(なっち師匠といいらさんが闘う)
大好きなお姉さん二人の対決を辻希美は未だ遅しと待ち焦がれていた。
辻は違った形で、その二人から闘うことの楽しさを教わっていた。
「どっちも勝てー!」
(無茶言うな)
安倍も飯田も心の中で突っ込んだ。
「一回戦第二試合!飯田圭織vs安倍なつみ!」
一気に歓声が湧き起こる。この組み合わせにはある因縁があった。
「ひさしぶりだね、圭織」
「うん、ひさしぶりだ」
このカード、実は第一回モームス最大トーナメント決勝の組み合わせなのである。
その時の勝者は安倍なつみ、なっち伝説の幕開けとなった。
「TAPを作ったのも、そこから抜けたのも、全部この為だったのかも…」
「何の為?」
「あんたに借りを返す為」
圭織は笑みを浮かべた。なっちも笑った。さぁ始めよう。
ゴングと同時に飯田は瞬時に間合いを詰めた。予備動作もほとんどない突然の攻撃。
これはあの時と同じ。去年の第一試合、飯田が辻に対して仕掛けた攻撃と同じ。
飯田の拳が目の前にある、安倍の顔面目掛けて正拳突きが放たれる。
(反応ができていない、決まった。)
その刹那、安倍の姿がカゲロウの様に揺れた。拳が安倍の顔をすり抜けた。
熱い物を腹部に感じ、飯田は前のめりに倒された。
(いきなりかよ)
目の前に修羅がいた。もう誰にも止められない地上最強の修羅。
右、右、左、下、右、上、下、左、右。
ありとあらゆる方向から飛んでくる打撃、避けるどころか反応すらできない。
(こんなにも、こんなにもあるのか)
勝者と敗者の差。
5年前、二人は確かに同じスタートラインに立っていた。だがどうだ、この力の差は。
(頂点に立った者とそうでない者には、これだけの差があるものなのか!?)
(いいや、まだだ。圭織はまだ咲かせるんだ!)
薄れゆく意識の中、飯田の拳に最後の力が込められる。
(タンポポの様に強く)
飯田の拳が安倍の頬を強く打ちぬいた。
安倍の口元から真っ赤な血が滴り落ちる。それを腕で拭う。
「いいパンチだ」
安倍は言った。すでに意識を無くし立ち尽くす対戦相手に。
飯田圭織は倒れなかった。踏まれても踏まれても最後まで咲き続けた。
「勝者!!安倍なつみーーーーー!!!!」
33秒KO。圧倒的だった。少しの容赦もなく、あまりに強すぎた。
勝利の喜びを微塵も感じさせることなく、なっちは退場して行く。修羅の如く。
最前席でその後ろ姿を不満気に見詰める少女がいた。
(こんなの、のののすきななっちさんらない!)
これで二回戦第一試合のカードは紺野あさ美vs安倍なつみと決定した。
「強えな、カオリだから一発当てられた様なもんだ。」
入場ゲートにて今の試合の感想を述べる娘がいた。
全くといって隙が見当たらない。
どうやらなっちは本気で取り戻しに来ているみたいだ。地上最強の四文字。
だけどそれは自分だって同じ。どんなに強い相手でも、負けてやる気なんてない。
「おーし、行くぞー!」
グラップラー真里出陣。