《東征開始》
真希は『伯方の塩』のおかげで、体調が安定してきた。
そこで、みんなで話し合いを行い、今後の方針を決める。
話し合いの結果、本格的な東征を始めることになった。
これは真里たち土蜘蛛の悲願でもある国をつくる上でも、
絶対に避けては通れない橋なのである。
綿密な作戦会議が何日も続き、北陸からは義援兵がやって来た。
浪速の王も大和には内緒で、千人の兵を供出しており、
我が軍の兵力は一万二千にも及んだ。
「問題は信濃の蛮族どもだ。真里は手勢三千を率いて飛騨から信濃に入る。
圭は手勢四千で、一気に三河まで進出するんだ。主力の五千は尾張に駐屯する」
私は極力、安全策を採った。
日本武尊が負けるワケには行かなかったからである。
もし、ここで手痛い敗北を喫したら、毛野は反撃に転じるだろう。
毛野が動き出せば、奥羽の蛮族も黙っていない。
今の大和は勢力を拡大しすぎて、動くに動けないだろう。
つまり、我が軍が勝たないと、大和は危機的状況となるのだ。
「美濃の蛮族どもが、臣従を希望しておりますが」
真里は図面を見ながら考え込む真希に言った。
真希には差別意識そのものがないので、
蛮族と言われても理解不能だったのである。
要するに、生活水準の低い未開人のことなのだが、
真希は首を傾げながら、つまらなそうに言った。
「使い物になるの?なるんだったら大歓迎だけどさ」
「それは会ってみないことには・・・・・・」
「面倒臭いね。踏み潰しちゃおうか」
あきらかに、真希の中の『意識』がそう言わせている。
ここは『意識』が優先する真希に判断させるよりも、
私や圭、真里で決めた方が賢明であるように思われた。
圭や真里は黙っていても、どうすれば良いのか知っている。
恭順する者は拒まず、敵対する者は殲滅させるのだ。
これこそが、真の意味での東征なのである。
「真希、お前は敵対する部族を潰して行けばいい。あとは任せろ」
私が真希に仕事を与えてやると、嬉しそうに頷いた。
真希の『意識』は、この仕事で癒されるだろう。
こういった飴と鞭を駆使してこそ、大和の『正義』が効果を現す。
稲作文化の伝道こそが『正義』であり、安定した食料確保を邪魔するのは、
大和の『正義』の阻止を企む悪逆な蛮族なのであった。
勿論、こういった意識を持つのは大和側の連中だけであり、
東征なんてものは、どう考えても侵略行為なのである。
しかし、一昨年に平定した近江の現状を見ると、
稲作によって安定した食料確保ができ、領民は我々に感謝していた。
大和による甚大な搾取こそあれ、それでも生活は楽になったのである。
「できたね。それじゃ、早速、尾張まで進出しようよ」
真希の提案で、我々は山城から近江を抜けて美濃に達した。
我々が美濃に入ると、恭順の意向を示した連中が次々に駆けつけ、
その数は膨れ上がるばかりで、実に二千人にも及んだ。
「今からお前たちは、日本武尊の家来なるぞ。さあ、尖兵として戦うのだ」
私は彼らに武器を与え、真希に指揮をさせて抵抗勢力を殲滅させた。
真希の鬼神のような戦振りに、臣従した連中は恐れおののいている。
恭順する者は優遇し、敵対する者は容赦なく殲滅させる。
これこそが真希に与えられた使命なのであった。
僅か三日で美濃を完全に平定した真希は、
四十人にも及ぶ族長を連行し、見せしめに公開処刑を行った。
その反面、私たちは稲作を伝え、食料確保の拠点を整備する。
この稲作の伝道こそが、領民の支持を受ける秘策だった。
「では、圭、真里。頼んだぞ」
私は二人を作戦通りに信濃と三河に進めさせた。
これで我々が尾張に進出すれば、全てが上手く行く。
私は美濃の恭順者千人と、手勢千人を残して行くことにした。
尾張には狡猾な蛮族がいると聞いていたからである。
出陣を明日に控え、私が床についていると、部下に起こされた。
何でも、尾張からの使者だという。
尾張は小さな国であり、蛮族の数も多くない。
だが、何か重要な話である気がした。
「私どもは尾張蛮族の一族でございます。
このたび、尾張蛮族征伐におきましては、
私ども『熱田の民』は抵抗いたしません。
どうか寛大なご処置をお願いしたします。
更に、誠に勝手なお願いであるとは思いますが、
私どもの姫君が『春日井の民』に捕らえられております。
救出して頂ければ、これほど嬉しいことはありません」
尾張からの使者は私に頭を下げた。
これは面白いことになると直感した。
真希の良心を試す、絶好の機会である。
真希がどういった対応をするのか。
「分かった。一応、後藤宮様には伝える。ただし、姫君については、保障しかねるぞ」
私は当らず触らずといった対応をする。
勿論、決して安請け合いはしない。
真希が姫もろとも『春日井の民』を殲滅してしまったら、
救うと約束した『熱田の民』の対応が厄介だからだ。
私は使者を帰らせると、朝を待って真希に話をしてみる。
「ふーん、姫を救うの?」
真希は無表情なまま、私に問い掛けてきた。
全ては真希に任せるつもりである。
姫を救うも殺すも、真希の胸先三寸だ。
もし、姫を殺すようなことになったら、
私が真希を殺す時期が早まるだろう。
だが、姫を救うことになったとしたら、
私も考え直さなければいけないかもしれない。
「お前が決めろ。『春日井の民』攻撃は任せたぞ」
私は真希の良心を信じた。
いくら『意識』と同化したとはいえ、
真希には優しい良心が残っているはずだ。
もし、その良心が無くなっていたとしたら、
日本武尊伝説は終焉を迎えるだろう。
真希を殺せるのは私しかいないのだ。
「どうしようかな。考えておくね」
真希は中途半端な返事しかせず、
そのまま兵に出陣の号令をかけた。