メンバーたちは、なんとか再発までに適合する骨髄を見つけたかった。
たとえ、寛解導入できた吉澤が帰ってきたとしても、彼女は再発に怯えてなくてはならない。
事務所からのサポートもほとんどなく、彼女たちはプロデューサーたちに頼み込んで
テレビ、ラジオの電波を借りて必死に訴えていた。そのため、中途半端にカットされたり、
場合によっては放送されなかったりもした。メンバーたちはそれにめげずに登録者が
増えることを信じながら、活動を続けた。
もっと早く、もっと沢山の登録者を。
焦る気持ちがいっそう彼女たちを不安にさせる。
時間がただ、むなしく過ぎていく──。
ある日の楽屋で石川は後藤に向かってたずねた。
「ねえ、ごっちん。テレビで訴えるだけじゃ弱いんじゃないかなあ」
登録者数がふえない。テレビだけでは伝わらないんだ。
直接人前へでよう。そして自らが、その場で骨髄移植について説明し、
ドナー登録への協力を訴えるんだ。そう思っていた。
「でもさ、どうやって人集めるの?握手会とか?」
後藤は不思議そうに尋ねる。
「ライブだよ。やっぱり」
石川は握手会よりも人を集められる手段として、ライブがいいと思っていた。
お金も集められる。それを寄付すればなにかしらの効果があるかもしれない。
「でもさ、事務所の協力もないし、メンバーもみんないそがしいじゃん」
事務所側が許してくれるだろうか。機材は?会場は?それにスケジュールの都合はつくの?
後藤は石川の突拍子もない意見に驚いていた。
「だから、それを頼みに行くんじゃない!聞いてみないと分からないよ!」
石川は煮え切らない後藤に腹を立てるよう言った。
「あ、うん。そだね」
後藤は石川の迫力に驚いてうなずいた。
石川と後藤は事務所側との交渉で、なんとか機材と会場は抑えてもらうことができた。
しかし、会場は小さく、人員は必要最低限。
だが、それ以上の無理を彼女たちはいえなかった。
それに一番の問題は、個人での活動が多くなってきたため、メンバー全員が
そろう日が殆どなく、モーニング娘。としてのライブはほぼ不可能であることだった。
「どうしようか……。どのメンバーでライブしたらいいんだろう」
石川は悩んでいた。メンバーたちの都合がつかない。
どういう基準で選んだらいいのかわからなかった。
「ユニットだけのライブになるよね。なっちはドラマがあるし、ミニモニとタンポポは
やぐっつあんと加護が忙しくて無理だから、私のソロと圭ちゃんと二人での
プッチになるのかなあ」
後藤は答える。
「それじゃあ、私が歌えないじゃん」
石川は不機嫌そうに後藤に言う。
「あ、理解して!>女の子があるじゃん」
「ええっ?あれを歌うの?」
石川と保田と後藤では曲数が少ない。それに石川が歌う歌がない。
いや、あるにはあるのだがあまり歌いたくはなかった。
「いや、ディープなファンは喜ぶって。梨華ちゃんのソロ聞きたいなあ」
後藤はニヤニヤとしながら石川をみる。
それをわざと無視するように、石川は思いついたように声をあげた。
「りんねとあさみに頼んでみる」
「カントリーも巻き込むの?」
「だって、そうしないと私歌えないもん」
石川は唇を尖らせて後藤に向かって言う。
「だから理解して……」
「しつこいよ!ごっちん」
石川は眉間に皺をよせ、後藤を睨んだ。
「ごめん。ところでさ、ライブ会場でで登録する気になっても、
家に帰ったらめんどくさくて、登録しないひとがいると思うんだけど」
後藤が疑問を石川に投げかける。
「そうかも……。でもさ、検査の予約がいるでしょ?その場で登録はできないじゃない」
ドナー登録は白血球の型を調べる検査が必要である。それには前もって予約をして、
検査を受けに行かなくてはいけない。
「だからさ、ドナー登録の検査の予約をその場で受けれるようにしたらいいんだよ」
「でもどうやって?」
「骨髄バンクの人に来てもらうしかないよね。私たちができるわけじゃないし」
「じゃあ骨髄バンクに聞いてみないとね」
二人はライブ会場でドナー登録のための検査予約をできるようにするために、
骨髄バンク協会の援助をたのむことにした。
石川はカントリー娘。のメンバーたちにライブの参加について頼み込む。
比較的時間のある彼女たちは快くそれを受け入れてくれた。
彼女たちも露出の機会が増えることはいいことである。
骨髄バンクの検査の受け付けも可能との返事だった。
それをうけ、2人は保田とカントリー娘。のメンバーと共にキャンペーンライブを
行うこととした。
後藤のソロ、後藤と保田だけのプッチモニ、カントリー娘。に石川梨華。
