《尾張》
尾張に着くと、私と真希はしばらく逗留することに決めた。
私には吉備に家があったものの、真希には帰ることろがないのだ。
それに、何と言っても真希は亜依のことが気になっていたのである。
そろそろ真希にも、『帰る場所』が必要だった。それが亜依なのである。
「それじゃ、出雲の経営は任せたぞ」
私は圭と抱擁を交わし、彼女の軍勢を見送った。
出雲は寒暖の差のあるものの、静かで豊かな土地である。
山賊だった圭の部下たちも、安住の地を見つけただろう。
そんな圭を見送る私に、なぜか眩暈がした。
(これは・・・・・・未来予知?)
戦の中で圭が全身に矢を浴びて斃れる様子が頭に浮かぶ。
私にも一部だが、土蜘蛛と同じ血が流れている。
だが、圭にトドメをさす者の顔が、どうしても見えない。
誰が圭を殺すのだろうか。あんないいヤツを。
私は人脈を利用し、出雲の情勢を探らせることにした。
不穏な動きがあったなら、すぐさま圭に知らせるつもりである。
圭は仲間であり、姉妹のようなものだった。
「紗耶香さん、どうしたの?」
真希が心配して声をかけて来た。
私がフラついたので驚いたのだろう。
私はムリに笑顔を作った。
「何でもないさ。ちょっと疲れただけだ」
「そうなの?だったらいいけど」
真希には亜依がいる。そろそろ私の存在意義も薄れていた。
二〜三年、真希の様子をみた後は、相模にでも出てみようと思う。
私は真希を愛していたが、彼女は何も考えていないに違いない。
ここは潔く身を引いて、真希のことは亜依に任せよう。
これも失恋なのだろうか。思わず吹き出してしまった。
「紗耶香さん、あたし亜依と一緒に暮らすわ」
真希が振り返って手招きをすると、
亜依が恥ずかしそうに下を向きながら現れた。
私は二人が体の関係になったのを知る。
亜依は族長の娘だったが、相手は大和の姫様だ。
真希が求めれば亜依は勿論、その父親ですら逆らえない。
尾張の蛮族では、意見することすら不可能である。
「そうか、それなら家が必要だろう」
私は二人のために家を新築することにした。
二人の新居は大和風の造りにしてみる。
高床式の屋敷で、周囲に土塀を誂えてみた。
私にはいくらか設計の知識があったので、
現地人たちばかりで工事をさせてみる。
その中には想像以上に器用な者もおり、
確かに人数もいたが、わずか三ヶ月程度で完成した。
真希と亜依は新居を見て喜び、私は苦労が報われる。
「紗耶香さんは、実家に帰らないの?」
真希は私が帰らないのを不審に思っている。
私には真希を看取る使命があるのだが、
そんなことは彼女に関係のないことだった。
このことは、きっと誰にも言うことはないだろう。
これまでも、これからも。
「あたしがいなくても、仕事には問題ないしね」
「ふーん、あたしは紗耶香さんがいてくれた方がいいけど」
そう言うと、真希は私に抱きついて、
例の「紗耶香さん、だーいすき」をやった。
となりでは、亜依が驚いて私たちを見ている。
こういったスキンシップを知らないからだろう。
あるいは、普段は無口で武骨な真希が私に
甘えるところを見たことがないのかもしれない。
これまでは私たちに甘えていた真希も、
これからは亜依を守る立場になったのだ。
大人の仲間入りを果たしたのだから、
筋は通しておいた方がいいのは当然である。
私は真希に大和の件を提案してみた。
「真希、一度くらいは大和に顔を出さないとな」
私が道理を言うと、真希は悲しそうな顔をして俯いた。
やはり、真希は実父に捨てられたことが忘れられないようだ。
真希も二十歳になるのだから、そろそろ割り切った方がいい。
勿論、真希が大和に行く前に、様子を調べなければならないが。
「大和には戻りたくない」
大和に戻る必要はない。真希にとっては、ここが安住の地なのだから。
私が言うのは、大和に顔を出した方がいいということである。
ここまで活躍したのだから、大王の妬みはあるだろうが、
このまま黙っていたら、どんな策略に遭うか分からないからだ。
