重大な事態が起こっている様子だった。

「悪い知らせか?」
「いえ、大王におきましては、早急の解決を望んでおられます」

どうも使者の話は歯切れが悪かった。
楽観的な真希は気にしなかったが、
私は不安を感じたので、使者を残して、
こっそりと話を聞いてみることにする。
すると、大王の陰謀が見えて来たのだった。

「大王は毛野の女王が交代したのを良いことに、奸臣の安倍と結託しております。
宮様を亡き者にしようと、。毛野をはじめ、奥羽諸国が宮様殺害に動き出している模様」

これは極めて危険な状況だった。このままでは真里の命が危ない。
私は使者に命じ、近江・美濃・尾張・三河の諸将に挙兵させる。
私の人脈を使わないまでも、これで一万以上にはなるからだ。
土蜘蛛を救うためには、一刻も早い挙兵が必要なのである。
211ブラドック:02/07/13 11:47 ID:kGrmOTxi
「真希、事態が変わった。急ぐぞ」

私と真希は馬を走らせ、それから三日で箱根にさしかかる。
箱根の山道にさしかかると、真里がやって来ていた。
私は嬉しくなり、馬から飛び降りると、一直線に真里へと向かう。
ところが、いきなり矢で射られ、私は腕に負傷してしまった。
私も真希も何かの間違いだと思い、苦笑しながら矢を抜く。

「酷いな。五年振りの出迎えがこれか?」

秋晴れのススキの上を、風に煽られながら赤とんぼが飛んでいた。
真里は泣きそうな顔をしていたので、私は何ごとかと思い、あたりに気を配ってみる。
すると、凄まじい殺気を感じ思わず身構えた。それはあきらかに私たちを敵視している。

「真里さーん」

真希が手を振ると、数百人の土蜘蛛が現れた。
すでに真里は安倍の手先になっていたのか?
真里に限って、安倍なんかに騙されるワケがない。
どういったことなのか、私は話が聞きたかった。

「真里!話を聞きたいんだ!」

すると、真里は弓を構えて私を狙った。
この距離であれば、真里は決して外さない。
私の急所を貫くことができるだろう。
そうなれば、私は何も考えずに即死できる。
それが幸せなのかもしれなかった。
212ブラドック:02/07/13 11:49 ID:1XVKDH97
「紗耶香、宮様ー!帰って!お願い!帰ってー!」

真里は泣いていた。私は真里になら殺されてもいい。
真希には「動くな」と言い、真里に近づいて行った。
威嚇の矢が足元に突き刺さるが、私は恐れずに進んだ。

「紗耶香ー!来ないで!」

真里の放った矢は、私の太腿に命中した。
彼女は意図的に外したのである。
それを見た真希が私に駆け寄ろうとした。

「来るな!真希!」

さすがに真里は私を殺さなかったが、
相手が真希なら迷わず急所を狙って来るだろう。
彼女の腕なら、今の真希の位置でも外すことはない。

「うわあァァァァァァァァー!」

真里は弓を投げ捨て、私に飛びついてきた。
私は真里の息が止まるほど、思い切り抱き締める。
すると、土蜘蛛の連中からもすすり泣く声が聞こえた。

「紗耶香さん!真里さん!」

真希もいたたまれず、走ってきて私と真里に抱きついた。
私の右足は痛かったが、痺れていないので、毒矢ではない。
ちゃんと血管も外してあったので、私は矢を引き抜いた。
213ブラドック:02/07/13 11:50 ID:1XVKDH97
「何があったんだ」
「子供をさらわれたの」

なるほど、話が見えてきた。安倍が真里の子供を拉致したのだろう。
それで土蜘蛛たちに臣従するよう、圧力をかけて来たに違いない。
私は真里と話をするため、周囲を土蜘蛛に警戒させ、近くの岩屋に入った。
土蜘蛛は気の荒い連中だったが、私たちとは長いこと仲間だったのだ。

「大和に文句を言われないように、馬の代金は米で支払ってもらうようにすればいいじゃないか」

私は分かりやすく対策を説明した。
だが、真里は子供のことが心配でならないようだ。
安倍はこの方法で、周辺部族を引き込んでいたのである。
そのやり方の汚さには、吐き気がするほどだった。

