時は戦国時代…
一つの影が、とある森の奥へと向かっていた。
忍び… 男の忍者ようだ。
やがて彼は森の奥にたたずむ小さな小屋の前に辿り着いた。
そしてそこには、一人の隻腕のくノ一が…
「ようやく見つけたぞ。」
しかし、そのくノ一は動じることも無く、彼を横目で睨みつけている。
「アンタは…」
「言うまでも無いだろう?」
「まぁた小室忍軍か…」
くノ一… 鈴木あみは、やれやれといった感じで男と向き合った。
「アンタも、百人力を誇る私の台頭で、用済みとなってたクチか?」
「そうだ。朝組の安倍とやらに敗れ、小室はお前を追放した。
だが、主軸を失ってしまたことで、再びオレを必要とせざるを得なかった。」
「アンタも復帰初任務が私の抹殺ってわけか。あの人も何が怖いんだか。」
「この戦国の世で勝ち残るには、少しでも不安の芽を摘み取らねばならん。それだけのことだ。」
「まあいいわ。アンタなんて片手でも十分よ。早く済ませたいから、さっさとかかってきな!」
あみは不敵な表情を浮かべ、余裕をアピールする。
「フン! そう言ってられるのも今のうちだぞ!!」
男はそう言うと、五人に分かれて素早くあみを囲んだ。
高速の動きによる残像分身だ。その動きは第一級である。
しかし、それでもあみは構え一つとらない。
「どうしたの? 私は隙だらけなのに、かかってこないの?」
さらに挑発するあみ。
「余裕なのも今のうちだ。いくぞっ!!」
「うっ!」
突如凄まじい風圧があみを襲い、彼女は避ける間も無く背後の大木に激しく叩きつけられた。
「他愛もない。」
そんな彼の目の前で、あみは墓場から甦る死霊のように瓦礫の中から姿を現し、
残虐な笑みを浮かべて立ち上がった。
「フフフ… たった一人を相手に大層な大技ね。結構きいたわ…」
そう言い放つとあみは無数の苦無を男に向けて撃ち放つ。
「オレ相手にそんなメジャーな武器は通用しない!」
カンッ! キンッ!
まるで見えない壁があるがごとく、次々と襲い来る苦無が彼の数メートル手前で落とされてゆく。
(一見動いてないように見えるけど、高速で苦無を叩き落しているみたいね。)
「どうやらその顔は、速さでの格の違いを理解したようだな。」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる男。
「思ったより強いね。 私を越える強さを追い求める執念かしら?」
「フッ… 底辺から光を掴むことなど、最近になってどん底を味わったばかりのお前にはまだ真似出来まい。
まあ、その体でオレの攻撃に耐えられるとは、賛辞に値するといっても過言ではなかろう。」
男は、あくまであみを見下した言い方をする。
「まだその光に到達していないのに、そういう余裕めいた言い方は少々不愉快ね。
でも、なんだったら私への最大の賛辞ってヤツをアンタに教えてあげようか?」
左腕で刀を構えながら男に向かってあみが言い放つ。
「恐れ… 怒り… 怨み… それこそがこの“鬼”鈴木あみ対する最高最大の賛辞よ!!」
「とりあえず憶えておこう。だが、その念をオレに抱かせるには、余りにお前は未熟すぎる!!」
分身の統率の取れた動きから放たれた剣技が、尚もあみの全身を切り刻む。
「まだまだぁっ!!」
だがあみは刀を手に、激しい雨のような攻撃の真っ只中を遮二無二突き進んでくる。
「なるほど… 自他共に“鬼”と認めるわけか。自らの命さえ己の勝利のためには顧みないとは…」
狂気のみで動いてるようなあみに対し、男は素直に感心した。
だが、あくまで任務であり戦いの最中。相手を褒めても意味がない。
「見せてもらうぜ。片腕を失った“鬼”がオレを相手に如何なる戦いぶりを見せてくれるかをな!」
冷笑を浮かべる男に向かい、刀を振り続けるあみだが、素早いガードに封じ込められる。
「切れ目を読んでどうにか一矢を報いようとでも言うのか? 常識的にその作戦は間違ってはいないが、
それが出来るのはオレと同じスピードを持つ忍びのみだ。お前の力ではそんな策は通用せんぞ!!」
刹那、あみの眼前から男の姿が忽然と消える。
ズガッ! ドガッ!
