1 :
その2:
2 :
:02/02/24 17:16 ID:svq1/UUf
__________
∧||∧
( / ⌒ヽ <早かった‥。氏のう。
| | |
...∪ / ノ
| ||
∪∪
笑えばいいの?
ts
コナイ━━━━━━(´Д`;)━━━━━━!!!
コナイ━━━━━━(´Д`;)━━━━━━!!!
コナイ━━━━━━(´Д`;)━━━━━━!!!
コナイ━━━━━━(´Д`;)━━━━━━!!!
8 :
ねえ、名乗って。:02/02/27 19:51 ID:nW0oOtrU
作者前スレに現れたよ!
ここに召喚するために一旦ageよう!
9 :
:02/02/27 22:55 ID:he9VwkhN
-38-
2週間が経った。
お盆は過ぎたが、残暑が厳しい。外に出るたびに太陽に晒された私は犬
のように舌を出し、体内の熱を発散しようと無意識に努力してしまう。青々
とした緑が時々清冽な風を受け、隣の葉と擦り合わせている。その木々に
つかまっているセミたちは最後の力を惜しまなく出し続けている。
いつも通り、近くのコンビニに寄り、真ん中にバニラクリームが入ったカ
キ氷型の百円アイスを二つ買った。店を出てしばらくしてから、ふと袋の中
を確かめてみると木のスプーンが入っていなかったので、一度コンビニに引
き返す羽目を食らった。
アイスはここ2週間、毎日のように食べていた。大抵、私はコーヒーシロ
ップ、そしてマリはイチゴシロップのかき氷型アイスを食べる。今日もそう
だ。今、私はマリのアイスを食べるシーンを思い浮かべている。そのシーン
は私の迷いを掻き消してくれるものだからだ。
今から4日前、マリの母親から電話がかかってきた。どうやら両親がいる
京都に遊びに来いと言われたようだがマリは「行かない」ときっぱり断って
いた。
レイプの影響ではないと思う。
この2週間でマリは外出をするようになった。
私とキスした次の日、夜遅くに帰ってきたため起きるのが遅かった私は目
覚めたとき、家の中にマリがいないことにすぐ気づく。
”マリは傷の痛手から外出はできない”という思い込みと”マリはこの家に
いない”という事実が寝起きのせいで脳が活動しきれていない状況の私を
大きく混乱させた。いくら小さいマリでもいるはずのない冷蔵庫やタンスの
中を開けるなど、コントまがいなこともしてしまった。
家中をウロウロしている時、玄関の扉が開く音がしたので急いで向かうと
半袖のTシャツを着たマリが立っていた。
「どうしたの?」
息を切らす私にきょとんと目をパチクリとさせるマリ。
「いや‥別に」
「散歩行ってきた。あとで食べよ」
マリはアイスを二つ入ったコンビニの袋を掲げながら恥ずかしそうに言った。
「うん」
ただ頷く私に対し、マリはその横をスーッと通り過ぎようとする。
「マリ」
私はただ名前を呼んだ。マリはアイスを片手に振り返る。
「何?」
「‥‥‥」
何を言うつもりだったのだろう? 「何?」と聞かれても何も言うことが
できなかった。
「どうしたの?」
「いや、何でもない‥」
夏風を巻きつけ、緑や青空の匂いを染みつかせたマリは見た目は変
わらなくとも、どこか違い、輝いていた。私はそんな姿に見とれてしまっ
ていたのかもしれない。
マリは、「ヘンなの」と小首を傾げる。突然、背後の扉が「かちゃり」と小
さな音を立てて閉まり私は思わず背筋を伸ばす。どうやら半開きの状態
だったようで、それを風か空気圧か何かが押し閉めたようだ。
脊髄反射した私をマリは悪意のない冷笑で迎える。
「ちゃんと閉めといてよ‥」
「ごめんごめん。突然サヤカが現れたもんだから、カギ閉めるの忘れちゃ
ってた」
私は玄関のカギを閉めた。
「サヤカ」
その時マリが私を呼ぶ。
「何?」
「太陽って気持ちいいもんだね」
私はマリの腕を見た。そこには太陽のエネルギーを浴びた肌があった。
カラダの傷はもうほとんど消えている。そして、半袖にスカートという格
好は肌の露出を頑なに拒んでいたココロの傷も癒された証みたいなも
のだ。
私は救われた気持ちになった。それは「もう大丈夫だから」「お騒がせ
いたしました」と言っているようなものだからだ。
「そうだね」
この時ばかりはうだるような強烈な熱を放つ夏の太陽に感謝した。
その日は朝食代わりとしてそのアイスを食べた。ちょっと早く食べ過ぎた
せいで頭がキーンと痛んだ。頭をしかめる私を見て、マリが口を大きく開け
て笑っていた。そんなマリを見て、「苦しんでいるのに笑わないでよ」と口
を尖らせながらも笑った。マリの顔色はどうかとかを考えずにごく自然に笑
えた。
それはマリが前の日の夜のような恐怖にも変わりそうな笑顔ではなかっ
たからだと思う。つららのように冷たく固くとがったココロが先端からゆっく
りと融解するのを感じた。
もしかしたら昨日の夜は考えすぎだったのかもしれない。マリはもしかし
たら私を媒介して本当の光を見つけたのかもしれない。幻想だと思って
いたのは、光ではなく、周りを取り巻く闇のほうだったのかもしれない。夜
という輪郭をかき消すことも可能な時間帯が私を悪い方向に導いていた
のかもしれない。
全体を包む一日の”始まり”の雰囲気が私をそう思惟させた。
少しずつだけどレイプをされたというココロの傷は癒えてきている。
その治療薬が私とのキスだったのかどうかはわからないが、とにもかく
にも快方の兆しが確認できたことは嬉しい以外の何物でもなかった。
だからマリが京都に行かない理由は、レイプされた傷痕が尾を引いて
いるのではなく、両親との確執にあるようだ。
詳しい事情は知らないが、いろいろあったようだ。私はマリの父親と母
親とは面識があるが、およそ癖のある人間には見えなかった。しかし、
親子には親子なりの軋みというものがあるのだろう。
私は深く追求するつもりはなかったが一言、
「両親、喜ぶと思うよ」
とだけ言い、マリに会ってあげな、と促してはみたが、
「サヤカも両親に会うっていうんなら会いにいく」
と毒気たっぷりに返されてしまった。
修復不可能までいった私の親子関係を見透かして言ったものだ。当然
私は会う気なんて全くないからそれ以上、マリに行くよう勧めることはでき
なかった。
「ただいま」
ドアを開ける私を台所の椅子に座っていたマリは私のほうを見ずに「おか
えり」と言う。どうやら新聞を見ていたようだ。
「アイス買ってきたよ」
「うん、食べよ!」
マリは嬉々として新聞を畳んで立ち上がる。
私たちはあの日と同じようにアイスを食べた。シチュエーションは全く同
じ。違うのはあの日より3時間遅いというだけ。テーブルの反対側にはマ
リが赤い氷を美味しそうに食べている。時々、舌を出して真っ赤に変わっ
たのを見せて、「気持ち悪いね」と言いながらケタケタと笑う。
風鈴が音を鳴らす。扇風機が旋回しながら微かな音を立てる。そして、
その風景の中でマリが笑う。こんなありふれた、しかししばらくずっと味わ
うこともなかった光景は私の安定剤となった。マリが季節に溶け、昔のよ
うにただ純粋な笑顔を見せるだけで、これで良かったのか? という不安
は薄れていく。
だから、無理をしてでもアイスを買ってマリと一緒に食べるのが日課に
なった。
私の身辺は大きく変わった。
この2週間で私はケイに”マリア”を辞めることを伝え、ユウコに”三日
月”でもっと長く働かせてほしいと頼んだ。
「彼氏ができたから」
ケイには辞める理由を正直に伝えると、
「その彼氏が憎いね」
と冗談混じりにケイは言っていた。
聞くところによると、ケイは彼氏の存在を何となくながら察していたよ
うだ。というかユウキの存在はケイも知っていたらしい。最初にユウキ
と私が仕事上でエッチをしたときから私は客と接するもの以上の女とし
ての甘い本能が湧出していたようで、そんな私を見た時、ケイは私が
辞めてしまう覚悟はしていたようだ。
私は見透かされたことが恥ずかしくもあり、感心もした。
「ま、今までそういう人間を何人か見てきたからね」
経験値を見せびらかすケイに私はただ負け顔を晒すしかなかった。
2度目にユウキに会った時、ケイはインターホン越しにヤケにニヤニ
ヤしていたことを思い出した。もうあの時私を見切っていたのかもし
れない。
「別れたらいつでもおいで。面倒見てあげるわよ」
ケイの最後の言葉だ。皮肉が入っていていかにもケイらしい。
本当にケイには感謝している。もし、出会い方が違っていたら無二
の親友になれたかもしれない。それくらい信用ができた人間だ。そん
な気持ちをケイに言ったとしたら気味悪がられるだろう。だから言わな
かった。
「ありがとう」
「さよなら」
向こうもこちらも涙はない。
ただ、笑って別れた。
それだけで十分だった。
一方、ユウコは私のお願いに「カラオケも不景気やから」といささか
渋りながらも「できるだけ入れてあげる」と言ってくれた。
しかし、どれだけの時間、”三日月”で働いたとしても今まで以上の
収入は得られないだろう。貯蓄が結構あるから当面は大丈夫だとはい
え、このままの生活水準を保っていけば、いつかは底を尽くわけだし、
ちゃんとした職でも探そうかな? と思った。しかしまだ18にもなってい
ない小娘を正式に雇ってくれる職なんてあまりないだろうから、見つけ
るには時間がかかるだろう。だから、当分はユウコにお世話になり、バ
イトという形でもう一つか二つ、探すことになるのだろう。
ユウキとはほとんど毎日のように会った。会うと必ずむさぼるようにセ
ックスをした。”マリア”を辞め、節約家になった私と中学生で全く収入の
ないユウキにとってはラブホテルの料金はかなり高額なため、利用でき
なくなった。場所としては夜の公園が一番多かったが、川沿いに高く生
える草むらの中や、ビルの非常階段、神社の裏など誰も来ないようなと
ころを狙ってセックスを繰り返した。
私が最初の女であるユウキは技術的にはまだまだ及第点だった。体
位はバラエティには富まず、正常位かバックぐらいしかなかったし、その
一つ一つもお世辞にも上手いとはいえない。
しかし、私はユウキの甘くたるんだ喘ぎ声を聞くだけで、ただ笑うだけ
で、条件反射のように私の理性のタガは外れる。
虚無に満ちた私の愛情の部分を熱病のようなセックスが埋めていく。
幾人もの男と重ねたセックスとは明らかに異質なものだった。
私はセックス中、何度となくココロの中で「愛してる?」とユウキに尋ね
た。しかし声に出すことはなかった。「愛している」と返事が来ることはわ
かっているのに、愛を否定し続けた私は未だ臆病になっているのだ。
同じ理由で一般的なデートというものはしていない。会うと人気のないと
ころを探し、セックスをする。そんな日々だった。
風俗店が出会いの二人にとっては普通のデートを繰り返すより、セック
スをしていた方がお似合いだった。性欲に溺れるくらいしかユウキを愛せ
る手段を知らなかったといってもいい。ココロの連結が愛情だと頭ではわ
かっているのにそれだけでは決して満たされないのでは? という臆病な
面が如実に表れている。
最近、オーガズムが頂点からゆっくり裾野を降りている後戯中に、そんな
臆病な自分を叱責してしまっている。ユウキもその満たされない欲求を渇望
する私に気付きはじめていたようで、私の汗ばんだ髪の毛をついさっきまで
私の内部に潜り込ませていた手で優しく梳きながら、
「やっぱまだまだだよね‥」
と申し訳なさそうに呟いた。どうやら私の悩みを自分のセックスが下手だか
らだと誤解したようだ。
「違う違う。逆だって。気持ち良かったから呆けてただけ」
私は慌てて取り繕ったが、いつかはこの悩みはバレるだろう。だから次に
聞かれたときは、映画見たり、食事したり、遊園地行ったり‥と中学生みた
いなデートをエスコートしてほしいと思い切って言おうかと考えている。
カラオケ店”三日月”に働くことが多くなった結果、ナツミやユウコに会
う日が増えた。
ナツミは田舎臭さがすっかり消え、垢抜けてきた。
それは良い言い方では都会に馴染んできたとも言えるし、悪い言い方
ではケバくなった。髪を栗色に染め、眉は弓の形に整えられ、化粧がや
たら上手くなった。カラダは全体も若干ながら細くなった。化粧で隠されて
はいるが、つるつるしていた肌もくすみかけているようだ。それに何よりも、
作っていたとはいえ、ナツミのトレードマークのようなものだった笑顔が見
られなくなった。
「週何回してるの?」
私がそれとなく尋ねると、こちらを見ずに「3、4日」と欠伸まじりに答える。
疲れているせいなのか、聞くときも答えるときも何の恥じらいもない。ちょっ
と前のナツミを知っている者ならば信じ難い光景だ。
そんな様子を一番心配していたのは意外にもユウコだった。ナツミの姿
を見るたびに眉をひそめるユウコは私から言わせれば不思議な感じだった。
愛があるセックスに関しては万歳だったユウコ。カオリや私とは時々セッ
クス談義を交わすこともあるぐらいだったが、ことナツミがセックスを口にす
ると妙に顔が歪んでいた。やはりナツミには純朴なイメージがあって、それ
を壊されるのは嫌なのだろうか。例えそうだとしても”らしくない”ことだと思った。
私は9時にバイトを終え(前より2、3時間ほど長くなった)、ナツミのこと
でカオリに電話をかけた。カオリはもうほとんど”三日月”には来ていない。
いわゆる”幽霊アルバイター”になっていた。
「今家にいるから。暇だったら来てもいいよ」
と言われたので、遠慮なく行くことにした。とはいえ場所を全く知らなかった
のでユウコに尋ね、住所と地図を見交わし、大体の見当をつけてからカオ
リの家に向かった。
途中、マリに「ちょっと出かけるところがあるから先に寝てて」と電話した。
マリは不満そうに「え〜」と言ったがその後すぐに「早く帰ってきてね」と付
け加えた。甘く微笑むマリの姿を想像して、何か新婚夫婦みたいだな、と
苦笑した。
ほとんど初めてのところだったが、駅の正面の改札口を降りたところに
地図があって、それを見た瞬間大体の見当はつけることができた。
カオリのいるマンション――これはナツミのいるマンションでもあるのだ
が――は巨大な集合住宅の一つであり、10階ほどのマンションが10棟
ほど同じ形、同じ色をして立ち並ぶ。その敷地に足を踏み入れると公園
や駐車場があり、ある意味一つの町を形成していた。
マンションの間にある公園にはブランコやシーソー、砂場など公園と呼
ぶものには絶対ありそうな遊戯は一通り揃っていた。今はもう暗くて人影
はないが、砂山の形跡から、つい先ほどまで遊んでいたことがわかる。
砂場に落ちていたフォーク型のプラスチック製スコップを手にとり、トン
ネル付きの山の頂上にぐさりと刺す。童心に帰るとまではいかないが、砂
の冷たさやざらざらした感触が少し優しい気持ちを連れてきた。あまり覚
えてはいないが、きっと私もこうやって遊んだのだろう。そして多分、隣に
はマリがいたのだろう。
「さてと」
早くカオリに来てもらおうと思い、砂場にしゃがんでいた私は立ち上がり、
上を見回した。視界の左と右をマンションが聳え立っている。マンションの
あちらこちらで輝く四角形の明かりは、闇夜の不気味さを際立たせていた。
携帯電話に指をかけたその時に、公園を取り囲む低い緑の垣根の間か
らガサゴソと音が立ち、私は飛び上がりそうになる。暗がりの中、初めて
踏み入れた大地での不穏な物音はやはり怖い。その正体は真っ白な毛を
地面に垂らした目の青いネコだった。かすかに鳴き声を上げながら私にそ
のサファイアのように輝く怪しい瞳を向けていた。どうやら飼い猫らしく、皮
製の首輪が巻かれてあった。
ネコ、しかも飼いならされているはずの動物だとわかっているのに怖さは
衰えを見せない。私は狼狽を隠すように、じっとにらみながら、後ずさり、後
ろのブランコを囲む丸パイプに腰を乗せる。私とのにらめっこに飽きたのか
ネコは尻尾を向け、ゆっくりと去っていった。
私は少しほっとし、大きく一度深呼吸した後、カオリに電話をした。
しばらくしてカオリは公園にやってきた。椅子のようにしていた鉄パイプ
からジャンプするように立ち上がる。ふと鼻をかくとパイプのさび付いた匂
いが手に付着していることがわかった。それも少し懐かしい。
「ごめんね、カオリ」
「いいよ。よく迷わず来れたね」
「うん、結構わかりやすかった」
茶色の長い髪は夜のせいで全然目立たない。
カオリはつい最近髪の毛を茶色に染め、さらさらだったストレートヘアに
軽いパーマを当てた。それはナツミみたいに劇的な変化ではなく、ごく自
然なものだったので昼に会っても全然違和感はなかった。ナツミと同じ北
海道生まれ北海道育ちとはいえ、カオリは根本的には都会気質なのかも
しれない。
「こっちだから」
カオリは背を向けて私を誘導する。さっきまでいたネコだろうか、どこか
らともなく嬌声が聞こえ、私はカラダをビクつかせた。こういうときは夜と
いうのは嬉しいもので真横にいたカオリにそんな私の臆病な面を悟られ
ることはなかった。
それからしばらく歩いた。中は結構ごちゃごちゃしていてカオリがいなか
ったら迷っていただろう。カオリの家は5号棟の808号室。つまり8階。一
方ナツミは810号室。本当は隣同士の部屋にしたかったようだが、ナツミ
が入ったとき(ナツミは一浪なため、上京したのはカオリの一年後だ)、カ
オリの両隣の家は空いていなかったためこうなった。
エレベーターを使って8階まで上がると向かいのマンションがまず目に入
る。隅には「6」という文字が書かれていた。おそらくこのマンションにも同じ
ようなところに「5」と書かれているのだろう。
カオリの家に入る前にナツミの玄関の前を通り過ぎた。今日のナツミは
バイトは入っていないので、今家にいてもおかしくないのだが、扉にあるポ
ストにチラシが挟まっているところを見ると、外出しているようだ。
カオリはナツミが不在であることをわかっているようで、ナツミの家の扉
など見向きもせずに素通りしていた。
「ここだよ」
カオリはそう言いながら、玄関の扉を開ける。近くにいる私を迎えに行く
だけだったから、不用心にもカギはかけなかったようだ。
「お邪魔します」
誰もいないはずの部屋の奥に向かって言う。
「あれ?」
次の瞬間、ついそんな言葉を発してしまう。私は玄関の敷居を跨いだと
ころで立ちすくむ。そしてそのまま私は自分の腕をカラダの前で組んだ。
変にカラダ中の毛がよだったのだ。怖いというよりこそばゆい感じだった。
頭の中の明彩豊かな記憶の輪郭が白くぼやかされ、過去の忘れかけられ
た部分が追憶となって前面にせり出そうとしている。眉間にシワを寄せピ
クピクとその近辺を震わす。
「どうしたの?」
カオリは自分の後ろに付いてこない私に気づくと、そう聞いてきた。カオ
リの声で我に返った私は「なんでもない」と表情を緩めて言いながら、この
不思議な感覚の正体は”郷愁”なのだと悟りはじめていた。
「ヘンな家だけどどうぞ」
「じゃ、もう一度お邪魔します」
私は中に入った。
マンションのしっかりした外装から予想されたことだが、8畳間のフロー
リング、キッチン、ユニットバス、小さなベランダと一人暮らしをする上で、
できたら欲しいものが一通り揃っているまあまあ普通の家だった。この集
合住宅は一人暮らし用から家族単位まで大小様々な部屋が並んでいるら
しい。
カオリの部屋を見渡すと、私の口からは「へ〜」という感嘆の言葉しかし
ばらくは出てこなかった。
人が変われば家の雰囲気は変わるものだ、とつくづく思った。
家が綺麗なのは予想通りだったが、想像以上に個性的な風景が広がる。
部屋の真ん中にあるテーブルは形が中央がくぼんだひょうたん型をしてい
て、水色から青色へのグラデーションが鮮やかで際立つ。あんまり普通の
お店では売っていない、いい意味での”キワもの”だ。もしかしたら自分で色
を塗ったのかもしれない。テレビの上には”たれパンダ”の人形がなぜか直
立して置いてあり、少し間抜けな感じがする。その横の小さなサイドボードに
はおそらく自作のメモ帳や同じく自作のカバーがかけられたコードレス電話
が置いてある。一つ一つの小物がやけに彩り豊かに装飾されている。
そしてなんと言っても目を見張るものは個性ある絵の数々だ。
木炭やポスターカラーで描かれた風景画が安そうな額縁に入って周りの
白の壁にいくつも掛けられてある。また部屋の一角には書きかけのキャン
バスが木造りの三脚の上に置いてある。素人目には誰でも描けそうな気が
しないでもない稚作っぽい絵たちだが、それは眼力のない私の見方であっ
て、もしかしたら奥が深い作品たちなのかもしれない。それに、こうやって何
枚もの絵が壁に並べられているせいか、小さくて温かな美術館に入ったよ
うな感覚を覚える。
私はそんな壁を見回し見とれながら、きっとさっき身震いするほど感じた
”郷愁”はこれなのだろうと感思した。言うなれば、小学校の美術室。私が
まだマキに出会う前の人格とかココロがどうとかそういう概念を考えたこと
もなかった純粋な時代を私は無意識に反芻したのだと思う。
図画工作の授業には大したエピソードもなく、賞を取ったこともないし、ズ
バ抜けて絵が下手だったわけでもない。たとえ図画工作の時間の記憶を物
理的に強引に消し去ったとしても、今の私には何の影響も生じないほどの
無味乾燥なものであるはずなのだが、やけに懐古的な情緒として意識の
前面にせり出されている。
「カオリが描いたんだよね?」
「当たり前じゃん」
「こういう趣味があったんだ」
背後にいたカオリに顔を向けながら言うと、カオリは表情を緩めながら
あまり恥ずかしくなさげに、「なんか恥ずかしいべ」とちょっと訛りを含めな
がら言った。
「でもホントすごいよ」
「一応、勉強中ですから」
「もしかしてカオリの学校って美大?」
「今まで知らなかったの? 言わなかったっけ?」
不思議そうに聞くカオリに私は正直にうなずいた。
「画家になるの?」
絵を描く職業が全て画家になるわけではないだろうが、私にはそれしか
思いつかなかった。
「うーん。とりあえず、絵を描いて認められるように頑張ってる。まだまだだ
けどね」
一呼吸置いてカオリは微笑んだ。私は再び周りの壁に目を向ける。
純粋に感心した。もしかしたら自分の見つけた道を見つけ、しっかり歩い
ている同年代の人間を見たのは初めてかもしれない。突然カオリが輝いて
見えた。それは幻ではなく現実だろう。
「で、今日はどうしたの? ナッチのことだっけ?」
カオリは冷蔵庫から出した冷たいお茶をコップに入れて、ひょうたん型の
テーブルに置き、座布団に座る。
「うん。最近のナッチをカオリはどう思ってるのかなぁ? って思って‥」
「どうって?」
私はナツミのことが心配であることを端的に告白した。
「別にそれで幸せっていうのならいいんだけど‥」
最後にそうため息混じりに言う。沈む語尾には”それでいいワケがな
い”と付加しているのがあからさまになってしまい、少し苦笑した。
「何かサヤカのイメージが変わったなぁ」
しばらく黙っていたカオリは私の相談をは的外れなことを嬉しそうに言う。
「イメージ?」
「うん。私、サヤカってもっと他人には無関心な人間だと思ってた。働きは
じめてから全然話し掛けてくれなかったし、目とかずっと睨んでいるみたい
で怖くって‥」
「そりゃ、どうも‥」
カオリだって目は怖いよ、と言いたかったが言わなかった。しかしカオリ
が感じていたことは概ね正しいだろう。
私はずっと人と付き合うことは避けてきた。それはマキ以外の他者との
接触なんて本質的には無意味なことだとみなし、私はマキと届かない会
話だけを交わしていたから。
しかし、自分が不思議でしかたない。
たとえ私に人間臭さが生まれたとしても、なぜこんなにナツミのことを心
配しているのか? ナツミを見たり話したり考えたりする時、私には根拠も
ない不安がおとずれる。ナツミは都会の生活にようやく溶け込み、ただ”美
しくなった”だけだ。純朴なナツミを知っている私から見れば、その劇的と
もいえる肉体的かつ精神的変化が危うく見えるだけで、カラオケに来るナ
ツミと同世代の客と客観的に比べれば、擦り切れ方は何ら変わりはない。
だから本来ならば「ようやく都会に慣れてきたね」と誉めてやってもいいく
らいだ。
嫉妬?
それは違う。
私がずっと一人なら、常識的にはそれを考えてもよさそうだが、私にもつ
い最近恋人ができたのだからありえない。
大体、人の色恋沙汰への関心なんて私が最も遠いところにあるものの一
つのはずだ。
きっと表面上には見えない何かが私のココロを乱しているのだ。
どうもナツミはある特殊な匂いを放っているような気がする。それは理屈
では説明できない。私の脳に黄色の点滅信号を与えるようなちょっと危う
い色彩が刻まれている。勘が鋭いというワケではないので自分のこのモヤ
モヤしたものを絶対的に信じることはできず、今まできた。
カオリは瞬間的な交信でもしていたのか、やや間を空けてから口を開く。
「前にもさあ、ナッチが心配なんて言っていたし、今も心配していることは
確かなんだけど、私はナッチにずっと過保護になりすぎてたって最近思う
ようになってさ。もうナッチも大人なんだし、自分のやることに責任を持っ
て行動ぐらいできるだろうから、あんまり口出ししないようにしたの」
カオリの口調にはナツミの成長を妨げたのは自分だと自嘲している含み
があった。何も言わず、ただ呼吸を刻む私を一度見て、カオリは続ける。
「あの子ってずっと男の子のことを知らないで生きてきたんだよね。それ
で突然、彼氏ができたんだから反動でのめりこむのも仕方のないことな
んじゃない?」
カオリはナツミの保護者のような言い方をする。私は”反動”という言葉
に大げさに反応した。
私がこんなに心配するのも、今までの生き方に対する”反動”なのかもし
れない。
今まで―――それはマキの存在が全てだった。マキがいればそれでよ
かった。マキが笑ってくれたらそれでよかった。生も死も、住む世界が違
おうと関係ない。もしマキが死の世界にいるのだったらそこに飛び込んで
も良かった。あらゆる状況下においてマキという無の存在を欲した。
そういえば、最近マキは夢の中で姿を現さない。昔もよくマキが現れなく
なることがあった。その時は親を失った雛鳥のように慟哭し、現実界に見
るもの全てがマキを邪魔するものだという憎悪に変えたものだが今回は
違う。
マキの手を離したのは私の方からだからだ。ユウキという人間は今まで
の生き方の全てを否定させた。世界を180度変えた。
今まで存在自体をマキに律されてきた私は、ユウキの登場によりその呪
縛付きの鎖から解き放たれようとしている。しかし、それはいいことなのだ
と自分自身を納得できない自分がいる。
少なくともマキを想うとき、それは献身的な幸せがつきまとった。マキが
いなくなろうとしている今、私の精神は解放された分、自我の置き場を失い、
亡者のごとく彷徨っている。
天秤にかけているのは”幸福な束縛”と”浮遊した自由”。
私は今その狭間に立つ不安定な状態だ。
この究極の選択のどちらを採るかは決まっている。マキはもう私を束縛
するつもりはないのかもしれない。それにそんな束縛に矛盾を感じつつあ
る今、私はどんなに痛みを伴おうが自由を選択するしかないのだ。結果生
じるのは様々なものを完全否定した過去に対する”反動”。
そんな状態の私が自分の身を襲う不安などの感情を理解するのは不可
能なことなのかもしれない。
ナツミを心配する理由はその反動に耐え抜き、自由が安定になったとき
にわかるのかもしれない。もしくはその心配すること自体が愚かなことだっ
たと気付かされるのかもしれない。
「考えすぎかな‥?」
私は頭を掻いた。カオリは「そうそう」と静かにうなずき、冷たいはずのお
茶の表面を何故か一度フーフーと吹き、熱そうにしながら口をつけていた。
38 :
:02/02/28 00:16 ID:ihO3vsGy
-38-
>>10-37 『ナツミとカオリ I』
おやすみなさい。。。
39 :
ななし読者:02/02/28 00:22 ID:CuWlf84k
リアルタイム!
復活おめ!
応援してるっす!
復活おめっ☆
がんがれ!
復活ありがとう(●´ー`●)
フカーツおめ兼ほぜむ
43 :
:02/03/01 12:36 ID:n/7TCIM4
”復活”なんて言われるとちょっと罪悪感があったりして。
更新遅れたことをお詫びします。では続きです。
-39- 『ナツミとカオリ U』
-39-
それからしばらくカオリとたわいのない身の上話を互いにした。
どうやら今週中にでもカオリは”三日月”を辞めることをユウコに伝える
らしい。少し寂しいことではあったが、周りの絵たちを見るとそれも仕方が
ないと思えてしまう。「ナッチをよろしく」と言われて、私は無責任に「うん」
と頷いた。
その後、カオリはナツミとの故郷でのこととか、自分の彼氏のこととかい
ろいろ喋ってくれた。
ナツミはやはり昔から内向的で、いじめられっ子で、友達はカオリだけと
いう時期が長いこと続いたらしい。中学、高校と時を重ねるに連れ、ナツミ
の交友範囲は少しは広がったが、カオリが一番の友達ということに変わり
はなかったらしい。一度はそれがウザったくて邪険に扱うこともあったよう
だが、二十歳となった今も、結局はナツミと今もこうして仲良くやっている。
「腐れ縁だね」と照れながら言っていたが、それはカオリがナツミに向け
る母性本能の成せるものだろう。同級生でありながら、カオリはすらっとし
た体躯と大人びた性格のせいか、ナツミを手の焼く子供のような少し異常
な感情を向けている。でも異常にしたのはカオリではなくてナツミの隠隠と
した性格のせいだと傍から見る私は思う。
「多分、ナッチに外交的っていうか、男の子に話しかける勇気がちょこっと
でもあれば、すっごくもてたと思うんだけどなぁ。あの子ってかわいいし」
ナツミは小太りなほうだったが、顔立ちが整っていてかわいいのは確か
だ。私は素直に同意した。
カオリは私よりも長い年月に渡って、ナツミの陰の部分を見てきた人間
だから、恋を成就させて「幸せです」と言いながら世の中を謳歌しているよ
うな状態に口を挟むワケにはいかないのだろう。
「ほらさ、『恋は盲目』って言うじゃん。ナツミは今その状態なんだよ」
巣立とうとする子に向ける親のようなちょっと憧憬の入った遠い眼差しを
私に届ける。いつもは的を得ない発言が多いカオリなのに今回ばかりは納
得した。
「そうだね。そうかもね」
私はそう素直に口にすると、カオリは嬉しそうな顔をした。
それからカオリの今の生活のことに話が移る。彼氏がいるようなことを
言ったので、「どんな彼?」と突っ込んでみると「彼氏に関してはトップシ
ークレット」と何が”トップ”なのかよくわからないがともかくそう言い、どう
いう人間なのか口を割ろうとはしなかった。ただ、中学生のようにポッと
顔を赤らめている様子を見ると、ごく普通に幸せのようだ。
こうやってあらためてカオリと話していると、やはり私が生きてきた世界
とは水と油のように混じり合えないものだと気づく。正義感が強いのはナ
ツミという弱者が傍にいたからだろうが、そのカオリなりに構築してきた正
義というものに反する存在を、排除しようとする意志が強いことが言葉尻
からひしひしと感じられる。
私の生きてきた世界はカオリにはきっと今まで存在していなかったもの
だろうから、もしその世界のことを見せたりすると激しい拒否反応を示す
であろう。ユウコほど頑固ではないだろうが、嫌いなものへの嫌悪感は人
一倍ありそうだ。
聞くだけ聞くとカオリは「サヤカのことも教えてよ」と言ってきた。私は
思わず顔が引きつる。カオリが勝手に言ったんだよ、と言おうとしたが、
しっかりと聞き入っていたため、いささか説得力に欠けるなぁ、と思った。
結局、私はカオリのリクエスト通り、自分の身の上話をした。もちろん
カオリにあまり刺激を与えないように、親と絶縁状態にあること、マリと
いう幼馴染と一緒に同居していること、そしてユウキという彼氏ができ
たことなどをかいつまんで言い、”マリア”で働いていたこととか、マキ
のこととか、それにマリがこの前レイプされたこととかは言わないよう
にしたのでかなりしんどかったし、辻褄が合っていないような気もした
が、カオリはそんなことに気づきもしないようだった。
どうやらカオリはあまり論理的に解釈しようとせず、直感的に物事を
捉える人間のようだ。
「なるほど。サヤカが変わったのはそのユウキ君のおかげかな?」
カオリは私の話を聞いて、ただそれだけ言った。
「そんなに変わったかな?」
ちょっと照れくさくなって目の前の冷たいお茶に口をつける。そして上
目でカオリの長い髪を見る。
「うん。めっちゃくちゃ」
カオリは大げさな手振りとともにそう言った。
きっとカオリはヒトミとはまた違った意味で鋭い感性の持ち主なのだろ
う。優しいココロでもって、やんわりと人の中に入れる『北風と太陽』でい
う太陽のような人間。それは芸術家としての才のような気がした。
「かもね、あいつのおかげかな」
私自身も自分は変わったと思っている以上、否定しても仕方ないから
同意すると、「ヒューヒュー」と言い、私をはやし立てた。最初は恥ずかし
くなかったが、変な煽り方をするカオリを見ていると違う意味で恥ずかし
くなった。
小一時間ぐらい経っただろうか。もうすぐ日が変わろうとしていた。来る
時に終電時刻を確かめておいたのだが最終電車にはまだ数本ほど余裕
がある。
私は帰ることにした。「泊まってってもいいよ」とカオリは言ってくれたが、
さすがに迷惑だと思い断った。ついでにマリに『今から帰るね』とメール
しておいたのだが返事は数分経っても返ってきていない。おそらくマリは
もう寝たのだろう。最近の生活サイクルからすると寝てしまっていても不
思議ではない時間だ。
「じゃあね」
「うん、また来てね」
カオリの家に入る前に比べ、私のココロは随分と軽くなっていた。
ナツミは幸せなのだ。それは私がささやかに願っていたことだ。だから、
深く考えることはない。
そう思えたからだ。
いや、それよりもカオリという友達ができたような気がしたのが嬉しか
ったのかもしれない。カオリが言った通り、挙動不審で変なことばかり言
うカオリを最初の頃は冷ややかに眺めていた。
仲良くしようなんて1ミリも思っていなかった人間とこうやって腹を割っ
て(私は半分ぐらいしか割っていないが)話せたことで、生まれた時から
一緒にいたマリとはまた違った方向から私を支えてくれているような気が
した。
更新乙彼!
