1 :
:
人
(__)
(__)
(____)
(____)
(●´ー`●)
( )
| つ ノ
(___)__)
2 :
名無し募集中。。。:02/04/14 20:32 ID:bY5H4TEn
∋oノハヽo∈
(⌒⌒ヽ ( ´D`)
( ブッ!! ゝ∪ )
丶〜 '´ (_)_)
記念パピコ
4 :
pokotinnmaturi:02/04/14 20:38 ID:7I7Aw03i
なんだ、馬鹿にしてんのか?
∋ノノ从ヘ
∩ ’ー’||<あぎゃ
( )
(__)_)
今日、五万馬券が出たそうな
@ノハ@
( ‘д‘) ふーん
( )
(_)_)
寝る前保全
果 た し て 保 全 が い り ま す か ?
保全
寝る前保全
俺 も 保 全
13 :
名無し募集中。。。:02/04/23 09:29 ID:By8mJrtr
十三ミュージック♪
寝る前保全
い っ た い 何 を 期 待 し て る の で す か ?
保全。
さて・・・ここにするかな。。。
そうはいかんざき
test
test
なんなんだ、この氏にスレは・・・
24 :
( ‘e‘)チャーニィ ◆ishChar2 :02/05/05 16:35 ID:O22Fl0SH
破邪剣征桜花乱舞
25 :
ブラドック:02/05/07 01:36 ID:ANZvelqI
書いてもいいスか?
26 :
名無し:02/05/07 23:32 ID:QcIks0xQ
?
28 :
ブラドック:02/05/08 22:15 ID:cQMN3y/b
本当に書いてもいいっスか?
あまり長い物語にはなりませんが・・・・・・
あの、本当にケンカしてたわけじゃないっス。
下のアネキは上のアネキほどじゃないっスけど、怖いんスよ。
オレ(166)より背が高いんで、怒ると迫力ありまス。
中3の時、本気でアネキ怒らせて、血まみれになりました。
今、足をケガしてるんで、滅入ってるみたいっス。
普段は仲いいっス。似てるからっスかね。ゴマ姉妹ほどじゃないっスけど。
懲りずに、また始めてみまス。
今回は完全なオリジナルじゃないっスけど、念願のゴマ主役っス。
アネキにみてもらいながら、載せていくつもりっス。
濡れ場も細かく書きたいんスけど、アネキは性描写が嫌いなんで、
抽象的な表現になりそうっス。
今回は前編っス。後編はタイトル変わりまス。
『〜復讐の大地〜』
明日あたりから載せて行きたいと思いまス。
29 :
♀:02/05/09 13:28 ID:iul+qFHJ
↑嘘です。
あの時は、あんたが勝手に鼻血を出したんだろうがァァァァァァー!
長女が怖いとういうのは本当!でも、彼氏が出来てからはそうでもない。かな?
30 :
ブラドック:02/05/09 21:31 ID:r0Z+39dG
〜復讐の大地〜
【プロローグ】
四世紀前半の日本は、多くの王国が乱立していた。
その中でも画期的な武器と戦術によって台頭したのが、
大陸系弥生人の末裔でもある大和であった。
彼らは鉄器と馬を駆使し、強力な武器と機動力を得る。
紀伊半島に土着していた先住民たちは駆逐され、
東国への民族大移動が始まったのだった。
中には大和の侵略者に同化してしまう先住民もいた。
狩猟や漁業で生計をたてる部族は、大和人と生活圏が違うので、
大目にみられて細々と生き残っていたのである。
この頃の大和は、すでに人口が二十万人に達する大国家であった。
紀伊半島の全域を支配し、計画的な稲作を行っていたため、
人口増加とともに周辺からの流入が続いたのである。
特に、大和の北に位置する浪速王国は、早くから大和傘下に入り、
その経営のノウハウを受けて急成長した国家であった。
浪速国王(といっても大和国王の親族なのだが)は富国政策を採り、
先住民の受け入れを行っていたため、爆発的な人口増加を起していたのである。
先住民とはいえ、弥生人である以上、同化してしまうのに抵抗は無かった。
それでも頑なに同化を受け入れない連中は、海岸で漁業をおこなっている。
こうして三世紀末までは六万人程度の国家だった浪速国は、
半世紀を経て十万人の中堅国家に成長したのであった。
31 :
ブラドック:02/05/09 21:32 ID:r0Z+39dG
大和の勢力は四国や浪速の西にある吉備にも及んでいた。
当時の四国には縄文人の末裔が多く住んでいたが、
大和の影響が出た頃から、急速に土着の弥生人と同化して行く。
それでも、稲作と狩猟の両方を行い、大和人とは異質の文化を築いて行った。
四国も三世紀末までは三万人足らずの人口だったが、倍近くに増えている。
多くの混血が集まる吉備では、部族間の抗争が無くなったためか、
やはり爆発的な人口増加が起こり、深刻な食糧危機に陥っていた。
大和人はその経営力で吉備を建て直し、領民の支持を受けている。
こうして大和文化圏は、人口四十五万人の賑わいを見せたのだった。
こういった大和に対し、真っ向から敵対する王国も存在した。
関東平野北部に君臨する毛野(けぬ)王国は、
大和と同規模で人口二十万人の大国家である。
彼らは東北地方の縄文人たちの連合王国と同盟を結び、
西からの脅威に備えていたのだった。
出雲にも十万人近い国家があり、
彼らも毛野王国に庇護を求めている。
大和にしてみれば、東こそ脅威だった。
救われていたのは、東国は人種の坩堝だった点だろう。
弥生人と縄文人の確執があったし、
東北地方には白人系のアイヌもいた。
能登半島から佐渡にかけての海岸沿いには、
大陸系の移民まで住んでおり、
まとまりに欠けていたのである。
東国を征伐できる状態ではなかったものの、
少なくとも攻め込まれる心配はなかった。
32 :
ブラドック:02/05/09 21:33 ID:r0Z+39dG
本州のその他の地域に住んでいたのが、
原日本人である縄文人の末裔達であった。
彼らは典型的なな狩猟民族であり、
特に大和人からは、忌み嫌われる存在である。
そのためか、「土蜘蛛」であるとか、
「毛人」といった名で呼ばれていた。
彼らとは全く違う人種が、九州の「熊襲」である。
熊襲の人々はポリネシア系であり、
環太平洋海流に乗ってやってきた。
稲作という食文化は持たず、海岸で漁業を営み、
畑作では芋類を中心に、果物の栽培を行っていた。
生活習慣や言語までが違う彼らに対し、
大和では完全に敵対視していたのである。
しかし、本来、平和的な民族であるため、
争いは好まず、不戦の約束として族長の娘を
人質に差し出していたのだった。
「梨華ちゃん、熊襲って大きな国なんでしょう?」
七歳になったばかりの梨華に、仲良しの真希が聞いた。
真希とひとみは大和人だったが、梨華と歳が近いせいか、
三人はとても仲良しになっていたのである。
最初は色黒の梨華を警戒していたものの、
養殖している雉に追いかけられている彼女を見て、
真希とひとみが大笑いしてからというもの、
すっかり打ち解けてしまったのだった。
「うん、南には、煙を吐く山があるの」
33 :
ブラドック:02/05/09 21:33 ID:r0Z+39dG
超音波に近い梨華の声は、真希の感覚を刺激する。
どちらかというと低音の真希やひとみは、
彼女のような高音に憧れていたのだった。
特に真希は、梨華に対して特別な感情を持っている。
それが彼女の初恋だった。
「真希ちゃーん、梨華ちゃーん」
そこへひとみが走って来た。
大きな袋を肩から降ろし、
中からアケビや山葡萄を取り出す。
秋の山里には美味しいものが鈴なりだ。
真希と梨華は嬉しそうに戦利品を貰う。
「梨華ちゃんの国にも、美味しい果物があるの?」
真希は山葡萄を味わいながら聞いてみた。
ひとみはアケビに齧りつき、梨華は栗を侍従に渡す。
当時は炒った栗よりも、焼栗が多かったらしい。
梨華は真希に分かりやすいように説明をする。
「バナナやパパイヤっていう果物があるの」
34 :
ブラドック:02/05/09 21:34 ID:r0Z+39dG
梨華はパパイヤは桃に似ていると説明し、
バナナはアケビに似ていると言った。
当時のバナナには種があったので、
アケビに似た感じだったと思われる。
ポリネシアの人々は甘いバナナも食べるが、
まだ青いバナナを芋感覚で食べていた。
デザートというよりも、主食だったのである。
「食べてみたいな。ねえ、真希が大きくなったら遊びに行くよ」
「あたしもー」
真希とひとみは、梨花が大好きだった。
とんでもないボケをかますこともあったが、
梨華は人に嫌われる性格ではなかったのである。
35 :
ブラドック:02/05/11 23:12 ID:QRC1nfDP
【恋の終わり】
―― 十年後 ――
大和に梨華の姿はなかった。
五年前に父が急死し、王位を継ぐため、
故郷の熊襲に帰って行ったのである。
大好きな梨華が去ってしまい、
真希は三日三晩、泣き通した。
こんな時に慰めてくれたのが、
真希とは遠縁に当たるひとみである。
真希は毎日、西方が見渡せる高台に登った。
そこから、梨華が言っていた火の山を見たかったのである。
しかし、彼女がいくら眼を凝らしたところで、
大和から阿蘇山が見えるわけがない。
「やっぱ、ここにいた」
36 :
ブラドック:02/05/11 23:13 ID:QRC1nfDP
真希は訝しげにひとみを見る。ひとみはボーイッシュだった。
背が高いので、少々華奢な若武者でも、十分通用する感じである。
こんな容姿なので、同年代の少女から人気があり、
先日も村の娘に悪さをした土蜘蛛を追い払った時、
馬にも積みきれないほどのプレゼントを貰っていた。
「また西を見てたの?」
ひとみの問いかけには答えず、
真希は再び西の水平線に眼をやる。
彼女はひとみを避けていたのだった。
なぜなら、梨華が想いを寄せたのは、
真希ではなく、ひとみだったからである。
「もう、遠い国に行っちゃったんだよ。梨華ちゃん」
「わかってるよ!」
真希はひとみを避けるように馬に飛び乗った。
しかし、ひとみが轡を掴んで離さない。
ひとみは馬の習性を熟知しているので、
真希がどう扱おうと、馬はそこから動かなかった。
「待って。どうして避けるの?」
37 :
ブラドック:02/05/11 23:14 ID:QRC1nfDP
ひとみは悲しそうに馬上の真希を見上げた。
真希には、そういったひとみの視線が辛い。
彼女はひとみの想いに気づいていたからだ。
ひとみは真希に想いを寄せていたのである。
当時の日本に儒教思想などは入っておらず、
男女問わずにバイセクシャルが当然だった。
小乗仏教が儒教を伝えて来るまでは、
それが普通の恋愛の形だったのである。
「ねえ、分かってよ。あたしはひとみちゃんの気持ちに応えられない」
ひとみは悲しそうな顔をしながら首を振った。
そんな事は分かっている。ひとみは真剣だった。
真希を馬から引きずり降ろすと、
涙を溜めながら自分の思いを話す。
「あたしはどうでもいいの。真希ちゃんが心配なのよ」
梨華が大和を去ってからというもの、
真希は次第に無口になって行った。
男でも扱える者の少ない長太刀を持ち、
明けても暮れても剣術に打ち込んだ。
そのため、凄まじい腕力がついてしまい、
酒を飲んでのケンカでは敵無しとなる。
酒の量も増えて行き、ひとみは真希の
身体だけが心配だったのだ。
「余計な心配するなァァァァァァー!」
38 :
ブラドック:02/05/11 23:15 ID:QRC1nfDP
真希はひとみの頬を殴った。
男でも勝てない真希の豪腕で殴られ、
ひとみは鼻血を出して吹き飛んだ。
興奮した真希は、ひとみの服を引き裂く。
ひとみは抵抗するものの、真希の力には適わない。
真希はひとみの胸を掴み、無理矢理キスをする。
「嫌だ・・・・・・こんなの・・・・・・」
ひとみは泣き出してしまう。だか、真希は構わずにのしかかって行く。
全裸にされたひとみは、無理矢理、真希に犯されてしまったのである。
背中を向けて泣きじゃくるひとみを見ながら、真希は服を調えた。
あのオテンバだったひとみが、真希に犯されて涙を零したのである。
ちょっと短気なところがあったものの、底抜けに明るかったひとみが。
「こうなることを期待してたんじゃないの?」
真希が冷たく言い放つと、ひとみはボロボロになった服を抱えて立ち上がる。
次の瞬間、真希はひとみと眼が合い、ひどいショックを受けて立ち尽くした。
彼女は真希に犯されて泣いていたワケではなかったのである。
ひとみは梨華がいなくなって、酷く荒れている真希が可哀想でならなかったのだ。
気持ちを抑えられず、自分まで犯した真希に対しても、恨むような感覚は無い。
「自分はどうなってもいい」ひとみの献身的な愛が、そこにあったのである。
「そんな眼で見ないで・・・・・・お願い」
39 :
ブラドック:02/05/11 23:16 ID:QRC1nfDP
今度は真希が泣き出してしまう。
ひとみは真希を抱きしめていた。
最愛の真希になら殺されてもいい。
ひとみは本気でそう思っていた。
真希にしても、ひとみは好きだった。
好きだからこそ、避けていたのだろう。
「真希ちゃん、気がすむんだったら、何してもいいんだよ」
ひとみが真希に言うと、彼女は号泣を始める。
それは、ひとみに対する罪悪感などといった博愛的なものではなく、
ようやく自身で梨華のいない現実を受け入れたのだ。
十年にも及ぶ初恋を乗り越え、真希は大人になったのである。
それは甘えていた自分に対しての決別の涙だったのかもしれない。
40 :
名無し:02/05/12 03:38 ID:V3TkmQGl
ヨンデマス
41 :
ブラドック:02/05/12 16:43 ID:F+fXKSLi
>40
ありがとうございまス!
お気づきだと思いまスが、古代日本の物語でス。
最後までお付き合いいただけると嬉しいっス。
42 :
ブラドック:02/05/12 22:37 ID:BRpn9abX
【熊襲】
熊襲の国では、十万人の国民が平和に暮らしていた。
国王の梨華は温和な性格で、万民から愛されている。
入植者に対して、異民族だからといって差別はしなかったし、
貧しい世帯には税を免除するなどの福祉政策を推進したからだ。
大和で培った教養を国民に還元するために、子供たちの学校を建設する。
子供たちは学校で教育を受け、得た知識を国のために使う。
早い話が先行投資なのだが、大人たちの考えも変化しつつあった。
梨華は高台にある屋敷のバルコニーから、北九州の大平野を眺めている。
彼女の後方には数人の家臣がおり、新種の芋を試食していた。
「梨華様、肥の国では稲作を始めたそうにございます」
そう言ったのは、梨華の侍従でもあり、知恵袋のアヤカである。
彼女は原日本人であるが、南方の島で育ったため、バイリンガルなのだ。
幼い頃から梨華に仕えていたため、まるで姉妹のように仲が良い。
梨華には数人の侍従が仕えていたものの、
アヤカほど寵愛を受けた者はいなかった。
「稲作かぁ。あれって根気がいるのよねぇ」
梨華は全く緊張感のない声でアヤカに言った。
まるで友達と話すそうな感覚だったのだが、
これは間違いなく真希とひとみの影響である。
三人は仲良しだったので、身分などは関係なかった。
特に、真希などは身分自体が名前と同じくらいの感覚でしかなく、
相手が奴隷であるが異民族であろうが、全く関係なかったのである。
43 :
ブラドック:02/05/12 22:37 ID:BRpn9abX
「世話がかかる分、美味しい米が食べられます」
アヤカが言うと、梨華は頬を染めながら、ひとみのことを思い出す。
真っ白に精米した美味しい米で、大きなお握りを作ってくれた。
大好きなひとみの握った塩味の大きな握飯は、とても美味しく感じられた。
通貨が存在しなかった熊襲では、経済は全て食料が上位に来ている。
つまり、安定した食料の確保こそが、豊かさの象徴だったのだ。
そういった意味において、稲作の普及は熊襲にとって急務だったのである。
「ジョウダンジャナイ!アンナクサノタネナンカクエルカ!」
アヤカを睨みつけたのが、薩摩地方(人口八千人)の族長であるダニエルだった。
薩摩地方には一万人の入植者がおり、そのほとんどが縄文人である。
彼らは全体に背が高く、純粋なポリネシアンではなかった。
白人の血が混じっていると思われ、畜産で生計をたてている。
実をいうと、熊襲に対して最後まで抵抗していたのが彼女たちだった。
決して大きな国では無かったが、それほど戦には自信があったのだろう。
事実、ダニエルが率いる薩摩部隊(五百人)は勇猛果敢で、
琉球との戦闘では負け知らずだった。
「色々な人がいるから、連合王国は楽しいんじゃないの」
梨華は決して肯定も否定もしない。
稲作によるリスクもあれば莫大な経済効果もある。
何が正しいのかという観念的なことは考えず、
古い慣習の打破こそが熊襲の明日を創ると思っていた。
「ダニエルちゃん、誰にでも好みがあるんだよ」
44 :
ブラドック:02/05/12 22:38 ID:BRpn9abX
日向地方の族長であるミカは、今回こそ見送ったものの、
来年あたりから本格的な稲作開始を目論んでいる。
熊襲の国は単一国家では無く、小さな王国の連合であった。
その連合体こそが『熊襲』なのである。
熊襲には大和系の弥生人は皆無であり、
大和に比べれば馬も鉄器もない後進国だった。
「アヤカちゃん、どのくらいの割合で稲作が進んでるの?」
梨華が訊くと、アヤカは木簡を取り出して確認する。
木簡とは奈良時代の納品書のようなものだが、
この時代には各地でメモ代わりに使われていた。
(ということにしておいて下さい)
「ええと、肥国が人口一万八千人で、そのうちの四千人ですね」
温暖な肥国では、場合によっては二期作が可能だった。
そうなると単純に計算して収穫は倍になるわけであり、
やがて食料供給のベースキャンプになるだろう。
ミカの日向(人口一万二千人)でも稲作が進めば、
人口増加に伴う食料危機は回避することができる。
安定した食料の確保こそが、指導者に課せられた使命だった。
「稲作が定着すれば、豊かな国になるわねぇ」
梨華は嬉しそうに微笑んだ。
そこへ、肥国の族長であるレファがやってくる。
彼女は米の料理を研究していたのだった。
当時は白米ではなく、クセのある玄米を食べていたので、
少しでも美味しく食べようとする工夫をしていたのである。
45 :
ブラドック:02/05/12 22:40 ID:BRpn9abX
「ちょっとタベテみてちょ」
レファは幾つかの料理をテーブルに置いた。
まず、ミカが食べてみたのは、
オートミール風の粥である。
これは玄米を牛乳で炊いた粥だ。
「美味しいヨ」
ミカは笑顔で親指を立てる。
アヤカは豚肉やニンジンと炊き込んだものを食べた。
魚醤を使っており、魚好きの人には支持されそうだ。
「美味しい!でも、魚が嫌いな人はダメかもね」
感想を聞いたレファは、大きく頷いて参考にしている。
ダニエルは米を嫌っており、決して食べようとはしなかった。
代わりに梨華が、一旦炊いた米を炒めたものを食べる。
これは、要するにチャーハンなのだが、塩味だけだった。
「あれ?塩味だと、甘く感じるよぉ」
いつのまにか、試食会が昼食会に変わって行き、
最終的には飲み会へと移行して行った。
梨華は米の酒が魚醤にマッチすることを知っていたので、
クセの強い鯖の刺身を味わうことにする。
熊襲の酒は果実酒だったので、魚醤とは相性が悪かった。
ところが、米の酒は見事にマッチしたので全員が驚く。
「フン、サケトシテナラ、ミトメテヤロウ」
ダニエルは憎まれ口をたたくが、日本酒の素晴らしさを痛感していた。
生活に余裕が出てくれば、領民はこういった嗜好を楽しむだろう。
全て、梨華が先進国の大和から持ち帰ったノウハウであった。
46 :
ブラドック:02/05/13 17:04 ID:ffjAR9iB
【姉追放】
大王(おおきみ)のつんく♂は、このところ不機嫌だった。
それというのも、妾にしようとしていた亜弥比売(あやのひめ)を、
長女である彩に奪われてしまったからである。
亜弥比売は浪速からの移民であり、真希より一歳年下だった。
彩が亜弥比売を拉致してから、つんく♂の前に姿を見せなくなる。
何とか交渉して返してもらおうと思っていた彼は、真希に相談した。
「亜弥なんやけど、姉ちゃんに返すよう言ってや」
つんく♂が朝食を摂りながら真希に言うと、
彼女はゆでたまごを食べながら、つんく♂を睨む。
娘である自分よりも若い妾を得ようなどとは、
つんく♂の好色ぶりに嫌悪感があったのだ。
確かに、つんく♂の後継者のことを考えれば、
もうひとりくらいは男児が欲しいところである。
しかし、まだ十五歳の亜弥比売は若すぎた。
「あたしが言う義理はないでしょう?」
真希の言うことが正論である。
自分の娘に妾を奪われたのであるから、
それは自身が解決すべき問題に他ならない。
事もあろうか、次女にさせる話ではなかった。
だが、つんく♂は反抗的な彩を恐れており、
力では誰にも負けない真希を動かそうとしている。
つんく♂の考えとしては、真希から彩に、
諫言という形で話をさせようと思っていた。
47 :
ブラドック:02/05/13 17:05 ID:ffjAR9iB
「ええから姉ちゃんを説得せえ。食事にも顔出さんのは反逆やで」
真希は断ろうかと思っていたが、
このままでは親娘の確執になると思い、
仕方なく彩説得を引き受けたのである。
彩はもうじき二十四歳になるので、
当時にしてみればかなり晩婚だった。
それというのも、つんく♂への反抗心が、
良縁を全て潰していたからである。
つんく♂の命令には逆らわない方が良かった。
真希が働きもせずにフラフラしていられるのも、
大王の娘という特殊な立場でいたからである。
その証拠に、ひとみは女流剣士であると同時に、
大王の馬場の管理を行っていた。
「話してはみるけど、期待しないでよ」
真希は渋々大王の要望を受け入れた。
ここで大王に恩を売っておけば、
後々、何かと有利になるのでは。
といった打算的な考えであったが、
結果的に従順な娘を演じられた。
翌朝、真希はトイレに起きた彩を急襲する。
そうでないと、彼女の部屋には侍従達が近づけない。
真希は何かの直訴のようであると苦笑しながら、
姉である彩へ話し掛けた。
48 :
ブラドック:02/05/13 17:06 ID:ffjAR9iB
「大王が食事に出て来いってさ。それと、亜弥比売を返せって」
真希は結果がどうなろうと知ったことではなかった。
泣きつく大王に対しての義理を果たせば良かったのである。
だから冷静に話をできたのだが、彩の方は興奮していた。
真希が大王について、自分を糾弾しに来たと思ったのである。
「ふーん、あんたも犯してやろうか?ちょうど千人目だよ」
彩に押し倒され、真希はブチキレてしまう。
真希は彼女の顔面に頭突きをぶち込んだ。
彼女は彩が離れると素早く起き上がる。
そして悲鳴を上げて蹲る彩を抱え上げ、
そのままツームストンパイルドライバーを決めた。
力自慢の真希にとって、痩身の彩を相手にするのは、
重い長太刀を扱うよりも、はるかに簡単なことである。
白目を剥いて昏倒する彩に、真希は吐き捨てるように言った。
「このアバズレが!」
真希は彩の身包みを剥ぐと、
簀巻きにして近くの川に放り込んだ。
結局、彩は浪速まで流されて行き、
命からがら山陰地方に亡命する。
『因幡の白兎』伝説の発祥であった。
49 :
ブラドック:02/05/13 17:06 ID:ffjAR9iB
真希の武勇を聞いた大王は、仰天して仰け反った。
ようやく女系国家から男系国家への変貌を遂げたのに、
このままでは真希に王位を譲らなくてはならなくなる。
それは小心者の大王であるつんく♂にとって、
絶対に阻止しなければならないことだった。
要するに、自分の身が可愛かったのである。
大王は言葉少なく報告する真希に声をかけた。
「そ・・・・・・そか、ようやったな」
真希の冷めた顔に、彼は戦慄を覚える。
恐怖のあまり保身に走った大王は、
真希を合法的に葬り去ることを考え始めた。
反逆の濡れ衣を着せるのは躊躇われる。
なぜなら真希はれっきとした娘であり、
全く権力に固執することがない。
生半可な陰謀では抹殺できなかった。
そこで考えたのが彼女の戦死である。
真希を少人数で敵国に向かわせ、
策略に嵌めた敵国に討たせるのだ。
そうすれば、合法的に真希を抹殺できるし、
愛娘を殺されたという大義名分を掲げ、
敵国を攻め滅ぼすことができる。
考え抜いた末、大王は『敵国』を熊襲に決めた。
「なあ、真希。熊襲に遊びに行かへんか?」
熊襲と聞き、真希の眼が輝いた。
仲良しで初恋の相手でもある梨華の国だからだ。
これが大王の策略であるとは知らず、
彼女は嬉しそうに微笑んでいる。
思ったより簡単に抹殺できそうだと、
大王は内心、ほくそえんでいた。
「行く。行きたい」
大喜びの真希を笑顔で見つめる大王の眼は、
凍えるくらいに冷たい光を放っていた。
50 :
ブラドック:02/05/14 19:22 ID:gRXvo4/A
【和泉の宮】
真希は大喜びで、ひとみに報告をした。
ひとみも久しぶりに梨華に会えるとあって、
思わず顔がほころんでしまう。
ところが、ここには大王の陰謀があったのだ。
大王であるつんく♂は、真希達が出発する直前、
これまで友好関係にあった熊襲に、
臣従するよう強要する親書を送ろうとしている。
真希が何も知らないで物見遊山気分で行けば、
怒り狂った熊襲の連中に殺されるのは確実だ。
「ひとみちゃん、誰を連れて行く?」
真希は少人数で行くことしか考えていなかった。
戦をしに行くわけではないので、少人数で構わない。
熊襲は友好国であると信じきっていたのである。
呑気な真希とひとみは、従者を二人だけにした。
伊勢出身の同族で、神官でもある充代比売と、
浪速出身で梨華の教育係だった裕子比売である。
酒好きで口うるさい二人を連れて行くのは躊躇したが、
梨華のことを思うと、裕子は外せなかった。
そうなると、文句の多い裕子の相手が必要であり、
人の良い充代が最適であるとの結論に達したのである。
「真希ちゃん、梨華ちゃんへの御土産は何にする?」
51 :
ブラドック:02/05/14 19:22 ID:gRXvo4/A
ひとみは嬉しそうに旅の話を具体化する。
最愛の真希との旅は、きっと楽しいものになるだろう。
二人は相談を続け、新種の稲を大和の土産に決めた。
通過する浪速や吉備での名産品も頭に入れ、
予め両国の王へ連絡することを忘れない。
こうして彼女たちは、秋になると熊襲へ出発したのである。
一行の装備は馬が六頭であった。乗馬用の馬が四頭と荷駄用の馬が二頭。
乗馬の苦手な裕子に合わせて、のんびりとした旅になった。
「初日は和泉の宮に泊めてもらおうよ」
真希は幼い頃に来たことのある和泉の洞窟にやって来た。
当時の宮(神社の前身)は、多くの場合、洞窟内にある。
神官はそこの中、或いは近所に屋敷を構え、儀式に従事していた。
和泉の宮を守るのは、ひとみの従姉妹に当たる美貴比売である。
真希も幼い頃に一緒に遊んだ記憶があった。
「美貴ちゃーん」
洞窟の外からひとみが叫ぶと、美貴が現れて彼女に抱きついた。
本当に久しぶりの再開に、二人はとても嬉しそうである。
夕闇が迫っていたので、一行は馬を繋いで洞窟へ入って行く。
洞窟は入り口こそ狭いが、中はかなり広かった。
百メートルほど進むと、立派な屋敷が現れた。
「どうぞ」
52 :
ブラドック:02/05/14 19:23 ID:gRXvo4/A
ひとみは持ってきた雉肉の燻製を差し出した。
一宿一飯の礼である。美貴は大好物に笑顔となった。
宮の外には浪速王国直属の衛兵が住んでおり、
ここは治外法権の別天地だったのである。
洞窟内を流れる清らかな水と、
年間を通してほぼ変わらない気温。
多くを洞窟内で過ごすためか、
美貴は色白の少女になっていた。
「ああ、しんど。なあ姉ちゃん、酒くれへんか?」
裕子は相変わらずの調子で、酒のつまみを取り出した。
嫌いではない充代は苦笑しながらも、木製の椀を用意する。
美貴が酒を持ってくると、賑やかな宴会が始まった。
真希は酔うと陽気になり、裕子と充代の三人で盛り上がる。
下戸の美貴とひとみは、あきれながら三人を見ていた。
「ほんまー?美貴ちゃんは可愛いなー」
裕子は美貴を抱き寄せてキスをする。
真っ赤になって困惑する美貴を引き戻したひとみは、
眼を剥いて裕子を非難した。
仮にも神官である美貴にセクハラをしたのだ。
酒の上での狼藉とはいえ、一歩間違えば首が飛ぶ。
「あはははは・・・・・・すまんな。けど可愛いなー」
裕子には嫌味がないので、動揺した美貴もすぐに冷静となる。
こうして宴会は深夜まで続き、本当に楽しい一夜を過ごした。
53 :
ブラドック:02/05/14 19:23 ID:gRXvo4/A
翌朝になると、日の出と共に美貴が起きだした。
四人の朝食を用意するため、屋敷の外で火を熾し始める。
洞窟内でも、ここは僅かだが空気の対流があるので、
食事の支度をする程度の多少の煙であれば平気だった。
「みなさん、食事の用意ができましたよ」
美貴に起こされ、真希とひとみは元気に起き上がった。
しかし、二日酔いの裕子は凄まじい頭痛に悩まされる。
いい歳をして、翌日を考えずに飲んでしまう裕子だった。
人の良い充代は、二日酔いに効く薬草を与え、
出発まで彼女を寝かせることにする。
「美味しいー!」
真希は美貴が作った朝粥に舌鼓を打った。
彼女の朝粥は塩味をベースに、魚の干物や野菜が入っている。
米の甘さに加え、野草のほろ苦さと干物の香ばしさが重なって、
味覚を最高に刺激する優しい味であった。
ほんの少しだけ二日酔い気味だった充代も、
この朝粥のおかげで元気が出て来る。
「それじゃ美貴ちゃん、帰りにまた寄るからね」
ひとみは美貴と抱擁を交わし、自慢の牝馬に飛び乗った。
五十名の衛兵と美貴に見送られて、一行は浪速領内に入って行く。
浪速王国は他のどこよりも、治安が最高に良い国だった。
あまり貧富の差がないことと、法律が厳しいことが原因である。
私怨で殺人を起こした場合、犯人の一族は全て処刑されてしまう。
強盗や強姦も原則的には死刑だったし、窃盗は腕を切り落とされてしまった。
詐欺は舌を切り取られてしまい、脱税者は全ての財産を没収されてしまう。
それほど厳しい国だったが、真希たちには全く関係ない。
旅行者であるというほかに、何といっても宗主国の姫君である。
偵察隊から報告を受けた国王が、自ら出迎えたほどだった。
54 :
名無し募集中。。。:02/05/14 20:18 ID:+qAH3FfO
ふ
55 :
ブラドック:02/05/14 21:18 ID:CL2cdP9i
うれしいス。
かなりageてもらいましたね。
ついでと言っちゃ何ですが、
できたら今度はsageおねがいします。
しかし、今日は暑かったスね。
たまんなかったっスよ〜
56 :
名無し:02/05/16 02:45 ID:BaLE1Dlw
まだ序盤ですか?
57 :
ブラドック:02/05/16 17:54 ID:QXyXSNzo
>56
そうなんスけど、まずいっスか?
スレお返ししませうか?
⊂ia⊃
59 :
名無し:02/05/20 00:50 ID:4olh2ZUE
>>57 56はただ続きが気になっただけと思われ
レスも無いし続けて構わないのでは
61 :
ブラドック:02/05/20 13:16 ID:4+2cv03g
62 :
ブラドック:02/05/20 21:26 ID:lbm/Cuyw
【暗殺】
つんく♂からの親書を受け取った熊襲では、
天地がひっくり返ったような大騒ぎになっていた。
これまでは友好国だったというのに、
とつぜん従属を強要して来るということは、
拒否したら攻めてくるということである。
連合王国である熊襲では、抗戦派と交渉派に分かれ、
熱を帯びた議論が繰り広げられていた。
徹底抗戦を主張するダニエルとレファは、
出雲王国と同盟を結んで対抗する意見を打ち出す。
これに対し、ミカとアヤカ、真琴は交渉を主張した。
「これは何かの間違いよぉ」
梨華は確認するため、大和はもちろん、四国や吉備、浪速に使者を送っていた。
大和の軍隊の強さをよく知る梨華は、できるかぎり戦を回避しようとする。
本気で大和に攻め込まれたとしたら、熊襲は間違いなく滅亡してしまうだろう。
議論は白熱して行き、ダニエルとレファは席を蹴って退室してしまった。
二人で二千人近い兵を動かせるのだが、彼女たちはその戦闘能力に自信を持っている。
しかし、大和はその気になれば、二万人くらいの兵を動員することができた。
熊襲全体で防衛しようにも、今の兵力は六千足らずであった。
「絶対に戦にしたらいけません。その時は熊襲の終わりです」
63 :
ブラドック:02/05/20 21:26 ID:lbm/Cuyw
アヤカの言うことは正しかった。
ここは真琴を使者として大和に送り、
何が不満なのかを聞いて対処すべきだ。
大王であるつんく♂の機嫌が収まれば、
意外と回避できてしまうかもしれない。
今回は何としてでも戦を回避しておき、
早急に稲作文化を浸透させてしまう。
生活習慣が大和と同化して行けば、
浪速や吉備のように民族の同化も可能だった。
「真希ちゃんやひとみちゃんと話したいなぁ」
梨華は泣きそうな顔でアヤカに言った。
あれだけ仲良しだった二人であれば、
きっと力になってくれるに違いない。
すでに十七歳になっていた梨華は、
早いところ王位を真琴に譲ってしまい、
誰かの嫁になってしまいたかった。
もう、政など嫌だったのである。
64 :
ブラドック:02/05/20 21:27 ID:lbm/Cuyw
その夜、梨華は遅くまでアヤカと話をしていた。
戦をしないためには、従属も止むを得ないだろう。
問題は、血の気の多いダニエルとレファの説得だった。
場合によっては、真琴を人質に差し出すことも辞さない。
そうすれば、いくら強引な大和の大王でも、
力攻めをするような愚行はしないだろう。
「夜も遅いので、私は自宅に下がります」
アヤカは梨華に深く頭を下げると、疲れた様子で退室して行った。
当時の熊襲では、各属国の族長が、政の代表を兼任している。
ダニエルは軍事関係を統括し、レファは食料確保を担当していた。
ミカは梨華と一緒に大和へ行っていたため、子供たちへの教育を担当する。
そして、真琴は宗教を司り、アヤカは国家事業を担当していた。
中でも一番忙しいのがアヤカであり、疲労が重なっている。
「ふー、落ち着いたら温泉にでも浸かってこよう」
アヤカが梨華の屋敷を出た時、
いきなり小柄な影が飛び出し、
彼女の腹に刃物を突き立てた。
アヤカは激痛の中で小柄な者を突き放す。
刃渡りが二十センチ以上もある刃物は、
アヤカの背中にまで達していた。
「お前は・・・・・・里沙!」
65 :
ブラドック:02/05/20 21:27 ID:lbm/Cuyw
アヤカは噴出す血を押さえながら、小柄な娘を睨みつけた。
里沙は近くに住む生口(奴隷)の娘であり、とても真面目なので、
アヤカをはじめ、みんなで可愛がっていた娘である。
当時の生口は罰則的要素が強く、政治犯を中心とした刑罰であった。
罪の重さによって期間が限定されており、最短は一年である。
里沙の場合は父が殺人事件を起こし、無期で生口になっていた。
この場合、被告である父が死なない限り、生口から開放されない。
当時は連帯責任なので、家族まで生口になってしまうのだった。
「ごめんなさい!アヤカ様!」
二度目の一撃はアヤカの右胸に突き刺さった。
これが致命傷となり、彼女は膝をついてしまう。
出血の量は凄まじく、瞬く間に血溜りを作って行く。
アヤカは自分の死を悟り、里沙に優しく微笑んだ。
彼女は里沙が、きっと誰かに騙されていると思ったのである。
66 :
ブラドック:02/05/20 21:29 ID:lbm/Cuyw
「そんな顔で見ないで下さい」
里沙は泣きながら刃物を落とした。
当時の熊襲には鉄器が入っていなかったため、
アヤカを刺した刃物は青銅器である。
鉄器に比べて強度は落ちるが、
加工しやすいのが特徴だった。
「憐れな娘だ・・・・・・」
そう言うと、アヤカは石段に倒れこみ、意識が混濁してくる。
恐怖に震える里沙に近づいて来たのは、何とダニエルであった。
タカ派のダニエルは邪魔なハト派のアヤカを始末しようと、
ヒットマンとして里沙を送り込んでいたのである。
里紗はダニエルから、アヤカをポアすることができれば、
一家全てを生口から開放してやると言われたのだ。
「ヨクヤッタナ。オマエハジユウダゾ。タダシ、アノヨデナ!」
ダニエルは太刀を引き抜くと、一気に里沙の首を刎ねてしまった。
これで暗殺者が里沙に決まり、後は政敵のミカや真琴のせいにすればいい。
アヤカは護身用の懐剣を引き抜くが、ダニエルの姿が霞んでしまう。
「何てことを・・・・・・」
これがアヤカの最期の言葉だった。
69 :
ブラドック:02/05/22 21:07 ID:VQFHP1Vj
【漫遊記伝説】
浪速王国で歓待を受けた真希一行は、
翌日には吉備王国へと入って行った。
吉備王国は極度のインフレに見舞われており、
犯罪が多発している危険地域である。
首府の倉敷では、ストリートチルドレンが溢れ、
男の子は泥棒、女の子は売春婦となる運命であった。
「この先は危険やで。用心しいや」
裕子は全く使ったことのない懐剣を握った。
充代も緊張していたが、全く呑気なのが真希である。
彼女が武器として扱う長太刀というものは、
後に野太刀と言われる大型の太刀であり、
刃渡りだけで百二十センチはあった。
腰に差していたのでは、咄嗟の場合に抜けないため、
佐々木小次郎のように、背中に背負っていたのである。
実戦用の太刀であるため、その刃は厚くて重い。
江戸時代に武士が腰に差していた刀では、
首を刎ねることなど、まずできなかった。
「二人は安全なところにいればいいから」
真希は怯える裕子と充代に指示を出す。
多少の人数であれば真希一人で充分だったし、
大人数と出くわしても、殿軍が得意なひとみがいた。
追撃された場合、殿軍は重要な意味を持ってくる。
追撃を阻止して主力を逃がし、頃合を見計らって退却するのだ。
危険で慣れが必要だったが、ひとみには天性の素質がある。
馬術に長けているため、機動力があるのも一因だろう。
「ひとみちゃん、早速出たみたい」
真希の声に、全員が前方を見る。
すると、棍棒や竹槍で武装した集団が現れた。
十名程度の集団なので、真希一人でも充分だ。
しかし、真希は一応、説得をしてみる。
「どいてくれる?邪魔すると死んじゃうかもしれないよ」
裕子と充代は怯えて抱き合っている。
だが、真希とひとみは余裕の表情で、
二人は笑みさえ浮かべていた。
この態度に山賊の頭がキレた。
「何だと?謙虚なら馬だけで勘弁してやったものを。やっちまえ!」
70 :
ブラドック:02/05/22 21:08 ID:VQFHP1Vj
山賊が拡翼に広がった。
この山賊の頭は只者ではない。
基礎的な兵法を知っているからだ。
倍以上の兵力差がある場合、
拡翼の陣は有利な隊形である。
一気に包囲して殲滅できるからだ。
「真希ちゃん、ちょっと気になるんだけど」
「うん、殺さないようにしよう」
真希は鞘ごと長太刀を構えると、先頭の男を殴った。
男は三メートルほど飛ばされて、白目を剥いて昏倒する。
ひとみは馬に積んであった六尺棒で、近づく連中を小突き回した。
瞬く間に山賊たちは倒されて行き、頭だけになってしまう。
「げげー!何でそんなに強いワケ?」
頭はびびりまくっている。
真希とひとみは頭に詰め寄った。
よく見ると、頭は男ではない。
狛犬のような顔をした女だった。
「ねえ、何で兵法なんか知ってるの?」
真希はびびりまくる女に聞いてみた。
女の話によると、彼女は圭といい、
元吉備王国治安部隊長官の娘らしい。
治安の悪化の責任をとらされた彼女の父は、
政治犯として投獄されてしまった。
圭は家族の連帯責任を逃れるために、
首府を逃げて山賊になったのである。
71 :
ブラドック:02/05/22 21:09 ID:VQFHP1Vj
「そんなの、お父さんのせじゃないじゃん」
圭の話を聞いた真希は、理不尽な仕打ちに怒りを覚えた。
吉備の国王は真希の遠縁だったが、元々病弱であり、
各部族の首脳会議が最高決定機関となっている。
互いに自分の部族の利権だけを優先させるため、
国家としての機能を果たしていないのが実情だった。
「でもさ、山賊はダメだよ。何とかならないの?」
ひとみは圭を見捨てておけない。
彼女は本当に優しい娘だったが、
その後、この優しさが命取りになるのだった。
「兵法を使える山賊なんて、聞いたことがないで」
黙っていた裕子が話しに参入してきた。
裕子は年の功で、色々なことを良くしっている。
真希は裕子の知識の出番であると直感した。
裕子は圭から様々な情報を聞き出して行く。
「なあ、義勇軍を組織したらどうや?」
「義勇軍?」
圭は首を傾げた。真希とひとみも驚いている。
義勇軍とは正規軍とは別に組織した非正規部隊であり、
ベトナム戦争での民族解放戦線=通称・べトコンがそうである。
彼らは北ベトナムだけでなく、中国からも直接に支援を受け、
捨て身のテロやゲリラ戦でアメリカ軍を圧迫した。
「このあたりには、千人もの山賊がおるんやろ?」
千人もの武装した山賊を組織化できれば、
吉備東部に臨時の自治区を創ることが可能だ。
そこで大和や浪速からの支援を受けて力をつけ、
堕落した首脳会議の連中と戦うこともできる。
大和大王のつんく♂も、吉備の治安の悪さに閉口していた。
このままでは、大和勢力圏のお荷物になるのは、
火を見るよりあきらかだったのである。
そのため、圭が義勇軍を組織すれば、
つんく♂は喜んで支援を約束するだろう。
「あなたはいったい・・・・・・」
圭は真希をみつめた。
『黄門漫遊記』の発祥であった。
そんなワケないか!
