泣き叫ぶ石川の上に無造作に腰を下ろし完全に相手の自由を奪う。マウントポジション、
藤本ほどの実力者にこの体勢を奪われたとき、逆転の可能性は皆無と言って良い。両手で
首を握り締める。石川も抵抗するがパワーも圧倒的に相手が上、外す事ができない。
「クスクス…」
(目の前が真っ暗、このまま殺されちゃうの…そんなの悲しすぎる。)
(タスケテ、誰か、助けて)
(よっすぃー!)
「梨華ちゃん!!!!」
けたたましく扉を叩く音、吉澤ひとみの声、来てくれた。
「どうしたのー!梨華ちゃん!!開けてよ!!」
だが無情にも唯一の入り口、その鉄製の扉には10cm程の厚さの閂が敷いてある。
「大丈夫だよ梨華君、ここには来れない、邪魔は入らないから。」
ドゴォォォォォンッ!!!!
扉をぶっ叩く轟音。まさか、まさかこの扉を拳で破壊する気か!?
「アハハハ、無理に決まってる。馬鹿じゃないの?」
ミシッ…
扉にヒビ、さらにもう一発、今度は閂に割れ目が生じる。
ドゴォォォォォンッ!!!!
真っ暗な部屋に一筋の明かりが差した。
ついにその部屋に入ることができた吉澤ひとみの眼に入ったもの。泣きじゃくる石川梨
華の上に乗り、その細い首を絞めるあげる見た事もない女。吉澤のスイッチを入れるには
十分すぎる光景だった。扉を破壊する為にボロボロになった拳を振り上げ突進する。咄嗟
に立ち上がり迎え撃つ藤本。
「バーカ、一回戦敗退のお前ごときにやられるボクじゃ……」
その科白が最後まで言葉になることはなかった。吉澤の拳が藤本の頬をまともに打ち抜
いたからだ。藤本が一回転しながら壁際まで吹き飛ばされる。
(なんだこいつ…なんてスピード、なんてパワー。)
(どうしてこんな奴が一回戦で消えたんだ?)
止まらない吉澤、ボディ目掛けて空を斬り裂くアッパーを発射させる。
(かかった!さぁ来い、お前も高圧電流の餌食だ!)
ズドォォォォォォンッッ!!!
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
声にならない悲鳴。防弾ベストにポッカリ空いた拳大の穴。常識外の破壊力。
バチバチバチ…行き場を失った電流がショートする。藤本の体を青白い火花が包んだ。
「うわあああああああああああああ!!!!」
自らの護身防具により自滅する形となった藤本、完全なる敗北を知った。
あれは一回戦だけど一回戦じゃないんだよ。
「梨華ちゃん大丈夫?」
心配そうに石川に駆け寄る吉澤。
「うん。へっちゃら。」
本当はすごくつらかったんだけど、石川は嬉しくて嬉しくて嘘ついた。
「そっか。」
一安心した吉澤も、笑顔をみせた。
(バカ、ウソだよよっすぃー。ほんとは怖くて怖くて仕方なかったんだから。)
(でも来てくれてほんとに嬉しい、チャーミーハッピー!)
「ね、よっす…」
顔をあげた石川の前には、すでに人影はなかった。
「あれ?」
決勝戦、後藤真希対紺野あさ美。
「ハァハァ、良かった。間に合った。」
大急ぎで試合会場へと駆け戻って来た吉澤は、まだ決着がついていない所を見て安堵した。
この闘いだけは見逃す訳にはいかない。吉澤にとって因縁深い二人。
この手で振り向かせたかったあいつと、その夢を打ち砕き託したあいつの闘い。
「勝てよ!」
それは両者に贈る言葉。
もう10分以上になるだろうか、未だ二人は一歩も動いていない。あれからずっと膠着
状態が続いている。動かないのではない、動けないのだ。それぞれ辻、松浦との闘いによ
り、すでに満身創痍の状態にある。一挙手一投足が勝敗を左右することに成りかねない。
「ゴクッ…」
誰かが息を飲んだ。誰もがこの闘いの結末を、片時も目を離さずに待っている。たった
一人の栄光が決まる瞬間を待ち望んでいる。
(もう…もう…)
傍目には対等に見える二人、だがその内面には大きな差が生まれていた。
プレッシャー。
大舞台を幾度も経験する後藤真希とは異なり、紺野あさ美にとってこの重圧は想像を絶
するものであった。最強の王者を前にして一歩も引けないという状況に、もはや紺野の精
神は限界に近づいていた。
(もう…待てない)
紺野が動く。全身全霊を込めた一撃。
(届け…届け!)
その瞬間、紺野の脳裏に過去の映像がフラッシュバックしてきた。
それは3年前、後藤真希との出会いの日のこと。
To be continued