【覚醒】
建立の記念式典が行われる梨華の館では、
各部族の重鎮を招くための準備が行われていた。
夕餉においては肥国の米を味わってもらおうと、
レファの指導のもと、料理人が東奔西走している。
記念式典の進行を任されているミカは、
最終的なチェックを梨華と確認していた。
「いいんじゃない?それより、日向の兵は大丈夫?」
梨華はダニエルの暴走を警戒していた。
各部族の重鎮が集まったところでクーデターともなれば、
熊襲は一気に群雄割拠へと逆戻りしてしまうだろう。
そんなことになれば、大和は喜んでつけ入って来る。
熊襲を守るためにも、ダニエルの暴走は阻止しなければならない。
今のところ、ダニエルの動かせる兵は二百人程度であるので、
ミカの親衛隊二百人が、それとなく監視している。
「それと、例の全滅した村なんですけど、近くを通りかかった者が病気になりました」
ミカは病人の診察にも立会い、その症状を報告した。
髪が抜け落ち、歯茎からの出血とリンパ腺の腫れ。
それはあきらかに被爆した症状であった。
離れた場所であったにせよ、紗耶香や真希も被爆している。
当時はヨウ素の摂取など、具体的な治療が行われることはなく、
症状が進めば、必ずと言って良いほど、死が訪れたのだった。
「姉様、娘たちの踊りの後は、無礼講でしたね?」
真琴が確認にやって来た。
梨華は無礼講に少しだけ付き合って、
後は自室に戻ることになっている。
アヤカがいない現状では、
梨華への負担が増大していた。
記念式典は終了し、無礼講へと入って行く。
部族の重鎮たちは米酒を気に入り、豪華な食事に舌鼓を打つ。
そんな中、自室に戻った梨華のところへ、真琴がやって来る。
「姉様、真希様を探しましょう。そうしないと、熊襲の将来が・・・・・・」
そこへ入って来たのは、熊襲の娘に変装した真希と紗耶香だった。
怪訝な顔で二人を見る真琴に、真希は隠し持っていた懐刀を突き刺した。
真琴は何が起きたのか分からないような顔をして倒れる。
仰天する梨華を、真希は抱きしめていた。
「梨華ちゃん、十年ぶりだね」
「ま・・・・・・真希ちゃん?」
真希は美しくなった梨華を見て涙を零す。
紗耶香は倒れた真琴を抱き上げた。
すでに心臓を刺された真琴は絶命しており、
それを見た梨華が眼を剥く。
「どうして・・・・・・どうして、ひとみちゃんを殺したの?」
真希は梨華の首筋に刀を突きつけた。
梨華は何が何だか分からず、顔面が蒼白になって行く。
次の瞬間、真希の手が動き、梨華の首から血が噴出した。
「ひとみちゃん?・・・・・・まさか!死んだのは、ひとみちゃん?」
倒れこんだ梨華は血の海の中で泣いていた。
ひとみが死んだ。しかも、ダニエルに殺されたのだ。
梨華は遠のく意識の中で、十年前を思い出している。
「ごめんね真希ちゃん、あたしは、ひとみちゃんが・・・・・・」
「梨華ちゃん!」
真希は梨華を抱き起こし、泣きながらキスをした。
ひとみを奪った梨華は憎い。だが、梨華は初恋の相手である。
憎しみと愛情の交差が、真希の『意識』の覚醒を促した。
紗耶香は駄目押しで言ってみる。
「梨華は何も知らなかったんだ。あの長身の女が勝手にやったことだ」
ドクン!ドクン!ドクン!
