688 :
たぢから:
EPILOGUE.IRREGULAR HUNTER NATSUMI
トーキョーシティに聳え立つ高層ビル群。
その一つの屋上に、一人の少女が佇んでいた。
流行の服にサラサラの髪… だが彼女は人間ではない。
人に創られし、限りなく人に近い者… レプリロイド。
彼女はこのビルから眺める夜景が好きだった。
人々が交錯、光と闇、喜怒哀楽が入り混じるこの都会で、
このビルの屋上が唯一落ち着ける場所なのだ。
689 :
たぢから:02/07/22 23:03 ID:LJzcH35z
Dr.TKの事件から一週間、ナツミは行方不明になっていた。
仲間のハンター達が、要塞のあった付近の海を懸命に捜索したが、
見つかったのはナツミが纏っていたアスカのパーツだけだった。
それにより、ハンターガールズはアスカの死を知るのだが、
ナツミの方は行方不明扱いにとどまったのだった。
やがて事後処理の関係でナツミ捜索に人員を割くことが出来なくなり、
ハンターガールズは、やむを得ず捜索を打ち切った。
あれ以来、誰もナツミの姿を見ていない。
690 :
たぢから:02/07/22 23:04 ID:LJzcH35z
「…平和だね… でも… その平和を手に入れるために…」
そう言ってナツミは自分の手を見つめた。
何も異常が見られないことを確認すると、心のそこからホッとした。
なぜなら最近、彼女は自分の手を見つめる度にその手が鮮血に染まっている様に見えるのだ。
別に彼女の手に多くの血が付き、そのシミが残っているわけではない。
人間で言う“精神的外傷”による幻覚に近いものだった。
それは、従来からある優しすぎる心と、イレギュラーに対する憎悪・闘争心との反発もあるが、
先の戦いで失ったかけがえのない友、アスカへの悲しみが原因だった。
レプリロイドは外傷を治すことは容易かったが、精神の傷を治すことは事の他人間より難しかった。
691 :
たぢから:02/07/22 23:06 ID:LJzcH35z
「ねぇアスカ… 私はどうすれば…」
彼女のもう一方の手には、アスカの頭脳チップが握られている。
アスカの鎧と融合した際に、自然と手の中に入っていたものだ。
幸い傷一つ無く、新しいボディに組み込めば、アスカは甦るだろう。
だが、ナツミにはそれが出来なかった。したくなかった。
アスカが復活すれば、彼女は勿論、自分もまたハンターとしての生活を送ることになるだろう。
そして再び、慈悲と憎悪の心の葛藤、そして予期せぬ別れに苦しむことになるだろう。
それだけは避けたかった。
692 :
たぢから:02/07/22 23:07 ID:LJzcH35z
『なに情けない顔してるの?』
「…!?」
聞き覚えのある声に、ナツミは我に返った。
振り向くと、死んだはずのアスカが立っていた。
「ア…スカ…?」
『何幽霊でも見たような顔つきになってるの? ま、私は死んだんだけどね。』
ナツミは暫く動けなかった。が、やがて口が開いた。
夢でもいい… 幻でもいいから、自分の心の内を聞いて欲しいと思ったのだ。
「アスカ… どうしてハンターなんかやってるんだろう?」
『…』
「それだけじゃない。どうして私は生きてるんだろ? 私は一体誰なの? 何の為に生まれたの?」
693 :
たぢから:02/07/22 23:09 ID:LJzcH35z
アスカは何も言わず、ナツミの方へ歩み寄ってきた。
やがてナツミと肩を並べると、アスカは柵に身を乗り出した。
「アスカ… 何する気!?」
慌ててナツミは駆け寄ったが、アスカは下方を指差していた。
『あそこ… 見えるよね?』
レプリロイドの視力は人間の数倍である。
ナツミの目には、地上の光景がはっきりと映った。
そこには、一体のイレギュラーが暴れていて、多くの子供達が危険にさらされていた。
「くっ…!」
ナツミは柵を越え、一気に飛び降りようとした。
だが、アスカに止められた。
694 :
たぢから:02/07/22 23:10 ID:LJzcH35z
「何するの!? 早くしないとあの子達が!」
あせるナツミに対し、アスカはフッっと微笑んだ。
『…それが貴方がハンターやってる理由じゃない?』
「あっ…」
アスカの指摘にナツミは、しばし呆然となった。
だが、微笑むアスカから自分の右腕に視線を落とすと、右拳を強く握った。
そうだ、過去や本性に悩んでいる暇など無い。