72 :
ブラドック:02/05/23 19:49 ID:hMx2ijVb
【ダーティ・ダニエル】
「そんなぁ・・・・・・嫌だ・・・・・・アヤカちゃん」
梨華はアヤカの遺体にすがりついて号泣した。
ミカは里沙の死体を検分し、持っていた凶器を分析する。
その結果、アヤカを殺害したのは里沙で間違いないことが判明した。
ダニエルは里沙の首を放り投げると、号泣する梨華に言い放つ。
「メソメソシテルバアイジャナイ!コクオウトシテ、ワレワレニメイジルンダ」
ダニエルはアヤカ暗殺を、ミカのせいにしようとしていた。
あとはミカさえ失脚すれば、熊襲の主導権を握れるからである。
ところが、梨華の対応は予想に反する内容であった。
「国葬にしますぅ。真琴、葬儀の指揮を採りなさい」
これには、さすがに温和なミカも眼を剥いた。
優秀な外交官でもあったアヤカの死が知れれば、
大和はかなり威圧的な態度に出てくるだろう。
大和に臣従したところで、異民族は差別される。
どうせ派遣された代官に高い年貢を取られて、
領民は貧しさに泣く日々が訪れることだろう。
大和の外交官と交渉し、何とか現状維持をしたい。
そのためには、アヤカの死を隠さねばならなかった。
「梨華様!アヤカさんの死を公表してはなりません」
「ソウダ!コノクニヲ、ツブスオツモリカ!」
73 :
ブラドック:02/05/23 19:49 ID:hMx2ijVb
そんなことは梨華にも分かっていた。
しかし、アヤカがいなくなった以上、
熊襲は均衡が崩れてしまっている。
どうせなら、このまま独自に解決するより、
大和に甘えてしまった方が面白い結果になりそうだ。
今のところは、まだ友好国であるため、
介入したところで、属国扱いはできない。
そして、ここで甘えてしまった方が、
大和は臣従を強要しづらくなるのだ。
「嫌!こんな悲しいときは、国をあげて、お葬式にするの!」
国王の命令であるから、逆らうわけにはいかない。
面白くないダニエルは、里沙の首を蹴っ飛ばすと、
憮然とした表情で部屋を出ていこうとした。
これを咎めようとしたのが真琴である。
「ダニエルさん、どこへ行くの?」
「ケイビタイセイヲカンガエルンダヨ!」
ダニエルは大和と戦をし、負けそうになったら、
梨華を殺して首を差し出すつもりだった。
そして、彼女はその手柄をアピールして、
あわよくば熊襲の王になろうとしていたのである。
したがって、彼女にしてみれば、戦をしてもらわないと困るのだ。
「ダニエル様。土蜘蛛からの情報なんですが、大和の姫君が熊襲に向かっているようです」
軍の参謀補佐官が報告してきた。
ダニエルは訝しげに報告を聞いていたが、
何を思ったか、ニヤリと口元を綻ばせる。
「ソウカ、コンゴモクワシクホウコクサセロ」
ダニエルが考えたのは、真希一行を血祭りにあげることだ。
幸運なことに、他の首脳部には情報が入っていない。
しかも、軍部を預かるのはダニエル自身だったので、
真希が来たら、どこかの関所で蜂の巣にしてしまえばよい。
(梨華ヲツブスノニモ、リヨウデキソウダナ)
ダニエルはこみ上げる笑いを抑えられなかった。
74 :
ブラドック:02/05/24 19:26 ID:cLBfkps9
【味方になった土蜘蛛】
吉備の街道において、真希たち一行は、
次々と山賊や物盗りを懲らしめていった。
そして、吉備を出ようとした時に現れたのが、
このあたりの土蜘蛛の女頭領である真里だった。
「かなりご身分の高いお方だとお見受け致します」
真里は小柄な娘だった。
元々、縄文人は大柄だったが、
このあたりでは弥生人との混血が進み、
小柄な土蜘蛛も多く存在していたのである。
「ふーん、見たところ土蜘蛛さんみたいだけど、あたしに何の用?」
真希は例によって無表情のまま聞いた。
この時、真里は真希を見て『タイプだ』と思ったそうだ。
真里は吉備西部の土蜘蛛を統括する立場にあり、
彼らは山岳部で狩猟をして生計をたてている。
その人口は千人にも及び、五百名の弓の名手を率いていた。
「吉備王国の中央では、我らを悪党にして、討伐をしようとしています」
吉備の治安悪化を土蜘蛛のせいにして、
彼らを根絶やしにする計画があったのだ。
山岳地に住む彼らを駆除したところで、
平野部で稲作をする弥生人にしてみれば、
何のメリットもないはずである。
国民の不満を解消させるために行われる、
国家的なマインドコントロールに他ならない。
「弓の名手が五百人でしょう?吉備軍が二千人くらいで来ても余裕じゃん」
「違うのです。我らは戦いを望みません」
共存共栄。それが真里の願いであった。
このあたりの土蜘蛛は、混血が進んでいるためか、
他の土地の連中より、比較的平和を望む者が多いようだ。
真希の持論では、ジェノサイドは許されないことである。
75 :
ブラドック:02/05/24 19:27 ID:cLBfkps9
「ふーん、それじゃ、一筆書いてあげるね」
真希は吉備首脳会議宛に、土蜘蛛の自治権を認める書状を書いた。
大和大王の娘が書いた書状は、吉備国王のそれより効果がある。
こんなものを見せられたら、土蜘蛛討伐はおろか、
彼らの領地への立ち入りすらできなくなってしまう。
「助かりました。お礼と言っては何ですが、もうじき日暮れです。
良かったら、我らのところへ寄って行って下さい」
真希は真里の好意に甘え、土蜘蛛の部落へ立ち寄ることにした。
彼らの文化水準は高く、洞窟を利用した家には工夫が多く見られる。
彼らは耕作民族ではないが、用水路も完備されていた。
それは生活用水の確保と同時に、害虫の侵入を防ぐ役割も果たしている。
獲物や収穫物は平等に分けられており、みんなが仲良く暮らしていた。
「みんなー、大和の姫様だよー!」
真里が叫ぶと、中央の広場に老若男女が集まってきた。
みんな屈託無く笑い、とても悪人の集団には見えない。
こんな僻地に大和の姫君が来たのだから、大騒ぎとなった。
急遽、雉や猪が絞められ、酒が集められる。
裕子や充代が大好きな、宴会の始まりであった。
真里たちが土蜘蛛と聞いて警戒していたひとみも、
陽気な連中に誘われて、思い切りエンジョイしている。
「真里さん、こんなに歓迎してくれて、凄く嬉しい」
76 :
ブラドック:02/05/24 19:28 ID:cLBfkps9
真希が言うと、真里は嬉しそうに微笑んだ。
土蜘蛛は各地の一族と、絶えず連絡を取り合っている。
その伝達ネットワークは、戦略的な意味において、
是非とも活用したいものであった。
なぜなら、それは東国の脅威に備えるためである。
そのため、真希は土蜘蛛の保護を訴えて来たのだった。
「真里さん。私たちは、土蜘蛛に味方になってもらいたいの」
真希の切実な訴えは、真里の心に届いた。
大和は決して武力で勢力拡大を考えていない。
基本理念は共存共栄であること。
そして、餓えのない、理想郷を実現すること。
まだ若い真希は、本気で信じていたのである。
それが大義名分であるとは知らずに。
「宮様、畏れ多いことでございます。この真里、周辺の同族を説得致しましょう」
真里は真希に前面協力を約束した。
そこで真希は、真里に感謝の気持ちを込めて、
名前をプレゼントしたのである。
当時、名前をプレゼントすることは、
最高の感謝の印とされていた。
「今日から、『矢口真里雉比売』(やのくちまりきじのひめ)と名乗ってね」
77 :
ブラドック:02/05/24 19:28 ID:cLBfkps9
こうして宴も最高潮に達したとき、
真里は一人の少女と視線があった。
その少女は真里を物陰に呼ぶと、
徐にキスをして抱きしめる。
「来てたんだ。紗耶香」
少女は紗耶香といい、真里たちよりも弥生人に近い人種である。
呪術を駆使して政界に入り込み、吉備の重鎮となった一族だった。
後の物部氏の祖先である。紗耶香は、その首長の娘だった。
その紗耶香と真里は、もう何年も愛人関係を続けている。
「真里、あの子、大和の姫様だってね。確か、後藤宮真希比売(ごとうのみやまきのひめ)」
紗耶香は以前から真希を知っていた。
十年近く前に、真希が浪速へ視察に来た時、
ボディガードの一人として担当したのである。
当時、紗耶香は九歳になったばかりだったが、
並外れた反射神経と手裏剣の上手さが買われ、
最終的な段階でのボディガードに選ばれたのだ。
「紗耶香、何で知ってるの?」
真里は不思議そうに聞いた。
しかし、紗耶香は真里を押し倒した。
いきなりのことに動転する真里に、
紗耶香は冷たい声で言ってみる。
「真里、後藤宮を殺せ」
「な・・・・・・何を言ってるの?宮様はあたしに名前まで・・・・・・あうっ!」
紗耶香は真里の体を蹂躙しながらも、
常に冷静に状況を判断していた。
やはり、真希を殺すのは自分しかいない。
いや、自分以外の誰にも、殺させてはいけなかった。
真希を殺すのは自分の仕事である。
そのために、この世に生を受けたのだ。
紗耶香はそう信じている。
78 :
ブラドック:02/05/25 19:56 ID:daytxeqL
【紗耶香】
半ば強引に真里を求めた紗耶香は、
自分の袴の紐を結びながら考えていた。
このままだと、真希は熊襲で殺されてしまう。
紗耶香は独自の情報網で、つんく♂の陰謀を掴んでいた。
「紗耶香、どうして宮様を?」
真里は着物を抱いて、気だるそうに起き上がった。
彼女にしてみれば、一筆書いてくれた真希は恩人である。
いくら愛人の紗耶香であっても、恩人を殺せとはひどい。
真里は紗耶香の本心が聞きたかったのである。
「気にしないでよ。冗談なんだから」
紗耶香は笑ってごまかしたものの、
真里には彼女が本気だったことが分かっていた。
紗耶香との関係を壊したくない真里は、
あえてそのことに触れないようにする。
紗耶香と真希には、何か因縁があるようだ。
「紗耶香、あたしにできることがあったら、何でも言ってね」
真里は紗耶香が遠くへ行ってしまうような錯覚に襲われた。
それは女の勘というより、土蜘蛛の能力だったのかもしれない。
弥生人との混血が進んだ真里は、土蜘蛛の持つ特殊能力は皆無であった。
だが、本来、劣性であるはずの特殊能力が、優れていたのが紗耶香たちである。
土蜘蛛の持つ特殊能力。それは、ある程度のエスパーと未来予知だった。
より人間という動物に近い土蜘蛛たちは、こういった能力を持っている。
災害の前になると、ねずみが逃げ出すのと同じようなものだ。
79 :
ブラドック:02/05/25 19:57 ID:daytxeqL
「真里、例のものを真希に渡せ」
「何であんなものを?」
彼ら土蜘蛛は、忍者のような術も使いこなしていた。
鹿の水場に潜っておき、現れた獲物を弓で射る。
熊に急襲されたときは、火炎瓶のようなものを使う。
翌朝、真希たちは真里に礼を述べ、旅を続けることにした。
真里は餞別に、昨夜、紗耶香が言ったものを差し出す。
それはスーツケース程度の大きさの箱だった。
「これは餞別でございます。困ったときにお使いください」
「困ったとき?ふーん、ありがとう」
真希は笑顔で箱を受け取ると、
大勢の土蜘蛛に見送られながら、
山陽道に向けて進み始める。
困ったときに使うと煙が出てきて、
瞬く間に老人になってしまうのか?
『浦島太郎』伝説の発祥であった。
「真希ちゃん、何で真里さんに『矢口雉』ってつけたの?」
ひとみは疑問に思って聞いてみた。
確かに弓の名人の頭領であるから「矢」は分かる。
しかし、「口」と「雉」は謎だった。
ひとみに尋ねられた真希は笑顔で答える。
「雉鍋が美味しかったでしょう?あたしは肉が嫌いだったけど、あれは美味しかった」
「げげー!まさか、それだけの理由で?」
真希は雉鍋を食べながら真里と親しくなり、
色々な話をして協力を約束させたことにちなみ、
「雉」と「口」を入れたのである。
かなり単純な理由だったが「鍋」と「喋」を
入れなかっただけ良かった。
80 :
ブラドック:02/05/25 19:57 ID:daytxeqL
紗耶香はその数百メートル後方を、
誰にも気付かれずについて行く。
現在は都会に住んでいるものの、
生まれたのは深い山の中である。
さらに彼女は土蜘蛛と同じ
縄文人の血を受け継ぐだけあって、
隠密行動をするのは得意であった。
(真希を殺すのは、あたししかいない)
それだけが紗耶香を動かしていた。
彼女には真里という愛人がいたものの、
実をいうと真希を愛していたのである。
初めて真希と会った十年前の浪速。
その時からずっと真希を愛していた。
「あの時は梨華、今は・・・・・・ふーん、あの子か」
紗耶香は馬上のボーイッシュな少女を見た。
彼女に対する嫉妬心などはなかった。
そんなことはどうでもいい。
真希自身が持っているの恐ろしさを、
本人に伝えるのが先決なのである。
そして、真希を殺す。
紗耶香はそれが運命であるのに気づいていた。
81 :
ブラドック:02/05/26 17:11 ID:67RmOABh
【漁村】
吉備から長門に入った真希たちは、一気に最西端まで進んだ。
妨害もなく進めたのは、真里が土蜘蛛系の根回しで山賊を押え、
紗耶香が同族の力で漁師を押えていたからである。
海岸を進む真希は、対岸に見える熊襲の大地に胸を躍らせた。
海を見ると、本州と九州の間に小さな島が見える。
後に宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘をした巌流島だ。
「真希ちゃん、今日はどこかに泊まろうよ」
ひとみは真希に提案した。
もうじき陽が沈んでしまうため、
熊襲に渡るのは明日以降になる。
そして、舟の手配も必要だった。
「あそこの村で交渉しようや」
裕子の提案で、一行は二十戸ほどの漁村へ向かう。
すでに夕餉の時間ではあったが、真希たちが現れると、
小さな村は大騒ぎとなってしまった。
こんな僻地に大和の姫君が来たのだから、
それはとても名誉なことである。
「悪いんだけど、泊めてくれないかな」
「へへー!喜んで!」
ここでも真希たちは大歓迎された。
彼ら漁民は吉備と熊襲の保護があって、
生活が成り立っていたのである。
吉備の宗主国である大和の姫様は、
彼らにとって神に近い存在だった。
真希とひとみは宴会の前に、
近くの小川へ行水に出かけた。
日中は妙に蒸し暑かったので、
少なからず汗をかいていたのである。
充代が見張りをしているので、
誰かに覗かれる心配はなかった。
82 :
ブラドック:02/05/26 17:11 ID:67RmOABh
「ひゃー!冷たいな」
真希は震えながらも、元気に川へ入って行く。
ひとみも全裸になって真希に続いた。
二人で水をかけ合ったりしてしたが、
やがて、真希はひとみを抱きしめる。
「真希ちゃんは胸が大きくていいな」
ひとみは口惜しそうに呟いた。
確かにひとみの胸は小さい。
それもあって、よけいに彼女は
ボーイッシュに見えてしまっていた。
女性である以上、胸が小さくて得することは、
肩が凝らないことと、弓を射るときに
邪魔にならないことだけである。
「あたし、知ってるんだ。ひとみちゃん、本当はすごい力なんだよね」
真希はひとみの体を触りながら言った。
事実、ひとみは真希よりも力があった。
しかし、大好きな真希には絶対に手を上げない。
そのため、真希には知られていないと思っていた。
ひとみは長太刀こそ使わないものの、
凄まじく長い槍を平気で使いこなしている。
今回の旅には持ってきてはいないが。
「バレちゃったかな?」
ひとみは恥ずかしそうに舌を出した。
引き締まった顔をしていると男前のひとみも、
微笑んだ顔は本当に美しい少女であり、
それが真希を惹き寄せていたのである。
「ひとみちゃん・・・・・・」
真希はひとみにキスすると、
柔らかな草の上に押し倒した。
あたりには夕闇が押し寄せていたが、
夜目の利く紗耶香は二人の様子を、
少し離れた木の上から眺めていた。
(愛し合ってるか・・・・・・)
紗耶香は深く溜息をついた。
彼女に言い寄る男は多いが、
満足する相手ではなかった。
どの男も真希に比べれば、
雲泥の差だったのである。
それほどまでに真希は、
彼女にとって愛しい存在だった。
(明日は熊襲か。巌流島で様子をみよう)
紗耶香は隣の漁村へ向かい、
夜更けになってから舟を出した。
83 :
ブラドック:02/05/27 21:04 ID:a8WnfR0o
【熊襲の村】
翌朝、真希一行は村人に礼を述べながら、
用意してもらった舟で熊襲に向かった。
生まれて初めて舟に乗った裕子と充代は、
恐怖から顔面蒼白になって震えている。
そんな二人を真希とひとみは、
笑いながらからかっていた。
「あんまり怖がると、舟が沈むよ」
「ほんまかァァァァァァァァァー!」
裕子は眼を剥いて怯えた。
実をいうと、裕子はカナヅチである。
こんなところで放り出されでもしたら、
瞬く間に海の藻屑となってしまう。
「ね・・・・・・姐さん、舟は木でできとるで、簡単には沈まんよ」
充代に言われて裕子は納得した。
同時に、そんな常識すら忘れていた自分は、
かなり動揺しているのだと実感したのである。
その様子を見て、真希とひとみは声を上げて笑った。
「いよいよ梨華ちゃんの国だね」
真希は眼を輝かせた。ひとみは大きく頷く。
上陸用舟艇のように砂浜まで乗り上げると、
真希とひとみは後続の舟から馬を下ろした。
送ってくれた船頭に礼を言いながら、
一行は馬で近くの村を目指したのである。
熊襲の人々の家は変わっていた。
木と竹を使って建てられていたが、
外壁というものが存在しないのである。
夏は涼しいだろうが、冬は寒いに違いない。
真希たちが馬を進めて行くと、村人が悲鳴を上げる。
「うわー!外人だー!」
村人たちは、滅多に見ない大和人に驚き、
初めて見る馬に仰天して逃げて行った。
真希は梨華から教わったカタコトの言葉で、
村人に安心するように告げてみる。
すると、怯えていた村人たちも、
興味があるからか、次第に集まってきた。
84 :
ブラドック:02/05/27 21:05 ID:a8WnfR0o
「あたしたちは、梨華ちゃんに会いたいの」
ひとみもカタコトの言葉で喋ってみた。
すると、村人たちはとても親切に、
梨華の城までの道を教えてくれる。
このあたりの人々は本当に人が良い。
真希は持ってきた握飯を子供にやった。
美味しそうに握飯を食べる子供を見て、
村人たちは安心して歓迎の意を示す。
「真希、見てみいや。アケビに似とるで」
バナナを剥いた裕子は美味しそうに噛りついた。
村人たちは、パパイヤとバナナを持ってくる。
幼い頃、梨華が話していた熊襲の果物だった。
美味しい果物を食べて笑顔の真希とひとみの横で、
裕子と充代はパパイヤ酒やバナナ酒を味わっている。
「こらええな。つまみは木の実がええ感じやね」
一行は村に昼過ぎまで逗留した。
なぜなら、村人が気を利かせて、
城まで知らせに行ったのである。
もうじき、梨華の部下が迎えに来るだろう。
そんなことを思いながら、四人はゆっくりしていた。
85 :
ブラドック:02/05/27 21:05 ID:a8WnfR0o
紗耶香は巌流島から、真希たちが入った村を見ていた。
特殊能力を持つ彼女は、数キロ先まで見通すことができる。
紗耶香は低木の間から村を見ていたが、異変に気づいた。
かなりの大人数が、真希たちのいる村に接近していたのである。
「くっ!やけに早いな」
紗耶香が手を挙げると、褌だけの二人の男が現れ、
互いにガッチリと肩を組んで海に飛び込んだ。
紗耶香が男の背中に立つと、二人は猛烈な勢いで泳ぎだす。
男たちは海人と呼ばれる種族で、紗耶香たちの配下だった。
「急げ。真希だけは助けるんだ」
紗耶香が命令すると、スピードが上がった。
海人たちは三分に一回だけ呼吸をする。
それで数キロ泳いでも平気だった。
独自の酸素摂取法ができあがっていたのである。
(奴らは何をする気だ?)
紗耶香には村に押し寄せる軍勢の意図が分からない。
村を戦場にすれば、自国民にまで被害が及んでしまう。
紗耶香は集中して、部隊指揮官の『気』を探した。
(これは・・・・・・そういうことか)
紗耶香の表情が変わった。
86 :
ブラドック:02/05/28 23:51 ID:FxTy3Sys
【最終兵器】
「オマエタチ50ニンハ、ハイゴニマワリコメ!
サユウニモ50ニンヅツ、ハイチスルンダ!」
声の主はダニエルだった。
わずか百人程度の小さな村に、
二百人もの兵を繰り出してきたのである。
こうして、すっかり村を包囲したダニエルは、
非情な指示を大声で叫んだ。
「カカレ!ミナゴロシニスルンダー!」
何と、ダニエルは真希たちのせいにして、
何の罪も無い村人を虐殺しようというのである。
こうすることによって、真希殺害を正当化するのだ。
梨華への報告は、「知らせを受けて急行したが手遅れ。」
これで充分だったのである。
「何の騒ぎだろうね」
ひとみは騒がしいので、立ち上がってあたりを見回した。
すると、一人の熊襲兵が現れ、目の前にいた子供を突き殺す。
仰天したひとみは、腰に差していた太刀を抜き、
興奮している熊襲兵に突っ込んで行った。
「ひとみちゃん!」
真希は長太刀を抜き、次々に現れる熊襲兵を薙ぎ倒す。
その間も、熊襲兵は村人たちを惨殺して行った。
真希には理解できない。どうして自国民を殺すのか。
「真希!海の方が手薄やで!とりあえず後退せえ!」
「真希ちゃん、キリがないよ。後退しよう!」
ひとみは真希に後退を提案した。
これだけ大人数が展開しているのだから、
多勢に無勢であり、数を頼りに押し切られてしまう。
「ひとみちゃん、先に後退して!」
「何言ってるの。宮様が先でしょうが」
ひとみの言う方が正しかった。
そこで、真希は仕方なく、
彼女より先に後退を始める。
ひとみの腕も優秀であるから、
攻撃を交わしながら後退した。
87 :
ブラドック:02/05/28 23:51 ID:FxTy3Sys
「ひゃー、逃げるが勝ちだね」
ひとみが後退して来て溢した。
その時、一本の矢が飛来し、
ひとみの背中に突き刺さる。
「うっ!」
ひとみは背中の激痛に顔を顰めた。
真希はひとみを抱きしめ、更に後退を始める。
やがて四人は、海岸まで追い詰められた。
目の前には百人以上の兵が槍を向けている。
「真希ちゃん、逃げて」
ひとみは真希だけでも助かって欲しかった。
もはや、背中に重傷を負った自分は、
大切な真希の負担になるだけである。
そう思ったひとみは、真希を馬に乗せた。
「ひとみちゃん、何があっても一緒だよ!」
真希は泣きそうな顔で馬を降りようとする。
その直前に、ひとみは馬の尻を叩いていた。
海に向かって走り出した馬の向こうに、
紗耶香の姿を確認したひとみは、
祈るように頭を下げる。
「充代、ここが死に場所みたいやで」
「ほんまやね。姐さん」
裕子はひとみの太刀を持ち、
充代は両手に懐剣を持った。
ひとみは愛用の棒を持ち、
この場を死守することにする。
「カカレ!」
88 :
ブラドック:02/05/28 23:52 ID:FxTy3Sys
ダニエルの声で兵が一斉に突きかかる。
全身を貫かれて即死した充代を尻目に、
ひとみと裕子は意外に善戦した。
戦士であるひとみはともかく、
裕子の活躍は嬉しい誤算である。
「あかん、折れてもうたわ」
折れた太刀を敵に投げつけた裕子にも、
数十本の青銅器の槍が突き刺さった。
血を吹き出しながら倒れこんだ裕子は、
眼の前に横たわる充代へ手を伸ばす。
(もっと一緒に飲みたかったな)
それが裕子にとって最期の意識となった。
ひとみは懸命に敵と戦っていたが、
手負いの彼女は思うように動けない。
やがて、疲労が訪れ、一撃では倒せなくなった。
「アノムスメヲオエ!」
ダニエルは疲労困憊のひとみをよそに、真希を追うように指示を出した。
ひとみは最後の力を振り絞り、自分の馬に積んである真里から貰った箱を掴む。
馬上のひとみの腹に、敵が繰り出した槍が突き刺さった。
「アノハコハ!」
ひとみは箱を抉じ開けた。
箱の中には真っ青な結晶があり、
その周りに幾つかの粉の入った袋がある。
その間も、次々とひとみは槍で突かれた。
「何だ?これは」
それがひとみの最期の言葉だった。
ひとみは箱を抱きしめたまま、馬から落下してしまう。
その時、ダニエルは必死の形相で岩陰に飛び込んだ。
89 :
ブラドック:02/05/28 23:54 ID:FxTy3Sys
「ひとみちゃーん!」
紗耶香に保護された真希は、落馬するひとみを見て叫んだ。
その途端、紫色の光があたりを覆い、凄まじい爆発が発生する。
「やったか。潜れ」
紗耶香は二人の海人に命じた。
海人は潜水すると、そのまま巌流島の裏へ回り込む。
浮上した時、紗耶香は咳き込んだだけだったが、
真希は完全に意識を失っていた。
「相変わらず、すごい威力だな」
紗耶香は立ち上るキノコ雲を眺めた。
岩陰に飛び込んだダニエルは、
どうにか爆発の直撃は逃れられた。
吉備の土蜘蛛が作る最終兵器の話は聞いていたが、
これほど凄まじいものであるとは思っていなかった。
「ダ・・・・・・ダニエルさ・・・・・・ま」
兵士がやって来た。
しかし、彼の顔は焼けただれ、
老人のようになってしまっている。
即死を免れた兵士だったが、
動くたびに皮が剥けてしまう。
「ク・・・・・・クルナ!」
ダニエルは逃げ出して行った。
90 :
ブラドック:02/05/28 23:54 ID:FxTy3Sys
「紗耶香様、あれは?」
海人の一人が紗耶香に聞いた。
紗耶香は逃げて行くダニエルを見つけると、
「チッ!」と口惜しそうに舌を鳴らす。
それから海人の質問に答えた。
「あれは明石の山にある濃青の石と、床下の砂から作った悪魔の箱」
恐らく、コバルトと硝石を使った爆弾だろう。
どういった仕組みか分からないが、小規模な核爆発のようだ。
凄まじい熱線とキノコ雲なので、まず間違いないだろう。
困った時に開ける箱。それは自爆するための箱だった。
吉備の土蜘蛛は自分の死を悟ると、敵を道連れにする習慣を持っている。
これが『浦島太郎』伝説の発祥だった。
91 :
ブラドック:02/05/29 18:11 ID:7ywpY/BY
【無念の帰還】
「邪魔するぞ」
紗耶香は長門の漁村へやって来た。
気を失った真希を介抱するためだ。
眼の前で最愛のひとみが死んでしまい、
真希のショックは測り知れない。
このまま眼を覚まさない方が、
彼女にとっては幸せなのかもしれなかった。
「これはこれは紗耶香様」
村長は紗耶香をよく知っていた。
こういった地方の細かな人脈が、
紗耶香たち一族を支えていたのである。
海産物の買い付けで便宜を図ってやり、
恩を売っておけば何かと我儘を聞いてもらえた。
「この娘が眼を覚ましたら、吉備まで送ってくれないか?」
紗耶香は村長の家に寝かせた真希を見ながら言った。
これからは真希と一緒に行動することになるだろう。
真希の中に眠っている意識を覚醒させるために。
しかし、その意識が覚醒したとき、
果たして真希は真希でいられるのか。
それは紗耶香にも分からなかった。
「ひ・・・・・・ひとみちゃん」
真希は苦しそうに唸った。
ようやく眼が覚めた真希は、
眼前にいる紗耶香に驚く。
そして、反射的に身構えた。
「眼が覚めたようだね」
「あなたは誰?」
真希は殺気の入った眼で紗耶香を睨む。
だが、真希の殺気を含めたエネルギーは、
紗耶香に吸収されてしまうような感じである。
それほど、紗耶香の顔は穏やかであった。
「覚えてないか。もう十年も前だからね」
真希の頭は思考を始めた。
十年前の出来事を思い出して行くと、
二歳年上の少女と遊んだ記憶がある。
その場所がどこであったのかは、
いくら考えても思い出せなかった。
92 :
ブラドック:02/05/29 18:12 ID:7ywpY/BY
「あなたは・・・・・・あたしと遊んだ」
「やっと思い出したか。私は紗耶香だよ」
紗耶香・・・・・・
真希は詳細を思い出した。
彼女は手裏剣の名手であり、
石をぶつけてカラスを落とした。
真希が死んでしまったのかと思って覗き込むと、
カラスは何事も無かったように飛び立って行った。
「紗耶香さん、どうしてここに?」
「十年前と同じさ。あんたの身辺警護だよ」
真希は落ち着きを取り戻したが、
同時にひとみの死を思い出した。
それは辛すぎる現実である。
「紗耶香さん・・・・・・ひとみちゃんが・・・・・・死んじゃった」
真希は大粒の涙を零した。
十六歳の少女には残酷な状況である。
紗耶香は冷静に真希を見つめた。
真希の中で眠っている意識が覚醒すれば、
どうなるのかは全く予測不能である。
その『意識』が暴走する前に、
紗耶香は彼女を殺さねばならない。
「村長、支度はできたか?」
「へえ、舟は用意できました」
紗耶香は真希を連れて舟に乗り込んだ。
この頃は、瀬戸内海にも海賊がおり、
海路には危険が付きまとっている。
しかし、海路は陸上輸送と違って、
一気に大量の運搬が可能であるため、
流通業的には大きな魅力であった。
「これからどうする?」
紗耶香は項垂れる真希に聞いた。
つんく♂の策略を話すわけには行かない。
策略を真希が知ったら、たいへんなことになる。
これから先、大和は東国を平定しなくてはならない。
真希がつんく♂と対立しようものなら、
絶好の機会とみて、毛野が動き出すだろう。
東国に大義名分を与えてはならなかった。
93 :
ブラドック:02/05/29 18:13 ID:7ywpY/BY
「許せない・・・・・・絶対に許せない」
真希の心の中では、悲しみと憎しみが葛藤している。
梨華は初恋の相手だったが、最愛のひとみを殺した。
真希は愛情と憎しみの狭間で揺れ動いている。
ドクン・・・・・・
真希の脳が鼓動を始める。
『意識』の覚醒が始まったのだ。
これに気付いた紗耶香は、真希を眠らせる。
『意識』を覚醒させるには時期尚早だった。
まず、吉備で兵を集めなくてはならない。
猛烈な勢いで山賊を配下にしている圭と、
弓のスペシャリストを持つ真里が必要だ。
これで紗耶香の人脈を駆使すれば、
五千くらいの兵力にはなるだろう。
その軍勢を率いて熊襲に上陸したとき、
真希が覚醒すれば、その真価が見えるのだ。
舟が長門と吉備の国境近くにさしかかると、
案の定、このあたりを縄張りとする海賊が現れた。
海賊船は舟を取り囲み、積荷を要求して来る。
「このあたりは陶の縄張りだったな」
紗耶香の声に海賊が仰天した。
海産物の流通で口利きをしてくれる人物だからである。
紗耶香を怒らせでもしたら、海賊たちの生活が成り立たなくなってしまう
「もうじき、大きな戦が始まる。瀬戸内の海賊は全軍を率いて集結せよ」
紗耶香の声は神の声と同じである。
瞬く間に海賊船は姿を消した。
瀬戸内の海賊を動員できれば、
大量の兵を海路で輸送できる。
圭たちを薩摩あたりに上陸させると、
二方向からの攻撃が可能だった。
吉備に着いた紗耶香は、真希を担いで舟をおりた。
自宅に戻った紗耶香は、配下の者に真希を預ける。
「紗耶香様、この娘は?」
「桃だ」
この当時、桃には不思議な力があると信じられていた。
孫悟空は天界の桃の実を食べて斉天大聖になったし、
『古事記』にも黄泉の国へ入ったイザナギが、
悪鬼に桃を投げるシーンが書かれている。
しかし、紗耶香の手下たちは、立派な真希の尻を見て、
全く別の意味で桃を連想したのであった。
94 :
ブラドック:02/05/30 19:15 ID:YzibTE0S
【我慢の時】
「海岸の村が全滅ですってぇ?」
梨華は驚いてダニエルに眼を剥いた。
百人規模の村が全滅したなどとは、
尋常な状態ではなかったからである。
平和政策を邁進してきた梨華にとって、
それは全てを否定されたことに等しかった。
「テキハ、ヤマトノヤツラダッタ」
ダニエルは凄まじい破壊力を持った武器で、
鎮圧に向かった兵も全滅したと説明する。
これに不安を感じたのが真琴とミカだった。
村の虐殺が本当に大和の仕業であれば、
臣従を強要するのが本気である証拠だ。
「村の跡地に鎮魂碑を建てよぅ」
梨華は悲しそうに言った。
このところ、アヤカを失ったり、
村が全滅するなど、悪いことが続く。
梨華は城内に祭礼殿を建てることにした。
そこで真琴に祭礼を行わせて厄を落とすのである。
「ダニエルちゃん、大和の人たちは?」
ダニエルは梨華に最終兵器の話をする。
爆心地にいた三人は、一瞬にして蒸発してしまう。
骨すら残さないで地上から消滅したのだった。
その話をすると、梨華は恐怖に怯える。
「そそそそそ・・・・・・そんな恐ろしい兵器があるのぉ!」
この時はまだ、梨華は幸せだった。
その骨すら残さず消滅した者が、
こともあろうか彼女の初恋の相手である、
ひとみであるとは知らなかったからだ。
「ホカニモ、アノタチハ・・・・・・」
ダニエルは青銅の太刀や槍を切断してしまう、
恐ろしいくらいに丈夫な太刀に驚いていた。
青銅器と鉄器であれば、当然なのだが、
熊襲には鉄というものがなかったのである。
大和快進撃の秘密は、やはり鉄器の活用だろう。
槍先に鉄器をつけたものは、どんな楯でも貫いたし、
鉄器の鏃は広葉樹で作った防具にも平気で突き刺さった。
太刀による格闘となると、青銅器では強度が弱く、
鉄器に斬り降ろされると、それを受けた太刀ごと、
体を真っ二つにされてしまったのである。
95 :
ブラドック:02/05/30 19:16 ID:YzibTE0S
「大和では『鉄』っていうものを使ってるのぉ。すごく硬いんだよ」
ダニエルは後悔している。
勢いに任せて徹底抗戦を主張したが、
あんな武器を持っているとは知らなかった。
鉄器を使って本格的に攻められたら、
どこまで防戦できるか分からない。
「大和は本気ダネ」
ミカは蒼い顔をしながら言った。
大和は素晴らしい国である。
争いもなければ餓えもない。
プライドなんかにこだわらず、
従属した方がメリットだらけだ。
「今からでも遅くない。あたし、大和に行きます」
真琴は決心したように言った。
彼女を止めたのがミカとレファである。
すでに大和は本気である意思表示をしたのだ。
真琴が出向いたところで、首を刎ねられて終わりだろう。
吉備と提携して長門・石見くらいは平定しないと、
大和は納得しないに違いない。
「とりあえず、様子をみよう。大和には無差別攻撃の抗議文を送っておくわぁ」
こうして首脳部の面々は、各ポジションに戻ったが、
ミカだけは内々に梨華へ接見を求めていた。
彼女は村人の生き残りを保護していたのである。
その者の証言から、ダニエルの悪事が露見した。
「どうしましょうか」
ミカが尋ねると、梨華は眼を閉じて考え出した。
自国民を虐殺したとなれば、ダニエルを処分しなくてはならない。
しかし、大和と一触即発の状態では、ダニエルは外せなかった。
重鎮のアヤカを失っており、これ以上、首脳部に穴は開けられない。
「今は・・・・・・何もできない。ごめんね、ミカちゃん」
ミカは首を振った。
利口な彼女は、熊襲の危機を自覚していたからだ。
同時に梨華の心境も察知しており、
これ以上の心配をかけることはできない。
ミカはそう判断していたのである。
「真希様やひとみ様と連絡は?」
今度は梨華が首を振った。
爆死したひとみは勿論、
真希は事実上、行方不明だったのである。
梨華の首飾りの紐が切れた。
それは不吉な未来を暗示しているようだった。
96 :
ブラドック:02/05/31 19:06 ID:yJ/+EYY5
【出兵】
吉備で兵を集め出した真希のもとには、
次々と武将が兵を連れてやって来た。
これには吉備国王が前面支援している。
大和の姫様が報復で兵を挙げようというのだ。
これに協賛しなければ、義を外したということで、
大和から何を言われるかわからない。
そのためか、紗耶香に千人の兵を委託していた。
「紗耶香さん、二千人も集まったよ」
真希は自分の意思に賛同した兵が集まったことを、
素直に喜び、そして心強く思っていた。
紗耶香は海賊を二百名、義勇兵を三百名集めている。
圭や真里にも使者を送っており、兵力は確実に増えていた。
「宮様!」
圭が千人の兵を連れて駆けつけた。
山賊の荒くれを統一した圭たちは、
吉備正規軍も一目置くほどの勢力となっている。
真希は圭に三人の最期を涙ながらに話した。
全て聞いた圭は怒りに燃え、真希に臣従を誓った。
「圭さんは『保田狛犬圭比売(やすだのこまいぬけいのひめ)』って名乗ってね」
「狛犬?マジっすか!」
圭は二等辺三角形のことであり、
当時は槍を意味していたらしい。
実際、圭は槍隊を組織化しており、
圧倒的な攻撃力を武器にしていた。
真希は真里たちと一緒にするつもりだ。
真里たちの弓部隊に支援させ、
圭たちの槍部隊で突撃させる。
僅かに千五百人であるが、熊襲相手なら、
充分に力を発揮するに違いない。
「真希、真里が来たら出発しよう」
紗耶香は真希について行く。
真希の『意識』が覚醒した時、
彼女を止められるとしたら、
それは紗耶香だけであるからだ。
命の恩人ということもあり、
真希は紗耶香に名前を贈っている。
『市井猿楽紗耶香比売(いちいのさがくさやかのひめ)』
圭と真里と紗耶香の三人は、真希の参謀となった。
97 :
ブラドック:02/05/31 19:07 ID:yJ/+EYY5
真里が駆けつけると、参謀会議を開いた。
真里は兵法にこそ疎かったものの、
弓を使った支援戦法は熟知している。
更に、真里は細かいところに気がつくので、
後方部隊の管理を任せることにした。
「よし、一気に長門まで進出しよう」
真希の一声で出発が決まった。
参謀全員が頷き、熊襲征伐軍が動き出す。
真希たちが長門まで移動して行くうちに、
更に続々と将兵たちが参入して来た。
最終的には全軍で五千人にまで膨張し、
街道は威風堂々と進軍する真希たちを見ようと、
付近の住民で溢れかえっている。
長門の熊襲が見える海岸にまで来ると、
土蜘蛛を介して多くの情報が飛び込んで来た。
こういった情報の収集は真里の役目である。
彼女は情報を整理しながら参謀会議で発表した。
「慰霊碑?祈祷所?」
土蜘蛛の情報では、梨華はふたつの建立指示を出していた。
それが何を意味するのか、真希には分からなかった。
しかし、紗耶香は話を吟味したうえで、ある結論に達する。
(梨華は何も知らないらしいな)
紗耶香はあえて何も言わなかった。
ここで何か言ったら、真希は挙兵を断念するだろう。
そうなれば、真希の中の『意識』が目覚めることもない。
どうしても紗耶香は真希の持つ『意識』を見たかった。
彼女は本人に『意識』を自覚させたうえで、
その命を絶とうと考えていたのである。
「明日、完成式典があるよね。あたしが潜入する」
真希の発言に全員が動揺した。
総指揮官が潜入するなど、前代未聞の大珍事である。
だが、真希にとって梨華は特別な存在であり、
どうしても自分の手で殺したかったのだ。
「いいだろう。圭、真里、後は頼んだよ」
紗耶香は自分も同行することを条件に、
真希の潜入を認めることにした。
梨華を殺したら城に火を放つ。
それを合図に、圭と真里が率いる主力が、
一気に攻め込むといった寸法だ。
98 :
ブラドック:02/05/31 19:07 ID:yJ/+EYY5
「言いにくいんですが、宮様が死んだ場合には?」
真里が当然の質問をする。
圭は真剣に真希の回答を待った。
しかし、真希には自分が死ぬという考えがない。
これには仕方なく、紗耶香が答えた。
「みんな立派な指揮官ではないか。独自に判断しよう」
紗耶香には分かっていた。
真希が梨華を殺したとき、
恐らく『意識』が覚醒する。
それは果たして圭や真里に、
どう映るのだろうか。
【覚醒】
建立の記念式典が行われる梨華の館では、
各部族の重鎮を招くための準備が行われていた。
夕餉においては肥国の米を味わってもらおうと、
レファの指導のもと、料理人が東奔西走している。
記念式典の進行を任されているミカは、
最終的なチェックを梨華と確認していた。
「いいんじゃない?それより、日向の兵は大丈夫?」
梨華はダニエルの暴走を警戒していた。
各部族の重鎮が集まったところでクーデターともなれば、
熊襲は一気に群雄割拠へと逆戻りしてしまうだろう。
そんなことになれば、大和は喜んでつけ入って来る。
熊襲を守るためにも、ダニエルの暴走は阻止しなければならない。
今のところ、ダニエルの動かせる兵は二百人程度であるので、
ミカの親衛隊二百人が、それとなく監視している。
「それと、例の全滅した村なんですけど、近くを通りかかった者が病気になりました」
ミカは病人の診察にも立会い、その症状を報告した。
髪が抜け落ち、歯茎からの出血とリンパ腺の腫れ。
それはあきらかに被爆した症状であった。
離れた場所であったにせよ、紗耶香や真希も被爆している。
当時はヨウ素の摂取など、具体的な治療が行われることはなく、
症状が進めば、必ずと言って良いほど、死が訪れたのだった。
「姉様、娘たちの踊りの後は、無礼講でしたね?」
真琴が確認にやって来た。
梨華は無礼講に少しだけ付き合って、
後は自室に戻ることになっている。
アヤカがいない現状では、
梨華への負担が増大していた。
記念式典は終了し、無礼講へと入って行く。
部族の重鎮たちは米酒を気に入り、豪華な食事に舌鼓を打つ。
そんな中、自室に戻った梨華のところへ、真琴がやって来る。
「姉様、真希様を探しましょう。そうしないと、熊襲の将来が・・・・・・」
そこへ入って来たのは、熊襲の娘に変装した真希と紗耶香だった。
怪訝な顔で二人を見る真琴に、真希は隠し持っていた懐刀を突き刺した。
真琴は何が起きたのか分からないような顔をして倒れる。
仰天する梨華を、真希は抱きしめていた。
「梨華ちゃん、十年ぶりだね」
「ま・・・・・・真希ちゃん?」
真希は美しくなった梨華を見て涙を零す。
紗耶香は倒れた真琴を抱き上げた。
すでに心臓を刺された真琴は絶命しており、
それを見た梨華が眼を剥く。
「どうして・・・・・・どうして、ひとみちゃんを殺したの?」
真希は梨華の首筋に刀を突きつけた。
梨華は何が何だか分からず、顔面が蒼白になって行く。
次の瞬間、真希の手が動き、梨華の首から血が噴出した。
「ひとみちゃん?・・・・・・まさか!死んだのは、ひとみちゃん?」
倒れこんだ梨華は血の海の中で泣いていた。
ひとみが死んだ。しかも、ダニエルに殺されたのだ。
梨華は遠のく意識の中で、十年前を思い出している。
「ごめんね真希ちゃん、あたしは、ひとみちゃんが・・・・・・」
「梨華ちゃん!」
真希は梨華を抱き起こし、泣きながらキスをした。
ひとみを奪った梨華は憎い。だが、梨華は初恋の相手である。
憎しみと愛情の交差が、真希の『意識』の覚醒を促した。
紗耶香は駄目押しで言ってみる。
「梨華は何も知らなかったんだ。あの長身の女が勝手にやったことだ」
ドクン!ドクン!ドクン!