狡猾な大王のことだから、真希を抹殺する計画を練っているだろう。
それを阻止する意味でも、大和へ顔を出すことは有効だった。
「まあ、ムリにとは言わないがね」
私は大和の様子を調べるのが先決であると思い、
それほど真希を大和へ行かそうとは思わなかった。
しかし、この私の判断は甘かったのである。
大王は真希を抹殺するためには手段を選ばなかった。
この時点で毛野や真里、圭、そして浪速と結んでいれば、
いくら強大な大和でも、倒すことができていたのである。
私は真希を説得して、連合軍を組織するべきだった。
この判断の間違いが、真希を苦しめる結果になってしまう。
私は死ぬまで後悔することになったのだ。
《風雲急を告げる》
それから数年は、平和で穏やかな日々が続いていた。
真希は三人の養子を取り、亜依と一緒に幸せな家庭を築いている。
相模の真里には男児が生まれ、更に忙しく働いているという。
独り身なのは私だけであり、圭にも浪速人の恋人ができたらしい。
私も二十五歳となり、すでに人生の折り返しに来ている。
尾張での暮らしにも慣れ、気ままな独身生活を送っていた。
私は呑気に歌を作って、シンガーソングライターとしての地位を築き、
野外ステージでのコンサートには数千人を動員するまでになっている。
こんな暮らしは退屈ではあったが、私としては割と気に入っていた。
そんな戦とは無縁となった私のところへ、慌てた部下が駆けつけ、
思いもよらない知らせを齎したのは、ある秋の夜のことだった。
「紗耶香様、大和で動きがありました。大王、ボケが始まったとしか思えません」
これまで何も言って来なかった大王は、真希に東征を命じることにしたらしい。
何でも、東国(毛野・土蜘蛛)の連中は年貢の納付を拒否したというのだ。
私は八方に密使を派遣し、詳しく調べたのだが、それは正に大王の策略である。
毛野においては年貢を三割も増やし、真里たちには米での年貢を強要したのだ。
毛野には酷な話だったし、狩猟民族である真里たちには、米での納付は困難である。
つまり、大王は東国の直接支配に乗り出すと同時に、真希に真里を討たせるつもりらしい。
そして、大王の邪魔者である真希を、精神的に追い詰めようとしていたのだ。
私は真希と話をすべく、彼女の屋敷へ乗り込んだ。
「すっかり陽が短くなったな。・・・・・・悪い知らせだ」
私は真希に東征の話をした。急な話に、真希も眼を剥いている。
ここで感情的になっては、大王の思うツボであることはあきらかだ。
「真希、大王は本気だぞ。どうするか・・・・・・」
選択肢はいくつかあった。
まず、大和の命令を受けるかどうか。
受けた場合に真里たちと戦うかどうか。
戦った場合、どこで切り上げるか。
大和の命令を受けなかった場合、
実父の軍勢と戦うかどうか。
戦った場合、勝ってよいものかどうか。
「紗耶香さん、これは何かの間違いだよ。相模に行って真里さんの話を聞こうよ」
真希の意見は分かりやすく正直で、何よりもっともだった。
ここで真里と戦ったとしても、全く何の得にもならない。
できれば真里を助ける意味でも、馬を買って支払いは米で行う。
そういった事業を展開すれば、解決する問題であると思われた。
それは難題を押し付けられた毛野においても同様であるといえる。
稲作の生産量を増大させるため、治水工事の精通者を派遣すればいい。
「とりあえず、大和には説得する旨を伝えておこう。
大義名分になるし、時間稼ぎにもなるからな」
私と真希はおっとり刀で、数人の従者を連れ相模に向かった。
今回の騒動が片付けば、私は真里のところへ落ち着いてもいい。
彼女の子供は順調に成長しており、間もなく五歳になるからだ。
自分で判断できるようになれば、真里は引退しても平気だろう。
そうしたら、どこかの静かなところで私と二人で暮らせばよい。
真希が気になるのなら、真里と一緒に尾張で暮らすのも悪くなかった。
「紗耶香さん、五年振りだよね。真里さんに会うの」
真希は嬉しくて仕方ないようだ。
こんなことで会うのはどうかと思うが、