真希の脳が鼓動を始め、これまで眠っていた『意識』が頭をもたげる。
紗耶香は真希の変貌に仰天した。髪は茶色くなり、眼は鋭くなって行く。
これまでに見たこともない表情に、紗耶香は恐怖を感じていた。
「死の直前の顔が、一番美しい」
真希は嬉しそうに梨華の顔を覗き込んだ。
梨華は消え入りそうな意識の中で、
真希へ最期の言葉を残す。
「あたしたちには、最高の称号があるの。真希ちゃん、あなたは大和最高の武将。
これからは、日本(大和)を代表する人。日本武尊(やまとたけるのみこと)を名乗って」
「いいだろう。この日本武尊、熊襲梨華健を倒して襲名じゃあ!」
真希は梨華にトドメを刺す。
その顔は殺人が嬉しくて仕方ない顔だった。
真希が秘めていた『意識』は、殺戮だったのである。
紗耶香は以前から真希の『意識』には気付いていた。
こういった『意識』を持つ真希は危険人物だったが、
この乱世を打ち砕く麒麟児として、時代が求めていたのである。
確かに極悪人と英雄は紙一重の差であった。
「火を放て」
真希は紗耶香に命令した。
これまで、真希は懇願することはあっても、
紗耶香に命令することなどない。
しかし、意識が覚醒した今は、
まるで別人のようになっていた。
真希は油の入った桶を担ぎ、
無礼講を楽しむ宴席に投げ込む。
油は卓上の灯りで発火し、
部族の重鎮たちは人間松明と化す。
「あははははは・・・・・・」
真希は人が焼け死ぬ様が面白いらしく、
焼け死ぬ人に指を差して笑っている。
これが狂気であると誰が断定できるだろう。
真希は素直に『意識』を開放したにすぎない。
紗耶香は『意識』を隠して常人を装う奴より、
今の真希の方が純粋に見えていた。
「これは謀反か?」
ミカは大混乱の中、必死に衛兵たちを統率しようとする。
しかし、虚を突かれた衛兵たちは、右往左往するばかりだ。
ミカ本人も状況が掴めない状態であるから、仕方のないことである。
「ミカ様!国王並びに妹君、御崩御!」
「Oh,My god!レファちゃんとダニエルちゃんは?」
「レファ様とダニエル様は、脱出されました!ミカ様もお早く!」
衛兵に促され、ミカは後ろ髪を引かれる思いで脱出する。
城内では暴れまくる真希を紗耶香が見守っていた。
真希はあきらかに殺戮を楽しんでいる。
紗耶香はそれを狂気で片付けてしまうのは、
あまりにも無粋なことであると思った。
広間の男女を皆殺しにした真希のところへ、
続々と衛兵たちが現れ始める。
「真希、衛兵だ!」
紗耶香は近くにあった太刀を拾った。
真希は槍を見つけて片っ端から刺し殺して行く。
力の強い真希のことであるから、
衛兵たちは次々に死体となって行った。
こうして真希と紗耶香が館を脱出すると、
上陸した圭と真里が駆けつけて来る。
「あははははは・・・・・・大勢殺したからね。
禍根が残ると困るから、熊襲は皆殺しにしよう」
真希は五百人の兵を連れ、片っ端から村を皆殺しにして行った。
困ったのが圭と真里だった。真希に命じられては断るワケに行かない。
仕方なく、二人も身近な各村を潰して行った。
「なるべく苦しまないように殺してやれ」
圭や真里は淡々と仕事をして行ったのだが、
真希は完全に殺しを楽しんでいる。
兵たちには若い娘を犯すことを奨励し、
生きたまま腕や足を切断する。
その行為は、虐殺以外の何でもなかった。
「これが『真希』なのか・・・・・・」
紗耶香は戦慄を覚えた。
阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、
真希は楽しそうに微笑んでいる。
紗耶香は配下の者に命じて、
熊襲の土蜘蛛を保護させた。
そうでないと真希は確実に、
熊襲の全員を殺すだろう。
「あはははは・・・・・・」
真希は嬉しそうに笑いながら、
逃げ惑う村人を斬り殺して行く。
彼女は女子供だろうが容赦せず、
平気で首を刎ねて行った。
今の真希を止めることは、
恐らく誰にもできないだろう。
紗耶香は茫然と真希を見つめた。