第三話
『取り留めのない言葉』
『ねぇ見て見て!圭ちゃんのコート!』
『うわ、すげぇ!野獣みたいだよ!うわぁ!』
『何よアンタ達!言い過ぎでしょ!』
──サブちゃん、似合ってるよ。
『リーダー。優しいねぇ。イヤミじゃないよね?』
『ていうかさ、飯田さんちょっと着てみてよ。』
『うん…カオリが着たら似合う気がする。』
──え…ちょっと。
『うわぁ、かっけぇ…。』
『すごいカオリ、やっぱスタイルいいわ…。』
『悔しいわね…。』
──あ…。
『いいらさ〜ん、あそんでよぉ。』
『こら、辻!あんたまた何か食べてたでしょ!?』
『まぁまぁいいじゃないですか、やぐちさ〜ん。』
『加護もだよ!もう。カオリからもなんか言ってやってよ!』
──あんまりね、お菓子ばっか食べてるとね…。
『さっきたべたのおかしじゃないもん!』
『そーゆー問題じゃねぇだろ!ほら、リーダーの話だぞ!ちゃんと聞け!』
『こっちのリーダーはおこったりしませんよ。やぐちさんと違ってね。』
───カオリだってねぇ、たまには怒るよ。
『ごめんなさい…。』
『いや、別に、こいつらもそこまで悪気があったわけじゃないんだよ。』
『いいすぎました。すいません。』
──あれ…?
移動中のバスの中で、いつのまにか夢を見ていたらしい。
考え事をしてたら眠ってしまってた。いつもの事だけどさ。
寝起きで霞んだ視界を満開の桜が掠めた。
窓を流れる景色からでは、目を楽しませてくれるまでにはいかないけど…。
それでも春の訪れと、それに伴うある種の喜び──と呼べるかな──は感じる事ができる。
いつかテレビで紗耶香が言っていた。忙しすぎて季節を感じる余裕さえ無い生活、って。
だけど、感じ方は人それぞれだし、少なくとも今日のあたしは「春」を感じた。
窓からあたたかに射し込む、日射しは何だかとっても優しくて、あたしは浴びる様に顔を向けると
目を細めた。
「まぁたいいださんがぼぉっとしてる。梨華ちゃんつっついてみてよ。」
「しっ!飯田さんは交信中だから、邪魔しちゃ駄目でしょ!」
加護と…石川だ。そっか。バス乗ってたんだっけ。
そうだ、タンポポで仕事があったんだ。…今からあるんだっけ?
矢口もいるはずだね…寝てるみたい。まぁいいや。
何だか嬉しくなったあたしは、この喜びを伝える事にした。
「ねぇ、加護、石川。春ってさ…………」
難しく考える事なんて何もない。
なのにどうしてこの二人は、眉間にシワを寄せてまで考え込んでるんだろう。
大体、そんな顔してちゃ駄目でしょ。アイドルなんだから。
アイドル…。国民的アイドル。誰がここまで来るって思った?
あたし達は国民的エンターティナー集団。
ドラマ、バラエティ、映画、ミュージカル…今や仕事はきりがない位。
国民のみんなが、あたし達によるエンターテインメントを楽しんでくれてる……?
歌は…?どこ行っちゃったの?
「あぁ…眩しいな…。何、まだ着かないの?」
人の気も知らないのんびりした声。矢口、それでいいの?
あたし達は、アーティストじゃなかったの?歌う事が好きで集まったんじゃなかったの?