真里と会えることには変わりない。
勿論、私も楽しみで仕方なかった。
「紗耶香様。大和の情報が入りました」
私たちは大和と相模の情報を得ながら進むため、ゆっくりとしたペースでの旅となっている。
情報は毎日、私の部下が早馬で届けており、遠江に入る頃、五度目の早馬がやって来る。
しかし、今回は使者の顔が妙に深刻であり、重大な事態が起こっている様子だった。
「悪い知らせか?」
「いえ、大王におきましては、早急の解決を望んでおられます」
どうも使者の話は歯切れが悪かった。
楽観的な真希は気にしなかったが、
私は不安を感じたので、使者を残して、
こっそりと話を聞いてみることにする。
すると、大王の陰謀が見えて来たのだった。
「大王は毛野の女王が交代したのを良いことに、奸臣の安倍と結託しております。
宮様を亡き者にしようと、。毛野をはじめ、奥羽諸国が宮様殺害に動き出している模様」
これは極めて危険な状況だった。このままでは真里の命が危ない。
私は使者に命じ、近江・美濃・尾張・三河の諸将に挙兵させる。
私の人脈を使わないまでも、これで一万以上にはなるからだ。
土蜘蛛を救うためには、一刻も早い挙兵が必要なのである。
「真希、事態が変わった。急ぐぞ」
私と真希は馬を走らせ、それから三日で箱根にさしかかる。
箱根の山道にさしかかると、真里がやって来ていた。
私は嬉しくなり、馬から飛び降りると、一直線に真里へと向かう。
ところが、いきなり矢で射られ、私は腕に負傷してしまった。
私も真希も何かの間違いだと思い、苦笑しながら矢を抜く。
「酷いな。五年振りの出迎えがこれか?」
秋晴れのススキの上を、風に煽られながら赤とんぼが飛んでいた。
真里は泣きそうな顔をしていたので、私は何ごとかと思い、あたりに気を配ってみる。
すると、凄まじい殺気を感じ思わず身構えた。それはあきらかに私たちを敵視している。
「真里さーん」
真希が手を振ると、数百人の土蜘蛛が現れた。
すでに真里は安倍の手先になっていたのか?
真里に限って、安倍なんかに騙されるワケがない。
どういったことなのか、私は話が聞きたかった。
「真里!話を聞きたいんだ!」
すると、真里は弓を構えて私を狙った。
この距離であれば、真里は決して外さない。
私の急所を貫くことができるだろう。
そうなれば、私は何も考えずに即死できる。
それが幸せなのかもしれなかった。
「紗耶香、宮様ー!帰って!お願い!帰ってー!」
真里は泣いていた。私は真里になら殺されてもいい。
真希には「動くな」と言い、真里に近づいて行った。
威嚇の矢が足元に突き刺さるが、私は恐れずに進んだ。
「紗耶香ー!来ないで!」
真里の放った矢は、私の太腿に命中した。
彼女は意図的に外したのである。
それを見た真希が私に駆け寄ろうとした。
「来るな!真希!」
さすがに真里は私を殺さなかったが、
相手が真希なら迷わず急所を狙って来るだろう。
彼女の腕なら、今の真希の位置でも外すことはない。
「うわあァァァァァァァァー!」
真里は弓を投げ捨て、私に飛びついてきた。
私は真里の息が止まるほど、思い切り抱き締める。
すると、土蜘蛛の連中からもすすり泣く声が聞こえた。
「紗耶香さん!真里さん!」
真希もいたたまれず、走ってきて私と真里に抱きついた。
私の右足は痛かったが、痺れていないので、毒矢ではない。
ちゃんと血管も外してあったので、私は矢を引き抜いた。
「何があったんだ」
「子供をさらわれたの」
なるほど、話が見えてきた。安倍が真里の子供を拉致したのだろう。
それで土蜘蛛たちに臣従するよう、圧力をかけて来たに違いない。
私は真里と話をするため、周囲を土蜘蛛に警戒させ、近くの岩屋に入った。
土蜘蛛は気の荒い連中だったが、私たちとは長いこと仲間だったのだ。
「大和に文句を言われないように、馬の代金は米で支払ってもらうようにすればいいじゃないか」
私は分かりやすく対策を説明した。
だが、真里は子供のことが心配でならないようだ。
