遠い世界で光り輝いていたヒーロー。ののにとっては憧れの存在でしかなかった。
いつからだろう、それが手に届く様になったのは?
泣き虫で臆病で怖がりだけど…でも、ののはそんなヒーローになりたい。
NON STOP!
加護は目を疑った。確かに切った。確かに破壊したはずなのだ。
けれど血が止まっている。傷がふさがろうとしている。そんなのありえない。
頚動脈を切り、左足を破壊し、胸を切裂いた。しかし目の前の娘は生きている。
それどころか再び立ち上がろうとしている。超肉体が傷を塞ぎ込んでいる。
辻希美が再び立ち上がる。加護亜依の眼前に並び立つ。
真の怪物が真の怪物を呼び覚ましてしまったのだ。
(せやった…)
加護亜依の目の前で辻希美が微笑んだ。
(せやったから、うちはののが…)
辻の拳が加護の頬を叩く。破壊の神をも唸らせるであろう破壊力。完璧な一撃。
(…ののが好っきゃねん)
加護は意識を失う。音を立てて崩れ落ちた。
それは辻にとって最後の力だった。もう動くこともできなかった。
少しでも動けば塞ぎ込んだ傷がずれ、再び大出血が吹き荒れることとなるだろう。
(立つな!立つな!立つな!)
(立って!あいぼん!)
矛盾しているのは理解っている。しかし辻の脳裏にそんな二つの想いが巡るのだ。
あいぼんに勝ちたい!でももっとあいぼんと闘いたい!二つの気持ちはどちらも嘘でない。
常識で考えれば、辻のパンチを二回もまともに受けて、立ち上がれるはずがないのだ。
しかし今辻が相手にしているのは他の誰でもない。加護亜依なのだ。
最高の友で、最高の相棒で、最高の敵である加護亜依なのだ。彼女は立つ。
もう意識はないはずであった。ピクリ、指が動く。手が動く。足が動く。体が動く。
その顔に意識は見て取れない。それでも加護亜依は立ち上がった。
足を引き摺り、ゆっくりとゆっくりと辻希美に近づいて行く。
もっとののと闘いたい!その気持ちがだけが彼女を動かしたのだ。
(ごめんね、ののにはもう動く力はないよ…)
加護が辻の前に戻って来た。しかしその後の攻撃はなかった。彼女は静かに崩れ落ちた。
自らの胸に頭を預ける少女を、辻はそっと抱き留めた。紅い血が舞う。
(あいぼんの勝ちれす)
「勝負ありぃぃぃぃぃ!!!勝者!!辻希美!!!」
突然血が止まる。不思議に思った辻が、抱きしめた加護の顔を覗き込む。
彼女は意識を失い眠ったままであった。しかし偶然にも彼女の手が辻の傷口を塞いでいた。
遠くから見る人々には、二人が抱き合っている様に見えたという。
辻は加護を抱きしめたまま退場していった。
辻が動けるのは加護のお陰だった。そのことは誰も気付かない。
試合の結果だけが皆の記憶に残るのである。本当の勝者を知るのはたった一人だけ。
(もう絶対に負けないよ)
小さなヒーローはその腕の中で眠るヒーローに微笑みかけた。
死闘が終わりを告げる。そして、あの三人が再び動き出す。
退場していく弟子の背を、安倍なつみは冷ややかな眼で見送っていた。
やがてかぶりを振ってその場を離れる。その表情に特に変化はない。
矢口真里は走っていた。体中が熱く熱く燃え上がっていた。もう抑え切れない。
自然と笑みがこぼれてくる。安倍!後藤!辻!みんな強え!最高!全員ぶっ倒す!
静寂に包まれた控え室にて、横になり眠っていた後藤真希がその眼を開く。
遠くから聞こえる歓声にて敵の名を確かめると、孤高の王者は再び眠りについた。