「真里さん、あたしたちは仲間だよ」

真希が真里の手を握ると、再び大粒の涙が零れて行く。
このままでは、土蜘蛛が安倍の尖兵になるだろう。
そうなったら、嫌でも踏み潰さねばならない。
私はムリヤリにでも真里を連れて帰るべきだった。
そういった判断ができなかったのは、
私が母性を理解していなかったからである。
214ブラドック:02/07/14 13:04 ID:n28q4c+Y
《安倍の野望》

 毛野王国内の宮殿では、新女王である辻希美比売(つじののぞみのひめ)の前で、
安倍が奥羽などの族長を集め、戦略戦術作戦会議が行われていた。
まだ子供である希美は、ワケの分からない会議に退屈し、
こともあろうか居眠りを始めていたのである。
それを知った安倍は、眼を剥いて希美の胸倉を掴む。

「寝るんじゃないべさァァァァァァァァァー!」

安倍の凄まじい表情に、希美は飛び起き、頭を抱えて蹲る。
希美のこういった仕草は、叱られた時に行うことが多かった。

「きー!ごめんなしゃい」

希美はベソをかきながら、椅子に座りなおした。
子供の女王など、何の権限も持たず、存在だけが全てである。
内政は文官が執り行い、軍部に関しては安倍が最高指導者だった。
本来、安倍の身分は決して高いものではなかったが、
得意の策略でライバルを排除し、自身を出世させて来たのである。
行く行くは希美を自由に操り、毛野王国の実権を握ろうと模索していた。

「今度寝たら、黙って絞め殺すべよ。分かったの?アアン!」
「きー!わかりました!」

先代の美帆は無責任に引退してしまったため、仕方なく抽選で希美が選ばれた。
あまりに世間知らずであるためか、安倍の言うがままに動いている。
要するに安倍に頭が上がらず、絶えず怯えている状態だった。
全く無能な女王だったが、国民のウケは悪くなかったのである。
215ブラドック:02/07/14 13:05 ID:n28q4c+Y
「なっち、可哀想じゃん。まだ子供なんだからさー」

希美を庇ったのは、会津の毛人の族長である圭織だった。
彼女たちはかなり大柄な部族であり、格闘技術は他を寄せ付けない。
その可動兵力は三千人程度だったが、一騎当千のつわもの揃いだった。
圭織は希美を可愛がっており、いい関係を続けている。
当時、東国は女系社会であったため、族長は女性ばかりだった。

「圭織は甘いべさ。しつけは厳しくしないとね」

安倍は会議に出席している族長を見回す。
出羽の戸田一族は言語こそ通じにくいものの、
やはり三千人の兵力を誇る中堅国家を維持していた。
ここでは族長であるりんねの姉、『まゆみ』を安倍が拉致している。
傘下最大の兵力を誇るのは、仙台地方の小湊一族だった。
五千人の兵力を持つ大国家であり、今回の対日本武尊戦では主力を務める。
アイヌ系では石黒・紺野・福田といった列強が顔を揃えるが、
その多くは安倍に肉親を拉致されていたのだった。

「今回は、土蜘蛛に先鋒を任せてあるべさ。
土蜘蛛が全滅した頃、弱った日本武尊軍を全滅させればいいっしょ」

安倍が強気に出ているのは、大和の大王からの書状があったからだ。
日本武尊を殺せたら、浪速や吉備のような待遇を約束するとしてある。
だからこそ、何が何でも勝たねばならなかったのだ。
そのための戦法として、土蜘蛛五千と日本武尊軍を戦わせ、
続いて傘下部隊が一万五千。最後に毛野軍一万の合計三万という大兵力である。
これだけの兵力で対抗すれば、日本武尊軍との勝利は確実だった。
216ブラドック:02/07/14 13:06 ID:n28q4c+Y
「安倍ちゃん、土蜘蛛は大丈夫?」

小湊は不安を隠しきれない様子である。
もし土蜘蛛が日本武尊側についたとしたら、
厄介な存在になるのは間違いなかった。
しかし、根回しは狡猾な安倍である。
そんなことを考えないワケがなかった。

「土蜘蛛の族長、真里の一人息子を預かってるべさ」

こういったダーティーな作戦は、安倍が最も得意とする。
あまりの汚さに、露骨に顔を顰めたのがりんねだった。
彼女は姉の『まゆみ』を拉致されている。

「まあ、日本武尊軍は、狛犬の支援がなければ、せいぜい一万ちょっとっしょ?
こっちは三倍の兵力だべさ。楽勝は間違いないんでないかい?あはははは・・・・・・」

会議が終わると、りんねは部下を呼んで極秘の作戦をスタートさせた。
あさみ・まいといった剣術の達者な連中と共に、安倍を暗殺するのだ。
安倍さえ殺してしまえば、毛野は存亡の危機に立たされてしまう。
そうしたら、堂々と姉を連れて出羽に帰ればよい。

