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168ブラドック
《尾張平定》

 私たちは五千の兵を引き連れ、昼前に木曽川を渡った。
尾張の大半は木曽川の洪積地帯であり、肥沃な穀倉地帯になりそうである。
こんな小さな国でありながら、美濃と同等の生産ができそうだ。
私があたりを見回していると、はるか彼方に煙が見えている。
恐らく、普通の視力の持ち主であれば、視認は困難だろう。

「真希、この方角に進めば、『春日井の民』がいるぞ。話によれば、木曽川付近に住んでいるらしい」

『春日井の民』の人口は約一万人。
兵力は最高で二千人と言われており、尾張最大の部族だった。
彼らは畑作を営む大陸系の民族であり、我々を敵視している。
好戦的な部族であるため、私は避けて通れない相手であると確信した。
真希であれば『春日井の民』を絶滅させるのは容易いだろう。
何しろ、野戦に関しては絶対的な自信を持っている。
私は真希に三千人の兵を預けて送り出し、もう少し内陸に進んで行った。

「『熱田の民』兵五百、ただいま参陣!」
「『知多の民』兵三百、ただいま参陣!」
「『津島の民』兵二百、ただいま参陣!」

瞬く間に千人の兵が集まってしまった。
この先には『海部の民』がいる。
尾張第二の兵力を持ち、その数は千五百。
倍の兵力であれば、楽勝は間違いない。
このあたりの蛮族は城を持たないので、
村を攻めれば終わりだったのである。
169ブラドック:02/07/05 18:14 ID:82tWIRH8
「これより正義の名のもとに『海部の民』を征伐する。
最終的な使者を送れ。使者が戻り次第、攻撃開始だ」

私は参陣した連中を中心に陣容を考えて行く。
先陣は現地勢力が基本であるため、
立候補してきた『熱田の民』に任せる。
『知多の民』を左翼、『津島の民』を右翼に据えた。
主力の殲滅部隊一千が続き、後詰も一千の兵を残す。

「使者殿、ご帰還!」
「紗耶香様!・・・・・・これが奴らの返答でござる!」

使者は血塗れで蹲ってしまった。
近くにいた武将が使者を支えるが、
激痛のためか気を失ってしまう。
私は使者の容態を診てみる。

「こいつはひどいな。塩で傷を清め、縫合するんだ」

私が指示を出すと、武将たちが使者を担いで行く。
これだけ危険な役であるため、使者の地位は高い。
場合によっては殺されてしまうが、
使者は日本武尊の代理なのである。
彼は背中を斬られて重傷だった。
使者に危害を加えるなど、言語道断である。
丸腰の使者に重傷を負わせたのだから、
もう、容赦することはない。
真希ではないが、皆殺しにしてしまえばよいのだ。
私は全軍に号令をかけ、『海部の民』殲滅を命じた。
170ブラドック:02/07/05 18:14 ID:82tWIRH8
 戦はすぐに終わってしまった。
石器に青銅器が混ざった程度の武器では、
この軍勢を撃破することなど不可能である。
本陣が村に入る頃になると、降伏した一般民がやってきた。
私は殲滅部隊の指揮官を呼びつけ、頭ごなしに怒鳴りつけた。

「何が降伏者だ!皆殺しにしろと言ったはずだぞ!
日本武尊に逆らう部族は、女子供だろうが容赦するな!」

指揮官は転がるように飛び出して行き、慌てて部下を集め出した。
私は責任者として、降伏者の処刑を見届けなければならない。
降伏者たちは、女性と子供ばかりであり、皆、とても怯えていた。
泣き叫ぶ子供の口を塞ぎ、少しでも兵を刺激しないようにする母親。
数人の兵に強姦されたらしく、虚空を見つめる若い娘。

「これより、処刑を行う!」
「待て!」

私は思わず処刑を中断してしまった。
これは侵略戦争である。それは分かっている。
でも、稲作という正義のために、二千人もの無抵抗な女子供を虐殺して良いのか。
これが正義なのか?侵略から一族を守るために闘った者は悪なのか?
現実から逃避するつもりはない。私も子供ではないからだ。
押し付けられたものを拒否する権利すら、彼女たちにはないのだろうか。
そう思うと、異文化を持った国があっても良いと思ってしまう。

「選択させろ。ここで死ぬか、三河以東へ追放されるか」

私の指示を聞いた指揮官は、救われた顔になった。
恐らく、『抵抗しなければ命は助ける』などと言ったのだろう。
私は降伏者に情けをかける気など毛頭ない。
ただ、私は真希ではないのだ。
171ブラドック:02/07/05 18:15 ID:82tWIRH8
 結局、全員が追放を希望し、私は舟で彼女たちを東国へ送った。
しばらくすると、『熱田の民』の族長が私のもとに現れる。
やはり、『春日井の民』に拉致されている娘が心配なのだろう。

「言ったはずだぞ。姫のことは保障しかねると」
「は、しかし、宮様は何と?」

私には家族がいない。父親こそ生きているものの、私とは別に住んでいる。
家族の絆など感じたことのない私にとって、我が子可愛さのあまりなどとは、
全くもって詭弁であると思っていたし、恋愛に勝るものはないと思っていた。
しかし、この男は、本気で我が子を心配し、不安で仕方ない顔をしている。
私には理解できなかったが、この男は嘘を言ってはいないようだ。

「いいか?これは戦なんだ。余裕もあれば助けられようが、そうでなければ諦めろ」
「ううう・・・・・・これより春日井へ行かせて下され!」

この男は一人になっても、我が子を救おうとしている。
一族を守るため、我が子を人質に出し、それに敵対する我々に恭順した。
玉虫色のポリシーは非難されるだろうが、この男は優しいのだろう。
私はこういった人間が大好きだった。だから決して一人では行かせない。

「よかろう!『熱田の民』『知多の民』『津島の民』を率いて出立せい!」
「猿楽様、このご恩は生涯忘れませぬ!」
「馬鹿者!それを言うなら、姫を救ってからだろう」

男は涙を浮かべながら、走り去って行った。
考えてみれば、真希は父親に捨てられたのである。
しかも、生まれてから、ずっと一緒に暮らして来た父親にだ。
土蜘蛛の呪いだけではなく、心がガタガタがったのだろう。

「ふん、親がどうした」

私は思わず吐き捨てるように言ったが、この世に生を受けたのも親のおかげだ。
近くにいた少女兵に伽をさせるために、彼女の上司である女を呼んだ。