吉澤消防

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56ブラドック
「こういった気持ちだ」

男は矢口を抱き締めてキスをした。
矢口は驚いて男から離れると、狼狽してしゃがみこむ。
とにかく矢口は怯えていた。
『このまま犯されるのではないか』
という恐怖に襲われていたのである。

「じゅ・・・・・・純情ぶるつもりはないけど・・・・・・やめてよ・・・・・・」
「安心しろ。おまえを襲ったりしない」
「それじゃ、何でいきなりキスなんかするのよ!」

矢口の眼から零れた涙が、床に染みを作ってゆく。
彼女は何で自分が泣いているのか判らなかった。
ただ、次から次へと涙が溢れてくる。

「おまえをレイプするんだったら、もう、とっくにやってるさ」
「え?」
「頭はいいが、まだ子供だな」

男は椅子に座ると、飲るのを再会した。
矢口には、どこかで判っていた。
この男は暴力的に女性を犯す人じゃない。
それでも、いきなりをキスされて、
不安が一気に飛び出したのである。

「モーニング娘。の『矢口』は疲れるだろう?ここでは『素』でかまわない」
「何よ・・・・・・何なのよ・・・・・・もう・・・・・・家に帰して・・・・・・」

矢口が蹲って泣いていると、バスルームから中澤が出てきた。
57ブラドック:02/04/11 17:23 ID:9QGZisuF
矢口は泣きながらバスルームに入って行った。
中澤は腕を組んで男を睨みつける。

「全部やないけど、話が聞こえたで」
「冷蔵庫にビールが入ってる。まあ、飲めよ」
「矢口を苦しめるんやない!・・・・・・特に今は」

中澤は口惜しそうに、そして悲しそうに言った。
男は勢いよく立ち上がり、中澤に歩み寄る。
さすがに怯えて彼女の表情が変わった。
男は無言で冷蔵庫からビールを出し、中澤の眼の前に置いた。
そして再び席に戻り、グラスにウイスキーを注ぐ。

「そ・・・・・・そんじゃ、御馳走んなるわ」

中澤はビールのプルを開け、震えながら一口を飲む。
男は中澤が怯えているのを知っていたが、
あえて中澤から視線をはずし、その話もしなかった。

「座れよ」
「矢口をどうする気や?」
「助けたい。・・・・・・それだけだ」
「あんたは何も判ってない」
「これでも調べたんだがね」

男は飲るのを中断し、
ウインナ―とコーンを炒め始めた。
隣には生ラーメンと野菜が置かれている。
今日の夕飯はラーメンなのだろう。
58ブラドック:02/04/11 17:23 ID:9QGZisuF
「上辺だけ調べたとこで、現実はちゃうんや」

中澤は一気に半分近くビールを飲んだ。
それは自分自身に対する不甲斐なさを責めるような仕草だった。
男は中澤を憐れむような視線を向ける。
その視線を感じた中澤は、男の真意が判らず、あえて眼を合わせない。

「おまえは苦労するな。これまでも、これからも」
「何でそう思うんや」
「言ったろ?調べたって」

男は料理を皿に盛り、中澤の前に置いた。
香ばしい胡椒の香りが中澤の鼻をつく。

「何もないのは寂しいだろ?」
「・・・・・・ありがとう」

男は割り箸を中澤に渡し、席に戻ると、飲るのを再開する。
中澤の『常識』の範疇を超える男に、彼女は戸惑うばかりだった。
なぜなら、中澤は保田ほど偏ってはいないが、男性に対しては、
それに似た感覚を持っていたからである。

「どこまで知っとるんや」
「おれの中では七〜八割って感じだがね」
「矢口の事や」
「写真の事か?それとも、置かれている状況?漠然とした質問だな。それは」

中澤は口に運びかけたコーンを落とした。
『この男は全部知っている』
彼女は直感的に悟った。
59ブラドック:02/04/11 17:24 ID:9QGZisuF
中澤は自分の頭を整理する。
この男が全部知っていて矢口を助けたいのなら、
何かしらの考えがあってのことだろう。
問題は男を信用できるかどうかだ。

「なあ、あんた。矢口を助けるために、五人もさらったんか」
「できれば、みんな助けたいが、おれの力では彼女しか救えない」

男はすまなそうに、そして自信を持って言った。
ここで中澤は確信した。男は全て知っている。
裏の裏まで全てお見通しなのだ。

「ほんまに矢口を救えるんやったら、うちは全面協力するで」

中澤は男の表情を覗う。
信用できるかどうかのポイントである。

「けど、あんたを信用できへん」
「そりゃそうだろう。こんな非合法なことをしたんだからな」
「あはっ、あんたは生真面目な人やな」

男は動揺もしなければ笑顔も見せなかった。
すでに頭の中ではシナリオが完成しているのだろう。
中澤の話にまったく左右されない。自信のある証拠だ。

「生真面目な奴が、誘拐なんかしないだろう」
「褒めてるんやで」

中澤は、この男に懸けてみるのも面白いと思った。
60ブラドック:02/04/11 17:25 ID:92nf63C2
現状を維持したところで、矢口の状況は変わらない。
娘引退→バラエティ→ヌード→風俗
といった事務所が用意したレールの上を、
矢口は懸命に走っているのだ。
『それならば、この男に任せてしまおう』
中澤はそう思った。
男が失敗したり途中で放り出しても、
自然とレールの上に軌道修正するだけだったからである。

