モームス最大トーナメント

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887辻希美−加護亜依 B
(こないチャンス二度あるか分からん。多少の犠牲を払ってでも決着をつけたる!)
加護は放さなかった。辻の全体重が加護の胸部を叩き付ける。
あばらが二三本いった。だが加護の腕は依然辻の首を絞めたままである。
むしろ投げつけた衝撃によって、さっきより締め付けがキツクなった程だ。
(いける!もうこの手は放さへん!うちの勝ちや!)
加護が勝利を確信したその瞬間、異変が起きた。
「うぬぅああああああああああああああ!!!」
首から腕が離れる。悲鳴を上げたのは加護。手首を押さえてもがいている。
「プハァーー、ハァー、ハァー、ハァー」
久しぶりの空気を堪能する辻。まだ意識が危うい。もう少しでオチル所だった。
自分の手を見つめると、辻は苦しみ悶える相手の方を顧みた。
加護の左手首が赤黒く腫れ上がっている。辻がそうしたのだ。その握力で。
人間離れした握力で、加護の手首を思いっきり握り潰したのだ。
(これしか…これしかなかったのれす)
呼吸を整えると辻は立ち上がった。闘いはまだ終ってはいない。
自分のしたことを理解している。線を越えてしまったのだ。
試合と呼ばれるものと、殺し合いと呼ばれるもの、その間の境界線を。
888辻希美−加護亜依 C:02/12/10 16:37 ID:/vqze9i8
(ええんやな。ええんやな、のの。そっちの技を使うて、ええんやな)
額に脂汗が玉になって浮かんでいる。おそらくもう左手は使えないだろう。
加護は震えていた。それは恐怖によるものでも武者震いでもない。
相棒を殺してしまうかもしれないこと、そのことに震えているのだ。
(のの、お前やで。先に線を越えたのは…)
加護の手の構えが変わる。切る気だ。辻を繋ぐもの、神経を…全てを…。
例えそのことにより、辻が再起不能に陥ったとしても…
張り詰めた空気が場内に流れる。二人は睨み合ったまま動かなかった。

スタンド上部から、包帯に包まれた一人の女が試合の行く末を見守っている。
名を鈴木あみという。彼女は先の闘いにて加護亜依に敗れている。
その恐ろしさを、身を持って味わっているのだ。まだ節々が痛む。
試合の後、加護が切った線を戻しに来てくれなければ、一生動けなかったかもしれない。
そのとき加護が口にした台詞が頭をよぎる。
「もっとヤバイ技がある」
あみはもう一人の娘、辻希美という娘に視線を落とした。
彼女が並の怪物であることを願った。もしそれ以上であれば…真の怪物を起こす事になる。
889辻希美−加護亜依 D:02/12/10 16:37 ID:/vqze9i8
止まっていた時が再び動き出す。狙いを定めた加護がその腕を伸ばす。
辻は身を屈め、そこからアッパーでカウンターを狙う。しかし加護はそれも読んでいた。
野獣の牙の如き五指が辻の首元に噛み付いた!
ぷいん!
鍛えぬかれた加護の指が弾かれた。まるでゴムマリにでも触れたかの様に…
福田戦にでも見せたこの肌の弾力こそ、腕力に並ぶ辻の最高の持ち味。
そしてその瞬間、この試合始めて加護が隙を見せた。辻はそれを逃さない。
ズドゴオオオオン!!!
大砲の様な辻の拳が加護の脇腹をえぐった。勢いのあまり加護は回転しながら吹き飛んだ。
フェンスに激突する。顔が血に染まる。嘔吐する。内臓がイカレタ。のたうち回る。
一撃。たった一撃で勝負を決めてしまう。これが辻希美。怪物中の怪物。
(勝っら!勝っら!あいぼんに勝っら!)
辻は勝利を確信して雄叫びを上げた。観客もそれに合わせて喝采を上げる。

その変化を逃さなかったのはただの一人だけである。
鈴木あみは確かに見た。
地べたに顔を擦り付けた加護の口元が僅かに緩んだところを…。
真の怪物が目覚めてしまったところを…。