【ジェノサイド】
北九州を全滅させた真希は、
翌日になると南九州に攻め込んだ。
防戦するダニエルとレファとは対照的に、
日向のミカは降伏を申し出て来た。
総大将が真希であると判明したからである。
「真希、日向の王が降伏して来たぞ」
小高い丘の上で、紗耶香は戦況を見守る真希に言った。
昨日よりは落ち着いたものの、真希は殺戮をやめようとしない。
覚醒した『意識』は、確実に『真希』と同化しつつある。
本来であれば『意識』が暴走し、『真希』は別の人格として残るのだが、
このたびは、真希の中に『復讐』というものがあった。
それが『同化』を促していたのである。
「ミカ?」
真希が振り返ると、そこには蒼い顔をしたミカがいた。
相変わらず小柄であり、十年前と全く変わらない。
変わったといえば、いくぶんふっくらとして、
女性的な体つきになったことくらいだろう。
「お久しぶりです。日向は国を挙げて降伏致します。何卒、寛大な御処置を」
ミカは真希の前にひれ伏した。
すると、真希は背中の長太刀に手をやる。
紗耶香は反射的に真希の手を押えた。
一族の長が恥を忍んで土下座しているのだ。
しかも、無抵抗の少女を殺すのには忍びない。
「離せ!」
真希は紗耶香を突き飛ばすと、一気にミカを斬り殺した。
ミカは声を上げることもなく、即死したのである。
その場にいた誰もが戦慄を覚え、真希の表情に驚いた。
真希は泣いていた。『意識』は確実に『真希』と同化したのである。
「紗耶香さん、これは『復讐』なんだよ」
復讐に容赦もへったくれもない。
復讐が復讐を生むのは自然の摂理である。
それを阻止するには、根絶やしにするしかない。
皆殺しにしてしまえば、復讐する奴が現れないからだ。
安易な発想ではあるが、最も効果的な手段にちがいない。
「ひとみを失っただけで鬼になったか!」
紗耶香は真希を睨みつけた。
彼女は珍しく感情的になっている。
『意識』の覚醒を期待していたのだが、
それは想像を超えるものであったからだ。
真希を愛している紗耶香だったが、
同化した『意識』ごと受け入れることが、
今の彼女にはできなかったのである。
「これが・・・・・・あたしなんだよ」
真希はそう言うと手勢五百人を引き連れて日向に向かった。
彼女は日向の城に一万人を押し込めて火を放つ。
そして残った人々を殺して夕方には本陣に帰還した。
「真希、悪いのは薩摩の女王、ダニエルだけだぞ」
紗耶香は無駄だとは思いながらも、真希に意見してみた。
案の定、真希は紗耶香の話を無視している。
殺戮に快感を覚えることは無くなったものの、
真希は淡々と虐殺を繰り返していた。
全ての熊襲人を抹殺するまでは、
この殺戮をやめようとはしない。
「宮様ー!ダニエルを捕らえました!」
そう言って後手に縛ったダニエルを連れて来たのは、
組織化された最強の槍隊を率いる圭であった。
ひとみが爆死するに至った張本人であり、
紗耶香もこの女に関しては、別に同情もしていない。
真希はダニエルを見ると、長太刀に手をかけたが、
すぐに思い直し、圭に信じられない命令を下した。
「男達に犯させてみよ。何人で死んだか報告するように」
そう言うと、真希は手勢五百人を引連れ、
威勢良く混乱した薩摩に乱入して行った。
薩摩の住人を皆殺しにするためである。
真希は数百人の男を縄で縛ってつなげると、
不気味に煙を吐く桜島に放り込んでみた。
一般民衆に罪があるわけではない。
しかし、執拗な報復をする真希にとって、
罪の有無は関係なったのである。
結局、ダニエルは五百十六人目に死んだという。
こうして真希は敵を肥国に絞っていた。
「明日、肥国に総攻撃をかける」
真希は当然であるといった顔で言った。
この日の参謀会議で、最も嫌な役割を受けたのが圭だ。
これまで殺戮を行った地域をパトロールし、
生き残った者を殺して行く残党狩りである。
正に虱潰しだった。
「紗耶香さん、海賊に海上封鎖をさせて」
それは猫の子一匹逃がさない構えだった。
真希は本当に熊襲という国を
抹殺しようとしている。
彼女にとっての復讐とは、
根絶やしが基本であり全てだった。
熊襲全域に死臭が漂い、
そこは地獄のようである。
だが、こんな地獄にも入植者が現れ、
やがて何事も無かったように、
新たな楽園を築いて行くのだろう。
翌日、真希たちは肥国をジワジワと攻めて行き、
全員が城に入ったところで、火を放ったのである。
熱さに耐えきれず、城を飛び出して来た者は、
一人残らず真里たちの弓隊に撃ち殺された。
族長のレファは自決を指示し、自ら喉を突く。
「真希、終わったな」
紗耶香は殺戮が行われた大地を踏みしめた。
この土地では、復讐という名の虐殺が行われ、
十万人にも及ぶ異民族が全滅させられたのである。
「紗耶香さん、あたしがしたことは間違ってる?」
真希は真剣な顔で紗耶香に聞いた。
医学も儒教思想も浸透していない当時、
人間の命の価値は低いものであった。
『正義』というのは強さであり、
決して思想のように見えないものではない。
生き残るという現実が最優先され、
死ねばそこで全てが終わった。
「何が正しくて何が間違ってるか。そんなものは歴史が決めることだ」
紗耶香の言うことは正しかった。
勝てば官軍であり、負ければ逆賊である。
真希のように住民の全てを虐殺したとしても、
それは『退治』として片付けられるだろう。
「何にしてもだ。大王は正当化するだろうな。帰ろう」
紗耶香は真希の轡を握った。