3人は廊下を歩いていた。なんだか吉澤の病室の向かいの病室が騒がしい。
辻と加護はその病室をちょっとした好奇心でのぞいた。
独りの少女が人工呼吸器につながれてベッドで寝ている。
その横に白衣を着たドクターがベッドにのり、
彼女の胸を押している。少女の体はドクターの動きに合わせて、
まるで人形のように力なく動いている。
そして看護婦たちがあわただしく出たり入ったりしている。
「先生!戻りません」
看護婦の叫び声がする。
「くそっ。だめか。今、何分だ!」
「30分です」
「まだ分からん!」
「なあ、あれなにしとるん?」不思議そうに加護が訊ねる。
「あ、アレはきっと心臓マッサージですよ」紺野が答える
「ということは、あの人死んじゃうのれすか?」
「そうかも……」
三人はその病室で行われている事態が緊迫したものであることに気付いた。
医師たちは心臓マッサージを続けている。
その一体を重苦しい雰囲気が流れる。3人は吸い込まれるように
その様子を眺めていた。
「先生、VF(心室粗動)出ました!」
「わかった。除細動するぞ」
ドクターはそういうと電気ショックの機械をセットアップする。
「いくぞ。3,2,1」
ドンという音がして、少女の体がゴムのようにはじける。
「VFのままか。もう一回」
「あ、先生、また心停止です!」
「分かってる。電気ショックの機械どけろ!もう一度マッサージだ!」
一体どれぐらいが経ったのだろう。
彼女たちはずっとその光景を見つづけている。
ドクターは汗をかきながら懸命にマッサージを続ける。
「がんばるのれす……」
3人の手に汗が滲む。
少女の横で両親と思える人たちが涙ぐんでいる。
看護婦があきらめた表情でドクターに告げる。
「先生、心停止から50分です」
「だめか……、分かった」
ドクターはそういうと、マッサージをやめて、汗をぬぐった。
腕の脈、首の脈、瞳孔を調べ始める。
そして小さく頷くと、ゆっくりと時計を見る。
まるで一つの儀式のようにその動作は行われた。
「やめちゃらめれす……」辻が思わずつぶやく。
「しっ、のの、まずいで」加護が制する
「れ、れも……、やめたら死んじゃうれす」
「そうやけど……」
3人はドクターの様子をじっと見つめていた。
「残念ですが……午後5時35分、ご臨終です」
そういうとドクターは頭を深々と下げ、病室を去っていった。
彼女たちの目の前を、悔しそうに唇をかみ締めたドクターが通り過ぎる。
ベッドの周りでは両親たちがその少女に覆い被さるようにして泣いている。
その悲壮な雰囲気は彼女たちにも伝わっていく。
看護婦たちが手際よく、少女につながれた管やコードを取りはずしていく。
そして死後の処置のため、再びあわただしく出入りを始める。
「死んじゃったのれす………」
辻はつぶやいた。ポロポロと涙が流れている。
「のの、泣いたらあかん。知らん人やねんで」
「わかってるれす」
しかし涙は止まらなかった。
3人がその場でたたずんでいると、患者と思われる老女が近づいてきた
「あれ、なにを何を泣いてるんだい?ほれ、タオル貸してあげよう」
そういって辻にタオルを渡す。
「あー、あの子はね、白血病でね、ずっと頑張ってたんだけどね。
とうとうダメだったみたいだね。私みたいな老いぼれはなかなか死ななくて、
ああいう子が先に死んでしまうなんてね。嫌な世の中だよ」
老女はそうつぶやいた。
「白血病れすか……」
「そうなんじゃ。ほれ、あそこの個室にも同じ病気の子がおる。かわいそうな子や」
老女はそういうと向かいの部屋を指差し、タオルを辻から受け取って去っていった。
3人は吸い込まれるようにその老女が指差した部屋をみる。
面会謝絶の札がかかったその部屋には、吉澤ひとみの名札があった。
3人はその意味を考えていた。
しばらくしてトクンと辻の心臓がなる。
「よっすぃーも、あの子と同じ……」
辻は吉澤の病気がどういうものかに気付いた。
「うそや、絶対うそや、そんなん……」
すでにそのことに気付いていた加護は、
心の中でその事実を必死に否定していた。
紺野は大きな目をボーっと開いたままその場に立ちすくしていた。
もう3人は吉澤の部屋に入る勇気がなくなっていた。
そっと、花とベーグルを病室のドアの前に置くと、病院を後にした。
辻はずっと帰り道泣いていた。
白血病。詳しくは知らないが、あの今さっき死んでしまった少女と同じ病気。
吉澤はそれに冒されている。
きっと、あの少女のようになってしまうんだ。
死んでしまう。よっすぃーが死んでしまう──
そればかりが頭の中をぐるぐる回って、涙が止まらなかった。
加護も同様である。辻を慰めるのに必死であったが、
吉澤が白血病であることにショックを受けていた。
心の中でその事実を必死に否定しつづける。
そんなん、ウソや。ウチは信じへん。
よっすぃーが白血病なんて、死んでしまうなんて信じられへん──
そう思いながら泣きつづける辻の肩を抱いていた。
紺野も落ち込んでいる辻を慰めていた。
そして、何か釈然としない気持ちでいた。
吉澤の病状はどれぐらい重いんだろう。死んじゃうぐらい悪いのだろうか──
そんなことを考えていた。