「ねぇ私のこと忘れちゃったの?」
暗い夜の往来で、後ろから唐突に問い掛けられ驚く。
近くには誰もいなかったはず、
それを確かめてわざわざ人通りの少ない道へ入ったはずなのだから。
私と光男は同時に声の聞こえた後ろを振り返る。
いや同時だった気がする、としたほうが正確か?
対象を見つけることに集中してしまい、
隣にいた光男の行動のほうはあまり覚えていない。
少女だった。
14、5才くらいの少女が泣きそうな表情をして私を見ている。
光男ではない。私を見つめているのだ。
少女のまっすぐな眼差しを避けるように光男を見る。
口をだらしなく開けたまま動けないでいる。
ふぅ〜
どうやらこの男はここで役に立ってくれそうにない。
避けたはずの視線が気になり、チラチラと横目で様子を探る。
相変わらず泣き出しそうな顔でじっとこちらを見ている少女。
泣いた表情も似合いそうなかわいい少女だ。
「ねぇホントに忘れちゃったの真希ちゃん?」
ドキン!
この少女はどうして私の名前を知っているの?
この少女は私のことを本当に知っているの?
驚きで目が見開いているのが自分でもわかる。
見開いた目で何度も少女を見返したが一向に見覚えはない。
私が当惑の表情でいる間にも、少女のテンションは上がっているらしく、
今度は地団駄を踏みながら叫ぶ。
「名コンビって言われていたじゃない。
そんなことも忘れちゃったの?」
…!?
私は虚をつかれた。
名コンビだってぇ? いったい何のこと?
そんなことあるわけが…
あっ!
言い返そうとした瞬間、
ふと何か懐かしいような感覚が心の中をよぎる。
私はこの言葉を、そしてこの少女を知っているのかもしれない…
明確ではないが、そんな気がしてきた。
そして、そんな気分のまま私が口にしたセリフは、
「どこがぁ?」
どうして、こんなセリフが口に出てきたかはわからない。
だが、何も考えないで口のほうが反応していたという感じだ。
それを聞いた少女は一瞬凍り付いたようだが、
すぐに満足げな表情へと変化し、笑顔まで浮かべた。
きれいな笑顔だった。
そんな笑顔を見つけた刹那、少女は忽然とかき消えた。
私は驚きの連続でそう簡単に動けそうもない。
だけど気持ち悪い感じはしない。
あれは私の大切なモノ。
そう確信できる何かがあった。
かたわらの光男は地べたに座り込み、だらしなく失禁していた。
私はため息をつきながら、この男のことは忘れてしまおうと決意した。