「いい?安倍は用心深いから、踊り子の格好で行くよ」

りんねは踊り子の服に着替えた。
あさみとまいも踊り子の服に着替え、
懐剣を隠し持って安倍のいる広間に向かう。
広間では安倍が希美と話をしている。
三人が安倍に近づいた時だった。
217ブラドック:02/07/14 13:06 ID:n28q4c+Y
「ふーん、なっちを暗殺する気だべか?バカだべね」

余裕の表情で安倍が合図すると、
奥から槍を持った十数人が現れた。
槍を持った十数人と懐剣の三人では、
いくらりんねたちが強くても勝負にならない。
三人はすぐに槍隊に囲まれてしまった。

「そんな!どうして?」

秘密が漏れるとは考えられなかった。
まさか安倍が最初から疑っていたのか?
それとも、りんねは嵌められたのだろうか。
いくら用心深い安倍とはいえ、用意周到すぎる。

「あはははは・・・・・・覗き趣味って部下もいるべさ」

安倍が振り返ると、いかにも覗きをしそうな中年男が顔を現した。
この男は鈴音たちの着替えを覗いていたのである。
そして不穏な動きをする三人を、安倍に報告していたのだ。
男の趣味がこうじて、安倍の危機を救うとは。

「おのれ!こうなったら、刺し違えてやる!」

あさみが安倍に飛びかかろうとした瞬間、
兵士たちが反応し、数本の槍が彼女の体を貫いた。
凄まじい血が噴出し、あさみは即死状態で床に転がる。
もう、抵抗は無意味である。暗殺は失敗したのだ。
218ブラドック:02/07/14 13:07 ID:n28q4c+Y
「あさみちゃん!」

りんねとまいは、血塗れのあさみを抱き上げる。
しかし、あさみの眼が再び開くことはなかった。
あさみの死で泣き顔になった、まいを尻目に、
りんねはあさみを抱いたまま、安倍を睨みつけた。

「バカな子だべねえ。武器を捨てるべさ」

りんねとまいは、仕方なく武器を捨てた。
勝ち誇った安倍は実に上機嫌で、
覗き男に好きな方を下賜すると決める。
男はりんねより幾分若い、まいを要求した。

「あはははは・・・・・・たっぷり可愛がってやればいいっしょ」

安倍は冷酷に微笑み、まいを男に引き渡す。
まいは男に引き擦られながら、広間から連れて行かれる。
安倍は冷酷に微笑みながら、恐怖に悲鳴を上げるまいを見送った。
そして、次に安倍はりんねを見つると、『まゆみ』の話をする。

「あんたのお姉ちゃんは『まゆみ』っしょ?よく似てるべさ。
ところで『まゆみ』はどこにいるか知ってるべか?」
「まさか!」

りんねは眼を剥いた。安倍は楽しくて仕方ない。
安倍は嬉しそうに微笑みながら大きく手を上げる。
その手を下ろした時、りんねの命が終わるのだ。
219ブラドック:02/07/14 13:10 ID:n28q4c+Y
「そのまさかだべさ。『まゆみ』は黄泉の国にいる。逢わせてやるべさ」

安倍の手が振り下ろされるのと同時に、
りんねの体に十数本の槍が突き刺さった。
彼女は声も出さず、その場に昏倒する。
この汚いやり方をするのが安倍だった。。
そこにいるのは、小心者だった安倍ではない。
残忍な性格に変貌を遂げた安倍だった。

「きー!」

希美は眼前での二人の処刑に、
思わず頭を抱えて蹲った。
まだ子供で世間知らずな希美は、
こういったことに慣れていない。
目の前で人が死んで行くのが怖くて、
しゃがみ込んで震えていたのだ。

「何やってんだべさ!このくらいのことが怖くて、女王が務まるべか!」
「しょんな〜、女王なんて好きでなったんじゃないよう――――!」

安倍は希美の頭を殴りつける。
希美は意思を持たない女王であるべきだった。
そうでないと、今度は彼女が安倍に命を狙われる。
安倍の毛野王国略取計画は、始まったばかりであった。