「彼女の白血球の型、いわゆる血液型の一種なんですが、これが特殊でして、
適合者がいないんです。残念ながら両親も、弟さんも適合しませんでした」
骨髄移植が出来ない?じゃあどうするの?
メンバーたちの間にそんな疑問が湧いてくる。
「で、でも、世界のどこかにはいるんですよね」
「もちろん、可能性はあります。骨髄バンクは海外にもネットワークがありまして、
70%以上の患者さんに適合する骨髄を見つけることが出来ます。ただ、残念ながら
吉澤さんの場合には、適合者はいませんでした」
「いなかったら、どうなるんですか?」
メンバーたちは声をそろえてたずねた。
「白血病が再発して、死に至ります」
主治医のはっきりとしたその口調に、メンバーたちは驚く。皆の顔色が急に変わる。
直接医師から吉澤の死の可能性を聞いてしまった。その衝撃は大きいものであった。
「じゃあ、このままだと、吉澤は死んでしまうんですか?」
安倍の質問の答えはわかりきっていた。でも聞かずにはいられなかった。
「そのとおりです」
表情を変えずに主治医は答えた。
吉澤はやっぱり助からないの?……。
メンバーたちの中に認めたくない事実が
立ちはだかる。そして長い沈黙がつづく。
そして、誰もなにも質問できなくなった。
沈黙を破って、後藤が口を開いた。
「でも、今後新しい適合者が見つかるかもしれないんですよね」
後藤が、主治医を見据えて言った。
「登録者は少しづつ増えてますから。でも確率は高いものではありません
数万人にひとりぐらいの確率でしょうか」
主治医はそう答えた。今後見つかることに期待するしかない。
それまで薬で抑えて再発を出来るだけ先に延ばすことが治療方針であると説明した。
メンバーたちはそれ以上なにを質問していいか分からなかった。
「それじゃあ、よろしいですか?他に何か?」
主治医は時間を気にしながらメンバーたちに尋ねる。
もうだれも質問できなかった。何を聞いたらいいのかも分からなかった。
メンバーたちは主治医に礼を言う。そしてあわただしく主治医は病院へと戻った。
メンバーたちは呆然としたまま、それを見送った。
「吉澤、ほんとやばいよね」
主治医を見送った後、矢口がつぶやく
「もう、そういうこといわないでよー」飯田が泣きそうな顔をする。
「うくっ……、やっぱりよっすぃーは死んじゃうのれす……、死んじゃうのれす……」
辻はそう呟きながら泣き始める。それをみた飯田はギュッと辻を抱きしめる。
「よっすぃ……、よっすぃ……。うくっ……、ひっく……」
泣き続ける辻をただ飯田は無言で抱きしめつづけた。それしか出来なかった。
「そんなん嫌やぁ……、ウソや、みんなウソっていってえなぁ……」
その雰囲気に絶えられなくなった加護は
落ち込んだメンバーたちにむかって、必死に訴えかけた。
「梨華ちゃん、ウソやんなぁ?なあ、ウソやんなぁ?」
加護は石川の両肩をつかんで体をゆする。
しかし石川はそんな加護の姿を見ることが出来なかった。
視線をそらすようにうつむく。
「梨華ちゃん、なんか答えてよ!」
加護の両目には涙が溢れていた。声が震える。
ポタッ──
そのとき伏目がちにうつむいていた石川の瞳から雫が落ちた。
それをみた加護はすべてを悟った。
もうどうしようもないんだ。助からないんだ。
よっすぃーは死んじゃうんだ。その言葉が頭の中で鳴り響く。
「ウソやぁ……」
加護はそう呟くと、力なくその場にへなへなとへたり込んだ。
他のメンバーたちもガックリとうなだれている。
石川は大きな虚無感に襲われていた。
吉澤が死んでしまう。でも、どうしたらいいのかが分からない。
悔しさと無念さが彼女の瞳を潤ませる。
