浴衣姿のあいつは一匹だけの金魚を街灯にかざしている。
さっき夜店の金魚すくいで、やっと捕まえた小さな和金。
もちろん、さほど珍しいものでもない。
だけどあいつは、その狭い空間に漂う金魚をの姿をずぅっと追い続けている。
よくも飽きないものだ。
朱色がキラキラと輝いている。
乱反射したり、透き通って見えたりしている。
あいつはじっと見ることを心底楽しんでいるようだ。
金魚を捕まえたときに見せてくれた子供のような反応も好きだけど、
こうやって、静かに楽しんでいる姿もあいつらしいと思う。
「ありがとうね。ホントうれしいよ」
はんなりと微笑んで言ってくれたその言葉に、
俺はドキリとした。
藍色の浴衣の襟元から色香が静かに溢れてくるようだ。
こんなあいつをはじめて知った。
あいつが金魚と戯れて喜んでいるのと同じく、
俺は金魚を眺めるあいつの姿を楽しんだ。
めったに見られないあいつの浴衣姿と漂う色香が、俺を飽きさせなかった。
街灯の逆光と金魚の乱反射を受ける浴衣のあいつは、
透き通って見えるくらい、静かに輝いていた。
そう、今のあいつは、夜の淡い光の海に溶け込んだ金魚なんだ。
そんな夏の日の夜。
それも保田。
No.14
雨が強く降っている。
隣にはあいつ。
シャッターを下ろした店の軒先で二人だけの雨宿り。
急に大降りになった空を恨めしく見つめる。
目的地まではまだまだ遠い。
無事に通り抜けられるようなものでもないから、
こうやって止むのを待つしかない。
「ほぅら、やっぱり降ってきたじゃねぇかぁ」
俺はあいつを糾弾する。
「そっちだって『平気、平気』って言ったじゃなぁい」
あいつはふくれっ面で応戦。
「そもそも『暇つぶしに外出しよう』と言い出したのはそっちでしょ?」
口を尖らせながらの追い打ちだ。
「『行こう、行こう』って同意したのはだ〜れだ?」
終わりの見えない会話。
雨はまだ止みそうにない。
言い合い疲れで二人とも少し沈黙。
雨がそこら中を叩いている音だけが響く。
俺はいきなりあいつの肩を抱いた。
あいつも俺の肩に頭を乗せてくる。
雨が作り出してくれた二人だけの空間。
こんな贈り物に出逢えたんだ。
感謝するべきだろう。
俺と保田の恋物語。
No.15
相変わらずあいつはよく買い物をする。
俺だって衝動買いの多い方だと思っているが、
そんなのが相手にならないくらい、
量も金額もとんでもない買い物をする。
たぶんあいつに金なんか預けたりしたら、
預けた金額をしっかりと使い切ってしまうに違いない。
もちろん自分のお金じゃないし、外野としてトヤカク言う筋合いのモノでもない。
よしんばあいつに金を預けるような立場になったとしたら…
こんなに買い物をしていると、思いがけない請求に青ざめてしまうこともあるが、
あいつは、そのバランス感覚まで失ってはいないらしい。
月に使う金額をしっかりコントロールしているらしい。
とは言え、その持っている金が、
20歳そこそこの若者が使うことのできる額ではないのだが…
はっきり言って俺にとっては天文学の世界だ。
一度、その衝動買いの多さを問いただしてみたことがある。
「どうしてそんなにそんなに買うんだ?」
あいつの言うことには、
「ほら、あそこにカワイイ服があるじゃない。
あれなんか石川あたりが着たら似合うだろうなぁ、って思うわけよ。
性懲りもなく、もしかしたら自分も似合うんじゃないかも、
と勘違いしちゃったりして、試着もしないで買っちゃうんだ。
ほらもともと石川を念頭にして買った服じゃない?
買ってから気づくんだよね。
もっと似合うヤツがいるんだったら私が着るべきじゃないなって。
結局、そんな服は一度も着ないまま私の手元を離れるって案配。
そうすべてがこんな感じなんだよ。
まぁ、それでも、その私の買った服を着てくれる人がいて、
それが私の思ったとおりその子たちに似合いっていたら、
それはそれでうれしいんだよね」
そう自嘲気味に笑いながら話すあいつの顔は、
優しく、そして哀しかった。
それが保田。
No.9
別にあそこまでやらなくてもいいのに…
そうあいつも思っているのだろう。
だから俺の方からは特に言ったりしない。
がっちり変態メイクを施したケメ子まで行ってしまえば吹っ切れても
世代が下の子のギャグや歌を振り付きでするのは、
まだかなり抵抗があるようだ。
お笑い芸人が世界に入り込むために、
徹底的なメイクを施すのに似ていると言えば似ている。
そこまでの覚悟があるとは言い切れないが、
別世界まで行っていない状態だと理性の存在に負けてしまうものなのだろう。
あいつにしたらケメ子をやるまでにも紆余曲折があっただろうし、
それができるようになったからと言って、
あいつが完全に開き直ったわけではないのは確かだ。
どこかで、ソロなんかのかっこいい自分を表現できる場所を探している。
それまでのインフラと思ってやっている部分があるのだ。
だから中途半端な恥ずかしいことは、自分自身を痛めつけることになる。
理性が羞恥心を押さえることができない。
だったらそのへんのレベルのヤツはやらなきゃいいのに…
でもあいつはやめない。
それが自らに与えられた義務であるかのように敢然と立ち向かう。
「私はそうやって認知されたのだから、その期待を裏切るわけにはいかない」
相変わらずバカ正直なヤツ。
それが保田。
No.10