吉澤の元に某新聞社会長の系列のテレビ局から、24時間テレビに
生出演もしくは、病室から中継できないかどうかという事がかかれていた。
そして自分の口から白血病の事実を公表するということだった。
これは矢口とプロデューサーとの相談で、二人が考えついたアイデアだった。
キャンペーンに関するバッシングはマスコミ側が抑えている。
これ以上叩かれることはないし、今後もそのような報道はさせない。
それならいっそのこと入院以来テレビに出ていない本人を出演させて、
病気の公表とドナー登録に関する訴えをしてもらえば、インパクトがある。
そう考えていた。
しかし、そのことを知らない吉澤は悩んでいた。
体調的には病院側は別に問題はないとの回答であった。
しかし、本当に出演し、公表していいものだろうか彼女には分からなかった。
はたして、ファンの人たちはまだ自分を待ってくれているのだろうか。
昔の健康的なイメージからは程遠い。自分のこの変わり果てた姿を、
世間に晒してしまっていいのだろうか。
そして白血病ということを公表して、これからどうやって芸能活動をしたらいいのだろうか。
いくらかんがえても答えが出てこなかった。
そして彼女は、初めて自分から石川と後藤をを呼んで相談することに決めたのであった。
仕事を終えた後藤と石川は病室へとやってくる。
前と変わらない風景。また季節が変わっている。
そして、前に涙したことを思い出す。
「泣いたよね」
「うん」
彼女たちはあの日の吉澤を思い出す。変わり果てた姿。死に怯えた表情。
そして、頑なに自分の殻に閉じこもりながら必死で恐怖に耐える姿。
あれからメールではやり取りしているが、一体どんな姿なんだろう。
少しの不安が二人を包む。
「さあ、入ろうか」
ドアの前で躊躇している石川に、後藤はそう言ってドアを開けた。
「久しぶり」
吉澤はベッドの上に座り、柔和な表情で2人を迎え入れた。
体調の良くなった吉澤は少しだけ体重がもどり、
髪の毛も少しづつ生え、そしてなによりも、
以前のようなとげとげしい表情がそこには無かった。
良かった──
2人の表情にも笑顔がこぼれる。
「で?今日はどうしたの?めずらしいよね、自分から呼ぶなんて」
石川が不思議そうな顔で吉澤に尋ねる。
「うん、ごめんね、忙しいのに。どうしても2人に相談したいことがあって」
「いや、いいよ。なんか大事な相談みたいだね、なに?」
後藤が少し真剣な表情をする。
「実は私、24時間テレビに出演しないかというオファーがあるんだ」
「えー、すごいじゃん」
石川が嬉しそうに言う。
「復帰第1段ってわけ?」
後藤も嬉しそうな笑顔をみせる。
よっすぃーが、私たちの世界に戻ってくる──
二人は純粋にそのことが嬉しかった。
「でも、その席で白血病ってことを公表するんだ。この前の週刊誌の報道以来、
世間の人はどんな病気か気になってるだろうし」
「それはいい考えだよ。やっぱり自分で言った方が良いよ」
石川が答える。
「でもほら、髪の毛も短いし、大分痩せちゃったじゃん。ファンの人たちとか、
引いちゃわないかなって」
吉澤は、自分の外見が昔の健康的なイメージから程遠くなってしまっていること
を気にしていた。たしかに彼女は、以前よりはマシになったとはいえ、
薄くはえた髪の毛と、やせこけた頬のせいで大分外観が変わっていた。
「うーん、それはそうだけど、世間的には白血病の治療に耐えて頑張っている女性
っていうイメージになるんじゃないかな?
それに、週刊誌のせいで、ある程度みんな予想はしてると思うよ」
石川はそう答える。あの報道以来、吉澤はすでに白血病患者である
イメージが付き始めていた。もちろん、世間の人は彼女の変化は知らない。
しかし、ある程度の想像はついているだろうと考えていた。
「それに、副作用でやせたり、髪の毛が抜けても、それを堂々と、
公表するってすばらしいことだと思う。きっと、他の副作用で悩んでいる人たちに、
ものすごく、勇気を与えると思うよ」
後藤はそれに加えて、副作用に悩むほかの患者たちの励みになるのではないかと考えていた。
患者たちは、きっと副作用によって変わり果てた自分の姿に悩んでるはず。
それを芸能人である、吉澤が世間に堂々と公表することで、
副作用による変化は決して恥ずかしいことではないんだということを
世間にアピールできたらすばらしいことではないか、と思っていた。
「よっすいー。またとないチャンスだよ。やろうよ」
2人は心から吉澤の出演を期待していた。こんなにインパクトがあり、
そして、白血病患者たちへのプラス効果も大きい。
なによりも、自分たちの世界に吉澤が帰ってきてくれる。
しかし吉澤は悩みつづけていた。
はたして、私の復帰を願っているファンがいるのだろうか。
私がこんな体でテレビに出て、かえって絶望感をふやさないのだろうか。
もっと体調が良くなって、外見も良くなってからのほうがいいのではないだろうか。
それに、まだ芸能界という世界に戻る自信も無い。華やかな世界にはとても似付かない
自分の姿。そんな気持ちでオファーを受ける気にならないでいた。
「大丈夫。よっすぃーはモーニング娘。のメンバーなんだよ。一人じゃないんだ」
石川が言う。
「え?」
「そうだよ。ファンもきっと待っているはず。それに、なによりも私たちが一番待ってるんだ」
後藤が目を輝かせる。
「出よう。私たちと一緒に!」
2人はそう吉澤にいった。
吉澤はそんな二人の気持ちが嬉しかった。85年トリオでいつも一緒にいた仲間である。
彼女たちと一緒にテレビに出れる。彼女たちの世界に戻ることが出来る。
もう孤独じゃないんだ。みんなと一緒なんだ。
そんな思いが彼女の胸に込み上げる。
「分かった、オファーを受けるよ」
「うん!」
吉澤は2人と熱く握手を交わす。それは病人に対してのそれではなく、
同じ芸能人として、そして親友としてのそれであった。
二人のそんな気持ちが吉澤の心を熱くした。