「ええで。あんたを信用するわ」
「へえ、物分りがいいんだな。まあ、おまえの考えも判ってはいるがね」

この男は中澤が思ったことが判るのか?
いや、男は中澤の考えが及ぶ範囲を、予め予測していたのだ。
それに沿った話をしていたにすぎない。
それを悟った中澤は、男の能力に舌を巻いた。

「ひとつ聞いてもええか?」
「何かな」
「何で矢口をそこまで・・・・・・」
「気に入ったからさ」

『気に入ったからさ』
たった一言に秘められた意味は大きい。
いつ、どこで、どのように気に入ったのか。
三十女の考えが及ぶところではないが、
男の考えの奥深さに感心する中澤だった。
61ブラドック:02/04/11 17:26 ID:92nf63C2
矢口がバスルームから出て来ると、男は二人を部屋に戻した。
そして保田を呼ぶ。

「最後で悪いな。少し手伝ってもらうよ」

保田には判っていた。
男達は4Pでクタクタのはずだ。
まちがいなく、中澤と矢口は犯されているだろう。
その証拠に、二人いっしょに戻って来た。
そして自分の魅力を理解する男が少ない。
全ての条件が保田に有利だった。
と、本人は思っている。

「すっぴんの方が、かわいいじゃないか」

男に話し掛けられ、保田は驚いた。
クタクタの男が、そういった価値観で女を見るわけがない。
それが保田の『定説』だったからである。

男がドアを開けた。
保田の眼に入ってきたのは、セミダブルのベッドだった。
男は自分の寝室に保田を連れて来たのである。

(まさか!)

保田の頭の中では何かが弾けてしまい、同時に絶望が支配してゆく。
これまでの分析は間違いだった。男は最初から自分を狙って・・・・・・
自信を砕かれた保田は、懸命に気持ちを切り替える。
それが『大人である』と保田は思っていた。
62ブラドック:02/04/11 17:26 ID:92nf63C2
「・・・・・・でくれる?」

保田は思考に忙しく、男の声が聞こえなかった。
犯されるのは仕方ない。犬に噛まれたと思って諦めよう。
しかし、保田は犬に噛まれたことがない。
これまでに接した犬は、保田を見ると怯えるか、媚びるかどちらかだった。
なら猫に?猫にも噛まれた記憶が無い。ヘビ?カエル?・・・・・・結局、蚊で落ち着く。
まあ、この男も三十くらいだが、保田の広い守備範囲の中ではイケ面だ。
『レイプされた』と思わなければ、ショックも少ないにちがいない。

「聞こえなかった?そこの毛布を運んでくれる?」
「!」

保田は反射的に毛布を掴んだが、それは男の毛布だった。
男の臭いが染み付いた毛布。そう思うだけで、保田の眼が潤んでしまう。

「おれの毛布じゃないよ。そっちの新しいやつ」

もう、保田には男の声など耳に入らない。
男の毛布を抱き締めて、ベッドに転がった。
そして、男の愛撫を待ったのである。

「何やってんだ?ここはおれの部屋だぞ。早く運んでくれよ」
「・・・・・・来て」
「バカ!何を勘違いしてるんだよ。夕飯を作んなきゃなんないんだからさ」

男は保田を引き起こし、五枚の毛布を抱えさせる。
保田は頭の中がスパークしてしまい、男に部屋から出されても、
行動するのに時間がかかってしまった。

(あたしの常識って・・・・・・)
63ブラドック:02/04/11 17:27 ID:92nf63C2
 男は保田を入浴させると、ラーメンを作り始める。
しかし、スープを作ろうとして困惑してしまう。

(2.5カップ? 何CCと書いてくれなきゃ判らないよ)

困った男は、入浴中の保田に声をかけた。

「すまないが、『カップ』ってどのくらいだ?」
「・・・・・・一応、Bだけど」
「B?be?been?byじゃないな。何だろう」
「それがどうかしたの?」
「何CCなんだろうか」

保田は困った。
どうも男は体積を言っているようだが、
保田には自分の胸の体積など判らない。
自分の胸を触りながら目測してみる。

(えーと、球の体積は4πRの二乗だっけ?)
「三百くらいだと思うけど・・・・・・片方なら百五十か」

男はラーメンのスープの量を思い出す。
どう考えても五百CCくらいだ。
500 ÷ 2.5 = 200
このくらいだと思った。

「二百くらいじゃないのか?」
「それじゃAカップじゃないよー」
「もしかして、下着の話をしてないか?」
「えっ?違うの?」
「ラーメンのスープを作りたいんだけど」
「そのカップは二百・・・・・・」

それだけ言うと、保田は固まってしまった。