紺野はじっと考え込んでいる。
そして安倍は涙を拭きながら楽屋を出て行った。
メンバーたちはそんな2人の様子に気付くこともなく、
ただ絶望と悲しみに暮れていた。
骨髄移植が出来ない。適合者がいない。何時見つかるかも分からない。
たとえ薬でおさえても、いつかは再発してしまう。
もういっしょに働くのは無理なの?──
メンバーたちはそう思っていた。
翌日、病院では、主治医が吉澤の部屋に来ていた。
「吉澤さん、大分お薬が効いてきているようです。いい感じですね」
「あ、そうですか。ありがとうございます」
「いえいえ、頑張ってくれたのは吉澤さんですから」
薬が効いてきた。なんとかしばらくは大丈夫そうだ。体調も少し良くなった気がする。
私は絶対に負けない。一人で闘ってみせる。
「そういえば、メンバーへの説明はどうだったんですか?」
「吉澤さんの希望を考えまして、皆さんにかなり厳しい説明をしました。
そのせいか、すこし皆さん落ち込まれたみたいでした」
「そうですか」
実際、吉澤の病状は厳しいものであり、主治医に異論はなく
吉澤の希望は適った。これで、彼女たちはあきらめるだろう。
何をやっても無駄。私を助けることなど出来ない。
これで一人で闘う気持ちになれる。もうメンバーたちのことは忘れる。
モーニング娘。のメンバーの前に、私は一人の患者として闘うんだ。
主治医の話を聞いて吉澤は決意を新たにする。
「このあとはどうなるんですか?」
「多分このまま寛解に持っていけると思うので、
前にご説明したように骨髄移植の適合者がみつかれば移植になりますが」
みつかれば?みつからなかったら?
私は一体どうなるの?見つかる保証なんてあるの?
お薬が効かなくなったらどうなるの?
トクンと吉澤の心臓が鳴る。
再発、そしてそこに待っているものは、死──
ふっと恐怖が押し寄せる。
吉澤は必死でそれを否定する。大丈夫。お薬も効き始めた。
とりあえずしばらくは大丈夫なんだ。いつかきっとみつかる
私は闘うんだ。白血病に勝つんだ。
そう思いながら小さく震える。
それをみた主治医は吉澤に語った。
「吉澤さん、そこまで神経質にならないで下さい。お薬で何年も問題なく生活している人
もいますし、それに、骨髄移植だけが治療法じゃないんですよ」
そう笑顔を向けた。
その笑顔をみて少しホッとする。そう、いまはお薬が効き始めたところ。
まだ先を考えるのは早い。先生だって一生懸命やってくれている。
吉澤は笑顔で返事をする。
主治医は吉澤さんは充分頑張ってますからといって病室を去った。
楽屋の雰囲気が暗い。中学生メンバー、特に辻加護の落ち込み様は激しかった。
彼女たちが人間の死という事に真剣に立ち向かうにはまだ酷な年頃であった。
辻はその日大量の折り紙を持ってきていた。
加護がそれに気付いて訊ねる。
「のの、なにしてるん?」
「千羽鶴折ってるのれす」
「そんなんでよっすぃーは治るんか」
辻は加護の問いかけに答え様とはしなかった。
「何をしても無駄なんや。医者やってさじを投げてるやんか」
加護は辻にそう言った。
それを聞いた辻はキッと加護を睨む。
彼女の眼には涙が溜まっていた。あれからずっと泣きつづけていた。
真っ赤にはらした目を見た加護は黙ってその場を離れた。
そして、辻は黙々と鶴を折りつづけていた。
「私にも折らせて」
それを見ていた石川は辻に話し掛ける。
「うん」
辻はそういうと折り紙を彼女に渡す。
石川は、何も出来ない自分がもどかしかった。
それを晴らすつもりで、無心に千羽鶴をおる。
高橋、新垣、小川も辻の横にやってきて、
千羽鶴を折り始めた。もてあます自分の気持ちを鶴にこめるように。