何だか怒りを覚えたあたしは、この憤りをぶつける事にした。
「ねぇ、矢口。あたし達ってさ…………」
人間って、そんなまたすぐに眠れるもんだろうか。矢口を見てるといつもそう思う。
余程疲れているんだろう。いびきまでかきだした。かわいそうに。
考えた事が無い訳じゃない。考えてもきりがないから考えない様にしてる。
だけど、大切な仲間がこんなにぼろぼろになってるのを見るとどうしても思い出してしまう。
あたし達は、このまま使い捨てられていくんじゃないかって。擦り減って無くなるまで。
だけど、あたしはこの道を降りられない。
あたしはまだ好きな空を目指している。
特別でありたい、という気持ちはあたしの中では多分すごく大きな物だから。
終わりを想えば悲しいけど、始まりの喜びだって忘れてないから。
何だか切なくなったあたしは、この決意を表明する事にした。
「ねぇ、矢口…」
「がぁー。ぐぁー。」
そっか、寝てたんだよね。心なしかいびきが大きくなったみたい。
それにしても、いびきで返事なんて……。やだ、マンガみたい。ウケる。
「ねぇ、加護…」
「♪」
あ、ウォークマン聴いてたんだ。いつの間にって感じ。
それじゃ呼んだって聞こえないよね。それにしてもすごい音洩れだね。
「ねぇ、石川…あれ?気分でも悪いの?」
どうしたんだろう。顔が真っ青だ。もしかして石川も疲れてるの?
眉を八の字にして首をぶんぶんと振るその姿は、何だか…笑っちゃいそう。
どうしたんだろう。今度は加護の服掴んで揺すってる。
でも加護は気付いてないみたいだ。ノリノリだね。加護。
「石川、大丈夫?無理しちゃダメだよ。カオリも昔ね……」
「いえ…あ!飯田さん、着いたみたいですよぉ!みんなも!」
矢口…。眠るのも早かったけど。起きるのも早いね。
加護…。ノリノリだった割には随分反応いいね。若いからかなやっぱ。
石川…っていつの間にバス降りたの?
「よし!仕事だ!いくぞ加護ぉ!」
「おやびん!いきましょぉ!頑張るぴょん!」
珍しいね、プライベートで「ぴょん」とか使うの。
でもさ、ちょっと待ってよ、カオリまだ荷物しまってなくてさ…。
あぁ、降りちゃった。リーダーを置いてくなんてメンバー失格だね。あとでお説教決定。
さて、カオリも急がなきゃさ…。あ。
誰かバス乗ってきた。誰だろ。
ねぇ、ちょっと待ってよ。みんなさぁ…。
「おっと、降ろす訳にはいかんな。残念やったな!」
うわぁ、何か青いの被ってる。ファンの人かな。ていうか何で誰もいないの?
「といっても心配はいらんで自分。ウチはな、どっちかって言うと助けに来とんねん。」
オンナのヒト。あんな格好で恥ずかしくないのかな。カオリだったら…ちょっとやってみたいかも。
「言っとくけど大声出しても無駄やで。ここにはもう誰も来ぃひんからな。」
でもさ、企画とかでやらされるんだったら開き直れるからいいけど、プライベートだったらねぇ…。
「ウチは!二十二世紀から来た!…ってちょっと聞いてますか?」
でも、モーニング娘。のリーダーが、いきなりこんな格好してたらやっぱりうけるよね。
「なぁ、自分わかっててやってるやろ?頼むわ、放置だけはあかんて…。」
「オトコのヒトだったらぎゃーって言ってたけど、オンナのヒトみたいだったからさ。」
「…まぁええわ。それよりな。ウチはな…。」
「ストップ!当てるから!」
「当てるて…。」
えぇと、関西弁で、オンナノヒトで、青い服で、青い服……?。
「妖精さん?」
「うわぁ、マジやな自分きっついわ…。」
違うのかな。あとヒントは…助けに来てる……?
「あ、そうだ!助けてくれるんだよね!」
「せや!悩みとかあるんやったら早よゆうてくれや!助かるわ。」
悩み。そうだ。そう言えば。
「何かね、ちょっとずれてるの。」
「あぁ、分かるわ。それめっちゃよう分かる。確かにずれとる。」
「みんなが。」
「何かカオリの言ってる事とかがあんま伝わんないみたいなの。」
「みんなが…ずれとると。そうおっしゃるわけやね…。」
「そうなの例えばね、あたしがすっごい打ち解けた感じで、ギャグとか言うじゃない?