真希の脳が鼓動を始め、これまで眠っていた『意識』が頭をもたげる。
紗耶香は真希の変貌に仰天した。髪は茶色くなり、眼は鋭くなって行く。
これまでに見たこともない表情に、紗耶香は恐怖を感じていた。
「死の直前の顔が、一番美しい」
真希は嬉しそうに梨華の顔を覗き込んだ。
梨華は消え入りそうな意識の中で、
真希へ最期の言葉を残す。
「あたしたちには、最高の称号があるの。真希ちゃん、あなたは大和最高の武将。
これからは、日本(大和)を代表する人。日本武尊(やまとたけるのみこと)を名乗って」
「いいだろう。この日本武尊、熊襲梨華健を倒して襲名じゃあ!」
真希は梨華にトドメを刺す。
その顔は殺人が嬉しくて仕方ない顔だった。
真希が秘めていた『意識』は、殺戮だったのである。
紗耶香は以前から真希の『意識』には気付いていた。
こういった『意識』を持つ真希は危険人物だったが、
この乱世を打ち砕く麒麟児として、時代が求めていたのである。
確かに極悪人と英雄は紙一重の差であった。
「火を放て」
真希は紗耶香に命令した。
これまで、真希は懇願することはあっても、
紗耶香に命令することなどない。
しかし、意識が覚醒した今は、
まるで別人のようになっていた。
真希は油の入った桶を担ぎ、
無礼講を楽しむ宴席に投げ込む。
油は卓上の灯りで発火し、
部族の重鎮たちは人間松明と化す。
「あははははは・・・・・・」
真希は人が焼け死ぬ様が面白いらしく、
焼け死ぬ人に指を差して笑っている。
これが狂気であると誰が断定できるだろう。
真希は素直に『意識』を開放したにすぎない。
紗耶香は『意識』を隠して常人を装う奴より、
今の真希の方が純粋に見えていた。
「これは謀反か?」
ミカは大混乱の中、必死に衛兵たちを統率しようとする。
しかし、虚を突かれた衛兵たちは、右往左往するばかりだ。
ミカ本人も状況が掴めない状態であるから、仕方のないことである。
「ミカ様!国王並びに妹君、御崩御!」
「Oh,My god!レファちゃんとダニエルちゃんは?」
「レファ様とダニエル様は、脱出されました!ミカ様もお早く!」
衛兵に促され、ミカは後ろ髪を引かれる思いで脱出する。
城内では暴れまくる真希を紗耶香が見守っていた。
真希はあきらかに殺戮を楽しんでいる。
紗耶香はそれを狂気で片付けてしまうのは、
あまりにも無粋なことであると思った。
広間の男女を皆殺しにした真希のところへ、
続々と衛兵たちが現れ始める。
「真希、衛兵だ!」
紗耶香は近くにあった太刀を拾った。
真希は槍を見つけて片っ端から刺し殺して行く。
力の強い真希のことであるから、
衛兵たちは次々に死体となって行った。
こうして真希と紗耶香が館を脱出すると、
上陸した圭と真里が駆けつけて来る。
「あははははは・・・・・・大勢殺したからね。
禍根が残ると困るから、熊襲は皆殺しにしよう」
真希は五百人の兵を連れ、片っ端から村を皆殺しにして行った。
困ったのが圭と真里だった。真希に命じられては断るワケに行かない。
仕方なく、二人も身近な各村を潰して行った。
「なるべく苦しまないように殺してやれ」
圭や真里は淡々と仕事をして行ったのだが、
真希は完全に殺しを楽しんでいる。
兵たちには若い娘を犯すことを奨励し、
生きたまま腕や足を切断する。
その行為は、虐殺以外の何でもなかった。
「これが『真希』なのか・・・・・・」
紗耶香は戦慄を覚えた。
阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、
真希は楽しそうに微笑んでいる。
紗耶香は配下の者に命じて、
熊襲の土蜘蛛を保護させた。
そうでないと真希は確実に、
熊襲の全員を殺すだろう。
「あはははは・・・・・・」
真希は嬉しそうに笑いながら、
逃げ惑う村人を斬り殺して行く。
彼女は女子供だろうが容赦せず、
平気で首を刎ねて行った。
今の真希を止めることは、
恐らく誰にもできないだろう。
紗耶香は茫然と真希を見つめた。
【ジェノサイド】
北九州を全滅させた真希は、
翌日になると南九州に攻め込んだ。
防戦するダニエルとレファとは対照的に、
日向のミカは降伏を申し出て来た。
総大将が真希であると判明したからである。
「真希、日向の王が降伏して来たぞ」
小高い丘の上で、紗耶香は戦況を見守る真希に言った。
昨日よりは落ち着いたものの、真希は殺戮をやめようとしない。
覚醒した『意識』は、確実に『真希』と同化しつつある。
本来であれば『意識』が暴走し、『真希』は別の人格として残るのだが、
このたびは、真希の中に『復讐』というものがあった。
それが『同化』を促していたのである。
「ミカ?」
真希が振り返ると、そこには蒼い顔をしたミカがいた。
相変わらず小柄であり、十年前と全く変わらない。
変わったといえば、いくぶんふっくらとして、
女性的な体つきになったことくらいだろう。
「お久しぶりです。日向は国を挙げて降伏致します。何卒、寛大な御処置を」
ミカは真希の前にひれ伏した。
すると、真希は背中の長太刀に手をやる。
紗耶香は反射的に真希の手を押えた。
一族の長が恥を忍んで土下座しているのだ。
しかも、無抵抗の少女を殺すのには忍びない。
「離せ!」
真希は紗耶香を突き飛ばすと、一気にミカを斬り殺した。
ミカは声を上げることもなく、即死したのである。
その場にいた誰もが戦慄を覚え、真希の表情に驚いた。
真希は泣いていた。『意識』は確実に『真希』と同化したのである。
「紗耶香さん、これは『復讐』なんだよ」
復讐に容赦もへったくれもない。
復讐が復讐を生むのは自然の摂理である。
それを阻止するには、根絶やしにするしかない。
皆殺しにしてしまえば、復讐する奴が現れないからだ。
安易な発想ではあるが、最も効果的な手段にちがいない。
「ひとみを失っただけで鬼になったか!」
紗耶香は真希を睨みつけた。
彼女は珍しく感情的になっている。
『意識』の覚醒を期待していたのだが、
それは想像を超えるものであったからだ。
真希を愛している紗耶香だったが、
同化した『意識』ごと受け入れることが、
今の彼女にはできなかったのである。
「これが・・・・・・あたしなんだよ」
真希はそう言うと手勢五百人を引き連れて日向に向かった。
彼女は日向の城に一万人を押し込めて火を放つ。
そして残った人々を殺して夕方には本陣に帰還した。
「真希、悪いのは薩摩の女王、ダニエルだけだぞ」
紗耶香は無駄だとは思いながらも、真希に意見してみた。
案の定、真希は紗耶香の話を無視している。
殺戮に快感を覚えることは無くなったものの、
真希は淡々と虐殺を繰り返していた。
全ての熊襲人を抹殺するまでは、
この殺戮をやめようとはしない。
「宮様ー!ダニエルを捕らえました!」
そう言って後手に縛ったダニエルを連れて来たのは、
組織化された最強の槍隊を率いる圭であった。
ひとみが爆死するに至った張本人であり、
紗耶香もこの女に関しては、別に同情もしていない。
真希はダニエルを見ると、長太刀に手をかけたが、
すぐに思い直し、圭に信じられない命令を下した。
「男達に犯させてみよ。何人で死んだか報告するように」
そう言うと、真希は手勢五百人を引連れ、
威勢良く混乱した薩摩に乱入して行った。
薩摩の住人を皆殺しにするためである。
真希は数百人の男を縄で縛ってつなげると、
不気味に煙を吐く桜島に放り込んでみた。
一般民衆に罪があるわけではない。
しかし、執拗な報復をする真希にとって、
罪の有無は関係なったのである。
結局、ダニエルは五百十六人目に死んだという。
こうして真希は敵を肥国に絞っていた。
「明日、肥国に総攻撃をかける」
真希は当然であるといった顔で言った。
この日の参謀会議で、最も嫌な役割を受けたのが圭だ。
これまで殺戮を行った地域をパトロールし、
生き残った者を殺して行く残党狩りである。
正に虱潰しだった。
「紗耶香さん、海賊に海上封鎖をさせて」
それは猫の子一匹逃がさない構えだった。
真希は本当に熊襲という国を
抹殺しようとしている。
彼女にとっての復讐とは、
根絶やしが基本であり全てだった。
熊襲全域に死臭が漂い、
そこは地獄のようである。
だが、こんな地獄にも入植者が現れ、
やがて何事も無かったように、
新たな楽園を築いて行くのだろう。
翌日、真希たちは肥国をジワジワと攻めて行き、
全員が城に入ったところで、火を放ったのである。
熱さに耐えきれず、城を飛び出して来た者は、
一人残らず真里たちの弓隊に撃ち殺された。
族長のレファは自決を指示し、自ら喉を突く。
「真希、終わったな」
紗耶香は殺戮が行われた大地を踏みしめた。
この土地では、復讐という名の虐殺が行われ、
十万人にも及ぶ異民族が全滅させられたのである。
「紗耶香さん、あたしがしたことは間違ってる?」
真希は真剣な顔で紗耶香に聞いた。
医学も儒教思想も浸透していない当時、
人間の命の価値は低いものであった。
『正義』というのは強さであり、
決して思想のように見えないものではない。
生き残るという現実が最優先され、
死ねばそこで全てが終わった。
「何が正しくて何が間違ってるか。そんなものは歴史が決めることだ」
紗耶香の言うことは正しかった。
勝てば官軍であり、負ければ逆賊である。
真希のように住民の全てを虐殺したとしても、
それは『退治』として片付けられるだろう。
「何にしてもだ。大王は正当化するだろうな。帰ろう」
紗耶香は真希の轡を握った。
【追放者】
大和に帰還した真希たち一行は、
知らせを受けた国民から大歓迎を受けた。
大王のつんく♂は、こんな結果になるとは思わず、
仕方なく真希を神格化して、事実を捏造したのである。
『真希は桃を食べて神になった』
桃太郎伝説は、かくして生まれたのであった。
「ようやったな。真希は大和の英雄やで」
つんく♂は無表情のまま言った。
その内心を理解できているのは、
全てを知る紗耶香だけである。
「まず、圭坊には出雲をくれたるで、真希と一緒に攻め落としや」
つんく♂はメチャクチャだった。
出雲は敵国であり、大和同様に、
鉄器も騎馬も使いこなす強国である。
事実上、次の戦を指示したのだ。
大和の大王に逆らえるワケもなく、
圭は今度こそ命の不安を感じている。
「次に、真里っぺやな。お前には相模をくれたる。あんじょうきばりや」
尾張・三河・遠江・駿河・伊豆・相模という東海道は、
それほど多くの敵対勢力こそ無かったものの、
真里の実力では尾張一国すら相手にできない。
真希の力を借りて制圧して行くしかないのだ。
「紗耶香には・・・・・・」
「私は真希宮様に、お仕え致します」
つんく♂は人脈の広い紗耶香に東山道
(近江・美濃・飛騨・信濃・甲斐・武蔵)
を単独で制圧させるつもりでいた。
しかし、紗耶香が先に言ってしまったので、
その計画は諦めることにしたのである。
まあ、出雲が制圧されることになれば、
最大の脅威である毛野は態度を変えるだろう。
着実に東征の準備が進んでいたのである。
「大王、私は体を壊しています。もう少し休養をください」
真希には自覚症状があった。
体が熱っぽく、髪が抜けたのである。
紗耶香も髪が抜けていたものの、
すでに小康状態に入っていた。
「あかん!お前は神やろが!兵は貸さんで、自分で何とかせえ!」
すでに、つんく♂は真希を娘だとは思っていない。
逆風に打ち勝つ逞しさを得た真希を失脚させるには、
もはや『日本武尊』の名前を先行させることしかなかった。
小心者の英雄潰しが始まったのである。
「真希、行こう。ここは、お前が帰って来る場所じゃなかったんだ」
紗耶香は項垂れる真希を抱き上げ、
淋しげに、どこかへと去って行った。
―――――― 復讐の大地・終 ―――――――
稚拙な物語を最後まで読んでいただいて、ほんとうにありがとうございまス。
後編は日本武尊の東征を描きたいと思っていまス。
また、どこかのスレをお借りして、書いて行きたいと思いまス。
コテハンは変えませんので、また、かわいがってください。
申し遅れましたが・・・・・・
◆KOSINeo. さん、小説総合スレッドに紹介頂いて、ありがとうございまス。
>>1さん、このスレを貸して頂いて、ありがとうございまス。
おかげをもちまして、ここに完結できました。
みなさん、ほんとうにありがとうございました!
お姉さんのスレから飛んできました!!
氏ね!!!
すいません!虐殺ものまずいっスか?
実際は熊襲も隼人も、住民は虐殺されてません。
『日本書紀』と『古事記』からヒントを得たんスけど、
こういった類はまずいんスか?
後編は、もっと悲劇が起こるんスけど・・・・・・・
>110:ブラドックさん
御脱稿おめでとうございます。お疲れ様でした。
後編にも期待しています。
ありがとうございまス!レスつくと嬉しいっス!
後編は構想中っス。今度はアネキみたいに、綿密に考えたいと思いまス。
将来、物書きになりたいっス。とりあえず、今はアネキの書き方の研究っス。
また試験にかかるかもしれないっスけど、日本武尊は完結させたいっス。
よろしくお願いしまス!
うわぁ!このスレ、残ってたんスね。アネキのところへ遊びに行ってました。
月曜日はサボりました。オフクロに怒られたっスけど、アネキに書いたものを見てもらって・・・・・・
また書いていいっスか?続編なんスけど。
書かせていただいて宜しいっスか?
もし、都合が悪ければ、いつでも中止しまス。
前編の悪役はダニエルでしたが、後編は安倍さんなんで、
なっちヲタの方は読まない方がいいかもしれないっス。
何でなっちが悪役になるのかというと苗字なんス。
オレ、ゴマヲタっスけど、なっちファンっス。
本当は悪役にしたくなかったんスけど、
どうしても『安倍』の苗字が必要だったんス。
あの童顔で可愛らしい安倍さんを悪役にするのは、
すごく苦労したっス。
なちヲタのアネキがGOサイン出したんで、
書いてみようと思いました。
【殺戮列島】
《病身》
大和の英雄となった真希を疎んだ小心者の大王は、保身に走って我が子を見捨てた。
名目上は東国の平定を命じたのだが、実質的な追放に他ならない。
僅かの兵も与えず、敵対する国家を従属させろというのだから、
ほぼ『死ね』と言っているに等しいことだった。
土蜘蛛の呪い(放射線障害)は真希の体を蝕み、確実に衰弱させている。
その証拠に、すでに真希は、馬に乗ることすらできないのだった。
体の節々が腫れ(リンパ節肥大)、手足を動かすと激痛が走るのである。
真希には一刻も早急な治療が必要だった。
「大丈夫か?真希」
私は真希を背負い、馬に跨って浪速を目指した。
浪速の和泉の宮は、真希の治療にちょうどよい。
直射日光が差し込まないので、真希にとっては楽なのだ。
土蜘蛛の呪いを解くためには、直射日光を避けて海草を食すとよい。
古くから土蜘蛛に語り継がれる言い伝えであった。
「そこの峠を越えたら浪速の国だ。ここらで休憩しよう」
真希は発熱しており、その熱で私は汗だくになっている。
水分の補給と、真希の体を冷やす必要があった。
私は峠の中腹になる泉の前で馬を休め、持っていた器で水をすくう。
まず、熱がある真希に、たっぷりと水を飲ませ、続いて私が喉を潤した。
「うっ!鼻血だ・・・・・・」
真希は自分の顔を押さえた。
土蜘蛛の呪いは、血を固まりにくくする。
そのため、ちょっとのぼせただけで鼻血がでるのだ。
面倒なことに、一旦出血すると、なかなか血が止まらない。
私は止血効果のある木の実を解したものを差し出した。
鼻血の場合は、これを鼻に詰めておくとよい。
「ありがとう。顔を洗っちゃうよ」
真希は泉の水に手を伸ばした。
その瞬間、彼女は悲鳴を上げて頭を抱え込む。
私は何事かと思って真希を抱き締めた。
真希は何かに怯え、あきらかに動揺している。
「真希、どうした。真希!真希!!」
私は泣き始めた真希を抱き締めて怒鳴った。
真希は驚いて泣いていたようだったが、
私が背中を叩いてやると、次第に落ち着いてくる。
何で真希が動揺したのか私には分からなかったため、
彼女に理由を訊いてみることにした。
「紗耶香さん、髪の毛が・・・・・・」
そう言うと真希は再び号泣を始めた。
真希は土蜘蛛の呪いのお陰で、頭髪が抜け落ちてしまっている。
年頃の娘にとっては、さぞ辛いことに違いない。
あの紫の光線を浴びると、髪が抜けてしまうのだ。
「心配するな。髪はまた生えてくるさ」
私は真希の首筋に水を垂らした。これで、かなり体温が低下することだろう。
このまま高熱が続くようだと、脳膜炎になって障害を起すかもしれない。
だから、真希が寒がっても、確実に体を冷やしてやる必要があった。
私は再び真希を背負うと、待たせていた馬に飛び乗る。
すると、馬は坂道をゆっくりと登りだした。
「真希、大和の国だ。これが最後になるかもしれないぞ」
私は峠の頂きから大和の全景を真希に見せた。
すると真希は生まれ故郷の大和を見ながら、
とても辛そうに溜息をついたのである。
ここは真希が生まれ育った国だったが、
もう彼女が戻ってくる場所ではなかった。
真希と私は確実に大和を追われたのである。
「紗耶香さん、もう疲れたよ。どこかで死なせて」
病身の真希は、かなり弱気になっていた。
最愛のひとみを亡くし、自らも病気に罹っている。
どう間違っても希望的な未来は見えてこない。
このままどこかに放置すれば、真希は確実に死ぬだろう。
その方が彼女にとっては楽なのかもしれない。
しかし、私には真希を納得させてから殺す義務感があった。
「必ずよくなるさ」
絶望を連想させる真希の溜息を感じながら、
私は和泉の宮へ馬の鼻を向けた。
《和泉の宮》
和泉の宮に到着する頃になると、真希の容態は一段と悪化していた。
馬の歩みの振動すら辛いらしく、私の背中にしがみついて唸っている。
すでに太陽は水平線に隠れ出しており、新緑の木々をアンバーに染めていた。
「何者だ!」
警備の兵士が飛び出して来て、私たちの行く手を遮った。
和泉の宮は大和発祥である太陽信仰の社であり、
神官は大和大王一族の者と決まっている。
神官に何かあったら困るので、浪速兵が警備していた。
「私は吉備の市井猿楽紗耶香比売である。こちらは後藤宮真希比売様なるぞ」
「げげー!大和の姫様!たいへんだァァァァァァァァァー!」
兵士は凄まじい勢いで洞窟に飛び込んで行った。
熊襲に行くとき、真希たち一行が立ち寄ったものの、
あの時は事前に立ち寄りが予想されていた。
しかし、今回は何の前触れもなく現れたので、
警備兵たちも仰天してしまったのである。
やはり、宗国である大和の姫様ともなると、
この地ではトップである浪速国王の比ではない。
「真希ちゃん?」
神官である美喜が洞窟から飛び出して来たので、私は真希を馬から降ろして抱き上げる。
グラマラスな真希は重かったのだが、今では幼い子供のように軽かった。
「そんな!」
そんな変わり果てた真希を見て、美喜は思わず眼を剥いた。
あれほど元気だった真希を知る美貴にはムリもないだろう。
私は馬の轡を警備兵に預けると、あえて美喜に微笑む。
真希の容態は予断を許さない状態だったが、
美喜に余計な心配をかけたくなかったからだ。
「土蜘蛛の呪いにやられた。暫く厄介になるぞ」
私は真希を抱いて洞窟内の屋敷へ向かった。
実質的に大和を追い出されたとはいえ、
真希は紛れもなく大王の娘である。
それなりの待遇が必要なので、
美喜は最上の部屋に真希を寝かせた。
真希の意識は高熱で混濁していたが、
あるていどの状況は把握しているようだ。
「美喜・・・・・・ちゃん、・・・・・・ごめんね」
真希は辛そうに薄目を開けて美喜を見た。
美喜は瀕死の真希を見て眼に涙を貯めて行く。
美喜にしてみれば、従姉妹のひとみが死亡し、
それでなくてもショックを受けていた。
真希の最期を看取ることにでもなれば、
彼女は寝込んでしまうと思われた。
「美喜、真希の面倒を看てやってくれ。私は食料の調達に行ってくる」
私は馬を走らせ、海岸までやって来ると漁村に入って行った。
すでに夕餉の時刻であり、各家からは煙が立ち昇っている。
私は迷わず村長の家に飛び込んだ。
「お前が村長か?私は吉備の市井紗耶香比売だ」
海産物を一手に取り仕切る市井家であるから、
浪速の片田舎の漁村でも知らないワケがない。
案の定、村長は私が誰だか分かると土間で跪いた。
「へへー!これは市井様。こんな村に何の御用で?」
私は別に跪いてもらいたいワケではなかったが、
海人の多くは、市井家の私に対して従順である。
話を聞いてみると、この村からも熊襲へ渡る舟を供出していた。
私はその節の礼を言い、村へ来た理由を告げる。
「土蜘蛛の呪いを受けた者がいる。海草類と蝦蛄を和泉の宮まで持ってこい」
真希は魚が嫌いだったものの、海老が大好物なので、蝦蛄も食べられるだろう。
土蜘蛛の呪いを解くには、母なる海の恵みが必要だったのである。
「それはお気の毒に。ようがす!若い衆に届けさせましょう」
村長は私の要求を快く引き受けてくれた。
こういったところで、私は人脈の大切さを痛感する。
私は村長に用件を伝えると、再び馬に乗って和泉の宮へ向かった。
やはり、置いてきた真希の容態が心配だったからである。
真希は食が細くなり、みるみる痩せて行った。
体の抵抗力がなくなり、あちこちに腫物ができている。
すぐそこにまで、『死』が迫って来ていた。
何とか食べられるようになれば良いのだが。
「真希、体を拭こう」
私は真希の着物を脱がし、体を拭いてやることにした。
以前は豊満だった胸も、今では見るかげもない。
肋骨が浮き出る胸は、女性的な魅力などなかった。
棒切れのように細くなった手足は、まるでミイラのようである。
(せめて髪でも生えてくれば)
私は悲しくなって真希の頭を撫でた。
すると妙な抵抗感があるではないか。
薄暗い部屋の中で気付かなかったが、
真希の頭には髪が生えかけていたのである。
「真希、触ってみろ。髪が生えてきたぞ」
「ええっ?」
真希は慌てて自分の頭を触った。
自分の手で毛髪を確認した真希は、
一気に眼の輝きが増して行く。
これまで生気がなかった顔も、
赤みがさしてきたような気がする。
「あはははは・・・・・・生えてきた。紗耶香さん!」
真希は私に抱きついて号泣した。
心をズタズタに引き裂かれた真希は、
女の命でもある髪まで無くしてしまい、
本当に生きる気力を失っていたのだろう。
だが、諦めていた髪が蘇ったことで、
真希自身に希望が見えてきたのだ。
「良かったな。真希」
私は真希を抱き締めた。
《帰還》
希望を取り戻した真希は、徐々に食欲が出てきた。
海草や蝦蛄、蛤などの海産物を使った粥を食べ、
真希は見る見る回復し、健康になってゆく。
粥の名人でもある美喜が料理するので、その味は絶品である。
私も微量ではあるが、土蜘蛛の呪いを受けていたので、粥をご相伴した。
磯の香りと塩味がマッチし、その味は格別である。
「こいつは美味いな。さすが美喜だ」
私が褒めると美喜は恥ずかしそうに微笑んだ。
もう真希は『死』の危険などなかった。
しかし、土蜘蛛の呪いの怖いところは、
後になって出てくることもある。
完治したと思って油断していると、
数年後に再び発症してしまい、
助からないケースも少なくなかった。
「真希、力を回復させないとな」
真希は健康になって行ったものの、
まだ以前のように長太刀を使うほど
全体的な体力は回復していない。
真希が真希であり続けるためには、
筋力のトレーニングも必要である。
長太刀が自在に使えるようになってこそ、
日本武尊の完全な復活なのだった。
「紗耶香さん、明日から長太刀の稽古をするね」
真希はとても嬉しそうだった。
ここへ来て、すでに半年になる。
真希の髪は耳が隠れるくらいまで伸びていた。
これはこれでボーイッシュなので可愛いのだが、
やはり、真希は外に出るのを拒んでいる。
外にいるのは兵士といえど、立派な男たちだ。
きっと、真希の乙女心が許さないのだろう。
そんな真希を見ながら、私は思わず微笑んでいた。
「ところで、これからどうする?」
私は真希に今後もことを聞いてみた。
真希がどこかでひっそりと暮らしたいのであれば、
私はどこまでも付き合おうと思っている。
しかし、真希と同化した『意識』が黙ってはいない。
真希は殺戮者なのである。
「出雲を征伐する!」
真希は信念を持って決心した。
だが、それは殺戮者としての欲求にすぎない。
この欲求をコントロールできるようになれば、
戦の天才と言われるようになるだろう。
「真希、それなら、私の家で兵を集めよう」
私は真希を連れて自宅へ向かった。
情報によると圭はその勢力を二千人にまで拡大しており、
吉備政府も一目置く存在になっているらしい。
真里も周辺の土蜘蛛を説得し、千人近い兵力になっていた。
しかし、出雲は熊襲と違って、鉄器も騎馬もある強国である。
正面から攻めて行けば、一万人くらいの兵は繰り出して来るだろう。
そうなれば、倍の二万人は用意しなければならない。
「紗耶香さん、出雲は強い国だよ。熊襲とはワケが違う」
真希は不安を漏らした。熊襲以上の作戦が必要なのは言うまでもない。
私でも人脈を駆使したところで、四千人程度を集めるのが精一杯である。
兵法を駆使したとしても、野戦で引き分けるのが関の山だった。
私は色々なことを考えながら、自宅へと入って行く。
「とりあえず、圭と真里にも話をしよう」
出雲攻略後は、圭が女王になって大和傘下に入る。
これまで山賊だった家来たちは、国を持つことが悲願だった。
私が馬をつなぐと、下男たちが飛び出して来る。
「紗耶香様じゃ!」
「紗耶香様のお帰りじゃあー!」
「おお!桃尻娘も一緒じゃ」
家の使用人たちが、私と真希を見て声を上げた。
考えてみれば、もう二年近く家を空けている。
私がいなくても、市井家の仕事に支障はない。
すでに流通システムが確立していたからである。
私たちの帰還を知った圭と真里は、真っ先に駆けつけた。
圭としては出雲攻略のパトロンとして真希が必要だったし、
真里たち土蜘蛛にしても、悲願である王国建設のためには、
絶対に私たちが必要なのである。
「二人の帰還を祝して、かんぱーい!」
圭の音頭で祝賀パーティが始まった。
打楽器と笛による生演奏が始まると、
土蜘蛛の連中がアクロバットを披露する。
普段は無口な真希も、今日ばかりは盛り上がっていた。
佳境に入ると、私と真希、圭の三人で即興の歌を披露する。
動きが激しいだけに、真希の体が心配だったものの、
即興の『少々愛(ちょこっとLOVE)』は大盛況の内に終わった。
「疲れた。ちょっと中座するぞ」
私は自室に引き揚げ、休憩を摂ることにした。
すると、背後から小さな影がついてくる。
その影は私が自室に入ると抱きついてきた。
「紗耶香・・・・・・」
小さな影の正体は真里だった。
彼女とは、もう八年も愛人関係を続けている。
真里は私より一歳年上だったが、八年前、ムリヤリ関係を持った。
それ以来、土蜘蛛の頭領である真里は、私の愛人となったのである。
そんな真里もすでに二十歳を過ぎ、後継者を産む必要があった。
しかし、彼女にはそんな気持ちはなく、私を求めてばかりいる。
「真里、そろそろ後継ぎを産む頃じゃないか?」
私の話を聞こうともせず、真里は体を押し付けてくる。
もう二年近くもご無沙汰なので、彼女は私に抱かれたいのだ。
私は真里のそういった一途なところが気に入っている。
彼女の服を一気に剥ぎ取ると、恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
やはり、一族の頭領ともなると、責任が重いのだろう。
気が強いふりをしているが、本当は普通の女なのである。
「大人の体になったな」
私は真里を寝所に押し倒し、愛撫しながらキスをした。
真里は、こういった乱暴な愛撫が大好きである。
そして私は彼女の甲高い喘ぐ声を聞くと、
いつも歯止めが利かなくなってしまう。
私たちはこうした関係が長く続かないことを理解していた。
なぜなら、私は真希のために結婚を諦めたし、
真里は後継ぎを産むのが使命だからだ。
だからこそ、残された時間の中で愛し合い、
互いに求め合っていたのである。
「男に抱かれるなんて嫌!」
真里は私に抱きついてベソをかいた。
私にしても、真里が薄汚い男に蹂躙されると思うと、
居ても立ってもいられなくなってしまう。
最初は強引に真里と関係を持ったが、
今では大切なパートナーになっていた。
私の胸に顔を埋める真里の鼓動が聞こえる。
彼女は三度も絶頂を迎え、意識が朦朧としていた。
私は心地よい疲労感の中におり、とても幸せである。
真希さえいなければ、こういった関係を一生続けていけたと思う。
「真里、そろそろ自分のことを考えるんだ。結婚しろ」
私がそう言うと、真里は泣きそうな顔で見つめた。
私は真里のこういった顔に、からっきし弱い。
この顔で何かをねだられたら、二つ返事で与えてしまう。
真里にしてみれば、私を放したくない一心で、この顔をしたのだ。
「嫌。紗耶香とは離れたくない」
真里は背骨が音をたてるほど、強く私を抱き締めた。
私には彼女との関係を続けるのが辛いのである。
真里は私が知りうる中で最高の女だった。
しかし、私には真希がいる。私が一番愛しているのは真希なのだ。
真希と私とは体の関係にはなっていない。
いわば純愛であるのだが、その気持ちが真里を遠ざけてしまう。
真希さえいなければ、私は真里と一緒になっていたかもしれない。
どこかで私の呪術と真里の弓を活かし、生きて行くに困ることはないだろう。
「真里・・・・・・」
私は久しぶりに真里の体に溺れ、時が経つのを忘れた。
《戦の前》
翌日、私は人脈を駆使して兵を集める号令を出した。
同時に可能な限り馬を集め、騎馬隊の組織を考えてみる。
圭たちの長槍部隊と真里たちの弓部隊は、大きな戦力になっていた。
更に私が騎馬隊を率いて敵を掻き乱せば、野戦での勝利は確実である。
しかし、問題は肝心の馬がどの程度集まるかだった。
たった百騎ばかりでは、何の意味もないからである。
私は最低でも五百騎以上は集めたかった。
「真希、出雲に使者を送ろう。まあ、簡単に降伏などしないだろうが」
こういった手順は必要だった。
何の手順も踏まず、いきなり攻め込んだりしたら、
確実に侵略者扱いされ、その後の内政にも影響する。
まして、今回は大和の名前で攻め込むのであるから、
決して落ち度があってはならなかったのだ。
「使者の帰りを待たないで、山城まで進もうよ」
真希の計画は電撃作戦である。
夜のうちに極秘で兵を出発させ、
使者は山城で待ち受ける。
当然、断ってくるだろうから、
間髪入れずに攻め込むのだ。
そうすれば、敵は準備する間もなく、
一気に懐深くまで攻め込まれてしまう。
漏れた拠点などは、後から潰して行けばよい。
「宮様、それなら良い作戦があります」
真里が古くから土蜘蛛に伝わる狩法を話した。
勢子を用意し、獲物を拠点に追い込み、
そこで待機していた弓隊に攻撃させるものである。
「面白いね。やってみようよ」
真希は笑顔で乗る気になっている。
出雲の通常兵力は五千人程度であり、
戦になると領民を動員して一万人程度になった。
問題は通常兵力の五千人なのである。
これを半分にさせられれば、後は烏合の衆だ。
その意味でも真希の電撃作戦は効果的だろう。
「そうだな。まずは頃合を見計らって使者を送り、すぐに出発する」
私は普通に攻めたら決して勝てない出雲を、
みんなの知恵で攻略することに喜びを感じた。
真希を筆頭に圭と真里、そして私の四人。
この四人は互いに信頼で結ばれており、
最強の軍団を持っていたのである。
この関係は絶対に壊したくなかった。
兵を集めるのには時間がかかるものである。
これまでの経験から行くと、千人の兵なら半月、
四千人なら一月以上はかかってしまうのだ。
儀を感じて好意で集まってくれる者たちなので、
期限を指定することは不可能に違いない。
しかも、今回は馬を集めているので、
時間を計算することは困難だったのである。
「これまでの馬の数を報告しろ」
私は兵が千人ほど集まったところで、家の者に命じた。
すると、まだ二百頭しか集まっていないことが分かった。
この調子で行けば、三百頭くらいが限界のようである。
たった三百頭では、思ったような戦法がとれるかどうか心配だ。
「もっと馬を集められないか?」
私は家の者を総動員して奔走させてみたが、
やはり馬は希少であり、なかなか手に入らなかった。
真希が復帰後の大切な戦であるため、
私は何とか安全策を採りたいと思っている。
ここで手痛い敗北を喫した場合、
私の動員能力にも影響するからだ。
「紗耶香様、面白い話を聞きました」
下男が情報を仕入れて来たので、詳しく話を聞いてみる。
私は海運だったが、陸運で儲けている者がいるそうだ。
しかも、多くの馬を保有しているらしい。
私は吉備の役人を通じて陸上流通のボスを紹介してもらい、
直接乗り込んで交渉に臨んでみることにしてみた。
どんな男かと思っていたら、意外なことに若い女である。
その静かな語り口から、かなりの有識者であると思われた。
「あなたが噂の紗耶香さんね」
彼女の名前は石井里佳比売(いしいのりかのひめ)という。
東海道から山陽道の短距離流通をメインに商売する女である。
山賊対策のために武装集団を持っており、敵にしたくない人物だ。
噂では千頭の馬を持っていると言われており、何とか拝借したいものである。
「早速なんだが、馬をお借りしたい」
私が単刀直入に話し出すと、彼女は真剣な顔で聞いていた。
そして話を聞き終わると、困ったように首を傾げる。
事情が事情だけに、詳しい話をするワケには行かない。
流通関係の女に喋ったら、翌日には毛野にも話が伝わっているだろう。
そんなことになったら、出雲征伐が水の泡になってしまう。
「だって、海路も数が減るんでしょう?海賊や漁民まで動員するんだから。
ここが儲け時じゃないの。残念だけど、馬を貸すことはできないわ」
さすがに商売人だけあって、儲けるチャンスに目敏い。
こういったチャンスをモノにする者だけが生き残るのだ。
それは今も昔も同じことである。
やはり、商売に必要なのは冷静で早い判断なのだ。
うすのろは判断が遅れるため、決して商売では成功しない。
「そう来ると思った。そこで相談なんだが、牛を用意できるんだ。
牛の方が餌代はかかるけど、馬力が違うからな。どうだろう」
私は予め用意していた妥協案を提示してみた。
牛は農家に行けば腐るほどいたのである。
特に、田植えが終わったこの時期には、
牛はあまり必要ではなくなってしまう。
農家にしてみれば、餌の面倒さえみてくれたら、
無償で貸してくれる家がほとんどだった。
「うーん・・・・・・牛の馬力は魅力だわ」
牛の歩みが遅いというのは大きな間違いであり、
それなりの速さで移動することは不可能ではない。
ただ、牛は人が見ていないとサボるクセがあるので、
たまに鞭をくれてやるくらいが好ましいのだ。
「馬を五百頭。どうだろう」
「いいわ。だけど、牛を六百頭よ」
この女もしたたかである。
牛という動物は、馬の倍は馬力があった。
単純に計算して、同数で倍の輸送が可能である。
それに更に色をつけろというのだから、
彼女は本当の商売人なのであろう。
こうして八百頭の馬を確保した私は、
早速、騎馬隊を組織して訓練を始めた。
騎馬隊の強みは何といっても機動力である。
移動する敵に角度をつけて当らせるのだ。
更に、小集団を粉砕してまわるのには好都合である。
こういった特徴を把握し、作戦を考えていった。
「さあ、そろそろいいかな。真希、出雲の小娘に親書を送れ」
私たちは出雲に使者を送ると、その晩のうちに浪速まで兵を進めた。
昼間は木陰で休み、夜になると移動するパターンである。
そうすることによって、兵の移動を察知されないように工夫したのだ。
暑い季節では、こういった移動作戦を採ると、兵の疲れ方が違う。
こうして山城の宇治という場所まで来ると、ボコボコにされた使者が戻ってきた。
その状態を見ただけで、出雲は抗戦の構えを見せたことが分かる。
「予定通りだね。あたしは南東から攻め込むから、圭ちゃんと真里さんは南西に陣を張っておいて」
真希の作戦は、実に緻密だった。
南東方向から雁行の陣で攻め込むのだが、
機動力のある騎馬隊を端に配置している。
真里の希望で千人の足軽を彼女たちにつけているので、
私たちは三千人の兵力だった。
139 :
ドイツ、ポーランドに侵攻:02/06/30 01:15 ID:ys8LxNWr
この女はヒットラー二世だ!!
初めてのレス!ありがとうございまス!
読んでくれているんスね!
もう、感激っス!
どうしてもオレはゴマヲタなんで、
最近あまり書かれなくなった、いちごまでイキたいっス。
後編は前編より少し長くなりますが、
最後までお付き合いいただければ嬉しいっス!
