フワッ。浮き上がるように起き上がる石川梨華。それを待ち受ける吉澤ひとみ。
人知を超える野獣と化した吉澤に、勝るとも劣らない闘気を発する石川。
もはや両者に理性は残されていない。あるのは闘争本能のみ。
「ついに壁を越えたか、石川…」
飯田が呟く。自らの跡目を継ぐ娘の眩しい姿をその眼に焼き付け。
市井後藤保田はあえて声を掛けない。言わずとも信じているから、吉澤の強さ。
もうプッチ対TAPじゃない
吉澤ひとみ対石川梨華だ!
どちらからともなく前に出る二人。交差する拳と拳。全ての想いを込めた拳と拳。
同時だった。同時に二人は拳を打ち込み、同時に二人はそれを受け、同時に地に落ちた。
会場が静まり返る。倒れたまま二人はピクリとも動かない。審判員が場内へ入る。
後藤真希は静かに目を閉じた。
「両者、ノックダウーーーーーーン!!!」
勝利でもない、敗北でもない。試合終了。
医務室へ運ばれる二人、首を横に振る医師。二人共もうとても闘える体ではない。
今大会、リザーバーは用意していなかった。
では、どうなる二回戦の後藤真希の相手はどうなる?無条件で準決勝か?
物議を残したまま、大会は進む。
『後藤選手の二回戦対戦相手につきましては、一回戦全試合が済み次第発表致します』
ざわつきを残した会場に、そんなアナウンスが流れた。それでも喧燥は止まない。
一人の娘の登場が、そんな会場の空気を一変させた。
「ののたんれ〜す!」
なんとも緊張感のない、トテトテと駆け込むチビッコ戦士。
「やれやれ、またお子様か…」
反対側の入場口からは、痺れを切らした福田明日香が姿を見せる。
『ただいまより、一回戦第七試合 福田明日香vs辻希美を開始します!』
一気にヒートアップする会場、時を越えた未知数の激突。
「しょうぶなのれす。ワクワク」
「悪いが一瞬で終らせる。この進化した紐切りでね」
『はじめぃ!!』
未だ棒立ちの辻に向かい、合図と共に一気に間合いを詰める福田。
音すらない、一瞬で脊髄の神経を切り落とす新化した紐切り。
その福田の指が辻の首元に触れた。辻は反応すらできていない。
(勝負あった)
ぷいん。
福田は一瞬、自分の指を再確認した。何も切れてはいなかった。
(まさか?いや、私のミスだろう。もう一度…)
福田は改めて腕を伸ばす。レベルの違う動きに辻はまた反応もできない。だが…
ぷいん。
また同じだ。辻の首筋に触れた瞬間、福田の指が弾かれた。
(何だ、この感触は?)
「てへてへ、こそばいのれす」
辻は笑いながら、触られた首筋をさすっていた。
我が指に切れぬもの無し。そんな自分の全てを否定された。紐が切れない。
「そんなはずはないっ!」
怒りに身を任せた福田が、何十発という紐切りを連打させる。
ぷいん。ぷいん。ぷいん。
その度にあの音が聞こえる。全てが弾かれる。
「こんろはこっちのばんれす。のののしんひさつわら!」
辻がくるっと後ろを向く。読めない。福田には読み切れなかった。何をする気だ?
次の瞬間、目の前に巨大な桃があった。辻のケツだった。
「ぷいんぷいんぷいん」
まさか真剣勝負で本当にこんな技を使うとは。超絶ヒップアタック。
圧倒的なパワーと見事な尻から繰り出されるこの技をもらって、立ち上がれる者はいない。
福田明日香はふっとばされた。
まともな格闘技の試合ならば、おそらく辻は福田の足元にも及ばないだろう。
だが、こと何でもありに関しては、辻は福田の何倍も上にいた。
『勝負あり!勝者辻希美!!』
「アーイ!」
辻の完勝であった。浜崎や松浦とは違う意味で恐ろしい娘であった。
「常識では奴には勝てないって訳か…」
試合後、眼を覚ました福田はそう洩らしたという。
「だが私は、常識外の娘をあと二人知っている。」
「一人は加護亜依」
福田は息を吐き、続けた。
「そしてもう一人の名は、そう鈴木あみだ」