51 :
:02/03/01 13:51 ID:n/7TCIM4
ごめん、まだ更新中‥。
マリだけじゃない。ナツミ、ユウキ、そしてカオリ。
私を取り巻く人間が増えている。いろんな角度から私を支えてくれている。
存在自体を否定していた私という特種がこの現実社会に居てもいいよう
な気がした。
自分が意志を持ち、自分とは違った意志を持つ他者の存在を知り、その
二つを互いに尊重し、上手く調和させていき、ココロの糸を紡ぎ合う。その
繰返しにより形成されていくのは小さな現実社会。
それを禍々しいものとみなしていた私はもういない。
”友達”の存在をなくしたくない。
この気持ちが後天性であってもかまわない。
だから、私の運命を司る者へ告ぐ。
――このまま私の糸を切らないで。
「カオリ」
玄関を閉める直前、私は向こうのカオリに声をかけた。「何?」と再び玄
関の扉を開けるカオリ。
「夢、叶えてね」
今日、夢を教えてくれたことへの最大限の感謝のつもり。これに対し、少
し困った顔をするカオリに今度は私が「何?」と尋ねた。
「やっぱり、サヤカらしくないね。でもそっちの方が好きだよ」
優しげに微笑んだ。私も「恥ずかしいよ」と苦笑混じりに微笑んだ。
その二つの笑顔を同時に曇らせたのは女の大声だった。廊下の端から発
狂したような怒鳴り声が聞こえる。
「何? うるさいなぁ‥」
カオリが顔をしかめて、扉から顔を覗かせる。ドアの外側にいた私の目に
はもうその女の顔をとらえていた。
「ナッチ‥」
ナツミが狭い廊下を千鳥足で歩いてくる。他人の家の扉やその反対側の
壁にぶつかり、高そうなハンドバッグを振り回したりしている。
「きゃははは!!」
ナツミらしくない発狂した声に私は思わず耳と目を塞いだ。
「あの子、何やってんのよ‥」
カオリは心配そうにそうこぼしながら、サンダルを履き、ナツミに駆け寄る。
その時、ナツミは自分の家の隣、つまり811号室の扉の前に立ち、鍵穴
に鍵を挿そうとしていた。しかしふらついているため上手く挿せないでいた。
カオリはナツミのカラダを後ろからがしりと掴んだ。
「そこはナッチの家じゃないよ」
背丈がだいぶ違うせいで、カオリの顎がナツミの頭部のてっぺんに乗る。
「うわっ、お酒臭い」
ナツミの息がカオリの鼻孔に入ったようだ。カオリは顔をしかめる。多分、
この時カオリはカラダの力が一瞬抜けたのだろう。ナツミはカラダを目一杯
動かし、拘束しようとするカオリを振り払おうとする。狙ったわけではないだろ
うが、頭を上下に動かすと、乗せられていたカオリのアゴをクリーンヒットした。
「イタッ!」
どうやら舌を噛んだようだ。思わず手を離し、舌を突き立てながら自分の
口を押さえる。自由になったナツミは振り向き、勢いそのままにカオリを突
き飛ばした。カオリは部屋とは反対側の白い壁にぶつかり、そのまま腰が
落ちる。
「イタタタ‥」
後頭部と腰を抑えるカオリ。しかし、その痛みにこらえる顔を蒼白にした
のはナツミの血走った目だった。ナツミは811号室の扉を背もたれにしな
がら腰をかがめ、カオリの目の高さに自分の目を合わせじっと睨んでいる。
もし、カオリが腕か足を動かそうとするなら襲い掛かりそうな猟犬の目だ。
「ちょっと、どうしたの‥? ナッチ?」
「‥‥‥」
「ねえ‥」
「‥‥‥」
ナツミはカオリの問いかけに答えようとせず、ただ唸っていた。痛みは
吹き飛んだようで、カオリの両手の爪は下の冷たい地面を引っ掻いて
いる。まるでヘビに睨まれたカエルのようにカオリの身が凍ってゆくのが
傍目からも容易にわかる。
「サヤカ!」
カオリの中の危険度ファクターがリミットを超えたのだろう。ナツミから
目線を離さないまま、私に助けを求めてきた。私もナツミがおかしいとわ
かっていたので行動は速かった。
勢いそのままにナツミのカラダに飛び込む。予想外の横からの攻撃だ
ったのかナツミは私のほうを見ることはなかった。ただ押さえつけるだけ
のつもりだったが、予想以上にナツミの足はもろく、私が体重を乗せると、
自重を支えられなくなり思い切り倒れた。硬いコンクリートの上に大きな
音とともに叩きつけられる。
「だ、大丈夫?」
私はパッと上体を起こす。上になっていた私でさえも倒れた拍子の衝撃
が腰に走っていたので下のナツミは相当な痛みが走っているだろう。私は
即座に心配になってナツミのカラダを押さえつけながら、その顔を見つめた。
「あ‥」
しかし、ナツミはそんな心配を全く無視していた。張り詰めた空気の中、
聞こえるのは私とカオリの乱れた呼吸と、ナツミの細い糸を引くような吐息。
3人の膠着状態は数秒続いた。
「‥んとにもう酔いすぎよ‥」
落ち着いたのか、カオリはただただ呆れながら前髪を掻きあげた。ナツミ
は硬く冷えたコンクリートを普通のベッドのようにして穏やかに寝入っていた。
私は立ち上がり、お尻についた埃をパンパンとはたいた。
「カオリ、立てる?」
私はもう大丈夫だと思い、ナツミから離れ、カオリに手を差し出す。
「うん何とか」
「災難だったね」
背後のナツミは大きないびきをかき始める。驚いた私はさっと身構えた
が、いびきだと分かりほっとする。そんな様子をカオリは恐怖の色を肌
に乗せたまま薄く笑った。
「しかしナッチにこんなに悪酔いするとは思わなかった。あのナッチがこん
なに怖いなんて‥」
カオリはもう一度差し出した私の手をつかみ、立ち上がる。そしてバサ
バサになった髪を2回ほど手で梳く。
「人間って酔うと逆の性格が出ちゃうもんよ。ナッチのカラに閉じこまる性格
がこんな風にしちゃったのかもね」
私とカオリは横にちらりと目を向けた。場所をわきまえず、健やかそうに眠
るナツミはカラダの大きい赤ん坊のようだ。「う〜ん」と口を動かしながら寝
返りを打つと、足が811号室の扉に「ガン」と当たった。はっとするが、反応
はなかったのでほっと胸をなで下ろした。どうやら811号室の住人は不在
のようだ。
「とにかく、こんな所で寝られても困るから運ぼっか。カオリの家でいい?」
「‥う、うん」
若干の間があったがカオリはゆっくり頷いた。
その後、二人でナツミをカオリの家に運んだ。結構乱暴に扱ってしまった
がナツミは全く起きる気配は見せず、途中大きなイビキをかくほど深く眠っ
ていた。
ナツミを置いてこのまま帰ろうと思ったがカオリがそれを制した。
先ほどナツミが見せた正気の沙汰とは思えない目がカオリのココロを切り
刻んでいるのだろう。少し怯えながら、
「今日は一日ココにいて」
と言ってきた。考えすぎだと諭そうとしたが、カオリは私の袖を強く引っ張
り、「お願い」と必死に近い顔で私を見つめてくる。
それとなく時計に目をやる。まだ終電には間に合いそうだ。次にマリのこ
とを考える。もう私が傍にいなくても大丈夫だろうし、おそらくもう寝ているだ
ろう。
「わかった。終電ももうないしね」
小さなウソを言いながら頷くと、カオリは小さく深呼吸しながら俯き、「よか
った‥」と自分を安心させるように呟いた。
とりあえずナツミをちゃんと布団に寝かせようということになった。今着て
いる服のまま寝させるわけにはいかなかったので、カオリの室内用の服を
上下着せることになった。大は小をかねるということで手足の裾を捲れば
何とかなるだろう。
カオリが取り出してきたのは水色のチェック柄のちょっと子供っぽい服だ
った。ナツミの上体だけを起こしてもナツミは目を覚ますとは思えない。そ
れくらい深く意識を底に沈みこんでいるような眠り方だ。時々吐く息に酒臭
さがなかったら何と微笑ましいことか。
「せーの」
カオリと私は声を合わせて上の服を脱がせた。最近やせ始めたナツミだ
ったせいかダボダボだった。ナツミの上半身はブラジャー一枚の姿になる。
「わぉ」
カオリが変な声をあげた。
私はカオリが見ている先に目をやるとその変な声の意味がわかった。
「おお‥すげえ‥」
確か、ナツミの相手は女の子の扱いをよく知らない童貞クンだったはず。
いや、それは私がナツミの話を聞いて勝手に推測しただけだっただろう
か? どっちにしろ、今は週4、5回はヤっている人間なのだから、仕方な
いか。
そんなことを考えながら、私はナツミのカラダの至るところにある赤い斑
点の”愛の証”をちょっとだけうらやましそうに眺めていた。
「私たちに見る権利あるわよね‥」
ちょっと申し訳なさそうにカオリは私に同意を求める。
「うん、それと昨日何があったか聞く権利がある!」
力を込めて私は言った。
「しかし、すごいね‥。これって意図的につけたんだよね‥。カオリ、そん
なのされたことないよ」
とカオリは言う。
「私も‥」
実はあるけど、少なくとも愛はなかったのでとりあえず口を濁す。
「うらやましいなぁ‥」
カオリはココロからそうつぶやいていた。
61 :
:02/03/01 14:34 ID:n/7TCIM4
一番乗りヤターーーーーーーーーーーーー!!!!
久々の新作おもしろかったです。続きを期待してます。
大明神保全
>”愛の証”
ちょっとどきどきします。
67 :
オモロイド:02/03/04 00:02 ID:aiFuA2Ve
下がりすぎなんであげ。
一日一保全。
一日一保。
70 :
名無し:02/03/06 13:45 ID:q0LzgtmT
保全
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
|けめこの力でsageるです〜 |
\______ ____/
|/
∋oノノハヽヽo∈
____ヽ( `.∀´)/_____
\ 神 / | | \ 保 /
\/ ∪∪ \/
/\ ((⊂ ⊃)) /\
/ 明 \____/ 田 \
 ̄ ̄ ̄ ̄\. 大 ./ ̄ ̄ ̄ ̄
.\/
73 :
:02/03/07 23:35 ID:LGHelxUT
保全、ありがとうございます。眠いので2重投稿に引っかかりませんように‥。
では続きです。
-40-『ナツミとカオリ V』
-40-
次の日、目覚めると、隣りでナツミはまだ寝ていた。カオリは同時に目
を覚ましたのかわからないが私が起きて顔を上げるなり、
「ん‥起きた?」
と声をかけてきた。
「うん、おはよ‥」
カオリはいつもうっすらと残っているクマをさらに目立たせている。どう
やら同時に目を覚ましたのではなく、あまり寝つけなかったようだ。睡眠
不足が物凄く顔に出る性質らしい。
「何時?」
「7時。ご飯でも作ろっか?」
「うん。ご飯とお味噌汁と‥魚焼いて。あ〜、鮭がいいなぁ‥。それと目
玉焼き‥あんまり焼きすぎないでね」
うつらうつらしているカオリからは次々と要求が来る。私は「はいはい」
と呆れながら台所に向かう。
ふと振り返ると、カオリはまた静かに眠りに入ったようでカーペットに頭
をこすりつけるような姿勢になっていた。ナツミはベッドで相変わらず、ア
ルコール臭い吐息を立てながら寝ている。
私は冷蔵庫を開けた。でも、中はほとんど空だった。あるのは、牛乳とお
茶と食パンとバターと玉ねぎだけ。
「カオ…」
「何にもないよ!」と言おうとしたが、長い髪をカーペットに散らばらせ
ながらぐったりと寝ているカオリを見て、口をつぐんだ。もしかしたらよう
やくちゃんとした眠りに入ったのかもしれない、朝食にはまだ早いのか
もしれない、と思いながら、冷蔵庫の扉を閉めた。
今日は晴れのようだ。
音を立てないように床に臥している二つのカラダをまたいで小さなベラン
ダに足を運ぶと、朝の穏やかな太陽がエネルギーを優しく地上に、そして
ここに降り注いでいた。
8階から見る景色は私の家からいつも見る景色とは違っていて視界に飛
び込む空の支配率は高い。ぽつんぽつんと浮かぶ雲は厚みがあって、高
度がまだ低い太陽の光を、受ける部分と受けない部分とにくっきりわかれ
ている。まだまだ夏は終わらないと訴えているような色の濃い朝だ。
ギシギシ軋むベランダの柵にカラダを凭れかけながら、朝食はカオリの言
い分は全く無視してパンを焼こうと決めた。材料を買いに行ってもいいのだ
が、コンビニが近くにあるか知らないし、あったとしても、さすがに鮭は置い
ていないだろう。パンを焼くぐらいなら、二人が起きてからでもできると思い、
このいつもと違う風景にしばらく身を置くことにした。
そんな気分にさせられたのは、このカオリの部屋に漂う”芸術”の風趣が
私の中にもいくばくか吸収されていたのかもしれない。あらためてこの部屋
の持つ魔力の存在を感じていた。
ココはカオリの”世界”だ。
人はいろいろな”小世界”を融合、分離させながら自我を形成させていく。
学校には学校独自の世界があり、街には街の世界がある。
そして、一人一人にも世界を持つ。自分と学校等の場を含めた他者との世
界を溶け合ったり撹拌させたりして生きている。
その個の”世界”は一人暮らしをすれば顕著に浮き出る。
だからもちろん、私とマリの家には私とマリがミックスされた世界があって、
ナツミの家にもナツミの世界が形成されているだろう。
しかしカオリはその世界の濃度が違うのだ。私たちのは、おそらくちょっと
した因子の投入により、その世界の輪郭を変えてしまうだろう。しかし、カオ
リの世界はよほどのことがない限り、変貌したりしない。
それは、夢、希望というものに溢れた人間だから。
絵という掛け値のないものに進んでいる人間だから、発散するエネルギー
の桁数が違う。守るべき世界の重みが違うのだ。
そんな部屋に包まれながら安らかな祈りのような空や雲の自然色がココロ
の中を浄化させていく。
私は常にカラダとココロを緊張させ、刹那的に繰り返される自分の存在の
有無についての葛藤と闘ってきた。そして今は、束縛と自由を混合したうね
りなどと闘っている。内面の闘いは結論を持たぬまま、闘いそのものへの怨
恨だけを刻み付ける。
何て無意味な闘いたちだろう。
大体闘うことに意義なんてあるのだろうか。
今、その場にいることを信じ、敬い、穏やかに時を過ごせればいいのでは
ないか?
ふと下を見ると車が行き交う人の群れがあり大地の上に敷かれたコンク
リートの地面を揺るがしている。ココはそんなせわしないところから一歩離
れて、客観的に人類が造った破壊の果てを見下ろし、自然と物事を敬える
落ち着いたところだ。
私はいつもより近い朝焼けに感謝の念を唱えたくなった。そんな傍から見
ると宗教に嵌ったとしか思えないことを誘起させる8階という景色に住むカオ
リやナツミがちょっとうらやましく思えた。
しばらくして、ナツミが目を覚ましたようで、「う〜ん」という唸り声をあげ
た。その少女とは思えない低い声に私は振り返り、半開きにしていたベラ
ンダの扉とカーテンを開けた。肩口や脇の下から光が細い線となっていく
つも部屋に入り込む。
「おはよ。ナッチ」
「あれ〜、何でサヤカがいるの?」
ナツミは眩しそうに目を擦りながら尋ねた。ボサボサな茶色の髪は朝日
に溶かされたようにさらに明るく映えて見える。
「おはよ」
隣に寝ていたカオリも顔を横に向け、ナツミに言った。変な体勢で寝て
いたせいか、ナツミと私のちょっとした会話で目を覚ましてしまったようだ。
「あれ? カオリもなんで‥ってあれ? ココ‥」
「私んちだよ」
カオリは首をコキコキ鳴らしながら呆れ半分、安心半分に言った。
「なんでナッチがここで寝てるの?」
ナツミは少し慌て気味に立ち上がろうとする。すると捲っていた裾がスル
スルと伸びて、手と足を隠した。そのせいでナツミはバランスを崩し、派手
にこけた。
「イテテテテ‥」
おそらく昨日私が飛びかかったときに打ちつけた部分に当たったのだろ
う。顔をしかめるナツミを見ていると、ナツミはさらに、
「うわぁ‥頭も‥。ふわぁ‥」
と頭を抑える。二日酔いの兆候だ。私は「バカだね」と愛情を込めて言った。
ふとカオリが気になって数秒顔を向けた。カオリの目の中にあった淀ん
だ色は薄れていた。それは昨日ナツミに睨まれてからずっと有していたも
のだ。やっとここにいるのがナツミなのだと認めることができたような大き
い安堵感が感じられる。私もそんなカオリを見て、今のカオリはいつもの
カオリだと、同じような安堵感を得た。
朝食は卵をゆで、それを粉々にしたものとコショウをまぶした玉ねぎを炒
めたものを食パンの上に乗せ、その上にさらにマヨネーズを乗せ、トースタ
ーで5分ほど焼いたものを食べた。カオリの眠気まなこの中出てきたリクエ
ストはカオリ自身も覚えていなかったようで何も反抗はしてこなかった。
ナツミは二日酔いの影響からかあまり口にしなかった。「あ〜、イタイイ
タイ」と顔をしかめるナツミを見ながら、私たちは”権利”の実行をした。
「昨日、何があったの?」
ナツミは直接的な物言いに「へ?」と言いながら呆けている。
「『へ?』じゃないわよ。昨日私たちナッチの介護に大変だったんだからね」
「”介護”って寝たきりのおばあちゃんじゃないんだから」
ナツミは「や〜ね〜」とよく世の中のおばさんたちがするように手首を振る。
「昨日のナッチはそんなおばあちゃんよりも酷かったんだって」
と呆れる私に、
「ホントホント。あんなに酔っ払っちゃったナッチ初めて見たわよ」
とカオリが付け加えた。
するとさらにナツミは腕を組みながら首をかしげる。もう少しで90度に
なりそうな大げさなかしげかただ。
「全然覚えてない‥ってイタタタ‥」
頭がまだガンガンするようでナツミは幾度となく頭を抱えている。カオリ
は両手で顔を覆い、やけに大げさに苦笑していた。
「どういうこと? 飲んだことも覚えてないの?」
私は尋ねる。するとナツミは小刻みに「うん」とうなずく。
「昨日は誰とどこで何をやったの?」
「サヤカって何か警察の人みたい‥。あれ、昔同じこと言ったような‥」
どうでもいいことを思い出そうとするナツミに呆れつつ、同じ質問をもう
一度するとナツミは口を開いた。
「彼に会って‥一晩中プレステしようってことになって、彼氏ん家で‥あ、
思い出した。それからお酒呑んだんだった」
うれしそうに言うナツミ。
「それからは?」
「それからは‥あれ‥覚えてない‥。結構お酒呑んだんだっけ?」
「私たちに聞いたってわかるわけないっしょ」
「そうだよね。う〜ん‥」
ナツミは眉を寄せた眉間に人差し指を添えながらしばし唸る。私とカオリ
は顔を見合わせた。
「それから何があったか覚えてないの?」
「あ、そうだ! 『みんなのGOLF』したんだ! ってイタ‥」
再び頭を抑えるナツミ。
「そんなことはどうだっていいの! エッチしたの?」
「朝から何言ってんだべさ?」
呑気に恥ずかしくなるナツミ。イライラしながらもう一度、
「エッチ、し、た、の?」
と一文字ずつ力を込めて聞く。
圧倒されたのかナツミはのけぞり、答えた。
「やってないと思うけど‥。昨日はなんか妙にだるかったんだよね。それ
で、『ナッチ、今日疲れてる』って言ったら『じゃあやめよう』って言ってく
れたはずだし。あれ‥それ言ったの一昨日だっけ‥?」
「じゃあ、そのカラダ中のキスマークは何よ?」
カオリがナツミのカラダを指差す。ナツミは「へ?」と言いながらダボつ
いたTシャツの首の部分をつまんで自分のカラダを覗く。
「うわ、何コレ? 昨日、蚊でもいたの?」
私とカオリは再び顔を見合わせたあと同時にナツミに向かって言った。
「どういうこと?」
83 :
:02/03/08 00:00 ID:KMun2cu+
84 :
:02/03/08 00:02 ID:KMun2cu+
う〜ん、間に合わなかった…。
85 :
:02/03/08 12:04 ID:H3xNFrLI
プレステ(以下自粛
( ● ´ ー ` ● )<なっち、プレステしかしてないべ
87 :
名なし:02/03/09 14:34 ID:ifeYR/5l
乙カレ−
連日更新の予感保全
89 :
名なし :02/03/10 14:21 ID:2RmZ+tWc
保全
(〜^◇^)<ほぜむ
91 :
ななしで:02/03/12 17:51 ID:998D9oqb
なっちひどい目にあったんだろな〜
で、ほぜん
保連(保全連合)
93 :
ななしで:02/03/14 12:12 ID:+4KFv93l
まってるよ
保全
今夜あたり更新がありそうな予感保全
95 :
:02/03/15 06:55 ID:DuOooZlp
遅くなりました。続きです。
-41- 『つぎはぎの笑顔』
-41-
結局、私たち3人はナツミの彼氏がナツミが寝ているときにキスマーク
をつけたのだという結論に達した。
「そういえばちょっとSの気があるかも‥」
ナツミがそう言ったのでカオリが無理やりそういう風に解釈してきた。男
という種は「今日はエッチしたくない」と言われると無性にヤリたくなる人
種だから、酔っぱらって無防備なナツミについキスマークを浴びせてしまっ
たのかもしれない。
よく考えればキスマークをつけることとセックスをすることは等価ではな
いワケで、彼氏もセックスしたいという自分の欲望とナツミの気持ちとを両
天秤にかけた結果、キスだけをカラダ中に浴びせたという行為に出たの
では? と推測した。あまり誉められた行為ではないが、可能性としては
無くはない。
私もナツミも大体は納得した。まあ、詳しくはナツミがちゃんと彼に事情
を聞くということで決着した。
でも念の為「ナツミの彼氏っていいヤツなんだよね?」と聞くと、大きく
うなずき、
「ちょっとエッチがすごいけど‥。優しいよ」
とおのろけモードで言ってきたので私たちはとりあえずほっとした。
家に帰るとマリが迎えてくれる。
来る途中、いつものようにアイスを買った。足取りは重かったがそれ
はちょっと前のようなマリの沈んだ表情を見るのがイヤだからというの
ではなく、単純に朝帰りをしたからという理由だ。
”朝帰り”なんていうと少し下品なイメージがあるせいか、たとえ悪い
ことはしていなくても妙に後ろめたい気持ちに苛まれるものだ。
それに『今から帰る』というメールはしたが『やっぱり泊まっていく』という
メールをし忘れていたことが罪悪感を膨らませているのだろう。この2週間
で家に帰らなかったのは一日としてなかった。
扉を開け、「ただいま」と言うとすぐに、マリは玄関先に常に神経を尖ら
せていたかのように即座に飛んできた。
「んも〜、なんで帰ってこなかったんだよ〜」
私は違う意味でドキリとした。ピンク色のエプロン姿で、左手を腰につけ、
右手にはオタマを持ちながら口を尖らせて私を睨みつける様は、新婚の妻
が夫の遅い帰りを愛情たっぷりに叱ろうとする様とシンクロする。電話のや
りとりなどから想像上で新婚カップルみたいだな、と思ったことはあったが、
具現化されたのははじめてだ。
「ごめん、ちょっと友達が酔い潰れて倒れちゃって。その介護で一晩中つき
っきりだったんだ。お詫びにコレ‥買ってきたから」
マリのへそあたりに目線を下げ、時折ちらちらとマリの顔を覗き見ながら、
つい言い訳めいた口調で説明してしまう。
「いつも買ってるじゃん」
「ははは、そうだよね」
「ホント、寂しかったんだから」
マリは腰に手を当てながら口を尖らせる。
「うん、ごめん」
「帰ってこないんじゃないかと思ったんだからね」
「うん」
「ちゃんと電話してよね!」
「うん」
「約束だからね!」
語気は後になるにつれ、どんどん強くなる。13センチ下からのえぐるよう
な視線が私を襲う。
朝帰りをした時に、新妻が夫にぶつけてくるのは嫉妬だ――マリは言葉
どおりの”心配”以上にそんな嫉妬まがいの感情を私にぶつけてくる。私た
ちは新婚カップルではないのに。
私は何にも反論できずにただ、マリの本気としか思えない形相に硬直し
ていた。
口や喉は冷たくて甘いものを欲した。そしてそれは右腕にあるアイスだと
気づいた。
そうだ――私は美味しそうに食べるマリを想起する。
マリは元気になったのだ。傷は癒されたのだ。私はその確信を毎日噛
みしめていたのだ。毎日マリが美味しそうに食べるイチゴのアイスは何より
の証拠―――
焦り気味に自分を納得させようとしている中、思考は空回りしたのか混
乱をきたす。眩暈とともに、突然この2週間の記憶がフラッシュバックした。
立ち直った証拠の笑顔の静止画が真っ白に光り、まるでつぎはぎのよう
に断片的に目の前に現れては消える。繋ぎ目は他の色が交わることのな
い深遠の黒が視界の全てを覆う。
――違う。
閃光のあとに残る黒の残滓は水を打ったような静まりをもたらし、私は
瞠目した。マリとその周りの机やテレビやクリップボードがまるで古びたポ
ートレイトのように白黒に変わる。マリは嗅ぎ慣れた記憶の底に染み付い
た匂いを発し、私に時間軸の狂った混濁をもたらす。
その歪みの中で、マリがレイプされたという事実が悪意を成分とした光
粒子となり、まぶたの裏を一瞬にして焼きつかせた。
無防備だった私は体内の細胞全てが泡立った。
「サヤカ‥聞いてる?」
古ぼけた映像の中心が裂け、現実に目の前にいるマリが不思議そうに
聞いてきた。何か言わなければと思ったが、この数週間で生まれた違和
が細胞を支配している今、口は思うように動いてはくれない。ただパクパ
クと酸素と窒素をもがくだけだ。
――私が見たのはマリの一部だけ‥‥つぎはぎだらけの笑顔だ。
私は事実を事実として受け入れていなかった。
何て愚かなのだろう。
あのアイスを美味しそうに食べる姿を無理やりにでも何度も反復させ、
全てを良いほうに自己洗脳させてきただけだ。
マリはレイプされたという事実から立ち直ったのではない。忘れたわけ
でもない。
忘れようとしたのは私のほうだ。私はマリから、その重圧に押し潰され
ないように逃亡したのだ。
――マリの見つけた幻はやはり光のほうだった。
――いや、闇も光もマリが見つめるもの全てが幻だった。
そんな世界の中でマリは寄り添うものもなく彷徨っている。現実に確
実に生存しているココロは一部でしかない。それを私は自分の中で勝
手に補完し、ココロの欠損したマリを正常な状態へと創り上げていた。
「サヤカ?」
マリはもう一歩身を乗り出して不安そうに私の名を呼ぶ。私は首を横に
振り、乾ききった喉や唇をわずかに舌に残っていた唾液で湿っしてから言
った。
「うん。ホントごめんね‥」
時間がゆっくりと動き出す。マリは寸時に頬を緩める。青ざめた表情で
瞳孔を震わす私に対し、マリはくるりと背を向け、
「ご飯、できてるから食べよ」
と言ってきた。その小さな後ろ姿を見ると昨日までの外見と若干ながら違
うことにようやく気づいた。
「マリ‥髪切ったんだ」
少しだけど後ろ髪が短いような気がする。それに一時の金一色から栗色
へと落ち着いたような気もする。マリは跳ねるようにしてクルリと振り向い
た。長めのエプロンがスカートのようにふわっと浮く。
「へへへ〜、わかる? さっすがサヤカだ」
ウィンクの後には何もかもを忘れた幸せそうな笑顔が浮かんだ。
私は合わすように微笑みを返したが、その裏では息をのんでいた。
人は成長という名の代償にあらゆる良いものや汚いものの混沌を抱え
ていくものなのに、マリはそれを払拭させて、まるで10年前に戻ったよう
な表情を見せている。
私は2週間、この何かを失った笑顔に騙されてきた。
本当はココロの底にはドロドロとした感情があるはずなのに、それを全
く見せない。
これは演技なのだろうか。それとも私には想像もつかない力で凸凹にな
ったココロの大地を更地に変えてしまったのだろうか。
さすがに時空を超えたような歪んだ事実にゾッとした。もう単純にその
壊れた笑顔に吸い込まれるわけにはいかなかった。
ただその強制的に無垢になったマリをどう諭せばいいのかわからない。
現実に目を背けたのはマリも同じだ。傷つきたくない、と昏睡させている
自我を無理やり揺り起こしたらどうなるかは想像がつかない。
――キスをしたのは失敗だった。
そんな後悔が津波のように押し寄せた。
またすぐに乾いてしまった唇を舐め、マリの弾力のある唇を見つめながら、
あのキスの感触を思い出す。
愛情以外の要素が多すぎた冷たいキス。
結果は両者とも現実逃亡にしかならなかった。
キスをしたのも愚かだが、その結果に気付かずに2週間も暮らしてきたこ
とはもっと愚かなことだ。
結局私は何の打開策も見つけられず、マリに従うがままに作ってくれた昼
食を食べることになった。
食べている最中はマリの顔を見ないことにした。この雰囲気はあの時のキ
ス後の感じと似ていた。ピンと引っ張った緊張感が息を詰まらせる――マリ
のブラックホールのように時や存在を吸い込む瞳とそれに耐える私。もしま
ともに見れば、私はどこかに飛ばされてしまう気がする。
「ねえ、サヤカ」
マリの作ってくれた野菜炒めを食べているときだった。マリは両肘をテーブ
ルにつけながら口を開いた。
「何?」
綱引きで言うと一瞬力を緩められ、体勢を崩してしまった状態なのだろう。
私は顔をあげてしまう。マリの悟りを開いたような顔が瞳に映る。
「昨日サヤカが帰ってこなくってすっごく心配だった」
キャベツの芯は火が中まで通っていないようで、ゴリという音がした。それを
私は無意識に飲み込む。
「ホントごめんね。メールしたつもりだったんだけど‥」
「でもね。そのおかげでやっと幸せって何なのか再確認できたんだ」
「‥‥」
「私にはサヤカしかいないんだって‥」
「‥‥それって‥」
私が口を開いた時に、マリは音一つ立てずにゆっくりと立ち上がった。
照明の具合のせいかマリの顔色が薄くなる。ぱっちりとした二重まぶたが
下がって私を見下ろす。
「ずっと一緒にいようね」
ポツリと口にした他愛のない言葉が私の耳には地下牢で放たれたような特
殊な響きを含みながら届いた。それにはどこまで深い意味が込められている
のかわからない――恋人同士だったら、結婚を匂わす言葉なのかもしれない。
中3の親友同士だったら、高校が違うところになっても二人の友情は変わら
ないよ、という意味なのかもしれない。
軽くも重くも取れる言葉だ。
一瞬にして目の前を真っ白な世界に変えた。
虹色に煌きながら、形を変えて渦まく何億もの光の粒子がエクスプレスに乗
って私を意識の外に誘導する。
おそるおそる目を開けると、西陽らしき朱色の光線が建物の隙間を縫って
差し込んでいた。一瞬吹いた強い風には潮の匂いがした。空を邪魔するよう
に建つ煙突付きの青レンガの家を見ると、遠くに沈んでいた記憶に触れた感
触を覚えた。
そんな景色の中央には公園の砂場でお城を作っている小さい女の子二人
がいた。薄汚れた水色のパーカーに紺の短パンを着た子と、オレンジが大部
分のチェック模様のスカートと同色系のシャツ、そして膝まである同色のルー
ズソックスのようなものを履いた子。
「ずっと一緒にいようね」
水色パーカーの子がオレンジの服を着た子に言った。
「え〜、それって大人になってもずっとそばにいるってこと?」
「うん!」
「それだとケッコンできないじゃん。イヤだよ」
「だってだって‥。あたし‥一緒にいたいもん」
いじける水色パーカーの子。
「イヤだよ。そんなこと言ってるともう遊ばないよ」
「イヤだ!」
パーカーを着た子は立ち上がり、作っていた砂のお城を踏みつけた。
「ああ!」
オレンジの服を着た子は泣き顔を見せ、すぐにパーカーの子を睨みつけ、
頬をバチンと叩く。
「もう、遊んでやんないから!」
そう言い残して去っていく。パーカーの子は頬の痛みに唖然とする。ハ
ッと気づくと涙が溢れ出したまま、その後姿を追っていく――。
「サヤカ?」
そう呼ぶマリの声と箸を落とした音で私は我に返った。マリはテーブルの
向かい側にいたはずなのに、いつの間にか私の真横にいた。
「どうしたの? 顔色悪くない?」
マリが私の肩を揺さぶりながら心配そうに私の顔を覗きこむ。私はその時、
服の下で汗が浮かび、生地に吸収されていく感覚を覚えていた。
今のは‥誰なんだ? 何なんだ? どこなんだ?
数個のハテナマークが頭の回りを旋回する。
「う、ううん、なんでも‥。ちょっと交信してた」
「はぁ?」
ナツミとカオリとでしか通じない言葉をつい使ってしまう。
「いや、つまり考えごと。おいしいね、コレ」
箸を落としてしまったので、手で野菜炒めのキャベツの芯の部分を取り、
口に入れた。
「そう? それなら良かった」
口とは裏腹にマリはまだ心配そうだ。
私は必死で笑顔を取り繕った。
しかし、さっきの幻覚が私の眼前でうろついていた。その幽霊のように輪
郭のぼやけた小さな顔がマリのほっとする顔と重なったり離れたりしている
ことに気付く。やがて住み処を見つけ、マリの顔の中に吸収されるように存
在が消えていく。そんなことに深い意味は考えず、寝ぼけて朦朧とした意識
を吹き払っただけなのだと思い、落とした箸を洗うために台所に向かった。
マリはやや首をかしげながらも再び元の椅子に座り、何も食べずにそんな
私を意志の読み取れない薄い表情で見つめていた。
――私は何をすればいい?