安倍はこの方法で、周辺部族を引き込んでいたのである。
そのやり方の汚さには、吐き気がするほどだった。
「真里さん、あたしたちは仲間だよ」
真希が真里の手を握ると、再び大粒の涙が零れて行く。
このままでは、土蜘蛛が安倍の尖兵になるだろう。
そうなったら、嫌でも踏み潰さねばならない。
私はムリヤリにでも真里を連れて帰るべきだった。
そういった判断ができなかったのは、
私が母性を理解していなかったからである。
《安倍の野望》
毛野王国内の宮殿では、新女王である辻希美比売(つじののぞみのひめ)の前で、
安倍が奥羽などの族長を集め、戦略戦術作戦会議が行われていた。
まだ子供である希美は、ワケの分からない会議に退屈し、
こともあろうか居眠りを始めていたのである。
それを知った安倍は、眼を剥いて希美の胸倉を掴む。
「寝るんじゃないべさァァァァァァァァァー!」
安倍の凄まじい表情に、希美は飛び起き、頭を抱えて蹲る。
希美のこういった仕草は、叱られた時に行うことが多かった。
「きー!ごめんなしゃい」
希美はベソをかきながら、椅子に座りなおした。
子供の女王など、何の権限も持たず、存在だけが全てである。
内政は文官が執り行い、軍部に関しては安倍が最高指導者だった。
本来、安倍の身分は決して高いものではなかったが、
得意の策略でライバルを排除し、自身を出世させて来たのである。
行く行くは希美を自由に操り、毛野王国の実権を握ろうと模索していた。
「今度寝たら、黙って絞め殺すべよ。分かったの?アアン!」
「きー!わかりました!」
先代の美帆は無責任に引退してしまったため、仕方なく抽選で希美が選ばれた。
あまりに世間知らずであるためか、安倍の言うがままに動いている。
要するに安倍に頭が上がらず、絶えず怯えている状態だった。
全く無能な女王だったが、国民のウケは悪くなかったのである。
「なっち、可哀想じゃん。まだ子供なんだからさー」
希美を庇ったのは、会津の毛人の族長である圭織だった。
彼女たちはかなり大柄な部族であり、格闘技術は他を寄せ付けない。
その可動兵力は三千人程度だったが、一騎当千のつわもの揃いだった。
圭織は希美を可愛がっており、いい関係を続けている。
当時、東国は女系社会であったため、族長は女性ばかりだった。
「圭織は甘いべさ。しつけは厳しくしないとね」
安倍は会議に出席している族長を見回す。
出羽の戸田一族は言語こそ通じにくいものの、
やはり三千人の兵力を誇る中堅国家を維持していた。
ここでは族長であるりんねの姉、『まゆみ』を安倍が拉致している。
傘下最大の兵力を誇るのは、仙台地方の小湊一族だった。
五千人の兵力を持つ大国家であり、今回の対日本武尊戦では主力を務める。
アイヌ系では石黒・紺野・福田といった列強が顔を揃えるが、
その多くは安倍に肉親を拉致されていたのだった。
「今回は、土蜘蛛に先鋒を任せてあるべさ。
土蜘蛛が全滅した頃、弱った日本武尊軍を全滅させればいいっしょ」
安倍が強気に出ているのは、大和の大王からの書状があったからだ。
日本武尊を殺せたら、浪速や吉備のような待遇を約束するとしてある。
だからこそ、何が何でも勝たねばならなかったのだ。
そのための戦法として、土蜘蛛五千と日本武尊軍を戦わせ、
続いて傘下部隊が一万五千。最後に毛野軍一万の合計三万という大兵力である。
これだけの兵力で対抗すれば、日本武尊軍との勝利は確実だった。
「安倍ちゃん、土蜘蛛は大丈夫?」
小湊は不安を隠しきれない様子である。
もし土蜘蛛が日本武尊側についたとしたら、
厄介な存在になるのは間違いなかった。
しかし、根回しは狡猾な安倍である。
そんなことを考えないワケがなかった。
「土蜘蛛の族長、真里の一人息子を預かってるべさ」
こういったダーティーな作戦は、安倍が最も得意とする。
あまりの汚さに、露骨に顔を顰めたのがりんねだった。
彼女は姉の『まゆみ』を拉致されている。
「まあ、日本武尊軍は、狛犬の支援がなければ、せいぜい一万ちょっとっしょ?