本体が忙しくても、曲目が少なくても、ある程度の人は集められる。
そして少しは登録者数がふえるはず、そう信じていた。
ライブ当日。約千人収容のあまり大きいとはいえない会場。そして貧弱なセット。
いつもの娘。のライブ会場とはかなり雰囲気が違う。
「なんか小さいねえ」
後藤がそれを見てつぶやく。
「でもアットホームでいいじゃない」
石川がうれしそうに答える。
「いいと思うよ。あとはどれだけ登録してくれるかだね」
保田も石川の答えに同意した。
自分たちの力でライブをすることができたことに石川、後藤と保田は感慨深げだった。
「今日は、カントリー娘。に石川梨華(モーニング娘。)とプッチモニ、そして後藤真希の
白血病の娘。を救えライブにきてくれて有難う!」
石川が満員の観客を前にMCをはじめる。
会場が小さいせいもあったが、予想以上の集客力だった。
ライブは成功。骨髄バンク側からスタッフともに提供された
ドナー登録のためのテントには数百人のファンが訪れた。
このうちの何割かが実際に登録してくれるだろう。
それを見て二人は少しだけ手ごたえを感じていた。
数万分の1以下といわれる適合者。特殊な型の吉澤の場合はもっと少ない。
ファン心理を使わないなら、気の遠くなる数字である。
だから彼女たちはスケジュールの許す限りライブを行った。
全国各地をまわる。特にカントリー娘。の地元北海道では大反響であった。
少しづつではあるが登録者数も増え始める。
そして、もちろん収益は骨髄バンクに寄付された。
石川、後藤、保田のハードなスケジュールが続く。
ただでさえ忙しい本体の仕事とともに、
ライブ活動を行うことはかなりの重労働だった。
へとへとになった体に鞭をうちながら、
彼女たちは活動を続けていた。
ほかのメンバーたちも彼女たちをサポートするように
さまざまな活動をする。
安倍はソロで出演するテレビ番組で告知を続ける。
矢口、飯田もラジオでの告知を続けた。
しかし、忙しい本体のスケジュール都合上、それ以上の活動ができない。
そして事務所のサポートが少ないため、マスコミを使った活動があまりできなかった。
そして、体力的にもライブも回数をこれ以上増やすことができなかった。
気の遠くなるような数の登録者をあつめるにはまだまだ活動が足りない。
早くしないと、再発してしまう。
もっと有効な活動を。もっと沢山──
高校生以上のメンバーたちのフラストレーションは徐々に高まっていった。
辻と加護はそんなメンバーたちの姿をみて、
自分たちももっとなにか出来ないかと考えていた。
特に石川も後藤はユニット活動もあり、スケジュールは殺人的。
それは2人にもわかっていた。
でも、中学生である彼女達に高校生以上のメンバーたちは
あまり多くのことを求めなかった。
負担をかけてはいけない。学校もあるし、進学も控えている。
それが、彼女達に割り切れない思いを湧き上がらせる。
「なあ、ウチらなんもしてへんなあ」
「そうれすよ、でもなにをしたらいいのれすか?」
「分からん。だれも教えてくれへんし」
「こうなったら、よっすぃーに直接きくのれす」
2人はそういうと吉澤にメールを打った。
その頃、吉澤の治療は順調に進んでいた。抗がん剤の効果もあがっていた。
副作用はやはり存在していたが、それも大分コントロールできるようになっていた。
寛解導入の目処もついてきたの説明も受けていた。
外へ出てみると、何人かの患者たちが休憩所でやすんでいる。
見舞い客と記念写真をとっている人たちがいる。
パシャ──
患者とその見舞い客はカメラでしきりに写真をとっていた。
きっと軽い病気の人なんだろう。入院することが記念になるんだ。
私はどうなんだろう。今は薬は効いている。でも効かなくなったら?
再発したら?骨髄移植ができなかったら?
忘れかけていた不安がふわっと彼女の心を包み込む。
ゾクッとした寒さが背中を走る。
私は闘う。大丈夫、勝てる。
私は一人じゃない。みんなサポートしてくれている。
吉澤は、報道やメンバーたちからのメール、そして事務所からの連絡で、
彼女たちが必死になってドナー登録者を増やそうと活動していることを聞いていた。
メンバーたちが普段から忙しいのは自分が良く知っている。
そんな中で、自分たちの時間を割いて吉澤のため、そして白血病患者のために
活動してくれているのがうれしかった。そう、そこには力強いメンバーたちの
サポートがある。
やっぱり私はモーニング娘。の一員なんだ──
吉澤は忘れかけていた、メンバーたちとの絆を心のなかで実感していた。
そんなことを考えながら、カメラの横を通り過ぎた。