何度も何度も頭の中でそう繰返し、何も浮かばないまま、その重圧に押
し潰されそうになっている自分がいた。
ほとんど味がわからないまま、お腹は満たされた。目の前の皿に何もな
いことに気付くと、一息ついてから「今日は私が洗うよ」と言った。マリは当
然とでも言いたそうだ。まあ、当然なのだが。
お皿は6つ。鍋とかはもう洗われている。ものの3分も経たずに洗い終わ
るだろう。
台所に立ち、私は洗い始めた。水は冷たすぎず気持ちよい。チャーミー
グリーンの泡立ちがよくて皿についた汚れは食器用スポンジでなぞるだけ
で落ちていく。
「ねえ」
背後からの突然の声に私は驚く。
当然マリだ。声をかけられるまで水の音のせいか全く気配を感じなかった。
「な、何?」
台所に身を乗るようにしてのけぞりながら振り向く。
「今日って仕事ないんだっけ?」
マリは両手を後ろに組みながら前かがみで私と向き合っている。
「いや、あるけど‥」
「何時ぐらいに終わる?」
「何でそんなことを聞くの?」
お互いのことを干渉しない、という暗黙の了解は崩壊しつつある。だから
マリがそんなことを聞いたとしてもおかしいことではない。しかし、私は昔
の名残りからか、南米人なみの顔と顔が接近した奇妙な態勢での会話だ
ったからか、そう尋ねてしまう。
「いや、あのね。今日二人きりで飲みに行かない?」
「飲むってお酒?」
「うん、私たちってそうやって一緒に飲みに行ったことって昔からなかった
じゃん」
「昔は子供なんだからあるワケないじゃん」
「それもそうだ。っていうかまだ二人とも未成年だけどね」
マリはケタケタと笑う。
最初はバイトを口実に断ろうと思った。正直、ココロの欠けたマリと一緒
の時間が増えることはつらいと思ったからだ。
しかし、それは単なる逃げだと考え直す。
どうしたってマリは私の隣にいる存在なのだ。これ以上逃げていても私
もマリも何も前へ進めない。お酒の力を借りることも一つの方法なのかも
しれない。
「うん‥と、6時には終わるかな?」
本当は9時だったが、二人でまったりと飲むとしたら少し遅い時間だ。
私は代わってくれるバイト仲間を頭の中で何人かピックアップしながら
そう言った。
「じゃあオッケー?」
「うん」
マリは「やった!」と無邪気に喜んでいた。私はそんなマリにほっとしそ
うになる自分を諌めた。
110 :
:02/03/15 07:50 ID:DuOooZlp
111 :
111:02/03/15 11:12 ID:T/TQtTB3
更新お疲れ様です。
毎回楽しみにしています。
がんばってください。
髪の毛を金髪から栗色
時事ネタも取り入れてますな
チャーミーグリーンワロタ
( ^▽^)グリーソ保全
水色パーカーの君 保全
115 :
:02/03/16 08:19 ID:YHMA1Jdf
レスはたまにしようかな‥と思っているので。
>112 >時事ネタ
できるだけ心がけていますが、これはたまたまだったりする。
では続きです。『虚像の月』
-42-
バイト中の大半は雑談で過ごしていた。客がほとんどいないのだから仕
方がない。ユウコもその閑散ぶりに諦め気味のようで、今いる私や私より
やや後に入ってきた女の子に積極的に雑談‥というか猥談を持ちかけて
いた。
ユウコは基本的にはセクハラオヤジのようなことばかりを言う。10分間ほ
ど、私はユウコとマンツーマンでその他愛のない雑談に突き合わされてい
た。そんな時、客が来たことを知らせる「ポーン」という音が久しぶりに鳴っ
た。チャンスとばかりにユウコの下を離れようとしたが、ユウコは
「あの子に任せとけばいいいやん」
と、私を引き止めた。逃げの口実にできなかった私はがっくりしながら、半
分浮かしていた腰を落とした。
しかし、そのもう一人のバイトの子はすぐさまやってきて私に声をかける。
「何?」
「友達来てるよ」
「ん? 彼氏か?」
ユウコは邪魔をされた腹いせか囃し立てようとする。
「違いますよ。女の子」
「ああ、わかった」
私は急いでフロントに出た。
「よっ」
フロントの前の待合室の椅子に座っていたのは予想通りマリだった。
今日は6時に”三日月”の前で待ち合わせということになっていた。ちな
みに今日初めてマリにココで働いていることを言ったのだが、マリは何度
か来たことがあったそうだ。名前だけ言うとすぐに場所はわかった。
「早いじゃん」
カウンターの目の前にあるデジタル時計に目をやる。時刻は5時ちょっと前。
「だって暇だったし」
マリは子供みたいに足をぶらぶらさせて、おちょぼ口で言う。
「ふーん」
「それにサヤカの仕事っぷりが見たかったし」
マリは白い歯を見せて言った。大した意味ではない――私はそう自分を
思いこませる。
「そっか。どうせだし歌ってく? タダで歌わせてあげるよ」
私はユウコがまだ奥にいることを確かめてから言った。たとえユウコの耳
に届いたとしても、厳格な性格じゃないから大丈夫だろうが一応そういう優
遇は禁止となっているのでそうした。
しかし、マリは首を横に振る。
「だから、サヤカを見に来たんだって」
「‥‥‥」
ほんの少しだけ黙りこむと、マリは「どうしたの?」と聞いてきた。私はなん
でもないという表情をした後、ただ「そっか」とだけ言うと、お客が入って来
たのでマリとの会話は中断となった。
しばらくしてバイトの子が「おはようございます」と眠たそうな顔でやってき
た。私が無理を言って3時間分だけ代わってもらうことになった子だ。
「おはよう。入ってくれてありがとう」
「ホントですよ。いきなりなんですもん」
「ホントごめん。今度機会があったら奢るから」
機会なんてなさそうな薄い関係だが私は手を合わせながらそう言った。
「はい、楽しみにしてます。それよりも、ちゃんと恋人と楽しんできてくださ
いね」
無垢に微笑む相手に対し、私は慌てた。私はこの子と代わる理由を「恋
人に会うことになって」と言ってしまったのだ。最近彼氏ができたばかりな
子だったので、彼氏に会いたいと言えば、自分のことに投影したりして、理
解してくれると思ったからだ。計画通り、私の願いは受け入れてくれた。
「じゃ、着替えてきま〜す」
バイトの子は私の慌て様にも何も感ずることはなく、更衣室に向かった。
ほっとして顔を横に向けるとマリが目の前にいた。
「うわっ!」
「何よ、驚かなくたっていいじゃん」
目を丸くする私に細い目で冷静に返す。
「だって‥ちょっと仕事の邪魔だよ」
「私のこと恋人って言ったんだ」
「そういうわけじゃないよ。ただ‥あの子が‥」
私はニタニタと笑顔を向けるマリを見て思わず目を逸らした。おそらくマリ
は私が彼女にウソをついたということはわかっている。わかっていて、あえ
てそこを突いてきたのだ。
「とにかく、そこにいても困るし、もうすぐ終わるから外で待っててよ」
「は〜い」
マリは間延びした返事をし、やや大股で店の外に出た。
しばらくして代わってくれる子が制服に着替えてやってきたので、まだ5
時50分だったが私は帰らせてもらうことにした。
急いで制服に着替え、「おつかれさまでした」とフロントとその奥に向かっ
て叫んでから店を出た。マリは店の前にある料金表の立て看板を背もたれ
にして携帯電話をいじっていた。
「お待たせ」
マリは私の存在に気づくとパタンと折りたたみ式の携帯電話を閉じる。
「早かったじゃん」
「うん」
「じゃ行こっか」
足を一歩前に進めたその時にマリは私の腕を絡めてきた。私は抵抗し
ようとしてのけぞると、マリは下から鋭い視線で胸を抉ってくる。
「何警戒してんの?」
「だって‥」
「これくらい普通の女の子同士でやってるって」
マリはそう言うと「ほら」と横に目配せをする。そこには女の子二人がカ
ラダを寄せ合いながら歩いている姿があった。
「あ‥」
「サヤカさんじゃないですか?」
その二人はリカとヒトミだった。向こうも私に同時に気づいたようだ。
「こんにちは」
リカは私に声をかける。少し動揺している私にマリは「知り合い?」と聞
いてきた。いつの間にか腕はがっしりと巻きつかれていた。
「う、うん‥一応‥」
「バイト帰りですか?」
ヒトミは明らかに私とマリがベッタリと寄り添っている姿を興味深そうに
見つめている。
「うん。二人は?」
「これからカラオケです」
リカは言う。
「建前ですけどね」
ヒトミが付け加えるようにして言う。リカは少し赤くなった。
「あんまりハメを外さないようにしてね。迷惑がかかるのはこっちなんだ
から」
私は早くこの場を離れたかった。ヒトミやリカにマリとのことを誤解され
たくなかったのかもしれない。あるいは、マリにヒトミやリカの関係を察知
されたくなかったのかもしれない。
ヒトミは私が早く立ち去りたいと思っていることに気付いたらしく、
「大丈夫ですよ。ちゃんと後始末をしときますから」
と含羞なく言いのけた後で、すぐ「それじゃ」と私とマリに会釈してリカを
引っ張るようにして”三日月”に入っていった。
「二人ともタイプが違うけど美人だね」
リカとヒトミを完全に見送ってからマリが口を開く。
「まあね」
「なんかいちゃいちゃしてたけど‥恋人同士なの?」
「わかんない‥。けど同居してるみたい」
「ふ〜ん。じゃあ、私たちとおんなじだ」
マリは不審な笑みを浮かべ、さらにカラダを寄り添ってくる。”おんなじ”
は”同居している”ことだろうが、それだけに掛かっているとは到底思えな
かった。
あたりはそろそろ暗くなろうとしているがまだまだ明るい。夕日はいくつ
ものビルに囲まれているせいで見えないが、空はそのオレンジ色を鮮や
かに映し出している。
行く道は仕事帰りの人々で溢れている。もしかしたらピタッと寄り添う私
たちを好奇の目で見ていく人がいるかもしれない。別に晒されるのは慣れ
てはいるが、誤解されるのは少々不満だ。
「どうしたの?」
マリは小難しい顔をしている私に尋ねる。
「ううん、別に」
「じゃ、行こ」
「うん」
私たちは計画していた店に向かった。
マリが「焼肉へ行こう」と提案してきたとき、私は幾分かほっとした。「飲
みに行こう」と言われて私はカクテルバーなどの瀟洒な店をイメージした。
そういうところに行くとなるとそれはマリがしたいのは”デート”なのだとは
っきりわかる。
しかし焼肉だったら、周りはうるさいし、食べたら口が臭くなるだろうし、
ロマンティックのカケラもないところなので”デート”をするにしては不適
当だ。私の悪い予感は外れたことになる。
私たちは近くの焼肉店”京城亭”に入った。昔一度だけそこで食べたこと
があったが、美味しいとか安いとかいう印象はない。誰と行ったのかも忘
れた。”行ったことがある”という事実だけが浮き出るようにして覚えている。
店の中は落ち着いていた。まだピークには早いのだろう。客はちらほらと
しか見えなかった。店員が大きな声で「いらっしゃいませ!」とマニュアルの
ような抑揚をつけて叫ぶ。座敷と椅子とどちらがいいか、喫煙席か禁煙席か
などを聞かれたあと、私たちは4人用のテーブルに通された。
店の向こうの端っこでは10人ぐらいの団体がいるらしく、それなりに盛り
上がっているようだが、この周りは落ち着いている。私たちと同じように2、
3人の組や親子連れがいるようだ。
椅子に座るなり、マリは肩にかけていたハンドバッグを横の椅子に置きな
がら、案内してくれた店員に「とりあえずビール2つ」と言う。いいよね、と目
で合図されたので、私は何も考えることなく頷いた。店員は一瞬惑っていた
がマリの方をじっと見てから納得したような顔をして去って行った。
「何あれ?」
そんな店員の背中をマリは訝しげに見つめる。
「多分、子供っぽく見えたんだろうね、マリが」
「‥んでじっと見たら納得したってか」
マリはヘソを曲げながら手を頬に添える。
「まあまあ、身分証明証見せてって言われないだけ良かったじゃん。未成年
には変わりないんだし」
「う〜ん‥」
まだ納得しないマリ。でもよく考えたら、マリより年下なのに疑いもされなか
った私のほうが可哀相なのではないか? と思った。
「さてと‥」
私はテーブルに肘をかけ、カラダの前で手を組む。マリはテーブルの端に
立てかけられたメニューを広げている。
「サヤカと外食なんていつ以来だろう?」
「う〜ん、どうだろ?」
再会したときに、レストランで食事をした。もしかしてそれ以来では? と
思いながら、それ以降の記憶を早送りする。
「私がサヤカん家に押し入ったときにご飯食べたじゃん。それ以来?」
「あ、やっぱり? 私もそうなんじゃって思ってたところ」
「じゃあ結構前だね」
「うん。1年ぐらいか‥」
私たちがいかに薄かったかを改めて感じる。
「おかしな関係だよね。幼馴染で同居もしてるのにお互いのこと何にも知ら
ないんだもんなぁ」
「そうだね」
「サヤカは私のこと知りたい?」
焼肉の煙があちらこちらで立ちのぼり、ジュージューと音を立てる場はや
けに濃い日常感をもたらしていた。そのせいかマリの言葉を軽くとらえてし
まう。
「う〜ん、いいや。今さら知って、すごいギャップがあったらイヤだし‥」
「ふーん」
マリは明らかに不満そうな表情を浮かべる。横の『火曜日はレディースDay!』
と手書きで書かれた紙に顔を向けるマリを見ながら、私はマリは重い意味
を含めて聞いたのだと気づいた。そして気付かなくてよかったと思った。
案内してくれた店員が生ビールを二つ持ってきた。泡の立ち方が全然違
うところを見ると不慣れな新人が入れたのだろうか。マリは持ってきた店
員にメニューを指差しながら次々と注文していく。途中、「サヤカは何か食
べたいものある?」と聞いてきたが私は「任せるよ」と言った。
「じゃ、とりあえず乾杯しよっか?」
マリは店員が必死でオーダーを受け付けるリモコンを操作している中私
に言った。
「うん」
「それじゃあ、二人のこれからに乾杯」
「乾杯」
二つのジョッキを重ねる。マリの手に持つジョッキからは泡がこぼれる。
それを見たマリは慌て気味にビールに口をつけた。
私はお酒が好きでもキライでもない。ジョッキの6分の1ほど飲んだあと、
口から離す。
マリは「ぷはーっ」というオヤジのような声とともにドンと音を立てながらジ
ョッキをテーブルの上に置いた。見ると半分ほど飲み干していた。マリは結
構お酒に強いようだ。
肉がやってくるとマリは目を輝かせた。横長の大きな皿の中央にはタン塩
が5人前も盛られている。
「さて。食べよ」
割り箸を二つに割り、マリは即座にそのタン塩に手をつけた。金網に乗せ
るとジューという音が立ち、赤色からこげ茶色に変色していく様をマリはツバ
を飲み、割り箸を行儀悪く動かしながら見る。まだ赤いかな? と見ていた
肉にマリは箸を伸ばした。
「まだ早いんじゃない?」
「いいって。肉は半生が一番!」
マリは小さな口を大きく広げ、タレに付けた肉をほおばる。私がそんな様
子を見つめているとマリは、肉を飲み込んだ後、「おいしい」と幸せ満面に
言った。
それからは二人とも食べることに専念した。
食べている間は大したことは話していない。先日見たドラマがどうとか、
コンビニに売っている紙パックのお茶は不味すぎるとか、今年の秋から冬
にかけての流行りの服のこととか、お互いの生活に介入しない差し障りの
ない会話が続いた。
大抵はマリが話しかけ、私が反応するという繰り返されてきたパターンだ
った。薄っぺらいものだと気付いていても、自分の内面を防御する必要が
なかったことで気を張らずに済んだ。
マリはビールを中心にお酒を大分飲んだ。私の3倍は飲んだだろうか。と
もかく一度「飲みすぎなんじゃない?」と諌めたほどマリは大量に飲んだ。化
粧で白くなった顔が飲む前に比べ、随分と赤くなっている。口もロレツが回
らなくなりかけていた。
「サヤカ、今日はありがとね」
一杯になった腹をさすり、箸を揃えて置いてからマリは言った。目の前に
ある網の上にはコゲしか残っていない。私がそのコゲを下に落としている
時だった。
「うん。美味しかった。また来よっか」
「うん、また二人でね」
ちらりと腕時計に目をやると時刻は8時を10分ほど回ったところだった。
周りは肉を焼いている音や酔っ払いの高らかな叫び声などが飛び交いう
るさい。
「そろそろ出よっか?」
酔いがかなり回っているのか挙動不審に周りを見た後で、マリは言う。
「うん」
私は食べる前に着けた紙のエプロンを脱ぎ、隣りの椅子の上に置いた。
ここでの飲食代は二人で8千円だった。一人4千円か‥と考えていたら
「私が奢るよ」とマリは言い出した。「割勘でいいじゃん」と言ったら「私が誘
ったんだから‥」と出そうとする財布を抑える。そんなまるでサラリーマン同
士のやりとりを店員の目の前でしてしまった。結局、マリの酔いに任せた強
情さに押されて奢ってもらった。
店を出ると喧噪は深みを増していた。この歓楽街は当たり前だが夜が深
くなればなるほど活気が増す。
人はなぜ夜を好むのだろうか。
今の先進した社会に生きる人間にとっては昼の輝く太陽は眩しすぎるの
かもしれない。夜のような少し存在がとぼけたところでないと自分を発揮で
きない。
それは臆病であり、卑怯だ。しかし、自分を偽っていないと――そして夜
にその仮面を剥がさないと生きていけない。夜の賑わいは歪んだ社会の
象徴なのでは? と思う。
ふと隣りにいるマリを見た。マリはそれと似たような仮面を脱ごうとしてい
る。社会の最も腐った部分に身を浸されてしまった自分を解放しようとして
いる。
もっと夜が深くなってほしいと思った。
臆病であっても卑怯であっても私はそれに縋るしかなかった。
マリは大分飲んでいたためか、かなりフラフラとした足取りになる。私はそ
の腕をつかみ、一緒に歩いた。
「うわ‥やべ‥まっすぐ進まない。へへへ‥」
マリはかなり酔っているとはいえ意識ははっきりしているようだ。思い通り
に動かないカラダを逆に楽しんでいる。”ほろ酔い”をちょっと超えたぐらい
の周りには少し迷惑で、自分としては最上級に楽しい状態だ。
時折、「きゃははは!」と高い声を上げたり、いつも以上の大きな声を出
しながら街中を進む。途中、強面の男と肩がぶつかり、喧嘩を吹っかけら
れそうになったが、向こうもグダグタに酔っていたようで、大事にはならな
かった。
また同じことがあったらイヤだな、と思った私はマリを連れて賑わっている
街中を外れた。
「ねえ、あそこで休まない?」
先にはちょっとした広場があった。マリはフラフラのカラダを支えるのが精
一杯らしく、返事はなかったがどう見ても休憩すべきだと思い、その広場に
向かった。
そこは待ち合わせ場所に使われそうなところで中央には噴水付きの人工
池があり、丸い形の外堀に囲まれている。ちょうどその掘の高さは椅子に
するのにちょうど良かったので私はマリをそのタイルの外堀に座らせた。お
そらく昼時にはOLやサラリーマンがおにぎりや弁当を持参して、ここに座っ
て雑談したりする場所なのだろう。
私は視界に入っていた自動販売機に行き、ウーロン茶を二つ買ってきた。
「はい」
少し吐き気があるのだろう。マリは蒼ざめた顔でそのウーロン茶を受け
取るが、すぐには飲まず大きく深呼吸する。
「大丈夫? 吐きそうになったら言ってね」
「うん‥。でも大丈夫。吐きたくなったらココでするから」
とマリは後ろの池を指差す。
「それはまずいって」
池は少し汚れていて、生物らしきものはいない。私はマリの横に座った。
するとマリは頭を私の二の腕に凭れかけてきた。私はその小さな頭を優し
く撫でる。
「もうマリとは飲みたくないなぁ」
ダランと前に落ちる前髪の向こうに見えるシャインリップが輝く唇を一瞥
しながら私は呆れ口調で言った。
「だってだって‥。久しぶりだったんだもん」
マリは甘えた子供のような顔と声で口を尖らせる。ただ吐く息は少し臭い。
私は顔を背けようとするとマリは顔をさらに近づけてきた。私はものすごくイ
ヤな顔をする。
「だからって飲みすぎだよ」
「だって酔ってないと、ちゃんと話せないもん‥」
マリはポツリと言った。注意していないと聞き取れないほどの小声だっ
たが私は運良く拾えた。
「何?」
「‥なんでもない」
マリの身が硬くなるのを感じた。アルコールで少し火照っていた私のカラ
ダが冷たくもない晩夏の風により急速に冷やされる。そして、マリのカラダ
も私以上に冷たくなる。
美味しい物を食べて、飲んで、笑って‥そんな日常から一変した瞬間。
「‥なんでも‥なくないよ」
低いトーンが私の口から発される。マリの顔を見た。少し化粧の崩れた顔
からは決然とした意志が見える。
きっとマリは酒の力を借りたかったのだと思う――次からの言葉を言う
きっかけを作るために。
「私‥前に進みたい」
ちょっとした間のあとで、喉の奥を鳴らすような低い声が私のココロの底を
揺さぶる。ついさっきまでの高らかな酔狂声とはてんで異質だ。
「前って?」
「このままだったらいつまでたっても止まったままだから‥」
「‥‥‥」
「ちゃんとスタートラインの確認をしようと思う」
声を呑む私に対し、マリは潤んだ瞳を向けた。息遣いさえ聞こえてこない。
時が止まったような静寂が私を硬直させる。
時間を動かしたのはマリだった。突然、私の頭をつかみ自分のほうに手
繰り寄せてきた。私はあまりに突飛なことだったので、身構えることもでき
ずマリにカラダを預ける形になった。
そのままマリは抱きかかえるようにして強引にキスを奪ってくる。柔らかい
とか温かいとか甘いとかそんな感覚はなかった。ただ唇が押し付けられた
という行為だけを理解した。
私は力一杯にマリを引き剥がし、叫ぶ。
「マリ! もうこんなことはしない‥って‥」
顔を上げ、マリから少し離れると私は絶句した。
仰向けになったマリは私の叫び声に耳を貸さずに煤けた空気の先にある
であろう遠い銀河をぼんやりと見つめている。その姿は青白く、目は白く虚
ろで生気が闇に溶け出しているようだった。
――何も変わっていない。壊れたままだ。
わかっていたことだが、あらためてそう思ってしまう。
いや、私はわかっていたのにわかっていないフリをしていたのだ。ここまで
追い詰められていたマリを無視してきた自分を恨む。
「月ってキレイだなぁ‥」
マリはうわ言のようにボソリと呟いた。
マリの後頭部の向こうには、表面をくすぐる風により小さい波が生まれ、
ちゃぷんとかすかに音が立つ水面がある。その中には月が浮かんでいた。
ゆらゆらとした虚像の月だ。
目を空にやると、漆黒の空に斜め上半分が欠けた月が曖昧な微笑みを浮
かべてぶら下がっていた。もう一度マリに目を向ける。
マリの目は潤んでいた。きっとマリには彼方の月は後ろの虚像の月のよう
に揺らめいているのだろう――この世界の全てが虚構であってほしい、と願
わんばかりに。
「そういやあ、あの時も見えてたなぁ‥。あんな感じに‥」
まぶたに溜まっていた涙は薄紅色の頬を伝う。
私は胸に針を突きつけられたような感覚で聞いた。
「あの時って‥?」
「レイプされた日」
胸元を針ではなくのみでえぐられたような凄烈な言葉をマリははっきり
と口にした。マリがその言葉を口にするにはあまりにも残酷すぎる。マリ
はゆったりとした動作で自分の胸に手をやる。そして、服越しにあのゴツ
ゴツとした感触を確かめている。
マリはレイプという事実を認識し、自分を痛めつけている。涙はいつの
まにか消えていた。涸れたのではない。きっと涙という表面に出てくる生
理現象なんて意味を有さないほどの自虐なのだろう。
「私‥忘れようとしてた」
「‥‥‥」
「でもできなかった」
「‥‥‥」
「だから死のうとした」
マリは左手をぶらんと宙にあげ、手首を返す。マリが私に何を見せよう
としたのかはすぐにわかった。
「マリ‥」
「果物ナイフって手首の骨を突きとおすにはやわすぎなんだよね。ちょっ
と痕が残っただけだった」
私は一度目をつぶる。傷痕が物語る事実から背けたかったのではない。
ぼそりと口にしながら微笑むマリは乾きすぎていて、後ろの月と合わせて、
虚像に見えたからだ。
どこまで痛めつければいいのだろう。
どこまで自分を追い込めばいいのだろう。
――マリはどこへ向かおうとしているのだろう。
「死んだら‥負けだよ‥」
私は目の前にあった手を両手で優しく掴む。冷たかった。
「ねえサヤカ‥」
マリは遥か遠方に目を向けたまま私を呼ぶ。
「何?」
「だったらずっと一緒にいてくれる?」
二つの声が重なるようにして聞こえてきた。共鳴したのか二次元の縦波
を三次元に変える。
その声はマリと――今日幻覚の中で出てきたパーカーの子だということ
はすぐ気付いた。そして、次の瞬間、その子が誰だったのかようやく気づ
いた。
あの幻覚は幼い頃のマリと私。
オレンジの服の子がマリで、水色パーカーの子は私。
私は昔、マリに同じように懇願した。
『それは昔サヤカが言った言葉なんだよ』
きっとマリはそう言いたいのだろう。あの虹色の粒子が誘った世界はマ
リが作ったもの――私を狂った世界に引きずり込もうとする一アイテム。
昔の記憶という曖昧なものを私の脳内から引きずり出し、混乱させ、魔
法をかけようとしているのだ。
マリは眩暈がするほどの内なる迫力に満ちていた。それは気圧すよう
なものでなく、引き込むような冷たいもの。
答えに窮する私からマリは目を離す。遠いリアリティのない世界が再び
眼球に映っていた。
「私はレイプされた」
カタカナで表現されそうな感情の欠けた言葉は鋭い角部を有し、何の減
衰もなくココロに突き刺さる。
「トシヤに裏切られた」
マリは私のほうを見ているが私を見てはいない。ただ私を媒介して、マリ
自身の内面の影と向き合っている。
「ココロもカラダもボロボロ」
「‥‥‥」
「だからもうサヤカしかいない‥」
「マリ‥」
本当はマリは信じたくなかったのだと思う――レイプされたことも、彼氏
に裏切られたことも。しかし、その事実は確実に、そして残酷に記憶に埋
め込まれる。
もし、それを単なる悪夢だと自分を防衛しても、その悪夢はある日突然、
目の前の現実にせり出してくる――一生涯をかけて、その現実を少しず
つ噛み砕いていかなければならない。
「お願い‥ずっと私の側にいて」
幼い頃から蓄積された二人の思い出が甦り、感情の欠けた今の二人を
晒しものにする。
突然マリに”生”の色が帯びた気がした。それは月の光を十二分に吸
収し、何かが腐食されてできたものだ。きっとつらさや悲しみなど感情の
負の部分が昇華した形なのだろう。
「それは‥」
私は何か言おうとして口が止まる。喉から出かかった言葉はマリにとって
あまりにも残酷だ。
――ずっと一緒にはいられない。
マリの願いはどこまで深いか、そしてどこまで破滅的なものであるか、私は
マキとの経験を通して知っている。
マリが私に求めているのは、かつて私がマキに求めたものと同じようなも
のだ――生とか死とかは関係ない。カラダなんていらない。ともすれば好き
とか嫌いとかいう対人感情さえ、幸せとか不幸だとかいう自己感情さえもい
らない。
ただ一緒にいる――それだけに全てを費やす。
その現実をマリは受け入れてくれるだろうか。
「ずっと一緒にいよう」とウソをついたところで、この場は何とかなるかもし
れないが、それは今まで通りの逃げであって明日以降の生活は何も変わ
らない。
私は声を呑みこみ、すぐにウソでも真実でもない都合の良い言葉はない
か必死で探した。
気付くとマリの右手はポケットに入っていた。そして私が掴んでいた左腕
はいつの間に逆に掴まれていた。目には迫力のある悲しみと決心の文様
が彩られている。
息を呑んだ。
何かが起こる――長い付き合いだからこそ感じられる直感が神経網を急
速に伝播する。
――生とか死とかは関係ない。
しかし、直感は遅すぎた――。
「それが叶わないんだったら―――」
深遠の空をもがいていた透明な眼差しは恐ろしいほど冷徹に私一点に
向けられた。掴まれた右腕は振りほどくことができないほど強く握られて
いる。そして、ポケットの中の右手がもぞもぞと動く。
マリは私やこの世界を炎のような昂然とした激しさではなく、月のエネル
ギーに満ちた青白いレーザー光の激しさでもって刃向かった。
マリは突然起き上がり、横にいた私に襲いかかった。無防備だった私は
なす術なく、仰向けにされ肩を押さえつけられる。
「マリ!」
私は椅子代わりにしていたコンクリートに頭と肩をしたたかに打った。
しかし痛みを気にする暇はない。仰向けにさせられ、いきなり視界に広が
った月を中心とした夜空をマリのカラダが邪魔をしている。そしてマリが右
手に力強く握られているものにぞっとする。
「マリ‥やめて‥」
「サヤカ‥どこにも行かないで‥」
マリは涙を口に含みながらそう哭し、右手に光る果物ナイフを私の眼前
に突きつけ、威嚇する。きっとマリの手首に残っている傷痕をつけたナイ
フと同じものだろう。
私の左手は空いている。押さえ込むには不十分な体勢だ。タイミングが
よければそのナイフを持った右手は振り払える。しかし、そんなタイミング
をマリは許さない。生きるために必要なものさえも削ぎ落とした鋭敏な感
覚が私だけに向けられる今、不穏な動きは瞬時に捉えられるだろう。
「どこにも‥って‥」
「今日サヤカがいないって知ってすっごく怖くなった。もうサヤカは帰ってこ
ないんじゃ? って思った。もうあんな寂しい思いはしたくない!」
「だからって‥こんなこと‥」
頬にはナイフの冷たい感触が走る。
「この2週間、サヤカのことだけを考えた。サヤカのことだけを想った。そし
てわかった。もう信じられるのはサヤカしかいない。笑顔を見せられるの
はサヤカしかいないって!」
マリは私の目の前でナイフの刃の向きを変える。漆黒に淀む中で怪しげ
にキラリと光る。
「じゃあ‥なんでこんなことをするの?」
「どうせ断るんでしょ?」
「え?」
私はその目と言葉にマリに対する勘違いを指摘された気がした。
侮蔑の目は私だけじゃなく、きっとマリ自身にも向けられている。最後
の言葉はマリのこれまでの葛藤が如実に現れている。
――生とか死とかは関係ない。
”ずっと一緒にいる”ための方法は一つだけ。
「‥‥‥」
マリの冷たい薄氷の意識が思考下に舞いこんでくる。
『サヤカを求めるとき、この生命という偶然の負荷でさえ邪魔なんだ』
マリは生きることが”現実”なのだと知っている。
その現実には耐え難い事実が刻まれていることを知っている。
全てを浄化し、幻想の世界に堕ちることを望むマリはその願いに反し、
濃密な真実というシリコンチップをボロボロに欠けたココロに埋め込まれ
ている。
逆だったのだ――マリは深い闇に落ちたのではなく、闇に腐食された
カラダを持ったまま、光輝く”現実”で晒されていたのだ。
マリは現実世界に棲んでいる。しかし、カラダは醜く腐乱し、ココロは
ドライバーでその中心部を無理矢理ねじられた。
ここは自分の居場所じゃない、と半死体のカラダやココロは訴える――
求めるのはマリと私だけの桃源郷。色彩も濃淡もない、光も闇もない、
生命なんていう負荷もない、無次元化された世界。
「だったら‥」
「マリ‥」
説得することも抗うこともできない。
マリは小さな唸り声とともにナイフを振り上げる。
空気を切り裂くような音が聞こえた。
ここまで追い詰められても自由なはずの左腕は言うことが聞かなかった。
ただ残忍なまでの透明な微笑と瞳の奥にある虚像の月を焼きつけながら
目を閉じた。
眼球の裏には死の空白が広がっていく―――。
147 :
:02/03/16 10:10 ID:YHMA1Jdf
連日更新乙カレー
前回更新分読み終わってリロードしたら
>>115がキテタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!
これぞまさにリアルタイム!!
焼き肉2人で8000円ネタにチョトワラタ
149 :
111:02/03/16 12:36 ID:yHHsmndl
更新お疲れ様です。
ムムム...こうきましたか...
次回期待。
連日更新お疲れ様です。
この作者さんって、わたげとか書いてた人なのだろうか・・・
ちょっとさやまりの破滅感にそう感じてしまった。
最初からここまで一気に読んだけど、すっごいね!
すごすぎて多少失禁した感があるYO!
あと若干市井ファンになりそうな感があるYO!
これからも自分のぺ○ス・・・もといペースでガンバってYO!
ナマタマゴも入ってるね
154 :
名無し:02/03/17 13:40 ID:jaKFPKIk
ここの小説の登場人物はほとよく壊れていてイイッスね。
155 :
154:02/03/17 13:45 ID:jaKFPKIk
だいぶさがっているから一旦保全age
保全はsageで出来ます。
保全せずにはいられない
桜が咲いてきましたね。保全
<(`△´)
保全の世界
( `.∀´)<朝保全よ!
(〜^◇^)<夜保全だよ!
