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164ブラドック
《東征開始》

 真希は『伯方の塩』のおかげで、体調が安定してきた。
そこで、みんなで話し合いを行い、今後の方針を決める。
話し合いの結果、本格的な東征を始めることになった。
これは真里たち土蜘蛛の悲願でもある国をつくる上でも、
絶対に避けては通れない橋なのである。
綿密な作戦会議が何日も続き、北陸からは義援兵がやって来た。
浪速の王も大和には内緒で、千人の兵を供出しており、
我が軍の兵力は一万二千にも及んだ。

「問題は信濃の蛮族どもだ。真里は手勢三千を率いて飛騨から信濃に入る。
圭は手勢四千で、一気に三河まで進出するんだ。主力の五千は尾張に駐屯する」

私は極力、安全策を採った。
日本武尊が負けるワケには行かなかったからである。
もし、ここで手痛い敗北を喫したら、毛野は反撃に転じるだろう。
毛野が動き出せば、奥羽の蛮族も黙っていない。
今の大和は勢力を拡大しすぎて、動くに動けないだろう。
つまり、我が軍が勝たないと、大和は危機的状況となるのだ。

「美濃の蛮族どもが、臣従を希望しておりますが」

真里は図面を見ながら考え込む真希に言った。
真希には差別意識そのものがないので、
蛮族と言われても理解不能だったのである。
要するに、生活水準の低い未開人のことなのだが、
真希は首を傾げながら、つまらなそうに言った。
165ブラドック:02/07/04 18:36 ID:i7PQOJWI
「使い物になるの?なるんだったら大歓迎だけどさ」
「それは会ってみないことには・・・・・・」
「面倒臭いね。踏み潰しちゃおうか」

あきらかに、真希の中の『意識』がそう言わせている。
ここは『意識』が優先する真希に判断させるよりも、
私や圭、真里で決めた方が賢明であるように思われた。
圭や真里は黙っていても、どうすれば良いのか知っている。
恭順する者は拒まず、敵対する者は殲滅させるのだ。
これこそが、真の意味での東征なのである。

「真希、お前は敵対する部族を潰して行けばいい。あとは任せろ」

私が真希に仕事を与えてやると、嬉しそうに頷いた。
真希の『意識』は、この仕事で癒されるだろう。
こういった飴と鞭を駆使してこそ、大和の『正義』が効果を現す。
稲作文化の伝道こそが『正義』であり、安定した食料確保を邪魔するのは、
大和の『正義』の阻止を企む悪逆な蛮族なのであった。
勿論、こういった意識を持つのは大和側の連中だけであり、
東征なんてものは、どう考えても侵略行為なのである。
しかし、一昨年に平定した近江の現状を見ると、
稲作によって安定した食料確保ができ、領民は我々に感謝していた。
大和による甚大な搾取こそあれ、それでも生活は楽になったのである。

「できたね。それじゃ、早速、尾張まで進出しようよ」

真希の提案で、我々は山城から近江を抜けて美濃に達した。
我々が美濃に入ると、恭順の意向を示した連中が次々に駆けつけ、
その数は膨れ上がるばかりで、実に二千人にも及んだ。

「今からお前たちは、日本武尊の家来なるぞ。さあ、尖兵として戦うのだ」

私は彼らに武器を与え、真希に指揮をさせて抵抗勢力を殲滅させた。
真希の鬼神のような戦振りに、臣従した連中は恐れおののいている。
恭順する者は優遇し、敵対する者は容赦なく殲滅させる。
これこそが真希に与えられた使命なのであった。

166ブラドック:02/07/04 18:37 ID:i7PQOJWI
 僅か三日で美濃を完全に平定した真希は、
四十人にも及ぶ族長を連行し、見せしめに公開処刑を行った。
その反面、私たちは稲作を伝え、食料確保の拠点を整備する。
この稲作の伝道こそが、領民の支持を受ける秘策だった。

「では、圭、真里。頼んだぞ」

私は二人を作戦通りに信濃と三河に進めさせた。
これで我々が尾張に進出すれば、全てが上手く行く。
私は美濃の恭順者千人と、手勢千人を残して行くことにした。
尾張には狡猾な蛮族がいると聞いていたからである。
出陣を明日に控え、私が床についていると、部下に起こされた。
何でも、尾張からの使者だという。
尾張は小さな国であり、蛮族の数も多くない。
だが、何か重要な話である気がした。

「私どもは尾張蛮族の一族でございます。
このたび、尾張蛮族征伐におきましては、
私ども『熱田の民』は抵抗いたしません。
どうか寛大なご処置をお願いしたします。
更に、誠に勝手なお願いであるとは思いますが、
私どもの姫君が『春日井の民』に捕らえられております。
救出して頂ければ、これほど嬉しいことはありません」

尾張からの使者は私に頭を下げた。
これは面白いことになると直感した。
真希の良心を試す、絶好の機会である。
真希がどういった対応をするのか。
167ブラドック:02/07/04 18:40 ID:/KyzBLSd
「分かった。一応、後藤宮様には伝える。ただし、姫君については、保障しかねるぞ」

私は当らず触らずといった対応をする。
勿論、決して安請け合いはしない。
真希が姫もろとも『春日井の民』を殲滅してしまったら、
救うと約束した『熱田の民』の対応が厄介だからだ。
私は使者を帰らせると、朝を待って真希に話をしてみる。

「ふーん、姫を救うの?」

真希は無表情なまま、私に問い掛けてきた。
全ては真希に任せるつもりである。
姫を救うも殺すも、真希の胸先三寸だ。
もし、姫を殺すようなことになったら、
私が真希を殺す時期が早まるだろう。
だが、姫を救うことになったとしたら、
私も考え直さなければいけないかもしれない。

「お前が決めろ。『春日井の民』攻撃は任せたぞ」

私は真希の良心を信じた。
いくら『意識』と同化したとはいえ、
真希には優しい良心が残っているはずだ。
もし、その良心が無くなっていたとしたら、
日本武尊伝説は終焉を迎えるだろう。
真希を殺せるのは私しかいないのだ。

「どうしようかな。考えておくね」

真希は中途半端な返事しかせず、
そのまま兵に出陣の号令をかけた。