こっちは三倍の兵力だべさ。楽勝は間違いないんでないかい?あはははは・・・・・・」
会議が終わると、りんねは部下を呼んで極秘の作戦をスタートさせた。
あさみ・まいといった剣術の達者な連中と共に、安倍を暗殺するのだ。
安倍さえ殺してしまえば、毛野は存亡の危機に立たされてしまう。
そうしたら、堂々と姉を連れて出羽に帰ればよい。
「いい?安倍は用心深いから、踊り子の格好で行くよ」
りんねは踊り子の服に着替えた。
あさみとまいも踊り子の服に着替え、
懐剣を隠し持って安倍のいる広間に向かう。
広間では安倍が希美と話をしている。
三人が安倍に近づいた時だった。
「ふーん、なっちを暗殺する気だべか?バカだべね」
余裕の表情で安倍が合図すると、
奥から槍を持った十数人が現れた。
槍を持った十数人と懐剣の三人では、
いくらりんねたちが強くても勝負にならない。
三人はすぐに槍隊に囲まれてしまった。
「そんな!どうして?」
秘密が漏れるとは考えられなかった。
まさか安倍が最初から疑っていたのか?
それとも、りんねは嵌められたのだろうか。
いくら用心深い安倍とはいえ、用意周到すぎる。
「あはははは・・・・・・覗き趣味って部下もいるべさ」
安倍が振り返ると、いかにも覗きをしそうな中年男が顔を現した。
この男は鈴音たちの着替えを覗いていたのである。
そして不穏な動きをする三人を、安倍に報告していたのだ。
男の趣味がこうじて、安倍の危機を救うとは。
「おのれ!こうなったら、刺し違えてやる!」
あさみが安倍に飛びかかろうとした瞬間、
兵士たちが反応し、数本の槍が彼女の体を貫いた。
凄まじい血が噴出し、あさみは即死状態で床に転がる。
もう、抵抗は無意味である。暗殺は失敗したのだ。
「あさみちゃん!」
りんねとまいは、血塗れのあさみを抱き上げる。
しかし、あさみの眼が再び開くことはなかった。
あさみの死で泣き顔になった、まいを尻目に、
りんねはあさみを抱いたまま、安倍を睨みつけた。
「バカな子だべねえ。武器を捨てるべさ」
りんねとまいは、仕方なく武器を捨てた。
勝ち誇った安倍は実に上機嫌で、
覗き男に好きな方を下賜すると決める。
男はりんねより幾分若い、まいを要求した。
「あはははは・・・・・・たっぷり可愛がってやればいいっしょ」
安倍は冷酷に微笑み、まいを男に引き渡す。
まいは男に引き擦られながら、広間から連れて行かれる。
安倍は冷酷に微笑みながら、恐怖に悲鳴を上げるまいを見送った。
そして、次に安倍はりんねを見つると、『まゆみ』の話をする。
「あんたのお姉ちゃんは『まゆみ』っしょ?よく似てるべさ。
ところで『まゆみ』はどこにいるか知ってるべか?」
「まさか!」
りんねは眼を剥いた。安倍は楽しくて仕方ない。
安倍は嬉しそうに微笑みながら大きく手を上げる。
その手を下ろした時、りんねの命が終わるのだ。
「そのまさかだべさ。『まゆみ』は黄泉の国にいる。逢わせてやるべさ」
安倍の手が振り下ろされるのと同時に、
りんねの体に十数本の槍が突き刺さった。
彼女は声も出さず、その場に昏倒する。
この汚いやり方をするのが安倍だった。。
そこにいるのは、小心者だった安倍ではない。
残忍な性格に変貌を遂げた安倍だった。
「きー!」
希美は眼前での二人の処刑に、
思わず頭を抱えて蹲った。
まだ子供で世間知らずな希美は、
こういったことに慣れていない。
目の前で人が死んで行くのが怖くて、
しゃがみ込んで震えていたのだ。
「何やってんだべさ!このくらいのことが怖くて、女王が務まるべか!」
「しょんな〜、女王なんて好きでなったんじゃないよう――――!」
安倍は希美の頭を殴りつける。
希美は意思を持たない女王であるべきだった。
そうでないと、今度は彼女が安倍に命を狙われる。
安倍の毛野王国略取計画は、始まったばかりであった。