ぼぜん
164 :
:02/03/23 01:16 ID:9rqmB8p2
予定よりも随分遅くなりました。
感想・保全していただいた方、ありがとうございます。
ナマタマゴは見てないんですよね。レンタルもできないしどうしようかなぁ。
では続きです。ちょっとこだわって。
『We're ALIVE』
-43-
真っ白となった生命は数秒経っても変わらず脈動を続けていた。
自由な左手の指の間に風が通りぬける。掴まれた右手首にはマリの
食い込む爪の感触がある。
「マリ?」
目をゆっくりと開けるとマリが固くナイフを握った右腕を発信源にして震
えていた。透明な結晶が再び頬を濡らしていた。
なぜマリが動作を止めたのかわからない。ただ、死ななかったことだ
けはわかった。
「マリ‥」
独り言のような呼びかけにもマリは反応しない。その小さなカラダは
夜の闇の偶像として立ち尽くしている。
マリは一瞬未来を見たのだと思う。遠い未来ではない。ほんの数秒
後の残忍な未来。
マリは歯を食いしばりながら何か耐えていた。きっと「私を殺せ」と
いう断末魔のような叫びがココロの底からマグマのように沸き上がって
いるのだろう。
もう振り下ろされることがないと確信した私は上体を起こし左腕をマリ
のナイフを持つ右手に触れる。すると、硬直していた右手は呪いから
解き放たれたように、だらんと下がり、ナイフを真下に落とした。地面
はタイル張りのコンクリートだったので、ナイフの削れるような音が闇
夜を切り裂くように響く。
打ちひしがれるマリ。半開きの口からは上手く呼吸器が機能してい
ないのか、闇をもがくような荒れた音が聞こえる。目からは再び造られ
はじめた涙が直線を描いて落下する。
「大丈夫?」
その言葉に反応するように、マリはスローモーションで顔をあげる。
微かに口が私の名をなぞる。
苦しみという成分のみが純化した黒の水晶は透明な結晶の後ろ側で
輝いていた。皮肉にも狂おしいほど美しかった。見開いた瞳孔が小刻
みに揺れながら殺意の対象だった私を優しく捉え、その名鉾の力をぶつ
けてくる。
いや、元々殺意なんてなかった――マリの行動は生きている以上自然
の成り行きだったのだと思う。
もう一度「大丈夫?」と聞こうとした時だった。マリは顔はあげたまま、
眼球を下に落とし、私から目線を外した。震えていたマリの瞳孔が一瞬
ピタリと止まると伝播したかのように私の目を含めたカラダが一瞬無意
識に振動した。私にナイフを向けた時のあの”生”の色が再び帯びたこと
に気付く。
――今度の直感は遅くなかった。
マリは次の瞬間、硬直していたカラダを唐突に奮い起こし、真下に落ち
たナイフに飛び込むように上半身をかがめた。私はそれより早く、地面に
あるナイフを蹴飛ばした。
ナイフは地面を這うようにして、遠くへ転がっていく。マリは膝をつき、擦
れる音とともに去っていくナイフを目で追っている。
私は乱れた呼吸を整えようと大きく息をつき、マリを見下ろしながら言った。
「死ぬのはイヤ」
「‥‥‥」
「だけど、死なれるのはもっとイヤ」
マリは拳を握り締め、一回地面のタイルを叩く。そして体内中の毒を絞
り出すように叫んだ。それは深手の傷を負い、もうどうにもならないことを
知った負け犬の慟哭に似ていた。
マリの薄氷の意識はマリ自身によって砕かれている――そう思った。
私は同じように膝をつき、マリを起こし、マリの頭を私の胸にうずめる
ようにして抱きしめた。
「もっともっと泣いたっていいから――」
声にもならない声で私はマリの耳下に囁く。聞こえたかどうかはわからな
いが、マリは私の胸に押し付けるようにして泣き喚きはじめた。マリの悲し
みに支配された感情が、ストレートに私のココロを射抜く。
――だから、明日には笑って。
ココロもカラダも壊れたマリの精神の深部にある核の声を探しながら、
ダイヤの鑑定をするように言葉を選ぶ。その揺らぐ声を聞き取ったとき、
思考を一瞬麻痺させるほどの圧倒的な疼きを感じた。
マリは生命を完全否定していなかった。
その形にするとミクロンオーダーほどしかない小さな生きる力は最後の
最後で発動した。
マリの温もりを感じる。マリの鼓動を感じる。それは私が幼い頃から当た
り前のものとして感じてきたものだ。
マリも同じように私の温もりや鼓動を感じてほしい――そう願ってさらに
きつく抱きしめた。
何分経っただろうか。
マリの引きつけを起こしたような慟哭も少しずつ翳りが見えてきた。荒い
呼吸の中から「ごめんね」と繰り返していることに気付く。
私はマリの髪の毛をくちゃくちゃにするように強くなでる。その後、口をマ
リの耳下に近づけて、小さな子供をあやしつけるように言った。
「もう謝らなくていいから」
「‥‥」
マリは泣くのをやめないが、確実に耳には入っているだろう。目とは違っ
て耳は閉じることができないのだから。もしかしたら聴覚情報というのは視
覚情報よりも大切なもので、ココロを最も揺さぶるものなのかもしれない。
「マリはかけがえのない友達だよ」
私は同じように囁く。マリはその震えるカラダを少しだけ鎮める。
「‥‥」
「大好きだよ」
「‥‥」
私は目を一度閉じ、マリの頭をなでていた手を止め、間を空けてから
はっきりと口にした。
「でも、ずっと一緒にいることはできない」
マリは一瞬呼吸さえも止め、そのままゆっくりと顔を上げた。禿げた口
紅がついた口元から、音を出さぬまま「なんで?」と聞いてくる。私は少し
汗でベトつくマリの前髪をかきあげて、微笑んだ。
「私たちは生きているから」
マリは表情を変えない。半開きの口がかすかに動き、細かく息を刻む。
この時その小さな口にキスをしたいという衝動に駆られていることに気付
く。あんなに拒絶していたはずなのに、と矛盾した自分に向かって苦笑した。
「死ぬなんていつでもできるから」
――生きるなんて無意味だ。
「せめて、その間だけでも苦しんだり笑ったりしないと」
――笑ったり泣いたりしなくていい。
「いつか自分を誇りたいから」
――全てを捨ててあなたの元へ。
「‥‥」
マリは意味がわからないのかただ、じっと私の目と口を見つめていた。き
っとこれらはマリだけでなく、私自身にも向けられたものだ。一つ一つの言
葉がマキの存在を砕いていく。
「生きるっていうのは変わることなんだ」
大人になるということは純粋だったココロに不純物をあらゆる方面から
混ぜられていくものだ。
しかし、それは罪なのだろうか、とも思う。不純物の投入により、脆弱だ
ったココロは悩み苦しみもがくことになるかもしれないが、それを糧にすれ
ばいい。不純物は化学反応させていく。
それができるのが人間なのだ。
「ずっと同じところに立ち止まってはいけないんだと思う」
「‥‥‥」
「私たちにはいろんな人と会う義務あるんだ。成長するために、前に進む
ために。幸せになるために」
「‥‥‥」
「だからこそ人の周りには人がいるんだと思う」
「‥‥‥」
「きっと世界が二人だけだったら私たちはずっと止まったままなんだ」
マリは押し黙ったまま、枝分かれのない視線を私に向けていた。私が
口を止めると常に微かに舞う風の音が場を支配する。キスを強要された
時に感じていた無から生まれた純粋なココロは、生きてきた証の不純物
と化学反応を起こし、凶器ではなくなっていた。
「‥だから‥」
マリは一度鼻をグズつかせてから口を開く。
「うん?」
「だから‥一緒にはいられない?」
高くて、ちょっと掠れた声だった。私は「うん」と頷く。
「人には永遠なんて言葉はないはずだから」
――この世界は永遠に私とマキだけ。
自分の過去と決別――すなわちマキを無意味な存在にしようとしているこ
とに何の抵抗もなかった。今、持っている感情が全てだった。それが積み
上げてきた自分の中の真実とは混じり合えないものでも、私は”今”を選択
した。
「これからいろんなことがあると思う。彼氏を作って働いて、やがて結婚して、
家族作って――そんな普通に生きていく中でマリと常に一緒にはいれない
と思う」
「‥‥」
「だけどね‥やっぱり私たちは特別なんだ」
私はやっぱりマリが大好きなんだとあらためて思った。
この小さくてかわいくて幼いカラダを包み込んであげたい。
この血の繋がっていない親愛なる姉を守ってあげたい。
マリが好きというのは事実。
それはどんなことがあっても変わることのない絶対的なもの。ココロと
いうふわふわ浮かんだもので常に色とか形が変わるものなのに、”マリ
の”という語句が頭についたらそれは私にとっては絶対的真実。
「幼なじみっていう関係はいくつになっても消えたりはしない。きっとどこ
かで繋がっている。絶対、また会えるようになってるんだ」
「‥‥」
「だから、別れたっていい。私は”別れ”と同じだけマリという人間と出会
いたい。そして――時を越えて、笑い合いたい」
マリは少しだけ表情を変えた。私はそう口にしながら、再会したあの時
を思い出していた。きっとマリもそうなのだろう。私たちは物心がついた
時から一緒だった。だからあの再会は二人にとっての初めての”出会い”
になる。歯車が噛みあっていなくて、「昔のようにはいかない」と嘆き合っ
ていた二人がこうして今まで一緒にいれたのも”繋がっている”からだ。
――だからマリも一生懸命生きて。
マリはポンポンと私の背中を叩く。私は精一杯だった力を緩め、少しマ
リから離れた。
「ごめんね‥」
マリは小声でしかなかった言葉を今はっきりと言う。私は首を左右に振り
ながら、「私は大丈夫だから」と笑顔を向ける。するとマリはほっとしたよう
な笑みを浮かべ、再び私の胸に顔をうずめはじめた。
しかし慟哭は伝わってこなかった。私のカラダとマリのカラダ――二つの
カラダは一つになって空空寂寂と月夜の中に溶けていく。
永遠なんてないと言っておきながら、その穏やかな感覚は永遠のように
感じられた。
ふとマリがクスクスと笑いはじめていることに気付く。「どうしたの?」と聞く
までもなくマリは私から離れて、ゆっくりと立ち上がり、独り言のように言った。
「私たちだけじゃない‥か‥」
マリは両手を後ろに組み、遠い空を眺めていた。視線の先には夜空にま
たたく輪郭のはっきりとした月。そして星さえも輝き出していた。
「うん」
「サヤカってそんなに彼氏のこと好きなんだね」
マリは少し意地の悪い顔を見せながら言った。掠れ声だけど確かにそう言
った。
私には脈絡のない唐突なものに聞こえた。しかし、その意味深な顔をしば
らく見ていると一つのことに気付く。
私が言ってきたことはユウキと別れたくないというための口実にもなりうる
ものなのだ。
「あ‥えっと‥」
もしマリがそう解釈してしまっているのなら、私が叫んできたマリへの答え
は大層陳腐なものになっているだろう。
私は慌てた。しかし、次の瞬間、それは杞憂だということに気付く。
マリの意地の悪い顔には、嫉妬は含まれているようには見えなかったから。
それにあの永遠に近い穏やかな感覚が私を安心させる。あの間、夜に沁みた
カラダの中にマリのココロが流れ込んでいた。それは一番奥から掬い取って
きた穏やかなエキスだった。
「まあね」
そのおかげか私はうなずくことができた。実際ユウキという彼氏がいて、好
きというのも事実だから。
いや、もっとユウキという人間の意味合いは強いのかもしれない。生きる
とは何なのか、という根本的なことさえ教えてくれた人だから、恋人という
言葉だけでは収まりきれない特別な存在。
「マリとはまた違ったものをくれているような気がする。だから、今の私には
あいつが一番‥かもしれない」
「へへへ‥。のろけちゃって。フラれちゃったね、私‥」
マリははにかんだ。夜がどんどん深くなり、月や星の存在がさらに際立っ
てくる中、晴れ晴れとした姿に変えていく。
「そうなの‥かな?」
元々マリは同性の私に恋なんてしていないはずだ。ただ生命としての慈
愛を私に投影していただけだろう。でも”フラれた”って思えばいい。それで
マリが生きる意味を得られるならば、間違ったままでいい。
「うん。あー、ショックだぁ〜。でもなんか、すかっとしてる。ヘンな感じ」
マリは自分の胸に手を軽く添え、鼻から大きく空気を吸いながら言った。
その小さなカラダが大きく見える。一線を超えたときの達成感がそう見せ
ているのだろう。
「そうだ」
私はある閃きとともに呟いた。
もう一度、前進するために。死ぬ以外の未来を見つけるために。私た
ちが同じ時の中を生きていることを実感するために。
私はマリの小さな願いを思い出しながら立ち上がった。
「何?」
マリはスタスタとマリとは違う方向に歩み出す私を不思議がる。私は血肉
を食らうことなく地面にひれ伏した果物ナイフを取ってきた。
「じゃあさ、ココからまた始めよっか」
「え?」
私はコンクリートにできる限りの長い直線を引いた。もちろんヤワなナイ
フではちょっと白い跡ができた程度だったがそれなりに見える線ができた。
「これが私たちのスタートライン」
ナイフを二つ折りにして刃を閉じ、マリに渡す。
「ここからまた改めて一緒にスタートしよっか」
「サヤカ‥」
「この先同じ道は進めないかもしれないけど、ここから一緒にスタートし
たことはどんなことがあっても絶対忘れないから」
手渡したナイフはしばらくマリの手のひらにある。かなりキザなことを
言ったかな? と思った私はいそいそと背中を向け、「なんちゃって‥」
とつけ加えておいたほうがいいかも、と考える。
「じゃあ‥」
そんな時、後ろからマリの声が聞こえた。
「よーい、ドン!」
「へ?」
もう一度振り返るとマリは走り出していた。
「ちょ、ちょっと!」
「家に先に着いたほうが明日のご飯当番ね!」
「何だよ、それ!」
足はマリのほうが断然速い。私は小さくなる背中を文句を言いながらも
嬉しそうに追いかけた。
まばらに輝く星たちはその美しさをさらに増していた。
178 :
:02/03/23 01:48 ID:9rqmB8p2
素晴らしい
更新キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!
後に着いた方が当番じゃないかと思ってみる。
ネタにマジレススマソ
マッテ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━マシタ!!!!
このまえHPのBBSにも書かせてもらいましたけど
応援してます!!
更新、そして感動をありがとう
( 〜 ^◇^ 〜 )
いきなり名場面キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
184 :
:02/03/24 13:21 ID:fzD/xBB2
保全ありがとうございます。
>180
ネタじゃなくマジ間違えです。「何だよ、それ!」って感じです。
では続きになります。
-44-
この一週間の平穏な日々は何か風雲急を告げる前兆だったのだろうか?
あまりにも穏やかで、ただゆっくりと流れる白い雲を眺めるだけの時間が
大半を占めた。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
客らしき2組のカップルの一人が私を見ることなく4本の指を私に向ける。
「4名様ですね。ではこちらにお名前と電話番号をお願いします」
今日、私がカラオケ”三日月”で働いているのは予定外だった。
ホントは今日もその穏やかな時間の延長線上にいる日になるはずだった。
まだ連絡を取っていないけど、ユウキと会ってセックスしてもよし。
マリと手の込んだ料理を作ったりしてずっと家に閉じこもっていてもいい。
もし二人とも用事があるのなら、一人で読書に耽ってもいい。
とにかくそんな何にも囚われないような日になる予定だった。
しかし、一本の電話がそんな安息の日を壊す。
正午前に目を覚まし、トースターにパンを入れて、あくびをしながらテレ
ビを見ている時だった。
「ナッチが無断欠勤しよってん。代わりに入ってくれへん?」
ユウコは早口で私に懇願する。電話の向こうでは声が飛び交っていた。
今日はまあまあ忙しいようだ。
「電話したの?」と聞くと「出ない」と言っていた。私は最初渋っていたが、
結局はため息をつきながら了承した。
ユウコとの電話を切った後、試しにナツミに電話を掛けてみたが、電源を
オフにしているのか圏外なのかわからないが「留守番電話接続サービスに
接続します」と流れた。私は怒気混じりに「無断欠勤しないでよ。今日は代
わりに入っとくから」と入れておいた。
基本的にマジメなナツミが無断欠勤なんてちょっと前までは考えられない
ことだったが、最近のナツミを見ていると納得せざるをえない。
もしかしたら彼氏にそそのかされたのかもしれない。「優しい」なんて当の
ナツミは言っていたがやはり私はその彼氏には良いイメージを持っていない。
一週間前の酔っ払って帰ってきた日から二日後、私とナツミはシフトが一
緒になったのだが、そのナツミは今まで以上に虚ろでまどろんだ表情を見
せていた。大きくてクリクリとしていた目は夜更かしが過ぎているからか瞼が
腫れたように常に半目しか開いていない。かわいらしいと思っていた笑うと目
尻が一本引かれるところを私は久しく見ていない。ユウコをはじめ、バイト
仲間の間でも「ナッチどうしたの?」「何かヘンだよ」と囁き合っているようだ。
一度ユウコは私の目の前で「しっかりしぃや!」と一喝していたが、その言
葉は何の影響も及ぼさず、耳の中を右から左へと抜けていったみたいで、
「うん」とうなずくその声は空疎に包まれていた。それからはユウコも呆れた
のか、態度を改めないナツミに怒鳴るところを私は見たことがなかった。
「バイト?」
支度をしようとする私にマリが声をかけた。
「うん、何か無断欠勤した人がいて。急遽」
「ふ〜ん。大変だね」
マリは起きたばかりでまだ血が循環していないのか、必要最小限の言葉で
話を済まそうとしていた。
私はとにかく急ごうとTシャツにジーパンというラフな格好に着替え、半焼け
した食パンを手に取った。
「じゃあ行ってくる」
「ねえ、サヤカ」
「いいとも」が流れていたテレビを消してマリは私に声をかけた。
「ありがとね」
軽く受け流そうと身を玄関の方に乗り出していたカラダをマリに向ける。
昼だというのに何か、夜の気配が染み出しているようだった。
”始まり”ではなく”終わり”――マリがはじき出した結論がたった5文字に
凝縮されているような、深い言葉。
「何? いきなり」
一瞬間前の眠たそうなマリはいない。
「幼なじみでいてくれてありがとう」
何気ない一言にのしかかる重みは私を大きく戸惑わせる。
「居候させてくれてありがとう」
「‥‥‥」
「傷ついた私を救ってくれてありがとう」
「‥‥‥」
「許してくれてありがとう」
「‥‥‥」
「そして、私をフってくれてありがとう」
「マリ‥」
マリはまばたきの回数を増やす。
「サヤカには数え切れないほど、『ありがとう』って言いたい」
「‥‥‥」
そしてマリは間を空けてから言った。
「サヤカが幼なじみでホントに良かった」
私は何も言えなかった。時間が差し迫っていることを忘れて、その場
に立ち尽くした。
ヘンな話だがマリとの思い出が走馬灯のように流れた。
苦しみ、痛み、喜び、迷い――いろんなマリと共有した感情がフィルムと
なって焼きつく。
私はそんな思い出をしっかりとポケットにしまいこんで、またマリに出会
ったのだ。新しいマリはずっとずっと輝いてた。
「な〜んてね。一度言ってみたくって」
いじわるをした天使の顔をマリはする。入れてあったコーヒーをフーフー
と吹きながら口に含む。私は肩を透かされた気持ちになった。
「ヘンなの」
内心を隠そうと私はぶっきらぼうな言い方をする。
「まあ、これが私なりの新たなスタートラインってことで。クサかった?」
「うん。何か、結婚式の父と娘みたいだった」
私は言った。ちょっとした照れ隠しが入っていた。
「じゃあサヤカが父親で私は娘?」
「ってことになるのか。それはイヤだな、そんなの」
いつの間にか、マリはプププと含み笑いをしている。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと‥サヤカがこう口にくるんくるんの髭をたくわえている顔
を想像しちゃって」
「何よ、それ」
私はふてくされたが、それを見てさらに想像を膨らませたのかマリは
さらに笑った。
「人の顔で遊ばないでよね」
「ごめんごめん。でも想像させたのはサヤカなんだからね」
「はいはい。じゃ、行ってくる。今日のご飯当番マリだったよね。豪勢
な料理、よろしくね」
「は〜い。行ってらっさ〜い」
マリは手を上げて見送ってくれた。
こんな日々がもうしばらくは続くと思っていた。
こうしてナツミの代わりに入ったわけだが、ユウコが私に電話をかけて
いる時がピークだったらしく、全体的には今日は全然忙しい日ではなく、
ボーッと突っ立っていることが多かった。もしかしたら私がヘルプに来な
くても全然平気だったかもしれない。
「ごゆっくりどうぞ」
私の言うことにほとんど耳を傾けず、やたら大きい声でぺちゃくちゃと喋っ
ていた4人組がマイクと部屋番号の書かれたプレートを持ってフロントを去
っていく。私応対した客は、この組でちょうど10組目だ。
「どうや?」
去っていくのを見計らうようにして、ユウコはフロントに顔を覗かせた。
「ダメっしょ。あんまり食べそうにない」
カラオケ店と言っても近年の価格破壊によってルーム代だけでは大し
た収益は得られない。オプションとしてのドリンクやフードをいかに頼ん
でくれるかが収益の焦点となっている。当然、カップルなどはこんなとこ
ろでご飯をがつがつ食べたりしないし、あまり”おいしい客”とはいえない。
それにさっきみたいなイマドキの若者は大抵近くのコンビニで食料を買
い込んでくるから(禁止はしているが注意をする程度しかできないため
抑制力は小さい)、注文はほとんどない。
「まあ、昼間は週末ぐらいしか忙しくないやろうな」
ユウコはため息とともにそうグチる。
忙しくても暇でもユウコはため息を漏らす。そんなユウコがいとおしい。
何といったらいいのかわからないが、人間ぽい感じがするのだ。
エゴといったらキツイ言葉になるかもしれないが、それをもうちょっとや
んわりとした、誰にも影響を受けない――人が人であるための優しい理
不尽――ユウコはそういう人間だった。
17時にバイトを終え、私は着替えを済ませたあとにユウコに尋ねた。
「それで‥ナッチはどうなるんですか?」
ナツミの話題は禁句のような雰囲気が蔓延していたが、私はあまり気
にしないし今日はナツミの代わりに来たのだから、それくらいは聞いても
いいと思った。
予想通り、ユウコは「ああん?」とヤンキーみたいな声をあげて、私を見
る。眉の間には年季の入ったシワがしっかりと作られていた。
「そうやなぁ‥。事情を聞いて、もししょーもないことやったらコレやな」
ユウコは爪の長い親指を立てた右手を首のところに持っていき、頚動
脈を切る振りをする。私はツバを飲み込んだ。
「でも‥初めてだし‥」
「今回のことはともかく、ナッチのあの陰気臭い態度は前から気に入らん
かったんや」
「はぁ‥そうですけど‥」
そう言われると私も言い返せない。
ここ最近はまるで未来がないかのような沈んだ表情ばかりがナツミの印
象の全てだった。私だってあの態度は許せなかった。店員はこうあるべき
だ! みたいなマニュアルを押し付けるつもりは私はもちろんユウコにもな
いだろうが、ナツミはそれ以前に人として――生きる意思を失ってしまった
ような人間に見えた。
それはユウコが最も嫌う人種の一つだろう。
「まあ、その事情ってやつは十分考慮するけどな。ナッチは本当はイイコ
なんやから」
同調するように沈む私を見てか、ユウコは慌てるようにそうフォローした。
私はいつの間にか俯き加減だった顔を上げ、不思議そうな顔をする。
「どうしたん?」
どこかユウコらしからぬ曖昧な態度が気になった。最近、そういうところ
が目立つような気がする。
「いえ。じゃあ、帰ります」
私はユウコに挨拶をして別れた。
ナツミの家に行ってみようと思った。
行ったところでいない確率は高い。それにもし会ったとしても、何を話せ
ばよいのかわからない。「しっかりして」なんて言葉はもう幾度となくバイト
中にかけているし、その言葉はムダだということもよくわかっている。
でも私は行く必要があった。
再び進展しようとする運命の芽が、まだしばらく続くと思っている平穏
な日々の中に隠伏している。それは萌芽にもなっていないごくごく初期
のもので、実体さえつかめてはいないものだが確実に存在している。認
めようとはしない気持ちとは裏腹にその正体に怯えつつあることに気付く。
そして、その運命はナツミが握っているような気がした。
193 :
:02/03/24 14:20 ID:fzD/xBB2
乙カレ-です。
乙。新展開ですね。
正直、訂正させてすまんかった保全
なぜか前スレの方があがっている。
ナッチいい子なのにね( ● ´ ー ` ● )
いきまっしょい買った記念保全
ホゼムしまっしょい
201 :
:02/03/26 23:12 ID:QLej8hZF
保全
202 :
:02/03/26 23:28 ID:qO7WIvWC
>196
>184の「何だよ、それ」ってのは僕自身に突っ込んだ言葉です。訂正は感謝
していますよ。気を悪くさせたらすみません。なんか勘違いさせるメメントが
最近多いなぁ。
とか言っちゃたりしながら続きです。保全ありがとうございます。
-45-
土地勘は別に悪いというわけではないと思うが、迷ってしまった。ナツミ
のマンションの近くまでは前も一人で来たし、実際カオリを呼んだ公園まで
はすぐに辿りつけたのだが、それからどうやってナツミやカオリのマンション
に向かったかが思い出せない。それはこの集合マンションは同じような形
をしていてインパクトが少なかったからだ。
一応、マンションそれぞれに番号が書かれてあり、この番号とところどこ
ろに設置されている道案内の標識を頼りにすれば容易に見つかるのだろ
うが、いかんせんその棟の番号が思い出せない。カオリに電話して聞けば
いいのだろうが、今日はカオリに会うつもりはなかった、というよりナツミに
会いに足を運んでいることを誰にも知られたくなかったので電話はしなかった。
私は必死で記憶の糸をたぐりよせる。前に来た時はもっと夜の底にどっ
ぷりと浸かっている時間だったので、周りのイメージが少し違っていた。
右や左に立ち並ぶマンションの窓一つ一つに明かりが点いている。どこ
の家庭も食卓が賑やかそうな時間だ。無邪気にはしゃぎまくる子供たち。
その様子をタバコを吸いながら優しい眼差しを見せるお父さん。エプロン
姿で食器を洗いながら、「静かにしなさい」と叱りつけるお母さん。
凡庸でとりとめのない”家族”という単位がいくつもの窓から溢れている。
私には決して訪れることのない気がする幸せの黄色い光。
早く逃げたかった。平凡な幸せに包まれた人々が自分を見下ろし、蔑ん
でいる気がしたから。
私は深い闇に飲み込まれる直前の曖昧な暗さの中、足を早めた。
ある小道を通ったときに、赤のオープンカーが目に入った。これは前
に見たとようやく記憶の一端と絡みついた。するとぼんやりとながらカオ
リの家への経路が頭で作られた。これを頼りに私は適当にマンション
に飛び込んだ。5号棟と書かれている。その数字を見た時、同じく忘れ
ていた二人の部屋番号も脳の中を流れた。確かナツミが810室でカオリ
が808号室だ。
エレベーターで8階に昇り、そこからふと横を見る。壁に「6」と書か
れた棟のてっぺんの位置と空の角度が前に見た時と一致していたこと
で、記憶が確かだということを確信させた。
廊下はざらついた灰色のコンクリートでできていて、靴を履いているに
も関わらず、冷えた感触が足から伝わってくる。冬になれば、もっとそれ
を感じることができるだろう。足音が無機質に響く。
ナツミの家の前に来た。玄関の下の方にポストにはチラシがいくつか
挟まっている。扉の横にはスモークされた赤ん坊でさえ入れないほどの小
さな窓が半開きになっている。カオリの家の構造と同じはずだからこの向
こうはバスルームだろう。
私はムダだとはわかっていながら、その半分開いた窓から中を覗こうと
した。2、3度チャイムも鳴らした。
しかし、反応はなかった。カギが開いている可能性もあるのでノブを回し
てみたがカギはしっかりとかけられていた。
「やっぱり」と思いつつも、落胆している自分がいる。
十中八九いないと思いながら、こうして足を運ばせたのは”マリが私の運
命を握っている”という直感以外の何物でもない。
”直感”というものはどこか超然としたものであり、理路を超えてもたらされ
る真実へのルートにもなるものだ。これは別に特別な人間のみが持つもの
ではなく、誰しもが生きていく中で何度かは訪れる。
その思考では結ばれない真実の存在を信じてここまできたのに、間違い
だったことは何か自分の能力を否定された気がした。だからこんなにもショ
ックなのかもしれない。
最後にもう一度チャイムを鳴らしてみたが、誰に届くことなくドアの向こう
に広がった音は虚しく消えていく。少し悔しさの捌け口にでもするように軽く
ドアを叩いた。
早く家に帰ろう。マリに会おう。そして今日のこと――いや、今までのナ
ツミやカオリのことを話してみよう。拳から伝わるドアの冷たさを感じながら
そう思った。
”マキ”のこともほとんど抵抗なく受け入れてくれたマリならきっと、この肩
透かしの直感を受け入れてくれるだろう。事情をよく知らないマリからは有
用な言葉は何にも得られないだろうが、告白できるというだけで肩の荷が
下りるような気がする。
そう思いながら、カラダを45度回転させた時に、二つの影が私の視界に
入った。
髪がまた若干伸びたカオリと両手にスーパーの袋を持った男だった。
真っ赤な帽子を被っていて長身のカオリよりもさらに頭一つ背が高い。帽
子のせいで顔はよくわからないが20代半ばぐらいだろうか。
「カオリ」
声を掛けたのは私だ。晩夏と初秋をミックスさせた匂いが漂っているこの
時期にはあまり似合わない冬仕様のロングコートを着たカオリは私の顔を
見ても表情を変えることはなく、両手を深くポケットに突っ込んだ態勢を保っ
ている。
まるで、たまたま目が合ってしまった見ず知らずの人間のように扱われ
た気がした。私はカオリの隣りにいる男に軽く会釈した。
カオリと隣りの男はこっちのほうにやってきた。近づくにつれて、私とカオ
リは全く目が合っていないことに気づく。私はカオリの大きな瞳を見つめる。
しかしカオリは私の存在を全く無視するように私の背後のカオリの家の扉
を見ていた。
カオリは無言のまま私の横を通り過ぎていく。細い風が通路に吹き込んだ
ようで茶色くて長い髪がフワッと浮いた。横顔の輪郭のはっきりした顔立ち
には柔らかい輝きはない。いつものカオリではないことを認識した。確実に
何かに対する嫌悪感を見せていた。
「カオリ!」
遠ざかるカオリに小さな恐怖を感じながら、私は急いで呼びとめる。もし、
このまま呼び止めなかったら、私が密かに感じていた友達という糸を溶か
されてしまうような気がしたからだ。切るならまだ何とかなるかもしれない。
でも溶かされたらそれは永遠に修復しない。
カオリは一瞬反応したがこちらを見ることはなかった。絡まない視線がカ
オリと私との間を実際の距離より遠く感じさせる。
「誰?」
代わりに男が私を一瞥した。そして、カオリに問いかけている。しかしカオ
リはそれさえも無視し、家の鍵穴に鍵を挿そうとしていた。利き腕のはずの
右手をポケットに突っ込んだまま左手を使っている。その動作は当然ぎこち
なく、鍵を入れるのにもちょっと時間がかかっていた。
私はその場に立ち尽くしたまま大きな声をあげる。
「ナッチが今日”三日月”を無断欠席したんだ。今も携帯、全然繋がんない。
すっごく心配なんだ。心当たりない?」
鍵を回す手が一度ピタリと止まった。男は私の方を見ているが表情は薄暗
さと帽子のせいで読み取れない。しかし、カオリはすぐに鍵を回し、男に「気に
しなくていいよ」とつぶやき、中に入ろうとしていた。
あからさまな無視をしつづける態度に今度は腹が立ってきた。
ナツミと何があったのかは知らないが、私を嫌う理由にはならないはずだ。
私は駆け寄り、閉めようとする扉に足を挟み、それを防いだ。
激痛が足から駆け上ってきたがそれより、カオリに何があったのか説明して
ほしいという半ば怒りの意志のほうが上回っていた。
「開けて!」
私は強引に閉めようとするカオリに逆らう。私のほうが若干力は強かった
ようで、扉は開く方向に動いた。
「何で? 何で私を―――」
問い詰めようと身を前に乗り出しながらカオリのほうに目をやると、私は
絶句した。
ずっとポケットに入れられたままだったカオリの右手が私の目の前に現
れていた。
その手には痛々しく包帯が巻かれていた。
「‥どうしたの?」
右手を見せたのは本意ではないようだ。恥ずかしそうに、そして、悔しさ
を滲ませながらコートのポケットに手を引っ込める。
「ケガしたの‥?」
包帯は何重にも巻かれているようで手が醜く膨らんでいるように見えた。
カオリはこんな状況にも関わらず私を無視しようとする。だから、私は強い
口調で問い詰める。
「ねえ!」
「友達にやられたんだよ。カッターでバッサリとな」
語気が荒くなった私に上から被せるような低くて押し出す声が飛ぶ。私は
カオリの後ろで生意気そうに見下ろす男を見た。
「友達って‥?」
「お前もさっき言ってただろ? カオリの幼なじみだよ」
「ナ‥ッチ‥?」
カラダの芯から震えが襲った。ウソでしょ? という狼狽を添えた思いに
反し、カオリの色褪せた唇は信じることができない真実へと誘う。
「そうだ。そいつがやってきて突然暴れたんだ。カオリは大事な右手を傷
つけられたんだ。そのせいでしばらく絵が描けないんだぜ」
「シンゴ‥もういいから‥」
背後にいたカオリがかすれた声で言った。玄関のドアの向こうのわずか
な光彩はカオリを照らし、沈黙に潜む轟然とした感情を浮かび上がらせる。
「ダメだ、こいつ信じてねぇよ」
男は嘲るように言った。しかし男の言うとおりだ。態度や表情がどうであれ
カオリが「ナッチがやった」とはっきり言わなければ私は決して突きつけられ
ようとしている真実を認めはしないだろう。
「こっちに来いよ」
男は私を部屋に入るように促した。カオリはハッとしながら男のほうを
見た。「いいよな?」と尋ねる男に対し、カオリは無言で首を縦に振った。
男は私を部屋に連れていった。カオリが玄関の扉を閉めるとカーテンが
しっかり閉められているようで、何も見えなくなるほど暗くなったが、私は前
に来たときと同じ匂いを感じ取っていた。小学校の美術室に近い郷愁を引
き連れるあの匂いだ。
ここはカオリの部屋――私たちのような部外者には侵すことができない
カオリのエネルギーが作った世界なのだ、と鼻から襲う優しい刺激で改め
て認識した。
夢、希望、未来。
明確な道を持ち、その方向に疑いもせず進むからこそ生まれる煌々とし
た世界。
しかし、しばらくすると、前に来たときとの違和感を感じるようになった。
何滴かの毒素を垂らしたような――背けたくなるような刺激臭が優しさの
一部に含まれていた。そのことに気付こうとしているときに男は電気をつけた。
何度かのチカチカとした点滅は狂った歯車が軋みながら動き出すシグナル。
そして目に飛び込む情報は直感を小さく逸れて身を襲う真実。
部屋が泣いていた。
玄関に立つカオリが苦痛に滲む泣き声を微かにあげた。
四方の壁に立てかけられていた絵はぐちゃぐちゃに切り刻まれていた。
書きかけのキャンバスが”へ”の字に曲げられていた。
机の上にはノートや本がバラバラに置かれていた。
”世界”がゴジラの過ぎ去った後のように荒廃していた。
残されたのは――あの郷愁の匂いはもう過去の遺物であると告げる余
韻だけだった。
211 :
:02/03/27 00:15 ID:nO+ngf1m
素晴らしい
更新乙です。
シンゴ・・・(w
(0^〜^0)<保全するYO!
つづきを期待して保全。
>>202 気にしないで下さい。こっちもそういうつもりじゃなかったので。
がんばってください!
