くノ一娘。物語

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931たぢから
あれから3日経った。
ひとみ達も目覚め、4人入りの病室は賑やかになった。
2年の空白を埋める為、紗耶香と真希となつみは思い出話に花を咲かせる。

だが… 紗耶香は吉澤とだけは特に話すはなかった。
仕方ないと言えば仕方なかったのだが、互いに話すきっかけを逸していた。

そんな中、4人はあるテレビ中継に釘付けになる。
夜の繁華街で、いつかと同じような暴走族の集会が行われていた。
廃工場の後処理に追われていた圭織達機動隊は、その対応にてこずっていた。

その光景を見て、紗耶香は後悔した。
「私があんなことをしなければ…」
932たぢから:02/09/10 23:16 ID:AeiGcMLu
「じゃあ紗耶香、今こそ罪滅ぼししてみるか?」
と病室に入ってきたのは、明日香だ。
そしてその右手には…
「それは… ムーンライトコンパクト!」
ひとみ専用の変身アイテムだ。

「福田さん、修理が完了したんですか?」
「残念だけど、変身機能などの回復にとどまってるわ。
変身しても、通常の五割程度の力しか出ないよ。
あと一日あれば完全に直るんだけどね…」
「でもいいですよ! 早く出動しないと…!!」
「待ってよ吉澤。これを使うのはアンタじゃないんだよ。」
と逸るひとみを制する明日香。
そして彼女は、コンパクトを意外な人物に手渡した。
933たぢから:02/09/10 23:17 ID:AeiGcMLu
「さあ出番だよ。元・ムーンライトの候補さん。」
「えっ…!?」
驚いたのは他ならぬ紗耶香本人だ。

明日香は皆に説明する。
「どうせ五割の力しか出ないんだ。満身創痍の吉澤じゃ、使いこなせない。
この中で一番怪我が軽い紗耶香、アンタが臨時装着員に相応しいんだよ。」
「ちょっと福田さんっ!」
「あ、ゴメン。でもね、せっかくだから紗耶香の戦いぶりを見るといいよ。勉強になるさ。」
と福田に言われては、吉澤も反論できない。市井の実力は彼女も身をもって知っている。

「そうだね。今の私たちじゃ足手纏いだよね。」
「市井ちゃん、がんばって!」
素直に応援するなつみと真希。
934たぢから:02/09/10 23:19 ID:AeiGcMLu
意外な時に、意外な形で、Mr.ムーンライトに選ばれた紗耶香。
内心嬉しかったし、それでいて不安もある。
だが、今優先すべきことは街を救うことだ。
その為には例え紳士スーツが纏えなくても飛び込んでゆく覚悟はある。
再び得た仲間も、応援してくれている。
これで変身しなければ、今まで以上に後悔することは必至だ。

紗耶香は決めた。代打ではあるが、Mr.ムーンライトになることを。

金色に輝く円… ムーンライトコンパクトを暫く見つめると、
紗耶香はそれを高々と掲げた!
「変身っ! ムーンライトっ!!」
935たぢから:02/09/10 23:20 ID:AeiGcMLu
瞬時にMr.ムーンライトに変身し終えた紗耶香は、正規のムーンライト・ひとみの方を向いた。
「吉澤…」
「な、何ですか…?」
ムーンライトに変身した紗耶香が目の前にいるので、ちょっと複雑な気分である。

「私は以前お前に言ったよね。『“棚からぼた餅”で月光紳士にえらばれた』って。」
「はい。」
「正直、今でもその考えは変わってはいないんだよ。」
「…」
「だけどね、今だから思うけど、お前には『“ぼた餅”を受ける資格があった』と思うんだ。
だから、そのテレビを通して、もっと沢山の“ぼた餅”を手に入れて欲しいと思ってる。
それが、この市井紗耶香が先輩として、Mr.ムーンライトとしてお前に出来ることだよ。」
「市井さん…!」
「じゃ、行って来るよ!」
936たぢから:02/09/10 23:22 ID:AeiGcMLu
数分後、現場にはMr.ムーンライトとなった紗耶香の姿があった。
テレビを通して、ひとみ達はその戦いを見る。

「圭織、矢口、三分で片付けるから、一人も逃がさないように包囲して。」
「分かった!」

紗耶香は圭織たちを通して警官たちに壁を作らせると、暴走族たちと対峙する。

「おい! 月光紳士がたった一人で勝てると思ってるのか!?」
リーダーらしき男が挑発してくる。
しかし紗耶香は完全にムーンライトになっていた。
「勿論。このボクの目の前で勝手な真似はさせないぜ、ベイビー!」
937たぢから:02/09/10 23:24 ID:AeiGcMLu
「ケッ! キザなヤツめ! 野郎ども、殺っちまおうぜ!」
「オーッ!!」

しかし、暴走族たちが動き出す前に、紗耶香の方が動いていた。
(ムーンライトロッドの変形機能は使えないみたいだね。じゃあ…)

紗耶香はステッキモードのまま、ムーンライトロッドを振り回す。
そして男達の懐に入ると、ロッドで鳩尾を突き、次々と崩してゆく。
そのあまりの素早さに、暴走族達は大混乱に陥った。
そしてその隙を突いて、紗耶香はどんどん撃沈させてゆく。

そして三分後…
Mr.ムーンライトは総ての暴走族を叩き伏せた。勿論、誰も殺してはいない。

「よっすぃー、これが紗耶香の強さだよ。」
「す… すごい…」
としか言いようが無かった。
ひとみは改めて、市井紗耶香の強さ、ムーンライトであることの重みを理解したのだった。
938たぢから:02/09/10 23:25 ID:AeiGcMLu
深夜、市警庁舎の屋上で、紗耶香は一人佇んでいた。
右手にはムーンライトロッドの感覚、全身には紳士スーツの装着感の余韻がまだ残っている。

(戦うことがこんなに気持ちよかったなんて… ムーンシャドウの頃には感じなかったな…)
決して好戦的云々ということではない。
初めて正義の紳士として戦うことができた紗耶香の中は、満足感で満たされていたのだ。

それと同時に、彼女は虚無感にも満たされつつあった。
明日になればムーンライトの修復は完了する。
そうなれば自分が月光紳士に変身する機会はない。
正規の装着員・吉澤ひとみが復帰する。
本当はそれでいいのだが…

(なっちや真希… 吉澤と一緒に戦いたかったな…)

一夜限りの月光紳士の活躍は、こうして幕を閉じた。