《出雲》
出雲では高飛車な使者にヤキを入れ、兵の招集を始めていた。
早速、対策会議が開かれ、重鎮たちが城の大広間に集まりだす。
女王である高橋福井愛比売(たかはしふくいのあいのひめ)は、
錯綜する情報を処理するのが精一杯の状態だった。
「何かええことはないかの」
愛は大広間の最上段で溜息をついた。
これまで浪速や吉備と小競り合いはあったものの、
本格的な戦の経験は、ここの全員が皆無だったのである。
彼らのパトロンである毛野王国は極東にあるため、
援軍を送って来るのに最低でも数ヶ月はかかるだろう。
北陸や濃尾平野の部族に援軍を求めたところで、
狡猾な彼らは日和見を決め込むに違いない。
「面白い情報が入って来たべさ」
そう言ったのは、毛野王国から軍師として派遣されていた安倍という女である。
彼女は呪術や祈祷を操り、結界を張って守備することを得意としていた。
風水や森羅万象をきわめており、それと兵法を組み合わせる大学者でもある。
小心者の割に激昂しやすいタイプなので、その扱いには神経を使う。
「何?言ってみて」
「敵の総大将は、後藤宮真希比売らしいべさ」
「や・・・・・・日本武尊じゃてェェェェェェェェー!」
後藤宮真希比売=日本武尊と聞いて、その場の全員が凍りついた。
あれだけ繁栄した熊襲一国を皆殺しにした恐ろしい人物だからである。
まだ十代の娘だったが、天才的な作戦能力と悪魔のような残忍さで、
古今東西、知らぬ者はいないほど有名な武将だった。
「今から謝っても、許してもらえんじゃろうね」
愛は完全に弱気になっている。
他のどんな武将が来たところで、
出雲の軍事力であれば闘えるだろう。
しかし、相手が日本武尊だと話は別だ。
「謝る必要はないべさ。情報によると、今回は大和は勿論、浪速や吉備も協賛してない。
恐らく、従ってるのは狛犬とチビくらいっしょ。日本武尊を斃す絶好の機会だべさ」
安倍には自信があった。
出雲の兵招集能力は群を抜く。
僅か半月で予備役の五千人を集められたからである。
使者が戻ってから敵が攻めて来るまで約一ヶ月。
その間に出雲は一万の兵力になっている。
そうすれば、半数程度の敵など簡単に駆逐できるのだ。
もし、野戦で負けたとしても、篭城してしまえば手も足も出ない。
「本当に大丈夫じゃろうね」
「問題は側近の猿。紗耶香だべね。人脈が豊富だし」
安倍は誰よりも紗耶香を警戒していた。
その人脈と兵法を極めた能力は、安倍に勝るとも劣らない。
安倍にとっては真希よりも怖い存在であった。
安倍が強気の発言をした後、重鎮たちは議論を重ねた。
何が得策であるか、どうすれば出雲を守れるか。
それを基本に、勝ちに行く話へと進展して行った。
軍師としては絶対的な信頼のある安倍が光明を齎したのだから、
それに応えるべく、重鎮たちは兵の配備などの話を始める。
「ところで、お腹がすいたべさ。何かあるべか?」
安倍は優秀な軍師だったが、食に意地汚いところがあった。
呪術や祈祷を行う者は、魚肉を食らわないのが普通である。
そうすることによって、トランス状態を維持できると信じられていた。
だが、栄養学的な見地からいえば、良質のタンパク質の摂取こそ、
精神的にも有効であることが立証されている。
元来、生物は肉食が圧倒的に多い。
草食である方が稀であり、特異な進化を遂げた証拠である。
雑食である人間は、肉食から進化した生物なのだ。
戦前の日本はタンパク質が不足している食習慣を継続していたため、
世界有数の短命国だったことは有名である。
戦後、欧米の食文化が入って来ると、平均寿命は飛躍的に延びて行く。
医学の進歩もあったのだが、食生活の変化が長寿国になった最大の要因なのだ。
「焼肉くらいしかないよ」
半島系弥生人の彼らは、牛を食べていた。
海産物や羊、馬も食べるのだが、やはり牛を多く食している。
普段はクッパやナムルといった植物系のものを多く食べていたが、
今は簡単な焼肉しか用意できなかったのである。
「焼肉、大好きだべさ」
安倍が山葡萄汁を飲みながら焼肉を食べていると、
愛も合流してタンやカルビに舌鼓を打つ。
やがて、作戦会議を中断して、みんなで焼肉を食べていた。
ついに肉がなくなり、城の厨房では新たに牛を屠殺する。
新鮮なレバ刺が来ると、全員で奪い合いが起きた。
「次は骨髄を食べよう」
愛は侍従に骨髄を注文する。
すると安倍が眼を剥いて首を振った。
何事かと全員が安倍に注目する中、
彼女は大声で怒鳴った。
「狂牛病になるべさァァァァァァァー!」
「大丈夫、うちの牛には肉骨粉なんて食べさせてない」
「本当だべね?真面目な酪農農家が、農協の餌で困ってるんだべよ。
農協は責任をとるべきだべさ。雪印だけに責任を転嫁してるっしょ」
安倍は興奮気味に言った。
まあ、食べる立場からすると、安全で美味しければいい。
そういった商品の値段が高くなるのは致し方ないことであり、
これからは、安全も買う必要があると認識する安倍だった。
「焼肉はもういいべさ。ユッケジャンクッパが食べたい」
安倍は最後にクッパを要求した。
しかし、厨房には炊いた米やユッケジャンがない。
そのことを侍従が安倍に伝えると、彼女は激昂して暴れ出した。
「ユッケジャンクッパを持って来るべさァァァァァァァァー!」
安倍は火鋏で侍従に火の点いた炭を投げつける。
驚いて逃げ回る侍従を、今度は金網をフリスビーの要領で狙った。
侍従を外れた金網が壁に突き刺さり、その場の全員に戦慄が走る。
これこそが、安倍の食に対する執着だった。
東国の片田舎で育った彼女は、ひもじい思いとは無縁である。
それなのに、必要以上に食べ物への執着を持っていた。
「わわわわわ・・・・・・分かりましたァァァァァァー!」
侍従は近所の家を手当たり次第に駆け回り、
ようやくユッケジャンと炊いた米を手に入れる。
そして急いで厨房で料理させ、安倍の待つテーブルに持って行った。
安倍は念願のユッケジャンクッパを見ると、嬉しそうに食べ始める。
「うーん、美味しいべさ」
安倍に笑顔が戻ると、全員が安心して食べるのを再開させる。
優秀な軍師であるが、意地汚くて我儘な女。それが安倍だった。
146 :
yyy:02/07/01 15:39 ID:q12LKhir
yyyy
《快勝》
私たちは夜が明けきる前に国境へ達した。
ここらへんの山には、出雲の関所があるはずだ。
私は土蜘蛛の情報係に場所を調べさせている。
ここでの停滞は、その結果を待っている状態だった。
「紗耶香さん、篭城されると面倒だね」
真希は少し不安そうに言った。
確かに要塞でもある出雲女王の城に立て篭もられると、
七千程度の兵力では手も足も出なくなってしまう。
「だから、一気に壊滅させてしまってはいけないんだ。
有利に闘っていても、ある時点で後退させる。
そうすれば、敵は後続部隊まで投入して来るぞ」
私は戦の駆け引きを教えるつもりだったが、
真希はその天才的な作戦能力を発揮する。
私も兵法には自信があったのだが、
真希の決断の早さと正確さには及ばない。
「騎馬隊は温存しよう。紗耶香さんたちは、関所を潰して」
関所は数箇所に点在するだろうが、その兵力はたかが知れている。
千人の兵力があれば、簡単に全滅させられるだろう。
しかし、これを無視して攻め込んだ場合、
最悪は退路を断たれる危険があった。
細い山道の場合、少人数でも充分に守れるので、
背後の敵は完全に潰しておく必要がある。
「真希、たった二千の兵で大丈夫か?」
出雲の通常兵力は五千人に達する。
だが、その全部が城にいるわけではなく、
関所に千人は裂いているだろうし、
城の守備専門兵も存在していた。
つまり、侵入者に対応するのは、
せいぜい三千人程度だったのである。
敵も馬鹿ではないので、三千人を全員投入はしない。
多くても半数を投入して様子をみるだろう。
ここで崩れたようにみせかければ、
残った兵を繰り出して来るのだ。
「あたしは野戦で負け知らずだよ」
確かに真希は、四国での内乱介入や吉備でのクーデターに参戦し、
どの戦においても、ことごとく勝利をおさめている。
しかし、今回の敵は騎馬も鉄器もある強国であるし、
優秀な部隊指揮官だったひとみや、軍師の裕子はもういないのだ。
私は一抹の不安を感じたが、真希の天才的な能力を信じることにする。
「夜が明けてきたよ。攻め込むぞー!」
真希は二千の兵を率いて、出雲国に攻め込んで行った。
その直後に土蜘蛛から情報が入り、私は関所攻めに取り掛かった。
私は山頂にある関所を攻め落とし、そこから戦況を見守ることにした。
真希たちが攻め込んで付近の村に放火すると、驚いた出雲兵が迎撃に出てくる。
しかし、ことごとく真希たちが血祭りにあげ、楽勝ムードが漂う。
「紗耶香様、残りの関所はいかが致しましょう」
「お前たち五百の兵でやってみろ」
私は騎馬隊と共に、いつでも出撃できるようにして、戦況を見守っていた。
やがて、城からまとまった兵が出て来ると、真希たちは崩れたように見せかける。
そのタイミングといい、崩れ方といい、真希は天才だった。
頃合良しと判断したので、私は騎馬隊を連れて山を駆け下りて行く。
そして敵の背後を抜け、敵と城の中間に位置する。
これで敵の退路を断ったわけだ。
「敵は総崩れで逃げて来る。車懸かりの陣を!」
兵が多ければ広翼の陣を採れるのだが、
僅かに五百であるため、この陣形しかなかった。
やがて、真希たちに駆逐された敵が逃げて来る。
私の合図と共に百人づつが右回りに回転しながら、
一度接敵するたびに後続と入れ替わりながら、
我先に城へ逃げ込もうとする敵を弾き飛ばして行った。
「予定通りだ。こうも上手く行くとは」
私は予想外の成果に驚いた。
天才の真希が兵を操ったからこそ、
出雲兵は墓穴を掘って行ったのである。
退路を断たれて城に入れない出雲兵は、
仕方なく南西方向に逃げて行く。
その方向には、圭と真里が待ち構えていた。
私は敵がコースから逸れないように軌道修正してやる。
すると、敵は面白いように圭と真里の陣へ向かって行った。
私は真里が言い出した戦法を見るため、横の小高い丘に駆け上がった。
そこで私が見たものは、出雲軍が全滅して行く凄まじい光景である。
押し寄せる出雲兵を、真里は弓で狙い撃ちにしていた。
長い壕をこしらえ、その中には圭たち槍部隊が入っている。
その後方の高い場所から、真里たちが矢を射掛けるのだ。
遠くの敵は矢で蜂の巣にされ、接近した敵は槍の餌食となる。
瞬く間に敵兵の死体が折り重なって行った。
こうして真希たちが追いついた頃には、
敵は全滅していたのである。
「続いて城を攻めるぞ」
私たちは急いで敵城を包囲したものの、城守備兵の多さに仰天してしまう。
出雲では兵を集める速度が、並外れて早かったのであった。
せいぜい千人とまりだと踏んでいたものの、軽く二千人は存在していた。
「これでは攻略は無理だぞ」
出雲の城は聞いていたよりも堅固であり、
三倍程度の兵力で攻め落とせるものではなかった。
無理をすれば甚大な被害が出てしまい、今後が心配である。
「紗耶香さん、南西方向から火をかければ、敵は嫌でも出て来るよ」
真希の言うことは正解だった。
しかし、それをやってしまうと、出雲の人民に反感を買うだろう。
そうなると、民衆が真希を受け入れなくなってしまう。
出雲の後には相模まで平定しなくてはならない。
ここは別の手を考える必要があった。
「真希、ここは兵を引こう」
「そんな・・・・・・ここまでやったのに」
真希は不満そうに私を見上げた。
いくら不満でも、戦と政は違うのだ。
真希は戦の天才だったが、政には素人である。
「私に考えがある」
私は全軍に撤退を命じた。
《出雲攻略》
その少し前、出雲の城では大変なことになっていた。
最低でも一ヵ月後だと思っていた敵の侵入が、
どういうわけか僅か数時間後だったからだ。
それでも何とか常備兵を招集しており、
予備役兵も徐々に集まり出している。
城には五千程度の兵が入っていた。
「こここここ・・・・・・こんなに早く攻めて来るんだべか?」
安倍は仰天してひっくり返った。
うろたえる安倍とは対照的に、
女王の愛は冷静に指揮を始める。
さすがに女王が慌てては
兵にも動揺が伝わるからだ。
本当は悲鳴のひとつでも上げたい。
それが許されない立場を怨めしく思う愛だった。
「ただちに迎撃しなさい!」
村が焼かれていると知った愛は、
侵入者を撃退する命を下した。
次々と入って来る情報を吟味し、
愛は軍師である安倍の意見を聞く。
しかし、安倍は動揺しており、
全く話がかみ合わなかった。
「敵の数は二千程度じゃろ?簡単に駆逐できるよね」
「ろ・・・・・・篭城の準備をするべさァァァァァァー!」
「関所の兵で退路を断つんがええじゃろか」
「こ・・・・・・これやこの、行くも帰るも別れては、知るも知らぬも逢坂の関」
「テメエは蝉丸かァァァァァァァァー!」
軍師が動揺してしまっては、もはや戦どころではなかった。
出撃していった三千の兵は、一人として帰って来ない。
全て血祭りにあげられてしまったのである。
「敵がやって来ます!」
「仕方ない、門を閉めて!」
「お腹が痛くなってきたべさ」
安倍は蒼い顔をして右往左往するだけで、
いっこうに城兵を指揮しようとしない。
出雲の城は大掛りな創りとなっており、
付近の住民まで収容できるようになっていた。
それは篭城されたことに怒った敵によって、
付近の住民を虐殺されないようにとの配慮である。
「これで手も足も出ないじゃろ。この城を落とすには、二万人くらいじゃないとね」
愛は一安心して兵の状況を視察に出掛けた。
残された安倍は呪術を始め、出雲の将来を占う。
結果は悲惨なものばかりである。
小心者の安倍は、我が身の将来を占う。
「なっちは・・・・・・良かったべさ。助かるみたい」
こうなると、保身の知恵は際限なく働く安倍だった。
力攻めを諦めた敵は、必ず第二の手を使って来る。
日本武尊に潜入されては、どんな城でも落ちてしまう。
そうなったら、潜入される前に逃げ出すのが得策だった。
「城が落ちたら、女王は確実に殺されるっしょ。それから、武人の頭領も・・・・・・
問題はなっちだべね。軍師は・・・・・・殺されるべさァァァァァー!」
安倍の行動は早かった。
大した荷物は持っていないので、
土蜘蛛の格好をして脱出の機会を待つ。
土蜘蛛の姿をしていれば、敵にも味方にも怪しまれない。
小心者が保身に走れば、このくらいの知恵は浮かんで来る。
やがて、敵の兵が去って行くと、安倍は城の搦手(裏口)から脱出した。
忙しく矢を作る城の中では、安倍が脱走したことを知る者はいない。
こうして安倍は北陸道を抜けて越後から毛野へ戻ったのである。
「安倍さーん。おかしいな、誰か安倍さん知らんの?」
愛は安倍を探し、城の連中に聞いて回ったが、
誰一人として安倍のことを知る者はいなかった。
しばらくすると、安倍の部屋から書置きが発見される。
『出雲はもう終わりだべさ。なっちは毛野に帰るね』
この無責任な書置きに、愛は激しい憤りを感じる。
「軍師のくせに・・・・・・」
それから間もなく、見知らぬ二人の娘が城へやって来た。
どちらも出雲の領民らしい服装をしている。
村を焼け出された娘だと思った愛は、快く彼女たちを城へ迎えた。
「村を焼け出されたんじゃろ?話を聞かせて」
愛は二人を広間に呼んだ。
そして話を聞こうとすると、
眼つきの鋭い娘が話を始める。
だが、それは村の話ではなかった。
「女王様の剣は、なぜ紐で縛ってあるのですか?」
「これは、勝手に剣が出て来ないようにしてあるの」
「それでは、とっさの時には抜けませんな」
そう言うが早いか、娘は隠し持っていた剣で斬りつけた。
愛は抜群の反射神経で、娘の剣を受け止める。
しかし、受け止めた剣は鞘にささったままだった。
「ううっ!あんた誰?」
「日本武尊が家来、市井猿楽紗耶香比売!」
「何!」
愛が驚いて眼を剥くと、
魚顔の娘が突き掛かって来た。
その剣は愛の腹を深く貫く。
激痛の中で愛は悟った。
安倍はこのことを予知したのではないか。
だからこそ城を脱走したのではないか。
「剣は素早く抜けなきゃ使えないじゃん」
「あんたが日本武尊じゃろ?」
真希は笑顔で頷いた。
紗耶香は愛の剣を取り上げ、
最期の言葉を残すように言う。
出雲の女王である以上、
国民への指示は必要なのだ。
「日本武尊は最強の英雄・・・・・・国民は彼女に従うこと
・・・・・・方言抜けなくて・・・・・・ごめんね・・・・・・がくっ!」
愛が死ぬと紗耶香は彼女を抱き上げて、城の中を歩き回った。
真希は「我が日本武尊である」と言いながら人々を威圧する。
そして重鎮たちを大広間に集めると、真希は大声で言った。
「この日本武尊が出雲を制圧した。女王の意思により、私に従う者は助命する」
紗耶香は真希の言葉に我が耳を疑った。
熊襲を皆殺しにした悪魔のような真希が、
ここでは誰も殺さないと言っているのだ。
確かに真希の「意識」は覚醒したのである。
殺戮を楽しむ残虐な真希はどこへ行ったのだろう。
紗耶香がそんなことを思っていると、
兵を隠していた圭と真里が現れた。
「新しい女王を紹介する。保田狛犬圭比売だ」
真希が圭を紹介すると、ざわついて来た。
「何だ、若くねえな」とか「不細工だぜ」
といった声に混じり「いいかも」といった声も聞かれる。
すぐに祝いの宴が始まり、重鎮たちは新しい女王に忠誠を誓った。
再び紗耶香・圭・真希による『少々愛』が披露され、
割と平和に出雲平定が成功したのである。
《夜明け前》
出雲を征服した私たちは、その地で英気を養った。
休息の傍ら、内政にも眼を向けなければならない。
何しろ圭も政には素人であり、出雲の文官と私で、
急遽、政治指導を行ったくらいである。
圭は本当に不器用で、覚えることも苦手だった。
しかし、大切なことは木簡に書いておき、
寝所で覚えるまで復唱しているらしい。
その証拠に、翌日には全て暗記して来るのだ。
こういったところが、圭を好きになる理由である。
人の眼に触れない場所での努力は、
簡単にできることではなかった。
さて、真希はというと、真里に弓を教わっている。
土蜘蛛の弓は小型なので、洋弓に似ていた。
だが、普段は戦ではなく、猟に使う弓なので、
その命中精度や耐久性は素晴らしい。
「宮様は力があるんで、こっちの弓の方がいいと思います」
「もう、宮様なんてやめてよ。真里さんの方が年上なんだからさ。真希でいいよ」
相変わらず、真希に身分などという概念はなかった。
真里にしろ圭にしろ、一緒に闘ってきた仲間なのである。
親に捨てられた真希は、私たちが家族なのだった。
だからこそ私は真希が哀れであると思い、可愛いのである。
今の真希は最高に輝いている。本当に明るい笑顔だった。
「真希、真里が困っているじゃないか。こう言っちゃ何だが、真里の方が育ちが良く見えるぞ」
私が言うと真希は舌を出しながら走って来た。
天真爛漫な真希は、最近では民衆からも慕われている。
まるで熊襲の時とは、別人になったようだった。
それが何を意味しているのか、私の常識では知り得ない。
確かに熊襲の時は『復讐』という中で『意識』が覚醒した。
だから皆殺しといった暴挙に出たのだろう。
だが、出雲に関しては、我々が『侵略者』なのである。
「紗耶香さん、弓の成果を見てよ」
真希は私の前で弓の腕前を披露した。
下手ではなかったものの、まだまだ真里の域には達していない。
狩猟民族である真里の域に達するのは、容易ではないのだが。
そんな真希を眺めていると、いつの間にか真里が横に立っていた。
「紗耶香、宮様を『真希』って呼び捨てにしてるよね」
真里は不思議そうに私を見上げた。
土蜘蛛の真里にしてみれば、真希は大和の姫様なのである。
しかし、私にとって真希は、いつまでも幼い少女なのだ。
私は真希の姉であり、副官であり仲間なのである。
私が真希を呼び捨てにするのは、親愛の証なのだ。
「私は大和の人間じゃないし、大王の家来ではないからな」
私がそう言っても、真里は首を傾げるだけだった。
いつか真里にも、私が持つ真希への愛情を話さなくてはいけない。
何といっても、それが真里のためだった。
真希がいなければ、きっと・・・・・・
「紗耶香、あなたはいつも強いわ。あたしはそんなあなたに憧れたの」
真里は悲しそうな眼で私を見た。やはり彼女は土蜘蛛である。
その野性的な勘で悟ったのだろう。私の気持ちが自分から離れているのを。
それは仕方のないことなのであるが、真里にとっては青天の霹靂だろう。
私の方から一方的に真里を切ってしまうようで、とても心苦しいのである。
真里の前では何も考えないようにしていたが、長いこと愛人関係にあったので、
ちょっとした仕草や表情によって、即座に判断されてしまうだろう。
「私は強くないさ」
別に私はどうなろうと構わない。
ムリかもしれないが、真里には傷ついてほしくない。
私はきれいごとを主張する気などはなかった。
真里との関係は、これまで通り続けていたい。
しかし、真里には立場があったし、私には目的があるのだ。
勿論、それはお互いに、充分に分かっている。
だからこそ、本人たちの意思を否定するようで悲しい。
そんな真里を見るのが辛くて、私はその場から立ち去った。
「あれ?紗耶香さーん」
真希は私がいなくなったのを知って、口を尖らせた。
真里には分かっている。真希は私を姉にように思ってるだけだ。
だからこそ、真里は苦しんでいたのである。
真里は真希を憎みたかったのだろう。
だが、真希は無邪気すぎたのである。
憎むなら私を恨め。
すまない、真里・・・・・・
出雲で一年も過ごすと、圭も女王振りが板についてきた。
あとは、ここを足がかりに東海道を制覇するだけである。
すでに真里は、山城から近江にかけての土蜘蛛に根回しをしていた。
相模に彼らの王国を創るという大義名分に、
真里のもとには続々と土蜘蛛が集まっている。
その数は日増しに膨れ上がり、最終的には三千人にもなった。
「宮様、一足先に、近江を平定致します」
圭と真里が近江平定に出陣した。
近江には毛人が多く存在し、毛野王国に臣従している。
彼らは典型的な縄文人であり、畑作もするが狩猟も行う。
稲作文化も入り始めていたものの、まだまだ畑作が主流だった。
当然ながら鉄器や馬といった武器は持っておらず、
良くても青銅器。多くは石器を使っていたくらいである。
近江の平定は、たった一月で完了してしまう。
「やったね!」
真希は嬉しそうに二人を出迎えた。
真希にとってみれば、仲間の凱旋であるから、
きっと自分のことのように嬉しいのだろう。
当然、私も嬉しくて笑顔で二人を迎えた。
例によって祝賀パーティが始まり、
乞われるまま『少々愛』をやった。
この後、真里が即興で歌った
『南向哀歌(センチメンタル南向き)』
には胸が締め付けられた。
「紗耶香、この調子で行くと、大和以上の強国になるんじゃない?」
圭が妙なことを言った。
これは大和の東国平定政策の一環である。
私たちが平定した国は、あくまで大和のものなのだ。
もしかして、圭は真希を頂点とした連合王国を考えているのか?
もしそうだとしたら、それこそ大王の思う壺である。
「滅多なことを言うんじゃない。足元をすくわれるぞ。
それに、大和は長門・石見を平定して、熊襲の土地に入植中だ。
確実に富国政策を進めているよ。毛野も考え方を変えつつある」
確かに毛野と組んで北陸道・東山道・東海道を支配すれば、
大和以上の大連合王国を創ることができるだろう。
しかし、そのほとんどが未開地であるため、
開墾するまでには、とてつもない時間が費やされる。
あと千年はかかるのではないだろうか。
「いや、そういった意味じゃなくて」
圭は否定したが、実に残念そうな顔をしている。
私も可能性を追及したかったが、大和はあまりにも強大だった。
北陸の連合王国は大和への帰属を希望しており、真希が窓口になっている。
彼らも大和の一族だったので、帰属は大いに歓迎された。
大和は事実上、追放した真希によって、確実に勢力を拡大していたのである。
小説総合スレッドで紹介&更新情報掲載しても良いですか?
162 :
ブラドック:02/07/04 18:29 ID:UdNU8KO5
>>161 いつもありがとうございまス。
自分でお願いすれば良いのでしょうが、自信がないのでいつもお世話になりまス。
ぜひ、よろしくお願いしまス。
げげー!ageてしまったァァァァァァァァァー!
申し訳ないっス―――――――――!
《東征開始》
真希は『伯方の塩』のおかげで、体調が安定してきた。
そこで、みんなで話し合いを行い、今後の方針を決める。
話し合いの結果、本格的な東征を始めることになった。
これは真里たち土蜘蛛の悲願でもある国をつくる上でも、
絶対に避けては通れない橋なのである。
綿密な作戦会議が何日も続き、北陸からは義援兵がやって来た。
浪速の王も大和には内緒で、千人の兵を供出しており、
我が軍の兵力は一万二千にも及んだ。
「問題は信濃の蛮族どもだ。真里は手勢三千を率いて飛騨から信濃に入る。
圭は手勢四千で、一気に三河まで進出するんだ。主力の五千は尾張に駐屯する」
私は極力、安全策を採った。
日本武尊が負けるワケには行かなかったからである。
もし、ここで手痛い敗北を喫したら、毛野は反撃に転じるだろう。
毛野が動き出せば、奥羽の蛮族も黙っていない。
今の大和は勢力を拡大しすぎて、動くに動けないだろう。
つまり、我が軍が勝たないと、大和は危機的状況となるのだ。
「美濃の蛮族どもが、臣従を希望しておりますが」
真里は図面を見ながら考え込む真希に言った。
真希には差別意識そのものがないので、
蛮族と言われても理解不能だったのである。
要するに、生活水準の低い未開人のことなのだが、
真希は首を傾げながら、つまらなそうに言った。
「使い物になるの?なるんだったら大歓迎だけどさ」
「それは会ってみないことには・・・・・・」
「面倒臭いね。踏み潰しちゃおうか」
あきらかに、真希の中の『意識』がそう言わせている。
ここは『意識』が優先する真希に判断させるよりも、
私や圭、真里で決めた方が賢明であるように思われた。
圭や真里は黙っていても、どうすれば良いのか知っている。
恭順する者は拒まず、敵対する者は殲滅させるのだ。
これこそが、真の意味での東征なのである。
「真希、お前は敵対する部族を潰して行けばいい。あとは任せろ」
私が真希に仕事を与えてやると、嬉しそうに頷いた。
真希の『意識』は、この仕事で癒されるだろう。
こういった飴と鞭を駆使してこそ、大和の『正義』が効果を現す。
稲作文化の伝道こそが『正義』であり、安定した食料確保を邪魔するのは、
大和の『正義』の阻止を企む悪逆な蛮族なのであった。
勿論、こういった意識を持つのは大和側の連中だけであり、
東征なんてものは、どう考えても侵略行為なのである。
しかし、一昨年に平定した近江の現状を見ると、
稲作によって安定した食料確保ができ、領民は我々に感謝していた。
大和による甚大な搾取こそあれ、それでも生活は楽になったのである。
「できたね。それじゃ、早速、尾張まで進出しようよ」
真希の提案で、我々は山城から近江を抜けて美濃に達した。
我々が美濃に入ると、恭順の意向を示した連中が次々に駆けつけ、
その数は膨れ上がるばかりで、実に二千人にも及んだ。
「今からお前たちは、日本武尊の家来なるぞ。さあ、尖兵として戦うのだ」
私は彼らに武器を与え、真希に指揮をさせて抵抗勢力を殲滅させた。
真希の鬼神のような戦振りに、臣従した連中は恐れおののいている。
恭順する者は優遇し、敵対する者は容赦なく殲滅させる。
これこそが真希に与えられた使命なのであった。
僅か三日で美濃を完全に平定した真希は、
四十人にも及ぶ族長を連行し、見せしめに公開処刑を行った。
その反面、私たちは稲作を伝え、食料確保の拠点を整備する。
この稲作の伝道こそが、領民の支持を受ける秘策だった。
「では、圭、真里。頼んだぞ」
私は二人を作戦通りに信濃と三河に進めさせた。
これで我々が尾張に進出すれば、全てが上手く行く。
私は美濃の恭順者千人と、手勢千人を残して行くことにした。
尾張には狡猾な蛮族がいると聞いていたからである。
出陣を明日に控え、私が床についていると、部下に起こされた。
何でも、尾張からの使者だという。
尾張は小さな国であり、蛮族の数も多くない。
だが、何か重要な話である気がした。
「私どもは尾張蛮族の一族でございます。
このたび、尾張蛮族征伐におきましては、
私ども『熱田の民』は抵抗いたしません。
どうか寛大なご処置をお願いしたします。
更に、誠に勝手なお願いであるとは思いますが、
私どもの姫君が『春日井の民』に捕らえられております。
救出して頂ければ、これほど嬉しいことはありません」
尾張からの使者は私に頭を下げた。
これは面白いことになると直感した。
真希の良心を試す、絶好の機会である。
真希がどういった対応をするのか。
「分かった。一応、後藤宮様には伝える。ただし、姫君については、保障しかねるぞ」
私は当らず触らずといった対応をする。
勿論、決して安請け合いはしない。
真希が姫もろとも『春日井の民』を殲滅してしまったら、
救うと約束した『熱田の民』の対応が厄介だからだ。
私は使者を帰らせると、朝を待って真希に話をしてみる。
「ふーん、姫を救うの?」
真希は無表情なまま、私に問い掛けてきた。
全ては真希に任せるつもりである。
姫を救うも殺すも、真希の胸先三寸だ。
もし、姫を殺すようなことになったら、
私が真希を殺す時期が早まるだろう。
だが、姫を救うことになったとしたら、
私も考え直さなければいけないかもしれない。
「お前が決めろ。『春日井の民』攻撃は任せたぞ」
私は真希の良心を信じた。
いくら『意識』と同化したとはいえ、
真希には優しい良心が残っているはずだ。
もし、その良心が無くなっていたとしたら、
日本武尊伝説は終焉を迎えるだろう。
真希を殺せるのは私しかいないのだ。
「どうしようかな。考えておくね」
真希は中途半端な返事しかせず、
そのまま兵に出陣の号令をかけた。
《尾張平定》
私たちは五千の兵を引き連れ、昼前に木曽川を渡った。
尾張の大半は木曽川の洪積地帯であり、肥沃な穀倉地帯になりそうである。
こんな小さな国でありながら、美濃と同等の生産ができそうだ。
私があたりを見回していると、はるか彼方に煙が見えている。
恐らく、普通の視力の持ち主であれば、視認は困難だろう。
「真希、この方角に進めば、『春日井の民』がいるぞ。話によれば、木曽川付近に住んでいるらしい」
『春日井の民』の人口は約一万人。
兵力は最高で二千人と言われており、尾張最大の部族だった。
彼らは畑作を営む大陸系の民族であり、我々を敵視している。
好戦的な部族であるため、私は避けて通れない相手であると確信した。
真希であれば『春日井の民』を絶滅させるのは容易いだろう。
何しろ、野戦に関しては絶対的な自信を持っている。
私は真希に三千人の兵を預けて送り出し、もう少し内陸に進んで行った。
「『熱田の民』兵五百、ただいま参陣!」
「『知多の民』兵三百、ただいま参陣!」
「『津島の民』兵二百、ただいま参陣!」
瞬く間に千人の兵が集まってしまった。
この先には『海部の民』がいる。
尾張第二の兵力を持ち、その数は千五百。
倍の兵力であれば、楽勝は間違いない。
このあたりの蛮族は城を持たないので、
村を攻めれば終わりだったのである。
「これより正義の名のもとに『海部の民』を征伐する。
最終的な使者を送れ。使者が戻り次第、攻撃開始だ」
私は参陣した連中を中心に陣容を考えて行く。
先陣は現地勢力が基本であるため、
立候補してきた『熱田の民』に任せる。
『知多の民』を左翼、『津島の民』を右翼に据えた。
主力の殲滅部隊一千が続き、後詰も一千の兵を残す。
「使者殿、ご帰還!」
「紗耶香様!・・・・・・これが奴らの返答でござる!」
使者は血塗れで蹲ってしまった。
近くにいた武将が使者を支えるが、
激痛のためか気を失ってしまう。
私は使者の容態を診てみる。
「こいつはひどいな。塩で傷を清め、縫合するんだ」
私が指示を出すと、武将たちが使者を担いで行く。
これだけ危険な役であるため、使者の地位は高い。
場合によっては殺されてしまうが、
使者は日本武尊の代理なのである。
彼は背中を斬られて重傷だった。
使者に危害を加えるなど、言語道断である。
丸腰の使者に重傷を負わせたのだから、
もう、容赦することはない。
真希ではないが、皆殺しにしてしまえばよいのだ。
私は全軍に号令をかけ、『海部の民』殲滅を命じた。
戦はすぐに終わってしまった。
石器に青銅器が混ざった程度の武器では、
この軍勢を撃破することなど不可能である。
本陣が村に入る頃になると、降伏した一般民がやってきた。
私は殲滅部隊の指揮官を呼びつけ、頭ごなしに怒鳴りつけた。
「何が降伏者だ!皆殺しにしろと言ったはずだぞ!
日本武尊に逆らう部族は、女子供だろうが容赦するな!」
指揮官は転がるように飛び出して行き、慌てて部下を集め出した。
私は責任者として、降伏者の処刑を見届けなければならない。
降伏者たちは、女性と子供ばかりであり、皆、とても怯えていた。
泣き叫ぶ子供の口を塞ぎ、少しでも兵を刺激しないようにする母親。
数人の兵に強姦されたらしく、虚空を見つめる若い娘。
「これより、処刑を行う!」
「待て!」
私は思わず処刑を中断してしまった。
これは侵略戦争である。それは分かっている。
でも、稲作という正義のために、二千人もの無抵抗な女子供を虐殺して良いのか。
これが正義なのか?侵略から一族を守るために闘った者は悪なのか?
現実から逃避するつもりはない。私も子供ではないからだ。
押し付けられたものを拒否する権利すら、彼女たちにはないのだろうか。
そう思うと、異文化を持った国があっても良いと思ってしまう。
「選択させろ。ここで死ぬか、三河以東へ追放されるか」
私の指示を聞いた指揮官は、救われた顔になった。
恐らく、『抵抗しなければ命は助ける』などと言ったのだろう。
私は降伏者に情けをかける気など毛頭ない。
ただ、私は真希ではないのだ。
結局、全員が追放を希望し、私は舟で彼女たちを東国へ送った。
しばらくすると、『熱田の民』の族長が私のもとに現れる。
やはり、『春日井の民』に拉致されている娘が心配なのだろう。
「言ったはずだぞ。姫のことは保障しかねると」
「は、しかし、宮様は何と?」
私には家族がいない。父親こそ生きているものの、私とは別に住んでいる。
家族の絆など感じたことのない私にとって、我が子可愛さのあまりなどとは、
全くもって詭弁であると思っていたし、恋愛に勝るものはないと思っていた。
しかし、この男は、本気で我が子を心配し、不安で仕方ない顔をしている。
私には理解できなかったが、この男は嘘を言ってはいないようだ。
「いいか?これは戦なんだ。余裕もあれば助けられようが、そうでなければ諦めろ」
「ううう・・・・・・これより春日井へ行かせて下され!」
この男は一人になっても、我が子を救おうとしている。
一族を守るため、我が子を人質に出し、それに敵対する我々に恭順した。
玉虫色のポリシーは非難されるだろうが、この男は優しいのだろう。
私はこういった人間が大好きだった。だから決して一人では行かせない。
「よかろう!『熱田の民』『知多の民』『津島の民』を率いて出立せい!」
「猿楽様、このご恩は生涯忘れませぬ!」
「馬鹿者!それを言うなら、姫を救ってからだろう」
男は涙を浮かべながら、走り去って行った。
考えてみれば、真希は父親に捨てられたのである。
しかも、生まれてから、ずっと一緒に暮らして来た父親にだ。
土蜘蛛の呪いだけではなく、心がガタガタがったのだろう。
「ふん、親がどうした」
私は思わず吐き捨てるように言ったが、この世に生を受けたのも親のおかげだ。
近くにいた少女兵に伽をさせるために、彼女の上司である女を呼んだ。
《ライバル》
私が休もうとすると、次々に使者がやって来た。
真希は天才的な戦術で『春日井の民』を殲滅させ、
心配されていた『熱田の民』の姫を救出したという。
私は休むのをやめ、真希が帰って来るのを待った。
切望された幼い姫を救出したのであるから、
真希にも少なからず良心が残っていたのだろう。
日本武尊は残虐な殺戮者ではなかったのである。
その事実は私の心の枷を軽くして行った。
「日本武尊こと後藤宮真希比売様、ご帰参!」
誰かが大声で叫んだ。
私は陣所から飛び出し、真希を迎える。
威風堂々と凱旋する真希は、いつもより一回り大きく見えた。
そして、『熱田の民』の姫と思われる少女を抱えている。
私と眼が合った真希は、嬉しそうに微笑みながら手を振ると、
少女を抱えたまま、馬から飛び降りた。
「紗耶香さん、圧勝だったよ。ほら、この子が姫様」
真希に抱かれた少女は、黒目がちで利発そうな顔をしている。
救出されたことが嬉しいらしく、微笑みを絶やさなかった。
まだ、あどけなさが残る表情に、私は思わず微笑んでしまう。
彼女は決して真希のような美人ではないが、とにかく可愛かった。
地上に降ろされた後も真希に抱きついている彼女には、
無垢な可愛らしさと女性としての魅力が混在している。
私は少女の肩を優しく握り、その名前を聞いてみる。
「加護亜依比売(かごのあいのひめ)と申します」
その声は、真希の初恋の相手、梨華にどことなく似ていた。
その、まだ幼さの残る声に、私は思わず微笑んでいる自分に驚く。
私は女を捨て、これから先、人間を捨てることにもなりかねない。
そんな私にも母性が残っているというのだろうか。
「紗耶香さん、この子、気に入ったの。貰っちゃっていいかな」
それは、いかにも真希らしい唐突な話だった。
真希がどういった意味で亜依を欲しがっているのか。
もうじき真希は二十歳になるが、母性に目覚めたというのか。
それとも、この少女を恋愛の対象として考えているのか。
真希が愛した梨華やひとみとは、全く違うタイプである。
私は返答に困って考え込んでしまった。
「とりあえず、あたしの陣所に連れて行くね」
「待て。この子の父は何と?」
私は『熱田の民』の族長が気になった。
あの優しい男は、いったい何と言うのだろう。
『熱田の民』の兵士たちは口々に、
「姫様、御無事で何より」と声をかけて行く。
私は行進してくる彼らの中に男の姿を探した。
すると、いつの間にか男は真希の横で肩膝をついている。
臣従を宣言した男にとって、真希は主人であるのだが、
それ以前に愛娘の命の恩人である真希に対する、
心からの感謝の気持ちがあったようだ。
「これはこれは、ご苦労だったな」
私が声を掛けると、男は深々と頭を下げて謝意を表す。
男にとって、娘の救出は、何事にも換えがたい喜びなのだろう。
だが、今の問題は、真希が亜依を欲しがっていることである。
これに対して、父親としての話を聞かなくてはならない。
私は男に話を聞いてみた。
「いいのか?真希宮様は亜依比売を御所望されているが」
「最強の武将、日本武尊に娘を預けられれば、父親にとって、これほどの安心はございますまい」
男は笑顔でそう言ったが、どこか寂しげな眼をしていた。
やはり、大切に育ててきた娘を手放したくないのだろう。
私には、その気持ちが何となく分かったような気がする。
亜依の父より許可が出たので、真希は嬉しそうだった。
「それじゃ、紗耶香さん。後でね」
真希は亜依を抱えると、馬に飛び乗った。
後方から兵士が走ってきて、その轡を掴むと、真希の陣に向かって行く。
私は残された男と一緒に、馬上で笑顔になって話し合う二人を見送った。
真希を愛する私にとって、亜依の存在は複雑だった。
とても可愛らしい少女であるため、私も気に入っているのだが、
真希は亜依に夢中になっており、要するに恋敵なのである。
ただ、私の真希に対する愛は、それこそ究極の愛だった。
なぜなら、私が真希を殺すために生まれてきたからだ。
真希を葬り去ることこそが、最高の愛なのである。
一般的には理解されない愛なのかもしれない。
片想いと言えば切なくてセンチメンタルだが、
そんな生易しいものではなかった。
「真希、亜依はおいて行けよ」
私の提案に、真希は不服そうに唇を尖らせた。
真希は亜依を気に入っているため、かたときも離そうとしない。
しかし、これから相模を目指す上で、毛野の反撃も予想される。
もし、味方が総崩れになった場合、亜依の命は誰も保障できないのだ。
そのことを真希に、こんこんと説明する。
「そうか・・・・・・戦場では危険だもんね」
「ここにおいて行って、帰りに寄ればいいじゃないか」
私が諭すと、素直な真希は納得していた。
そこへ圭と真里からの使者がやって来る。
圭は三河の平定が、ほぼ完了したということ。
ところが、真里は上田で苦戦中とのことだった。
私は急遽、対策会議を開き、今後のことを話し合う。
「真里へは援軍が必要だろう。しかし、こっちには四千しか兵はいないし」
私はここでも、臣従者千人と、自軍兵千人を置いていくつもりだった。
実際、真里が苦戦するとは、予想外だったのである。
私が困惑して考え込んでいると、真希が立ち上がって尾張の族長たちに言った。
「あたしの仲間が苦戦してるの。助けてくれない?」
真希の率直な言葉に、『熱田の民』族長が、信濃行きを決断した。
すると、他の族長たちも、次々に信濃行きを申し出てくれる。
真希のこういった態度は、確実に日本武尊ファンを増殖させていた。
尾張兵たちが援軍に向かうと、美濃からも援軍が駆けつけ、
およそ二千人が真里の傘下に入ったという。
援軍を得た真里は、上田の砦を落とし、信濃を平定するに至った。
「真希、我らは三河へ進むぞ」
私たちは三河で再度合流することにしていた。
これで背後を突かれる心配は無くなったのである。
信濃の東には甲斐国があったものの、
ここにはあまり人が住んでおらず、
真里に攻め入らせるには勿体なかった。
どうしても心配であれば、別動隊に任せればよい。
「さあ、行こう」
泣きながら手を振る亜依に、真希は笑顔で手を振った。
これは別れではない。真希は留守をするだけのこと。
真希は絶対に戻って来る。だから笑顔なのだ。
《別れ話》
三河に移動した私たちは、そこで圭や真里と合流した。
機動力こそないが、圭が率いる槍隊の破壊力は抜群で、
単独で三河の中性勢力を完全に掃討している。
武骨な荒くれ兵たちの統制も行き届いており、
さすがに圭は出雲の女王だということを痛感した。
一方、無難に戦をこなして来た真里だったが、
彼女は負傷しており、苦戦した上田での激戦の様子が覗える。
真里の配下の土蜘蛛たちも、多かれ少なかれ負傷していた。
とにかく私は、疲れ果てた真里たちに休息を採らせることにする。
「紗耶香、毛野は遠江で決戦に出るらしいよ」
圭は最前線で情報を集めていた。
毛野王国では奥羽の蛮族を動員し、
決戦の舞台を遠江に決めている。
そんな情報が入って来たのだった。
奥羽の蛮族には鉄器こそないが、
一騎当千のつわものが多いらしい。
「かなりの大兵力だろうな」
「うん、二万は下らないと思う」
我が方は一万程度の兵力しかない。
相手が倍では苦戦するのは必至だ。
私は何か策がないか思案を重ねる。
折りしも冬がやって来ており、
寒風が身を固くさせていた。
「そうか・・・・・・真希、圭。やってみるか」
私は真里も呼んで、大戦の計画を説明した。
この季節、西から東に風が吹くのは誰でも知っている。
真里たち三千に陣を張ってもらい、あたりに火を放つのだ。
その間、我々主力八千は、舟で敵の背後に回りこむ。
敵は火に追われて逃げて来るので、そこを片っ端から撃破するのだ。
ここで勝利すれば、毛野王国は敵対の意思を失うだろう。
「うわぁ、面白そうだね」
真希の眼が輝いた。
海上は海賊で封鎖すれば、
敵が逃げるのは北の山脈しかない。
この季節に雪山装備もなく山へ入れば、
どんな部族も間違いなく全滅するだろう。
敵は数こそ多いものの、背後を取られたともなれば、
もはや戦術を駆使することなど不可能である。
「圭、お前は山側に三千の兵を連れて待機しろ。
敵は我ら五千がくいとめる。その時に横を突くんだ」
圭は狛犬のような顔をしながらニヤリと笑った。
この作戦に自信を持った証拠だろう。
敵の数は多いが、私に不安はなかった。
真希は戦の天才だったし、敵は寄せ集めである。
私は真希が指揮を得意とする人数の二千を割り当てた。
面白いことに、真希は二〜三千の兵を扱うのが上手い。
やはり、隅々まで眼が届くからなのだろう。
「紗耶香さん、敵は多民族だそうだけど、言葉とかは通じてるのかな」
真希は余裕の表情で、敵のことまで考えてやっていた。
確かに戦績に裏打ちされた実力があってのことなのだが、
持って生まれた呑気な性格も影響しているのだろう。
私と圭は顔をあわせて苦笑した。
「どうやら全く違う言語らしいぞ。でも、通訳くらいはいるんじゃないかな」
私が知っている範囲で説明すると、真希は「ふーん」と言って頷いた。
そんなことよりも、私には真里たちが心配だった。
頭領の真里が負傷しているくらいだから、手下の連中は重傷者ばかりである。
「真里、辛いだろうが、頑張ってくれ」
「大丈夫。土蜘蛛の国を創るためだもん」
真里たちは弓隊を率いているので、守備面ではまず間違いないだろう。
敵が炎を越えて突っ込んできたら、片っ端から射殺してやればよいのだ。
いくら二万の大軍でも、千張の弓があれば、少なくとも一日やそこらは守りきれる。
真里たちが苦戦するようであれば、最悪は近江・美濃・尾張の予備兵を投入すれば問題はない。
まあ、これだけ乾燥しているのだから、炎を越えた時点で半分は焼死しているだろうが。
「よし、準備ができしだい、行動を起こそう。敵が待ってるからな」
私は海賊の頭領を呼んで舟を用意させる。
海賊には縄張りがあったものの、最大の消費国家である大和は、
何といっても海産物のマーケットとして魅力的だった。
そのため、東海の多くの海賊が、我々に協力的である。
私はこの作戦をより具体化するため、その場に残って図面を眺めていた。
すると、真里が負傷した足を引き摺ってやって来る。
私を見上げた真里は思いつめた顔をしていた。
それが何を意味するのか、私には分かっている。
真里は私と別れたくないのだ。
「紗耶香、話があるの」
「真里、お前は土蜘蛛国の女王になるんだ。分かってるだろう?」
真里は泣きながら私に抱きついてきた。
自分の運命に逆らえず、苦悩しているようだ。
それでいい。真里は私と別れるべきである。
そして優しい男と一緒になり、後継者を産む。
それが真里の運命であり使命でもあるのだ。
「紗耶香・・・・・・別れたくない」
真里の気持ちが分かるが、私には何もできないのだ。
私だって真里とは別れたくない。できれば、一生、二人で生きて行きたい。
しかし、私には真希を殺すという使命がある。その時期は確実に近づきつつあった。
時代が真希を必要としなくなった時、私が真希に引導を渡さなければならない。
「いいか?土蜘蛛は、お前のカリスマでひとつになっている。
お前が誰かに土蜘蛛を委ねたら、その時点で終わりだぞ」
土蜘蛛を束ねられるのは、現在のところは真里だけだった。
彼女が女王になるから、彼らは自分たちの王国を夢みていられる。
真里が投げ出してしまったら、土蜘蛛内が分裂するだけだ。
そうなったら、土蜘蛛王国は夢で終わってしまう。
「紗耶香、相模に土蜘蛛の国を創ったら、残ってくれない?」
真里の提案は一方的だった。
何が何でも私を離したくないのだろう。
だが、私は真希と一緒にいなければならない。
それが私の使命であり、運命であるからだ。
それに、私自身が真希と一緒にいたい。
「それはできないよ」
「何で?そんなに宮様がいいの?紗耶香!」
真里は私の胸を掴んだ。
半狂乱の真里は、私の腕に噛み付く。
血が流れ出るものの、真里の歯ではこれ以上、
決して私を傷つけることはできないだろう。
私は真里を引き離し、キスをした。
「お前には、すまないと思ってる」
「嫌ぁ―――――――――!」
真里は私の首を絞め上げた。
しかし、真里の力では、私を殺すことはできないだろう。
彼女が懐剣を抜いたとしても、私の相手にはならない。
私には、そんな真里を見てるのが辛かった。
「お前には理解できないよ。あたしと真希のことは」
私の真希へ対する愛情は、恋愛のように浮ついたものではないのだ。
それを話したところで、一本気な真里は混乱するだけだろう。
「宮様には亜依がいるのよ。紗耶香はそれでいいの?」
真里は怒りに燃えた眼をしていたが、その光り方は悲しすぎた。
彼女の悲しみの全てが、その眼の光に現れているようである。
思えば十年前、私は嫌がる真里を力づくで犯したのだった。
以来、何度も情事を重ね、彼女は私を忘れられなくなってしまう。
「お前を捨てるワケじゃない。まあ、そうとしか思えないだろうが」
「宮様を殺すわよ」
真里は凄まじい表情で私を睨んだ。その顔には殺気が満ち溢れている。
恐らく真里は本気なのだろうが、誰にも真希を殺すことはできない。
私には分かっているのだ。真希を殺せるのは、私だけなのである。
「気持ちは分かるが、お前に真希は殺せない」
私は真里を抱き締め、何度もキスをした。
その間、彼女はずっと泣いたままである。
私は真里を今でも愛していた。
だが、真希に対する愛情の方が強いのは、
紛れもない事実だったのである。
「紗耶香、本当に最後なの?」
「また逢えるじゃないか。相模までは一緒だし」
その夜、真里は密かに自分の右耳を切り落とした。
それほど、私と別れるのが辛かったのだろう。
それを知った私は、もう誰とも寝ないことにする。
私は女を捨てる決意をした。とても悲しいことだが・・・・・・
《連合軍敗北》
遠江に集結した連合軍の中に、出雲から逃げ出した安倍がいた。
彼女は敵対する日本武尊にリベンジするため、綿密な計画を練っている。
奥羽から蝦夷地(北海道)の部族に蜂起を促した安倍の能力は、
決して並大抵なものではなかったが、その性格が災いしてしまう。
典型的なA型の性格で、実に細かいのだが、激昂すると我を忘れる。
要するに、ちょっとのことでキレやすい性格だったのだ。
そんな彼女の前に、言葉という壁が重く圧し掛かっている。
毛野の言葉では通じない毛人の一部やアイヌ人などに加え、
大陸系移民までもが混在していたからだ。
「ЯΣΦΨξλЭ∬?」
「だから、拡翼の陣だべさ!」
「*☆〇◇▽□◎!」
「国士無双大三元緑一色字一色天和地和?」
「ちゃんと聞くべさァァァァァァァー!」
この言葉の壁は、情報や作戦を伝える上で、大きな障害になっていた。
特に、喜怒哀楽の激しい安倍にとっては、我慢できないものである。
一応は通訳がいたものの、幾つかの言語を経ないといけない部族もおり、
短気な安倍はイライラしていたのだった。
「髪が茶色いべよ!あんた不良だべか?アアン!」
安倍はアイヌ人の胸倉を掴んで激怒した。
白人系のアイヌ人は、当時、茶髪で碧眼が普通である。
つまり、不良でも何でもなかったのだが、
安倍は言葉が通じずにイライラしていた。
「何怒ってんだべさ!怒りたいのは、こっちの方だべさァァァァァァー!」
つり目の中国系移民にキックを入れる安倍。
安倍の剣幕にびびりまくる部族長を尻目に、
キレやすい彼女は暴れまくっていた。
祈祷師や軍師としての才能こそあったものの、
イライラすると自分を制御できなかったのである。
「軍師様、落ち着いて下さい!」
部下に羽交い絞めにされ、眼を剥きながら唸る安倍。
その凄まじい表情に、各部族長は戦慄を覚えた。
こんな調子で日本武尊に勝てるのだろうか。
そんな不安が、更に安倍をイライラさせて行った。
「軍師様、敵が遠江に侵入したそうにございます!先鋒は土蜘蛛勢約三千!」
「ハハン、来たべね?土蜘蛛じゃ、矢口雉真里比売だべさ。
信濃の戦いで疲れてるっしょ。一気に潰してやるべさァァァァァー!」
安倍はアイヌ勢五千人を迎撃に向かわせる。
さすがに名の通った軍師だけあって、
一気に全軍を動かすような愚行はしない。
ところが、アイヌ勢は真里自慢の弓隊にやられ、
ボロ負けして逃げ戻って来た。
真里の追撃は早く、本陣近くまで攻め込むと、
各所に火を放って陣を構える。
火は瞬く間に燃え広がって行き、
二万人の連合軍は移動を余儀なくされた。
「仕方ないっしょ、駿河国境まで後退するべさ。あそこの方が守りやすいんでないかい?」
確かに駿河・遠江国境は守りやすい地形である。
毛野国王からは、遠江で防戦するように言われたため、
それ以上は後退することができなかった。
安倍は全軍に移動を命じたものの、
言葉が通じないため、バラバラに動き始める。
「もう!ちゃんと話を聞くべさァァァァァァァー!」
安倍は怒鳴りまくるが、言葉の通じない者は苦笑するしかなかった。
そうこうするうちに、背後に敵が出現したという情報が入り、
全く予想していなかった安倍は、仰天して腰を抜かしてしまう。
「どどどどどど・・・・・・どうするべさァァァァァァー!」
「$ЩЭЙЮ£Б♪〜」
「ぎ・・・・・・祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きありだべさ!」
安倍の慌て振りは尋常ではなかった。
彼女は小心者であるがゆえに、
身の危険に関しては敏感なのである。
蛇のような狡猾さを持つ反面、
草食動物のように臆病で逃げ足が速い。
「軍師様、しっかり!それでは耳無し法市ですぞ」
「上海独旅傷心旅♪〜」
狼狽する安倍をよそに、言葉の通じない者たちは、
口笛を吹きながら駿河国境に向かって行く。
「こ・・・・・・殺されるべさァァァァァァァァー!」
こうなったら小心者の安倍である。
連合軍など見捨てて、一人で逃げ始めた。
「げげー!雪山かよ。命懸けっしょ」
安倍は自分さえ助かれば良かったので、
食料と防寒着を担ぎ、南アルプスに向かって行った。
その頃、連合軍が呑気に退却していると、
前方から疾風のような軍団が移動して来た。
まさか敵が背後に上陸したとは思っていないので、
連合軍の連中は味方の援軍だと思っていた。
ところが、その一団は真希の軍勢である。
遠足気分で後退していた連合軍は、
戦の天才である真希の攻撃を受け、
冷たい躯になって荒野を埋めた。
「はあはあはあはあはあ・・・・・・さ・・・・・・寒いべさ。
日本武尊め!この恨みは絶対に晴らしてみせるべさ!」
安倍は二万の連合軍を見捨て、アルプスを越えて甲斐に逃れた。
半月後に毛野へ辿り着いた安倍は、酷い凍傷を患っていたという。
皮下脂肪の厚さが、安倍の命を救ったと噂された。
《罪なき英雄》
遠江で連合軍に圧勝した我々日本武尊軍は、
一気に駿河まで攻め込み各所を平定した。
ここまでは、向かうところ敵なしの状態だったが、
いよいよ毛野の本拠地である関東平野に入ることになる。
その前に、私は土蜘蛛たちの回復を待つことにした。
伊豆には傷に効く温泉があるので、湯治させようと思ったのである。
すると、物好きな真希も一緒に行くという。
頑なな態度だった真里も、真希が「一緒に行こう」と言うと、
やはり、無下に断ることはできなかった。
真里にしてみれば、真希は高貴な身分の人間だったし、
何と言っても、甘えられれば可愛いのである。
「圭ちゃんは行かないの?」
遠足気分の真希は熱心に圭も誘ったが、
手薄になったところに攻め込まれては困るので、
敵と接する駿河を守る者が必要なのである。
私が真里の怪我や土蜘蛛の様子を話すと、
圭は二つ返事で留守を引き受けてくれた。
圭が留守番だと聞くと、真希は残念そうだったが、
持ち前の切り替えの早さで明るく言った。
「御土産を持って来るからね」
圭にしても真希は宗国の姫様なのだから、
御土産など恐れ多いことなのであるが、
それよりも仲間としての感情の方が強いようだ。
伊豆には抵抗勢力がないため、私たちは三人だけで旅行を楽しんだ。
土蜘蛛や漁師たちから情報を仕入れ、馬で走り回って温泉をみつける。
西海岸を南下した私たちは、夕方になる頃、浜辺に温泉を見つけた。
「あった!紗耶香さん、あそこだよ」
真希は馬から飛び降り、窪みから湧き出す温泉に向かって行った。
そんな真希に苦笑しながら私たちも下馬すると、早速、入ってみることにする。
自由奔放な真希は、素早く裸になると、一気に飛び込んでしまった。
「あちー!」
真希は全裸のまま飛び出てくる。
さすがに熱かったのだろう。
真っ赤になった肌を擦って苦笑していた。
私は湯船の傍に用意されている竹筒を操って、
近くの沢から水を引き、ちょうどよい温度にする。
真希は私の作業を裸のまま眺めていた。
湯の温度も確かめずに飛び込んだことに、
少々、自己嫌悪気味になっているらしい。
私は真里の手を引いて浸かった。
「あうううう・・・・・・痛い!」
真里は顔を顰めながら飛び出してしまった。
いったい、どうしたのだろうか?