イレギュラーハンターとして、弱き者を助けること…それだけが自分の存在意義。
真実は自分の中にあったのだ。もう迷う必要はどこにも無い。
「アスカ… ありがと……!?」
視線を上げたとき、既にアスカの姿は無かった。
ただ左手にある彼女の頭脳チップは、不思議なほどに輝いていた。
「…行ってくるよ、アスカ。」
そう言うと、ナツミは一気に飛び降りた。
695 :
たぢから:02/07/22 23:10 ID:LJzcH35z
「オラオラァ!人間なんてがっぺムカツクんじゃい!!」
イレギュラー・エガシラは、付近の建造物を破壊しながら暴れていた。
その目の前には、恐怖に怯え動けなっている子どもが数人。
幼い子ども達は、ただ体を寄せ合い、泣き叫ぶことしか出来ないでいる。
「オラオラチビ共!そこをどけよ!どかなかったらアタックするぞ!!」
それは無抵抗な子ども達への死の宣告だった。
建物でも人間でも手当たり次第、衝動のままに破壊する…それが彼の全てだった。
「ぶち殺すぞ、ゴルァー!!」
全身凶器かつ全身狂気のイレギュラーが、子ども達に飛び掛った。
次の瞬間、そこに蒼い閃光が割って入った。
「ぐはあっ!!」
突如割り込んできた蒼い閃光に、エガシラは勢いよく突き飛ばされた。
数十メートルは吹っ飛ばされ、白目をむいて気絶している。
「もう大丈夫だよ。あとはお姉ちゃんにまかせて。早く逃げなさい。」
蒼い閃光の正体は子ども達の方に振り向き、微笑んだ。
「…あ、ありがと…」
子ども達もまた、彼女に笑顔を返し、その場から立ち去った。
696 :
たぢから:02/07/22 23:12 ID:LJzcH35z
「ぐ… くそったれが…!」
エガシラは重い身体を何とか起こし、立ち上がった。
だが、先程首に掛かった負荷が余りにも大きく、未だ鈍痛が彼の頭部を廻っている。
…と、彼の目の前には子ども達の代わりに、見た目普通の少女が立っている。
外見年齢は18〜19歳…と言ったところか。
「…何だお前? こんな所で小娘がひとり何をしている?」
そう言いながらも、エガシラは居なくなった子どもの気配を探っていた。
結構しつこい性格のようだ。だが…
「誰も殺させはしないよ。」
「…小娘のクセに何だぁ? 全く… 冗談は考えてから言えよな。がっぺムカツク!!」
697 :
たぢから:02/07/22 23:24 ID:LJzcH35z
右中指だけを立て、挑発のポーズを見せるエガシラ。
だが彼女は… ナツミは全く怯まなかった。
そればかりか彼女の身体からは、凄まじい殺気が漲り始めた。
「…この気配…は…!?」
次の瞬間、彼女の身体が激しく発光し、周辺は蒼い閃光に呑み込まれた。
その眩しさにエガシラは眼を凝らした。
「ぐっ… この圧力は…!」
閃光が薄くなり、エガシラは再び眼を開けた。
すると…そこには変わり果てた姿のナツミが立ち尽くしていた。
蒼い鎧とメットを纏う、少女だったはずのナツミが…
その身体から漲る蒼色のオーラ…
その雰囲気から彼女が只者では無い事は、エガシラにも感じ取る事が出来た。
698 :
たぢから:02/07/22 23:24 ID:LJzcH35z
「何だ何だぁ? さっきこのオレに不意打ちを食らわしたのはお前かぁ!?」
ナツミを捕らえるエガシラの狂気混じりの眼は、更に鋭くなっていった。
だが、ナツミは構わずバスターを放った。
一瞬のことにエガシラは対応できず、また吹っ飛ばされた。
圧倒的な力の差に、さすがのエガシラも恐怖を感じた。
「なっ…何なんだぁ!? お…お前は誰なんだぁ!?」
腰が抜けたまま狼狽するエガシラに、ナツミは銃口を向けた。
「私はナツミ…イレギュラーハンター・ナツミよ!!」
………………………………
699 :
たぢから:02/07/22 23:26 ID:LJzcH35z
丁度その頃、ハンターガールズのナツミのコンピュータに一通のメールが届いていた。
差出人は不明で、件名の記載はない。便箋のアイコンをクリックする者もいない。
だが、誰もいない部屋に、青白い光がぼうっと輝いた。
ディスプレイに映される、あの科学者レプリロイドの顔…
『お前が倒した者は、私自身ではない。
バラバラになった機械は、私の分身のようなもの。
私は再び、実態となって甦る…
ナツミよ、また会える日を楽しみにしているぞ。
ハハハハハ・・・』
Fin−