【伝説】保田圭がそばにいる生活【再び】

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189名無娘。。。 ◆FairyOo.
彼女にはじめて逢ったのはまったくの偶然だった。

あの日俺はムシャクシャした気分を晴らすため、
その日の予定をすべてオミットして平日の霧ヶ峰をめざした。
梅雨の合間にポッカリと出現した晴れ間。
この青空を見たら、いてもたってもいられなくなったのだ。

この高原は日本有数のお花畑を持つことで有名。
どうして、ここに行きたくなったかはわからない。
ホントはどこでもよかったはずなんだが、
駅までたどり着いたら、ここへ行くしかないと思い込んだのだ。
経過はどうあれ、霧ヶ峰は俺の直感以上に気持ちのいい場所だった。
190名無娘。。。 ◆FairyOo. :02/07/28 20:30 ID:peE1fCJq
ザワァー
高原に気持ちのいい風が吹く。
きれいな空気と花畑を堪能できたことに満足していた。
そのとき前方に大きな麦わら帽子をかぶった女性が目に付いた。
見渡しのいい高原。そこには彼女一人しかいなかった。
こんな時期に女性の一人旅か?ちょっと訝しみながらも段々と彼女に近づいていく。
どうやら近くの花を撮影しながら歩いているらしい。
高原とは言えガイドロープが張られているので一本道に近い。
わざわざ道をはずすことのない限り、こっちが近づいていくのは必然なのだ。

かなり近寄っているのだが、彼女はまだ気づかない。
そのまま通り過ぎようかとも思っていたが、
そんなわけにはいかない雰囲気を彼女は持っていた。
明らかにここらで会える人種とは違和感がある。
親しみやすい高原とは言え、こんなノースリーブでいる女性は珍しい。
構えているカメラも現在の軽いデジカメではなく、ごついマニュアル一眼レフ。
かと言って、カメラに慣れているわけでもなく、三脚も持ち込んでいないし、
いや、手ぶれを考えていないような持ち方は明らかに素人。
特にこんなカメラはレンズも含めかなり重いはずだ。
アンバランス。どう考えてもアンバランスなのだ。
でも、そのすべてが彼女に似合っていた。
山での常識と照らし合わせると変でも、彼女には似合っていた。
自分自身を理解しているからこそのスタイルだろう。
彼女に引き寄せられたと言っても過言じゃないだろう。
広い高原に、もう彼女しか見えていない。
つまり俺は彼女に声をかけてしまったわけだ。
あのときは特によこしまな考えがあった訳じゃないが、
こんなところで声をかけたら警戒されてしまうだろうなぁ、
と思いながら声をかけたのだ。
「あのぉ、そのカメラはレンズをしっかりと支えないと手ブレしちゃうよ」
突然、声をかけたにもかかわらず、彼女は大きな瞳をこちらへ向けて、
素直な微笑みを浮かべてくれた。
「あっ、そうなの?へぇ〜だからいつも写真がボケていたんだぁ。へぇ〜」
「ありがとう。まわりにはこのカメラの使い方を知っている人いなくさぁ、
ちょっと困っていたんだぁ」
191名無娘。。。 ◆FairyOo. :02/07/28 20:31 ID:peE1fCJq
ザワァー。
気さくに会話を返してくれる彼女に内心ホッとした。
とは言え、
マニュアルなのだからピントと露出を自分で合わせるのは当たり前だとしても、
カメラの持ち方を知らないと言うのは…
そんな根本的な疑問はこの際封印することにした。
まぁそれで話すきっかけができたんだから、よしとしておこう。

ザワァー。
心地よい風の中、二人で高原を歩いた。
はじめて逢うとは思えないような雰囲気になれたのは、
この高原が開放的なゆえか、彼女がもともとそういう気質なのか。
まぁいいか。
ここ数日で最高の時を過ごせたのだ、それこそ些細だろう。
心なしか彼女も楽しそうに見えたのが最高にうれしかった。
自分だけが楽しいのではない。
そう思えることがどんなにうれしかったことか。
二人は自然に手をつないだ。
今から思うとずいぶん恥ずかしい行為だが、
あのときにはそんなこと微塵も感じなかった。
それくらいふつうな行為としてできた気がする。
数時間前までまったく知らない同士だったのに、
こんなにうち解けた関係になれたのは、
この空間、季節、そして彼女の気質。
どれが欠けていたとしても実現しなかったように思う。

別れる直前、
二人で麓近くのコンビニで買い物をして、
駐車場のアスファルトへ直に座り、最後の会話をした。
その会話の中では一度もプライベートに関することは触れられなかった。
彼女の名前、携帯、メアドに至るまでお互いまったく知ろうとしなかった。
聞こうと思えば聞けたのだろうが、なぜかそんなことをしたくない気持ちだった。
それをしてしまうと、二人にかけられた魔法が消えてしまうように思えて…
互いが何も知らないで、心地いい空間を共有できる。
そんな状態を壊すような行為なんて無粋以外の何ものでもない。
壊れることが怖かった訳じゃなくて、それがあまりにも自然だったのだ。
知る必要を感じなかったのだ。
192名無娘。。。 ◆FairyOo. :02/07/28 20:32 ID:peE1fCJq
「また逢いたいね」
「…そうだね」
「どうやったら逢えるかな?」
「Heaven knows」
「…」
逢える可能性はとても低いんだろうな。
でもそのほうが逢えたときの感動が大きいんじゃないかな?
必ず逢う約束をするのは間違っていると思う。
偶然から生まれたチャンスは、もう一度偶然を組み込み、
その真価を問うてみようと思う。
それは我ながらステキなアイディアだと思った。
このまま逢えないかもしれないな。
そう思いながら、彼女の姿を頭に焼き付けようとした。
栗色の髪と広いおでこ、低いだんご鼻、そして釣り上がった大きな瞳。
麦わら帽の深いひさしの下の彼女が、おいしそうにお茶を飲む横顔を見つめた。
「なぁ〜にぃ、あんまりジロジロ見ないでよ」
そう言って恥ずかしがって大きな目を細めた。
でも、俺の視線を逸らすようにまたお茶を飲み始める。
暑い日差しを受けて首筋に伝わる汗がキラキラと光っていた。
そののど元を脈打つように液体が通り抜けていている。
きれいだった。太陽の下で見る彼女は透明できれいだった。
彼女を通り抜ける液体までも透けて見えるような気がした。
そうだ、彼女は透明な存在なのだ。
過去も未来も関係ない。
彼女はどこにも存在していて、どこにも存在していない。
そんな彼女と約束するなんて無意味なことなのだ。
だが今現在、彼女はそばにいた。
それが事実なのは確か。決してジョークなんかじゃない。

俺はそれ以上彼女に約束を迫ったりしなかった。
なぜか、俺にはまたどこかで逢えるような確信があった。

ザワァー。

それが彼女、保田圭とのはじめての出逢いだった。



No.12