私は湯を舐めてみる。これは海水に近い。
刀傷のある真里には不向きな温泉だった。
「うわ〜、紗耶香さん、真里さん。すごくきれー」
真希は湯船に浸かり、西の海を見ていた。
夕日が駿河湾をアンバーに染めており、
私は横にいた真里の肩を抱きながら、
この絶景をしばらく見入ってしまう。
「海岸沿いはムリかもな。中に入ってみるか」
私たちは服を着て内陸部へと入って行った。
三人でしばらく馬を走らせて峠を越えると、
眼下の谷川沿いに湯煙が見える。
私たちは山を駆け下りて行き、
近くに民家があったので話を聞いてみた。
すると、擦り傷や切り傷に効能があるというので、
早速、真里を連れて浸かってみる。
温泉へ入るのを躊躇していた真希も、
体が冷えたのか、遠慮なしに飛び込んできた。
「ああ、これは傷が癒える感じがする」
真里は気持ち良さそうに溜息をついた。
ここの湯船は深さが中途半端なので、
真里は足を伸ばすと溺れてしまう。
小柄だから仕方ないとは思うが、
しゃがんだままだと体が癒えないので、
仕方なく私の膝に乗せることにした。
その横で真希はというと、
広い湯船の中を泳ぎ回っている。
「紗耶香、今なら宮様を殺せるよ」
真里は私に背を向けたまま言った。
確かに今の真希は無防備だが、
真里にしても武器を持っていない。
三人とも全裸で入浴してるのだから、
どこにも武器の隠しようがないのだ。
私が首を傾げていると真里は髪を解き、
その中から小さな刃物を取り出す。
「そんなもので真希が死ぬと思うか?」
「今なら無防備だし、喉さえ狙えれば」
真里は本気だった。その証拠に体が震えている。
息も荒くなっており、あきらかに殺気があった。
真里は真希を殺せない。そんなことは分かっている。
私の気持ちを奪った憎らしい相手には違いないのだが、
何しろ真希は真里を姉のように慕っているのだ。
私は真希に悟られないように、真里を抱き締める。
「殺すなら、あたしを殺せ。真希には手出しさせない」
「そんな・・・・・・」
真里は私を振り向いて泣きながら抱きついてくる。
何度も抱いた、愛しい小柄な体が、ここにあった。
真里は刃物を落とし、私に抱きついて号泣する。
真希は殺せても、私を殺すことはできないのだろう。
そんな私たちの様子に気付いた真希は、
何を思ったか笑顔で抱きついてきた。
「あたしもまぜてー」
真希は嬉しそうに私と真里に頬擦りをした。
やはり、真里の顔から殺気が消えて行く。
殺したいほど憎い相手には違いないのだが、
真希は私の気持ちを知らないのだ。
彼女は私と真里、そして圭の三人を、
本当の姉のように慕っている。
真希の笑顔を見てしまうと、
いくら真里でも殺せないのだ。
「仕方ないやつだな」
私が二人を抱き締めると、真希は嬉しそうな悲鳴を上げる。
真里は複雑な表情をしていたが、真希の笑顔につられてしまう。
「紗耶香さん、だーいすき。真里さん、だーいすき」
真希は名前を言いながら抱きついてくる。
表情の固かった真里も真希に抱き締められた時、
本当に嬉しそうな顔をしていた。
それはそうだ。真里は真希が憎いのではない。
それどころか、真希が可愛いのである。
真里は私への憎しみを、真希に転嫁していただけだ。
「この状態を続けて行きたいな」
私は二人を抱き締めた。
《殺すべき女》
土蜘蛛たちの傷が癒えた頃、私たちは箱根を越えることになった。
箱根自体は難攻不落の要塞だったが、敵の攻撃は皆無である。
土蜘蛛の情報によると、毛野王国は大和に恭順を伝えており、
我が日本武尊軍を歓迎したのだった。
「真里、相模だぞ」
箱根から見下ろした相模の野を見て、私は真里の肩を抱いた。
真里は眼を輝かしながら、相模を見つめている。
ここに真里を頂点にした、土蜘蛛王国が創られるのだ。
それは弥生人に虐げられてきた土蜘蛛たちの悲願である。
やがて、真希と圭もやって来て、四人で相模の国を見た。
「真里、お前たちのことだ。伊豆から武蔵、駿河、甲斐にかけて勢力範囲にするんだろうな」
土蜘蛛は狩猟民族である。
稲作を始める連中もいるだろうが、
多くの土蜘蛛は山中で狩猟を続けるのだろう。
稲作と畑作、そして狩猟。
真里はこの三者が共存する王国を夢見ていた。
「この地の土蜘蛛でございます」
噂を聞いた土蜘蛛たちが、次々と集まって来る。
真里は族長と話をしながら、具体的な村構想に入って行った。
私はその間、毛野の国王を呼びつける。
国王は若い女性であり、割と平和志向の者だった。
「私が毛野の女王、信田美帆比売(しのだのみほのひめ)よ」
美帆は気位こそ高かったものの、悪い人間には見えなかった。
ただ、彼女に従っている小柄な女の眼つきが気になる。
真希が日本武尊だと紹介されると、陰湿な敵意に満ちた眼をした。
気になった私は、それとなく女に話し掛けてみる。
「土蜘蛛の国は成立するだろうか」
「毛野がバックボーンだから大丈夫っしょ。
奥羽からも土蜘蛛が集結してるし、大きな国になるんでないかい」
どうやらこの女は、兵法や理論を習得しているらしい。
私が気になっていたのは、出雲から逃げたという、
食い意地の張った毛野の女性軍師のことだった。
まさかこの女が?とは思ったが、人懐こい笑顔に騙されてしまう。
「奥羽にも大きな国があるそうだな」
私は女に聞いてみた。
すると女は私の意図に気付いたのか、
いきなりファジーな答えになって行く。
それはあたかも、自身の身分を隠しているようだった。
「申し送れたべさ。安倍という者だべけど、女王様の侍従だべさ。
なっちは奥羽のことは詳しくないの。ごめんね」
私はこの女こそ、出雲や遠江で私たちと交戦した軍師であると直感した。
そこで私は安倍にカマをかけてみる。
場合によっては、この場で首を刎ねようと思った。
「山越えは寒かっただろう?」
「山越え?あれは・・・・・・何のことだべか?」
安倍は涼しい顔でとぼけている。
剣に手をかけたが、真希が私の手を押さえた。
真希には、この状況が分かっていない。
私の殺気を感じた安倍が眼を剥いた。
「ねえ、安倍さん。真里さんをお願いね」
真希の笑顔で安倍は救われた顔になった。
私は安倍を生かしておいたら、必ず害になると確信している。
真希を突き飛ばして安倍を殺そうとしたが、
彼女の力は強く、私ではどうしようもなかった。
殺気に気付いた真里は、私を連れて陣幕の裏へ連れて行く。
すぐに真希もやって来た。
「紗耶香、どうしたの?」
真里は泣きそうな顔で私を見た。
真希も心配そうに私の様子を見ている。
私は安倍の正体を、小声で二人に話した。
「あの女を生かしておいたら、どんなことになるか・・・・・・」
真希は考え込んだが、真里は私に抱きついて首を振る。
真里には分かっていない。私はお前が心配なのだ。
だからこそ、不穏な芽は摘んでおくに限る。
それが私の本音だった。
「駄目!ここで問題を起こさないで。毛野と険悪になったら困るよ」
真里の言い分も分かるが、安倍は害になる。
ここは安倍を殺さないまでも、毛野に圧力をかけて、
奥羽へ追放させるくらいの処分が必要だった。
少なくとも奥羽まで追放すれば、相模への影響もないだろうし、
日本武尊打倒の野望も諦めざるを得なくなるだろう。
私が安倍助命の交換条件を考えていると、
腕を組んでいた真希が真剣な顔で私を見た。
「あたしが話をするよ」
真希は陣幕を捲って出て行った。
私は安倍の首を刎ねるために剣を抜いたが、
素早く真里に奪われてしまう。
取り戻そうとすると、真里は私に剣を向けた。
その眼は真剣で、彼女は泣いている。
「紗耶香、ここに残って。・・・・・・お願い」
真里はどうしても私と別れたくないようだ。
私だって好きで真里と別れるワケではない。
だが、私がここにいては、殺す相手である
真希を監視することができないのだ。
私は剣を掴むと、自分の胸に押し当てる。
それは、ちょうど、私の心臓の上だった。
このまま真里が突き押せば、私は即死するだろう。
私の命は、真里の両手に委ねられていた。
「刺せ。お前に殺されるのなら本望だ」
私はここで死んでもよいと思っていた。
このところ真希も落ち着いてきたし、
日本武尊を要求した時代は終わりを告げようとしている。
このまま行けば、私が真希を殺すまでもなく、
時代に吸収されて行くだろう。
そうなれば、私の存在価値はなくなる。
それも人生なのだろう。
「紗耶香・・・・・・」
真里は震えながら剣を落とした。
私は真里を抱き寄せてキスすると、
懐剣を抜いて自分の髪を切る。
そしてそれを真里に握らせた。
今生の別れのつもりである。
「真里、幸せになってくれ」
私は真里をきつく抱き締めると、真希の後を追って陣幕を捲った。
その背後に泣き崩れる真里を感じながら。
「安倍さん、正直に話をしようよ。あたしが憎いの?」
真希は胡座をかいて安倍と向き合った。
安倍は予想外の展開に、かなり動揺している。
彼女は懐剣を持っていたが、その細腕では真希を刺せない。
私はこの事態を見守ることにした。
「憎いだなんて・・・・・・そんなことはないべさ」
安倍の眼が泳いでいる。核心を突かれて動揺している証拠だ。
しかし、真希はそんな安倍をよそに淡々と話をして行く。
それは『覚醒』した時の真希ではなかった。
すでにあの『意識』は真希と同化してしまって、
日本武尊となってしまったのである。
私の存在意義が急速に薄れて行った。
「安倍さん、あたしは憎まれてもいいの。だけど、真里さんは大切な仲間なのよ。
あたしのお姉ちゃんと同じなの。安倍さんがあたしを憎んでるなら、真里さんが心配なの。
真里さんを任せても大丈夫?あなたの本音が聞きたいわ」
真希の腹を割った話に、安倍は苦しそうに脂汗を浮かべた。
私は安倍の返答によっては、生かして返さないつもりである。
たとえ真希や真里に殺されようと、その決意は変わらなかった。
女王の美帆は彼女を置いて帰ってしまったため、
安倍は完全に四面楚歌の状態である。
「なっちも正直に言うべさ。日本武尊には恨みがある。
でも、後藤宮真希比売には何の恨みもないんだべさ」
私は当らず触らずな返答に苦笑した。
予想以上に、安倍が小心者であることが分かる。
この小心者に真里を嵌めることなどムリだろう。
私は少し安心したものの、安倍の能力だけが心配だった。
失敗したとはいえ、遠江に二万もの兵を集めたのである。
しかも、そのほとんどが奥羽の蛮族だった。
それだけの人脈を持つのであれば、侮れない存在である。
「真里さんには絶対に手を出さないでね。
もし、真里さんに手を出したら、毛野は熊襲と同じになるよ」
真希は落ち着いた声で話をした。
だが、熊襲と同じになると言われ、
小心者の安倍は真っ青になってしまう。
その話は安倍も聞いているのだろう。
王族だけでなく、人民全てを抹殺した。
それを実行すると脅かされたのだから、
安倍にとって恐怖以外の何ものでもない。
確かに真希が本気でやると言ったら、
間違いなく毛野は皆殺しになるだろう。
それが日本武尊だったのである。
「や・・・・・・約束するべさ。土蜘蛛には手を出さない」
真希は「約束だよ」と言いながら嬉しそうに安倍に抱きつく。
そして、安倍のふくよかな頬に自分の頬を擦りつけた。
安心した真希だったが、私には一抹の不安があったのである。
それは真里の『悲しみ』につけこまれることだった。
《別れ》
土蜘蛛王国は真里のカリスマでまとまり、人口も三万人を突破した。
広大な土地で狩猟から稲作・畑作を行い、豊かな国になって行くだろう。
同時に真里は『牧』を経営し、良質な馬の繁殖を行っていった。
馬の需要は高まる一方であり、近くには最大のユーザーである毛野国がある。
順風満帆な王国経営に一安心した私たちは、相模から去ることにした。
真里は私たちを見送らなかった。「泣いちゃうから」と言っていたが、
私に対する蟠りがあるのは、まず間違いないところだろう。
そんなことを考えながら箱根を越えようとした時、私は背後から大きな声で呼ばれた。
「紗耶香――――――!」
真里だった。
真里は馬を走らせ、私を追ってきたのである。
真希はもう時代に埋没して行くに違いない。
本当に私を必要としているのは真里かもしれなかった。
「真里」
私は進軍を止めさせず、真里に駆け寄った。
真里は私を馬に乗せ、近くの岩室に移動する。
そして私を抱き締めながら、岩室の床に転がった。
「昨夜、初めて男と寝たの。・・・・・・嫌だった」
真里は私の胸に顔を埋めたまま言った。
こんな小さな体で男に蹂躙されたのかと思うと、
私の胸は張り裂けそうになってしまう。
「真里、すまない」
私は真里を抱き締めることしかできなかった。
真里が癒されるなら、それでよかったのである。
私は彼女を犯し、十年も関係を続けていた。
忘れるに忘れられない相手だったのである。
真里の後継者が成長し、彼女の役目が終わった時、
私は二人で暮らそうと思っていた。
互いに余生は長くないだろうが、
人生の最期くらいは癒されていたかった。
「紗耶香、抱いてくれる?我儘だろうけど」
私は、もう誰も抱かないと誓っていたが、真里だけは特別だった。
これほどまでに私を愛してくれる人間は、他に存在しないだろう。
私は真里を抱き締め、これまでの中で最高のキスをした。
「真里、お前の仕事が終わったら、必ず迎えに来るからな。待っててくれ」
真里の仕事とは、自分の後継者を産むことである。
そのために、彼女は男を受け入れなくてはならない。
それが辛いことであるのは、私も理解していた。
そんな運命を背負った真里が憐れで仕方ない。
「本気なの?でも、あたしは子供を産まなくちゃいけないのよ」
「その子供が十歳になった時、お前は女王を引退しろよ」
真里は涙を零しながら私に抱きついた。
許されるのなら、このまま彼女を連れて帰りたい。
真里と愛を確かめ合った後、彼女は辛そうに泣いた。
自分の体に染み付いた、男の臭いが辛いのだ。
そして別れ際に、彼女は私にひとつの剣を手渡す。
「この剣は、父が土蜘蛛を統一した時のもの。特別な力があると信じられてるわ。
もし、あたしを殺さなくてはならなくなった時、この剣を使って欲しいの」
それは大きくはないが、鉄製の立派な剣であった。
そういえば、以前どこかで聞いたことがある。
土蜘蛛が恐れる伝説の剣があるということを。
まさか、この剣がそうなのだろうか。
「馬鹿馬鹿しい。お前を殺すなんて」
私は剣を受け取ろうとしなかった。
しかし、真里は真剣な顔で私に剣を差し出す。
私が真里を殺さなくてはならない時。
それは真里が真希に反逆を企てた時だ。
そんなことが起こるワケがない。
真里にとって真希は可愛い妹のはずだ。
「聞いて!あたしはいつまでも仲間だよ。でもね、あたしは土蜘蛛の族長であり、国王なの。
全て思い通りに行かない時だってあるわ。場合によっては、大和に反抗することになるかも」
「駄目だ!大和に反抗した時は、土蜘蛛の終わりだぞ」
私はそう言いながら、剣を掴んでいた。
実際、私は大和がどうなろうと関係ない。
私の使命は時代が必要としなくなった時、
障害となる真希を殺すことだ。
「紗耶香、あたしを殺せなかったら、宮様に渡してちょうだい」
「バカ!真希だってお前を殺せるはずがないだろう!」
今思えば真里はこの時、達観した表情になっていた。
それは土蜘蛛の持つ未来予知能力を発揮していたのかもしれない。
私にも弱くはあるが、未来予知の能力はあった。
だが、私には真里の未来が見えない。
それは真希や圭に対しても同じだった。
「真里、あたしの使命は・・・・・・」
そう言いかけた私の口を、真里は自分の唇で塞いだ。
そうだった。真里は混血だが、立派な土蜘蛛なのである。
まして、十年近くも愛人関係を続けて来たのだ。
私の考えていることくらいは、平気でスキャンしてしまう。
だが、真里は決して、それを口に出さなかった。
真里はそういう、いじらしい女なのである。
彼女は唇を離すと、ムリに笑顔を作った。
「あたしが愛してるのは、紗耶香だけだよ」
真里は私にキスすると、服を着て振り向きもせずに帰って行った。
私が本当に愛しているのは、真希ではなく、真里なのかもしれない。
しかし、私は自分の使命をまっとうするのが最優先であった。
真希の中の『意識』が増大したら、私は彼女を殺す。
私は真里が置いていった剣を掴んで引き抜いてみた。
この剣は、真希を殺すための剣になるかもしれない。
私は剣を鞘にしまうと、持っていた太刀と交換に、
背中に装備して岩屋を後にした。
私は真里を見送った後、急いで軍列に戻った。すると、圭が私を見つけてやって来る。
彼女は私と真里とが、どういった関係であるのか、全て分かっていたようだ。
その証拠に、かなり遠慮がちに話し掛けて来たのである。
「悔いはないの?」
長いこと一緒にいると、その狛犬顔にも慣れて来た。
最初は夢に出て来そうな印象で、不気味さすら覚えたが、
そんな圭の顔も、最近では愛嬌があるように見える。
歌と踊りの上手い圭は、思慮深くて大人に見えた。
「ないと言ったら嘘になるな」
私はムリに微笑んで見せたが、それは圭には泣き顔に見えたのだろう。
圭の少しつり上がった大きな眼に、湧き出るように涙が溜まって行った。
私は自分より幾分小柄な圭を抱き締めて「あんたが泣くことじゃない」と言う。
この涙もろい圭は、きっと良い女王になることだろう。
厳しい面もあったものの、何だかんだいって優しい女である。
「あー!またァァァァァァァー!」
真希が私たちに、思い切り飛び込んで来た。
大柄で重い真希に飛びつかれ、私と圭は思わず転んでしまう。
顔を顰めながら真希を見ると、彼女は満面の笑顔で私に抱きつく。
「紗耶香さん、だーいすき。圭ちゃん、だーいすき」
真里との別は辛いだろうが、まだ真希には二人の姉がいたのである。
私はこの仲のよさが、未来永劫続くことを願った。
《尾張》
尾張に着くと、私と真希はしばらく逗留することに決めた。
私には吉備に家があったものの、真希には帰ることろがないのだ。
それに、何と言っても真希は亜依のことが気になっていたのである。
そろそろ真希にも、『帰る場所』が必要だった。それが亜依なのである。
「それじゃ、出雲の経営は任せたぞ」
私は圭と抱擁を交わし、彼女の軍勢を見送った。
出雲は寒暖の差のあるものの、静かで豊かな土地である。
山賊だった圭の部下たちも、安住の地を見つけただろう。
そんな圭を見送る私に、なぜか眩暈がした。
(これは・・・・・・未来予知?)
戦の中で圭が全身に矢を浴びて斃れる様子が頭に浮かぶ。
私にも一部だが、土蜘蛛と同じ血が流れている。
だが、圭にトドメをさす者の顔が、どうしても見えない。
誰が圭を殺すのだろうか。あんないいヤツを。
私は人脈を利用し、出雲の情勢を探らせることにした。
不穏な動きがあったなら、すぐさま圭に知らせるつもりである。
圭は仲間であり、姉妹のようなものだった。
「紗耶香さん、どうしたの?」
真希が心配して声をかけて来た。
私がフラついたので驚いたのだろう。
私はムリに笑顔を作った。
「何でもないさ。ちょっと疲れただけだ」
「そうなの?だったらいいけど」
真希には亜依がいる。そろそろ私の存在意義も薄れていた。
二〜三年、真希の様子をみた後は、相模にでも出てみようと思う。
私は真希を愛していたが、彼女は何も考えていないに違いない。
ここは潔く身を引いて、真希のことは亜依に任せよう。
これも失恋なのだろうか。思わず吹き出してしまった。
「紗耶香さん、あたし亜依と一緒に暮らすわ」
真希が振り返って手招きをすると、
亜依が恥ずかしそうに下を向きながら現れた。
私は二人が体の関係になったのを知る。
亜依は族長の娘だったが、相手は大和の姫様だ。
真希が求めれば亜依は勿論、その父親ですら逆らえない。
尾張の蛮族では、意見することすら不可能である。
「そうか、それなら家が必要だろう」
私は二人のために家を新築することにした。
二人の新居は大和風の造りにしてみる。
高床式の屋敷で、周囲に土塀を誂えてみた。
私にはいくらか設計の知識があったので、
現地人たちばかりで工事をさせてみる。
その中には想像以上に器用な者もおり、
確かに人数もいたが、わずか三ヶ月程度で完成した。
真希と亜依は新居を見て喜び、私は苦労が報われる。
「紗耶香さんは、実家に帰らないの?」
真希は私が帰らないのを不審に思っている。
私には真希を看取る使命があるのだが、
そんなことは彼女に関係のないことだった。
このことは、きっと誰にも言うことはないだろう。
これまでも、これからも。
「あたしがいなくても、仕事には問題ないしね」
「ふーん、あたしは紗耶香さんがいてくれた方がいいけど」
そう言うと、真希は私に抱きついて、
例の「紗耶香さん、だーいすき」をやった。
となりでは、亜依が驚いて私たちを見ている。
こういったスキンシップを知らないからだろう。
あるいは、普段は無口で武骨な真希が私に
甘えるところを見たことがないのかもしれない。
これまでは私たちに甘えていた真希も、
これからは亜依を守る立場になったのだ。
大人の仲間入りを果たしたのだから、
筋は通しておいた方がいいのは当然である。
私は真希に大和の件を提案してみた。
「真希、一度くらいは大和に顔を出さないとな」
私が道理を言うと、真希は悲しそうな顔をして俯いた。
やはり、真希は実父に捨てられたことが忘れられないようだ。
真希も二十歳になるのだから、そろそろ割り切った方がいい。
勿論、真希が大和に行く前に、様子を調べなければならないが。
「大和には戻りたくない」
大和に戻る必要はない。真希にとっては、ここが安住の地なのだから。
私が言うのは、大和に顔を出した方がいいということである。
ここまで活躍したのだから、大王の妬みはあるだろうが、
このまま黙っていたら、どんな策略に遭うか分からないからだ。
狡猾な大王のことだから、真希を抹殺する計画を練っているだろう。
それを阻止する意味でも、大和へ顔を出すことは有効だった。
「まあ、ムリにとは言わないがね」
私は大和の様子を調べるのが先決であると思い、
それほど真希を大和へ行かそうとは思わなかった。
しかし、この私の判断は甘かったのである。
大王は真希を抹殺するためには手段を選ばなかった。
この時点で毛野や真里、圭、そして浪速と結んでいれば、
いくら強大な大和でも、倒すことができていたのである。
私は真希を説得して、連合軍を組織するべきだった。
この判断の間違いが、真希を苦しめる結果になってしまう。
私は死ぬまで後悔することになったのだ。
《風雲急を告げる》
それから数年は、平和で穏やかな日々が続いていた。
真希は三人の養子を取り、亜依と一緒に幸せな家庭を築いている。
相模の真里には男児が生まれ、更に忙しく働いているという。
独り身なのは私だけであり、圭にも浪速人の恋人ができたらしい。
私も二十五歳となり、すでに人生の折り返しに来ている。
尾張での暮らしにも慣れ、気ままな独身生活を送っていた。
私は呑気に歌を作って、シンガーソングライターとしての地位を築き、
野外ステージでのコンサートには数千人を動員するまでになっている。
こんな暮らしは退屈ではあったが、私としては割と気に入っていた。
そんな戦とは無縁となった私のところへ、慌てた部下が駆けつけ、
思いもよらない知らせを齎したのは、ある秋の夜のことだった。
「紗耶香様、大和で動きがありました。大王、ボケが始まったとしか思えません」
これまで何も言って来なかった大王は、真希に東征を命じることにしたらしい。
何でも、東国(毛野・土蜘蛛)の連中は年貢の納付を拒否したというのだ。
私は八方に密使を派遣し、詳しく調べたのだが、それは正に大王の策略である。
毛野においては年貢を三割も増やし、真里たちには米での年貢を強要したのだ。
毛野には酷な話だったし、狩猟民族である真里たちには、米での納付は困難である。
つまり、大王は東国の直接支配に乗り出すと同時に、真希に真里を討たせるつもりらしい。
そして、大王の邪魔者である真希を、精神的に追い詰めようとしていたのだ。
私は真希と話をすべく、彼女の屋敷へ乗り込んだ。
「すっかり陽が短くなったな。・・・・・・悪い知らせだ」
私は真希に東征の話をした。急な話に、真希も眼を剥いている。
ここで感情的になっては、大王の思うツボであることはあきらかだ。
「真希、大王は本気だぞ。どうするか・・・・・・」
選択肢はいくつかあった。
まず、大和の命令を受けるかどうか。
受けた場合に真里たちと戦うかどうか。
戦った場合、どこで切り上げるか。
大和の命令を受けなかった場合、
実父の軍勢と戦うかどうか。
戦った場合、勝ってよいものかどうか。
「紗耶香さん、これは何かの間違いだよ。相模に行って真里さんの話を聞こうよ」
真希の意見は分かりやすく正直で、何よりもっともだった。
ここで真里と戦ったとしても、全く何の得にもならない。
できれば真里を助ける意味でも、馬を買って支払いは米で行う。
そういった事業を展開すれば、解決する問題であると思われた。
それは難題を押し付けられた毛野においても同様であるといえる。
稲作の生産量を増大させるため、治水工事の精通者を派遣すればいい。
「とりあえず、大和には説得する旨を伝えておこう。
大義名分になるし、時間稼ぎにもなるからな」
私と真希はおっとり刀で、数人の従者を連れ相模に向かった。
今回の騒動が片付けば、私は真里のところへ落ち着いてもいい。
彼女の子供は順調に成長しており、間もなく五歳になるからだ。
自分で判断できるようになれば、真里は引退しても平気だろう。
そうしたら、どこかの静かなところで私と二人で暮らせばよい。
真希が気になるのなら、真里と一緒に尾張で暮らすのも悪くなかった。
「紗耶香さん、五年振りだよね。真里さんに会うの」
真希は嬉しくて仕方ないようだ。
こんなことで会うのはどうかと思うが、
真里と会えることには変わりない。
勿論、私も楽しみで仕方なかった。
「紗耶香様。大和の情報が入りました」
私たちは大和と相模の情報を得ながら進むため、ゆっくりとしたペースでの旅となっている。
情報は毎日、私の部下が早馬で届けており、遠江に入る頃、五度目の早馬がやって来る。
しかし、今回は使者の顔が妙に深刻であり、重大な事態が起こっている様子だった。
「悪い知らせか?」
「いえ、大王におきましては、早急の解決を望んでおられます」
どうも使者の話は歯切れが悪かった。
楽観的な真希は気にしなかったが、
私は不安を感じたので、使者を残して、
こっそりと話を聞いてみることにする。
すると、大王の陰謀が見えて来たのだった。
「大王は毛野の女王が交代したのを良いことに、奸臣の安倍と結託しております。
宮様を亡き者にしようと、。毛野をはじめ、奥羽諸国が宮様殺害に動き出している模様」
これは極めて危険な状況だった。このままでは真里の命が危ない。
私は使者に命じ、近江・美濃・尾張・三河の諸将に挙兵させる。
私の人脈を使わないまでも、これで一万以上にはなるからだ。
土蜘蛛を救うためには、一刻も早い挙兵が必要なのである。
「真希、事態が変わった。急ぐぞ」
私と真希は馬を走らせ、それから三日で箱根にさしかかる。
箱根の山道にさしかかると、真里がやって来ていた。
私は嬉しくなり、馬から飛び降りると、一直線に真里へと向かう。
ところが、いきなり矢で射られ、私は腕に負傷してしまった。
私も真希も何かの間違いだと思い、苦笑しながら矢を抜く。
「酷いな。五年振りの出迎えがこれか?」
秋晴れのススキの上を、風に煽られながら赤とんぼが飛んでいた。
真里は泣きそうな顔をしていたので、私は何ごとかと思い、あたりに気を配ってみる。
すると、凄まじい殺気を感じ思わず身構えた。それはあきらかに私たちを敵視している。
「真里さーん」
真希が手を振ると、数百人の土蜘蛛が現れた。
すでに真里は安倍の手先になっていたのか?
真里に限って、安倍なんかに騙されるワケがない。
どういったことなのか、私は話が聞きたかった。
「真里!話を聞きたいんだ!」
すると、真里は弓を構えて私を狙った。
この距離であれば、真里は決して外さない。
私の急所を貫くことができるだろう。
そうなれば、私は何も考えずに即死できる。
それが幸せなのかもしれなかった。
「紗耶香、宮様ー!帰って!お願い!帰ってー!」
真里は泣いていた。私は真里になら殺されてもいい。
真希には「動くな」と言い、真里に近づいて行った。
威嚇の矢が足元に突き刺さるが、私は恐れずに進んだ。
「紗耶香ー!来ないで!」
真里の放った矢は、私の太腿に命中した。
彼女は意図的に外したのである。
それを見た真希が私に駆け寄ろうとした。
「来るな!真希!」
さすがに真里は私を殺さなかったが、
相手が真希なら迷わず急所を狙って来るだろう。
彼女の腕なら、今の真希の位置でも外すことはない。
「うわあァァァァァァァァー!」
真里は弓を投げ捨て、私に飛びついてきた。
私は真里の息が止まるほど、思い切り抱き締める。
すると、土蜘蛛の連中からもすすり泣く声が聞こえた。
「紗耶香さん!真里さん!」
真希もいたたまれず、走ってきて私と真里に抱きついた。
私の右足は痛かったが、痺れていないので、毒矢ではない。
ちゃんと血管も外してあったので、私は矢を引き抜いた。
「何があったんだ」
「子供をさらわれたの」
なるほど、話が見えてきた。安倍が真里の子供を拉致したのだろう。
それで土蜘蛛たちに臣従するよう、圧力をかけて来たに違いない。
私は真里と話をするため、周囲を土蜘蛛に警戒させ、近くの岩屋に入った。
土蜘蛛は気の荒い連中だったが、私たちとは長いこと仲間だったのだ。
「大和に文句を言われないように、馬の代金は米で支払ってもらうようにすればいいじゃないか」
私は分かりやすく対策を説明した。
だが、真里は子供のことが心配でならないようだ。
安倍はこの方法で、周辺部族を引き込んでいたのである。
そのやり方の汚さには、吐き気がするほどだった。
「真里さん、あたしたちは仲間だよ」
真希が真里の手を握ると、再び大粒の涙が零れて行く。
このままでは、土蜘蛛が安倍の尖兵になるだろう。
そうなったら、嫌でも踏み潰さねばならない。
私はムリヤリにでも真里を連れて帰るべきだった。
そういった判断ができなかったのは、
私が母性を理解していなかったからである。
《安倍の野望》
毛野王国内の宮殿では、新女王である辻希美比売(つじののぞみのひめ)の前で、
安倍が奥羽などの族長を集め、戦略戦術作戦会議が行われていた。
まだ子供である希美は、ワケの分からない会議に退屈し、
こともあろうか居眠りを始めていたのである。
それを知った安倍は、眼を剥いて希美の胸倉を掴む。
「寝るんじゃないべさァァァァァァァァァー!」
安倍の凄まじい表情に、希美は飛び起き、頭を抱えて蹲る。
希美のこういった仕草は、叱られた時に行うことが多かった。
「きー!ごめんなしゃい」
希美はベソをかきながら、椅子に座りなおした。
子供の女王など、何の権限も持たず、存在だけが全てである。
内政は文官が執り行い、軍部に関しては安倍が最高指導者だった。
本来、安倍の身分は決して高いものではなかったが、
得意の策略でライバルを排除し、自身を出世させて来たのである。
行く行くは希美を自由に操り、毛野王国の実権を握ろうと模索していた。
「今度寝たら、黙って絞め殺すべよ。分かったの?アアン!」
「きー!わかりました!」
先代の美帆は無責任に引退してしまったため、仕方なく抽選で希美が選ばれた。
あまりに世間知らずであるためか、安倍の言うがままに動いている。
要するに安倍に頭が上がらず、絶えず怯えている状態だった。
全く無能な女王だったが、国民のウケは悪くなかったのである。
「なっち、可哀想じゃん。まだ子供なんだからさー」
希美を庇ったのは、会津の毛人の族長である圭織だった。
彼女たちはかなり大柄な部族であり、格闘技術は他を寄せ付けない。
その可動兵力は三千人程度だったが、一騎当千のつわもの揃いだった。
圭織は希美を可愛がっており、いい関係を続けている。
当時、東国は女系社会であったため、族長は女性ばかりだった。
「圭織は甘いべさ。しつけは厳しくしないとね」
安倍は会議に出席している族長を見回す。
出羽の戸田一族は言語こそ通じにくいものの、
やはり三千人の兵力を誇る中堅国家を維持していた。
ここでは族長であるりんねの姉、『まゆみ』を安倍が拉致している。
傘下最大の兵力を誇るのは、仙台地方の小湊一族だった。
五千人の兵力を持つ大国家であり、今回の対日本武尊戦では主力を務める。
アイヌ系では石黒・紺野・福田といった列強が顔を揃えるが、
その多くは安倍に肉親を拉致されていたのだった。
「今回は、土蜘蛛に先鋒を任せてあるべさ。
土蜘蛛が全滅した頃、弱った日本武尊軍を全滅させればいいっしょ」
安倍が強気に出ているのは、大和の大王からの書状があったからだ。
日本武尊を殺せたら、浪速や吉備のような待遇を約束するとしてある。
だからこそ、何が何でも勝たねばならなかったのだ。
そのための戦法として、土蜘蛛五千と日本武尊軍を戦わせ、
続いて傘下部隊が一万五千。最後に毛野軍一万の合計三万という大兵力である。
これだけの兵力で対抗すれば、日本武尊軍との勝利は確実だった。
「安倍ちゃん、土蜘蛛は大丈夫?」
小湊は不安を隠しきれない様子である。
もし土蜘蛛が日本武尊側についたとしたら、
厄介な存在になるのは間違いなかった。
しかし、根回しは狡猾な安倍である。
そんなことを考えないワケがなかった。
「土蜘蛛の族長、真里の一人息子を預かってるべさ」
こういったダーティーな作戦は、安倍が最も得意とする。
あまりの汚さに、露骨に顔を顰めたのがりんねだった。
彼女は姉の『まゆみ』を拉致されている。
「まあ、日本武尊軍は、狛犬の支援がなければ、せいぜい一万ちょっとっしょ?
こっちは三倍の兵力だべさ。楽勝は間違いないんでないかい?あはははは・・・・・・」
会議が終わると、りんねは部下を呼んで極秘の作戦をスタートさせた。
あさみ・まいといった剣術の達者な連中と共に、安倍を暗殺するのだ。
安倍さえ殺してしまえば、毛野は存亡の危機に立たされてしまう。
そうしたら、堂々と姉を連れて出羽に帰ればよい。
「いい?安倍は用心深いから、踊り子の格好で行くよ」
りんねは踊り子の服に着替えた。
あさみとまいも踊り子の服に着替え、
懐剣を隠し持って安倍のいる広間に向かう。
広間では安倍が希美と話をしている。
三人が安倍に近づいた時だった。
「ふーん、なっちを暗殺する気だべか?バカだべね」
余裕の表情で安倍が合図すると、
奥から槍を持った十数人が現れた。
槍を持った十数人と懐剣の三人では、
いくらりんねたちが強くても勝負にならない。
三人はすぐに槍隊に囲まれてしまった。
「そんな!どうして?」
秘密が漏れるとは考えられなかった。
まさか安倍が最初から疑っていたのか?
それとも、りんねは嵌められたのだろうか。
いくら用心深い安倍とはいえ、用意周到すぎる。
「あはははは・・・・・・覗き趣味って部下もいるべさ」
安倍が振り返ると、いかにも覗きをしそうな中年男が顔を現した。
この男は鈴音たちの着替えを覗いていたのである。
そして不穏な動きをする三人を、安倍に報告していたのだ。
男の趣味がこうじて、安倍の危機を救うとは。
「おのれ!こうなったら、刺し違えてやる!」
あさみが安倍に飛びかかろうとした瞬間、
兵士たちが反応し、数本の槍が彼女の体を貫いた。
凄まじい血が噴出し、あさみは即死状態で床に転がる。
もう、抵抗は無意味である。暗殺は失敗したのだ。
「あさみちゃん!」
りんねとまいは、血塗れのあさみを抱き上げる。
しかし、あさみの眼が再び開くことはなかった。
あさみの死で泣き顔になった、まいを尻目に、
りんねはあさみを抱いたまま、安倍を睨みつけた。
「バカな子だべねえ。武器を捨てるべさ」
りんねとまいは、仕方なく武器を捨てた。
勝ち誇った安倍は実に上機嫌で、
覗き男に好きな方を下賜すると決める。
男はりんねより幾分若い、まいを要求した。
「あはははは・・・・・・たっぷり可愛がってやればいいっしょ」
安倍は冷酷に微笑み、まいを男に引き渡す。
まいは男に引き擦られながら、広間から連れて行かれる。
安倍は冷酷に微笑みながら、恐怖に悲鳴を上げるまいを見送った。
そして、次に安倍はりんねを見つると、『まゆみ』の話をする。
「あんたのお姉ちゃんは『まゆみ』っしょ?よく似てるべさ。
ところで『まゆみ』はどこにいるか知ってるべか?」
「まさか!」
りんねは眼を剥いた。安倍は楽しくて仕方ない。
安倍は嬉しそうに微笑みながら大きく手を上げる。
その手を下ろした時、りんねの命が終わるのだ。
「そのまさかだべさ。『まゆみ』は黄泉の国にいる。逢わせてやるべさ」
安倍の手が振り下ろされるのと同時に、
りんねの体に十数本の槍が突き刺さった。
彼女は声も出さず、その場に昏倒する。
この汚いやり方をするのが安倍だった。。
そこにいるのは、小心者だった安倍ではない。
残忍な性格に変貌を遂げた安倍だった。
「きー!」
希美は眼前での二人の処刑に、
思わず頭を抱えて蹲った。
まだ子供で世間知らずな希美は、
こういったことに慣れていない。
目の前で人が死んで行くのが怖くて、
しゃがみ込んで震えていたのだ。
「何やってんだべさ!このくらいのことが怖くて、女王が務まるべか!」
「しょんな〜、女王なんて好きでなったんじゃないよう――――!」
安倍は希美の頭を殴りつける。
希美は意思を持たない女王であるべきだった。
そうでないと、今度は彼女が安倍に命を狙われる。
安倍の毛野王国略取計画は、始まったばかりであった。
生々しくて面白いね。
がんがってくらしゃい。
>>220 ありがとうございまス!
