吉澤消防

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72ブラドック
 小太り男には医学的な知識があるらしく、
火傷した男に適切な処置を施していった。
胸以外は大したことはないので、
軟膏を塗っただけで終わりにする。

「この人のパジャマを持って来てくれる?」

小太り男に指示され、矢口は男の寝室からパジャマを持ってきた。
火傷した男はトランクス姿で、バスルームの中に立っている。
矢口は動転しており、下着姿の男を見ても、恥ずかしいとは思わない。
小太り男は、痛みに唸る男を寝室へ連れて行き、ベッドに寝かせる。
そして、痛み止めのバファリンを与えた。

「確か、モルヒネがありましたよ。打ちますか?」
「ああ、頼む。それと、中澤を呼んできてくれ」

小太り男は自室に戻ってモルヒネを取り出すと、
その足で中澤を連れてきた。
男は矢口と中澤に看病させるつもりだ。

「そこに服があるからな。寒いようだったらファンヒーターをつけてくれ」

男が二人に言うと、中澤は心配そうにみつめた。
小太り男がモルヒネを打つと、男は痛みを忘れてゆく。

「五時間から六時間です。その頃、また来ますね」

小太り男の声を聞きながら、男は眠りについていった。
73ブラドック:02/04/13 14:31 ID:ZhGjcsBD
 それから五時間後、男は目をさました。
男の寝息が乱れたせいだろうか、
部屋にいた中澤と矢口が覗きこんでいる。
すでに日付は変わり、耐えがたい寒さが、
この部屋の中にやってきていた。

「目が覚めたようやな」
「まだ痛い?」

矢口が泣きそうな顔で言った。
男はモルヒネで少し混濁した意識を、
回復させながら記憶をたどってみる。
『胸が痛い』確か矢口にラーメンを。
そうだ、それで火傷したんだった。
男は自分の記憶を引き寄せると、
だるさの残る体で起き上がる。

「何時だい?」
「もうじき一時んなるで」
「そうか、よく寝たな・・・・・・」

男は自分の顔を両手でこすった。
顎に軟膏がついていたものの、
顔面から首への痛みは、
わずかなものになっている。

「あれから何か食べたのかい?」

中澤は矢口と顔を見合わせてから、
おだやかな顔で首を振った。
74ブラドック:02/04/13 14:32 ID:ZhGjcsBD
二人は、いや、特に矢口は、
夕食のラーメンをほとんど食べていない。
さすがに空腹だろうと思い、男は起きだした。

「腹へったろ?何かあると思うんだが」
「柊純一さん、いうんやな」

男は一瞬だけ動きを止め、
それから中澤をふり返る。
その表情には驚愕と疑問、
そして不安が混在していた。

「何を見たんだ」
「運転免許証。すまんな、気になったもんで」

柊は安心したように立ちあがり、
体を捻って背骨を鳴らした。
いつの間にか複雑な表情は、
普段の顔に戻っている。
柊が見られて困るものは、
持ってきていないからだ。

「うちと同い年やんか」
「そうだよ。姐さん」

柊が『姐さん』と言ったのがおかしかったのか、
中澤は笑顔で『ふふっ』と声をもらした。
そのやりとりを見て、矢口は安心してゆく。
それは、中澤が笑顔になったからである。
75ブラドック:02/04/13 14:32 ID:ZhGjcsBD
 三人はキッチンに移動し、柊が湯を沸かした。
あちこち物色していると、レトルトのクッパがみつかる。
クッパであれば、この寒い夜にちょうどよい。

「クッパがあったぞ。食べるだろう?」
「うちがやるで、あんたは座っとき」

柊は中澤に任せ、矢口に紅茶を作ってやる。
そして自分は、プロテイン入りの飲み物だ。
火傷によって破壊された部分を修復するには、
良質なタンパク質が必要だったのである。

「今度はかけないでくれよ」

柊が矢口の肩を叩いた。
笑顔で頷く矢口だったが、
柊は見る見る顔が強張ってゆき、
最終的には怒鳴りつける。

「死にたいのか!このバカ!」

突然の怒鳴り声に驚いた中澤は、
柊を見ながら恐怖に怯える。
柊は矢口の襟首を掴むと、
凄まじい表情で矢口を立たせる。
柊の変貌ぶりに、中澤と矢口は怯えた。

「こっちへ来い!」

柊は矢口をひきずって行った。