くノ一娘。物語

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907たぢから
静まり返った廃工場の中、裕子は良く通る声で話を続ける。
「紗耶香はモーニングタイムズの一員であり、ウチの妹も同然やった。
本当なら、ウチが全身全霊を込めてケアするべきやったんや。でもウチは逃げていた。
一ジャーナリストとして仕事に専念することで、あの事件を乗り越えようとしてた。」

「…違う…」
「…紗耶香?」
「…違う。裕ちゃんは… 裕ちゃんは関係ないっ! これは私の意志でやっていることだ。
あの事件なんか… あの事件はどうだっていいっ!!」

すると紗耶香は急に立ち上がる。
908たぢから:02/09/08 23:02 ID:pSKDg412
「やめるんや紗耶香! もう分かってるはずやろ? こんな無駄なことは…」
「うるさいっ! これ以上邪魔をするなっ!」
「うあっ!」
必死に説得する裕子を突き飛ばし、頭を必死に振る紗耶香。
雑念を振り払い、敵意に満ちた視線を周りにぶつける。

「紗耶香っ!」
「市井ちゃんっ!」
今まで話に気を取られていたひとみ達が紗耶香を囲む。
だが…

「みんな滅びろ! シャドウランチャー・アクティブ!!」

ドォォォォォォォォン!!!
909たぢから:02/09/08 23:04 ID:pSKDg412
ムーンシャドウの最終兵器、シャドウランチャーが火を噴いた。
…はずだった。

「なっ…!?」
目の前の光景に絶句する紗耶香。
そう、彼女の相棒・シャドウブレイカーが爆音と共に四散してしまったのだ。

後に残ったのは、天高く赤々と燃える炎と、粉々になったバイクの残骸のみ。

「そんなバカな… 音声認識装置がエラーを起こすなんて…」
910たぢから:02/09/08 23:08 ID:pSKDg412
「エラーじゃないわ。アンタの言うことを聞かなくなっただけよ。」
その声と共に前に出るのは明日香だ。
「悪いけど、天才メカニックはアンタだけじゃないわ。この福田明日香をなめないで。」
「…どういうこと?」
「ハッキングさ。」
「ハッキング!?」

ムーンシャドウの音声認識システムは、基本的には月光紳士のものと同型である。
製作者の明日香にとって、ランチャー発射プログラムを自滅プログラムに書き換えることなど朝飯前だった。
「モーニングタイムズのコンピュータをハッキングして、吉澤のメールアドレスを知ったくせに、
自分の事に関してはセキュリティが甘かったようね。」
911たぢから:02/09/08 23:10 ID:pSKDg412
「…いい加減負けを認めなよ。今度こそアンタに為す術は無いよ。」
ストレートに言い放つ明日香。
紗耶香はうつむいたまま、何も発しない。

「市井ちゃん…」
そんな紗耶香に真希はやさしく手を回し、抱きしめた。
「…真希…」
「泣いていいよ。あれから泣いてないんでしょ?」



「…ぁぁ…」
言葉にならなかった。
912たぢから:02/09/08 23:12 ID:pSKDg412
廃工場内に流れる沈黙…
唯一聞こえる音は、微かにすすり泣く紗耶香の声だけ…



やがて泣き止むと、紗耶香は静かに立ち上がった。
目の周りが若干赤く染まった顔は、何かを決意した表情になっている。

「真希… なっち… 吉澤… ごめん。」
「市井ちゃん?」
「紗耶香…!?」
「市井… さん…?」
913たぢから:02/09/08 23:14 ID:pSKDg412
一瞬、月光紳士達に隙が出来た。
その隙をついて、紗耶香はひとみに弾かれていたシャドウサーベルを拾う。
唖然とするギャラリーの中を飛び越えると、電子機器が並ぶ自分のデスクの前に着地した。

「さや…」
「来るなっ! 死ぬぞ!!」
「市井ちゃん! 何する気!?」



「シャドウサンダーフィールド!!」
914たぢから:02/09/08 23:19 ID:pSKDg412
紗耶香は足元にシャドウサーベルを突き刺した。

バチバチィィィィィッ!!

「うおあああああああっ!!」
地面から数本の強烈な電気の柱が突き出て、そのうちの数本が紗耶香自身に直撃した。

そして、他の電撃が背後の電子機器を貫き、爆発と火災を誘った。

「紗耶香っ! 何考えてんねんっ!!」
必死に紗耶香を止めようとする裕子。
だが、紗耶香の周囲を覆う電撃に阻まれ、奥へ進むことは出来ない。
915たぢから:02/09/08 23:20 ID:pSKDg412
「市井さんっ! バカな真似は止めて下さい!アンタだって正義を貫きたいはずだろ!!
こんなところで死んでどうするんですか! 罪を償ってからでも… 遅くは無いっ!!!」
ひとみは紗耶香に自首を求める。彼女が今考え得る最良の道だ。だが…

「吉澤、以前お前に言っただろ?『罪を償うことなど出来やしない。犯罪者は滅ぶべき』って。
だから私はここで死を選ぶ。これ以上自分の手で犯罪を広げたくは無い!」
紗耶香は最期の最期まで自分の信念を貫こうとする。

「バカヤロウ! それが正しいかどうかも分からないクセに、勝手に死ぬなよ!」
ひとみはありったけの思いを紗耶香にぶつける。

「…そうだよ。私はバカだったんだ。」
紗耶香の瞳からは、透明なものがあふれ出していた。

「それにな… もう考える力も… 残っちゃいないんだよ…」
シャドウサンダーをふんだんに浴びた為、全身の力が抜け、紗耶香はその場に倒れ伏した。
916たぢから:02/09/08 23:22 ID:pSKDg412
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!

紗耶香が倒れると同時に、シャドウサンダーのエネルギーが暴走し、周囲に広がった。
紗耶香の電子機器はおろか、廃工場内の機器なども巻き込んで、爆発してゆく。
激しい振動が起こり、工場の天井を支える鉄骨や、割れた窓ガラスが落ちてくる。

「このままではこの工場が崩れて生き埋めになってしまう! 圭織、矢口、みんなを避難させて!!」
「「了解!」」
彩の指示で、圭織と真里は裕子達を外に逃がそうとする。

だが…

「市井ちゃん!」
「紗耶香っ!」
「市井さんっ!」
917たぢから:02/09/08 23:23 ID:pSKDg412
エネルギー伝播が続けられている中を、無理をして三人の紳士は入り込んでいった。
シャドウサンダーの高圧のエネルギーが、彼女達のスーツを、体を透過していく。
「なっち! 後藤! よっさん!」

「く… この位の事… 市井ちゃんが受けた心の傷に比べたら… かゆいくらいだよ!」
「そうだね。今こそ紗耶香を救うんだ!」
「はいっ!!」

「みんな… ごめんな…」
裕子はまた何も出来ない自分を恥じ、唇をかみ締めた。
そして、圭達と共に崩れゆく廃工場から脱出した。


しばらくして、すさまじい閃光が工場内を照らしたと同時に…
激しい振動、そして爆発が周囲に走って行った。