最後までお付き合いいただけると、うれしいっス。
《伊勢の神官》
「いいか?絶対に中立は守ってくれ。そうすれば、土蜘蛛を攻撃しないで済む。
何だかんだ言っても、土蜘蛛とは苦労を共にして来た仲間だからな」
私はしつこいようだが、真里に念を押した。
土蜘蛛たちさえ我々に逆らわなかったら、
仲間同士で殺しあうような愚行をせずにすむ。
安倍は土蜘蛛を尖兵に使うつもりだろうが、
十年も続く私たちの絆は、とても固いのだ。
「紗耶香さん、一万人の兵が集まりそうだよ」
伝令の報告を受けた真希は、とても喜んでいる。
私は例によって、真希に三千の兵を預けることにした。
鬼神のような真希であれば、倍以上の敵と互角に戦うだろう。
しかし、今回こそ安倍と正面から戦いそうな気配である。
あの女も優秀な軍師らしい。ここは私と勝負といったところだ。
無敵を誇る日本武尊の軍師として戦って来た私にとって、
今回の戦が腕の見せどころであるのは言うまでもない。
安倍には絶対に勝ち、奴を黄泉の国に送らねばならなかった。
「真里、決して早まるなよ」
「紗耶香さん、だーいすき。真里さん、だーいすき」
例によって真希が抱きつくと、真里も笑顔になった。
やはり、真里にとって、真希は可愛い『妹』なのである。
三人の姉と妹という構図は、自然にできあがっていた。
「真希、この戦が終わったら、あたしはここに残るぞ」
私は真希と真里に自分の意志を伝えた。
真希はどういうことか分からずにいたが、
それがとても重要なことであることは理解している。
寂しくはなるが、私は真里と一緒にいるべきだと思った。
「紗耶香・・・・・・」
「うん、紗耶香さんの人生だもんね」
真希はほんとうに大人になった。
まだ幼さの残る中で『意識』が覚醒し、
見事に自身と同化を遂げた真希は、
自分の運命を受け入れている。
今の真希であれば時代の流れとともに、
普通の女に変わって行くことだろう。
私の使命は真希を殺すことだったが、
そんな意義はなくなりつつあった。
「真希、先に駿河へ行け。そこで兵の到着を待つんだ」
私は真希を一足先に送り出すと、真里と話をする。
我が子を奪われて苦しんでいたが、真里は頭がよい。
今は何をすべきであるか、理解しているはずだ。
この戦が終わったら、相模ででも海産物を扱うか。
駿河の海は深いらしいので、変わった魚が漁れるだろう。
きっと尾張以西では珍重されるに違いない。
「土蜘蛛もまとまってきたみたいだな。あと五年経ったら、お前の子供も十歳になる。
そうしたら、お前は引退しろ。余生は一緒に過ごそうじゃないか」
「本気なの?」
「あたりまえだ」
私は真里を抱き締めた。
私が駿河に到着すると、すでに一万二千の軍勢が集まっていた。
当初は一万と言われていたが、圭が二千の援軍を送ってくれたのである。
こういった時に、仲間とはいいものだと実感してしまう。
暫く逢っていないが、狛犬の圭坊は元気なのだろうか。
「おう、ワレ!日本武尊の陣はここやろ?」
私は背後から小柄な女に話し掛けられた。しかし、口の悪いおばさんである。
イントネーションは浪速らしいが、かなり立派な神官の服を着ていた。
どうやら、どこかの宮を守る者らしい。それにしても少し酔っているようだ。
「げげー!どうしたの?叔母さん」
真希は酔った神官の服装をした女に駆け寄った。
女は稲葉貴子比売(いなばのあつこのひめ)といい、
治外法権が許された伊勢の宮大社の神官である。
当時、国名がつく宮は伊勢・出雲・和泉の三箇所だけであり、
最大級の敬意が払われている宗教拠点だったのだ。
特に伊勢の宮は東国への宗教的備えとして配置されており、
他の二箇所の宮よりも全てにおいて優遇されている。
つまり、最高に権威のある宮だったのだ。
「アホ!陣中見舞いやで。酒でも持って来んかい!」
貴子は矢を千本と、見事な太刀を持って来ていた。
占いによると、今回の戦は激戦になるらしい。
それを知った貴子は、真希を励ましに来たようだ。
(ワレが猿楽やな?割と男前やないか)
貴子は私の頭の中に話し掛けてきた。
この女は大和の大王一族でありながら、
土蜘蛛の能力を使うことができるらしい。
どうやら、先代の大王が土蜘蛛の女に産ませたようだ。
(真希を『覚醒』させたのは、あんたなんか?)
(いや、真希は自身で『覚醒』し、同化したんだ)
(あんたは只者やないな。真希は戦で負けることはないで)
真希は戦において、天性の素質があった。
それに加えて『覚醒』で得た能力が合わさり、
戦う相手がどんなに大軍であろうと、
必ず弱点が見えてしまうらしい。
私が得意とするところの理論を加えれば、
向かうところ敵なしの状態なのである。
「はい、お酒だよ」
真希が酒を持ってくると、貴子は嬉しそうに受け取った。
しかし、その酒を飲む前に、貴子は「忘れるとこやった」と言い、
真希に紫色の布に包まれた太刀を手渡したのである。
それは見たこともない素晴らしい太刀だった。
誰からも大切に扱われているところをみると、
かなりの価値があるものだということが分かる。
真希はその太刀を抜いてみた。
「これが草薙の剣やで。まあ、大王家の家宝やな。こいつを使いや」
これが伝説の草薙の剣なのか!私は妖気すら感じる剣に見入っていた。
この太刀を地面に突き立てれば、どんな草であろうと薙ぎ払われ、
不毛の大地に変えてしまうという恐ろしい剣であった。
かつて、須佐男命がこの太刀を使い、出雲の地を砂漠にしてしまったという。
その名残が広大な鳥取砂丘だと言われていた。
「へえー!凄い太刀だね」
真希は重い草薙の剣を、まるで懐剣のように扱う。
力があることに加え、大和王族の血族だからこそ、
こんな凄まじい剣を扱えるに違いない。
真希は試しに近くのブナの木に斬り付けた。
「危ない!」
私は貴子を抱いて避難した。
高さが十メートルはあろうかというブナの木が、
藁束のように切れて倒れて来たのである。
その切れ味は恐ろしいくらいであった。
「あちゃー、ごめんね」
真希は舌を出したが、兵が二人ばかり下敷きとなった。
大急ぎで救出された兵が打撲だけだと分かると、
何を思ったか真希は大声で笑い出したのである。
つられて私や貴子も笑い出し、近くにいた兵も笑った。
「ふふっ、ええ雰囲気やな」
貴子は私の肩を叩いた。
私は貴子に真里を任せようかと思っている。
神官であれば中立的な立場であるし、
真里と一緒にいてもカドがたたない。
(土蜘蛛の女王やろ?もう、遅いわ)
貴子は頭の中に話し掛けて来たが、
私はあえて無視することにした。
私には分かっていたのである。
真里が助からないことを。
《決戦始まる》
翌日、私たちは箱根を越えて相模へと進出した。
相模の穀倉地帯を進んで行くと、北から敵が攻め込んで来る。
装備から判断するに、どうやらアイヌ系の奴らのようだった。
真希は三千人の兵を率いて迎撃し、圧倒的な強さを見せる。
五千人ものアイヌ兵を、僅か一時間で駆逐してしまった。
「弓を使って来るとはね。二百人も損害が出ちゃった」
真希は予想以上の損害で、口惜しそうに舌打ちをした。
しかし、敵は十倍近い死者を出して潰走したのだから、
真希たちの大勝利には間違いないのだが。
「ご苦労だな。しかし、あれは様子をみに出て来ただけだぞ」
私は安倍の作戦を考えていた。
自分が安倍だったら、どういった作戦に出るのだろう。
まずは様子をみて、次に軽く全軍を合わせてみる。
そこで実力が分かるだろうから、後は応用だけだ。
効果的な攻撃は続行し、失敗したものは克服する。
これが兵力的に有利な立場を持った者の作戦だろう。
「油断するな。主力が出て来たぞ」
私は川の対岸に布陣した大人数の敵を前に、我軍の陣形を考えてみた。
平地戦では数がモノをいうので、我々は圧倒的に不利である。
これを克服するには、完璧な作戦と士気を上げる事しかない。
武器の材質差こそ出るだろうが、それは考えない事にした。
そういった不確定要素よりも、考えられるところから考える。
「紗耶香さん、川のこちら側に魚鱗の陣を」
魚鱗?私は不審に思って首を傾げた。
敵は広翼の陣形なので、魚鱗は不利であると思える。
しかし、真希は確信したように言った。
確かに魚鱗の陣は、後の展開には有利であるが、
敵が圧倒的な数である場合、包囲されておしまいである。
私は頭を捻っていたが、ようやく気付いた。
「そうか!川を・・・・・・魚鱗の陣を敷けー!」
私は即座に魚鱗の陣形を組ませ、敵の状況に応じて対応することにした。
なぜなら、これだけの川を渡って来る敵は、それなりに疲弊して来る。
移動速度は極端に落ちるワケだから、少しづつ潰して行けば良い。
持久力が必要な作戦だが、敵も一気に攻めて来たりはしないだろう。
「弓は川中の敵を狙え!」
間もなく敵が攻めて来ると、真里たちの技術を受け継いだ者が弓を射る。
川に入った敵は素速く動けないため、格好の的になって行った。
それでも数百人が上陸して来たが、先鋒の部隊に全滅させられる。
これで我軍の士気は高揚し、一万対三万の対峙が始まった。
相模川を挟んでの対峙に、毛野国女王の希美と安倍がやって来た。
思った以上に苦戦し、安倍が直接指揮する事になったのである。
毛野軍は安倍にカミナリを落とされ、震え上がっていた。
「何やってんだべさァァァァァァァァー!部隊指揮官は集合!」
安倍は数十人の部隊指揮官を集め、緊急対策会議を開いた。
三分の一の兵力でしかない日本武尊軍に苦戦するなど、
何よりも安倍のプライドが許さなかったのである。
中央の奥には女王の希美が鎮座し、その前に安倍が座っていた。
つまり、安倍が言うことは女王の言うことである。
女王に逆らうことは、死を意味していた。
「敵の作戦能力は我軍の比ではなく、この有様にございます」
「それは安心していいべさ。なっちが来たんだべよ。負けるワケないっしょ」
部隊指揮官たちは、安倍に詳しい様子を報告した。
安倍はビーフジャーキーを食べながら報告を受け流す。
あまりにも稚拙な味方の作戦は、安倍の機嫌を悪くするだけだった。
一通り報告が終わると、安倍は咀嚼しながら命令を下す。
「ムシャムシャだから、ムシャムシャっしょ?ムシャムシャするべさ」
「安倍さん、ののにもくらさい」
物を食べながら話をしたところで、安倍が何を言っているのか、誰も分からなかった。
だが、安倍はそれでよいと思っている。なぜなら、蛮族は捨て駒になって貰うからだ。
長期戦・消耗戦ともなれば、味方にも多大な損害が発生するだろう。
しかし、主力の毛野正規軍は無傷であるから、痛くも痒くもないのだった。
「ムシャムシャおいしいれすね」
「ムシャムシャムシャ・・・・・・早く出撃するべさァァァァァァァー!」
アイヌや毛人たちが、捨て身の突撃を敢行する。
六千人のうち、逃げ戻って来れたのは数十人だった。
それでも日本武尊軍に二千名もの損害を与え、
安倍はかなり上機嫌である。
「さて、敵も矢が切れた頃っしょ。土蜘蛛はまだだべか?」
安倍は歯に挟まった肉を取りながら聞いた。
しかし、希美はビーフジャーキーを食べるのに忙しく、
安倍の言うことなど、全く耳に入る状態ではない。
短気な安倍は、希美の胸倉を掴んで怒鳴った。
「聞いてんだコラァァァァァァァァー!」
「きー!すみましぇん!・・・・・・何れすか?」
安倍に怒鳴られた希美は、例の如く頭を抱えてしゃがみ込む。
その仕草は、いかにも子供らしくて可愛らしいのだが、
安倍は話を聞いていない希美に腹をたてていた。
「土蜘蛛はまだ動かないか聞いてんだべさ!」
「し・・・・・・知らないれす」
「あんたが話をしたんだろうがァァァァァァー!」
「さ・・・・・・催促するんれすか?」
「当たり前だべさ!早くしないと子供を殺すって言うべさ!」
「とっくに殺しちゃったじゃないれすか」
「いいんだべさ。これが駆け引きってもんだし」
希美は侍従に合図の狼煙を上げさせる。
これで土蜘蛛は、嫌でも日本武尊軍の背後を突くだろう。
その時は、日本武尊の最期であると、安倍は確信して笑い出した。
「呼応する狼煙があがったのれす」
希美は指を差しながら、横にいる安倍に報告した。
例え女王であろうと、安倍には絶対に逆らえなかった。
すでに安倍の地位は、女王の上にあったのである。
「よし、出撃するべさ。先鋒は圭織!任したべよ」
飯田勢二千人は、一騎当千のつわものたちである。
その実力は、かねてからの折り紙つきであり、
毛野王国ですら攻め落とせなかった民族であった。
「日本武尊ってさー、強いみたいじゃん。楽しみだな」
圭織は余裕の表情で言った。
やはり狩猟民族である彼女たちは、
命を賭した戦いにロマンを感じているようだ。
それは日本武尊同様、負け知らずだったからに違いない。
結果的に、圭織は安倍に利用されているのだが、
彼女は命懸けの勝負がしたいだけだった。
《再び》
「ほう、どうやら諸悪の根源が出て来たな」
私は抜群の遠距離可視能力を使い、
安倍がやって来たのを知った。
何とかその『気』を探ってみるが、
どうやら結界が張られている。
二度にわたる捨て身の突撃を受け、
我軍は二千人もの被害が出ていた。
川岸には数千人の死体が横たわり、
川の中ではゆっくりと死体が流れて行く。
多くの死体は安堵の表情を浮かべている。
死の恐怖で張り詰めた神経が安らいだのだ。
こういった死は、安心感があるのだろうか。
「うん?あの煙は・・・・・・」
安部がいる敵の本陣の後方に
私は妙な動きをする煙を発見した。
それはあたかも合図のようであり、
私はそれが狼煙であると判断する。
問題は何を意味する狼煙なのかだった。
予想以上に甚大な被害が出たので、
後方に援軍の要請なのか?
それとも・・・・・・
「紗耶香さん、何を見てるの?」
隣にいた真希は私に質問して来た。
私は遠くの煙を指差してみる。
真希はあまり眼の良い方ではないが、
はっきりと狼煙を確認できた。
「狼煙?」
「そうだろうな・・・・・・あれは!」
何気なく我軍の後方を振り返った時、
私は背後の山頂で立ち上る煙を発見した。
我々の背後にいるのは土蜘蛛たちである。
それは我々への敵対を意味していた。
恐らく真里は死ぬ気で戦を仕掛けて来るだろう。
「あれ?あっちでも狼煙?」
真希は呑気に振り返って、馬上から山の頂を見上げた。
それは確実に煙を操作しており、安倍への返答に違いない。
「甲斐に脱出しよう」
前面に二万五千、後方に五千の兵を受けては、
いくら無敵の日本武尊軍でも撃破されてしまう。
真希は状況が呑み込めず、眼を白黒させていた。
ここは一刻も早く相模川を北上し、
足柄峠から甲斐に抜けるべきである。
「紗耶香さん、どういうこと?」
真希は今の状況を理解できず、
パニックを起しかけていた。
やがてれ敵の陣形にも変化が現れ、
土蜘蛛に呼応して攻めて来るだろう。
我々は今すぐにでも撤退すべきなのだが、
真里のところには真希の叔母の貴子もいた。
「土蜘蛛が背後から攻めて来るだろうな」
「そんなバカな!」
真希は見る見る悲しみの表情になって行く。
彼女にとって家族同様の真里が裏切るなどとは、
絶対に信用しないに違いない。
それどころか、私に敵意すら抱いていた。
「紗耶香さん!真里さんは、そんな人じゃないよ!」
真希は涙を溜めながら私を非難する。
できれば私だって信じたくは無い。
私にとって真里はかけがえのない女なのだ。
「真里は・・・・・・死ぬ気だ。子供を拉致されたんだからな」
その時、数人が後方の山道から走って来るのが見えた。
どうやら土蜘蛛と一緒にいた貴子たちのようである。
貴子を解放したということは、間違いなく真里は死ぬつもりだ。
「叔母さーん!」
「真希!退却せえ!この戦は負けやァァァァァァー!」
「なんで?真里さんも一緒に戦えばいいじゃない!」
真希は涙を流しながら私に言った。
それができれば楽なのである。
しかし、これから先も土蜘蛛たちは、
大王に利用されて行くだろう。
彼らはその特殊能力で悟ったのだ。
土着民族である自分たちの終焉を。
「もう遅いんだよ。真希・・・・・・」
「嫌・・・・・・嫌ァァァァァァー!」
―――ドクン!
「うっ!」
私は真希の様子が変わって行く感覚を得た。
再び『覚醒』が始まったようである。
まさか!真希は『覚醒』して同化したのではないのか?
(真希は、まだ不完全体なんや。三度の『覚醒』で完全体になる)
そんな!真希は何で『覚醒』するんだ?
真希は怒りのコントロールができなくなると、
凶暴な日本武尊になるとでもいうのか?
復讐でもないのに・・・・・・まさか!悲しみ・・・・・・
(そうや。真希は激しい悲しみを感じると、それが積もって『覚醒』する)
真希の『覚醒』を誘発するのは、
怒りではなくて悲しみだったとは。
しかし、これ以上の『覚醒』は、
真希の許容範囲を超えてしまいそうだ。
『覚醒』したところで、果たして真希と
どこまで同化することができるか分からない。
このまま残酷な日本武尊になってしまうのだろうか。
(そればかりは分からんわ。うちは、そこまでしか分からない)
私には『覚醒』して日本武尊になった真希を、
静かに見守ってやることしかできなかった。
真希は今、全てを理解し、真里の死を確信する。
真里はこともあろうか、真希に討たれるつもりなのだ。
姉妹のような真里を討たなくてはならない悲しみ。
これが真希を『覚醒』に向かわせていたのだった。
悲しみの果てに凶暴な人間に変わってしまう真希は、
あまりにも憐れな女なのであった。
「これより、敵陣に攻め込むぞ」
もうそれは真希の声ではなかった。
髪は金色に近くなり、眼は灰色になっている。
まるでアイヌ人のような風貌になっていたが、
その眼光は背筋が凍るほど冷酷なものであった。
「ま・・・・・・待て!このままじゃ・・・・・・」
「うるさいっ!」
私は真希に突き飛ばされた。
真希は私に抱きつくことはあっても、
決して暴力を振るうことはない。
だが、眼の前の『覚醒』した者は、
そんなセンチメンタルな人格ではなかった。
「陣形を崩すなァァァァァァァァー!我に続けェェェェェェェェー!」
真希は草薙の剣を振りかざし、馬に飛び乗った。
《死闘》
真希は勇敢に敵陣へ飛び込んで行った。
日本武尊自ら敵陣に斬り込んだのであるから、
それに続く兵士たちは俄然勇敢になっている。
私は真希を守ろうと、彼女の背後についていた。
戦闘に夢中になると、背後が疎かになるからだ。
「この雑魚どもが!」
真希は鬼神の如く暴れまわった。
彼女が草薙の剣を一振りすると、
数人の敵兵の首が宙に舞った。
私には草薙の剣が光っているように見える。
そして真希が振るうたびに尾を引くのだ。
「日本武尊!勝負しな!」
長身の女が、すさまじく大きな太刀を振りかざして現れた。
青銅器の太刀だったが、軽く草薙の剣の倍はある。
これだけの大太刀を扱えるのは、人間業ではなかった。
「バカな女だ」
真希は草薙の剣を繰り出した。
ものすごい音がして、女は草薙の剣を受け止める。
まるで稲妻のような閃光が走った。
周囲の兵が戦闘を中断してしまうほどである。
「よく受け止めたな。名前は?」
「飯田圭織比売(いいだのかおりのひめ)」
会津の毛人の族長である飯田圭織比売といえば、
東国、いや列島最強の猛者との噂である。
これはどう考えても名勝負であるに違いない。
しかし、残念なことに、結果は見えていた。
日本武尊である真希が勝つに決まっている。
日本武尊こそが最強の武将であるのだ。
「圭織!早く仕留めちゃうべさ!」
私は聞き覚えのある声がする方を向いた。
そこには憎き安倍がいるではないか。
安倍は二人のバトルに夢中で私に気付かない。
今が安倍を仕留める絶好の機会である。
私は真里から預かった太刀を引き抜くと、
馬上から安倍に斬りかかった。
「ヒイィィィィィィィィィィィー!危ないべさァァァァァァァァァー!」
悪運の強い安倍は、私の太刀をかわした。
私は近くの兵士の槍を取り上げ、安倍に突きかかる。
手応えがあったものの、それは安倍の太腿に突き刺さっただけだ。
私は動けなくなった安倍を追い詰め、とどめをさそうとする。
こいつだけは許せない。どうしても私が殺してやりたかった。
この女が生きている限り、誰かが泣き、そして死んで行くだろう。
すでに安倍は、その存在自体が罪だった。
「お前だけは絶対に許せない」
「たたたたたたた・・・・・・助けてェェェェェェェー!」
安倍は必死の形相で逃げ惑い、私に命乞いをする。
私はあの時に、安倍を殺さなかったことを後悔した。
たとえ、逆上した真希に斬り殺されたとしても、
あの時に安倍は殺しておくべきだったのである。
私がとどめの槍を安倍に突き出そうとした時、
一本の矢が飛来し、私の肩に突き刺さった。
「誰だ?」
私が振り向くと、後方の中洲には真里が立っていた。
この距離で外すワケがないので、彼女は私を狙ったのである。
真里がその気になれば、私の心臓を確実に射抜くだろう。
それなのに、肩の中でも比較的痛みが少なくて、
安全な部分にヒットさせているのだから
彼女はわざと外したのである。
「真里!」
私は安倍を殺してから、真里を救おうと考えた。
殺そうと向き直った時、すでに安倍の姿はない。
二人の兵に担がれて、逃げて行くのが見えた。
私は安倍めがけて槍を投げつけるが、
それは負傷した方の膝に突き刺さっただけだった。
「くそっ!悪運の強いヤツだな」
私は真里の近くに行こうとしたが、
大勢の土蜘蛛たちに阻まれてしまった。
土蜘蛛たちは、空ろな眼で私を阻止している。
決して攻撃をせず、それでいて道は譲らない。
私が太刀を繰り出すと、一応は防戦するが、
死を望んでいるようにさえ思えてしまう。
これまで一緒に戦って来た仲間であるから、
私も彼らを殺したくはなかった。
「通してくれ!真里だけは救いたいんだ!」
土蜘蛛の集団は、私を取り囲んでいた。
それは攻撃をする目的ではなく、
私を毛野兵から守るようである。
私は土蜘蛛によってゆっくりと、
安全な場所へと誘導されて行く。
(さようなら、紗耶香)
私の頭の中に真里の声が響いた。
真里には、こういった能力がない。
きっと、土蜘蛛の誰かの能力を借りて、
私に最後の言葉をかけたのだろう。
私は土蜘蛛を押しのけて真里を追いかける。
だが、真里は悲しそうに微笑むと、
葦の中に入り込んで行ってしまった。
「真里!死んじゃいけない!真里ー!」
私の叫び声に呼応するように、
土蜘蛛たちが一斉に泣き出した。
こんなことで土蜘蛛が滅びていいのか?
お前たちだって人間じゃないか。
「もういいのです。紗耶香様」
土蜘蛛は私に達観した眼を向けた。
何がいいんだ!
お前たちは死ぬために生まれて来たんじゃない!
生きるために生まれて来たんだろう?
まだ間に合う。土蜘蛛は日本武尊兵を殺していない。
私が責任を持って助けるから!
・・・・・・生きるんだ!
その頃、真希と圭織の一騎討ちは佳境を迎えていた。
互いに馬を降り、これが本当の真剣勝負である。
すでに、他の場所での戦闘は休戦状態となり、
双方の兵士たちは真希と圭織を取り囲んでいた。
そして口々に、自分の指揮官の応援をしている。
「さすが日本武尊だね!あはははは・・・・・・興奮するよ」
圭織は真希との対戦を楽しんでいた。
力では圭織の方が上で、技術は互角である。
太刀の材質だけの差で真希は助かっていたが、
その顔は、なぜかとても嬉しそうだった。
『覚醒』した人格は、確かに殺し合いを楽しんでいる。
真希からの殺気は、先ほどの数倍にもなっていた。
「鼻血が出ても許してね。あはははは・・・・・・」
真希は圭織と刀を交えながら、性的な刺激を受けているようだ。
この性格の変貌が、第二の『覚醒』なのであろうか。
確かに、サディスティックでなければ殺戮は行えない。
真希の興奮はピークを迎えようとしていた。
こうして真希の殺気が一段と強くなった時、
草薙の剣が唸りをあげ、凄まじい一撃となって圭織を襲った。
圭織はかろうじて受け止めたが、普通の兵士だったら、
間違いなく体を真っ二つにされていただろう。
さすがに、これまで負け知らずの圭織だけはある。
だが、真希の放った、この一撃は決定的だった。
圭織は手首をやられ、太刀を握れなくなってしまった。
圭織は太刀を落とし、痛めた右手首を押さえる。
そして勢い良く突き出された草薙の剣は、
無防備な圭織の腹にヒットしてしまう。
「あぐっ!・・・・・・やっぱ、強いじゃん」
「久しぶりに楽しませてもらったぞ」
真希は返す太刀で圭織を袈裟懸けに斬った。
この一撃は頚動脈から大動脈を切断する。
圭織は血を吹き出しながら昏倒した。
「うわァァァァァァァー!圭織様ァァァァァァァァー!」
圭織の手下どもは、虫の息となった彼女に駆け寄る。
これまでの戦闘では、決して負けたことがなく、
優れた武将としての評価が高い圭織であった。
日本武尊という新興勢力の存在は東国にも知れていたが、
これほどの強さだとは、いったい誰が思ったことだろう。
期待していた圭織が討たれると、
敵は一気にうろたえ出してしまう。
あんなに強い族長が破れたため、
敵は戦意を喪失したのである。
しかも、相手は不負神話を持つ、
最強の日本武尊軍だった。
「さあ、楽しもうじゃないか!」
更に真希の眼つきが変わると、
すさまじい殺気が発生する。
これは私がかなり以前に、
熊襲で感じた真希の殺気だった。
『覚醒』した『意識』とは、
人間の根源的な本能なのだろうか。
真希、いや、覚醒した意識は今、
敵を『狩り』することを望んでいる。
逃げ惑う人間を狩ることを、
覚醒した意識は楽しんでいた。
「あはははは・・・・・・あはははは・・・・・・」
真希は敵を追いまわし、殺すことに酔いしれている。
すでに戦ではない。これはハンティングなのだ。
真希は殺戮を楽しむと、敵が逃げて行った方面へ向かう。
相模川の河川敷は、一万人以上の死体に埋め尽くされた。
今の真希を止められる者など、まず存在しない。
私は残った兵たちに命じ、死体を川に流した。
《毛野平定》
真希は毛野までの道中に、付近の村を全滅させては狩りを楽しんだ。
我軍も多くの犠牲者を出していたが、真希は全く気にしていない。
真希の覚醒した残虐性は、以前よりも過激になっている。
真里から教わった弓を使い、逃げ惑う無抵抗の村人を射殺して行くのだ。
降伏は許さず、戦っても勝てる相手ではなく、村人は逃げることしかできない。
そんな真希の恐ろしさに、逃げ出した兵も多かったのは事実である。
一万二千人もいた兵は、すでに八千人になっていた。
「あそこが奴らの本拠地か」
真希は獲物を見るように、大平野に浮かぶ集落を見た。
敵は相模川の戦で壊滅しており、至るところに敗残兵がいる。
真希は彼らを皆殺しにしながら、ここまでやって来たのだ。
恐らく、この地まで逃げ戻った者は、五千人足らずだろう。
「全て焼き尽くす。そして、できるかぎり殺すんだ」
真希は疲労を見せる兵たちに言った。
風向きを考えて火を放てば、大集落など瞬く間に燃えてしまう。
その避難民を片っ端から殺すつもりなのである。
勿論、国王の屋敷にも火を放ち、支配者階級は皆殺しだ。
こういった殺戮の意識は、はたして『同化』させられるのだろうか。
私は不安を感じながら、兵たちにつかの間の休憩をさせた。
「真希、安倍だけは絶対に始末するんだ。ヤツだけは許せない」
私は安倍を取り逃がしたことを後悔していた。
あの時、安倍を殺していれば、もう戦は終わっている。
真里を助けようとしたことが安倍を取り逃がし、
結果的に真希の殺戮を助長していたのだった。
大和と日本武尊に反抗した真里は死ぬ気なのだ。
躊躇わずに安倍を殺しておくべきだった。
「安倍は殺さないよ」
当然のことのように言う真希の言葉に、私は自分の耳を疑った。
これほど殺戮を楽しんでいる真希が、なぜ安倍を殺さないのだろう。
唖然とする私を見て、真希は冷酷な薄ら笑いを浮かべて言った。
「あいつを殺したら、終わっちゃうだろう?」
・・・・・・そうだった。
今の真希は殺戮が楽しくて仕方ないのだ。
こういった状況を提供してくれた安倍に対し、
真希は感謝の気持ちすら感じているだろう。
「真希・・・・・・」
熊襲の時は復讐という感情が底辺にあったが、
真希は今回、単に殺戮を楽しんでいるだけである。
以前の真希と『同化』する確証がないのであれば、
この場で真希を殺すべきなのだろうか。
夜になると、真希は北西方向から火を放った。
そして南東に回りこみ、避難民を待ったのである。
真希の目的は殺戮であるから、私は戦略的な部分を指揮した。
「国王の館を包囲しろ!」
私は五千の兵に命じた。
殺すのは安倍一人で充分である。
特に、まだ幼い女王は殺したくない。
感情的な面ばかりではなく、
彼女は領民に慕われているからだ。
「館内の者に告ぐ!安倍の首をよこせば、命は安堵するぞ!」
私は大声で館に向けて怒鳴った。
もう安倍の権威は地に落ちているはずだ。
今回の責任は、全て安倍にある。
幼い女王を利用した安倍の反逆だとすれば、
いくら大和でも納得せざるを得ない。
私がそんなことを考えていると、
館の中から数名の男が出て来た。
「安倍様はいらっしゃいませぬ。女王様においては、ご自害されまする」
「バカ!まだ子供だろう!早く助けるのだ!」
私は数人の部下を引き連れ、男たちと館の中へ飛び込んだ。
館の中は怪我人ばかりであり、女たちが手当てをしている。
中には私に敵意の視線を向けて来る者もいたのだが、
多くの者は絶望に満ちた眼をしていた。
「遅かったか・・・・・・」
女王の寝所では、背中に懐剣を突き立てられた希美が倒れていた。
私は彼女に駆け寄って抱き上げてみる。まだ息があった。
背中を刺されているのだから、間違っても自害なんかではない。
「しっかりしろ。安倍はどこだ?」
「安倍・・・・・・さんは・・・・・・ののを刺して・・・・・・逃げたのれす」
私は安倍の逃走経路を探させる。
その間、真里を救う最終手段を考えた。
この傷では、希美は助からない。
その前に、土蜘蛛への命令を出してもらわねば困る。
「土蜘蛛の王子を解放して、戦をやめる指示を出せ」
「あの子は・・・・・・安倍さんがとっくに・・・・・・殺しちゃったのれす」
何ということだ!これでは土蜘蛛が納得しない。
それどころか、王子の死は日本武尊軍が、
毛野王国を攻めたせいだと思うだろう。
真里を救う最後の望みが失われた。
「・・・・・・真希の殺戮を阻止しなければ!おい、大和への降伏・恭順を宣言しろ」
私は瀕死の希美に言った。
希美が宣言した時点で毛野は大和の傘下に入る。
そうすれば、真希にしても勝手に住民を殺せなくなるのだ。
希美は最後の力を振り絞り、宣言をする。
「毛野は大和に降伏し、恭順することを・・・・・・誓う・・・・・・つ・・・・・・土蜘蛛・・・・・・がくっ!」
希美はついに力尽きてしまった。
こんな幼い少女を利用した挙句、
必要がなくなると殺してしまう。
それが安倍のやり方なのである。
安倍は絶対に生かしておいてはいけない。
例え真希が激怒しようと、安倍は私が殺す。
「女王様!最後の方が聞き取れませぬ!」
「土蜘蛛もこれにならい、頭領は責任を持って出頭すること」
「そんなに長い言葉ではなかったような・・・・・・」
頭の固い侍従が首を傾げる。
私はその男の胸倉を掴んだ。
真里が大人しく出頭すれば、
救ってやることができた。
その可能性は低かったが。
「確かにそう言った。文句があるヤツはいるか?」
私は太刀を抜いて侍従たちに突きつける。
腰を抜かした侍従は、私が言った通りを木簡に書き込んだ。
私はすぐに木簡を書き写させ、真希の陣と土蜘蛛へ送る。
そして私は安倍を追うべく、外へ飛び出した。
保全
《さらば真里》
「安倍は足を負傷している!遠くへは行っていないだろう!探せ!」
私は三百人の部下と安倍の追跡を始めた。
あれだけの重傷であれば、馬に乗ることもできない。
徒歩か担架で運ばれた可能性が高かった。
そうなれば、付近を隈なく捜せば発見できるだろう。
「紗耶香様ー!大川(利根川)河川敷で安倍らしい女が目撃されました!」
「海に出るつもりだな?よし!騎馬隊百騎で追い詰めろ。首を取って来い」
私自身の手で安倍を殺したかったが、
そろそろ真希が引き上げて来る頃だった。
神経質になっている土蜘蛛を刺激しては困るので、
とりあえず私は、毛野女王の館に戻ることにする。
私が単騎で戻って来ると、館の前では激戦となっていた。
「紗耶香様!土蜘蛛でございます!」
「何!希美の言葉を伝えたのではないのか!」
私はそう言って思い出した。
この東征は大王が画策したものである。
大王の目的は、真希を潰すことだった。
古くからの仲間である真里を殺させ、
真希の神経を切り裂くのが目的である。
きっと、私が思いもよらないような、
狡猾な罠が仕掛けられていたのだろう。
「やめんかァァァァァァァァァー!」
私は太刀を放り投げ、防具を脱ぎ捨てた。
全くの丸腰で戦闘の中に飛び込んで行く。
土蜘蛛たちは私を見ると逃げ出したが、
少し離れた場所に集結した。
そして、その中央にいたのは、
真っ赤に眼を腫らした真里である。
「真里!」
私は馬から飛び降り、真里に向かって歩いて行った。
今となっては真里を救えるのは、この私だけである。
今ここで私が救わなければ、土蜘蛛の全滅は確実だ。
間違いなく真里もこの地で死ぬことになるだろう。
それはごめんだ。私は真里と一緒に暮らす。
子供は死んでしまったが、それはそれで構わない。
真里と二人、この地か尾張で暮らすのだ。
「来ないで!」
真里は私に弓矢を向けた。
この距離であれば、真里は正確に目玉を射抜くだろう。
それでも良かった。真里に殺されるのなら本望だ。
私は躊躇することなく、真里に向かって行く。
もう、私の使命など、どうでも
その時、真里の矢が放たれ、私の太腿に突き刺さった。
「うっ!」
矢は筋肉に突き刺さり、私は立てなくなって転がった。
真里であれば、こういった人間のツボに命中させられるだろう。
それほど不思議なことではなかった。
「紗耶香、もう土蜘蛛は終わりなのよ。大和の大王が兵を向かわせてるわ」
「終わりなんかじゃない!諦めるな!真里!」
私は這ってでも真里のところへ行こうと、矢を引き抜くと前進を始めた。
ようやく真里が視界に入って来ると、彼女は火に髪を投げ入れている。
この儀式は土蜘蛛特有のものであり、命を賭して闘うというものだった。
大和に殺されるよりは日本武尊軍に。これは真里の選択だったのだろう。
「ずいぶん数が減ったよね。弓しか武器がなかったワケだし」
真里は最後の突撃を行うところだった。
白兵戦の苦手な土蜘蛛たちは、
恐らく全滅させられるだろう。
私は日本武尊軍を指揮したくとも、
この足では自陣に戻れない。
「真里、やめろ!やめてくれ」
「かかれー!」
そして私が手を伸ばそうとした時、
一本の矢が真里の胸に突き刺さった。
真里は苦しそうに矢を抜こうとするが、
深く刺さっているので抜けない。
すると、今度は数本の矢が飛んで来て、
次々と真里に突き刺さった。
「真里ー!」
私は急いで這って行くと、倒れた真里を抱き上げた。
数本の矢のうち、二本が急所に決まっており、
もう真里は助からないだろう。
「紗耶香・・・・・・これで良かったのよ」
真里は血塗れになっていたが、笑みをもらした。
泣き疲れた顔ではあったが、それは愛しい真里に違いない。
しかし、その真里の命も、もはや風前の灯火であった。
「何がいいもんか。これから一緒にいられると思ったのに」
「土蜘蛛は・・・・・・こうなる運命だった。あたしも・・・・・・あの子も」
「大王から何を聞いたんだ?お前の子供は、とっくに安倍が殺していたんだ」
私は真里を抱き締めていた。
頭領であるがゆえにムリに子供を産まされ、
その子供を殺されてしまうとは憐れな話である。
「そんなこと・・・・・・分かってた。だって・・・・・・あたしは母親なんだよ」
そこで全てが氷解した。
大王と安倍はグルだったのである。
今思えば、どうも話ができすぎていた。
真里の子供が拉致されて、すぐに大和からの無理難題。
恐らく、近くに観戦武官がおり、安倍が敗れるようなことあらば、
真里の子供は、日本武尊軍が侵入したために、殺されたと言ったのだろう。
真里は泣く泣く諦めたが、周囲の土蜘蛛が黙っていなかったのだ。
「お前の人生を狂わせたのは、私だったのかもしれないな」
私は真里の頬を撫でた。
真里は薄れ行く意識の中で、
私に最高の笑顔を見せてくれる。
初めて真里と会った頃は可愛らしいだけだったが、
今の彼女は、とてもきれいだった。
「紗耶香・・・・・・自分を責めないでね。あたしは・・・・・・嬉しいの。
これでようやく・・・・・・あの子のところへ・・・・・・行ける」
真里はそう言うと眼を閉じ、二度と開けることはなかった。
私はしばらくその場にいたが、足が回復すると、
冷たくなった真里を抱いて自軍に戻った。
翌朝、真里を埋葬した時、真希はたいへんだった。
昨夜とはうって変わって、普段の彼女に戻っていたからである。
私は心に大きな穴が開いてしまったようで、涙も出なかった。
そんな私の頭の中に話し掛けて来たのは、やはり貴子である。
(真希の状態は危険やで。同化せずに『意識』が残っとるわ)
真希は右目では涙を流していたものの、左目では冷酷な光を放っていた。
今は『真希』になっているが、いつ『日本武尊』に変わるか分からない。
こういった二重人格は、幼児期の虐待によって発症することが多いのだが、
それは逃避行動の一環であり、今の真希の状況とは違っている。
「真希の『意識』は、安倍との最終決戦で開放させる」
私は大和軍とは入れ違いに、陸奥に逃げた安倍を追跡するつもりだ。
草の根を分けてでも安倍を探し出し、この手で黄泉の国に送ってやる。
そうすることが、私が真里のためにできる唯一のことだった。
《安倍の再起》
安倍は故郷である毛野を捨て、利根川を舟で下り、太平洋に出ていた。
まだ奥羽には、安倍の言うことを聞く部族が多く存在している。
その部族をまとめあげ、大陸の支援が得られれば、大和に対抗も可能だ。
しかし、今はとにかく逃げる事が最優先である事は、火を見るよりもあきらかである。
自分さえ生きていれば、今後の戦略に関しては何とかなると思ったのだ。
安倍が歩けない以上、舟での脱出は陸路よりも確実な手段である。
利根川を下って太平洋に出れば、親潮が自然と舟を動かしてくれた。
そして、このまま北上し、仙台か気仙沼あたりに上陸するのが安全である。
上陸したら、十和田湖畔あたりで、連合王国の連絡会を発足させてもいい。
当時は奥羽にも徐々にではあるが稲作が普及し始めており、
今後は毎年のように大幅な人口増加が見込まれていた。
やはり、真の意味での『正義』は、安定した食糧確保である。
毛野以北への稲作の伝道は、安倍の手によって行われた。
安倍はこうやって奥羽諸国を懐柔していたのだが、
強引な政策に難色を示す国も存在している。
そういった国からは人質を取り、すぐに殺してしまっていた。
日本武尊との戦が終わったら、そんな国は潰すつもりでいたからである。
こんなダーティな戦略を企てるのが、安倍のやり方だった。
それはそうとして、大和の大王の口車に乗って日本武尊と戦ったのだが、
狡猾な彼は、邪魔者である二者を共倒れにしようと画策しただけである。
ここになって、安倍はようやくそれに気づいたのだった。
「日本武尊、そして大和。絶対に潰してやるべさ!」
安倍は歯軋りをしてリベンジを決意する。
しかし、安倍の傷は想像以上に深刻だった。
すでに彼女の左足は血行が止まり、
至る所で壊死を始めて変色している。
早急に血管をつなぐ手術をするか、
さもなくば左足を切り落とすしかない。
そうしないと、数時間の内に、
安倍は命を落とすことになるだろう。
当然ながら、当時の医療技術では、
血管をつなぐ手術などできるワケがない。
要するに、足を切り落とすしかなかったのだ。
「安倍様、足を切り落とさないと死にますよ」
「そそそそそそ・・・・・・そんなァァァァァァァァー!」
小心者の安倍は、自分の足がなくなると聞いて仰天した。
彼女は凍傷のため、数本の指先を切り落としていたが、
今度は指などの小さなものではなく、足そのものである。
義足を使ったとしても、一生、杖をついて歩行しなければならない。
まだ二十代の安倍にとってみれば、とても辛いことだろう。
だが、命には替えられない。安倍は苦渋の決断をした。
「し・・・・・・仕方ないべさ」
安倍は泣く泣く、二十数年間も共にした自分の足と別れる決心をした。
全て自業自得だったのだが、安倍は真希や大和に対する憎しみだけで、
そういった辛さを克服しようと考えていたのである。
それこそ、逆恨みもいいところだった。
「早い方がいいっすからね。そんじゃ、行きますよ」
部下の男が袴を捲り上げると、安倍の白い太腿が覗いた。
柔らかく、きれいな足だったが、もう会えなくなってしまう。
そう思うと、安倍は泣き始めてしまった。
「ちょっと待つべさ。なっちの足・・・・・・」
安倍は自分の足に最期の別れをする。
数秒後には体と切り離されてしまう。
そう思うと、自然と涙が出て来るのだ。
「そんじゃ、遠慮なく行きますよ」
男は青銅器の太刀を振り上げ、安倍の太腿に狙いをつけた。
そして、男は無表情のまま、太刀を振り落としたのだった。
「ヒャァァァァァァァァァァー!」
安倍の左足は太腿の中程から切り取られた。
麻酔もない当時にしてみれば、その痛みは想像を絶する。
小心者である安倍は、当然ながら気を失った。
結局、安倍は痛みに耐えながら、三陸海岸から内陸へ入り、
最終的には出羽北部の大きな村に落ち着いた。
このあたりまでは、大和(日本武尊)の探索も及ばない。
安倍は徐々に付近の部族を傘下に抱きこみ、勢力を拡大して行く。
全てはリベンジのためであった。
「なっちも若くないべさ。子供をつくらないと・・・・・・」
安倍はこの地に一族を残すことに決めた。
そして、末代まで大和に対抗するのである。
彼女はここの場所を『胆沢』と名付け、
安倍一族の総本山にしたのだった。
「同時に日本武尊抹殺を考えるべさ。雉は死んだ。残るは猿と犬っしょ」
狡猾な安倍は、真希たちを徹底的に調べていた。
飛び道具担当の真里が死んだことは、
日本武尊軍にとって、かなりの痛手である。
そうなると、次のターゲットは破壊力のある槍隊だ。
「次は狛犬だべね。・・・・・・手足をもぎ取ってやる。日本武尊!」
安倍は圭を葬り去る作戦を考え出した。
こういったことが得意な安倍は、
圭の持つ野心を刺激して行ったのである。
浪速や吉備と肩を並べる国になった出雲は、
北陸の大和傘下国にも影響を持つようになり、
真希の次に大きな勢力となっていた。
《毛野占領と安倍退治の挙兵》
真希の覚醒した『意識』は不安定であり、
精神的な刺激があると暴走するようになった。
私以上に真里の死を嘆き悲しんだ真希は、
自分でも制御できずに『意識』を暴走させてしまう。
そのまま兵を引き連れて陸奥南部に攻め込み、
たった三日間で、実に五万人を虐殺したのである。
これまでに、これだけの殺戮を行った人間が存在しただろうか。
私は真希を殺さなくてはいけない時期に来たと思っていたが、
真里の死があまりにも重すぎて、行動を起せなかったのだ。
(大和の軍勢は遠江まで来ておるで。そろそろ潮時ちゃうんか?)
