くノ一娘。物語

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920たぢから
数時間後…

「…ここは…?」
「残念だけど、地獄でも天国でもないよ。」
「…明日香か…」
紗耶香のベッドの脇には、白衣に身を包んだ明日香が腰をかけていた。
見ると、所々火傷を負っているようだ。

「私を… 助けたのか?」
「これは工場の火災による火傷さ。アンタを助けたのは…」
と明日香が指差すほうには、全身に包帯を巻かれたひとみ、真希、なつみがベッドで眠っている。
921たぢから:02/09/09 23:07 ID:mwVZhpwU
「あの三人はね、体を張ってアンタを取り囲み、高圧電流や火災から守ったんだ。
その代わり、自分達の体の保護まで手は回らず、全治一ヶ月の怪我を負ったの。
紳士スーツも、完全修復には少し時間がかかるわ。」
紗耶香が助かった経緯を説明する明日香。
それを聞いて、紗耶香は顔を背ける。

「…なんで、死なせてくれなかったんだよ…」

だがそんな紗耶香に対し、明日香は短く訊ねた。
「逃げるのか?」
「!」
922たぢから:02/09/09 23:08 ID:mwVZhpwU
「アンタのセオリーは、『罪は償えやしない』『悪は滅ぼすべき』だったね。
でもさ、それは本当に正しいことなのかしら?」
「どういうこと…?」
「あの時、自分の過ちに気付いたアンタは自害しようとした。何で?」
「それは… 悪は滅ぶべき…」
だがそれを明日香は遮る。
「言い訳だね。ホントは死んで楽になりたかったからじゃないの?」
「…!!」

言い返せないのは、核心を突かれたから。
そう判断した明日香は続ける。
「死ねば楽になるなんて、医者として言わせてもらえば非常にナンセンスね。
死んだってね、何にも起こりゃしない。人は死ねば灰になるだけ。」
923たぢから:02/09/09 23:10 ID:mwVZhpwU
明日香の一言一言が紗耶香の心に突き刺さる。

「逃げたかったんでしょ? 後藤たちから… 昔の自分から… 現実から…」
「…違っ…!」

――言い切れなかった。
――言い返す言葉も思いつかなかった。

紗耶香は完全なる敗北を悟った。

「ねえ明日香… これから… 私はどうすればいい…?」
924たぢから:02/09/09 23:12 ID:mwVZhpwU
「そうねぇ… この場で死刑に代わる極刑を言い渡すわ。」
と言って病室に入ってきたのは、彩、圭織、真里の市警トリオだ。

「死刑に変わる… 極刑…?」
矛盾した表現に、首をかしげる紗耶香。
しかしそんな紗耶香に構わず、彩は一枚の紙を取り出した。
そこには…

『−辞令− 市井紗耶香をゼティマ市警秘密捜査官に任命する  ゼティマ市警署長 石黒彩』

「彩っペ… これは…?」
「これがアンタに課される極刑さ。」
925たぢから:02/09/09 23:13 ID:mwVZhpwU
「全然分からないよ…」
「まだ分からないの?」
困り顔の紗耶香に対し、何故か笑顔の市警トリオ。

「紗耶香、アンタは死に逃げようとしたよね?」
「死が楽だと思ったからだよね?」
と圭織と真里に訊かれ、ゆっくり頷く紗耶香。

「だったら、私達はその死を奪い、『罪を背負って、一捜査官として生き続ける事』を刑罰とするわ。」
「えっ…!?」
926たぢから:02/09/09 23:15 ID:mwVZhpwU
勿論このことに関して、関係者内でも賛否両論であった。
あれだけ人を殺した紗耶香を捜査官として迎えるのは、抵抗があって当然ではある。
だが、意外な人物のひとことで、全てが決まった。

「私が以前市井さんと戦ったときに言われたんだ。『法律という尺度で罪を計るのが間違っている』って。
それに、刑務所で服役したからって、本当に罪を償えるのかどうか、はっきりとは言えないし。
正しいかどうかも、断言できるわかじゃないけど、市井さんが罪を償うには、私たちと共に悪と戦って、
多くの人の為に尽くすことだとと思うんだ。今大事なことは、多くの人の幸せを守ることだしね。」

今は眠っているひとみのこの言葉に、皆心動かされ、紗耶香の処遇が決まったのだ。
927たぢから:02/09/09 23:16 ID:mwVZhpwU
「あの吉澤が…」
「この一連の事でアイツもいろいろ考えていたんだよ。これがアイツなりの正義の貫き方なんだよね。」
と真里が言うと、紗耶香の頭の中にあの時のひとみの言葉が蘇った。

『確かに私はタナボタでムーンライトになったも同然だ。
 だけど、今の私には守るべきものがある!
 何が正しいか、常に自分の頭で考えてる!
 戦う理由がある! それが今のアンタにはない!
 だから私は負けない!!』

「私は忘れていたんだね。確かに2年前に母さんは失ったけど、他にも守るべき者はいたんだよね。
真希だって私と同じだったはずなのに、Mr.ハーフムーンとしてなっち達と多くの人を守ってきた。
それに比べて私は… 悲しみ一つ乗り越えることが出来ずに逃げてきた… 情けないよね…」

それから紗耶香はまた泣いた。
人目もはばからず、2年前の自分に戻って、悲しみと悔しさを表に出した。

黒く染まった空白の2年は、彼女自身の涙によって、少しずつ洗い流されていった。