モームス最大トーナメント

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910安倍なつみ−矢口真里 @
なっちにとってもそれはラストチャンスなのである。
地上最強の称号を再びその手にする為の。
後藤真希がいないトーナメントに勝った所で、誰も認めてはくれないだろう。
「これがラストチャンス…」
誰もいない部屋、明かりも点けない暗闇の中、娘は一人呟いた。
闇の中にひとつの影が浮かび上がる。小さな小さな、だけど猛き影。
グラップラーと呼ばれる女。不可能を奇跡に変える女。矢口真里。
こいつに勝たなければ道は開かれない。勝つんだ,倒すんだ。そう頭に叩き込む。
情を捨てる。笑みを捨てる。心を捨てる。ただ勝利の為に…
―――――――――修羅をその身に宿らせる。

扉が開く。闘技場へと通じる薄暗い廊下をゆっくりと進む。光が見える。
光の先に小さな戦士が待っていた。待ちきれないといった顔つきだ。
悪いけどそれはこちらも同じ。
なっちの修羅はもうお前を仕留めたくてウズウズしてるんだ。
911安倍なつみ−矢口真里 A:02/12/20 22:17 ID:Yt66Z11G
入場するのが早すぎた。勢いが付き過ぎて走って来たからだ。
大歓声を受けながら、闘技場の中央で矢口はググゥと溢れる闘気を押え込む。
(待った。この時を一年以上待っていた。いよいよあいつと闘れる)
ずっと表舞台でモームス格闘界の顔と呼ばれ続けてきた娘だ。
逆に影で支え続けてきたのが、この矢口真里である。
「はっきりさせようぜ。なっちか?おいらか?どっちが強えのか!」
ビリビリビリ…
全身に電気が走ったような緊張感。暗闇からあいつが姿を現わした。
(完全に戦闘態勢てな表情してやがる。たまんねえ、疼くなぁ背中が)
矢口の顔にもまた狂気が見え隠れし始めている。もう止められない。
『準決勝第一試合!!安倍なつみVS矢口真里!!』
なっちが構える。グラップラー真里が構える。
『はじめぃ!!』
二人は同時に飛び出した。火花でも飛び散りそうな勢いで腕と腕がぶつかる。
物凄い速さで足と足が交差する。連続攻撃の応酬。汗が飛び散る。
目で追うことも難しい速さ、最強に近き二人だからこそ成せる立ちあい。
この二人に準備運動など必要ない。いきなりクライマックスだ!
912安倍なつみ−矢口真里 B:02/12/20 22:18 ID:Yt66Z11G
矢口は思う。この安倍なつみという女の強さ。
少なくとも油断していた浜崎あゆみよりは強い。間違いなく強い。
安倍なつみには油断の欠片も見られない。全身全霊を込めて自分を倒しにきている。
それがたまらなく嬉しかった。そして最高に楽しかった。
このときの為に生きていたのだという想いさえ込み上げてくる。
(最高だぜ、なっち!)