私の頭の中に話し掛けて来たのは、やはり貴子だった。
しかし、私は真里を救出して、この地で暮らすつもりだった。
そのショックは大きすぎ、私を腑抜けにしていたのである。
どうしたらいいんだろう。私は何も手につかなかった。
(選択肢は二通りしかないで。大和軍と対峙するか引き揚げるか)
大和と対峙する?
それも面白いかもしれない。
こんな状況を演出したのは大王である。
いまさら大王に媚をうったところで仕方ない。
いっそのこと、東国全てを支配し、折を見て大和と戦うか?
人脈を駆使すれば、浪速や吉備が中立を守ってくれるだろう。
こちらに圭が加われば、大和など簡単に全滅させられる。
真希は大王の娘であるから、帝位を継ぐ資格があった。
(アホなこと考えんと。ええか?真希に必要なんは癒しやろ?真希だけでも尾張に帰すんや)
そうか、それがいい。
私は毛野に残って安倍を探す。
大和が何と言おうと、私は大王の家来ではない。
真希に関しては、最愛の亜依に癒されれば、
不安定な彼女の『意識』も落ち着くだろう。
私は真希が帰って来ると、東山道を使って引き揚げさせた。
そして翌日、大和軍五千人がやって来たのである。
「お前が市井と申す者か?」
大和軍司令官は、馬上から私に声をかけた。
私は無言で馬の尻に懐剣を突き刺す。
馬はすごい悲鳴を上げて暴れだし、
司令官を振り落として疾走して行った。
怒った司令官は私に掴みかかって来たので、
ボコボコに殴って丸坊主にしてやった。
「いいか?私は大王の家来ではない。言葉に気をつけろ!」
最初が肝心だったので、私は司令官に脅しをかける。
どうせ未開人相手にしか戦ったことのないヤツだ。
想像以上に文明が発達している毛野に驚いている。
ここは泣き所を突いてやらなけらばならない。
「いいか?私の部下は千人足らずだが、住民を抱きこんで一揆を起すのは簡単だ。
貴様らに鎮圧ができるか?鎮圧に成功したとしても、あの大王が黙ってると思うか?」
大和軍が駐屯した傘下領内で一揆でも勃発すれば、
責任者せる司令官が無事であるワケがなかった。
派遣されたこの地で数年の任期を無事に終えれば、
帰国した時にはワンランク上のポストが待っている。
だから何かあっては困るのだった。
「私の言うことに従っていれば、無事に戻してやれるのだが」
「はははは・・・・・・はい!そうします」
バカな司令官で助かった。これで数年は楽に仕事ができるだろう。
私はこの男に、上手な報告の仕方と経営のノウハウを教えてやった。
毛野は日本武尊の猛攻で田畑が荒れ果て、予想収穫高の七割しかなかった。
住民も予想以上に死亡しており、予定の税収を得ることは困難である。
とりあえず、予想収穫高の七割に従来の税収率を適用したものを送る。
「いいか?これで四万人分の食糧が確保できただろう?
まず、この内の半分は領民に返してやれ。それで民衆を掌握できる。
その時も、貧しい者を優先するんだぞ。不公平のないようにな。
残りは兵の食糧と、お前の取り分だ。これを使って出世すればいい」
要するに年貢をチョロまかすのだが、私は率先して裏帳簿の作り方を伝授した。
なぜなら、全て大和に年貢を渡しても、武器に化けるだけだったからである。
それならば、この地の住民も豊かになる方法を採った方がいい。
私はこの男を財布代わりに使い、当面の生活資金を得たのである。
翌々年、安倍の関係で重要な情報が入った。
ヤツは北出羽に勢力を広げており、
猛烈な勢いで周辺部族を呑み込んでいる。
私は毛野の稲の刈入れが終わると、
北出羽の安倍を潰すべく兵を集めた。
「これから北出羽の安倍を討ちに行く。兵を貸せ」
私は刈入れの時期を待って三千人を集めていた。
これで司令官が五千人の兵を供出すれば、
安倍を確実に抹殺することができたのである。
ところが、司令官は供出を断って来たのだった。
理由は大和からの命令だそうだ。
「だったら一揆しかないな」
私は伝家の宝刀を抜いた。これには司令官もびびりまくる。
一揆など起こされた日には、司令官の更迭は必至であり、
場合によっては、身分に関係無く生口にされてしまう。
司令官という最高位に近い身分から奴隷にされては、
何よりもプライドが許さなかった。
「分かりましたよ。その代わり、三千人だけですよ」
少々兵力に不安があったものの、今を逃すと安倍抹殺は不可能になってしまう。
私は部下千人と義勇兵二千人、大和兵三千人を率いて出陣した。
安倍の首を真里の墓前に飾ることが、私の人生を懸けた仕事だったのである。
マローン
おもろくなってきたのう
>>268 ありがとうございまス。
『古事記』や『日本書紀』の内容とは、若干違いまス。
七月中に終わるかと思ったら、八月の頭までズレこみそうっス。
あと十日くらいで終わる予定なんで、最後まで付き合っていただけると嬉しいっス。
《大和の陰謀》
安倍の息の音を止めるため、私は毛野から那須を越え、南陸奥に兵を進めていた。
毛野を発つ時には、我々の兵も六千程度だったが、その数は着実に増えつつある。
なぜならば、この機会に恭順して生き残りを狙う部族たちが集まり出したからだ。
その数は二千にも達し、私は意気揚々と胆沢に向かって兵を進める。
我々が会津に入る頃になると、胆沢から使者がやって来て、和平を提案した。
しかし、私の目的は諸悪の根源である安倍を殺すことに他ならない。
あの女を殺さない限り、私の中での戦は終わらないのである。
「使者殿、胆沢の全ての者に伝えられい。目的は安倍の首だけだ」
私は使者を大切に扱った。それが無言の圧力になるのを、私は熟知していた。
相手は僅か二千の兵力しか持たないが、最後まで戦を避けるのが私のやり方である。
安倍の首さえ差し出してくれたら、胆沢に攻め込む気はなかった。
ところが、青天の霹靂とでもいうような早馬が、毛野からやって来たのである。
「紗耶香様に申し上げます!日本武尊こと後藤宮真希比売様、御病気再発とのことにございます!」
突然の知らせに、私は落馬すると思うほど仰天した。
真希の病気が再発したのなら、土蜘蛛の呪いに間違いない。
再発で生き延びた者は、十人に一人もいないという。
とにかく、また和泉の宮での治療が必要だ。
「くっ!やはり生きている者の方が大切だな」
私は胆沢攻めを中止し、兵を毛野に戻すと、数人の手下を連れて尾張に向かった。
真希のことが心配で、私は何度も馬を替え、わずか三日で尾張に到着する。
そして、とにかく真っ先に、真希の住む館に飛び込んだ。
「市井猿楽紗耶香だ!宮様の具合はどうだ」
「はっ!ただいま、寝所におられます!」
下男が私の足を洗いながら容態を説明した。
私の到着を知った亜依が飛び出して来る。
ちょっと見ない間に大人になったようだ。
私は彼女の穏やかで明るい表情から、
真希が深刻な状態ではないことを悟る。
「紗耶香様、こちらへどうぞ」
亜依は私を連れて館の奥へと入って行く。
数年前に私が設計した館であるが、
住みやすいように手が加えられている。
亜依が寝所の戸を開けると、そこには真希が座っていた。
「真希、具合はどうだ?」
「うん、まだちょっと眩暈がする」
真希は苦笑しながら首を傾げた。
これは土蜘蛛の呪いによる血の病(白血病)である。
この病を克服するには、誰かの血と交換しなければならない。
私と真希は血が合わないので、合う人間を探さねばならなかった。
「土蜘蛛は滅びたというのに、皮肉なものだな」
真希は悲しそうに頷くと「疲れた」と言って横になった。
この病は疲れやすくなり、風邪をこじらせて死んでしまう。
私は真希の治療に専念するため、館に住み込むことになった。
私は魚介類や海藻を真希に与える一方で、
『伯方の塩』を取り寄せて食事に使わせた。
豆食品を多く摂らせ、牛乳を飲ませたのである。
その甲斐あって、真希は徐々に回復して行った。
何よりも天真爛漫で差別意識のない真希の人柄で、
血の提供者が多かったのが救いである。
「真希、辛いとは思うが、三日に一度は血を捨てて、新しい血を入れなくてはならない」
真希は顔を顰めて苦笑したが、それで命が持続するのだ。
毎回、茶碗に二杯程度の血を交換するのだが、
その治療は血管に細い管を入れるので苦痛である。
血の提供者は一回きりで終わりなのだが、
真希は死ぬまで続けることになるだろう。
「紗耶香さん、大和が不安だよ。きっと、また何か企んでる」
「尾張から美濃、近江の経営は任されているじゃないか。収穫も毎年、一万石以上伸びているぞ。
入植者も多いし、これからはもっと発展するだろう。何せ土地がいいからな」
この新しい土地では、瞬く間に稲作が普及して行き、人口も爆発的に増えていた。
経営が得意な私は、密かに防衛施設の建設や、義勇軍の組織化に取り組んでいる。
表面上は八千程度の兵力を持つと公表したが、実際は二万以上の兵を動員できた。
大和から身を守るには、これでも少ないくらいだったのだが。
「北陸は押えてあるからね。浪速と吉備には根回ししてる」
浪速と吉備が中立を保つようになると、
大和が自由になる兵力は二万〜三万程度である。
これでは我々を潰すことなどは不可能だった。
数年が過ぎた頃、妙な噂が飛び込んで来た。
出雲の圭が不穏な動きをしているという。
私は人脈を駆使して調べてみることにした。
すると、一月も経たないうちに多くの情報が集まって来る。
それは大和の狡猾な真希潰しの一環だった。
「あのクサレヤロウが!」
真希の父である大王は、今度は圭を嵌めようとしている。
山陰地方が冷夏で不作だったのにもかかわらず、
大和は例年以上の年貢を要求したのだった。
これでは領民を含め、圭たちは餓えてしまうだろう。
最初は浪速や吉備、北陸の各国に援助を申請していたが、
他国に供出するほど余裕のある国と判断されれば、
大和からより多くの年貢を要求されるのは確実だ。
ゆえに各国は援助を断っていたのである。
「出雲に使者を送れ。『早まるな』と伝えるんだ」
私は部下を出雲に送った。
圭のことだから「まさか」とは思うが、
これまで大和の汚いやり方を見てきている。
過剰な年貢の強制は、大和が軍備を増強するためだ。
今や列島から大きな反抗勢力が消えた以上、
大王が狙うのは真希だけである。
圭にしても、ここらへんは理解しているだろう。
だからこそ、圭の判断が怖かったのだ。
《圭を救え》
私は我慢できず、ついに大和へ向かった。
真希は止めたが、これ以上、仲間を失いたくない。
大王を脅してでも、圭への圧力を阻止しなくては、
このままだと、本当に真希が壊れてしまうだろう。
土蜘蛛の呪いが再発した今、真希はもう永くないのだ。
私は二人の従者を連れ、二日目で大和に入った。
大和に来るのは、真希が追放されて以来だから十年振りになる。
十年一昔というくらいで、大和もずいぶんと立派な国になった。
大王の館周辺には大きな家が建ち並び、豊かさを象徴している。
大和が豊かなのも、傘下国からの法外な上納金のお陰だ。
この国が富んで行く一方で、餓死者の出る国もある。
分かっていたことだったが、大和の掲げる『正義』などは、
侵略をする大義名分に他ならなかった。
「市井猿楽紗耶香比売だ。大王に伝えろ」
「これはこれは猿楽様。遠路はるばる御苦労様にございます」
館の門番は頭を下げると、私の馬の轡を握った。
私たちは馬場の前で待たされていたが、
やがて数人の男がやって来る。
男たちは私たちの太刀を預かるという。
「太刀を?ふざけるな!これは草薙の剣に勝るとも劣らないものだ」
「それでは、大王にお会いすることは、できませんな」
一人の男が私の太刀を掴んだ。
この太刀は真里の形見である。
それを奪われそうになったのだから、
私は頭に来て男を殴りつけた。
やがて三対五の殴り合いとなったが、
やはり、この男たちは素人である。
いくつもの戦場で敵とわたりあい、
修羅場をくぐって来た私たちが相手では、
たとえ男だろうが勝ち目はなかった。
「こら、騒ぐんやない。太刀なんかええから来いや」
高床の屋敷の戸を開けて現れたのは、大王のつんく♂だった。
つんく♂は苦笑しながら、私たちを屋敷に招き入れる。
小心者のつんく♂にしては、かなり太っ腹な態度だ。
小心者であればあるほど、豪傑を装ってみるものである。
せめて真希の十分の一くらいの度胸があれば、
この大王も救われただろうに。
「忙しいんや。話は何や?」
私たちは広間の床に座り、大王を睨みつける。
何で真希を捨てたのか。何で真里を殺したのか。
この際、いかなることがあっても返答させるつもりだ。
場合によっては、ここで大王と刺し違えてもよい。
私は本気でそう思っていた。
「まず、圭のことから話してもらおうか」
「これ!大王に向かって、何という口のきき方!」
侍従が眼を剥いて怒鳴ったが、私は平気だった。
なぜなら、私は大王の家来ではないからだ。
私は誰にも縛られない。それが私の生き方である。
真希は身分に無頓着だが、私は彼女の家来でもない。
仲間にリーダーは必要だろうが、主従関係はいらないのだ。
「まあええわ。ほんじゃ、圭坊のことやな?あの女は、縁談を断りくさった。
ええか?一国の王ともなれば、宗国と姻戚関係を結ぶのが基本なんや。
従兄弟のたいせーを、婿養子に出してやろう思うたんやけど、断ったんや」
確かにそうだ。圭には恋人がいた。
彼を捨てて政略結婚などはできないだろう。
そういった場合は、二人にできた子供と縁組すべきだ。
しかし、小心者の大王にしてみれば、一刻も早い縁組を望んだらしい。
「当たり前じゃないか。圭には許婚がいるんだ」
「アホ!宗国に逆らうんは敵やろ!」
これで分かった。大王は不安で仕方ないのだ。
短期間で『大和』が大きくなり過ぎてしまい、
たえずクーデターの恐怖に怯えていたのである。
そのために、毛野や真里、圭に難題を押し付け、
傘下王国の忠誠心を試していたのだった。
小心者が保身に走った結果がこれである。
「お前は敵を作ってれば安心なのか?圭を説得しろ!」
私は大王に噛み付いた。
口のきき方に腹をたてたのか、
侍従の一人が私を押さえつけようとする。
男であろうが、戦場も知らない細腕に、
この私が負けるワケなどない。
私は男の手首と胸倉を掴み、
壁に叩きつけてやった。
「圭には逆らう意思などないんだ!」
私が大王に迫った時、戸を開けて誰かが入って来た。
反射的に振り向くと、それは貴子である。
同時に彼女は、私の頭の中へ話しかけて来た。
(やめや。もう手遅れやな)
何が手遅れだ!早く圭を説得しないと、本当に手遅れになってしまう。
ここは使者を送って、占領地から兵を引かせる代わりに、
年貢をこれまでの額に戻すという確約が必要なのだ。
そうすれば、大和と出雲の戦は回避できる。
「甘いで、紗耶香!真里が死んで腑抜けになったか!」
貴子は私に怒鳴った。普段は温厚な彼女が怒鳴るのは珍しい。
他の何を言われても平気だったが、真里の件に関して別である。
真里の死には私にも責任があると思っていたからだ。
興奮した私は貴子に掴みかかったが、二人の部下に押えられる。
「紗耶香、圭は真希と違うんや。圭は野望を捨てきれないんやな」
貴子に言われて思い出した。
そういえば、圭は私に言ったことがある。
『このまま行けば、大和より大きな国になるね』
あの時は大して気にしなかったものの、
今考えると、あの時から圭には野望があったのだ。
圭は決して、自分が頂点に君臨するとは思っていないだろう。
大王を斃して真希を頂点にした、連合王国を構想しているのだ。
「諦めちゃ終わりじゃないか!」
私には圭を見捨てられなかった。
これまで一緒に苦難を乗り越えて来た仲間である。
誰が何と言おうと、私には圭を守る義務があった。
絶対に真里の二の舞にはしたくない。
「圭とあんたたちが組めば、恐らく大和には勝てるやろ。
けどな、真希にはその気があるんか?真希かて人間や。
実の親に弓引くような真似ができるワケないやろ」
貴子が言うのは、正にその通りだった。
真希は大王に捨てられて死ぬほど傷ついたのである。
しかし、そのことは口に出さず、懸命に生きてきた。
やはり真希にとって大王は父親なのである。
「紗耶香、真希に伝えや!狛犬を討て!」
大王は絶望的なことを命じた。
これで圭の命は終わったのである。
私は貴子に気付かれないように、
結界を張って頭の中を整理した。
この場で大王と刺し違えた場合、
どういったリスクがあるのか。
大王の命令を真希に伝えるべきなのか。
そして、ある結論に達した。
「真希は三度目の覚醒をするぞ。それで完全体になるんだろう?」
私が言うと大王は蒼くなって震え出す。
そんな大王を貴子が優しく支えた。
私はふと疑問に思った。
なぜ大王はここまで真希を恐れるのか。
もしかしたら、真希を追放したことと、
何か関係でもあるのだろうか。
「大王、話してくれ。次に真希が覚醒したら、どういうことになるんだ」
「真希は・・・・・・真希は死ななあかんのや!」
大王は半狂乱になって取り乱した。
その意味が分からない私は、唖然として彼を見ていた。
すると貴子は侍従たちに大王を預け、勝手に退室させてしまう。
私は追いかけようとしたが、再び貴子に頭の中で呼び止められた。
「うちが話をするわ」
貴子は私の前に座り、緊張したように深呼吸をする。
その蒼い顔は、とても深刻な事態を暗示していた。
どうなるねんな?
>>280 もうじき終わりまス。
無理矢理、桃太郎の話とくっつけてしまったんで、
かなり日本武尊の話とは変わっていまス。
明日、横浜のじっちゃんの家に行きまス。更新できるかどうか分かりません。
月曜日には更新できると思いまス。昨夜はアネキに怒られて怖かったっス。
《真希の正体》
「まず、あんたに聞くで。真希は覚醒して、どうなった?」
貴子は、いきなり私に質問して来た。
彼女はどうしても神官であるため、
こういった会話が多いのだろう。
私は真希が一番最初に覚醒した、
熊襲での時のことを思い出した。
あの時、真希は非常に残酷となり、
破壊と殺戮を繰り返したのである。
真希は熊襲という国家どころか、
国民を一人残さず抹殺したのだ。
「そうや。真希は覚醒すると、残忍で破壊的になる」
真希の『意識』は、最初の覚醒で『同化』し、二度目で『独立』している。
今は暴走していないので安心だが、真希の中には日本武尊が同居していた。
まさか、三度目の覚醒は、今の真希が日本武尊になってしまうことなのか。
「そうなんや。三度目の覚醒で、確実に真希はいなくなる」
「そんな!真希はいったい・・・・・・」
日本武尊は死ぬまで殺戮と破壊を続けるだろう。
そうなったら、もう、敵も味方もないはずだ。
なぜなら、それが日本武尊だからである。
真希と同居している内は天才武将で通用するが、
完全に日本武尊になってしまったとしたら、
破壊と殺戮を繰り返す狂人になってしまうだろう。
そうなる前に、私は真希を殺さなくてはならない。
「そうや。そうなったら、この世は終わりなんや。
何せ、真希の正体は須佐男命の化身なんやからな」
「す・・・・・・須佐男命だと!」
私は貴子の話に、自分の耳を疑った。
だが、貴子がウソを言うワケがない。
なぜなら、こんなところでウソをついても、
何のメリットもなかったからである。
真希を助けたいために草薙の剣を持ってきたはずだ。
だから、大王とは別の考えを持っているのだろう。
「須佐男命は知っとるな?」
須佐男命は戦の神であるが、同時に破壊と虐殺の神であった。
天照大神の弟であるが、高天原で暴れ回り、地上に追放された神である。
ヤマタノオロチを退治した話は有名だが、多くの大学者が研究したところ、
それは、大王家による異民族の虐殺であるという結論に達していた。
「真希と同じことをしている」
私は全てを悟った。大王が恐れているのは保身からだけではない。
本当に大王が恐れていたのは、全てを破壊されることだったのだ。
真希という須佐男命の化身が誕生したということは、今の時代が、
異民族とその文化に対し、破壊と殺戮を要求したからである。
要するに、大和による全国統一が必要になった時期であり、
そのためには、敵対する異民族を抹殺する必要があったのだ。
稲作による東国侵略の歴史的意図は、この列島が統一され、
外敵から自衛できるだけの軍事力を持つということである。
真希が必要とされるのは、大和の侵略が終了するまでであった。
それ以降は須佐男命のように、国内の破壊を始めるだろう。
「ならば、圭と安倍を殺した時、真希の役目は終わるのか」
「まあ、そうやろな。それであんたが真希についとんのや」
さすがに貴子は私の使命を知っていた。
私が生まれたのは、真希を殺すためである。
今の状況からすると、圭を殺すのが先決だ。
圭を殺してから安倍を殺せば列島は統一される。
その時こそ真希は時代から抹殺されるのだ。
私という人間の手によって。
「納得したらしいな。分かったら、圭を討つんや」
圭を討つ?これも運命なのだろうか。
姉のように慕っていた真希が圭を殺すのだ。
その悲しみは測り知れないだろう。
恐らく、真希は完全に覚醒するに違いない。
真希の意識は消滅し、日本武尊だけが残るのだ。
「まってくれ。あたしには疑問が残ってる」
「もう答えは出たんや。後は自分で考えるんやな」
そう言うと貴子は広間から出て行った。
私は一人、床に手をついて考えてみる。
大王が真希を抹殺しようとしたのは、
姉の彩を追い出したからであった。
そうか!大王は彩と真希のどちらかが、
須佐男命の化身だと知っていたんだ。
大王は小心者だったが、大和の首長である。
真希を暗殺することはマイナスだった。
だからこそ熊襲を嵌めたに違いない。
しかし、真希には私たちがついてしまった。
真希を抹殺するには、味方になる者を、
徐々に殺して行くしかないのである。
列島の統一が終了直前である現在、
大王の不安は真希と圭に他ならない。
この両者が結託して軍事行動を起こせば、
いくら大和といえど、勝つことは不可能だ。
だが、互いに潰しあってくれるとなると、
それは大王の理想的な結果となる。
「真里は子供を失って死を選んだ。大王は我が子を殺すのか?」
私には理解できなかった。親が子供を殺すなんて信じられない。
子供は自分の分身ではないのか?子供は可愛くないのか?
大王にしても『領民のため』などといった浮ついたことは思っていないだろう。
なるほど、これは列島の統一戦なのだ。真希はこうなる運命だったのである。
この運命は誰が欲したものでもない。今の時代が要求したのである。
その中では大王や真希などは、ただの部品にしかすぎないのだ。
時代が要求しなくなれば、価値のなくなった人間は、存在自体が害になる。
これまで自然と一緒に生きてきた真里たちは、それを知っていたのだろう。
真希にしても、列島を統一した段階で、存在の意義を失ってしまうのだ。
私はその真希を殺した時に、存在の意義をなくしてしまうに違いない。
大王にも真希の死を確認するといった重要な使命があった。
「そう考えれば、貴子の使命も終わりのようだな」
貴子は真希のことを私や大王に伝えるという使命があった。
他に使命がない場合、彼女の存在が無意味となる。
時代は使命が終わった者に、どういった対応をするのだろうか。
存在自体が害となる真希には「死」が訪れるだろうが、
それ以外の者に対しては、何があるのだろう。
私はそんなことを考えながら、大王の館を出て行った。
し
《平和解決に向けて》
私は大急ぎで尾張に戻った。
しかし、真希に何と言ったらいいのか。
私が本気で圭を討つなどと言えば、
きっと真希は、すぐにでも覚醒を始めるだろう。
そうなったが最後、真希はこの島国に誰もいなくなるまで、
敵・味方の区別なく、破壊と殺戮を続けるに違いない。
とにかく、真希を殺すことができるのは、
彼女が信頼しきっている私しかいないのだ。
「真希、真希はいるか?」
私は真希の館に入って行った。
すると亜依が飛び出して来て、
私を奥にある広間へ案内する。
すぐに真希がやって来て、
私の眼の前に座った。
「圭を討たなくてはいけなくなった。すぐに兵を集めろ」
「そんな!」
真希は眼を剥いて震え出した。
これは、まずい前兆である。
このままだと三度目の覚醒をし、
真希は完全に日本武尊と化してしまう。
そこで私は真希を落ち着かせるために、
亜依も呼んで同席させたのだった。
「真希、誰も圭を討ちたいなんて思ってないんだ。今、圭は近江まで進出しているだろう?
これは挑発なんだ。我々と大和の両方に対して。我々が伊勢に向かえば、まず大和は滅びる。
美濃に向かえば、圭は兵を引くだろう。そうしたら、圭と一緒に嘆願戦法に入ろうじゃないか」
私にしても圭は殺したくなかった。
何だかんだいっても彼女は仲間である。
解決策が見つかれば分かってくれるだろう。
大和に逆らっても無駄なことは、
圭が一番良く知ってるはずだ。
「もし、許してもらえなかったら?」
真希は不安そうに尋ねて来た。確かに不安で仕方ないはずだ。
姉のように慕っている圭を討つことになるかもしれないのだ。
それで不安にならない方がおかしいだろう。
大王のことであるから、簡単には圭を許さないはずだ。
私は圭を九州南部あたりへ、改易の処分を提案するつもりでいる。
温暖な土地であり、台風の影響さえ受けなければ、
二期作、あるいは二毛作も可能であった。
「どうしてもダメだったら、その時は圭と一緒に兵を挙げよう」
恐らく、出雲・吉備・浪速・北陸・東国の連合軍となり、
真希を総大将に五万人は集められるに違いない。
海上は私が塞いでしまうから四国・九州の援軍は絶望的。
恐らく大和は二万人程度しか揃わないだろう。
そんな人数では防戦が精一杯で、大和からは出られない。
大和の権威が落ちれば、大王一族の誰かを掲げて一気に新王朝だ。
「そうだね。最悪はその手しかないよ」
真希は大きくうなずいたが、どこか寂しそうな顔をしていた。
私は真希の『気』を読んだ事は無い。彼女は純粋で無垢である。
そんな清らかな心を覗くのは、私自身が辛かったのだ。
「圭が兵を挙げたのも、凶作が原因のひとつだ。急いで米を用意しようじゃないか」
私は備蓄米や過剰流通米を中心に米を集める一方で、
それを運ぶ牛の確保にも乗り出して行った。
日本武尊傘下の美濃・尾張・信濃・三河・遠江
そして駿河からかき集め、その量は一万石にも及ぶ。
短時間でこれだけ集まったのだから、最終的には、
これと同じ程度の米が集まることになるだろう。
流通状態が悪い場所では、食糧不足は深刻な問題であり、
二割も収穫が落ちれば、餓死者が出ると言われていた。
そこで二万石を援助すれば、出雲の人口は十万人程度なので、
総人口の約二割分の食糧となるのである。
「兵を集めながら討伐作戦じゃなくて良かったね」
真希は率先して米運びを行い、労働の汗をかいている。
病み上がりであるため、私としてはムリをさせたくなかった。
しかし、真希は体を動かしていないと不安なのだろう。
そういった彼女の気持ちも、私には痛いほどよく分かる。
真希の三人の姉(?)のうち、真里が死んでしまった。
そばにいるのは私くらいなもので、圭は挙兵している。
これで圭に何かあったら、最終的な『覚醒』よりも、
真希の精神が耐えられないのではないだろうか。
彼女の精神が壊れてしまったら、もう誰にも止められないだろう。
その時こそ、この世の終わりなのだった。
食糧の安定した供給が始まると、人口が激増して行く。
平定した頃は十万人程度だったこの土地にも、
現在では二十万人以上が暮らしていたのである。
入植者もいたが、出生率が鰻登りとなって行き、
やたらと子供の数が多くなっていた。
人口が増えれば税収も増えて行くので、
自然と領国経営も楽になるものである。
「紗耶香さん、八千人が集まったよ」
真希が集まった兵の数を報告して来た。
今回は戦ではないので、女子供まで動員している。
武器を持った兵は三千人程度であり、
残りの全員が牛の世話や荷役であった。
貧しい農家では口減らしのために、
生産性のない子供を送り込んで来ている。
例え子供であっても、日当は一日一升の米だった。
少食な子供であれば、一日に二合くらいしか食べないため、
二十日も従軍すれば、一斗六升の米を持ち戻る。
それだけで八十日分の食糧となるのだ。
「まあ、戦じゃないからな。行くとするか」
私たちは大量の米を持って、近江へと向かって行った。
まっとるで
>>291 ありがとうございまス。
今度の日曜日で終わりの予定でス。
シーンは思い浮かんでいるんでスが、
まだエンディングで少し悩んでいまス。
《説得》
圭は近江の伊吹山に陣を張っていた。その数は一万五千にも及んでいる。
私たちは一万二千の軍勢を率いて、紅葉に色づく伊吹山に接近した。
圭の軍勢には、何といっても無敵の破壊力を誇る槍隊が存在している。
うかつに戦おうものなら、屍の山を築くだけとなってしまうだろう。
ここは地形を選んで陣を張り、圭が動くのを待つしかない。
「圭ちゃん、引いてくれるかなあ」
真希は不安で仕方ない様子だ。
圭としては、我々と戦うとは思っていないだろう。
ここで戦うことになれば、圭は逆上するに違いない。
それは間違いなく圭の最期を意味していた。
圭を逆上させないためには、説得するしかないだろう。
私は陣をしき終えると、不安そうな真希に話をした。
「真希、圭の陣へ行ってみよう。話をするんだ」
「うん!」
真希は嬉しそうに頷くと、つないでいた馬に飛び乗った。
私も自分の葦毛馬に飛び乗ると、伊吹山へと駆け出す。
伊吹山にさしかかると、数人の兵士が飛び出して来る。
全員が私たちに槍を向けており、私はいちおう身構えた。
真希がいれば安心だったが、万が一ということもある。
「何者・・・・・・げげー!後藤宮様に猿楽様!」
「あははははは・・・・・・圭は元気か?案内を頼む」
「はっ!こちらへ」
兵士たちは馬の轡を掴むと、裏道を登って行った。
恐らく表通りには仕掛けがしてあるのだろう。
夕刻になって肌寒くなった頃、ようやく圭の本陣に到着する。
私と真希は馬から飛び降り、あたりの様子を覗った。
「御大将!後藤宮真希比売様、市井猿楽紗耶香比売様でございます!」
私の馬の轡を引いていた男が、大声で怒鳴りながら陣幕の中へ入って行った。
すると、入れ違いに、すごい勢いで狛犬が飛び出して来たではないか。
私は思わず太刀に手をかけたが、それはまぎれもなく圭だった。
「真希!紗耶香!」
圭は私と真希を見つけると、突進して来て抱きついた。
久しぶりに圭の顔を見るが、相変わらずの狛犬顔である。
圭は口を大きく開けて笑うクセがあった。
そのため、慣れない頃は、噛みつかれるのかと思ってしまう。
「夕餉はまだでしょう?大したものはないけど、一緒に食べようよ」
圭は私と真希を陣幕の中へと連れて行った。
真希は悲しそうに私の顔を見る。私も気付いていた。
圭たちの食糧は、あと二日ももたないのである。
つまり、急いで引き揚げるか、大和に攻め込むしかないのだ。
それほど深刻な状況だからこそ、挙兵したに違いない。
「圭、兵糧は腐るほど持ってきたよ。持てるだけ持って行ってくれ」
私は荷駄の木簡を圭に差し出した。
圭は木簡を受け取ると、その量の多さに仰天する。
普通、兵士一人あたり、一日に一升の米を用意した。
戦が十日なら一斗、百日なら一石となる。
このうち、半分は前払い。つまりギャラであった。
そうなると、実際に持って来るのは、二日で一升である。
十人で一斗、百人で一石、千人で十石、一万人で百石だ。
現在、圭たちの食糧は、百五十石しかないのである。
私たちは牛の荷駄隊を引連れていたので、軽く一万石は積んで来ていた。
女子供であれば、一年間で一万人分の食糧である。
「圭ちゃん、これで引いてくれない?」
「えっ?」
圭は信じられないような顔で真希を見つめた。
一緒に大和へ攻め込むつもりでいた圭にとっては、
真希の言葉は青天の霹靂だったに違いない。
「何言ってんのよ。今、大和に攻め込めば、あたしたちの国になるんだよ」
圭は苦笑しながら、私と真希を交互に見た。
真希は今にも泣きそうな顔で圭を見つめている。
貴子が言うように、圭には野望があった。
圭はどうしても真希を大王にして、
連合王国の樹立を狙っていたのである。
だがそれは、これまでに大和が採った、
理不尽な行為への反感から来ていた。
「圭、まだ時期じゃない。ここはいったん、兵を収めてくれないか?」
私は圭を説得しながら、貴子が言った事を思い出していた。
「もう手遅れや」と彼女が言ったのは、未来予知したのだろう。
そうなると、遅かれ早かれ、圭は真希に討たれるに違いない。
しかし、そんな未来は嫌なので、私は最善の努力をしてみる。
とにかく、悔いが残らないようにしたかったのだ。
「紗耶香、本気なの?」
圭は大きな眼を剥いて私を睨んだ。
これまで散々泣かされて来た彼女にしてみれば、
大和を潰す絶好の機会を提供した気になっている。
私の本心としては、大和を潰しておいた方が、
後々のことを考えると、正解であると思った。
だが、謀叛で大和を潰したともなれば、
傘下各国では互いの利権争いが勃発するだろう。
そうなったら、虎視眈々とリベンジを狙う安倍が、
好機とばかりに奥羽の兵を率いて南下するに違いない。
各国の思惑が一致しない、群雄割拠となった状態では、
安倍の侵攻を撃退するのは不可能だった。
「圭、一年いや、半年だけ待ってくれ。その間に安倍を殺して来る」
安倍さえ殺せば、列島から当面の敵がいなくなる。
そうなった時、あらためて考える方が良かった。
奥羽が平定されれば、大和は治安維持の軍勢を送らねばならない。
その隙を突いた方が、確実に大和を倒す事ができた。
「分かった。でも、あたしは諦めないよ。あたし達の国」
圭は頭がいい。納得してくれたようだ。
彼女の『野望』とは、自ら大王になることではない。
大和のような過度の搾取国家を排除し、
共存共栄の理想郷を創ることだった。
確かに搾取で成り立つ大和にしてみれば、
圭の考えは『野望』に違いない。
「圭ちゃん、あたし達は先に帰るけど、陣を解いて米を受け取りに来てね」
真希は勢い良く立ち上がると、嬉しそうに圭に抱きついた。
私と真希は圭の配下の者に轡を預け、伊吹山を下山することにした。
圭の配下の兵といっても、本当に気心の知れた仲間たちである。
何しろ、これまで一緒に戦って来た身内なのだ。
ついつい、思い出話に花が咲いてしまう。
「今じゃ偉そうにしてるけど、槍隊の指揮官だって、元山賊なんだから」
真希は屈託のない笑顔で言った。
初めて圭が率いる山賊に遭った時、
真希が最初に殴り倒したのが、
現在の出雲軍槍隊指揮官である。
そのためか、普段は偉そうな彼は、
今でも真希に頭が上がらない。
真希に何かを言われた時には、
まるでコメツキバッタのように、
幾度も頭を下げていた。
「そういえば、『少々愛』ですが、最近は観ていませんなあ」
『少々愛』は気分が良く、盛り上がった時に演じる即興である。
これまでに何度か披露して来たので、兵の間にも浸透していた。
当然ながら、無礼講の席で演じられるものであるため、
圭には『圭ちゃん』、真希には『ごっつぁん』、
そして私には『かあさん』と掛け声がかかっていた。
圭の方が年上であるのに、なぜ私が『かあさん』なのか。
部下に尋ねてみると、真希が私を呼ぶ時に使う『紗耶香さん』
が訛って『かあさん』になったという説と、
母親のようなことを言うからという説があった。
「また、いつかやりたいものだな」
「そうだね。奥羽を平定した時かな?」
真希が楽しそうに言うと、男たちも「期待しております」と笑顔になる。
そんな話をしながら下山すると、私たちの部下が迎えに来ていた。
戦に来たわけではないので、圭の配下の者たちと、のんびりしている。
「紗耶香様、戻られますか?」
「ああ、話は終わったからな」
私と真希の表情を見て、部下たちは良い結果であると判断したようだ。
後は、圭が陣を解いて我々から食糧を受け取り、帰って行くのを見届けるだけである。
ところが、この後の展開は、誰もが予想だにしないものとなった。
どうなるのさあ
ヤスヲタとしては保田は殺して欲しくないものだが・・・
まあしゃあないか
すいません!保田さん、死んじゃいます。
オレもプッチ好きなんで、ほんとうは殺したくないっス。
書いてて悲しくなってきました。
ほんとうに『大王』と『安倍』は憎たらしいっス。
今から変更して、大王を殺そうかとも思ったんスけど、
登場させるのも嫌になりました。
《言い訳》
圭は仲間だけあって、私と真希の話を分かってくれた。
私たちは急いで自陣に帰ると、持ってきた兵糧米を用意する。
もう戦にはならないので、もって帰る必要はなかったからだ。
圭の国の領民が苦しんでいるのなら、少しでも役にたてればと思う。
尾張や美濃、三河、信濃には、かなり余裕があるはずだから、
帰ったらできる限り出雲に米を送ろうと思った。
「来たよ。紗耶香さん」
真希は伊吹山から降りて来る出雲勢を指差した。
まるで蟻の行列のように、細長い列になって続いている。
圭たちの先陣は、全ての馬を連れて伊吹山を降りて来た。
私と真希は兵に命じて、米袋を馬の背に乗せて行く。
馬に乗せられない分の米袋は、出雲兵に少しづつ持たせた。
干し肉や野菜まで出雲兵に与え、全員が食糧を持っている。
これで、ようやく大手を振って国に帰ることができるのだろう。
出雲兵たちは皆笑顔で、意気揚々としていた。
「さてと、我々も帰るとするか」
「そうだね」
出雲勢が無傷で引き揚げるのを見届け、
我が軍も尾張に帰る準備を始める。
準備が整って引き揚げようとした時、
すごい勢いで騎馬武者が走って来た。
彼は私と真希の前で馬から飛び降りると、
耳を疑うような事実を報告したのである。
「一大事でございます!浪速が出雲軍の退路を断ちました!」
あの浪速が兵を繰り出して来たのか?
確かに浪速は五千くらいの兵なら、
簡単に動員できてしまうほど豊かだった。
浪速軍に退路を断たれた出雲軍は、
死にもの狂いで退路を確保するだろう。
「こんな山間で退路を断たれたら、大混乱になるぞ」
私は何とかしようと、急いで真希と相談をした。
とりあえず圭へ使者を送り、混乱だけは避けようと、
希望的観測を述べさせることにする。
当然ながら浪速軍にも使者を送って、
兵を引かせるように説得させた。
「紗耶香さん、大和軍と対峙してくれない?」
真希は自慢の精鋭三千を率いて、浪速軍に圧力をかけるつもりだ。
そうなると、私は九千のデコイを率いて、大和軍を牽制する。
真希たちとは違って子供が多いので、戦闘に発展させてはいけない。
真希たちと違って、こっちには戦える兵が二千人もいないからだ。
「よし!真希、できるだけ戦いは避けろよ」
私は真希を送り出すと、大和軍に向かって陣を張った。
驚いた大和軍からは、使者が送られて来る。
使者との対応には疲れるが、私は『気』を探るので、
何とかのらりくらりとかわしてしまった。
「宮様は席を外しておられる。私が話を伺おう」
「いったい、どういうつもりで大和に弓矢を向ける!」
激昂した使者が罵った。
使者には激昂してもらった方が扱いやすい。
人間の心理とは不思議なもので、
予想外のことを告げられると、
頭から信じてしまう場合がある。
「何を申されるか!この陣は出雲軍に向けてのもの。
勘違いは迷惑千万。宗国軍の前に立つは常識であろう!」
「いや・・・・・・しかし、浪速軍が・・・・・・」
私に怒鳴られ、使者は返す言葉を失う。
どうやら、浪速軍と連携して圭を襲う算段のようだ。
ここは私の毒舌で、使者に反論を許さないことにする。
「ほう、浪速軍が出てきたのを、よくご存知じゃな。
これだけ出雲軍に近い我々とて、今しがた知ったばかりだぞ」
「それは・・・・・・」
「まるで、最初から知っていたようだの。なあ、使者殿」
蒼い顔で冷や汗を流す使者に笑いがこみあげるのを堪え、
私は散々、脅しをかけておくことにした。
どうせ、まともに戦をしたことのない連中である。
それに日本武尊軍の強さは痛感しているだろう。
「我らの戦に文句があるのなら、力づくで突破されてはいかがじゃ?