ミーティングが緊迫してる時とかさ。すっごいとげとげしい感じで。笑わさなきゃ、って思って。
誰だってさ、楽しく仕事したいじゃん?…でもね、みんな何か引いちゃうの。新しい子たちなんか特に。」
「そら引くわ…いや、そら大変やね…。」
「でもね、それはナメられてないってことだから、カオ的にはおーけー。わかる?」
「あぁ…そうなんや…。」
「やっぱリーダーとしてさ、ナメられちゃダメなのよ。だけどね……」
「もぉええわ!日が暮れるっちゅーねん!」
何で怒ってんだろ。
第一、日が暮れるのはフクロウが…。
「要約するで、ずれとんのやろ?ほしたら、直しといたるわ!」
……いつのまにか夢を見ていたらしい。
考え事をしてたら眠ってしまってた。いつもの事だけどさ。
寝起きで霞んだ視界を満開の桜が掠めた。
窓を流れる景色からでは、目を楽しませてくれるまでにはいかないけど…。
それでも春の訪れと、それに伴うある種の喜び──と呼べるかな──は感じる事ができる。
いつかテレビで紗耶香が…ってあれ?
「まぁたいいださんがぼぉっとしてる。梨華ちゃんつっついてみてよ。」
「しっ!飯田さんは交信中だから、邪魔しちゃ駄目でしょ!」
何だろう、この感じ。今までに無いこの感じ。
窓から射し込む光すら既にどっかで見た事あるような…?
…それにしても陽射しが優しいな。やっぱ春っていいよね……。よし。
「ねぇ、加護、石川。春ってさ………」
「そうですよねぇ…ええなぁ、春は…。」
「すっごいわかります!石川もそぉ思ってました。」
「でしょお?」
同じ喜びを、同じく分かち合えるってゆうのは何ていい事なんだろう。
やだ、ちょっと涙ぐんじゃいそう。
仲がイイってのはいい事だよね。ホントに。
ね、加護。年なんて関係ないよね。チームワークが売りだもん、ウチ等はさ。
ね、石川。あたし達は少数精鋭で…精鋭?ちょっと待って石川!
歌唱力も無いのに精鋭だなんて!
歌も歌えないエンターティナーなんて!
そんなの、ただのピエロじゃない!?
「あぁ…眩しいな…。何、まだ着かないの?」
矢口、答えて。あたし達は…。
「ねぇ、矢口。あたし達ってさ………」
「カオリ、それは違うよ。ウチ等はアイドルでも、エンターティナーでも無い、
勿論ただのピエロなんかでもない。アーティストでも無いけどね。」
「だったらさ、矢口は何だと思うの?」
「モーニング娘。だよ。」
「そうですよぉいいださん。モーニング娘。じゃないですかぁ。」
「石川もそう思ってました!モーニング娘。ですよ!」
ああ、皆分かってくれてたんだ…。カオリ嬉しいよ…。
「カオリもあんまり心配しなくていいんだよ…」
『ちょっと、来ないと思ったら…』
──矢口、ありがとう…。
「リーダーはやっぱおとなだなぁ…」
「尊敬します!」
『うわ、完全に寝てますね。大丈夫かなぁ…。』
──加護、石川、ありがとう……
『ち、ちょっと、かおりぃ…。起きてよぉ…。』
『いいださぁん…。』
──みんなありが…あれ?何だよぉ…
「飯田さん!!起きて下さい!」
……いつのまにか夢を見ていたらしい。
考え事をしてたら…ってどっからどこまで夢なの?
ちょっと石川、揺らしすぎ。
「起きた!カオリ、着いたよ。仕事行くよ!」
「矢口…。あたし達ってさ…。モーニング娘。だよね…?」
「うわ、寝ぼけてるよ。いいから早く!」
「はるですねぇ…。」
「そうなの!加護、春っていいよね!石川も!」
「いいですよね…どうでも。」
「そろそろ出た方がいいと思います!」
何て事だろう。
それに何て儚いんだ。人の夢って。やだ、カオリって詩人。
それにしても、結局伝えられてなかったって事ね…。
みんなに感謝した自分が何だかかわいそうで、でも…。
「あ、ちょっと。」
あたしを引っ張って歩き出そうとする矢口。
「みんなさ、心配してくれたんだよね。」
不思議そうに頷く石川。
「ありがとう。」
照れたみたいに顔を逸らす加護。
夢でもいいんだ。ひとつ伝えられたから。
だから、妖精さんにも。
ありがとう。