217 :
名無し:02/03/28 01:48 ID:Ls9wDdFc
>>205の4行目、運命を握っているのはナツミだと思ってみるテスト。
週末は花見だ保全
(0^〜^0)男になりたい保全
220 :
:02/03/29 11:15 ID:3F2fBqN1
>217 その通りです。最近調子悪いなぁ。
では続きです。今年度最後。
-46-
リアルなものなんて何もない。
一つの”虚構世界”が目の前に広がっている。
夢があった。
希望があった。
未来があった。
全てが過去形。
全てがウソのよう――。
カオリの部屋は荒んだ異空間に変わっていた。過去だけが存在する虚
しい世界。
部屋に残された夢の残骸は、昔は”美”だったもの。今は一転して醜く見
える。カオリが守ってきたものはこんなに脆いものだったのかと嘆く。
いや、あまりにも純粋すぎたから、その分、外からの攻撃にはなす術
がなかったのかもしれない。
「ナッチがやったの?」
首を縦に振らないで、という切ない願望が声を不自然に高くさせた。
「だからそうだって言ってるだろ」
男が罵声に近い声を上げた。しかし私は無視して、台所の前で俯き
気味に立っているカオリに一歩だけ近づいて、もう一度尋ねた。
「ナッチが‥やったの?」
カオリは顔を上げてから、ゆっくりとうなずいた。悲壊に満ちた目だった。
「そんな‥」
絶句するばかりだった。もう振り返ることはできなかった。夢と希望を一
瞬にして消え去った跡地は私でさえ正常に見ることができないのだから
当のカオリの痛みの大きさは計り知れない。
「2日前‥ナッチが突然やってきて、お金が欲しいって‥」
カオリがボソボソとしゃべりだす。私はカオリに近づいて肩にそっと触れた。
「私が『あるけど理由がないと貸せない』と言うと、ナッチが机にあったカッ
ターナイフを手にとって、突然暴れはじめた。なにか、人間じゃない狂暴な
生命がのりうつったように‥」
私と話しているはずなのにまるで独白をしているような言い方をするカオリ。
「暴れた‥って、また酔っていたの?」
あの自分の行動をするにも常に周囲の了解を得ないとできなかった田
舎娘のナツミを知っていればいるほど信じられない。でも、私はこの前の
酔っていたナツミの凶暴な獣のような目を思い出し、きっとこの時と同じ状
態だったのだろうと推測した。
カオリは無言のまま、包帯が巻かれた右腕を左手で優しく触れている。
まだ、傷跡が疼くのかもしれない。
私は肩で大きく息をついた。
「カオリ‥つらいのはすっごくわかる。でもナッチも酔ってたんでしょ? だ
ったら仕方ないとは言えないけど、多分ナッチ、今すっごく後悔してると思う
し、あんまりナッチを憎まないで。だってカオリが一番、ナッチの理解者な
んだから‥」
カオリは私をキッと睨みつけた。予想外の動作に私は一歩引く。
「何?」
何かが違う、と頭の中で警告音が走る。カオリが被った傷はそんな浅い
ものではない。ナツミとの過去さえもひっくり返すようなもの――そういう
想像を超えた信号が駆け巡る。
カオリは重々しく首を横に振った。
「サヤカは何にもわかってない」
「え?」
「ナッチはもう昔のナッチじゃない」
「それってどういうこと?」
「‥‥」
「ねえ」
「‥‥」
ナツミへの怒りに任せて、いきり立とうとしていたカオリは、突然消沈し、
再び口を閉ざしてしまった。
「ねえ、カオリ。どういうことなの、教えて?」
濃すぎる悲しみがリアリティを欠いたものにしていく。私の言っていること
はどこか間違っている、と宣告されながら、不可思議なオーラに埋もれ、
私の存在がはき消されていく。
カオリは押し黙り、私を底知れぬ侮蔑で包んだ。
私は意識が遠のきそうになるのを、下唇を強く噛み、顔を紅潮させること
で耐えた。
「お前なんかには言いたくないんだよ」
もう一度カオリに声をかけようとした時、後ろから先ほどカオリに”シンゴ”
と呼ばれた男の声が聞こえた。相変わらずの押さえつけるような言い方
に私はムッとして、振り返る。
シンゴの身長を利用して抑圧的に見下す態度の周囲には、壊された世
界があって一瞬吐き気を覚えた。そのせいもあってか、それとも私が想
像する”トシヤ”像に似ているからか、シンゴの行動、言葉、態度が全て
憎憎しいものになっていく。
「誰だか知らないけどアンタは黙っててよ」
「カオリはなあ、言いたくないんだよ。ウリをやってる奴なんかにな」
「え?」
この男だけには屈しないように眉を吊り上げ、口をひきしめていた顔が一
瞬にして戸惑いに変わり、口をポカンと開けさせる。
私は反射的にカオリを見た。シンゴが言ったことがカオリの耳に入って
いないことを願っていたのかもしれない。おそらくカオリがシンゴにそう言
ったわけで、耳に届いても届かなくてもカオリは男が言ったことを知って
いるはずだろうに、なぜかそんな愚かなことを願ってしまった。
「カオリ‥」
カオリは目を合わそうとしない。私という人格を拒絶してるように、呆然と
立ち尽くす私の横を通りぬけ、シンゴに近づいた。
「どうして‥どうやって‥いつ‥?」
私は掠れた声でカオリの背中に問い掛ける。
カオリにとっては性を売り物にすることは最低の中の最低のことなのだ
ということは何となくわかっていた。だから、カオリには知られたくなかった。
「やっぱ、ホントだったんだ」
最終確認を済ませたと言わんばかりにカオリは重く長いため息をついた。
ナツミにされた仕打ちに対する憎悪、そして私の正体に対する憎悪。
カオリにはあまりなかった”悪”の面が表出する。誰もが大人になるにつ
れて蓄積するまどろみの分子が人一倍少なかったカオリを私は尊敬して
いた。だから一層、そんな一面を見せつけられると耐えられなくなる。貧血
のような眩暈を覚え、私は一度目をギュッと瞑った。
カオリの視線から逃れたとしても、その夜の砂漠のような冷たいココロは
しっかり私の核にぶち当たる。眩暈に耐える中、今度は胸に圧迫感を感じ
た。目を開けてから「あのね‥」と言い訳めいた口調でとりあえず切り出し
てはみたが、それ以上の言葉が出てこない。言葉として形にならなかった
音の滓が口の中で踊り、彷徨い、死んでいく。
両方の拳を握り締めた。何を言っても事実は曲げられない。この時ば
かりは私がしてきたことの全てを恨んだ。
「出てって‥。もう会いたくない。サヤカのことなんて信じられない」
奥に鋭い嫌悪を含ませながら低くはっきりと言った。それは確実に私の
ココロをトゲのある紐で縛りつける。
「カオリ‥」
私はその場に立ち尽くした。足が床にベッタリと貼りついて動かない。
「ねえ、お願い‥。話を‥」
「出てってよ!」
カオリは脆弱な存在に成り下がった私を咽びに近い怒号で押さえつけ、
近くにあった枕を投げつけた。しかし若干逸れて隣りの台所のコンロの
上に置いてあったやかんに当たった。やかんは床に落ち、私の足に当た
った。重い金属音が響いた。
痛みはなかった。だけど、涙に伏したカオリの目から放たれた私を拒
絶する細い光線が正確に心臓を捉えていて、一瞬うめき声をあげた。
私は家を追い出された。
ドアの外側に寄りかかる。左足から冷たい感触が走る。片方だけ裸足で
あることにようやく気づく。私はそのまま地面にへたり込んだ。うっすらとな
がら遠い空を越えて星が見えた。
頭の中では地鳴りのような轟音が鳴り響いている。黒い夜空だった景色
は白いフィルターがかけられて、その星の光さえ奪われた。何だか感覚が
曖昧だ。カオリのつらい言葉とそれに波長を合わせた私の奥底に眠る何
かがそれを生んでいる。
明日というものが見えなくなった。
失いたくないと思っていた一つがいとも簡単に壊された。
泡沫のように飛び散る”失いたくなかったもの”の行く末を見送るとなぜ
だか笑みがこぼれた。
五感だけじゃない。
喜びや悲しみといった感情さえも麻痺しはじめたのだろうか。
「あははははは!」
高らかに深い夜を突き抜ける声は一瞬私から出されたものだとはわか
らなかった。それは何かを掌握しようとしている不気味な響きを含んでいた。
私の口から放たれた意志のない死霊のような叫びはきっと私の中に向け
られた合図。
――そして密かに顔を出すこの世界に溶け込むことのない”先天性”。
227 :
:02/03/29 11:34 ID:3F2fBqN1
良かったです。
ていうか最初に言ってた前編ってもう終わったんですよね。
あ、どうでもいい事ですよね。
すみません。
(0^〜^0)<保全しとくYO!
スゲー・・・圧倒される。
まったくすげえや
ヤス全
ところで全スレ保全してる厨房はだれですか?
いいかげんdatに逝かせてやれYO!
更新乙です。
ナカヤマシンゴ・・・
>233
カトリシンゴかもね
保全。
(0^〜^0)超能力かっけー!保全
( `.∀´)<age!・・・・・・・エイプリルフールよ!!
(‘ ε ’)<開幕連勝保全!
感想書こうと思ったけど思いつかないので保全。
ダーヤスありがとう( `.∀´)
241 :
:02/04/03 20:55 ID:uAr+j3Zo
保全ありがとうございます。色々ありましたが、続きいきます。
-47-
ふらふらと道の真ん中を覚束ない意識の中帰る。
ココロの核を打ち砕かれたようなショックを感じていた。”マリア”で働
いていたこと、そしてそこで多くの男たちに抱かれたことは何の後悔も
していない。それなのにカオリの痛切な軽蔑に私は朽ち果てようとして
いた。
カオリの慟哭が山なりのごとく脳内を駆け巡るたびに、声をあげて笑
った。笑えば笑うほど私は深い闇に落とされた。その闇の中で私は絶望
という名の快感を覚える。
笑い終えた後は虚しさだけがココロを埋めていく。私が大切にしていた
一本の糸は抵抗する余裕もなく簡単に溶かされてしまった。
カラダがどこか浮いている。晩夏の風、葉の音、舗装された道、壁、信
号機。道行く先にある全ての物体が私に対し拒否反応を示す。まるで異
物を混入されたかのように。
家に帰る途中、ナツミにほぼ無意識に電話をしていた。
別にカオリにしたことを糾弾しようとしたわけではない。帰り道はカオリの
悲しみなど忘れ、私に対する非難のみが記憶を支配していた。求めている
のはきっと短いながらも親しみの一つになっていたナツミの声。カラダもコ
コロも宙ぶらりんで、全てに拒否された状態で私はナツミに助けを求めた
のだろう。
しかし、もう昔のナツミはいない。だから声と言っても慰めの類いではなく、
きっと抉られたココロの傷を自ら深くするための声を求めているのだ――喜
びや悲しみは麻痺していた。
おそらく繋がらないだろうと思っていたが、意外にも「プルルルッ」と向こう
の携帯に繋がった音が聞こえてきた。
若干の緊張でもって私は携帯電話を強く握り締める。
最初に何て話そう?
ナッチ大丈夫?
私の正体知ってる?
『何だべ?』
ナツミに向ける言葉を考えている時、頭の中でナツミの声が聞こえた。そ
の独特のイントネーションは私がナツミに描く理想像から放たれたもの。息
苦しいくらいの純粋さに対し、私はまだ繋がっていない電話に向かって呟い
た。
「実はね、私、風俗でずっと働いていたんだよ」
別に届いたわけでもないのに言ったあと、さらに胸がプレスをかけられた
ような苦しみを味わう。別に恥ずかしくないと思っていたことが、いつの間に
か必死で隠さなければいけない秘密になっていた。こんな言葉を吐き出す
ことは、ずっとずっと重いものになっていた。
長いコール音は死刑執行のカウントダウン――直感だがナツミもカオリと
同じく私が風俗嬢だったことを知っているような気がした。こういうくだらない
直感はほとんどの確率で当たるものだ、と出る前から半ば結論づけてしまう。
何パターンかの簡単なシミュレーションが頭の中で繰り返される。しかしど
れにしろ、別離のベクトルに向かうことには変わりなかった。どうせだから、
出る前に切ってしまおうか、という思いに反し、指はボタンを押してくれない。
結果は私の想像外の形で表れた。
「もしもし」
聞こえてきたのは明らかに男の声。一瞬番号を間違えたかと思ったが、携
帯に登録した番号からかけたはずで、間違うはずがない。一度、電話を耳
から外し、画面に”ナツミ”の文字があることを確認したあと、おそるおそる
尋ねた。
「‥もしもし‥あの‥ナッチは?」
「ナッチ? ああ、こいつのか‥」
どうやら彼氏が間違えて電話を取ったようだ。口ぶりからいって、ナツミは
近くにいるようだ。
「ナツミさん、います?」
「で、どちらさん?」
私の問いかけを無視して、向こうは欠伸混じりに聞いてきた。どうやら眠っ
ていたところを起こしてしまったようだ。
「サヤカです。イチイサヤカ」
「は〜い、ちょっと待ってね。ってイチイさん?」
ガサゴソとした音が聞こえる。どうやら体勢を変えたようだ。
「はい。そうですが‥」
鼓動が不意に高鳴る。何となく予感はしていたのかもしれない。
「ふ〜ん‥」
そう意味深な言葉のあと、声が途切れた。私はカラダ中を舐めまわすよ
うに見られている感じがした。
「あの‥ナッチを‥」
「そんなことよりさぁ、今から会わない?」
「は?」
「仕事にしてるぐらいだからエッチ上手いんだろ? 俺にテクを教えてよ」
身の毛がよだった。
この男は私とは面識がないはずだ。だから私のことを知るには全てナツミ
からの情報のみということになる。つまり男がその事実を知っているというこ
とはナツミにも知れ渡り、なおその事実を自分の胸の中で留めず、彼氏にも
打ち明けたということだ。
――ナツミの声が聞きたい。
きっと返ってくるのは慰めではなく罵倒だろう。それでも私は欲しかった。だ
けどナツミはそれすらも拒絶した形になった。
「あの‥ナッチは横で寝てるんですか?」
感情を押し殺して尋ねる。事を済ませた後であることは容易に推測できた。
「ああ、それより俺と―――」
「ナッチに『さよなら』って伝えておいてください」
向こうの反応を待たぬまま、私は電源を切った。
夜より深いため息をつく。淀んだ空を割ってぼんやりと輝く星を見つめな
がら、奥歯を噛みしめて涙を必死で堪えた。
ナツミが変わってしまったのは彼氏のせいだとはっきりわかった。しか
し、そんなことはもうどうだっていい。私に問い詰めたりせず、軽軽しく私
の素性を彼氏に伝えたナツミに私は裏切られた気がした。
でもそれはお互い様だ。きっとナツミも裏切られた気がしているのだろう。
私は握っていた携帯電話を思い切り、横のコンクリートの壁に投げつけ
た。ナツミが憎かった。ついさっきまで電話していた彼氏のことが憎かっ
た。そして何より電話をしてしまった自分が憎かった。
携帯電話のパーツが飛ぶ。私はそれを拾い、ボタンを押したりしてもう
壊れてしまったことを確認する。そして、もう一度壁に投げつけた。携帯
電話は無残にもバラバラになった。
カラダにぶつかる風が重みを増していた。一段と寒く感じた。
家までの道のりは果てなく長かった。憎しみを携帯電話にぶつけたとし
ても何の緩和にもならない。自分がいかに愚かなのかを増殖させるだけ
だった。
身もココロもボロボロになった気がした。早くお風呂に浸かって、眠りた
い。できればマリに優しくされたい。
マリ?
自分の家のドアノブに手をかけた時、暗い光が網膜を襲った。この世の
ものとは思えないおぞましい光。
私はその光の粒子を潰そうと頭を振った。
この予感だけは外れてほしい――ひたすらそう願った。
一度手に掻いた汗でノブを滑らせた。いつも以上に強く握り締め、ノブ
を回すもカギがかかっていた。
隣りにあるチャイムを鳴らした。ドアの向こう側で確実に鳴り響いてい
る。しかし、それ以外の音は全く聞こえない。
私はバッグからカギを取り出して開けた。部屋は暗い。気配すら感じな
い。自分の鼓動で張り裂けそうになる。
暗いのは怖い――だけど今日怖いのはそれじゃない。
部屋の真ん中にある電気を点ける。
すぐ下に目をやると、美味しそうな料理が置いてある。そしてその中央
には携帯電話があった。ピンク色で味気のないストラップが付いたマリの
ものだ。私は一縷の期待を持った――ココに携帯が置かれているという
ことはマリはちょっと外出しているだけなんだという期待。
それを覆すものが横にはあった。置かれた真っ白なA4サイズの便箋だ。
私はそれに触れ、後ろを見ると文字が書かれてあった。
「マリ‥」
力なくマリの名を呟く。一番下にはマリの名前が書かれてあった。
真ん中には小さい字で書かれた短い文章。
『突然だけど親元に帰ることにしました。
ずっと考えていたんです。このままサヤカに甘えちゃいけないって。
ちゃんと巣立たなくっちゃって。
本当は朝言おうと思ってたんだけど言えませんでした。ごめんね。
離ればなれになっちゃうけど、何があってもサヤカはずっと大切な妹だよ。
だから、私のことも姉と思ってくれたらうれしいな。
自分勝手でごめん。ありがとう。さよなら。
またどこかで絶対に会おうネ』
紛れもないマリの字だった。
一瞬、生まれた期待。そしてそれを反転させる別れの言葉。天国と地
獄を同時に見せられたような気がした。
永遠のような”不在”が重く背中にのしかかる。私は卑屈な赤茶色の
淀んだ血管を絞り出すように叫んだ。
ふとマリの携帯を手に取った。電源は入っていない。ボタンを押しつづ
け、「ピー」という長めの音を鳴らす。私はそれからすぐにメモリーをチェッ
クした。前みたいに『暗証番号を入力してください』と表示されることはなか
ったが、それ以上の絶望が表示された。
『メモリダイヤルには何も登録されていません』
それからメールや送受信履歴を調べたが、全て消去されていた。
私は無理だと悟りながら、家の電話を使って、マリの携帯に電話した。
予想通り「利用停止」とアナウンスされた。
これは期待をもたせるものではなく、決別の証だったのだ。
「自分勝手すぎるよ‥」
書き置きを持つ手を震わせながらつぶやいた。そして、昨日私が出か
ける直前にマリが言った『新しい私』という言葉を思い出した。あれは今
向けた言葉ではなく、遠い未来を見ていたのだ。なぜマリの心境に気付
くことができなかったのかと深い後悔を覚える。
手紙の中の「何があっても」という下りを何度も噛みしめる。するとも
しかしたらマリは私がソープ嬢だということを知っていたのではないか、
と思えてきた。
マリはずっと知っていて耐えていたのかもしれない。もしくはカオリやナ
ツミと同じようについ最近知って、私と一緒に居るのがイヤになったのか
もしれない。
――もしそうであったのならつらすぎる。
何度も何度もマリの字を眺めた。頭の中で100回繰り返し読んだ。
ホントは叱ってほしかった。
そして、できればその事実を抱きしめて、洗い流してほしかった。でも、
そうさせてくれなかったのはマリもその事実に耐えられなかったのだろうか。
様々な感情が二人の間を交錯する。
ちょっと昔と、ずっと昔。昨日と明日。いろんな時間軸が飛び交ってわけ
がわからなくなる。
再会後はお互い、昔とはどこか変わっていることに気づき、今の生活の
干渉を避けた。同居というより共同生活というちょっと冷えた言葉がふさ
わしかった。
やがて、マリのレイプを契機に、少しずつ二人に昔の面影を踏襲するよ
うな親密関係が生まれてきた。
しかし、二人が考える親密さはやはり少し違っていた。
マリは私に狂気的な連結を求めた。
私はマリに友情の範疇内での究極の関係を求めた。
多分、この微妙なすれ違いはしばらく続くだろうと思っていた。だけど、
いつかお互い歩み寄ったりして、その小さなズレも埋められるものだと思
っていた。実際、埋められてきていると実感していた。
私が甘かった。
もしかしたら、小さいと思っていた”感情の不一致”は思いの外、大きか
ったのかもしれない。大体、レイプがきっかけで昔のような関係になろうと
したこと自体が人として狂っているのだ。
カラダ中の力が抜け、腰がストンと落ちた。涙はあまり出なかった。まだ
現実のものとして受け入れられなかったのだろう。
別れは必ずある。しかし、まさかこんな目の前に迫っていたとは思いもよ
らなかった。自分で言っておきながら、いざ直面するとそれは絶望に近い
後悔に変わる。
一体なぜ別れなければならなかったのか?――そんな疑問を何度も頭
の中で繰り返す。
その答えの根源を私はおぼろげに見出した。私はあることを思い出す。
これは何でこうなったのかを解決するものになるとは思えない。だけど、
悲しみや憤りへの対象という荒んだ探究心が私を動かした。
持ってきたのは私の古めのもう使っていない殿堂入りのバッグ。中に
は最近入れておいた中身の知らないビデオテープ。だけど、内容は99
%わかる。
私はテープをビデオデッキに入れた。
そして、再生ボタンを押す――。
しかし、テレビの画面に黄色の光が現れた直後にその映像を消した。
事実を目で認識するのがとてつもなく怖い。
「何をやってんだ、私は‥」
そう呟き、目を強く閉じてから私は唸った。生きのびる手段を失った手
負いの獣のように低く低く声を押し上げながら後悔を噛みしめた。頭の
上の電気はつけっぱなしのままテーブルに額をつけた。
白夜のような明るい夜は虚しさだけを抽出して私を晒しモノに照らし出
しているようだった。
252 :
:02/04/03 21:26 ID:uAr+j3Zo
すげぇ
圧倒される
-48-
ほとんど寝つけないまま朝を迎えた。
朝といってもまだ6時。秋も近いせいで、スズメの鳴き声や朝日の光な
ど朝らしい因子はまだ窓からは飛び込んでこない。
腰と額が痛い。昨日一晩中、テーブルに額をつけていた証拠だ。
油が浮いているのか頬や鼻のてっぺんが気持ち悪くて手の甲でゴシゴ
シと拭った。
ふと目の前にマリの書かれた便箋が映る。
夢ではないのだと改めて悟る。それでも中身が変わっているのでは?
と思い、目を擦ってからもう一度見る。そして又絶望の淵に落とされる。
最悪の朝だった。
しかし、昨日に比べて身体に少し変化があることに気づいた。
今自分がいるところから一歩前にカラダがあるみたいな感じがする。
幽体離脱が常に行われているような感じ。究極的に打ちのめされた気
分になるとココロは自分のカラダに居座ることさえイヤになるのだろうか。
「お腹すいた‥」
ひとり言。誰の耳にも届かない。私はマリが作ってくれたであろう料理
を見た。そして最後の会話で私が「豪勢な料理をよろしく」と言ったことを
思い出した。
「これが豪勢かよ‥」
鼻をすすりながら呟いた。もちろん誰の耳にも届かない。ご飯と味噌汁
とキャベツの千切りと冷凍食品のほうれん草とサバの味噌煮の缶詰。私
はキレイに形が整えられたほうれん草を醤油もつけずにつまんで食べる。
「おいしくない‥」
例え、それが手作りであっても同じだっただろう。何度も何度も咀嚼
して飲み込んだ。
冷蔵庫に「今日はゴミの日」とマリの字で書かれた大きめの付箋紙が
貼られているのを見つけた。
さらに周りを見渡すと台所にはマリ用のお茶碗が二つ洗っていないま
ま置かれていた。
壁にはマリが刺した画鋲が七つ、北斗七星の形を作っていた。
机にはマリが買ってきたセンスの悪いヤジロベーが置いてあった。
そして、壁にかけられたクリップボードにはマリと私がじゃれ合っている
写真が貼られていた。
この部屋の全てにマリの残した面影がある。ぬくもりがある。
でも肝心のマリがいない。
マリは巣立ったのだ。
これはマリも使った言葉だ。この言葉を丸々信じようと思った。ちょっとウ
ソっぽいけど、盲目的に信じようとしないと私は前に進めない。
一生繋がらなくなったマリの携帯電話にもう一度電話をかけた。利用停
止のコールが鳴る中、私は叫んだ。
「マリー! バカやろう!」
マリのココロに届いてほしい。
私のいないところで何とか幸せになってほしい。
そして、またマリと笑って出会いたい。
ココロからそう願った。
電話を切り、親機に置こうとした時に、その液晶部分が点滅しているこ
とに気づく。どうやら留守電が入れられているようだ。再生ボタンを押すと
キュルキュルと音を立てた後に、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「携帯に電話したんやけど、つながらんかったからこっちに電話しました。
何時でもいいから電話してくれへん?」
ユウコの独特の関西弁は昨日も会っていたというのにひどく懐かしさ
を覚える。そしてその次には虚しさが流れ込む。自分のペースを乱した
くないユウコから「何時でもいい」なんて言葉が口に出ること自体おかし
い。それと口調の端々から漏れる重々しさを加味して、ああ終わったな、
と悟ったのだ。もう諦めがカラダを支配していた。
「もしもし、ユウちゃん」
液晶部分に表示されていたユウコの電話番号に電話した。普段は起き
ていそうにない時間だったが、ユウコはすぐに出た。まるで右手に携帯電
話を常に持ち構えていたかのように。
「サヤカか。おはよ‥」
いつもの『”ちゃん”付けするのはやめーや』という、イヤそうに、だけど
嬉しそうに言うユウコではなかった。
「おはよ。ごめんね、こんな時間に」
「いや、いいんや。あたしが言ったことやしな‥」
「うん、それで何?」
ちょっと間が空く。
「アホなことを聞くかもしれんけどな」
「うん」
「サヤカ‥」
口が止まった。いつもズカズカと言いたいことを言いまくるユウコがこう
してためらいを見せる。少し前の私を誠実でいい子と思ってくれていたか
ら後ろめたいのだろう。
ちょっと嬉しかった。だけど、次に続く言葉がわかっていることをこれ以
上、もったいぶらせるのはイヤだった。
「辞めるよ。ユウちゃんを騙してたようなもんだし」
電話の向こうでは驚きの吐息が聞こえた。
「そ、それじゃあ‥」
「うん、私はウリをやってる最低な女だよ」
ユウコは常日頃「性を売り物をする人間は最低だ」と言っていた。これ
はユウコのポリシーでどんな人間であろうと、その考えを覆すことができ
ない屈強たるものだ。それを知っているから、いつもココロがチクリと痛
んだ。ユウコたちと仲が良くなればなるほどその痛みの強さは大きくなっ
ていた。
だから、もう潮時なんだ。
そう正当化するように言い聞かせながら私は自分を卑下する言葉を発
した。
ユウコは押し黙っていた。葛藤が向こう側で繰り広げられているのがわ
かる。そしてその葛藤の結論がどちらに傾くかということも。
「何も言わなくていいから聞いて」
私は言った。ユウコは小声で「うん」と言った。
「ホントはちゃんと会って言いたかったんだけど、ユウちゃんにめぐり会え
て本当によかった。親とは絶縁して、エンコーしまくって、風俗で働いて‥
って影の道をコソコソと歩いていた人生の中で、ユウちゃんやカオリやナ
ッチと会えたことは一筋の光を与えてくれてるみたいに感じていたんだよ」
「サヤカ、あたしはな‥」
「だから、何も言わなくてもいいから‥。ユウちゃんがどんな人間かだなん
てよく知ってるよ。どんなにお涙頂戴のドラマを語ったところでユウちゃん
の気持ちは揺らがない。だけど、どうしても言いたいんだ。ありがとう、そし
て、さよならって」
マイペースだから、わがままだから、社会のしがらみに屈していないから、
そして性を売り物にすることが何よりもキライな人だからスキだったんだ。
そして、羨ましかったんだ。
「‥サヤカ。すまんな‥」
ユウコは涙を浮かべているのだろうか、ユウコらしからぬモゴモゴとした
口調だった。
「うん、ありがと。さよなら」
余韻とか全てをスパッと切断したくて、私は突然、電話を切った。向こう
は驚いているかもしれない。だけど、もしかしたら納得しているかもしれな
い。どっちにしろ、もう電話はかかってこないだろう。
私は自分に向けた怒りに任せて電話の横にあったホッチキスを鏡に向
かって投げた。私の全身をそっくり映し出していた鏡は無残にヒビが入る。
ちょうど私の顔の眉間あたりからそのヒビが入っていて、それがまるで
”サヤカ”という人物の崩壊を示しているようでおもしろかった。
――みんな消えていく。
そして割れた鏡を見て、自分ももうすぐ消えるのではないか? と思っ
た。もうこの大地で生きていくには、大切な人を作りすぎ、そして作った
分と同じだけ失った。私は元に戻らなければならない。あの生死さえ、
性差さえ、次元さえ超えたあの子の元へ―――。
ハッとした。
私の脳裏に浮かんだのはあの子ではなかった。将棋倒しのように私の
元を離れる流れの中で、投げやりな気持ちは勝手にその倒された中に入
れてしまっていたのだろうか。
もしかしたらムダなのかもしれない。しかし、これが本当に最後の望み
である以上、賭けなければいけない。
運命を握る存在に挑戦する。
一時、私は一日に何度も電話をかけていた。だから電話番号は自然と
記憶されていた。
生きることを教えてくれた人に、愛することを教えてくれた人に――。
私はユウキに電話をかける。
262 :
:02/04/04 13:33 ID:cDk3Cymb
263 :
ななしで:02/04/04 15:25 ID:qzFiwNlX
ホントすごい!!
読んでて辛いんだけど、やめらんないです。
真っ昼間からの更新ごくろうさまです
この引き込まれて逝く感覚がたまらん保全
「のの〜」ともども読ませて頂きました。
ホント引きこまれる話ですわ。オモシロイ
作者は女性っぽいね?
(0^〜^0)<保全ワショーイ!
(●´ー`●)<保全するべ
(‘ ε ’)<7連勝保全!
(●´ー`●)<愛の種をまきちらしたい〜♪
(ё) <8連勝阻止。
期待保全
保全
( ^▽^)<セクシーベイベー保全!
保全
(0^〜^0)<OK牧場!保全
278 :
:02/04/10 21:19 ID:oeNs9n38
保全ありがとうございます。
>266
女っぽい文ですかね? 狩でも同じようなこと書かれてたんですが。
では、続きです。
-49-
夕闇は幾重にも色を重ね、何もかも夢のように濃くぼやけて浮かび上
がる。
穏やかな眠りに入る直前の街は優しいオレンジ色に燃やされた絵画の
ようなとぼけた情景。私たち二人はその中心に単色で立ち、ダークグレ
ーの影がずっと後ろにまで伸びている。
有限でありながらぼかされ、遥か先まで続いて見える道をほとんど言葉
を交わさずに歩く。その間、ずっとユウキの顔は見れずにいた。繋がった
手の感触と、歩調の違う足音だけがユウキが隣りにいることを教えてくれる。
手を繋いでから何分経ったのだろう。電話をかけた時以上に汗ばんで
いて気持ち悪い。しかし、今ここで離したら永遠にこの手を握れることが
できないような気がして私の方から離すことはできなかった。
ユウキといると、どうしようもない幸せを感じ、それがとてつもなく希薄
なものに感じる。その先に見えるものはユウキが私の”恋人”という存在
になってからずっと付きまとっていた”絶望”の二文字なのだろうか?
ユウキは今何を考えてる?
手を離したい?
お腹減った?
次どこ行こう?
キスしたい?
エッチしたい?
ユウキの気持ちの100分の1もわからない。
どんな過去を背負い、今何を思い、どんな方向を見つめている? 私の
ことをどこまで深く思っている?
「愛してる」という言葉だけではわからない。
キスやセックスという行動があってもわからない。
頭を糸ノコギリで真っ二つにして、脳の中を覗いてみたい。
ユウキの全てを掌握したい。
私の狂気だったココロは今ユウキというカラダに吸収され、乱暴ながら
も飼われている。
母が恐れ、壊そうとした私という特種は、一人の男によって再び変異を
起こした。そして、この社会に生きる道を誘導してくれた。
――ほんの少し前まではそう思っていたのに。
ユウキもナツミやマリのように運命に逆らうことなく私が結びつけた細い
糸を切断してしまうのだろうか。その予感がずっとさまよう幸せの裏側に
あった絶望なのだろうか。
手をさらに強く握った。ユウキは顔を少し歪めて私を見る。ユウキの顔
を見たのは随分前のように感じてしまう。朱色の景色に包まれる中、ユウ
キの瞳は哀しいほど強い光を蓄えていた。しかし、その光は決して私に
は向けられない。虚空の輝きが私との距離を遠ざける。
そんなユウキの表情を見なかった振りをするように笑顔を見せるとユウ
キは手をさらに強く握り、私の顔を歪ませた。
ユウキも私のことを同じように見ているのだろうか。そして感じているの
だろうか――この手が離れたとき、全てが変わってしまうことを。
運命は私を奈落に落とそうとしている。抗おうとすることは不可能だとい
うことを唱えている。
そして、その運命を握っている人間はきっと――。
「俺の家に行こう」
縋るようにして電話をかけた先にはやや緊張気味に声を震わす野太い
声があった。黒い澱に浸蝕された部屋に吸収されようとしていた私に”幸
せ”という名の塊が入りこみ、カラダの中を駆け巡る。受話器を強く握る
手からはじんわりと汗が滲む。
「家‥って?」
「母さんや姉ちゃんに紹介したいってことなんだけど‥」
「え?」
一瞬耳を疑った。カラダには微電流が走る。
別に結婚がどうとかいう年齢ではないから、家族にちょっとした宣言
をしたいだけなのだろう。
「イヤってんのならやめるけど。あ、別に結婚とかってわけじゃないから」
ユウキは少し慌てた口調で付け加える。
「わかってるよ。それくらい」
私は苦笑した。
そして、その後に「いいよ」と承諾した。
でもユウキはお母さんやお姉さんに私のことを何て言っているのだろ
う。まさか、「ソープ嬢です」と言ってはいないだろう。そこら辺を後で聞
いて口合わせをしておかなければとすぐに思った。
私がユウキの家族に会うことを決めた理由は、ユウキの全く知らない
ところにあった。
ユウキが”姉ちゃん”と口にしたとき、私は長い間眠っていた私が傾倒
していたある種の”宗教”が覚醒していた。これがカラダに流れた電気
信号の正体。
――マキだ。
顔が似ているというだけでそれ以外に結びつくものは何もない。
だからこそ、確かめたかった。これは偶然なのか必然なのか。
「んじゃ、決定。よかった」
ユウキはほっとしたような声でそう言った。
私は純粋に紹介しようとしているユウキに罪悪感を覚え、決断は早かっ
たと少し後悔する。
その一方で、脳裏によぎるマキの姿を恐怖と憧憬でもって迎えていた。
それはいつもよりずっと具現化された”人間”としてのマキだった。
――マキとユウキは関係があるのか?
もしないのならそのままでいい。もうマキは私の夢の中に出てくる気配
すらないのだから、そのまま記憶の海に沈めてしまえばいい。きっともう
出てくることはないだろう。
しかし、もし関係があったならば?