無論、我らとて黙って踏み潰されはしないがな」
「それは・・・・・・」
大和軍の使者は冷や汗をかきながら、何とか状況を打破しようとしている。
ここはひとつ、手ぶらでは帰れない使者に花を持たせることにした。
使者が納得すれば、自陣に戻って指揮官を説得するだろう。
「よいか?出雲軍は撤退を始めた。ここは無傷で兵を引くのだ。
その後、狛犬殿を大和に呼び出せば済むことだろう?」
「それはそうだが・・・・・・」
「先に我らが奥羽を統一するゆえ、狛犬殿が逆らった場合、
奥羽の連中に先手を務めさせるが得策ではないのか?」
私は理詰めで使者を押さえ込んでいた。
大和の意向としては、圭と真希の共倒れを狙っている。
しかし、真希は安倍との戦いこそが最後となるのだ。
安倍の首を取ったら、私は真希を殺さなくてはならない。
その後のことは考えていないが、王族の誰かを擁立して、
大和を滅ぼすのも、いいかもしれないだろう。
「しかし猿楽殿、大王は狛犬圭こそ討ち果たすを望んでおられる」
「はて、私は狛犬殿を討つことは聞いたが、他の者まで討てとは聞いておらん。
よいか?大王が望んでおられるのは、事態の解決こそ最優先である。
狛犬殿の首などは、おまけに過ぎんのだよ。お分かりかな?」
これで圭が兵を引き、少人数で大和へ行けば、
気の小さい大王は彼女を殺せなくなってしまうだろう。
何らかのペナルティはあるだろうが、これが嘆願戦法だった。
「それでは、猿楽殿は出雲軍を攻める気がないと?」
「そうは言っておらん。ここで攻めても、双方に多くの死者が出るだけじゃ。
出雲は鉄壁の槍隊を持っておろう。あれを倒す頃には、我らもボロボロじゃ。
そんな時に背後から攻められでもしたら、私は宮様を守りきれん」
私は使者を挑発してみた。
みるみる使者が激昂して行く。
図星だったことを隠すための演出である。
そのくらいの単純なことであれば、
わざわざ『気』を探るまでもない。
私はそんな使者が滑稽でならなかった。
「大和が宮様を攻めるとでも言われるかァァァァァァァァー!」
「いや、そうではない。このあたりを平定した折、狛犬殿が蛮族を手懐けおった。
我らがボロボロになれば、狛犬殿の仇とばかりに、連中は攻め込んで参ろう」
私は使者の精神を揺さぶってみた。
使者は私の意思で納得した形となり、
首を傾げながら自陣に帰って行く。
これで少しの間は時間稼ぎになる。
この間に何とかしてもらいたいものだ。
そうでないと、いつまで大和軍を阻止できるか。
私は思わず伊勢大社に向かって拝んでいた。
突然ですが、キャンプに行くことになりました。
ちょっとペースを上げて行きまス。
昼と夜の二回更新でがんばりまス。
《使者への暴力》
少しすると、真希から伝令がやって来た。
とうとう出雲軍と浪速軍が激突したという。
これは間違いなく一刻を争う事態である。
そこで私は単身、真希のもとに向かった。
真希たちまで浪速軍と戦おうものなら、
それこそ、小心者で狡猾な大和の大王に、
日本武尊討伐の大義名分を与えてしまうからだ。
「真希、ここは何とかする。お前は大和に備えてくれ」
「でも!」
「次に大和の使者が来た時は、お前を指名して来るぞ」
私は真希を対大和軍の陣へ戻してしまった。
なぜなら、この地で圭が死ぬことを、
私は以前から感じていたからである。
それはほぼ間違いなかったが、
私はできる限りのことをしたかった。
「紗耶香様、出雲勢は苦戦しております」
私は特殊能力を使って、最前線を目視してみた。
そこでは二千張の弓の前で、出雲勢が次々と斃れている。
やはり、いいタイミングで退路を断った浪速軍の方が、
圧倒的に有利な地形に弓隊を布陣してあったからだ。
圭の率いる槍隊は圧倒的な破壊力を持っていたが、
相手が飛び道具となると話は別である。
ここは浪速軍に退却してもらうしかない。
「出雲の本陣へ伝令!兵を引かせろ!」
私は圭に兵を引かせ、浪速軍と交渉することにした。
こんな中途半端な時期に姿を現した浪速軍としても、
大和の大王に命令されて嫌々出て来たに違いない。
浪速軍は、ここまで大和に義理を果たしたのだから、
ここで引き揚げたとしても問題にはならないだろう。
問題なのは、むしろ頭に血が昇っている圭だった。
「浪速軍からの御使者でございます!」
私が部下に細かく指示を出していると、浪速軍から使者がやって来る。
こっちから使者を送ろうと思っていたので、送る手間が省けた。
使者は偉そうに床几に腰を降ろし、私を威嚇するように睨んでいる。
目つきが気に入らないので、ヤキを入れてやろうかと思ったが、
浪速軍の代表であるため、とりあえず話だけでも聞いてみることにした。
「これは猿楽殿、早速だが、何で出雲勢を攻めんのだ」
「それが使者の口上か!」
私は頭に来て立ち上がると、徐に使者の胸を蹴った。
使者は一回転して、うつ伏せの姿勢で地面に落ちる。
鼻血を出しながら土埃塗れの顔を上げる使者の頭を、
私は非情にも土足で踏みつけた。
高飛車な使者の態度を見て、私の腹は決まった。
浪速軍は本気で圭を抹殺しようとしている。
そうなれば、浪速軍を脅すしかなかった。
「何をするかァァァァァァァー!」
使者は侮辱を受け、怒りに眼を剥いた。
しかし、戦場で試練を積んで来た私にとって、
どんな使者が暴れようと、全く平気である。
「口の利き方に気をつけろ!私は大王の家来ではない!この大馬鹿者!」
私は使者を立たせると、胸倉を掴んで突き飛ばした。
再び地面を転がる使者を、私の部下の一人が受け止める。
ここはひとつ、思いきり使者を脅かしてやることにした。
私は太刀を抜くと、怯えた使者の首に突きつける。
「いいか?自陣へ戻ったら、すぐに全軍を撤退させろ。
日本武尊軍の邪魔をする輩は、容赦なく踏み潰すぞ」
「じゃ・・・・・・邪魔など、しておらん!」
私は太刀を持ち替え、使者の顔面を殴った。
使者というのは総大将の代理なのである。
つまり、使者への待遇は基本的に、
総大将と同じでなけれなばらない。
その使者を平気で殴る私の行為は、
浪速軍総大将へのそれとみなされる。
私もさすがに浪速国王の使者には、
ここまでの仕打ちをすることはできない。
だが、部隊指揮官の使者程度であれば、
立場はあきらかに私の方が上なのである。
使者を虐待するのは、浪速軍への敵対行為だが、
この場の指揮権に関しては真希の方が優先だった。
「出雲軍は国に戻す。それが日本武尊の意思である。
事あらば、日本武尊軍が出雲まで攻め入ってくれるわ!」
「しかし・・・・・・」
使者は強情だった。
本気で首を刎ねてやろうかと思うほどである。
だが、こいつも浪速軍の総大将から言い含められて来たのだろうから、
まさか、手ぶらで帰るなんてことができないに違いない。
しかし、ここで甘い顔はできなかった。
何しろ、圭の命がかかっているからだ。
「無駄な戦は日本武尊がお許しにならん。
日本武尊への叛逆行為は、どうなるか分かっているのか?」
「ま・・・・・・まさか、熊襲!」
使者が眼を剥いて震え出した。
日本武尊の武勇伝は伝説になりつつあるが、
その徹底した破壊と殺戮は事実である。
正直なところ、真希が最後の覚醒をすれば、
浪速も大和も破壊し尽くされるだろう。
だからこそ、ここで真希を覚醒させてはいけないのだ。
「そうなってからでは、遅いとしか言いようがない」
市井家としても、魅力的な浪速の市場をなくすのは忍びない。
浪速軍に退いてもらえれば、こんなに楽なことはなかった。
浪速軍にはプライドもあるだろうが、ここは平和解決が望ましい。
大和を壊滅させた方が得策だとは思っていたものの、
浪速が退路を断ったともなると、圭も穏やかな心で対処すべきだ。
「それでも良いのなら、私は何も言わん」
「わ・・・・・・分かり申した!・・・・・・撤退じゃァァァァァァー!」
使者は転がるように飛び出して行った。
周囲の部下たちは、思わず吹き出している。
私が使者を虐待したことに不安を感じていたようだが、
浪速と市井家とのつながりは強いので心配はない。
海産物と海運を一手に取り仕切る市井家は、
吉備や浪速と持ちつ持たれつの関係だった。
「紗耶香様!出雲勢に動きがあります!」
私は部下の報告を受けて、出雲軍の様子を見た。
すると、陣形が徐々に変化しているではないか。
何と、鋒矢の陣を目指しているようだ。
地形を考えて拡翼の陣を張る浪速軍に対し、
圭は強行突破しようとしている。
私は圭の『気』を読んでみた。
「そんな・・・・・・」
圭は我々が充分に戦えないことを悟り、
浪速軍と刺し違える覚悟であった。
弓隊を主力とした浪速軍との戦いは、
圧倒的に不利であるのにもかかわらず。
このままでは、出雲軍は全滅してしまうだろう。
「全軍、浪速軍と出雲軍の中間へ移動するぞ!」
私は大急ぎで圭に使者を送り、準備ができた者から移動を開始させた。
《狛犬の生き方》
我々が出雲勢と浪速勢の中間に達した時、すでに戦闘が始まっていた。
私は仕方なく、出雲・浪速両軍の横から攻撃を仕掛けてみる。
出雲兵は驚いて逃げて行くが、浪速軍は反撃して来た。
「仕方ない。圭を見殺しにはできないからな」
私は浪速軍に攻撃を始めた。
我が方は少人数でこそあるが、
痩せても枯れても日本武尊軍である。
さすがの浪速軍も怯えて逃げ出し、
再び陣を構えて動かなくなった。
浪速軍に戦闘を仕掛けたのであるから、
大和への叛逆行為と言われても仕方ない。
だが、いくらでも申し開きできる内容を、
私は予め色々と考えていたのだった。
「紗耶香ー!」
振り返ると、圭が泣きながら走って来る。
私は圭を抱きしめ、話を聞いてみた。
すると、圭の許婚が戦死したという。
私はそれで納得した。
なぜ、圭が捨て身の戦法に出たのか。
彼女は許婚が死んで自暴自棄になっている。
圭には酷だったが、ここは諭すしかない。
そうでないと、罪もない出雲兵を殺すことになるからだ。
「お前は一国の女王だろう?しっかりするんだ」
私が話をしていると、浪速軍に動きがあった。
どうしたのかと思って圭と二人で見ていると、
浪速軍は何かに怯えて蹴散らされているらしい。
私は可視能力を増幅して、敵陣か観察する。
「あれは真希!」
何と、真希が数百人の兵で、浪速軍を攻撃しているのだ。
真希は最強の武将であるが、多勢に無勢で苦戦している。
一刻も早く支援しなければ、真希の命にもかかわった。
私が兵を動かそうとすると、それを阻止して圭が槍隊を押し出す。
「続けー!」
圭は白刃を抜くと、三千の槍隊を率いて突撃を始めた。
優しい圭のことであるから、真希を見殺しにはできない。
だが、これは自殺行為である。私は圭の後を追った。
「圭!気をつけろ!弓隊が隠れてるぞ!」
私がそう叫んだ瞬間、敵の弓隊が現れて攻撃して来た。
圭の率いる槍隊の中で、五百人程度が昏倒する。
圭は更に突撃させようとするが、こんな無謀な突撃は無意味だった。
ここは何としてでも圭に引かせなくてはならない。
あと三回の攻撃を受けると、槍隊は全滅してしまう。
「くっ!後詰を繰り出せ!」
圭は決して後退させず、更に後詰部隊を投入し、
とにかくむりやりにでも押し切ろうとしていた。
しかし、二千もの浪速精鋭弓隊の前に、
次々と出雲兵の屍の山が築かれて行く。
それでも真希を救いたい圭は絶対に諦めず、
自ら先頭に立って突撃して行ったのである。
私たちも、真希が危険な状態だったので、
とにかく夢中で敵に飛び込んで行った。
総大将である真希を何とか救おうという気持ちが、
全員を勇敢にさせ、浪速弓隊に気力で勝って行く。
こうして我々は敵の懐に突入し、
接近戦に持ち込むことに成功したのである。
「遠慮はいらん!暴れてやれ!」
接近戦になったら、もう我々のペースである。
浪速の弓隊は大混乱になって逃げ出し始めた。
私が細かく敵掃討の指揮を出していると、
そこへ圭がやって来る。
何とか敵の阻止線を突破し、とても満足そうだった。
「紗耶香、浪速と戦わせちゃったね」
圭は我々も叛逆者としての汚名を着たことを気にしていた。
だが、そんなことなど、大した問題ではないのである。
現場での最高権限者である日本武尊の指示に従わなかったのだ。
大和や浪速が何と言おうと、私はこれで押し通す。
「何を言うんだ。私たちの仲じゃない・・・・・・」
私がそう言いかけた時、どこからか数本の矢が飛来した。
その矢は圭の腕に浅く突き刺さっている。
私は反射的に伏せて、あたりの様子を覗った。
圭は「痛いな」と言いながら、矢を引き抜いている。
流れ矢のようだが、敵が付近に潜伏しているかもしれない。
それは、私が圭に「伏せてろ」と言おうとした直前だった。
更に数本の矢が飛んで来て、圭に突き刺さったのである。
今度は深く刺さっており圭は膝をついてしまった。
「圭!」
私は圭を引き寄せ、容態を診る。
二本の矢が胸に深く刺さっており、
これが致命傷になるだろう。
そんなことは信じたくなかったが、
私は圭の耳元で、正直に言った。
圭には嘘がつけなかったからである。
「だめだ。もう・・・・・・」
すると圭は笑顔で頷き、私の手を握った。
圭の気持ちは痛いほど良く分かる。
許婚が戦死し、すでに生きる気力もない。
こなまま無事に出雲に戻ったところで、
大王は執拗な圧力をかけて来るだろう。
圭は死に場所を探していたのである。
「ありがとう、紗耶香・・・・・・真希を頼むね。
最期にお願いがあるの・・・・・・楽にしてくれない?」
圭は私にトドメをさせと言っているのだ。
私たちの周囲には、圭を心配する者が集まっている。
圭はもう助からないが、私が息の音を止めるのは憚られた。
しかし、圭の最期の願いである。
「分かった」
私は太刀を抜くと、圭の心臓に宛がった。
圭は太刀の刃を握り、嬉しそうに頷く。
溢れる涙が圭の頬に落ち、彼女は言った。
「泣かないで、紗耶香。これがあたしの運命だったのよ」
「さらばだ。・・・・・・圭」
私は太刀に体重をかけた。
太刀は圭の心臓を貫き、彼女は即死する。
同時に周囲からすすり泣く声が上がった。
私は太刀や矢を全て引き抜くと、
血塗れの圭を抱きしめて泣き叫んだ。
以前、圭が死ぬ未来予知をしたことがある。
その時、圭にトドメを刺す人間の顔が見えなかった。
見えないのは当然である。それは私だったのだから。
やがて、真希が浪速軍を駆逐したとの報告が入り、
私は周囲の出雲兵たちに、何をすれば良いのかを伝えた。
まず、圭が死んだことは大和に隠さねばならない。
そして、このまま出雲に引き揚げるのだ。
大和から詰問の使者が来ようと誰が来ようと、
圭は重傷であるとして、一切面会を断らなければならない。
そして何より、真希にだけは隠し続けなければならなかった。
そうでないと、真希は確実に覚醒し、須佐男命になってしまう。
「真希は私が何とかする。急いで出雲へ引き揚げろ」
私は圭の遺髪を受け取り、彼女の遺体を布に包んだ。
そして、数人の重臣を呼んで、以降の対応を教える。
大和への対応ができていれば、数年は対処することが可能だ。
いよいよごまかしきれなくなったら、死亡したと公表すれば良い。
「猿楽様、宮様はいったい?」
「何でもない。宮様のことは詮索するな」
「紗耶香様、『少々愛』、楽しみにしていたのに・・・・・・」
はらはらと落涙する出雲の重臣の肩を叩き、
私は「頼んだぞ」とくりかえした。
圭が死亡した以上、誰かを国家主席に据える必要がある。
暫くは女王代理として働ける根性の据わった者だ。
そう思っていると、私の横から迫力のある声がする。
「あたしが暫く代理をやるよ」
そう言って来たのは、鼻ピアスをした痩身の女である。
どこかで見た記憶はあったが、誰なのか分からなかった。
すると女は私の手を取り、笑顔で話しかけて来る。
「客将の身分だけど、背に腹は換えられないでしょう?」
「い・・・・・・石黒宮彩比売(いしぐろのみやあやのひめ)!」
真希に放逐された彩であった。何という幸運なのだろう。
彩が女王代理であれば、大和の使者など簡単にあしらうことができる。
何しろ大王の娘であるから、彼女に意見できるのは貴子くらいだ。
誰も反対する者はいなかった。重臣たちは彩に頼もうと思っていたらしい。
彩が出雲の女王代理、いや、新女王になったとすると、圭の死が発表される。
真希がそれを知ったら、恐らく覚醒を始めてしまうに違いない。
散々考えた挙句、彩と真希を対面させ、そこで圭の死を知らせようと思った。
真希にしても、自分が殺してしまったと思っていた彩との対面は嬉しいだろう。
どこまで効果があるか分からないが、真希が覚醒を始めたら私が殺す。
私は決心して彩に詳しいことを相談した。
「真希・・・・・・何だかんだ言っても姉妹だしね。あたしの口から話してみる」
彩はもう、親に反抗する子供ではなかったので、私は安心して任せることにする。
これで真希の覚醒がなかったとしたら、恐らく一生、三度目の覚醒はないだろう。
「うん、確かに真希は普通じゃなかった。でも、須佐男命の化身とは・・・・・・」
「あたしも最初に聞いた時は、我が耳を疑ったくらいだ」
こうして私たちは、真希を迎え入れる準備をしたのだった。
まじっスか?
圭ちゃん&ごま・・・・・・
オレの物語、まだ終わってもいないのに(鬱
≪死期近し≫
私は真希と事前に会い、圭が重傷である旨を告げた。
それを聞いた真希は心配して圭に会いたがっていたが、
私は嫌がる彼女を強引に出雲女王代理のところへ連れて来る。
「そんな女王代理なんて、後で会えばいいじゃん。
あたしは圭ちゃんのところへ行くの!」
真希は唇を尖らせて私を睨んでいた。
彼女にしてみれば、身内同然の圭が心配でならない。
だが、出雲女王代理に就任した彩は、実の姉なのである。
懐かしい妹の顔を見て、彩は思わず真希に駆け寄った。
「真希!元気そうだね。立派になって・・・・・・」
聞き覚えのある声に、真希は驚いて彩を見る。
その声は十七年も一緒に暮らした姉の声だった。
怒りに任せて彩を簀巻きにし、川へ放り込んで以来、
音信不通だった姉の彩に間違いない。
「お姉ちゃん?」
真希は信じられないような顔で彩を見た。
やはり、怒りにまかせて彩を叩き出したことを、
彼女はこれまでずっと悔いていたようである。
感極まった真希は痩身の彩に抱きつくと、
声を上げて泣き出してしまった。
「ごめんなさい。あたし、お姉ちゃんにひどいことを・・・・・・生きてて良かった」
「あたしも悪かった。大王への反抗だったのに、あんたにまで嫌な思いをさせて」
二人はもう子供ではない。
彩は真希を恨んだ時期もあったが、
因幡で苦労をし、自身の甘さを痛感していた。
こういった試練を科してくれた真希に、
いつの間にか感謝するようになって行ったという。
一方の真希は、実姉を叩き出したという事実を悔い、
十年間も悩み苦しんでいたのである。
互いに姉妹であるからこそ、思いが通じた瞬間だった。
彩は真希を抱きしめながら、圭の死を語り始める。
本当に手に汗を握る緊張の時だった。
「真希、残念なことを言わなきゃいけないの。圭が今さっき、亡くなったわ」
「ええっ!」
驚く真希の頭を撫でながら、
彩は彼女を圭の遺体と対面させた。
私は密かに真希の背後へつく。
もし真希が覚醒を始めたら、
この場で殺さなければならない。
「圭ちゃん・・・・・・」
真希は大粒の涙を零していたが、覚醒を始める気配はなかった。
やはり、彩に対してのトラウマが、ある程度癒えたためだろう。
私は真希に圭の遺髪を渡し、壮絶な最期を話して聞かせた。
翌日、出雲勢は引き揚げて行った。
私たちも野ざらしになったおびただしい死体を
丁寧に埋葬してから尾張に戻ることにする。
指を咥えたままで動けなかった大和軍は、
怒りの矛先を我々に向けて来たものの、
正面から攻撃することなどできなかった。
時折、大きな音のする鏑矢を放って
ウサを晴らすのが限界だったのである。
「紗耶香さん、これで出雲は安泰だよね」
真希は圭が死んだ後の出雲が心配だったようだ。
圭は多くの国民に、心から慕われていたので、
代わる新女王に不安があるのは確実だろう。
しかし、きつい性格の彩であるが立派な大人だ。
それに加え、大王の娘というステータスがある。
更に、因幡での苦労は、決してムダではなかった。
一般的なバランスを手に入れていたのである。
「彩なら上手に経営するだろうな」
圭に比べると大王の長女だけあって、
プライドが高いというところがある。
だが、女王はそのくらいでいいのだ。
圭は政に関しては素人同然だったが、
彩は幼い頃から帝王学を学んでいる。
人望で人を動かしていた圭に対して、
彩は適材適所で動かすことができそうだ。
これから出雲は面白くなる。
「・・・・・・そうだ・・・・・・ね」
真希の声がおかしかったので振り返ると、
彼女は馬上からゆっくりと落ちて行った。
あの乗馬の上手い真希が落馬するなど、
普通の状態では考えられない。
私は慌てて馬から飛び降り、
真希を抱き上げて様子を診た。
「真希!うっ、すごい熱だ」
真希は高熱で意識を失っていたのである。
これだけ高熱が出るというのは、
間違いなく土蜘蛛の呪いであった。
続けて触診すると、真希の胸にしこりがある。
真希のように妊娠したことがない女性の場合、
乳腺が炎症を起こしている場合が多かったが、
これは恐らく新生物(癌)だろう。
更に、肝の臓もひどく腫れており、
ここにも新生物が進出しているに違いない。
ここまで新生物が進出(転移)していると、
治療のしようがないのが現実だったのである。
真希の状態を診る限り、もはや手遅れのようだ。
私は真希の死期が近いことを悟る。
とりあえず尾張に戻り、真希の意向によって、
彼女の死に場所を選ぼうと思っていた。
尾張に到着すると、事前に知らせを受けていた亜依が出迎えた。
真希の意識は回復せず、三日三晩の昏睡を経て、ようやく眼が覚める。
比較的、元気に起きたのだが、すでに真希の表情には死相が現れていた。
小康状態にこそなっていたものの、恐ろしい土蜘蛛の呪いは、
確実に真希の体を蝕んでいたのである。
「真希、どこへ行きたい?」
私が聞くと、真希も感じ取ったようだ。
もう自分の命は幾許も無いことを。
真希は寂しそうに微笑むと、亜依の手を握った。
そして私に向かって正直に話し出したのである。
「紗耶香さん、大和に帰りたいな」
あれほど戻るのを嫌がっていた真希だったが、
もう最後の旅だと思うと、故郷が恋しくなったようだ。
それは当然のことであるから、私は驚かなかった。
真希は生まれ故郷で死にたがっている。
「それじゃ、明日にでも出かけようじゃないか」
「・・・・・・うん」
真希は笑顔で微笑んだが、その顔は寂しそうだった。
彼女は亜依の同行を許さなかったばかりか、
養子の子供たちも連れて行く気ではない。
どうやら少人数で行き、大和の自宅で死にたいようだ。
そんな真希が痛々しくて、私は胸が張り裂けそうになる。
真希は今、死出の旅に向かおうとしていた。
《安倍の最期》
出羽胆沢の安倍のもとに知らせが入ったのは、
木々の葉が落ち、初雪が降り始めた頃であった。
安倍は出雲の圭が死んだことを聞くなり、
不自由な体で小躍りをして喜んだのである。
その様子を何気なく見ていた家臣たちは、
安倍のはしゃぎように、首を傾げていた。
「狛犬が死んだべさァァァァァァァー!残りは猿だけっしょ!
なっちが得意のあ・ん・さ・つ、使っちゃおうかな?うふっ」
安倍は二人の子供を産み、三人目を身篭っている。
これで安倍一族の今後は安泰であったが、
彼女が執拗に画策するリベンジには成功していない。
安倍の計画では、毛野の大和進駐軍を壊滅させ、
関東平野を領有化することが一番だと思われた。
すでに安倍は鉄器の製造技術を会得していたし、
大陸から兵法学者を招いて最新の技術をマスターしている。
まともに戦をしたことのない大和進駐軍では、
安倍の率いる奥羽連合軍に勝てるわけがなかった。
「奥羽全体で二十万石突破だべか。チャンス到来っしょ!」
安倍の熱心な技術改革のお陰で、奥羽に稲作を普及できている。
本来、熱帯植物である稲は、寒冷地帯の奥羽では栽培ができなかった。
そこで彼女は時期をずらし、温かくなってから田植えをすることにする。
これで行くと、収穫時期が霜の降りる頃だったが、充分に食べることができた。
こうして食糧の安定供給が始まると、一気に人口が増えて行ったのである。
「残りは日本武尊と猿だけだべさ。一気に暗殺しちゃおうかな?」
安倍は奥羽を統一するため、敵対する部族長を暗殺して来た。
そのために刺客部隊を編成していたのだが、最終的には、
日本武尊と大和大王を暗殺するのが目的だったのである。
自分の野望を悉く打ち砕いた日本武尊、
自分の片足を奪った市井猿楽紗耶香、
そして自分を嵌めた大和の大王。
この三人だけは、絶対に殺さなければ、
安倍の気がすまなかったのだ。
「さて、おほん!刺客部隊、集合するべさ」
安倍が号令すると、七人の刺客が整列した。
手裏剣の名手、吹き矢の名手、弓の名手、槍の名手、
剣の名手、毒の名手、そして空手の名手である。
どの刺客も安倍が数年をかけて育てた者であり、
その能力は折り紙付であった。
「時期が来たべさ。市井猿楽、そして日本武尊を殺しておいで」
「はっ!」
七人の刺客は風のように城を出て行った。
日本武尊が死んだら、もう怖いものはない。
関東平野を平定したら、そこを足場に、
北陸道・東山道・東海道を進めば良い。
尾張・近江で集結し、一気に大和を攻撃する。
残った国などは、後からゆっくり攻め落とせばいい。
まだ安倍は第二、第三のリベンジ計画をたてていた。
「嬉しいことがあると、腹が減るもんだべさ。
誰か、山葡萄汁と焼肉を持って来て」
安倍が侍従に焼肉を要求するとすぐに、
厨房から骨付きカルビやハツ、タンなどが運ばれて来た。
そして、よく冷えた山葡萄汁が目の前の食卓に置かれる。
炭火が運ばれて来ると、安倍は嬉しそうに肉を焼き始めた。
香ばしい香りがたちこめ、安倍は涎を啜る。
その時、炭火を弄っていた女が、火箸で安倍の腹を突いた。
「あがっ!」
気づかないでいたが、鋭く尖った火箸の先は、安倍の背中にまで達していた。
激痛に顔を顰める安倍は、ここで自分の死を悟ったのである。
安倍は火箸を抜こうとするが、深く刺さっているため、びくともしなかった。
彼女を刺した女は、被っていた頭巾と上着を脱ぎ捨てる。
露となった女の肩や背中には、生々しい傷跡があった。
「お前は・・・・・・」
「やっと仇を討てた。・・・・・・地獄に落ちろ」
何と、安倍を刺した女は、死んだはずのりんねだった。
彼女は瀕死の重傷を負ったが、無事だったまいに助けられる。
だが、まいはりんねを担いで逃げる途中、弓で射られて川に転落。
最後の力を振り絞って、りんねを川岸に揚げたのだった。
りんねはその後、故郷の出羽に戻って、復讐を待ち続ける。
そして、ついに胆沢城の女房(厨房を手伝う女性)になった。
こうして安倍を襲う機会を覗っていたのである。
「もうじき・・・・・・子供が生まれるのに・・・・・・」
「そうなると二人分ね。あさみ、まい、そしてお姉ちゃん。
こっちは三人だから、まだお釣が来るわ。じゃあね」
りんねは隠し持っていた小さな刃物で、安倍の喉を切り裂いた。
安倍は血を噴き出しながらテーブルに倒れ込み、
二度と起き上がることはなかった。
野望のために多くの人を犠牲にして来た安倍の、
ほんとうに呆気ない最期である。
「うっ、女王様!」
こときれた安倍を発見した侍従は、りんねに襲い掛かった。
りんねは侍従をかわして逃げようとしたが、衛兵に囲まれてしまう。
目的を果たしたりんねに迷いはなかった。
自分の首を掻き切って、自殺を遂げたのである。
こうして安倍は野望を果たせずに死亡してしまった。
しかし、彼女の産んだ二人の子供によって、
安倍一族はこの後、七百年も繁栄するのである。
安倍の意思は代々の当主に受け継がれて行き、
前九年の役・後三年の役まで朝廷に逆らうことになる。
また、平安時代に活躍した陰陽師・安倍晴明も、
彼女の子孫であったのは言うまでもない。
《最後の戦い》
真希の容態は安定せず、尾張の館を出発できたのは、
彼女が倒れてから、じつに十日後のことだった。
あまり大人数であると、大和が警戒してしまうため、
私と真希、そして従者が二人だけの旅である。
体の抵抗力が落ちているため、真希に無理はさせられない。
ゆっくりと尾張から伊勢、そして大和を目指すのだ。
馬を乗り継いで飛ばして行けば、一日半の距離だったが、
そんな強行軍には、真希の体がもたないのである。
私は四日くらいを予定して、ゆっくり行くことにした。
「もうじき冬だね。紗耶香さん」
真希はススキの群生する野原を見ていた。
穂の上に赤トンボの姿が見えなくなると、
じきに寒い冬の到来を告げる季節風が吹く。
冬は私が生まれた季節ではあったが、
生まれてこの方、好きになったことがない。
「そうだな。何度も冬を過ごして来たけど、嫌いな季節だよ。冬って」
そんな話をしながら、私たちは伊勢に入って行く。
二泊目の渡し舟宿で、私は真希と語り合った。
もう十年以上も、私は真希と一緒にいる。
その間の楽しい思い出や、悲しい出来事を語った。
熊襲潰滅作戦から出雲征伐や尾張平定、毛野討伐。
中でも真希は、伊豆への湯治の旅が楽しかったらしい。
すると真希が、ふと私に尋ねてきた。
「紗耶香さん、ずっと気になっていたことがあるの」
「何?」
「どうして真里さんと別れたの?」
「それは・・・・・・」
私は迷っていた。
真希に本当のことを言うべきなのだろうか。
このまま何も知らないで死んで行く方が、
真希にとって幸せではないのか。
しかし、私は正直に話をすることにした。
自分の死を悟った真希は全てを受け容れるだろう。
それに、私自身が彼女に嘘を言うことが辛かったのである。
私は順序だてて話を始めた。
「真希、お前は須佐男命の化身なんだ。次に覚醒すれば、今の意識は消滅してしまう」
「ふーん、須佐男命か・・・・・・意外にカッコイイじゃん」
真希は達観していたので、驚くこともなかった。
その穏やかな表情には、覚醒した時の面影はない。
初めて会った時の、六歳の少女だった頃と同じ眼をしていた。
私は持ってきた干し肉を火で炙りながら、話を続ける。
「あたしの使命は、日本武尊を殺すことなんだ。
つまり、あたしは真希を殺すことが使命だったの」
「そうなの。それであたしと一緒にいたんだね」
私は干し肉を細かく裂き、真希の口に放り込んだ。
そんなことは大儀名分であり、ほんとうの理由は別にある。
私が真希と一緒にいたかったのだ。なぜなら私は・・・・・・
「あたしね。紗耶香さんが好きだったんだよ。でも真里さんがいたから、コクれなかった」
私は思わず真希を抱きしめていた。
こうして抱いてみると、体の熱が伝わって来る。
ケシから作った痛み止めを服用させているので、
新生物(癌)の痛みはないだろうが、だるいはずだ。
それでも真希は、時間を惜しむように話をする。
「亜依を連れて来なかったのは、紗耶香さんと二人きりになりたかったから」
そんなに私のことを愛していてくれたのか?
私はそんな真希の想いにもこたえられず、
結果的に真里や圭を死なせてしまったのである。
私は真希に何かを与えるつもりでいたのだが、
むしろ、奪い取っていたのかもしれない。
ほんとうの破壊者は真希ではなく、
私なのではないのだろうか。
「紗耶香さんを好きになったのは、何があっても、あたしを見捨てなかったから」
私には真希の言葉が痛かった。
真希の無垢な心が痛かった。
こんな時代に生まれて来なければ、
もっと幸せな一生を送っていただろう。
真希は悲しみを背負いすぎたのだ。
もっと早く殺してやるべきだった。
私が真希を殺せなかったのは・・・・・・愛していたから。
「あたしが真希のそばにいた、ほんとうの理由は・・・・・・」
その時、私は殺気を感じ、真希を抱いたまま床に伏せた。
太刀に手を伸ばした時、従者の叫び声が聞こえる。
私は自慢の能力を発揮し、敵の『気』を探った。
『気』の感じからすると、大和の者ではない。
(七人か・・・・・・従者も腕に自信のある二人だが)
真希は事態を察し、草薙の剣を掴んで引き抜いた。
敵の『気』が乱れているので、更にスキャンしてみる。
どうやら、思わぬ抵抗に遭って、一人が死んだらしい。
残りは六人だったが、従者の一人も『気』が消えつつある。
(なるほど、安倍が放った刺客か。死んだのは・・・・・・毒の名手だな。
外に出ると、手裏剣の名手と弓の名手、吹き矢の名手が厄介だ)
私は室内で三人を始末しようと考えた。
残る槍の名手と剣の名手、空手の名手であれば、
外でも戦うことができるからである。
真っ暗な中で、各人の『気』を追う私は、
壁の向こう側に弓の名手の気配を感じた。
私が壁に太刀を突き刺すと、簡単に貫通し、
弓の名手は胸を貫かれて絶命する。
吹き矢と手裏剣が飛来するものの、
私は壁を隔てているので無事であった。
「宮様、猿楽様、ご無事で!」
従者は手裏剣の名手を刺し違えて絶命した。
残るは吹き矢・槍・剣・空手の四人である。
ここに来て、『剣』と『空手』が『気』を消してきた。
狭い室内であるから、ある程度の気配は感じられる。
そのことも考えながら、私は待ち構えていた。
(紗耶香さん、まだ手裏剣は使える?)
(当たり前だ。それがどうした?)
(外に出よう)
真希は壁を切り崩し、外に飛び出した。
私も真希に続いて外に飛び出すと、
手ごろな石を掴んで付近の木陰に飛び込む。
すると真希がやって来て、私に作戦を告げた。
こういった真希の判断は、私よりも正確で速い。
この場は彼女の作戦に従った方がいいだろう。
「どうやら吹き矢がいるみたいじゃん。
あたしが囮になるから、そいつを仕留めて」
危険な賭けだったが、こうなったら真希に従うしかない。
真希が飛び出して行くと、夜目の利く私は吹き矢を探す。
気配を消した『剣』と『空手』は分からなかったものの、
『吹き矢』と『槍』は発見することができた。
『槍』の殺気は激しいので、真希でも感じられるだろうが、
『吹き矢』のそれは微々たるものであり、私でも見失いそうになる。
「死ね!日本武尊!」
『槍』が真希に襲い掛かって来た。
真希は槍を草薙の剣でかわし、一気に間合いを詰めて行く。
槍というのは懐に入られると、意外に脆いところがあった。
(さすがに刺客だな。『槍』がやられた時を狙って来るか)
私は『吹き矢』の『気』を読み取り、場所を特定して背後から接近した。
真希を突き放そうとした『槍』は、彼女の太刀で腹を抉られてしまう。
やはり、真希はこんな時でも最強の武将なのである。
「つええ・・・・・・がくっ!」
『槍』がこときれた時、長い棒のようなものが真希に伸びて行く。
これが吹き矢であった。困ったことに、吹き矢には毒がしこんである。
私はそれを、かすかな臭いで感じたのであった。
もう、飛び掛る余裕がなかったので、私は持っていた石を投げつける。
石は後頭部に命中し、『吹き矢』はそのまま昏倒してしまった。
私は『吹き矢』に踊りかかると、背中に太刀を突き立ててトドメを刺す。
「紗耶香さん!後ろ!」
私の背後に回りこんでいたのは、動きの素早い『空手』だった。
連続で技を繰り出して来るので、私には避けるのが精一杯である。
真希は眼前に現れた『剣』と戦いながら、険しい山に入って行った。
彼女の戦術は分からなかったが、野性的な勘の強い真希である。
直感的に木々の生い茂る場所の方が、有利だと感じたのだろう。
しかし、問題は空手である。これでは私が何もできない。
そこで私は、代々家に伝わる、奥義を披露することにした。
(男の頭にこの風景を送り込め・・・・・・)
要するに逆エスパーであり、敵の頭を混乱させるものだ。
私が強く念を入れて行くと、『空手』は私よりも幻覚と戦っている。
私を視認できなくすると、一気に後方へ回り込んで息の音を止めた。
この能力は精神的に疲れるものであり、私はかなりの疲労を覚える。
だが、真希を放っておくわけには行かない。
「真希!」
私は急勾配の山道へと駆け上がって行った。
しばらく山道を進むと、すさまじい殺気が感じられる。
それは吐き気すら感じるほどのものであった。
真希と『剣』は原生林の中で向かい合っている。
互いに隙を窺っているようだ。
「紗耶香さん、動かないで。もう終わるから」
真希が言い終わると同時に『剣』が動いた。
『剣』の太刀は真希の眼前にある樫の木にめり込む。
しかし、『剣』は樫の木を切断できず、太刀の回収に慌てる。
その隙を逃さず、真希は樫の木ごと、『剣』を袈裟懸けに斬った。
真希の腕と草薙の剣であれば、樫の木などはものの数ではない。
「ふう、終わったな」
私が真希に駆け寄ると、彼女は片膝をついてしまった。
すでに真希の生体エネルギー自体が少なくなっている。
彼女は戦うことによって、死を早めてしまったのだ。
「真希、ここの山を越えたら大和だぞ」
私は真希に肩を貸し、山道を登り始めた。
《夜明け》
「もうだめ・・・・・・紗耶香さん、もういいよ」
真希は辛いらしく、座り込んでしまった。
以前に触診したところ、真希は胸と肝の臓に腫れがあった。
恐らく土蜘蛛の呪いの最終段階(末期癌)だろう。
腑(消化器系)にしこりがないのが、せめてもの救いだ。
腑に新生物が広がると、七転八倒の苦しみとなる。
だが、真希は確実に肺の臓まで新生物に冒されていた。
恐らく、右の肺の臓は機能していないようである。
「がんばれ!」
私は息を切らせる真希を背負った。
自分の体重よりも重い真希を背負うのだから、
私も汗だくで息があがってしまっている。
それでも私は真希に故郷を見せてやりたかった。
「紗耶香さん・・・・・・いいってば・・・・・・あたし・・・・・・もう」
真希の意識が混濁して来た。
もうじき夜明けの時刻である。
真希は日の出までもたないだろう。
だからこそ、私は心臓が破裂しても、
何とか大和に入りたかった。
東の空が明るくなって来た頃になって、
私はようやく山頂に辿り着いたのである。
「真希、見えるか?大和だぞ」
真希は私の背中で薄目を開け、
朝餉の支度の煙が立ち昇る村々を見た。
私は真希を降ろすと倒木に寄りかかる。
そして二人で大和の全景を眺めることにした。
真希は私の手を握りながら、小さな声で呟く。
「大和・・・・・・あたしの・・・・・・故郷」
真希はかすかに微笑んでいた。
思えば、彼女がこの地を追われて十年にもなる。
真希の望郷の念は日に日に強くなっていたのだろう。
私は真希に何をしてやれたのだろうか。
真希は充実した一生を送れたのだろうか。
真希にとって私とは・・・・・・
「真希」
「・・・・・・うん?」
「覚えてるか?初めて会った時、お前は私の顔を触った」
「・・・・・・そうだっけ?」
「大和の顔とは違うからな」
真希は覚えていないようだ。
私は幼い彼女を見た瞬間に、
避けられない運命を感じている。
それが使命や愛情と感じたのは、
もっと大人になってからだった。
「・・・・・・紗耶香さん・・・・・・だーいすき」
すでに真希は抱きつく力も残っておらず、
かろうじて私の手を抱きしめただけだった。
私は真希の頭を撫でながら、ほんとうの話をして行く。
「あたしも真希を愛していたんだよ。だからそばにいたの。
ほんとうは、使命なんかどうでもよかったのかもしれない。
あたしはお前から、何もかも奪ってしまったんだね」
真希は私の話に反応しなくなっていた。
私たちの背後から太陽の光が差し込んで来る。
真希の柔らかな髪が風に揺れた。
「真希?・・・・・・寝たのか。いい夢を観るんだよ」
私は真希を抱きしめたまま、朝日に輝く大和を眺めていた。
――――――― 終 ―――――――――
この物語はフィクションであり、『古事記』『日本書紀』に登場する
日本武尊(倭建の命)の物語とは、一切関係がありません。
一部、類似した名前・名称等が登場しますが、それらは全て、
作者(ブラドック)による架空のものです。
最後まで読んでくださいまして、ありがとうございまス。
感想や批評、意見でもありましたら、お願いしまス。
ごまヲタのオレとしては、思いっきりへこんでいまス。
2、3日、寝こみたい気分っス。
ご脱稿、おめでとうございます。
今度はスケールが大きくなりましたね。
前編・後編と分けたのは、そういった理由だったんですか。
安倍一族の話もわかりましたし、ブラドックさんは歴史が好きなようですね。
まず、気になった点から行きます。
大和から追放されて死ぬまで十年ですが、
もう少し、経過を上手く書いた方がいいでしょう。
次に、季節感に乏しいところがあります。
古代の美しい自然の情景を、積極的に描いた方がよかったのでは?
それと、真里と圭の死に方に変化が欲しかったです。
最後に、少し中だるみしたように思いました。
もう少し、簡潔化が図れたのでは?
でも、全体を通して面白かったです。
陣形や名前の由来など、よく勉強しているようですね。
須佐男命には、やられたと思いました。
それと最後の、真里がいたから真希が紗耶香にコクれなかったという話。
エンディングはデビ○マンっぽいですが、さすがに上手いですね。
死んでしまったのか、意識を失ったのか。
紗耶香の話を聞いたのか、聞かなかったのか。
こういったファジーなエンディングは、割と好きなんです。
願わくば、次回作を期待します。
脱退の話、僕もショックでした。○グ○の○○カ写真以来のへこみようです。
またまた申し遅れてスミマセン!
◆KOSINeoさん、どうもありがとうございました。
>>1さん、スレをお貸しいただいてありがとうございました。
>>340 ありがとうございまス。
そうっスよね。ちょっと季節感がなかったです。
ほんとうに、その通りですね。未熟者っス。
マジでデビルマンに似てましたァァァァァァァー!
どこかに記憶があったんでスかね。
しばらくは再起不能状態でスが、またどこかのスレお借りして、何かを書きたいとおもいまス。
また、可愛がってください!
昨日初めて読み始め、気付いたら日が変わっていました(w
自分も作者さんと同じくごまヲタで、途中辛い展開も多々ありましたが、
最期に市井と後藤が2人一緒にいられて良かったです。
脱稿お疲れサマでした。また、次回作も楽しみにしています。
途中ウダウダと文句をつけた?ヤスヲタだけどおわっちゃったのね・・・
結構独特の雰囲気が良かったですよ。
っていうか保田脱退がショックでショックでもう・・・
>>342 ありがとうございまス。
ショックですが、嬉しいっス。また、絶対に書きます!
でも今は・・・・・・しばらく頭の中が、あぼーんでス。
>>343 ありがとうございまス。
そうっスよね。圭ちゃんまで・・・・・・
何か、メシ食う気にもなれなくて。
終わるまで待ってました。一気に読みたくて。
脱稿お疲れさまでした。矢口が切なかった……でもいちごまマンセー(w
歴史はよく知らないのですが、こういう話は好きです。
がんばってメシ食って力つけて、次回作書く気力が蓄えられたらまたお願いします!
>>345 ありがとうございまス!
なんか、自分で書いてて、暗示してたような結果に驚いていまス。
この物語は、9月23日に卒業する真希ちゃんに捧げます。
圭ちゃんの分は、今年中に仕上げてみようかと思いまス。
キャンプに行ったせいか、ちょっと元気が出て来ました。
347 :
:02/08/08 20:40 ID:cKo/BYva
ほ
またなんか書くようだったらここにおながいね
350 :
でねーよ:02/08/13 23:14 ID:zUz2bMxf
3
ほぜーん
緊急保全
h
te
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a
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t
e
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5
0
円
.
ぽ
保全
370 :
@ノハ@:02/09/14 01:37 ID:QYYc59TP
hozen
371 :
@ノハ@:02/09/16 15:21 ID:ZLL1n3bh
hozen
372 :
_:02/09/18 22:40 ID:dWMFe9Bd
ho
373 :
sage:02/09/21 10:13 ID:+IwzADSn
sage
375 :
fdさげ:02/09/22 21:06 ID:R+KBRLpA
fdssfd
376 :
り:02/09/23 09:15 ID:uXtMfqqY
き
ほぜん
保全
379 :
ズバッとサマータイム:02/09/27 12:47 ID:WoBCJmBL
ウーミーって誰?
380 :
jjjjjjjj:02/09/28 10:30 ID:ktX1Jh9r
090−8832−4955
( ^▽^)ホゼ美 1033885385
保全で1000まで目指すスレはここでつか
ほ
387 :
:02/10/25 00:17 ID:MnCbBjCG
ho
ホゼン
390 :
:
保全