走る。打ち合う。殴る。蹴る。締める。投げる。また殴る。何度繰り返しただろう。
無限に続くと思われるこの連鎖。何時になったら終わるのだろうか?
諦めれば、自分が敗北を認めれば、すぐに終わる。すぐに解放される。
しかし後藤真希も辻希美も絶対に退かない。二人共とっくに限界は超えている。
もう駆け引きもなにもない。ただの比べ合いだ。己のすべて。そのどちらが上であるか?この一点に収縮される。自分とあいつのどっちが強いのか?この一点!
後藤は辻にも劣らぬパワーを持っている。速さは僅かに後藤が上だ。
体力はほぼ互角。技と経験では明らかに後藤が勝っている。それ以外の要素…。
言葉では説明できない領域、格闘センス「オーラ」と呼ばれるもの。
後藤真希はこのオーラが、他の追随を寄せ付けぬ程圧倒的であったのだ。
それが後藤をチャンピオンとして君臨させていた最大の要因であった。
しかし、しかしだ。今、後藤真希は飲み込まれている。目の前の小さな娘に。
(辻?辻?あんた?なんだよそれ?なんで引かないの?)
(いつもなら、みんなここで倒れるんだよ。無理だって思って諦めるんだよ)
(私の時間なんだよ!)
後藤真希の空気が変化を余儀なくされている。彼女の空気へと。
辻希美のオーラが、後藤真希のそれを凌駕した瞬間。辻の時間!
速く、強く、そして美しかった。これが後藤真希という娘だった。
その一挙手一投足がモームス最大トーナメントの歴史そのものである。
歴史が崩れ落ちようとしている。一人の小さな娘の手によって…。
ひとつの歴史が終わる。それは新しい歴史の始まりでもある。
(気付かない振りをしていただけかもしれない)
(私は逃げようとしているだけなのかもしれない)
ついに辻の拳が後藤の頬を真っ当に捕らえる。灯火が消える。
(もうわかったよ)
(彼女はとっくに私を追い越していってたんだってこと)
『後藤真希!!ダウン!ダウン!ダウーーーーーーン!!!』
(宇多田さんゴメンナサイ。どうやら私は貴方に貸しを返すことはできなさそうです)
『立てない!後藤動けない!審判団が腕を大きく振った!』
(その代わり近い将来、トンデモナイのが貴方達の前に立ちます。きっと。)
『勝利だあああ!!辻希美の勝利だああああああ!!!』
(覚悟しとけよ、へへっ)
孤高の王者、最期の闘いが終わる。その顔にはなぜか笑みが浮かんでいたという。
飯田と加護が闘技場を下りる勝者の顔を恐る恐る覗き込む。
「えへっ」
それは普段の、まだ幼さの残る笑みであった。
「本当にたいした子だよ、あんたは」
安堵した飯田は込み上げる涙を堪えながら、辻の髪をクシャクシャ撫で回す。
「こうなったら、いくとこまでいったれや!」
あいぼんがののの胸をドンと叩く。衝撃で辻はちょっとむせた。
「すぐにうちもその横までいったるから」
仰向けになり動けない敗者に駆け寄るのは、保田と吉澤そして市井。
心配そうな三人の顔を恥ずかしそうに見上げる後藤。
「アーかっこ悪いとこ、見せちゃった」
三人のゲンコツが次々に真希の頭上に降り注ぐ。
「バーカ!一人だけかっこつけすぎなんだよ!」
さらに吉澤は真希のほっぺたを引っ張る。変顔に苦笑しばがら市井は聞いた。
「負けて悔しいか?」
少し思考した後、アザだらけの顔を緩ませて真希は答えた。
「ちょこっと」