わからない。
この数奇な運命から考えても、偶然とは思いにくい。だからきっとユウキ
と巡り合わせたのはマキの意志になるだろう。しかし、その肝心の意図が
わからない。
ユウキとの出会いは、マキを忘れる機会を増やした。マキの存在自体を
不要とさせた。どう考えてもマキにはデメリットしかない。
ホントのことを言えば真実は知る必要なんてない。知らないほうが良い
ことがこの世界にはたくさんあることを私は身をもって知っている。
関係はないんだ、と思い込めばそれでいい。このままずっとユウキのぬ
くもりを感じながら生きさえすれば、それは今の私にとっての一つの幸せの
形だ。だからユウキとマキの因果なんてはっきりしなくたっていいのだ。
「じゃあ、今度の日曜日とかはどう?」
ユウキがこう話を進めようとしたからかどうかはわからないが、次の瞬
間、突如として熱い綿でも詰め込んだように胸の辺りが苦しくなった。呼
吸の仕方を忘れたかのように荒く酸素を求めてしまう。
私は受話器から口を離し、昨日のマリの不在に対する苦しみを耐えてい
る時と同じようなうめき声をあげた。
これは拒絶反応なのだと思った。
私の中の正常な部分が「断れ」と唱えているのだ。
まだ断ることはできる―――この胸の苦しみの延長線上には真実への
扉がある。錆び付いた禁断の扉だ。開こうとする好奇心がこの苦しみを創
り出しているに違いない。
断る理由なんていくらでもある。恥ずかしいとか、もっと一人前になって
からとか付き合ってちょっとしか経っていないカップルは普通そんなこと
はしないよとか――きっと言えばユウキも止めてくれるだろう。口ぶりか
ら言っても強引に事を進めようとする気はないようだ。
幸せを得る一番の近道はユウキのことだけを思い、他の全てを忘れる
ことだ。
ココロの中でそう呟き、胸の辺りをぎゅっと締め付けた。胸のある異物
はさらに熱を増やし、私のカラダ全体に変調をきたそうとしている。
それも「やっぱいやだ」と言えば万事解決する。私はユウキとの関係を
守るために前に進むのを止めるんだ。
そう思い聞かせた。
「サヤカさん?」
沈黙の電話から出たきょとんとした声がユウキから私へと伝播する。
「あのね‥、ユウキ――」
断ろうとした瞬間、私の中の何かが弾けた。将棋の理詰めのような長
い熟考の末の結論により自分のココロの置き場所を探し出した瞬間だった。
私のココロは思っていたところとは正反対の位置に頓挫する。勝負に勝
つ瞬間、将棋盤をひっくり返されたように今までの苦労は全く無意味になる。
しかし、それは不思議なくらい自然な流れだった。
「何?」
「‥‥いいよ」
口はそう動かしていた。ほとんど私の意識とは無関係だった。だけど、
その後に尾を引く感覚はなかった。これが正しい選択であったかのよう
に、全ての苦しみがすーっと消えていく。
胸のシャツをつかんでいた右手をゆっくり離す。力が上手い具合に抜
ける。妙にこの喪失の部屋に安らぎを感じる。
口元からスースーと呼吸をする音が聞こえた。痛みはあるがその痛み
は苦しみにはなっていないことに気付く。
もしかしたら関係があってほしいのかもしれない。私の凄惨な先天性が
荒波を求めているような気がする。
こんな風にマキとユウキとの因果を考えたとき、私自身の意志すら混乱
してしまう。そして私の意志とは無関係のところで私の行動が決定してしま
う。私はそれらを”運命”という言葉で一纏めに括り、全てを見えない存在
に委ねた。
それが妙に心地良かった。
約束の日曜日、私はユウキの家に向かった。ユウキは駅まで迎えに来
てくれた。会ってすぐに、
「ちょっと化粧濃くない?」
と冷やかされた。そんなつもりはなかったが無意識に濃くしてしまったの
かもしれない。ユウキは私の女としての繕いを見て、少し嬉しそうだった。
東京の下町にユウキの家はあった。そこは情緒溢れる住宅街で、雑踏
や喧噪とは程遠く、少し鼻に神経を集中させれば郷愁の匂いさえ鼻孔を
くすぐってくる。
家ではユウキのお母さんが待ち構えていた。玄関の扉を開けるなり、
さすが下町の人と言うべきか「いらっしゃい」という大きな声で私を迎え
る。慣れていないせいで私を歓迎していない抑圧的な感じもしたが、目
が合うなりお母さんは優しく微笑んでくれ、その第一印象を消してくれた。
ユウキの家にはお父さんがいない。聞けば数年前事故で死んだそうだ。
お母さんはその後、子供3人を母の手一つで育ててきたのだから逞しい
母親だ。
「この人がユウキの彼女?」
台所の暖簾をくぐって一人の女性が現れた。真っ黒の髪が肩口まで伸
びている。顔立ちは目なんかはユウキと似ているがユウキとマキほどは似
ていない。
私はユウキを誰? という目で見つめる。
「俺の姉貴。うるさいだけのただのババァ」
フッと鼻で笑う仕草で私にお姉さんを紹介すると、その姉はユウキに飛
び掛かりヘッドロックをした。
ユウキを「ギブギブ!」と畳をバンバン叩くと、お姉さんは離れる。「どう
だ」と言わんばかりの勝ち気に溢れる姉に対し、ユウキは私に、
「ね、ただのババァでしょ?」
と耳打ちしてきた。私はお姉さんの額にうっすらと青筋が浮かんでいそう
な表情を見て、少し青くなりながら力なく苦笑した。
それからは一家団欒。久しぶりに私は家族を感じて楽しかった。か
といって母や父と復縁しようなんてことは微塵も思わなかったが。
午後3時という世間一般ではおやつの時間に夕食を摂ることになった。
お母さんは仕事があるので日曜日はこの時間に食べることが多いらしい。
最初は当然、私たちの話。世俗的な好奇心に任せるようにどんどんと
質問がお母さんとお姉さんから飛ぶ。
私たちはあらかじめ話し合ってユウキのナンパで私と出会ったというこ
とにした。ナンパと言うとあまり聞こえは良くないかもしれないが、あまり
美しい出会いのシチュエーションを想定すると歯が浮くし、実際よりはず
っと健全な出会いなのだからちょうどいいかな、ということでそうなった。
「どんなところに惚れたの?」と聞かれ、「顔です」と即答した。一応、
事実なのだから仕方がない。でもココは「男っぽいところです」とか性
格の面を言ったほうが良かったのかもしれない、と後悔した矢先、「正
直な人だね」とクスクスと音を立ててお姉さんは笑ってくれた。
しばらくして私に質問する機会が巡ってきた。
「お姉さんてもう一人いるんですか?」
ほうれん草のごま和えを食べている時に私は聞いた。ほうれん草もそ
うだが、肉じゃがやエビの天ぷら等は全て美味しかった。
「はい、もう結婚していてたまにしか帰ってこないんですが」
「じゃあお孫さんは‥」
「はい、一人。この子なんかよりはずっとかわいいです」
一段と幸せそうな顔をするお母さん。”この子”と呼ばれたユウキをちら
りと見たが私たちの会話に乗ろうとはせず、黙々と味噌汁に口をつけて
いた。
「へぇ〜、いいですね」
どうやらマキとは何にも関係なさそうだ。そう落胆のような安堵のよう
な複雑な心境になった私をお母さんは次の言葉で再び吊り上げた。
「ホントはもう一人いるんですけどね」
「え?」
「え?」
私と隣りであぐらをかいて座っていたユウキが驚きの声を同時にあげた。
「そ、それって隠し子ってコト‥? どっか他の家で隠し持ってんの?」
一度舌を噛みながらユウキは言った。お母さんはそんなユウキの頭
をテーブルを跨いでごつんと叩く。
「いってぇな! 何すんだよ!」
さっきのお姉さんといい、お母さんといい、どうやらこの一家は暴力歓
迎のようだ。
「何バカなこと言ってんの?」
お母さんは箸を揃えてテーブルの上に置いた。
「あ、そっか‥」
お母さんの目線は私にもユウキにも向けられていなかった。その視線
の先を追ってユウキは何か気づいたようだ。私は無意識にお母さんと同
じように箸を揃えて置いた。
「生まれてしばらくして、事故で死なせてしまったんです。私の不注意でした」
今までにない静粛なお母さんの声。私はそのお母さんが見ている方向
に顔を向けると、仏壇が目に入った。扉は閉じられている。しかし、きっと
その中にはお父さんと、今お母さんが言った”事故で死んだ人”が祀られ
ているのだろう。
楽しかった団欒はお通夜のような雰囲気に包まれた。
私はめくるめく運命の糸をたぐりよせる。絡み合った糸がするするとほど
けていく。冷たい汗が汗腺を埋め、表出する。脳内には錆び付いた扉が焼
きついていた。私はそれに手をかける。
「その子の名前、何て言うんですか?」
お母さんの顔色をうかがうように尋ねた。隣りからユウキの「え?」という
呆けた声が聞こえた。しかし、当のお母さんは私の問いはまるで予想通り
であったかのように表情を変えずに口を開いた。
「マキと言います」
胸の中で血が熱く沸き立ち、逆流するような感覚を覚えた。
291 :
:02/04/10 22:05 ID:oeNs9n38
うわ。鳥肌が!
ついにクライマックスに
キタ━━━━━━( `.∀´)━━━━━━ !!!
(‘ ε ’)<劇的サヨナラの予感
つーか現実のユウキは何やってんだ。
〔; ´Д`〕<正直、キャバクラ豪遊はスマソかった・・・。
もしや本当にソープ行ってるんか?
〔;´Д`〕<お、女の子と上手にお話出来る様になりたかったんだよ!
ヽ#^∀^ノ<だからって5万もポンッと払うなや!
(#` Д ´)<私の財布からお札抜いたでしょ!(怒
〔;´Д`〕<お札も抜きましたが、アッチの方も抜きました…アハハッ
スマソ...保全。
ユウキ保全sage
>>298 この小説が好きなら、そういうくだらないネタは別のところで書いてほしい。
皆様方に深くおわびと、反省します。
>>298 不覚にもワロタ
でも他のネタスレでどうぞ。
保全さしていただきます
落ちたと思ったら移転だったのね。
保全
鯖変わったのね保全。
正直、お気に入り全入れ替えが大変だった。
308 :
:02/04/15 07:27 ID:Xgg1ZeBW
訂正。
>279 -49-の最初の冒頭文を消去。時間が狂ってます。
もし抜き出している方がいましたらよければ訂正してください。
続きは‥‥今時間ないや。
>308
ほんとだ気づかなかった。
310 :
:02/04/15 20:32 ID:Yldru2Au
続きです。保全ありがとうございます。
-50-
頭の中では玉のようなものが音を立てずに廻っている。頭を拳で強く
叩いても止まらない。
きっとこれは運命のルーレット――。
沈みゆく太陽に焼かれた空気が私たちを取り囲む。密度が薄く、世
界をふわふわとさせる。
長い沈黙は突然終わりを告げた。しびれを切らしたとかではなくごく
自然にユウキが口を開いた。
「しかし、今日の母さん変だったなぁ」
目を横にやるとユウキが不思議そうに首をかしげていた。
「やっぱり緊張してたのかなぁ? サヤカさんは緊張した?」
「え? あ、うん‥。かなり‥」
声の出し方を忘れてしまったように私からは片言の声しか出ない。
「やっぱそういうもんなんだね」
しみじみとユウキは言った。
ユウキの家を出てから1時間以上手は繋がれたまま。汗もじっとりにじ
んでいて気持ち悪い。しかし私もユウキも離そうとは思わない。一種の強
迫観念に守られながら。
夕焼けがゆらゆらと空気を曲げ、景色をオレンジ色に染めていた。細長
い雲が夕陽の4分の1を覆っていて、「何となく”パックマン”みたいだね」と
ユウキは表現する。どうやら古いテレビゲームのキャラクターのようだ。
そんなとぼけた風景ももうすぐ終わる。陽が落ち、闇が幾重にも塗り重ね
られてやがては夜を迎える。そんな消え行く直前の儚さを持っている景色だ
からこそこんなにも美しいと思うのかもしれない。
「マキちゃんのことを口にする母さんなんて久しぶりだったんだよ」
1日のサイクルに小さな畏敬を感じ、その重みに浸かろうとした時、ユウ
キは再び訪れようとしていた静寂を破る。
”マキ”という言葉に一瞬ビクついた。手ががっしりと繋がれてるためユ
ウキにもその動揺は瞬時に伝わる。「どうしたの?」と聞かれ、「なんでも
ない、突然声をかけるもんだから」と苦しまぎれに答えた。
私以外の人間から”マキ”という名前が出るのは、マリ以外はほぼはじ
めてだった。そのマリから出たのも記憶に久しい。思い慣れているのに、
聞き慣れていない名前にひどい違和感を覚える。
またしばしの沈黙が流れた。子供たちのはしゃぐ声が遠くから聞こえてく
る。私たちの横をチリンチリンと鈴を鳴らしながら自転車が通りすぎていく。
日常のありふれた音がやけに自己主張を始めていた。
そんな音たちに混じり、路上にはないはずの音が耳の裏を掠めているこ
とに気付く。ほんの少し前、ユウキのお母さんの横で聞いていたカチャカチ
ャと皿が擦れあう音と、水道水がコップを打ちつけている音だ。私は郷愁と
いうちょっと胸を締め付けられる言葉に包まれながら懐かしく思い出す。
夕ご飯をご馳走になった後、私はお母さんと一緒に食器を洗うことになっ
た。花嫁修業をしているみたいで恥ずかしかった。手伝いをしたのはお母
さんにいいところを見せようとしたのでは決してなく、ユウキと離れたところ
で何とかマキについて聞き出したかったからだ。
平らなお皿を私の家と同じチャーミーグリーンで洗いながら隣にいるお
母さんに話し掛けた。
「何でマキさんのことを私なんかに話してくれたんですか?」
私から”マキ”の話題を引っ張り出すのは不自然な気はした。案の定、
お母さんは皿を拭く手を止めて、私をちょっと不思議な目で見た。しかし、
訝しさに変わることはなくすぐに再び手を動かしながら、遠い目をして言
った。
「何ででしょうね‥。いつもはあんまりマキの話はしないことにしてるんで
すが、多分‥」
「はい」
「サヤカさんが‥マキに見えたんです」
「え?」
茫然とした。お母さんは私の頭の中を覗いたのだろうか。それとも血や
DNAがそうさせたのだろうか。表情の固まった私を見て、お母さんは慌て
て付け加える。
「いや、ははは。何バカなこと言ってるんでしょうね、私‥。サルみたいな
顔しか覚えていないし、もし成長したとしても多分、あなたみたいなかわい
らしい顔じゃなくて私やユウキみたいな顔になるはずなんですけどね。気
を悪くしたのならごめんなさい」
「いえ‥別にいいです‥」
優しそうな表情に変わろうとするお母さんに対し、私は真顔のまま答え
る。もっとお母さんに私の瞳を覗いて欲しかった。そして、その奥に棲むマ
キと会話をしてほしかった。だから、じっとお母さんを見つめた。
しかし、お母さんは私の顔を見るのを避けるようにテレビの前で一家の
主のようなふてぶてしい態度で横になっているユウキを一瞥して笑った。
「あの子ってホント、手に負えない不良息子だったんです。殴り合いのケン
カをしたり、変なところに行ったりもしてたみたいだし‥。だから今日彼女
を連れてくるって聞いて、あんなバカを好きになってくれる人なんだから、
ロクな子じゃないと思って結構身構えたんですよ。っていうか追い返してや
ろうって気持ちも半分ありました」
私もお母さんも同時に顔がほころぶ。しかし、すぐお母さんはその顔に灰
色の影を落とした。
「でもサヤカさんが一瞬マキに見えて――。いや、ホント一瞬だったんです
よ。でもそしたら追い返そうなんて気持ちがパーッとなくなって‥バカです
ね、私」
お母さんの目に光るものがあった。それは遠い記憶の彼方に押し込め
ていたマキへの罪悪感だろうか。
私は「ありがとうございます」と口を挟んだ。その意味を言った当人でさえ
わからなかったし、当然お母さんもそうだったみたいだがなぜかその時は
その言葉が最適のような気がした。
「これからもよろしくお願いします」
お母さんは仰々しく頭を下げていた。
私は答えられず、顔を上げるように促すしかできなかった。しかし、そ
の行為がお母さんには返事と取ったみたいで、「はい」という返事を催促
されることはなかった。
ユウキの家を出るとちょうど夕暮れ時。駅までユウキが見送ってくれる
ことになった。ものの15分で着く距離に駅はあったが、私の提案で周辺
をブラつくことにした。
「ユウキの生まれ育ったところを見てみたい」
というのが表立った理由だったが、本当はそうではなく、この手を切りた
くなかったからだ。
家を出た瞬間から不思議な眩暈を感じていた。まるで頭の中でルーレ
ットが廻っているみたいで、玉が音を立てずに動いている。その幻の玉
が三半規管を狂わしている。
そんなカラダの変調を感じている中でも私はマキのことを考えつづけた。
私の中にはマキがいる。存在を確認しただけでカラダが引き剥がされ
そうになる。
マキはなんで私の夢に現れたのだろう?
マキを思うとなんでこんなに苦しいのだろう?
マキは一体何者なんだろう?
全ての思考に”マキ”が付く。
「ユウキが好き」
私は自分の耳にしか届かないような小声で呟いた。隣りのユウキは気にす
ることなく前を見つめている。
何度呟いても私は否定しない。私はユウキが好きだ。
しかし、そもそも”私”とは何なのだろう? という疑問が確固たる事実に小
さな亀裂を作る。”私”とは‥‥手があって足があって頭があって――肉体的
な意味で自分を主張するのはたやすい。だが、精神に目を向ければ”私”の
境界線はいささか乏しくなる。
”私”の中には私じゃない人間がいる。自分では制御できない存在が私と
いう個を操っている。それには言うまでもなく”マキ”という名前が付けられて
いる。しかも十数年前にしっかり現世に存在していた人間なのだ。
ユウキの家に入る前と後の違いはマキが幻から現実に変わったことだ。
それは私にとって思ったより大きなことだった。
ユウキが好き――でも、それすらマキという人間が関わっているのではな
いか? 私の感情でありながら、その感情に自信を持てなくなる。
儀式を行うための試験――私はユウキとはじめてセックスしたとき、そう
思った。ユウキは私とマキを結びつける単なる触媒なのだと思った。
あの時と今とではユウキへの存在価値は全く違う。
私はマキが現れなくなったのはあのセックスをしてからだということを思
い出した。出てこないマキの存在をやがて忘れ、ユウキを触媒ではなく、
そのものの価値として求めた。
つまり、マキがいなくなったからこそユウキを愛するに至ったということ
だ。もしマキが現れつづけていたら、今もずっとユウキは触媒のままだっ
た?
「‥‥」
私は一つの信じたくない事実にぶち当たる。
――私はマキに操られている
ユウキが現れてから今に至るまでの私のココロの変化は全てマキの思
惑通り。
今持っているユウキへの好意なんてイミテーションで、今の自分はマキ
に騙されてできたレプリカな存在なのではないか?
違う――何度も何度も薬漬けで思考回路がぐちゃぐちゃになったヤツみ
たいに頭を振った。
「どうしたの?」
夕焼けに照らされたユウキの血色のいい肌が濁っていく。一瞬、緩んだ
手に慌てて力を込めた。
「ううん、何でも。ちょっと疲れたかな‥。さすがに」
愛しかった。ユウキの声が、顔が、ぬくもりが。
ユウキと出会い、生まれた早鳴る鼓動やキスの味、セックスをした時の
快感は紛れもなく本物だ。
ユウキは触媒なんかじゃない。私が身を委ねられる唯一の存在なんだ。
ユウキが好きになったのはマキに操られていたからじゃない。
マキなんて関係ない。
関係ない!
関係ない!!
「危ない!」
どこからか悲鳴が飛んだ気がした。
最初はユウキの声だと思った。どうしたの? と慌ててユウキを見るがユ
ウキはそっちこそどうしたの? と言っているような顔をする。じゃあ、どこ
の声だろう? と思った直後、向かってくる巨大な塊を目撃した。ユウキはま
だ気づいていない。
「あ‥」
あまりの突然のことに声が出ない。
オレンジの世界を突き破るヘッドライトの光が私とユウキを襲う。青の中型
トラックが明らかなオーバースピードで私たちに飛び込んできた。フロントガ
ラスが見え、その向こうに一人の男がいた。怯えた目つきでハンドルを強く
握っている。
私とそのトラックの運転手と目が合う。この運転手の意志かどうかはわか
らないが、トラックは確実に私たちを狙っていることにやっと気づいた。
「危ない!」
そう叫んだ時はもうトラックは目の前だった。
私はまだ状況が飲み込めていないユウキを前方に突き飛ばした。トラック
は私たちの間を通り抜けて、先にある壁にぶつかった。受身の下手な私は無
防備なままコンクリートの地面に頭を打ちつけてしまう。
火の飛び出るような音と衝撃の次には有り得ない静寂が訪れた。
私は打ちつけた頭を押さえつつ、その痛みがないことを不思議に思いながら
ゆっくりと目を開ける――。
なんでだろう?
さっきまでオレンジ色の空が広がっていたのに。
もう夜になってしまったのだろうか?
いや、夜っていうのは黒い空だったはず。
なのになんで今、空は白いのだろう?
いや、大地も白い。その境界線がわからない。目に飛び込んだのは次元な
んてないような一種の亜空間。
「こんにちは」
背後から余韻を引き連れた声がした。すぐに私は振り向く。そして見たの
は透明に近い白い影。誰なのかはすぐにわかった。
「マキ‥」
久しぶりに見たマキは相変わらず美人でやっぱりユウキに似ている。マ
キは震えている私を柔らかく抱きしめた。
母の温もりに触れる赤子のように安らかに溶けていく。私は力なく呟いた。
「どうして、今ごろ‥」
――私はあなたを忘れたはずなのに。
「ありがとう」
マキは言った。するとなぜだか涙がこぼれた。マキがユウキと私を引き
合わせたのだと今はっきり思い知らされる。
「なんで‥なんでユウキと‥」
そこまで言うと私の口を静止させるようにマキは私の耳を噛んだ。そして
ささやいた。
「復讐」
悪魔のねっとりとした口調がマキのおそろしさを増幅させる。今まで幻の
存在だったマキが急に生々しく感じ、溶け出していたカラダが一瞬にして凍
りついた。
「やっぱり、マキが私とユウキを引き合わせたの?」
マキはうなずき、
「もうすぐ全てが終わる」
と愉しげに言った。
汗が冷たい。こめかみのあたりから浮かび、頬に伝わる。
「全てって‥。ずっとあなたが願ってきたこと?」
マキはまた静かにうなずいた。それが何でマキの欲求を満たすことになる
のだろうか。
「わかんない‥」
マキは静かに笑った。
「わかんない‥」
爪の先まで透き通った肌に私は狂いそうになる。
「わかんない‥」
マキがいる。
それだけで私は全てを変えさせられる。
ユウキと培ってきた愛という無形の結晶を全く異なるものに変化させていく。
絶望という名の快楽に――。
気が付くと埃まみれの世界が広がっていた。
横にはトラックが壁にぶつかっている。中にいるドライバーはフロント
ガラスに頭を打ちつけたのかハンドルを抱え込むようにしてぐったりと意識
を失っている。
目の前にはユウキが頭を押さえながら「う〜ん」と唸っていた。どうやら軽く
打ちつけたようだが無事のようだ。
え? 頭を押さえている?
私は慌てて自分の左手に目を落とした。
汗ばんでいるのはついさっきまで何かに追われるようにユウキと手
を握っていたからだ。
手を離してしまったのだとようやく気づいた。
何かが変わる予感は姿を変えていく。
頭の中でグルグルと廻っていたルーレットの回転が遅くなる。
立ち上がろうとするが、うまく腰が持ち上がらない。目の前の事故に腰
を抜かしたのか?
いや、違う。
下半身から滾る血脈の流動は昔、良く感じていた情動だ。取り返しのつか
ないことをしてしまった気弱な人間のように自分自身に怯える。発狂しそうに
なる口を唇を噛んで抑える。おそるおそるユウキとさっきまで繋いでいたため
汗ばんでいた震える左手を自分の恥部に入れてみる。
濡れていた。
ビクンとカラダが刺激により揺れる。抑えた口内にネバついた液が蓄積さ
れていく。鼓動の高鳴りが呼吸さえも圧迫する。
マキと再会し、カラダが反応したのだ。
ルーレットの回転が止まる。玉はいつの間にか消えていた。誰かが途中
で玉を取ったのだ。
運命は結論を急がない――まるでそう言っているかのようにその手は大
きく私に存在を誇示していた。私はその手の主を見上げる。色のない光に
包まれてその主は微かに笑った。
さっき白の世界で会った人。
私のかつては全てだった人。
だけど無だったはずの人。
今はすぐそこにいる―――現実と幻想の境目を曖昧にして。
私は目の前にいるはずのユウキを遠い意識の外に押しやり、恥部に
触れていた指をさらに奥に潜り込ませる。
そして悶えた。
マキを想いながら。
ユウキを壊しながら。
323 :
:02/04/15 21:23 ID:Yldru2Au
-48-
>>255-261 『喪失の朝』
-49-
>>279-290 『運命を握る者』
-50-
>>311-322 『白い影』
訂正。>321最後の行を、
『おそるおそるユウキとさっきまで繋いでいた左手
を自分の陰部に入れてみる。』にしてください。
というわけで祝-50-。
次回『マキvsサヤカ T』。
素晴らしい
ああ…
ウットリ保全
327 :
:02/04/16 20:34 ID:CshAKM/B
連敗保全(涙
(`・Å・´)<保全だっぺ!
(☆_☆)<盗塁王保全。
名作すぎ
保全。
( ‘ 〜‘)<保全ナリ。
hozen
335 :
:02/04/20 18:01 ID:nQUsEPyq
=============================終了====================================
336 :
:02/04/20 18:01 ID:nQUsEPyq
=============================完====================================
337 :
:02/04/20 18:02 ID:nQUsEPyq
=============================ご愛読ありがとうございました====================================
おいおい。
でもsageてるな(w
( `Щ´)<NEVER×3 SURRENDER保全
340 :
:02/04/21 09:27 ID:Prl+FUiP
保全ありがとうございます。続きです。
-51-
感覚が狂いだす。
細胞一つ一つが腐食していく。
ゴクリと飲み込んだ最後のツバは心臓に粘つき、鼓動を弱める。
呼吸ができない。重い塊がカラダを締め付ける。まるで何千本もの触手
を持つ怪獣が全身を縛り上げられていくみたいに。
私は表情を変えずに笑った。それを人が定義する”笑う”とは異質なも
のなのかもしれない。しかし、私はそれを”笑う”であると敢えて言う。
生命の根源を求める旅の果てに辿り着いた所は白い平坦な地平線。圧
倒的な虚無の地。
人はどこから生まれどこへ逝く? その答えをこの無の地平線が教えて
くれているような気がする。
きっと”生”と”死”の本質は同じものなのだ。
時系列なんてない。時間を決めた愚かな人間たちが”死”を恐れ、”生”
ばかりを敬ったために、間違った概念がDNAに刻まれてしまった。
死への道程――それは本来ならば面白いくらいあっけないものだ。”生”
にしがみつかなければ下流の流れのように穏やかに流れ落ちてくれる。
しかし人は抵抗する。一生物としての役割を壊し、必死で”生”にしがみ
つく。
決して死ぬのではない。元に戻るだけなのだ。不毛な”生”から解き放
たれるだけなのだ。
完全な静寂が虚空に佇む私と同化しようとする。
このまま私は無になろう。
ずっと昔から誘ってくれたマキに感謝し、恨みながら消えていこう。
だが、薄れ行く意識の淵で脳幹の中枢を揺さぶるメッセージが響いてく
る。それは現世から身を切り離そうとした時にやってくる。
「ユウキです‥。あれから具合はどうですか? 心配しています。電話くだ
さい」
私はゆっくりと目を開ける。ぼんやりと天井の白色灯を見つめ、光がま
だ自分の虹彩に潜んでいることを実感する。
なんで邪魔をするの?
壊れたCDのようにユウキの声は同じ場所をぐるぐると回り続けた。ほと
んど全てが砂に戻っていく私を構成する結晶体の中で、一つだけがまだ形
となって輝いている。これは私が”人間”として表現できる唯一の存在。
ゆっくりと首を横に傾けると、電話があった。チカチカと点滅している部
分が見えた。内蔵されたテープにはユウキの声が入っている。
ユウキの家に行ってから2週間ぐらい経っていた。
私は毎日のようにかかってくる電話を断り続けた。おそらくその全てが
ユウキだったのだろう。一度だけ出て「軽い病気だから、治ったらこっち
から電話する」と言っておいたがあまり信用してはいないようだった。「見
舞いに行くから住所教えて」と言ってきたが「大丈夫だから」と拒否した。
それからは出ることさえも拒絶した。ユウキも何となく私たちの間に漂う
不穏な空気を感じ取っていたのだろうか、電話の声は常に不安そうだった。
電話なんてコードから切ってしまえばいい。そしたら電話の中にこれ以上
ユウキの声が入ることはない。それができない限り、現世から離れることな
んてできやしない。
そうわかっていたのに私はなぜかできなかった。ずっと死体のようにベッド
にカラダを預けていた。点滅する光に私は何かを求めているのだろうか。
いや、違う。電話を壊し、点滅さえ消したとしてもムダだということを私は
知っているのだ。例え耳を突き破らなくてもユウキの声は記憶の殻を破っ
て全身を駆け巡る。視覚でとらえた信号は単なる象徴であって、その根幹
は私の脳内にあるのだ。
しかし、それももうすぐなくなるだろう。唐突にやってくるユウキの声はそ
の間隔が広がっている。現実に引き戻す因子はやがてフェードアウトして
いく。そして、現実から全ての手を離す。
ご飯もロクに食べていなかった。風呂も全く入っていなかった。決して進
むことのなく佇む潮流を淀んだ瞳で見つめた。
私はハイエナのようにオナニーに没頭した。数日前に私の中から飛び
出した愛液の腐った匂いが部屋中を埋める。目の前に無波長の光がま
たたく。その先には半透明に輝くマキが目だけが強力なエネルギーを発
し、私の前に立ち尽くしていた。
こっちの世界にほんの少し足を踏み入れたのか、それとも私がマキの
棲む夢の世界に踏み入れたのか曖昧だ。
私がずっと感じていた予感。
階段を転げ落ちるようにプログラムされた私の運命。
その運命を司る人間は多分このマキだったのだろう。
そのことに気付いたのはあのトラック事故の時だ。ユウキと手と手が離
れた瞬間に空いたほんの小さな隙間を縫うようにして、その事実が脳細
胞に痛みとともに刻まれた。
多分、私は知っていたのだと思う。というか今までの私の半生を思い起
こせば、”運命”という言葉を記憶の中に投げかけたとき、確実にマキの
名を連想させていたはずだ。
しかし、ユウキに出会ってから――ユウキとセックスをしてから私はマキ
の存在を一切拒絶していた。
あれは夢という妄想の範囲を超えない、私の記憶にあるマキの過去は
全て幻なのだ、と。
できるはずもない記憶の抹殺を私は無意識に遂行していた。
そう。できるはずがないのだ。マキは私のココロの全てを司っているの
だから。
私は目の前のマキに尋ねる。最近のマキは存在が濃い。それが現実と
夢との境界線を曖昧にさせている。
私の唯一残っている生命の結晶体が動く。それは万華鏡のようにくるく
ると模様を変え、たった一つの存在を幾千にも見せ、マキと闘おうとしていた。
「忘れていて恨んでる?」
マキはゆっくり首を横に振り、囁く。
「思い出してくれたから」
「うそつき」
マキに憎しみを込めてそう言った。
私がマキのことを忘れるくらいまでユウキに陶酔したこと、ナツミやカオ
リのおかげで生きることに確かな手ごたえを感じていたこと、マリと目と目
が合って、二人だけの共有世界に誘われたこと。
これらは全てマキの願いに背くことだった。生きることに意味を有し、カ
ラダもココロもマキの呪縛から逃れようとした行為たち。
だからマキは私に報復をしたのだ。
マキは生きる糧となる友人たち、つまりマキにとって邪魔になる人物を
私から奪うことにした。しかもたった数日で。一気に消し去ったのはそれ
のほうが私の絶望を誘うのに効果的だったからだろう。そこまで考えた
かどうかはわからないが。
マキは「ふふふ」と笑う。
ユウキとそっくりの顔でユウキは絶対見せない歪んだ表情。
恐怖にも甘美にもなる理解を超えた笑みが私を惑わし続ける。それが
ココロを捧げるものへとつながるのだろうか。私には思考下ではわから
ない。ただ第六感が真実として結びつける。
「マキなんて‥ダイキライ」
こんなにもマキを恨みながら私は愛に近い感情をマキに求めている。
「ダイキライ」
口にする虚しさが私の腐食した性欲を溢れさせる。
「ダイキライ」
真実は常に――、
「ダイスキ‥」
真実は常に裏側を持つ。
目の前で怪しく浮かぶ幻覚を私は抱きしめた。手には感触がない。お
そらく視覚にもマキの情報は伝わっていないのだろう。幻というココロでし
か、見たり触れたりできない存在なのだから。
やはりココは夢の世界なのだ。何もかもが偽りの形をしている。
だけど、この性の欲望だけは狂ったように溢れ出す。それだけが唯一の
真実。
おかしな世界だ。
腐っていくカラダの中で感じることだけが神経を這いずり回る。そもそも
感じるって何だろう?
「ん‥」
私は痛みを感じながら、性玩具や皮と骨だけの指などをアソコに入れた。
水もロクに飲んでいないのに、放尿をした。栄養分がほとんどない透明
な液がシーツを染めていった。頭を掻き毟り、指の間に散らばる髪の毛
を食べた。
理性なんてほとんどない。
全人格を壊しながら私はマキを求めようとした。
それでも闘いつづけていた結晶体だけはボロボロになりながらもマキを
拒絶していた。現実に生きる”人間”としての最後の砦だ。
このカケラが砕け散ったとき、マキの願いが叶う。つまりカラダは腐り、
枷が外れたココロがマキの元へ飛び込む――不可能としか思えなかった
ことがもうすぐ叶う。
私の一部のカケラは何を抗っているのだろう? マキに埋もれればラクな
はずなのに。待っているのは痛みも苦しみもない永遠だ。
マキは恍惚に歪む私を包み込む。抵抗する最後の結晶を砕こうとして
いるのだろう。触れることもできない見ることさえ危うい人間に抱かれ、私
はより一層の性動に蝕まれる。頭の中はマキで埋め尽くされる。まだこの
部屋に微かにあったマリの匂いさえ私は消し去ろうとしていた。
そんな時だった。このまま快楽と憎悪を繰返し、やがてはどちらも朽ち
果て同化されると思っていた流れをストップする力が働く。
それは現実世界の最後の刺客――マキにとっては皮肉な外力。
「ピンポーン」
私が住む部屋全体に響きわたるドアチャイム。
幻の中にしては有り得ないリアリティのある音だった。
一体、何で鳴るのだろうと思った。ここはマキが棲む仮想空間のはず
だ。つまり、存在しうるのは私とマキしかいないはず。だから外力が表
れたことに大きな違和感を持った。
マキとの世界に没頭し、カラダは朽ち果てていきたかったのに。それと
もマキが何か事情があって鳴らしたのだろうか。
私の前に様々な色が付く。ふと現実に戻された気がした。
もし、集金やセールスマンだったらどうしよう? 助けを乞おうか。私
を壊そうとする人がいます。私の中にいます。だから助けてって。
「ははは‥」
自分の愚考に苦笑した。口元を歪めるも上手く声が出ず、掠れた息だ
けが聞こえる。自分でも不気味だと思った。
私はのぞき穴から玄関の向こう側にいる世界を覗いた。その中心に立
つ人の頭を見つけたとき、胸が張り裂けそうになる。白のカッターシャツや
肩の感じ、鼻の形は忘れようと努力していた人間。
「ユウキ!」
私はドア越しに叫び、条件反射でドアを開けた。風が一気に部屋に飛び
込んでくる。
ちょっと冷たくて私のカラダがスパッと切れた感じがした。そして穏やかな
太陽の光は今が朝であることを告げる。
「どうして?」
狼狽気味に私は尋ねた。抜け殻の死体のようだったカラダが身震いする
ようなものに満たされる。ユウキの顔を想像ではなく現実に見据え、血管に
アドレナリンが沸き立つ。天地がひっくり返ったような感情を懸命に喉の奥
に飲み込む。
「元気? 会ってくれないから心配して‥」
「どうしてここがわかったの?」
私はユウキに自分の住所を教えていないはずだ。ユウキは小さな罪悪感
からか一瞬ためらった後、口を開く。
「”マリア”の人に聞いたんだ」
”マリア”とは一瞬何なのか、考えてしまう。が、すぐに記憶の糸は結ばれた。
「ケイちゃん?」
「え〜っと‥ちょっと目が離れてて吊り上がった人」
「ケイちゃんだ」
私の頭にはケイの像が結ばれる。もう1ヶ月以上も会っていないだろうか。
ユウキの言う通り、目が離れてて、目元が吊り上がっていて、何となく怖い。
でも、そこから発する眼差しは明るく優しい。
「その人、言ってました。最初の略歴を書くときに普通の人なら本当の住所
を書いたりしないんだけど、サヤカさんなら絶対書いてるって。バカ正直
だからって」
ユウキが言った言葉そのままに頭の中のケイが口を動かす。
「バカ正直ね‥」
「入っていい?」
私は少々戸惑った。しかし、こわばった瞳が私の瞳を射抜き、今の私の
状態を知られたくないという気持ちをまだ微かに残っていた歪んだ恋心が
上回った。
「いいよ」
ユウキはこの異臭漂う空気を何と思うだろう? そして二人だけの空間
に危険分子が入ることをマキは何と思うだろう? ユウキが来たのはマキ
の計算通りなのか?
いろんなことを考えると、やがては可笑しくなる。やはり感情の制御が
壊れているのは変わらない。
私はユウキを中に入れた。
349 :
:02/04/21 09:52 ID:Prl+FUiP
350 :
:02/04/21 10:12 ID:DmMOvnUA
凄いわ。頑張って。
351 :
名無し:02/04/21 15:10 ID:QMxBKxMP
保全
∋oノハヽo∈
ケメピョン━━━( `.∀´)━━━━━━ !!!
39ノハヽ53
(虎`.∀´)<保全!
( ^▽^)<保全するよ!
( `.∀´)<保全しないよ!
(・ ε ・)<兄ィちゃん保全しとくよ!
