ニヤリ。笑みを浮かべたのは浜崎…ではない。矢口真里。
(抜けない!?)
ネイルごと矢口の体に突き刺した指先が抜けないのだ。戦慄が走る。
「最期の腕、もーらいっ」
肉を切らせて骨を断つ。矢口の腕と足が浜崎の左腕を上下に分断する。
「ぎゃあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
絶叫が響き渡る。
「いい声で鳴くじゃん。歌出したら売れるかもよ」
矢口がクルッと回転する。あゆは見た、その背中に顔が…ミニモちゃんの顔が!
空中回し蹴りが、両腕の自由を奪われガードもできないあゆを容赦なく叩く。
それでもまだあゆは倒れない、下がることを知らない。
「なめんなガキィ!!」
まだ足がある。あゆが大鎌の様なハイキックにて反撃する。
だが矢口には当らない、小さすぎて焦点が定まらないのだ。
今度は逆に矢口が足を振りかぶった。ボールを爪先に当てて押し出す様に…
パァンと破裂する様な音。必殺シュートがあゆの脳天に炸裂する。
情けも容赦もない、鬼の如き佇まい。
―――――――――――狂気の145cm
「堕ちるか」
ぽつりと呟き、お面の女はその場を後にした。
浜崎あゆみは完全に気を失っていた。審判の一人が手を横に振る。
『勝負ありいいいいいいいいい!!!』
「わあああああああああああああああああああっ!!!」
『大金星!!!グラップラー真里が超特大の怪物を倒したぁぁぁ!!!』
うねるような大歓声に、矢口はようやく我を取り戻す。
そしてようやく胸の痛みに気付き、その場にごろんと寝転がった。
常人なら即死でおかしくない一撃をもらっていたのだった。
あと1mm奥だったならば、自分も死んでいたかもしれない。
いや、浜崎が五体満足だったならば、松浦があいつの右腕を奪っていなければ…
自分はきっと相手にすらならなかっただろう。
それくらい圧倒的な怪物だった。勝てたことは奇跡に近い出来事だ。
「この歓声が聞こえてっか、松浦のバカヤロー」
「くやしいけど、二人の勝利だぜ。おいらとお前の勝利だ!」
天国(いや地獄か?)にいる宿敵に、矢口は拳を掲げた。
あややがペロリと舌を出して微笑んだ様な、そんな気がした。
仲間達に担がれて医務室へ運ばれる矢口真里に、握手を求める女がいた。
「よくやった。感動した」
すると意識白濁していた矢口が、真水をぶっかけられた様に目を覚ました。
「……!」
その女は妙なお面を被っていた。矢口は言葉が出なかった。
手を放すとお面の女は軽い足取りで闘技場へと進んでいった。
残された矢口がポツリと洩らす。
「地上最強…」
格闘技界からの引退を表明した後藤真希には、ある決意があった。
その決意の為にはこの大会、何としても負けられないのだ。
思い出されるのは、デビューしてからの日々。
(長かった様な、短かった様な、三年間だったな…)
(あと三試合。多くても三試合で私のここでの闘いは終る)
眼を閉じると激戦を繰り広げてきた数々のライバル達の顔が思い浮かぶ。
(行こう!思い残すことはない様に…)
お面の女と後藤真希が闘技場に並び立つ。
「正直な話、私この大会なめてたのね」
唐突に語り始めるお面の女、後藤はそれに黙って耳を貸す。
「でもさっきの試合見て見直した。あの浜崎あゆみを倒すなんてたいしたもんだよ、ウン」
お面の女の両手が自らの顔に移動する。
「本当はこのままやるつもりだったけど、気が変わった。」
静かに、お面がその女の顔から離れてゆく。
「…本気だすから」
静寂が轟音に変わった。その顔を知らない者はこの場に存在しない。
――――――――――宇多田ヒカル
お面の下から現れたのは世界を舞台に活躍する、名実共に日本最強の女の顔であった。
「あなたもこっちの世界に来る気なんでしょ、ゴマキちゃん」
圧倒的存在感、威圧感、その全てが遥か高みのレベル。
対峙するだけで胸が潰れそうになる。後藤真希は言葉を返すことすらできずにいた。
だから意志を体で表現する。握り締めた拳を宇多田ヒカルに向ける。
(宇多田ヒカルをぶん殴る!)
日本一無謀な挑戦、後藤真希vs宇多田ヒカルが始まった。