彼女はなすすべも無くその場に倒れこんだ。
「…どうしたの? 今のは手を抜いていたね… なぜ殺さない…」
息も絶え絶えに男に問いかけるあみ。
「今のは確実に私を殺すことは出来たはずだ。何しろ心臓も脳もガラ空きだったのだから。
私が命を助けられたからって感謝するような女じゃない事は判りきっていると思ってたけど…」
「オレの悪い癖だ。弱き者を見るとそれが例え元・鬼であれ、つい惜しみを感じてしまう。
本当はもう少し遊びたいところだが… 一応仕事なのでな、そろそろ往生してもらうぞ。」
あみの傍らに歩み寄り、見た目より大きく感じる無骨な拳を彼女に向ける男。
そんな彼に向かい冷笑を浮かべると、あみは恐ろしく冷たい声で静かに言い放った。
「馬鹿ね。戦いを楽しむってことは、完全なる勝利を約束された者だけにしか許されない物なのに。
せっかく私を殺す数少ない機会を得ていたはずなのに、フイにしちゃうなんてさ。」
「言っている意味がよく判らんな。貴様の命など文字通り風前の灯に等しいのに、少しは抗ったらどうだ?
尤も、もはやいくら足掻いても無駄なことではあるがな。」
「ならばはっきり言ってやるよ。アンタじゃ役不足だと言ってるんだ。
この数多くの修羅場を目の当たりにしてきた真の“鬼”の前ではね。
アンタにこの私を倒す資格など、少しもありはしないのさ!!」
そう言って嘲り笑うあみに対し、怪訝な表情を浮かべる男。
「フ… どうやらこの前の敗北にすっかり正気をなくしてしまってるようだな。
まあオレにとっては関係ない。どんな状態であろうとお前を倒し、最強の勲章を得るまでだ!!」
全身の力を漲らせた豪腕を、あみの頭上に向け放とうとしたその瞬間だった。
ズバッ!!
まさに電光石火の抜刀…
左腕から放たれた神速の一撃が、一度に男の胴を真っ二つに切り裂き、
彼は何が起こったのかも判らずただ呆然とした表情のままその場に崩れ落ちた。
「この鈴木あみともあろう者が、ただ負けてばかりいただけと思ったの?
私には究極の“修忍の法”があることを忘れたの? 戦いの中で成長するんだよ!
そして、“敗北”ってのは単に勝負に敗れることを指すわけじゃないんだよ。
つまりアンタのように、戦いに敗れる事で何も得るものを持たない愚者に与えられるものこそが、
真の意味での“敗北”と言う烙印なのさ! 分ったか!?」
「ぐう… そ… そんな馬鹿な… 左腕しか動かぬ貴様にこのオレが…」
己の敗北がよほど信じられないのか、屈辱と怒りに身を震わせ血走った眼であみを凝視する男。
そんな彼を見据え、愉快そうにあみは言い放った。
「そうだ… 恨め… 憎め… そしてあの世に行っても恐怖するんだ!!
この私を… 世界で唯一無二の“鬼”であるこの鈴木あみをねっ!!」
あみは笑っていた。
こらえようの無い興奮が… 歓喜が彼女の中を駆け巡っていく。
かつてあみが住んでいた世界の中では余りに強過ぎた。
強過ぎたが故に自分より強い者達と戦える機会に恵まれなかったのだ。
だが今自分が立っている場所は別だ。目の前にはここには自分より強き者達が存在する。
安倍を… 自分をどん底まで叩き落したくノ一倒すには、ここから這い上がらなくてはならないのだ。
(喰らってやるよ。アンタらだけではない… 私の頭上に存在する全ての者をね!!)
「待ってろぉ… 待ってろよ安倍ぇ! アハハハハハハハハ……!!!」