保田
全裸
359 :
:02/04/25 06:27 ID:fYrc4MI2
保全ありがとうございます。続きいきます。
-52-
「へえ、ここがサヤカさんの家か‥」
ユウキは部屋をぐるりと見渡して、感心したような狼狽したような声を
出した。久しぶりに電気をつけ、私は目が眩むがすぐに慣れる。この部
屋の空気が澱みすぎているせいか、思ったより暗く感じた。
「汚いでしょ?」
ユウキは埃を吸ったように顔をしかめながら「はい」と即答した。しか
し、すぐにフォローするように、
「いや、病気だったんでしょ?」
と言う。
私は小さくうなずいた。病気といえば病気だ。でも精神科の医者にでも
治せない不治の病。キョロキョロと挙動不審のユウキの背中に焦点を合
わせ、本能から沸く動悸と闘う。壊れたカラダが少しずつ修復しようとして
いるのか神経網に電流がゆっくり流れる。
ユウキは振り返りながら口を開く。
「じゃあさあ、俺今日掃除するよ」
「いいけど、今日学校は?」
私はユウキの全身の姿を見回す。ユウキはカッターシャツの下には黒
のズボンを穿いていた。どこからどう見ても学校をサボってきたとしか思
えない。
「俺は不良学生なんだぜ」
ユウキのお母さんが言った言葉を思い出す。それを踏まえてのことだっ
たのだろう。私はそのカッコつけた言い方に苦笑した。
「じゃあ‥」
ゆっくりしてって――と言いかけて、私は口をつぐむ。
ベッドに滲むオナニーの痕を思い出したのだ。そして、さらに私のカラダ
にはその異臭がこびりついているのではないか? と思い、急激に恥ずか
しくなった。ユウキの横を通り抜け、台所に走り、室内換気扇をつける。そ
して隣りの寝室には絶対行かせまいと誓った。
近くにあった冷蔵庫を一瞥する。中には何が入ったいたかあまり覚えて
いないが何かはあるだろう、少なくとも冷凍庫に入っているものは食べら
れるだろうと思いながら「何か食べる?」と近くにいると思っていたユウキ
に向かって聞いた。
ユウキは私が思っていたよりも遠くに立っていた。周りを見回していた位
置にそのままいただけなのだが、私には至極遠く感じた。
そしてユウキは私とは違う一方向を見つめていた。体は私に向けられ
ているのに顔は横に向けている。そしてその横顔は口をやや半開きにし
て呆然としている。まるでユウキのカラダが部屋の電気がついているの
になぜか漂う薄闇に飲み込まれてしまったように。
「ユウキ?」
本当はそんなに大したことではないのかもしれない。ただ石造の如く硬
直したユウキからは一瞬とはいえ、生命が抜け出てしまったように見え、
重い衝動が私のココロの深奥を突き上げてきた。
この部屋はユウキに拒絶反応を起こしている――そう感じた私は現状
に捉えようのない危険を察知し、共に生まれた焦りを引き連れるように、
ひっくり返った声で「ユウキ!」ともう一度呼びかけた。
ユウキはさっと私に顔を向ける。
「え?」
「どう‥したの?」
「何が?」
私の意味不明の危惧など気にもしない感じでユウキはとぼけた声を出し、
すぐに焦点を私に戻す。
「いや‥」
私は焦燥がさらに背中をせり上がってきているのを感じつつ、読み取れ
ないユウキの瞳を見据えた。
「‥‥」
「‥‥」
「‥サヤカさんこそ‥どうしたの? 変な声出して‥」
「え? いや、私?」
ユウキは私の不安を鏡面反射しているような顔をする。ユウキが不安そ
うにしているのは私がそうだからだ――錯覚かどうかわからないがそう解
釈すると少しココロの影が消えていく。
「別に‥なんでもないよ‥」
「具合、やっぱ悪い?」
ユウキは一歩近づき、私の顔を覗きこむ。その一歩がやけに遠く感じら
れた距離をぐんと近づけた。
「いや、そうじゃなくって‥ははは、なんだろね‥」
「‥‥」
「とにかく、座って」
「うん」
私はようやく電気をつけ、近くにあった椅子の背もたれを手前に引き、こ
こに座るように促すとユウキはやってきて腰を落ち着かせた。
一度ユウキの肩をポンと叩き、今腹が減っているかを聞かずに冷蔵庫
に向かう。ユウキは座りながら私の動向を見て、立ち上がった。
「サヤカさんが座ってて。おかゆでも作るよ。 ヘタだけど‥」
「いや、いいって。もう大丈夫なんだから」
冷凍庫を開けると氷と霜以外何もなかった。冷気をまともに顔に浴び
ながらどうしよう、と困惑している時、後ろから声がした。
「じゃあ、食器でも洗うよ」
ユウキは台所に目を向けながら、白シャツの袖のボタンを外そうとして
いる。
「ダメ!」
はっとしたと同時に私はほとんど無意識に叫んでいた。頭の中にはマリ
の姿が浮かぶ。台所には洗っていない食器はマリが出ていってからその
ままにしてあった。私はこの台所にマリの面影――エプロンを着た小さな
後ろ姿でも重ね合わせているのだろうか。
「ご、ごめん‥」
ユウキは意味もわからなかったようだが私の威圧に押され、とりあえず
謝っていた。私は大げさに叫んでしまったことに対してまた羞恥を覚える。
だけど、それは嬉しいことでもあった。マキのことが全てだったはずの私
に、マリを想う部分が残されていることを教えてくれたからだ。
ふとユウキを見ると、どことなく苦虫を噛み潰したような顔をしながら屹
立していた。
ユウキと関係のないところで仄かに嬉々とした感情を抱いた私はそんな
ユウキを見て大きな罪悪感を覚え、慌てて場を取り繕うとする。
「あ、いや‥私のほうこそ‥」
「‥‥」
沈黙が流れた。ラジオ番組での無音のように気まずい雰囲気が覆う。
噛みあわない会話。
重ならない感情。
1週間の空白はこうも二人を分断させるものなのだろうか、と憂う。私は
息を大きくつく。
二人の間にはお互い見えない壁がいつのまにか構築されていた。何を
言ってもその思いの一部分しか伝わらない。このまま手を拱いていれば
二人は確実に引き剥がされる。
しかし、私はまだ諦めていなかった。聳える壁を壊す言葉を思いつく。そ
れはあまりにも単純で誰もが知っている言葉だ。
「ユウキ‥」
唇が暗紫色の食肉花のように貪欲に動く。
「私のこと‥好き?」
上目遣いから見えるユウキの顔は赤みを帯び始める。自分はなんて
卑怯な女なのだろうだと思った。そこで「はい」と言わせて、この2週間
で生まれた空白や今までのちぐはぐなやりとりの全てを納得させようと
しているのだ。
愛情が偉大だなんて決して思わない。ただ、愚かで脆い人間という種
には愚かで脆い言葉が有用であったりする。
「‥うん‥」
静かにうなずくユウキ。内部に残存していた唯一の結晶体が輝きを増
し、四方八方に光を撒き散らす。性の奴隷としてのみが人としての価値
だった私がユウキに与えられる唯一、最大の行為――。
私はユウキに近づき、抱擁し、キスをした。男のカラダにしては小さい
けれど、なかなかの筋肉質でカラダというより岩を抱きしめている感じが
した。そして唇からはしばらく感じたことのなかった生命のゆらぎを吸い
込む。
長いキスの後、ゆっくりと唇と唇が離れる。数センチの間は唾液が架け
橋のようにくっつき、やがて重みに耐えかねるように二人の間に落ちた。
「サヤカ‥さん‥」
ユウキの表情がトロンと溶けている。まるで魔女の魔法によって狂わさ
れたかのように。
「ありがと‥。ご褒美‥」
私は腰を下ろし直立しているユウキの下半身に顔を持っていき、ジッパ
ーを下ろした。トランクスの間から現れるのはそそり立つ白桃色のペニ
ス。グロテスクな曲線が眼前に聳えると、私は至神なものを見るように崇
めながら口に含んだ。顔を上下に揺らし、ちょっとだけ歯を立てたりしな
がら、懸命にしごいた。
男の情けない淫声を耳奥で感じ取ると、さらに動作を速める。ユウキの
腿に力が入ったことに気付いたと同時に、私は上から頭を掴まれる。ちら
りと見上げると射精を必死で堪えているユウキの顔があった。
そして、その顔をマキと重ね合わせた。
「マキ‥見てるんでしょ?」
ドクドクと人とは別の生き物のように活動しているペニスを含んだ口の間
から声を洩らすように言う。
この部屋にはマキの幻影が色濃く残っている。きっとこのフェラチオの最
中にも近くにマキはいる。
ユウキはただ下半身に神経を集中させていたせいか、私の声は聞き取れ
なかったようだ。
マキは現れない。ユウキの昇りゆく表情を虚ろに見つめ、マキを召喚する。
ねえマキ。こんなシーンを見てどう思っているの?
実の弟があなたの目の前で私と性を交換しあっている。
ああやって引き剥がそうとした私たちの関係は、こうやって修復しようと
している。あなたという高い障害を乗り越えて、前以上に愛の偉大さを感じ
ている。
もうきっとマキが何をやってもムダなんだ。何をしようと私たちは乗り越え、
その想いを強くしてしまう。
嫉妬しない?
こうやって私は今カラダもココロもユウキだけに捧げているんだよ。
たった一人の登場がこの2週間の無への道筋をぐちゃぐちゃにした。
きっとユウキは現実世界の使者なのだ。ユウキはこうしてまだ私を愛して
いる。その事実が私の”人間”の部分を復活させる。そしてこれはおそらく
マキの計算外のことだ――そういう確信がさらに私を活性化させる。
私は生きている。決して全てを失ったわけではない。
ケイが――もう会うことはないかもしれないけれど、遠くで私を見守って
いる。この部屋にはマリが温もりが残っている。何十年先かわからないが
マリと縁側で昔話に花を咲かせる可能性だって十二分にある。私はマキ
への想いに馳せながら続けたオナニーの間もマリの存在を噛みしめてい
た。これはどれだけカラダが朽ち果てようとも変わらぬココロの一部分だ。
マリだけではない。思い出の中には優しくしてくれたカオリやナツミやユ
ウコがきっといる。
マリが好き。ナツミが好き。カオリが好き。ユウコが好き。ケイが好き。
ユウキが好き――引き合わせたのは確かにマキの陰謀なのかもしれな
い。しかし、別離を宣告されたからって、私がみんなに馳せる感情だけ
はマキが侵すことのできない領域。
――”別れ”と同じだけマリやみんなと出会うんだ。そして時を越えて、笑
い合うんだ。いつか、きっと‥‥。
「イ、イク‥」
ユウキは掴んでいた頭をさらにガシリと掴んだ。そして、次の瞬間、口
内で生暖かいものが発射された。
口の粘膜に粘着質の臭い匂いがまとわりつく。私はその一部を吐き出
し、自分の手の平で掬った。
白くて暖かな精液。目の前で徐々に萎もうとしているペニス。恍惚とした
表情。全ての持ち主はユウキで、全てを私に捧げている。じんじんとユウ
キのココロの律動を感じる。
「あんまり‥量ないね‥」
手に付着している精液を舐めてから少しいじわるく言った。
「うん‥。寝起きだから‥かな?」
「朝って出ないもんなんだ」
「少なくとも俺は‥」
申し訳なさそうな顔をするユウキ。私は立ち上がった。腰がふるふると
震えているところを見るとユウキは全精力を出し切ったようだ。その様子
を小鹿が必死になって立っている様子と重ね合わせたせいですごくかわ
いらしく見えた。
「もう一度キスしていい?」
私は卑した目でユウキを見つめる。ユウキは私の手と目を交互に見てか
ら引きつった。
その時の私は性に溺れた悪女に見えたのだろう。実際そうだ。今は性の
奴隷にでもならないと生きることを確かめられない仮死状態だ。だからこ
そ私はユウキを淫欲の色に染め、精気を奪う。
「ははは。そうだよね。精液を含んだ口とキスするってのはイヤだよねぇ」
私は手に付着していた精液を舐め回し、飲み込んだ。臭さとともに悪女
の面が倍加されていく。
「う、うん‥」
少し表情を緩め、スキを作るユウキ。
私はにこりと歪んだ笑みを見せるやいなや、咄嗟にユウキに抱きついた。
「うわっ!」
ユウキを意表をつかれたせいで自重を支えられず、私に抱きつかれたま
ま後ろに倒れた。その間にしっかりとユウキの唇を奪った。キスというより私
の口の中にあった白い液体をユウキの口に流し込む動作だ。唇の表面を
舐めまわすと私の下半身が淫乱に再び疼きはじめようとする。
しかしユウキの方はというとやや頭を打ちつけたようで「イタタタ‥」とつ
ぶやきながら後頭部を押さえていた。それを見ると少し情動が潮のように
引いていく。
「大丈夫?」
私は顔を離し、心配そうにユウキの頬に手を触れる。ユウキは口の中に
入った自分の精液を毒でも飲んだかのようにセキ込みながら吐き出そうと
している。
「大丈夫‥じゃないですよ‥」
「ごめんね」
罪悪感を含まぬまま謝ると、ユウキは無理の上から不意に笑った。その
微妙さが何とも可愛げがあり、愛情が溶けているように見えた。
私はシャワーを浴びることにした。その間ユウキには「テレビでも見て
て」と言っておいた。私はお湯を全く出さずに冷水を浴びた。シャワーの
穴一つ一つから出る水の線が私の皮膚にぶつかり、吸収されていく。カ
ラダを洗ったのは2週間ぶりだ。
私はこびりついた汚れが落ちてゆく中、不思議な高揚感を感じていた。
今まで眠っていた感情の燻りを沸々と湧き立たせているようにゆっくりゆ
っくり熱感が広がる。
おそらくこれからユウキとセックスをするのだろう。何かあったら二人は
セックスをすればいい。悲しいけどそれで全てが収まる。肉体でしか語り
合えない情けない関係。
初めてユウキとセックスしたときのような緊張感がむくむくともたげてき
た。まるで純情な乙女のような衝動に苦笑する。
しばらくして、この小一時間の出来事を思い返した。
玄関のドアを開けた時、マキが作り上げてきた私とマキだけが存在しう
る世界に様々な生の息吹が吹き込まれた。
朝の光、鳥のさえずり、冷たい風、そして、ユウキなる存在。
そして連鎖反応のように私の記憶からマリやナツミやカオリなどとの思
い出が甦る。
これらはマキが作ろうとした世界を壊す決定的な因子なのだと改めて確
信した。マキの報復に私は耐えたのだ。
ユウキをマキとは無関係に愛せたのだ。
私は浴室に備え付けられた鏡をのぞきこんだ。お湯を出していなかっ
たので湯気でくもることはなかった。
鏡に映る自分の瞳を覗いた。まるで催眠術にかけられたかのように急
速にその瞳に吸い込まれた。全ての雑音が消え、光さえも遠のいてゆく。
「マキ‥私の勝ちだね」
確信をもって私は口にした。その声は直接、自分の脳に響く。すると、
すぐに返ってこないはずの反応が同じように自分の脳に直に届けられた。
「違うよ。サヤカはユウキのことを愛してなんかいない」
抑揚のない声。
私の顔に冷たいものが滴る。シャワーの水滴ではなく、私の内部から湧
き出た塩気のない汗だ。
抑揚のなさは感情のなさではない。とてつもない負の感情を奥にぎゅっと
閉じ込めたそんな声だった。こんなマキは出会って今まで一度たりともな
かった。シャワーがどんなに皮膚の表面を洗い流しても次から次へと汗が
滲んでくる。私はシャワーを口に含み、吐き出して、口の中を潤してから聞
いた。
「どういうこと?」
「サヤカはあたしを消し去ろうとしているだけ。ユウキのことなんて一つ
も考えていない」
「そんなこと‥」
「あたしにはわかる」
「‥‥」
「サヤカはあたしを憎んでいるだけ」
「そんなこと‥ない‥」
唇が震えながら動く。反論は弱々しかった。マキの静かな圧倒が一度固
めた思いを簡単にあやふやなものに様変わりさせる。
「嬉しいよ」
「何で?」
ツバをゴクリと飲み込んで聞いた。
「憎むってことは想うってことだから」
「‥‥」
「だから、このままあたしを憎んでね。そしてユウキを壊して」
マキのさっきまでの閉じ込められていた感情が少しずつ表出する。にじみ
出るのは濾過されて出てきたような純粋すぎる悪意。
「どうしてユウキを憎んでるの?」
私は”復讐”という言葉を思い出し、マキに尋ねる。脳内に像を結んだマキ
は狡猾な笑みを含ませながら言った。
「ユウキがあたしを殺したから」
373 :
:02/04/25 07:45 ID:fYrc4MI2
ああ、ミスった‥‥。って言っても直せない部分‥‥。
374 :
名無し:02/04/25 13:36 ID:arpYGVHW
更新乙カレ-です。
(0^〜^0)<保全どす〜ん!!
保全。
面白いし、凄いと思うけど、
荒んだ性を柱にするのは卑怯。
それはある意味誉め言葉保全
この小説の主人公ってイチゴマなんですか?
>379
読み、そして感じるべし。
381 :
:02/04/27 19:44 ID:RnGEZUMy
>379
読み、そして感じてください。って僕が言うとイタイですね。
では続きです。
-53-
「どうしたの? サヤカさん?」
心配そうに顔色を窺うのは現実に存在するユウキ。テレビの電源はつい
ていなかった。
「うん、ちょっと冷水浴びまくってたからカラダ冷えちゃった‥」
私は何とか平静を装う。
「もう寒いんだから。大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。それより、ユウキも浴びる? シャワーだけど」
「俺はいいよ。面倒くさいし。それよりさ、どうせだからメシでも食べに外行か
ない? 体調悪いんならやめとくけど‥」
ユウキの調子はどことなく軽かった。空白の2週間などまるでなかったか
のような振る舞いは逆に不自然な気がした。
「うん、いいよ。行こ」
頭で鳴り響くマキの最後の言葉を追っ払いながら私は言った。
タンスから長袖の青と白のストライプが入ったシャツと1980円の安物
ジーンズを引っ張り出して、ロクに化粧もせずに出かけた。ユウキにはこ
のまま学生服を着せて外出させるのはマズい気がしたので、緑色の古物
ジャケットを貸してあげた。上背が私と同じぐらいだったのでぴったりだった。
太陽の光がまぶしい。夏はもうとうに過ぎてしまったのでそのパワーは衰
えているのだろうが、あらゆる生の光から遠ざかっていた私にとっては十分
強いものだった。
いろいろと周りをうろついた結果、私たちは家の一番近くにある喫茶店
に入った。装飾などがあまりされていなく、塗装が剥がれた部分もあり、
不気味な感じがするお店だったので私は今まで一度も足を踏み入れたこ
とはなかった。
テーブルに座り、横に立てかけられていたメニューを見る。私はエビピ
ラフ、ユウキは豚しょうが定食を注文した。
店員が離れるとユウキは目の前のグラス一杯に入った冷水を一気に飲
み干した。
「とにかく、元気そうでよかったよ」
「ありがと。ユウキのおかげだよ」
「うん‥」
逆にユウキが元気じゃなくなっているような気がした。
「どうしたの? 何か私にエネルギーを吸われたみたい」
ヘンに笑顔を作る。
「いや、疲れただけだよ。だって朝っぱらから‥」
「ははは、そうだね。本当にエネルギー吸っちゃったんだ、私」
ユウキも笑顔を返す。私に合わせたのかぎこちない笑顔だった。
しばらくしてエビピラフがやってきた。ユウキの豚しょうが定食がくるまで
待とうと思ったのだが、ユウキの「食べていいよ」という言葉に私は遠慮な
く甘えた。
エビピラフは案外おいしかった。量もまあまあ。値段も普通。それに内装
はごく普通に綺麗な店だったので外の雰囲気で判断するものではないとつ
くづく思った。
「あの家にはサヤカさん一人で住んでるの?」
その問いに一瞬喉を詰まらせた。ふとユウキを見ると、空のグラスを両
手で持ち、中指や人差し指を動かしている。少し焦れているような仕草だ。
マリを思い浮かべ、ユウキのやけに真剣そうな顔から目を逸らさぬまま
私は首を横に振った。
「今は一人。前に幼なじみと住んでたんだ。その子は今は実家に帰っちゃ
ったんだけどね」
ユウキは「ふーん」と唸り、背を少し丸める。そして空になっていることに
気づいていなかったかのようにグラスに口をつけた。底の方で僅かに残っ
ていた水滴がグラスの側面を伝い、ユウキの口に入る。
その後すぐに豚しょうが定食がやってきた。ユウキは持ってきた店員に
水のおかわりを頼んでいた。
「でもどうしてそんなこと聞くの?」
「いや、一人暮らしにしては何かヘンな感じっていうか‥。食器とかが多
かったし‥」
しどろもどろに説明するユウキを見て、私は男と同棲していると疑われ
たのでは? と思った。
「マリって言うの。その幼なじみの女の子」
”女の子”の部分を強調して言った。ユウキは「ふ〜ん‥」とつぶやき、
それからはあまり興味がないような顔をした。でもその胸は鼓動を早め
ているのが手元の小刻みな震えを見ればわかる。顔とカラダの態度の
違いに私は表には出さずに苦笑した。
ユウキは豚しょうが定食をがつがつと食べはじめた。私もまだエビプラ
フが残っていたので、それを食す。しばらくは何も言葉を交わさなかった。
口を開いたのは私がエビピラフを食べ終わった後。
ただ男らしく口いっぱいに食べ物を詰め込んでいるユウキを少し微笑ま
しく見つめながら私は言った。
「お母さんたち元気?」
ユウキは口を動かすのをやめる。一瞬間の静止の後、私を見る。
「何かすっごくいいお母さんだったから忘れられなくて」
少し驚いた顔をするユウキを見て私は慌てて付け加えた。ユウキは手
に持っていたお皿を置いて、口の中に入っているものを飲み込んだ。
「今、ケンカ中」
つっけんどんに突き放すユウキ。親子ケンカに他者が口出しするのは
どうかとも思ったが敢えて私は聞いた。
「何かあったの?」
少し淀むユウキ。私は身を乗り出す。ユウキは圧力に耐えかねたよう
に重々しく口を開く。
「最近の母さんヘンていうか、しょっちゅうマキちゃんの名前出すように
なったんだ」
私はピクリと眉を痙攣したように動かした。
「マキちゃんって覚えてる? 俺が生まれる前に亡くなった年子の姉キ」
「うん」
私は動揺を隠すように静かにうなずき、
「確かお母さんの不注意の事故で‥」
と付け加える。
その時私は目をしばたかせた。元々照明を少し落としていた喫茶店だ
ったが、もう一段階暗くなったような気がした。しかし、ユウキは何も気付
いていない。気のせいか、と思った直後、ユウキの後ろに昇る薄い光を
見つけた。そのシルエットはマキの像をおぼろげに縁取る。明らかに私
を見下ろしている。
きっとこの光は私しか見ることができないのだろう。私は一筋の汗を掻
いた。ユウキは背後のマキや私の焦燥に気を止めずに口を開く。
「そう。で、母さん、ポツリと洩らしたんだ。マキちゃんが死んだのは7月
10日だ、って」
「7月10日って‥」
「俺の誕生日」
ご飯を食べながら淡々と言うユウキ。私は思わずツバを飲み込んだ。
「それってユウキの生まれた日にマキっていうお姉さんが死んだってこと?」
私はユウキの頭上の薄いオーロラのような怪しげな光を見る。その目
線の下でユウキはうなずいていた。
「よく考えれば俺の誕生日ってまともに祝ってもらったことなかったんだ
よね。最初は俺が男だからと思っていたけど、多分、それはマキちゃん
の命日だからだったんだ」
「そうなんだ‥。ショック?」
「ショックってほどもないけど。だからって今頃言わなくたっていいのにって
思って、キレちゃった。で、今はケンカ中」
再びユウキは身をかがめて豚肉を食べ始めた。私の目はマキの光を
射抜く。
「こういうこと?」
口に出していない。ココロでもって聞いた。光がゆらゆらと揺れる。
「だからってユウキを恨むのはお門違いってもんよ。不可抗力じゃん」
また光が揺れる。今度は横に揺れた。その動き方は――否定してい
るってこと?
「どういうこと?」
答えを確認する前に、ユウキがピクッと動き、私は異常に反応した。
「どうしたの? サヤカさん?」
私は「何でもない」と慌てて言う。ユウキはポケットから携帯電話を取
り出した。どうやら電話がかかってきたようだ。誰からかかってきたのか
を確認すると、今度はユウキのほうが顔色を変えた。
「どうしたの?」
今度は私が尋ねる番。
「いや‥ちょっと‥」
ユウキは席を外し、私の背中側にあるトイレに走っていった。
ヘンな奴、と思いながらユウキを見送る。そして顔を元に戻すと薄か
った光が少し強さを増して、ユウキが座っていたところまで侵入していた。
「で、どういうことなのよ?」
濃淡が目立ってきたせいかマキの顔の部分にに輪郭や目鼻の形を
作る。私の目線は口もとの笑みに集中した。
「笑っているの?」
「‥‥」
無言の口はさらに歪つに曲がる。
「なんで、笑ってるの?」
その笑みは明らかに祝福ではなく蔑み――マキは私から目を離し、斜
め後ろにやる素振りをした。私は思わずその方向に顔を向ける。トイレが
あった。眉を寄せながら、また顔を戻す。
「意味わかん―――」
マキは笑っていた。先ほどよりも数段卑しい笑みだった。
そして、マキの言わんとしていることの末端が私の脳裏をかすめた。
「ま――」
まさか、と口元が震える。
「‥‥」
マキはなぜ、こんな一連の微かな動作だけでそういう考えに至ったのか
わからないが、ともかくその疑惑はみるみるうちに浸透していった。
マキは口元を動かした。読唇術は備わっていないが、元々ココロの中
での会話だったからか何を言ったのかわかった。
「ユウキヲコワシテ」
きっとこれは最終命令。
腿のあたりのジーンズをギュッと掴む。何かにしがみついていないと自
我をコントロールできない気がした。
「ごめんごめん。クラスのダチからで‥」
ユウキがそう言いながらやってくる。そしてマキがいる対面の席に座る。
マキとユウキが重なった。薄い光に覆われて、ユウキが口を開く。
「学校さぼったのバレたみたいなんだ。参っちゃうよ。また母さんと喧嘩
かなぁ」
「‥‥」
「まあ、もう慣れちゃったけどな」
「‥‥」
「そうそう、そのダチってさ、金髪でさあ、まったく似合っていないんだ」
ユウキは残っている食べ物に口をつける。私はユウキの言うダチの話
題に触れることなく聞いた。
「新しい彼女から?」
静かで重いトーンが空気を面で押す。
人の介入しない秘境の地の中心に存在する澄んだ泉に私は一滴の毒
を落とした。透明な泉は波紋を広げながら黒く汚染されていく。レコードが
切れたのか喫茶店の中を流れる70年代後半のブラックミュージック調の
音色がパタリと止んだ。
ユウキは驚愕の顔のまま不自然に固まっていた。それが1秒、2秒と続
いた気がした。
「な、何言ってんだよ‥」
明らかに浮き足立っていた。ユウキの反応する目、口元、手、そして
滴る汗の全てが真実と嘘とを分別している。
「今日はホントは‥別れを言いに来たんじゃないの?」
あからさまに目を逸らすユウキ。
「ねえ、ユウキ‥」
「‥‥」
「正直に答えて」
よく考えれば、「私のことが好き?」の問いかけに即答では返ってこなか
った。ウソをつくかつくべきじゃないかの葛藤がずっと見えていた。
更なる長い沈黙。
店内に流れていた音楽は一向にかかってこない。ホントは普通にかか
っているけれども、私の耳がユウキの言葉だけを受け入れるように他の
音を抹殺しているだけなのかもしれない。
ユウキは肘を伸ばし、自分のカラダを硬直させた。そして、目線をテー
ブルへ落とした。
「お、俺‥好きな人ができたんだ」
仕草や間の開け方が怖いくらいリアルに聴覚を刺激する。やっと言えた、
というようなホッとした吐息がすぐ後に吐かれた。
「告白‥したの?」
「‥‥」
ユウキは私を見ぬまま頷く。
「エッチは‥したの?」
「‥‥」
ユウキのカラダは再び硬直する。
「ねえ」
「うん‥さっき‥。ここに来る前‥」
できればこのつぶやきが私の耳に届かないように、と願っているかのよ
うなか細い声だった。先ほどのフェラチオを思い出す。精液が少なかった
のは朝だからだけではなく、一度済ませたからなのだ。
「どんな子? 前の彼女?」
そんな生々しい事実を突きつけられても、私は落ち着いていた。発狂し
たり、ユウキを咎めるとかという気持ちも湧いてこない。感情を抑えようと
する理性さえも必要がなかった。ただ、おもむろに事実を吸収しようとし
ている無の状態だ。私の中身はどこへ行ったのだろう?
ユウキは少し意外という顔色を僅かに浮かべてから、首を横に振る。
「もうあの子は関係ないよ」
「ふ〜ん‥」
「と、とにかく! サヤカさんが心配で来たのはホントだから!」
ユウキはこれが見苦しい言い訳になると自分でもわかっていたのだろ
う。罪悪感を言葉の端から滲ませながら叫んだ。椅子を引いて立ち上が
りながら、悲痛に顔を歪めていた。その痛みは私ではなく、自分に向け
られている。なんて俺は愚かなんだ、と。
本来なら会うことを拒んでいた私にも非があるのかもしれない。しかし、
ユウキの目に私を咎める色彩はなかった。
私は馬をなだめるかのように両手を使って座るように促す。
「うん、わかってる。だからわざわざケイちゃんに尋ねてまで家を探してく
れたんだよね」
「‥うん」
ユウキは力が尽きたようにストンと腰を落とした。
「ユウキって男らしいよね。ユウキが会おうとしなければ私たち自然消滅
だったのに。きっぱりケリをつけないと気が済まなかったんだ」
ユウキは大きく首を縦に振った。涙が目に溜まっていた。男らしいと言
ったばかりなのに女々しい奴だと苦笑した。
「ごめん」
何度も謝るユウキ。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
「うん」
ユウキはどんなことでもやるといったような顔つきをする。いつの間にか
薄い光はなくなっていた。
「あと一回だけデートしない?」
「え? でも‥」
「彼女には迷惑かけないから。当たり前だけどキスもエッチもしないから」
「‥‥」
ユウキは少し考え込んだ。そして後ろめたさに押されるようにうなずいた。
「んじゃ決まり。ということで、ユウキがここを払っといてね。手切れ金って
ことで」
私はそそくさと立ち上がり、店を出た。涙が目のすぐ近くにまで来てい
た。その雫をユウキの前では落としたくないと思ったわけではない。きっ
とこの涙が意味するものをユウキに勘違いされたくなかったからだ。
太陽は弱いなりに私のカラダを刺す。だけど、その熱さを感じない。足
音も風の音も、自転車が横切る音も何も聞こえない。結局、涙は落とす
ことなくカラダの内部に逆戻りした。
そのままよそ見することなく、一目散に自分の家に戻った。途中、誰
かにすれ違ったとしても挨拶はおろか、その存在を確認することもなか
っただろう。
玄関の扉を閉める。外気が遮断され、目の前に広がる私とマリの世界
に私が溶けていく。
ユウキの言葉、仕草がぼんやりと甦り、一つ気づいた。
私が一人で住んでいるかどうか聞いたのは男との同棲の疑いに嫉妬
したわけではなく、そうであってほしいと願っていたのだ。それだとお互
いが裏切ることになりユウキの罪が少しでも軽くなるから。
しかし、それでも憎悪のエネルギーは生まれなかった。信管が濡れた
花火のように導火線を昇ってきた火は爆発寸前に消沈する。
私はわかっていた。空洞になったココロにはやがて形の変えた憎悪が
埋め込まれることを。
「こんなにココロが穏やかなのはマキのせい?」
誰もいないはずの空間に向かって呟く。
「‥そうだよ」
一瞬、間があってからマキは現れ、答えた。
「フフフ‥」
沸々とココロの底から笑いがこみ上げてきた。背もたれにしていた玄
関の扉に何度も後頭部を打ちつけた。それが刺激になってどんどん意
味不明な感情が表に出た。
決して私から感情が消えたのではない。ユウキの裏切りに感情は爆
発せず、別のものへと手を伸ばしていたのだ。その間の空白がこんな
にも私を穏やかにさせていたのだ。
辿り着いた先は最深と思っていた部分よりもっと深い潜在領域。私が気
付いていなかった領域に導火線はつけられていた。ユウキの前で浮かん
だ涙はその変貌する私に対するものなのだ。しかし、この世界はそれすら
も拒絶した。
しかし、それでいい。内部に戻った涙は潜在部分の肥料になる。
「マキって結構ウソをつくんだね」
「‥‥」
無言が私を狂わせる。そしてとうとう冷たい火花が脳細胞に散った。
「あははは! バッカじゃないの? これのどこが復讐? どうして私を
冷静にさせる必要があるの?」
幻が揺らめいていた。声は聞こえない。どんどんおかしくなって対照的
に大声を上げて笑い出す。
「マキはそれで満足なの? 私はユウキと笑いながら別れただけだよ。そ
れがどうしてユウキを壊すことになるの?」
「‥‥」
「どうして、私にユウキを殺させない? もし私がマキだったら絶対あの場
でナイフかなんかでユウキの心臓を刺していたね。ねえどうして何も命令
しないの?」
マキは答えることなく立ち尽くしていた。私はただ薄い光の存在感を頼り
に会話をしているだけだ。それでもマキの狼狽は肌で感じ取ることができた。
「じゃあ、私が答えてあげる。もう、マキは私のココロをコントロールできな
いんだ」
揺らめきが大きくなる。
「今はっきりわかった。マキは私の一番奥底の部分にまだ行き届いていなか
ったんだ。そして、その部分に私は先に辿り着いた。そんな私をマキは恐れ
ている。だから今ウソをついたんだ」
私は横にあった透明のビニール傘を手に持ち、その先の部分を幻に向か
って突きつけた。
幻の目の部分が大きく見開かれる。
100mを全力で走りきった後のような汗が顔面に浮かぶ。右目に汗が入
り、痛さから閉じる。そんな時に私は叫ぶ。
「もうマキの思い通りにはならない! もう私のココロをコントロールできやし
ない!」
発狂したような声とともに、何度も何度もマキのカラダを突き刺す。感触は
当然ないが、幻が歪む様を見て、マキは痛みを感じているのだと思った。
傘を幻を真っ二つにするように上から下に振り下ろすと、一瞬パーッと
強く光り、飛散しながら消えた。
最初は死んだのかとも思ったが、幻がどう変形しようとそれは”死”にはな
らないだろう。それにそんな簡単に死ぬような存在なら私に棲みついたりし
ないだろう。私は最後に幻のあった場所に向かって唾を吐き捨てた。
傘を横に投げ捨てリビングルームに行き、電気をつける。
さっきまでの腐りきった雰囲気は消えていた。出口を見つけ、汚濁した流
れはそこに吸いこまれるように道を作っている。残るのはきっと生きる要素
の詰まった部屋。
私はマリとの写真が貼られているクリップボードに目をやり、一枚取った。
顔と顔を寄せ合い、微笑んでいるちょっと前のマリと私。
作られた過去に縋ったっていい――そう思いながら、目を細めた。
私は今、生きているんだ。
そして、今まで生きてきた中で私はいろんな人を好きになったんだ。
私がどんなに社会不適合な欠陥種であっても、生きること自体がマキ
の張った罠であっても、その事実は変わらない。
”生”を敬って何が悪い? 私はどうせ愚かな生物なんだ。社会を裏切ろ
うが、世界を司る神を裏切ろうが関係ない。
ユウキを好きになった気持ち。
それは紛れもなく私のココロなんだ。
だから葛藤し、ユウキにはあまりにも不釣合いな自分を卑下してきたんだ。
そしてユウキに愛されたくて必死だったんだ。
「ねえ、マキ」
ココロの中でしぶとく生きているであろうマキに対し、私はつぶやいた。
私はユウキを壊したりしないよ。できないよ。
少しでも生きるってのが何なのか教えてくれた大切な人なんだ。
人は愛をどんな形で裏切られても、どこか優美なところを見つけようとし
てしまうものなんだ。過去の記憶が「会えてよかった」と言ってくれている。
だから私はユウキを壊したりはできない。
1年間しか生きられなかったあなたにはわからないでしょうけどね。
これからもあなたが私に棲みつくつもりなら教えてあげる。
絶対ココロを捧げたりしない。
過去に支えてくれた人が――ユウキやマリやナツミたちがいる限り。
私はそんな人たちのためにあなたが憧れた私の性悪なエネルギーを
費やしてみせる。
だから、早く別の人を探したほうがいいよ。
もうユウキを憎むことはないから。
模造であってもいい。このココロは離さないから。
私はビデオデッキからテープを取り出した。
――これはきっと私の”償い”の第一歩。
制御のなくなった運命は加速をはじめる。
397 :
:02/04/27 22:31 ID:RnGEZUMy
これからどうなるんだろう?
