加護亜依と福田明日香、面識すらない二人が今並び立つ。
「姉さん、あんた昔天才や言われてたて?」
おどけてしゃべりかけてくる加護に対し、福田は歯にも欠けない。
「さあな。」
「悪いけどそれはウチがおらへん時代での話や。」
14歳、対戦相手の年齢を聞いた時福田は昔の自分を思い出していた。
(私にもこんな頃があったな…)
「棄権するなら今の内だ。」
突然の福田の言葉に加護は一瞬固まった。
「ハァ?なんかゆうたか自分?」
「今の私は手加減を知らぬ。お前を殺してしまうこともありうる。」
それは福田に残された最後の優しさだった。
しかし、加護にとってそれは逆効果にしかならない。
「やってみいや、このボケナス!」
開始の合図が鳴る。
天才と呼ばれ栄光の道を捨てた娘。
天才と呼ばれ今を生きる娘。
志を違えた二つの才能がここに激突す。
側転からの回転蹴り。アクロバティックな連続攻撃。
最初に飛び出したのは加護。しかもその技は…
「ソニンのカポエラ!」
予選大会で加護が盗んだ動きだ。しかもあの時よりも鋭さが増している。
「やはりあいつは天才だ。」
飯田はあらためて加護の才能を感じ、嬉しくなってきた。
体験した事のない変幻自在の攻撃に最初は戸惑いを見せた福田であったが、慣れてくる
につれ徐々に落ち着きを取り戻して行く。
(しょせん遊戯の域は出ていないか)
加護の足閃を躱しながら福田は己の指先の疼きを感じた。獲物を食らいたくて我慢しき
れない様だ。活きの良い獲物を前にしてもう押さえ切れない。
(いいだろう、存分に食らえ)
ついに福田が前に出た。
危険を察知した加護が体をひねって身を躱そうと試みる。
だが間に合わない。福田の指先が加護の左の足首に触れた。
プチン。
切った音。
これが戦場にて得た本物の実戦戦闘術。紐切り。
「なんじゃこりゃー!足が動かへん。」
特に痛みは感じない。だがまるで感覚が麻痺している様に足が脳の命令を受け付けない。
とはいえ慌てている暇はない、さらに福田の猛攻が迫ってくるのだ。
「気味悪い技使いおってからに。そんなんで参るあいぼんやないで!」
両手と片足をフルに用い必死で態勢を整え直す。
そんな加護を福田は情け容赦なく追いつめる。
「私の技の前では、お前達の武術など何の意味も成さない。」
閃光が加護の首筋を駆け巡った。
プチン!
それはまるで視力検査みたいな感じ。急に視界がパッと減ったんや。
しばらくしてやっとわかった、右目が見えてへんことに。
正直あせったでそんな感覚慣れてへんしな。けど…けどな、おもろいとも思た。
そないおもろい技見せられたら我慢できへんやん。
(さぁ次はどこを切ってほしい?腕か?足か?首か?)
福田は自分のリズムがノッテきたことを感じる。戦場のリズムだ。
相手の紐という紐を切裂いてしまいたい感覚。そいつに身を任せるともう止まれない。
虚ろに佇む加護に向けて福田は勝負を決めにかかった。
美しき音色を奏でる竪琴の線に優しく触れるかの様に…
加護の指先がトドメを差す為迫ってきた福田の首筋をかすめた。
咄嗟のことに福田は間合いをとって、相手の顔を仰ぎ見た。
「貴様、今のは…?」
「へへっ、もうちょい内側やったか。」
クイクイッと指を折り曲げながら、加護が白い歯を見せる。
「ふざけるなっ!貴様ごときに真似できる技ではない!!」
3年。天才福田が紐切りを修得するのに費やした時間である。
断じて今初めて見た様な奴が見様見真似でできる代物ではないのだ。
あまりにふざけた加護の行動により、福田の中で怒りの感情が膨れ上がった。
「八つ裂きにしてくれるっ!!」
前進する福田に向けて加護はカウンターの右ストレートを放つ。
しかし天才福田にとって、それは獲物が巣穴に入り込んできたに等しい行為。
(愚かな)
右腕の紐が切られる。これで加護は左足、右目に続き右手も失った。
肉体の半分が使用不可、もはや勝負ありといっても過言ではない状況である。
しかし次に加護の口から出た内容は、福田の予想を大きく外すものであった。
「なるほろ〜、そうやるんかいな。」
福田は意味を分かりかねた。
(もう一度観察する為に右腕を捨てたというのか?まさか?)
(いや、真似などできるはずがない!もしできる奴がいるとすればそいつは…)
今度は加護の方から攻めてきた。福田は構え、迎え撃つ。
加護が消えた!?
いや違う。小柄な体を活かして懐にもぐり込んだのだ。
体を反転し反撃の態勢に戻す。だが間に合わない。加護の指先が先に相手に届いた。
プチン!
(できる奴がいるとすればそいつは…)
福田の視界の半分が消えた。
それはどこから見ても文句の付けようがない完成された紐切り。
「ええなぁ〜この感触、クセになりそうやで。」
屈託のない笑顔を見せる対戦相手。
いままで福田が出会ったどんな奴とも違う。こんな奴はいなかった。
劣等感。福田にとってそれは生まれて初めての感情に違いない。
(そいつは…本物の天才だ!)
To be continued