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100ブラドック
【覚醒】

 建立の記念式典が行われる梨華の館では、
各部族の重鎮を招くための準備が行われていた。
夕餉においては肥国の米を味わってもらおうと、
レファの指導のもと、料理人が東奔西走している。
記念式典の進行を任されているミカは、
最終的なチェックを梨華と確認していた。

「いいんじゃない?それより、日向の兵は大丈夫?」

梨華はダニエルの暴走を警戒していた。
各部族の重鎮が集まったところでクーデターともなれば、
熊襲は一気に群雄割拠へと逆戻りしてしまうだろう。
そんなことになれば、大和は喜んでつけ入って来る。
熊襲を守るためにも、ダニエルの暴走は阻止しなければならない。
今のところ、ダニエルの動かせる兵は二百人程度であるので、
ミカの親衛隊二百人が、それとなく監視している。

「それと、例の全滅した村なんですけど、近くを通りかかった者が病気になりました」

ミカは病人の診察にも立会い、その症状を報告した。
髪が抜け落ち、歯茎からの出血とリンパ腺の腫れ。
それはあきらかに被爆した症状であった。
離れた場所であったにせよ、紗耶香や真希も被爆している。
当時はヨウ素の摂取など、具体的な治療が行われることはなく、
症状が進めば、必ずと言って良いほど、死が訪れたのだった。

「姉様、娘たちの踊りの後は、無礼講でしたね?」

真琴が確認にやって来た。
梨華は無礼講に少しだけ付き合って、
後は自室に戻ることになっている。
アヤカがいない現状では、
梨華への負担が増大していた。
101ブラドック:02/06/01 17:59 ID:KvRcjg5e
 記念式典は終了し、無礼講へと入って行く。
部族の重鎮たちは米酒を気に入り、豪華な食事に舌鼓を打つ。
そんな中、自室に戻った梨華のところへ、真琴がやって来る。

「姉様、真希様を探しましょう。そうしないと、熊襲の将来が・・・・・・」

そこへ入って来たのは、熊襲の娘に変装した真希と紗耶香だった。
怪訝な顔で二人を見る真琴に、真希は隠し持っていた懐刀を突き刺した。
真琴は何が起きたのか分からないような顔をして倒れる。
仰天する梨華を、真希は抱きしめていた。

「梨華ちゃん、十年ぶりだね」
「ま・・・・・・真希ちゃん?」

真希は美しくなった梨華を見て涙を零す。
紗耶香は倒れた真琴を抱き上げた。
すでに心臓を刺された真琴は絶命しており、
それを見た梨華が眼を剥く。

「どうして・・・・・・どうして、ひとみちゃんを殺したの?」

真希は梨華の首筋に刀を突きつけた。
梨華は何が何だか分からず、顔面が蒼白になって行く。
次の瞬間、真希の手が動き、梨華の首から血が噴出した。

「ひとみちゃん?・・・・・・まさか!死んだのは、ひとみちゃん?」

倒れこんだ梨華は血の海の中で泣いていた。
ひとみが死んだ。しかも、ダニエルに殺されたのだ。
梨華は遠のく意識の中で、十年前を思い出している。

「ごめんね真希ちゃん、あたしは、ひとみちゃんが・・・・・・」
「梨華ちゃん!」

真希は梨華を抱き起こし、泣きながらキスをした。
ひとみを奪った梨華は憎い。だが、梨華は初恋の相手である。
憎しみと愛情の交差が、真希の『意識』の覚醒を促した。
紗耶香は駄目押しで言ってみる。

「梨華は何も知らなかったんだ。あの長身の女が勝手にやったことだ」
102ブラドック:02/06/01 18:01 ID:KvRcjg5e
ドクン!ドクン!ドクン!
真希の脳が鼓動を始め、これまで眠っていた『意識』が頭をもたげる。
紗耶香は真希の変貌に仰天した。髪は茶色くなり、眼は鋭くなって行く。
これまでに見たこともない表情に、紗耶香は恐怖を感じていた。