安倍は思う。この矢口真里という女の強さ。
負ける気はしない。スピードとパワーはほぼ互角。技術も同等と言えよう。
だがリーチに差がある。そしてそれが何より大きい。事実ヒット数は勝っている。
少しずつ押し始めて来ている。矢口の方がダメージは大きい。しかし違和感を覚える。
このまま終わる様なイメージがちっとも湧いてこない。
(なぜ?何なのこの胸騒ぎは?)
(ううん問題ない、いける。勝つのはなっちだ!)
913安倍なつみ−矢口真里 C:02/12/20 22:19 ID:Yt66Z11G
グラッ。ダメージが膝にきた矢口が少し躓く。やはりなっちは強い。
多少の攻撃は受けているものの、致命傷は確実に避けている。
勝負を分ける隙をまるで見せない。なっちの闘いは安定しているのだ。
派手な技の多い矢口と比べて、格段に無駄な動きが少ない。
なっちの優勢は続く。そこで後ろに振りかぶった矢口は起死回生の一発を狙う。
市井戦にて見せた。とっておきの必殺技。中国武術に伝わる軽気孔発徑オリジナルだ。
「セクスィーブィーム!」
「知ってる」
死角からの声。なっちは読んでいた。動作が大きい分、その後に生じる隙も大きい。
安倍なつみには一度見せた技は通用しない。矢口は思わず顔をしかめた。
右ストレートが矢口の顔面を打ちぬく。145cmがサンドバックの様に宙を舞う。
地面に落下する直前でさらに蹴り上げる。もう一度蹴り上げる。殴る蹴る殴る蹴る。
(ありえねえ…)
矢口の体が宙に浮いたまま、なっち乱舞は止まらない。反撃ができない。
(こんなの人間の技じゃねえよ、マジかよ。ヤダよ。まだ終わりたくねえよ!)
(おいらは…おいらはまだ…何にもしちゃいない!)
そのとき、矢口の背中にミニモちゃんの顔が浮かび上がった。
914安倍なつみ−矢口真里 D:02/12/23 08:07 ID:Qa/WNqiC
その背中にミニモちゃんの顔が浮かぶ時、矢口は数々の奇跡を起こしてきたのだ。
(寒気!)
なっち乱舞が止まる。違う、止められたのだ。矢口がなっちの腕を掴み取っていた。
そのまま力任せに振り回す。態勢が崩れたなっちはすぐに起き上がる。
その目の前にあったもの。光り輝く矢口の手の平。
セクシービーム!
轟音と共に、くの字に曲がり折れるなっちの体。そこへとどめの一撃。
小さな体をフルに使ったジャイアントフック、拳がなっちの顔を打ちぬいた。
無残に転がり落ちるなっち。
立ち尽くすグラップラー。
だが表情が優れないのは矢口、拳を抱え震えている。背中のミニモも消えている。
「奇跡ってのはその程度か…」
ゾンビの様にムクリと立ち上がるなっち。矢口の頬に大粒の汗が流れ落ちた。
砕けたのは拳の方、なっちはまるでダメージを受けていない。
(冗談だろ)
怖いもの知らずの娘が恐怖を知る。
今まで誰も目にしたことのない恐怖がそこにいた。
915安倍なつみ−矢口真里 E:02/12/23 08:08 ID:Qa/WNqiC
強い奴と闘いたい。ずっとそう願って生きてきたんだ。
でも今のおいらは避けたがっている。本物の強者を目の前にして逃げたいと思っている。
正直まいった。安倍なつみってのがここまでの化け物だなんて思いもしなかった。
もしかしたら、あの後藤真希との勝負でも、このなっちは出なかったんじゃないか?
本当に本物のなっち。
安定も爆発力も冷静さも怖さも、全部兼ね揃えた本物。
なるほど、地上最強ってのは、こういう奴にこそ相応しい称号なのかもな。
こりゃ無理だ。いねえよ、こんな化物に勝てる奴なんていやしない。
ちっと嬉しいのは、地上最強の安倍なつみを引き出したのが…
後藤真希でも他の誰でもなく、おいらだったってことかな。
圭ちゃん。紗耶香。ごめん、優勝できなさそう。
でも見ていてね。おいら逃げないから。グラップラー真里の最後の晴れ舞台。
「あちょぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

矢口真里は覚悟を決めて飛び出した。
その先はもう試合ではなく、一方的な殺戮。
勝敗が決まり、審判員達が間に入っても、145cmの勇者は最後まで吠えていた。
916準決勝インターバル:02/12/23 08:09 ID:Qa/WNqiC
勝利インタビューに駆け寄る予定だった平家は、その場を動けなかった。
声を掛けようとした飯田と紺野ですら、その凄まじき気に圧倒された。
「これが本当の安倍さん?私と闘った時とはまるで違う」
「矢口の奴、この気に正面から向かっていったのか」
昨年の王者と元TAP館長をもってしても、近づくことすらできない。
担架により運ばれて行く矢口に付き添う、保田圭が小さく呟いた。
「心まで修羅に堕ちよったか」
一言も発することなく、なっちは退場していった。
控え室へと続く廊下に一人の娘が待っていた。かつて弟子と呼んでいた少女だ。
「もうなっちさんらない!」
修羅は小さく笑みを浮かべ、少女の脇を通り過ぎる。
「お前にあいつが倒せるか?」

「んあ〜良く寝た」
修羅の退場に請おう呼応するかの如く、もう一人の修羅が目覚める。
「さて、いきますか」
準決勝第二試合 後藤真希vs辻希美