あいつはいつでも突然現れる。
そうあの日もそうだった。
冬の冷たい雨が降っていた夜。
あいつは俺の部屋へやってきた。
ショートケーキ2つをオミヤゲにしてやってきた。
きょうはあいつの誕生日。
本来なら、いっしょに過ごすべき相手が違う。
「コンバンワァ、いっしょにケーキ食べようぜぇ」
あいつがやってくるとこの部屋は一気に明るくなるようだ。
けど、あいつが俺のとこへやってくる理由なんてわかりきっている。
どうせ彼氏とケンカでもしたんだろう?
よりによってこんな日に…
俺はいつでもあいつの慰安に使われているのだ。
でも、それで悪い気はしない。
むしろあいつが俺を慕ってくれていることがうれしい。
誰か他の男と付き合っていても
俺のことだけは忘れないでいてくれる。
ピアス、大酒、いろいろ変わってきたあいつだけど、
それだけは昔から全く変わらない。
もしかしたら、俺にも可能性があるんじゃないか?
そう思わせてくれるのだから…
いや、そんなことがありえないことぐらい知っている。
あいつは俺の気持ちなんかとっくにお見通し。
言いたくても言い出せないことを十分知っている。
あいつは、俺が言い出せないことも知っている。
もしも、俺がそのことを切り出そうとしても、
あいつは指と唇をクロスさせて『言わなくていいよ』
そう伝えてくるのだろう。
あいつはあの男のことにはまったく触れず、
TVのこと、仕事のことを俺にまくし立てながらケーキを食べている。
目の前には、いつもより腫れぼったい目。
ついさっきまで泣いていたことを示している。
俺はそのことを問いただせない。
そんなことをしたら、手の中にいる小鳥が逃げてしまいそうで、
俺にかけられたとびっきりの魔法が解けてしまいそうで、
俺は黙って彼女を見ているしかなかった。
「ありがとう」突然、あいつは今までとは違う調子で切り出した。
あっけにとられる俺にかまわずあいつは続ける。
「何も聴かないでくれるのがうれしいよ」
「あなたとはいつまでも、この信頼関係でいたいから」
…残酷な宣告だ。
俺にはこれ以上の関係にはなりたくないと断定しているのだから。
ある種、死刑判決と変わらないだろう。
だが、それを納得させる力があいつにはある。
俺はあの男に劣っているとは思わないが、あいつにだけはかなわない。
あいつとケンカもさせてもらえない関係だと言うことに、
不満がないわけではないが、
そういうわけであいつと誕生日を一緒に過ごせたのだとすると、
それもよしとしなければならないのかもしれないのだろう。
他のヤツにこんなことをされたら
トラウマの傷になってしまうかもしれない。
だけど、あいつとの関係の中でそれは、
心地よい痛みとして存在していた。
そんなことをできるのはあいつだけだ。
そう、だからこそ、あいつのことを好きになったのだから。
「もう行くね」
あいつは出て行く。
12月6日があと1時間で終わろうとする頃、
あいつは出て行く。
何も聴かなくてもわかっている。
あいつは残り少ない誕生日の残り時間を
あの男とを過ごすために出て行く。
止めることなんかできやしない。
12月6日の幸運を分けてくれた天使に向かって、
そんなことはできやしない。
あいつは誰も傷つけてはいないのだから。
俺は残酷な幸せを味わいながらあいつを見送る。
一言も声をかけられないまま。
保田圭
誕生日おめでとう
No.21