「もうやだっ!やめる!」
少女は泣きながら胴着を脱ぎ捨てる。
「逃げんのかよ。そんなんじゃお前は一生変わらねえな!弱虫のままだ。」
私に武術を教えてくれたのは飯田館長。
そして私の心を強く鍛えてくれたのはあの人だった。
「いい、負けるってのは試合の結果じゃないんだ。自分の気持ちにあるんだよ。」
「どんなに劣勢でも、自分があきらめなければそれは負けじゃない。」
「ポジティブにいけよ、石川。」
「立てっっ!!!」
仰向けの石川の耳に飛び込んできた声。そんなどうしてあの人が…?
松葉杖にぼろぼろの体を引きずって姿を見せたのは、ここにいるはずのないあの人。
どんなにやられても心だけは折れなかったあの人、ポジティブの体現者。
(矢口さん。)
「石川ぁ!!お前まさか負けたなんて思っちゃいないだろうなぁ!!!」
小さなミイラ娘の言葉が石川の胸に痛く突き刺さる。
(ずるいっすよ、あんたに言われたら立たない訳にはいかねえじゃねえっすか。)
全身に力が戻る。梨華はまだ死んでない!
「それでいい、石川。」
矢口の双眸に写るのは小さな怪物、その背に見え隠れするもう一つの影。
(これがお前の残したものか…なっち。)
叶う事のなかった対戦、矢口対安倍。
だが二人の意志は消えていない、それを受け継ぎし者達の闘いはここに実現したのだ。
(やっとお前との決着を付けれらるね。負けないぜ、なっち。)
「辻ちゃん、決着を付けよう。」
立ち上がった石川が真っ直ぐに目の前の少女に語り掛ける。
辻希美という本物を相手に戦力を隠す愚を思い知った。
地道に訓練を重ねることこそが強者への道と確信していた。
世の中は広い貴方のような娘もいる。
強くなるための努力自体を女々しい行為と断ずる強烈な雄度!
一切の訓練を拒否した誇りから生まれる闘争への自信。
本当に強かった・・・
チャーミー流拳法最終奥義、これだけは使いたくなかった。
だが格好良さ、名目、プライド、勝利への障害となるあらゆる物を捨て去った今なら。
今の私にならできる。本当の石川梨華をさらけ出そう。
「今から使う技は、私の最終目標に到達するために封じていたもの、すなわち…」
石川の視線が観客席に座る一人の娘に流れる。
「後藤真希!てめえを倒す為の技だったんだよ!!」
突然の告白に会場がどよめく、だが当の本人はピクリとも反応しない。
王者はあくまでもクール、静かに激闘の結末を待つのみ。
「この技を辻希美、貴方にこそ捧げたい。」
石川が辻を見詰める。辻が石川を見詰める。
「だされたものは全部食うのれす。」
ニイッ、辻が笑った。その笑みに氷の女王の口元にも笑みが…
石川が消えた!?
違う、消えたのではない、あまりの速度に姿を見失ったのだ。
次に見た石川はもう過去の石川とは別物であった。
チャーミー流拳法最終奥義「ボイン乱舞」
あ〜ボインボインボインりっかですりっかですウッヒョーウッヒョー
体面も捨てた。プライドも捨てた。それは残された勝利への執着のみの結晶。
全身の関節を軟体に、打ち出される無数の手足、これぞ究極。
「…してるのれす。」
銃弾の嵐の中で辻の口から漏れた言葉。
「今の梨華ちゃんが今まれれ一番イカしてるのれす!」
辻が動いた!銃弾の中で前へ、それでも前へ!
「ぺったん!ぺったん!ぺったんっ!!!」
矢口が目を見開く。そのファイトスピリットは…!
後藤が立ち上がる。そこに生まれし熱き鼓動は…!
二人の口から同時に漏れた言葉…
「なっち!」
さながら10トンブレスの3連弾の様な張り手三発。
石川の右胸、左胸、腹が陥没。呼吸が…!血液の循環が…!意識が…止まる。
(あきらめなければ…)
ひとつだけ止まらないもの、止められないものがある。
(…私は変わるんだ、強くなるんだ!)
そこで意識を失った。、それでも倒れない、強き意志。ポジティブ。
『勝負ありぃぃぃぃぃぃ!!!!!』
石川梨華の侠客立ち。
ひょろっとして頼りなかったあの石川が…
矢口は目頭に熱い物を感じたが、無理矢理鼻をかみ堪えた。
(お前はもう弱虫なんかじゃねえよ、一人前のファイターだ。)
気を失うも構え続ける石川を矢口は優しく抱きとめた。
激闘を制した辻希美が膝を落とす。試合が終り、溜まりきっていた疲労と緊張が一気に
湧き上ってきたのだ。ダメージがないはずがなかった。チャーミー流拳法の奥義をあれだ
け受けていたんだ。普通の選手ならば3回は負けている場面があった。けれど辻はそのど
れにも屈しなかった。それが勝利へと繋がったのだ。
「ののはれったいゆうしょうするのれす…」
気が付けば寝息を立てている、先ほどまで化け物の如き死闘を演じたとは思えないくら
い無垢な寝顔であった。
「辻希美…か。」
失いかけた情熱、あいつの匂いを感じる。
孤高の王者に小さな灯火が点いたこと、まだ誰も知らない。
To be continued