「死の直前の顔が、一番美しい」

真希は嬉しそうに梨華の顔を覗き込んだ。
梨華は消え入りそうな意識の中で、
真希へ最期の言葉を残す。

「あたしたちには、最高の称号があるの。真希ちゃん、あなたは大和最高の武将。
これからは、日本(大和)を代表する人。日本武尊(やまとたけるのみこと)を名乗って」
「いいだろう。この日本武尊、熊襲梨華健を倒して襲名じゃあ!」

真希は梨華にトドメを刺す。
その顔は殺人が嬉しくて仕方ない顔だった。
真希が秘めていた『意識』は、殺戮だったのである。
紗耶香は以前から真希の『意識』には気付いていた。
こういった『意識』を持つ真希は危険人物だったが、
この乱世を打ち砕く麒麟児として、時代が求めていたのである。
確かに極悪人と英雄は紙一重の差であった。

「火を放て」

真希は紗耶香に命令した。
これまで、真希は懇願することはあっても、
紗耶香に命令することなどない。
しかし、意識が覚醒した今は、
まるで別人のようになっていた。
真希は油の入った桶を担ぎ、
無礼講を楽しむ宴席に投げ込む。
油は卓上の灯りで発火し、
部族の重鎮たちは人間松明と化す。

「あははははは・・・・・・」

真希は人が焼け死ぬ様が面白いらしく、
焼け死ぬ人に指を差して笑っている。
これが狂気であると誰が断定できるだろう。
真希は素直に『意識』を開放したにすぎない。
紗耶香は『意識』を隠して常人を装う奴より、
今の真希の方が純粋に見えていた。
103ブラドック:02/06/01 18:01 ID:KvRcjg5e
「これは謀反か?」

ミカは大混乱の中、必死に衛兵たちを統率しようとする。
しかし、虚を突かれた衛兵たちは、右往左往するばかりだ。
ミカ本人も状況が掴めない状態であるから、仕方のないことである。

「ミカ様!国王並びに妹君、御崩御!」
「Oh,My god!レファちゃんとダニエルちゃんは?」
「レファ様とダニエル様は、脱出されました!ミカ様もお早く!」

衛兵に促され、ミカは後ろ髪を引かれる思いで脱出する。
104ブラドック:02/06/01 18:05 ID:KvRcjg5e
 城内では暴れまくる真希を紗耶香が見守っていた。
真希はあきらかに殺戮を楽しんでいる。
紗耶香はそれを狂気で片付けてしまうのは、
あまりにも無粋なことであると思った。
広間の男女を皆殺しにした真希のところへ、
続々と衛兵たちが現れ始める。

「真希、衛兵だ!」

紗耶香は近くにあった太刀を拾った。
真希は槍を見つけて片っ端から刺し殺して行く。
力の強い真希のことであるから、
衛兵たちは次々に死体となって行った。
こうして真希と紗耶香が館を脱出すると、
上陸した圭と真里が駆けつけて来る。

「あははははは・・・・・・大勢殺したからね。
禍根が残ると困るから、熊襲は皆殺しにしよう」

真希は五百人の兵を連れ、片っ端から村を皆殺しにして行った。
困ったのが圭と真里だった。真希に命じられては断るワケに行かない。
仕方なく、二人も身近な各村を潰して行った。

「なるべく苦しまないように殺してやれ」

圭や真里は淡々と仕事をして行ったのだが、
真希は完全に殺しを楽しんでいる。
兵たちには若い娘を犯すことを奨励し、
生きたまま腕や足を切断する。
その行為は、虐殺以外の何でもなかった。

「これが『真希』なのか・・・・・・」

紗耶香は戦慄を覚えた。
阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、
真希は楽しそうに微笑んでいる。
紗耶香は配下の者に命じて、
熊襲の土蜘蛛を保護させた。
そうでないと真希は確実に、
熊襲の全員を殺すだろう。

「あはははは・・・・・・」

真希は嬉しそうに笑いながら、
逃げ惑う村人を斬り殺して行く。
彼女は女子供だろうが容赦せず、
平気で首を刎ねて行った。
今の真希を止めることは、
恐らく誰にもできないだろう。
紗耶香は茫然と真希を見つめた。