先が読めない。
続きが気になってしょうがない。
400!イイ!
401 :
:02/04/28 23:01 ID:D3I2PhdH
ゆっくり更新します。
-54-
その日、ヒトミに電話で呼ばれた。
私もかけようと思っていた。しかし携帯電話を壊してしまい、電話番号
を思い出せなかったら事前に連絡はできなかったので、明日にでもいき
なり訪ねてみようと思った直後のヒトミからの電話だった。
どうやらヒトミはリカを通じてここの電話番号を調べたらしい。リカは”マ
リア”、つまりケイから聞き出したようだ。
ともかくほぼ同時に会いたいと思っていたようだ。二人の間に意思疎通
が事前に行われていたような奇妙な感覚に襲われた。これは一種のテレ
パシーなのだろうか。
少し建てつけが悪いのかドアの軋む音が微かに聞こえる中、ヒトミは現
れた。人と会うのにココロの準備など要らないようで、余裕の笑顔が優雅
な怠惰さをたたえるように醸されていた。
「お久しぶりです」
ヒトミの目は常に突き刺すような明るさのない光を有し、私をココロまで
射抜く。
侮蔑のような嘲笑のような――だけど、それは自分にも向けているよう
な共感を持った五感を麻痺させる尊い眼差し。
ヒトミも感じているのかもしれない。
――私とヒトミはある共通点を持っていることを。
ヒトミは”今”を否定しているようなところがある。
時が経ち、1年後が”今”になっても、10年後が”今”になってもおそらく
ヒトミはその”今”を否定するのだろう。
――そんな永遠の反逆者。
きっと世界にどんな異変が起きようと何の関心も持たずただ思うがまま
に生きていくのだろう。
ヒトミは間違いなく、人そして社会の不適合者としての性質を持っている。
しかも、私より数段上級の世界を牛耳ろうと思えば可能な支配者クラスだ。
「とりあえず上がってください」
私の凝視にも不思議がることも、そして当然臆することもなく、そう言う
ヒトミ。私が「うん」と返すと、ヒトミは「どうぞ」と言いつつ、私を中へと誘導
した。
来客用のスリッパをパタパタ鳴らしながら、居間に入る。リカの「お気に入
り」らしいアフロ犬が戸棚のガラス戸の向こう側に幽閉されているのが目に
入ったがリカ自体の気配は感じられない。さらに向こうの部屋にいるのかも
しれないが、今回は特にリカに用はなかったし、その所在を聞くことはしな
かった。
「辞めたんですってね」
お茶の入った何の変哲もないガラスコップをテーブルに置きながら言っ
た。ヒトミは私をソファに座らせ、そのままテーブルを挟んだ回転椅子に
座る。
「リカちゃん、泣いてましたよ」
私はやっと”マリア”のことだと気づく。無言のまま、首をコキコキ鳴らす。
ヒトミに魂を持っていかれそうな感じだ。目を細め、口をすぼめ、できる
だけ身を小さくして、その吸引に耐えうる格好をした。
「‥‥」
無言の私に対し、ヒトミはその大きな目を瞬き一つさせずにじっと私の目
の奥を覗いていた。重い沈黙に私は胃が捩れるような感じに襲われる。
「別にリカちゃんとはそんなに付き合いないんだけど」
私は横のクローゼットに顔を向けながら口を開いた。そして大きく息を
吸い込みながら、ヒトミと向き合っている間は、呼吸を忘れていたことに気
付く。
「リカちゃんはそうでもなかったみたい。ずっとグチってましたもん。『なん
で辞めるかなぁ』って。私、嫉妬しちゃいました」
言っていることと全てを見通したような表情との相違が私を愚弄したの
だと思わせる。ヒトミに嫉妬なんて感情があるとは到底思えない。
「ところで何で私を呼び出したの?」
私は聞いた。
「別に。ただサヤカさんが私と話したがっているような気がして。私も忙し
いから、今日を過ぎるとあんまり暇がないんですよ」
首筋に冷たいものが走った。まるでヒトミのあやつり人形になったみたい
だ。もしかして私の今こうやって内に抱えている意志はすでにヒトミに委ね
られたものなのかもしれない。
この感覚はマキとは違う。マキは私を縛り付け、一宗教のようにココロか
ら変えようとした。ヒトミは高い位置から見下ろし、自分の視野内で自由に
躍らせる。掌で孫悟空を泳がせた釈迦のように。
そんな感覚から逃れたかったからか私はあるアイテムを自分のバッグ
から取り出した。
一本の黒いビデオテープだ。二人の間にあるテーブルに置いた。
「ビデオデッキ、あるよね?」
眉の辺りをピクリと動かすヒトミ。
「普通の‥VHSぐらいなら」
取り出したのは前にゴミ袋に入っていたテープだ。
中身は想像がつくが、まだ見ていない。
なぜヒトミに見せたいのかわからない。マリはもういないのだから家で
一人で見てもいいのだが、なぜかその気にはならない。かといって信用
のできない人間と見るわけにはいかない。そう考えていくと、一番最初
にはケイの名前が浮かんだが、次に浮かんだのはこのヒトミだった。
ちゃんと話したことは一度しかないヒトミを私は断じて信用していない。
むしろ脅威の対象だ。
それなのに、二番目に浮かんだという自分の思考回路が理解できなか
った。しいていうならその私の内部で起こっている思考外の意図を知りた
くて、私はヒトミを選んだのかもしれない。そしてその意図こそ私を変貌さ
せる重要な要素のような気がした。
ヒトミに少し動揺の色が浮かんだことは、少し意外だった。
もうすでにテープの内容に感づいたのかもしれないが、そのことで意外
と思ったのではない。例え内容を感知したとしても、感情が希薄なヒトミに
動揺なんて起こるとは思えなかったからだ。
私はビデオテープをデッキに入れる。テレビの電源を入れ、本体の「ビデ
オ入力」のボタンを押す。
一度後ろを向き、ヒトミの様子を確認する。ヒトミはただ無言で私の動作
を見送っていた。
「押すよ」
反応を待たずに再生ボタンを押す。
10秒ほどの乱れた映像と雑音の後に発色の悪い画像が飛び込んできた。
暗闇に埋もれた画像の中心には人影がいくつも蠢いている。
懐中電灯らしき光がその中央を照らす。
スピーカーからはガサゴソという音とともに、四方から飛び交う野獣のよ
うな男たちの声と、一人の女の高い声。それは限りなくなじみのある声。
想像通り。
吐き気がするぐらい予想と合致する悪魔の光景。
私はとてつもない狂気にカラダが支配されていくのを感じながら震える
カラダを両方の腕でがっしり押さえつけ、その画面をにらみつけた。虹彩
に事実をしっかりと焼きつけ、自分の奥底に眠る存在を起こすために。
悲鳴が出るたびに女の頬が叩かれる。
懐中電灯は3つに増え、やっていることがわかる。
マリの顔があった。
シャツはもうビリビリに破かれていた。ブラジャーは引きちぎられ、右の乳
首が露わになっていた。下半身はもう裸だった。そして、男たちの実験動
物を眺めるような冷ややかな姿があった。
一人の男が立っているマリの右の乳首を噛む。マリは声をあげた。顔
が離れると乳首からは血が垂れていた。
「もう、あんまり声出すんじゃねえぞ!」
男の野太い怒号が聞こえてきた。それでも悲鳴を止めないマリに、また別
の男がマリの頭部側からマリの喉を締め付け、何かしら耳元に囁く。
おそらく「喚くと殺す」というような脅しの言葉だったのだろう。マリは口に泡
を立たせながら、必死で小さくうなずく。男が手を離すとマリは「ゴホゴホッ」と
咽ながら懸命に呼吸を再開していた。
「おい、俺らの顔映すなよ!」
撮影者に向かって声が飛ぶ。映像が誰かの手によってブレる。焦点がマ
リに再び合った時にはブラも取られ、完全な裸体になっていた。
「なんだ、こいつこっちの乳首、ちょっとヘンだぞ」
ネックレスがダランと首から垂れ下げている男がマリの右の乳首を爪で
引っ掻きながら言った。
「それがこいつの一つのチャームポイントなんだから許してやってくれ」
画面外からえらく冷静な声が聞こえた。マリはその声に反応したように、ほ
とんどムダと気付いていながらそれでも抵抗しようともがいていたカラダや手
足を固まらせる。
「ホント小せぇよな、コイツ。俺にも早く入れさせろよ!」
いろんな怒声と飢えた声が飛び交った。
その後、マリの性器に大小様々なペニスがインサートされた。昔、3日間
だけ付き合った男と一緒に見たエロビデオとは違い、その結合部にはモザ
イクなんてかかっていない。カラダをよじらせ、抵抗するも、手足はがしりと
抑えられ、ペニスはマリに合体したまま離れない。やがて無意味だと悟った
のか、感じるカラダをビクつかせるだけで、抵抗は全くしなくなる。
「しかし上手いし、イイ声出すよなぁ」
「まあな、俺が調教したんだから」
マリは脱力したカラダを少し硬直させ、「あ‥」と口を動かした。絶望のさ
らに底を見たような深青色の唇が見えた。しかし、次の瞬間、髪の長い男
がその唇を襲った。
マリに涙の色が光る。その奥でまどろむ瞳はいつしか一方向だけになっ
ていた。その先にいるのはおそらくトシヤだろう。同じくマリが目ざとく反応
した言葉たちの主はトシヤなのだろう。
私は唇を噛みしめ、発狂しそうになるのを必死で抑えた。振り下ろしそ
うなる腕を必死で抑えた。
やがて画面はマリのカラダを離れ、印鑑を長くしたような棒に焦点を合
わせた。軍手の上からペンチらしきものを使ってその棒を持っている。
「今から儀式を行いま〜す」
オカマみたいな口調でカメラを持つ人間が言った。画面外からケタケタ
と笑う男の声が四方から飛び交う。
私は何が始まるのか気づいた。頭からずっと離れなかったマリの傷つ
いたカラダ。それを象徴している胸の―――
「ぎゃああああ!!」
今までにない大きな悲鳴がテレビのスピーカーを震わす。
意識を朦朧とさせていたマリが叫んだ。マリから発したとは思えない猛
獣のような叫び声だった。
画面に映っているのは、左胸からプスプスと煙が立ち昇っている絵。
火葬場で死体が焼却されているときに、上から立ち昇る灰色の煙と似
ていた。
目からも口からも鼻からも液体がこぼれている。そして煙の出所からは
原爆の被害を被ったように真っ赤にただれた肌がある。船の”錨”のような
悪しき刻印。
「うわあああ!」
私はとうとう叫んだ。自分の左胸に痛みが生じ、ギュッと抑えた。
手元にあるガラスコップを手にとり、テレビに向かって投げようとした。
その時、画面がプチンと切れた。
振り上げた手をピタリと止める。中に入っていた冷たいお茶がちゃぷんと
揺れ、腕に零れた。
雫が肘まで伝わっていくのを感じながら、横を見ると、リモコンを片手に
私を見つめるヒトミがいた。大きい目を細くしていた。
私は瞼に溜まった涙をぬぐい、はっきりとヒトミの顔を捉えた。目はあい
かわらず乾いている。私と同じ感情が社会不適合者のヒトミの中に流れて
いるようには見えない。
だけど、今、確実にヒトミは画面を消したのだ。
これ以上見ることを拒絶したのだ。
「私のテレビなんですから壊さないでくださいよ」
声に震えはない。相変わらず感情は流れていない。しかしそれでも私に
は少し言い訳ぽく聞こえた。
「‥‥」
私は無言のまま、コップを元に戻す。
「こんなの、私に見せて何しようって言うんですか?」
ヒトミは低いひび割れた声で立ち上がり、ビデオテープを取り出そうとす
る。乱れた息を私は整える。
「‥この女の子、見覚えない?」
ヒトミはすぐ気づくと思っていたので少し予想外だと思いながら誘導する。
私の問いかけにヒトミは思い出したようだ。ほんの一瞬だけ驚きの表情
を浮かびかける。
「ああ、あのカラオケに入ろうとした時にすれ違った‥」
しかし、すぐにその感情は仮想であったかのように、淡い色に瞳を変え
る。何がヒトミを頑なにそうさせるのだろう。ビデオを見て、一瞬、ヒトミの
ココロに熱されたものが埋め込まれたはずだ。しかし、それをすぐに凍結
させた。
「うん。私の親友。ついこないだまで一緒に同居してた」
「なるほど‥。幼馴染でしたよね。同居してたんですか」
「うん」
ヒトミは取り出したビデオテープを一度見る。
「ますます理解できない。この子に悪いと思わないんですか?」
「マリは‥その子は、信じていた男に裏切られてレイプされたんだ。この
ビデオはゴミ袋に入っていた。きっと、マリに送りつけてマリが捨てたん
だと思う。わからないけど多分脅しかなんかに使われたのかもしれない‥」
「それで‥大事な幼なじみが痛めつけられる様を、無関係な私に見せて
何をするって言うんですか?」
「探してほしい。首謀者を――マリの彼を演じてた奴を」
ヒトミに再び冷徹な色が帯びる。どんなに熱せられたものであっても一瞬
にして冷え固まらるチカラを持つ幻の霊獣のような生物を思わせた。ヒトミ
は私の意志が入った言葉をエサにし、本来の狂気のココロを芽生えさせ
たようだ。私はそれを敏感に察し、思わず身構えた。
――怖い。
――そして、憧れる。
「ヒトミってそういう世界に詳しいんでしょ?」
口元を少し震わせながら懸命に言う。
リカを”マリア”に紹介して働かせたのはヒトミだ。その紹介相手がケイ
かどうかはわからないがとにかくそっち方面に顔を広げているということ
だ。それとヒトミの能力はどれほど確実性のあるものか、有用性のある
ものかどうかわからないが、きっと何かの役に立つような気がしていた。
ヒトミは私の問いに何も答えない。私の業火に満ちた目を何の熱いも
のも流れていない氷で作られた彫像のようにさらりと受け流している。一
瞬垣間見せたように見えた同情や良心みたいな感情はもう面影さえない。
「探してどうするんですか?」
ヒトミの言葉を受けると、脳裏にはユウキの顔がはっきりと浮かんだ。ユ
ウキの作る笑顔とか声とかが「幸せ」の二文字を縁取っている。私はそれ
に溺れようと飛び込もうとした。
しかし、私がユウキの元へと行き着く前に、奥底に潜む凄絶な魔物がそ
の二文字を、そして必死にその文字を守ろうとしていたユウキを一瞬で飲
み込んだ。
きっとこれが母が恐れ、破壊しようとした自己と他者を同時に壊そうと
する私の先天性。
幸せではない何かを求める――”人”としては狂った何かを。
魔物に襲われ苦しんでいるユウキを諦観した。私には救うことはでき
ない。なぜなら襲っているのがある意味”私”なのだから。
「ごめんね」とつぶやくと、脳内の映像は真っ暗な中で点滅する小さな
光だけになる。その点滅間隔は段々と遅くなり、最後にはほとんど停止
した状態になる。
脳内にあったヒーローとしてのユウキは息絶えた。
残骸だけが残った荒廃地に猛る魔物。きっとこの存在こそがマキの求
めるものだったのだろう。だから私に棲みついたのだ。
――マキが導いてくれたその眠れる力を利用させてもらうよ。
私は一度薄気味悪い微笑を浮かべた後、はっきりと言った。
「殺す」
ヒトミは「OK」と言い、微笑んだ。
『やはりサヤカさんは私と同種みたいですね。
この世界に求めるのは愛ではなくて憎しみ。
愛は憎しみを増幅させるスパイスにすぎない。
擬似でつくられたプラスティックのような脆くて馬鹿馬鹿しい世界に必要
なのは憎悪だけで塗り固められた、エゴとエゴの戦争。殺戮。
敵を、そして、自分を殺すこと。
私は手伝ってあげます――』
不思議な魔力が私を凌駕し、そんな意識が脳のキャパシティを超えて
雪崩のように舞い込んできた。
今まで培ってきたものが全て溶かされ、無意味なものになっていく。
生まれて、成長によって作られた愛情、友情が歪み、形を変えていく。
残るのは人間――いや、”イチイサヤカ”という生物になる前の本質部
分。マキさえも近づけなかった絶対領域。
つまり、母が恐れたもの。
ヒトミという悪魔に魂を売った証だ。
415 :
:02/04/29 00:05 ID:sx7ciKhT
416 :
名無し:02/04/29 00:08 ID:ssOMELUL
この小説ずっと読んでいるけど、
つまらない現代作家の小説よりもはるかにすばらしい
娘。小説って落ちの見えるのが多いけど、予想をどんどん裏切ってくれるのが良い
更新頑張ってください
初リアルタイム!
面白すぎます。毎日続きが気になってしょうがないっす。
この作品の世界観に共感してしまう。
ってことは、それなりに自分も病んでるんだなって思う。
続きが楽しみ。
419 :
名無し:02/04/29 05:02 ID:iIOp2onn
すげぇ…。
シャイ娘。かYO!
って、あの場面でネタはいれて欲しくなかったかも。ナンカワラエナイ……。
サマナイは良かったけどね。
泣けるよ。とてつもなく。
422 :
名無し娘:02/04/30 02:37 ID:VoNbThlj
>>420 シャイ娘の最近のやつしらなくて、
矢口にあたるやつのそういうエピソード
俺が知ってるうちにはやってなかったんだけど、
そういう所がでる前にここでマリの暴行についてはかかれてないから
多分関係ないよ。元々笑うとこじゃないと思う
サマナイってのの意味はわかんないんだけどね。
長くてわかりづらい文章スマソ
423 :
:02/04/30 05:36 ID:bxL1xaVO
>420
突発的に挿入したんだけど、俺も失敗したかなって思った。
あの雰囲気にそのネタはないだろ、ってのもあるけど、ちょっと今までとの整合性
に欠けたような気がして‥。ここでは仕方ないけど、自HPでは適当に直しときます。
>422
最新号の一つのネタをちょこっと使ってるだけなんで。サマナイは-52-ですかね。
では、続きです。
-55-
「どうしたの、サヤカさん?」
声が聞こえる。
「具合、悪いの? あ、もしかして風邪引いた?」
心配そうに見つめる愛しい顔。
この人は私の彼氏?
顔を見るたびに、声を聞くたびにカラダがそわそわする。内部に温かい
ものが流れる。
触れたい。
キスしたい。
セックスしたい。
私は濡れた髪の毛の襟の部分に触れながらそんなエスを抑制した。
昔、夢の中で思っていたマキに対する感情がストレートに横に座る男
の子に向けられる。未だに私は二人の姿を重ね合わせている。
「それじゃあ、早く食べないと。のびちゃうよ」
目の前に置かれた天ぷらソバを見ながらユウキは言った。
「うん、そうだね」
このままのびてしまったらおいしくない。二人を繋ぐ糸もゴムみたいに
伸びればいいのにと思うけど、やはりそれだとマズいのだろうか?
私とユウキは最後の旅行をすることになった。普通に渋谷や原宿でデ
ートするのでは今のユウキの彼女に見つかってしまうかもという危惧を
ふまえて、私たちは遠出することにした。
羽田から飛行機で60分。場所は伊勢のアドベンチャーワールド。
夏休みももうとうに過ぎた平日ということもあって、今日一日までは雨の
降る心配がないにも関わらず、お客はまばらだった。生活にしがらみの
ない大学生同士のカップルがほとんどだった。そんな中、私たちは浮いて
いるだろうか? それとも同じように暇を持て余している大学生に見えるの
だろうか?
ユウキはずっと渋っていた。私の提案した”最後のデート”は常識では
考えられないと思う。別れ話を持ちかけられて、受け入れてからデートを
申し込んだのだから。
何か裏があるのでは? と考えることはごく普通のことだ。
「今の彼女に暴露されるのでは?」とか「無理心中を謀ろうとしている
のでは?」とかユウキは疑ったに違いない。
だけど、私はこれっぽっちもそんなことは考えていなかった。
きちんと決別したい。
その確固たるものが欲しかった。今は疑心暗鬼でも構わないから、最
後には私を理解してほしいと願った。
あらゆる時の流れが穏やかに過ぎていった。お子様レベルのジェットコ
ースターに乗ったり、サファリパークでライオンを見たり、1歳になったば
かりのパンダを見たり、毎日の生活にはない存在の繰返しが私たちを普
通の恋人同士にさせた。それこそ甘くて柔らかい水分を含んだかけ値の
ないものに包まれたように。
入場口を入ってすぐ前に置いてあったしおりを開く。あと10分でオル
カショーが始まるようだ。ここの名物の一つらしく、他にもイルカショーや
アシカショーがあるみたいだ。
この時間を逃すともう今日は行われないらしいので私たちは急いだ。
何のわだかまりもなく手を繋いだ。乾いた手のひらが握ると少しだけ
汗ばむ。
「ところでオルカって何?」
「さあ、でも見たところシャチみたいなやつじゃない?」
ユウキはしおりに描かれている絵を見てそう言った。しおりのトップペー
ジにはシャチのような動物の絵が描かれてある。
人はやはりまばらだった。段差がついたカラフルな椅子がショーが行わ
れるでかい水槽を取り囲んでいるのだが、その6列目より前に座ると水を
被る可能性があるらしく「注意」というプレートが貼ってあった。点在する人
たちは、きちんと「注意」に従っていたが、私たちはあえて一番前に座った。
黒のウェットスーツを着たお姉さんがショー開始の宣言をし、何やら説明
をしている。それが終わると少しの間、待たされた。
私はじっと水面下を見た。汚れているので何が起こっているのかまではわ
からないが、水面が静かに波立つ動きを見るに何かが動いているというこ
とだけはわかった。
「わっ!!」
その瞬間、突然現れた巨大な生き物が前の丘に飛び出してきた。
しおりに描かれた絵とそっくりだった。オルカだ。それは私たちの想像
をはるかに超えた大きさで、私とユウキは目を丸くしてのけぞった。
ぽつんぽつんといる観客のそれぞれからどよめきが湧く。
オルカは従業員のお姉さんの指示で会場の真ん中に浮かぶボールに
向かってジャンプしたり、お姉さんを鼻に乗せて、ものすごいスピードで
水槽内を周遊したりといくつもの芸を披露した。
私たちはそのパフォーマンスに見とれた。二人の交錯する思いを少なく
とも表面上は払拭されていくのを感じていた。
最後の方にはオルカのジャンプした拍子に飛び散った水をモロに被っ
た。髪の毛は服がびしょびしょになった私たちはお互いを見合わせて、
ただ笑った。
ユウキも私も一点の曇りもないものであったと思う。
周りから見れば、将来が少なくとも明日ぐらいはある甘いカップルだっ
たと思う。
空腹も忘れ、様々なショーに感動した後、私たちはそのパークの中にあ
るソバ屋に入った。昼飯でも晩飯でもない中途半端な時間だった。
若干料金が高めの天ぷらソバを注文し、5分程度でやってくると、二人
は競うように音を立てて食べはじめた。しかし、途中、ふっと虚しくなって
私は動かしていた箸を止めた。
「どうしたの? サヤカさん。具合、悪いの? あ、もしかして風邪引いた?」
ほんの一瞬、今日のような日々が永遠に続くと思ってしまった。しかし、
次の瞬間にそうではないと現実の声が届き、私は虚しくなったのだ。
「早く食べないと。のびちゃうよ」
「うん、そうだね」
緩やかな時間の流れは少しずつ速さを増す。やがて見えてくるのは情け
ないゴール。
タイムリミットが設けられ、カウントダウンが頭の中で刻まれた。
あと、30分もすればここを離れなければならない。それは忘却の擬似カ
ップルの終幕を意味する。
ユウキがソバを食べ終わり、見つめあった後、お互い無言のまま店を
離れた。「ありがとうございました」という店員の溌剌とした声はやや鬱陶
しかった。
出てすぐにユウキの右手に軽く触れた。皮膚のすぐ真下には温かな
血が流れている。
私たちはまた見つめあった。
ユウキは声を呑む。きっと向こうから言ってくることはないだろう。だ
から私が言わなければ、この空間は永遠と成り得るのでは? と再び
錯覚した。
しかし、錯覚はちょっとしたことで一瞬に崩壊する脆いもの。二人の空
間に流れた冷たい風が私たちをさらっていき、ゴールテープを切る。
「ユウキ」
「‥はい」
「ありがとう」
あらゆる感謝の念をこめて私は言った。
出会った場所は最悪だった。
キスは数え切れないほどした。
セックスは貪るようにした。
きっと自慢できるカップルではなかったと思う。
だけど、この最後の瞬間だけはいつか誰かに自慢してほしい。
私という個は忘れてもいいから、この共有しあった綿菓子のような柔
らかい恋愛感覚だけは忘れないでほしい。
「ありがとう」
ユウキも言った。斜めからやってくる太陽の光に照らされて、影の消えた
肌が私を安心させた。
「ココで別れよう。私は暇だし電車でのんびりと帰る。ユウキは来た時のよ
うに飛行機で帰って」
ユウキは無言でうなずいた。もうきっとその声変わりをしたばかりの特徴
ある声は聞けないのだろうと確信した。
同時に最後に聞いた言葉が「ありがとう」で良かったと思った。
ユウキは去って行った。
私はただ見送った。
瑟瑟とした悲しい音色が耳を襲った。
背後の太陽が目の前に弧影を作った。
私ははじめて自分でハサミを持ち、結ばれていた糸を切ったのだ。切
れ味はスパッとしていてそれがちょっとすがすがしかった。
「マキ、さよなら」
ユウキの後ろ姿がマキに見えたのでそうつぶやいた。もう自分のココロ
を飛び出したのだと思った。
そっか、最後の別れはマキだったのだ。
マキが仕組んだ”別離”のプログラムの顛末は自分自身だったとは何
て皮肉なのだろう。同情しつつも笑いがこみ上げてくる。
もうユウキとのほのかで柔らかい余韻はそんな不気味な笑みによって
掻き消されつつある。
なんて薄情な人間だろう。
そう思うと、さらに笑いがこみあげた。今度はマキだけでなく自分にも向
けられたおぞましい笑いだった。
ユウキの姿が完全に視界から消えてから私は歩を進めた。
午後11時。
いつもの喧噪が夥しい街に着いた。雨の匂いが微かに立ちこめる中を赤
や緑のネオンライトが飛び交い、人々は飢えた目で獲物を探している。寝る
ことの忘れた街並にやや惨苦する。そんな強欲蠢く私の生活領域に入ると
怖いくらいにユウキのことは忘れた。
自分の家に戻り、最低限の荷物をセンスのカケラもないバックパックに
詰めて、すぐ私はいつもの街に飛び出した。悶々とした思惑が飛び交い、
淀んでいる空気とは対照的に下の地面は純粋に冷えていた。
その場所に着いた時は1時を回っていた。
電話はかけていない。いるかどうかもわからない。だけど、私には黒く
煤けた運命の糸の存在を感じていた。そして、その糸に引っ張られるよ
うにしてここに来た。
「ピンポーン」
夜には不似合いな機械音が鳴る。隣りの住人から苦情が出るかもし
れない。目の前の扉がガチャリという音とともに開いた。
「こんにちは」
臆することなく私は相手に向かってにらんだ。
「どうも。来るような気がしてました」
私の視線の威圧を相手はさらりと受け流す。相変わらずだ。どんなこと
をしてもこいつはココロからは驚くことはない。常に先が見えているからだ
ろうか。
「しばらくよろしくね」
「トシヤを殺すまでね」
ヒトミはゲームを始めるかのように愉しげに言った。
私は何が飛び出るのかわからないパンドラの箱を開いた。
しかし、残るものは”希望”ではなく”絶望”なのだろう。
わかっていながら私は開けた。
加速度を増した運命に身を任せながら。
- Virtual World - (前編 了)
433 :
:02/04/30 06:36 ID:bxL1xaVO
リアタイで朝っぱらから泣いてしまった・・・
前編完ってことはまだ続くんですよね?
435 :
:02/04/30 07:23 ID:bxL1xaVO
作者ですヽ^∀^ノイェーイ。
というわけでとりあえずの前編は終了です( ^▽^)ハッピー。
ここで宣言しておきたかったので、>228にレスできませんでした。ごめん
なさい川o・-・)ペコ。
次回は当然、後編なのですが‥‥一つお知らせを( ´ Д `)ンァ?。
少し休みたいと思います( `.∀´)ヤス。
先の展開はそれなりに書いてあるのですが、この作品は僕なりに一生懸
命作り込んだやつでして、行き当たりばったりで書きたくないんで、ちょっと
充電期間が欲しいんです。これは当初の予定通りだったりするのでお赦し
ください。まあ、一先ず休むとは市井小説らしいじゃないですか、と僕が言
うのは言い訳になりますね( ´D`)テヘテヘ。
生きていることを知らせるために、自HPにはグダグダなんか書いてますの
で、待ってくださる方はそれで安心していただけたらと思います(O^〜^O)カッケー。
何かレスをいただけたら嬉しい(途中なので先の展開を暗示するようなも
のは勘弁、と注釈しなければいけないのは心苦しいのですが)、と催促をし
つつ終わりにします。保全ならびにここまで読んでくださった方に御礼申し
上げます( ●´ー`)アリガトウ。
新スレは (〜^◇^)<『VW』 にでもしましょうか。
作者さんいつもごくろうさまです。( ・e・)ニイニイ
後編楽しみにしています!がんばってください!|||’ー’|||ヒッp(略
ところで最後の文を見る限りでは後編は新スレで、ということでしょうか?
いやあ〜〜〜凄いわ!俺も小説書いてるんだけど…
行き当たりばったりでいい加減な、どうしようもないに展開の作品だべさ
これが、本当の小説だよな他の名作も読んでみるか―――
自分が恥ずかしいわ…その前に文章力が違いすぎるけどw
前編終了お疲れ様です。
あ〜めっちゃなけるわ〜(T T)
いつまででも待つっす。
すげぇ大作だな
私待つわ〜、いつまでも待つわ
まだ前編だったんですかっ!?
てっきりもう終わってしまうものだと思って覚悟しながら拝読させていただいてたのですが、、(苦笑
どうやらその覚悟も当分必要なさそうですね。(^▽^)
後編も楽しみにお待ちしております。
素晴らしい作品を( ● ´ ー ` ● )
ずっとロムってましたがここまで細かく作り上げられた作品は
初めてです。後編も楽しみにしています。
やけにレスが少ないな。
みんなどっか行ってるのかな?
>443 凄すぎて、下手なレスを入れにくい……というのはあると思う。
>444
同意だな。
レスがいれずらい雰囲気なのでいつも感想とかけず保全としか書いていない。
保全
キリキリ保全するわよ!
保
保全
田
圭
450 :
:02/05/06 19:24 ID:5cH0w0Ah
感想ありがとうございます。
今まで良くたって、後編がガタガタだと意味がないので頑張るつもりです。
それに続きは新スレ使うつもりです。(〜^◇^)<『VW』はネタですが。
作者さんのHPってどこにあるの?
452 :
:02/05/06 20:55 ID:5cH0w0Ah
453 :
:02/05/07 06:52 ID:v+HPfGuQ
短編。
<<グラフィティー>>
急ぎ足でテレビ局の入り組んだ廊下を歩く。マネージャーの背中
を追いながら、流れ行く狭い景色を何の感情も持たぬまま見る。ふ
と右の壁に自分の背丈と同じくらいの鏡が立っていた。あたしはそ
の鏡に近づくとやや歩く速度を落とし、真横に来ると静止した。等
身大のあたしが映る。その場であたしは微笑んだ。にんまりと。少し
頬が角張っているのがあたしの顔のウィークポイントと言えばウィー
クポイントなんだけど、それも微笑むと消える。長い芸能生活で培っ
たメイクは目元をぱっちりとさせ、顎のラインをシャープに見せる。
鏡に映ったあたしはあれから変わっただろうか。二人でいくつの扉
を開けたのだろうか。鏡のあたしは答えてはくれない。ただ、無言で
あたしの瞳を見る。
「何やってんの? 行くよ」
「は〜い」
マネージャーがやっとあたしが立ち止まったことに気付いたらしく、
5mほど先から振り返り、声をかける。一度その方向に見遣ってから、
もう一度、鏡を覗く。見えるのは究極の童顔。顔の向きを左に右にと
少しずつ角度を変えてから、幸せを称えるかのように微笑んだ。なん
か懐かしかった。毎日のように鏡を覗いているのに、今回はなぜか昔
を喚起させた。そうか、この湿っぽい空気と薄暗い感じが似ているんだ。
鏡の向こうのあたしはちょっとダークで、窪みとかがはっきり見える。マ
ネージャーはやれやれといった感じでため息をついていた。あたしはち
ょっとだけスキップしてマネージャーに近づいた。おかしな子ね、と言わ
んばかりにマネージャーは苦笑していた。
風船のように膨らんだあたしの夢。だけど風船のように中身のないあ
たしの夢。そして風船のように簡単に弾けそうなあたしの夢。どうせなら
この想い、どこまでも高く飛んでゆけ。あたしの目では点でしか確認で
きないほどに。
「笑顔が怖い」
ある日、ギャル系の雑誌を読んだ時に見つけたあたしの記事。かわい
い、演技が上手いとか女子高生を対象にした雑誌にしては概ね好印象
だったため、にんまりと顔を緩めながら調子に乗ってパラパラとめくって
いる時に見つけた部分。あたしの無意識に作られた卑しい笑顔はたちま
ち硬直する。これはあたしの心を傷つける言葉ベスト3の内の一つ。人間
という生物しか持っていない、そしてもっとも愛すべき象徴のような表情
をあたしはしばしば否定される。ロックボーカリストオーディションの時に
もシャ乱Qさんの誰かにそう言われた。確かその時は、あたしは胸を掻き
毟るような痛みに耐えながら、言われたことに抵抗を示すように笑った。
この雑誌を見た時もそうだった。結局微笑みは絶やさなかった。絶句して
も目や口は笑みの方向へと形を変えられていた。あたしは微笑むことし
か知らなかった。
あたしが笑うことが多いのは確かだ。算数のドリルの宿題を忘れた時
とか、写生大会で隣りで描いてた子の絵に落書きをして泣かれた時とか、
あたしは全て笑顔で対処した。本当は申し訳ない顔とか泣きそうな顔と
かのほうが正しいのかもしれないけど、あたしはその時は笑うほうがい
いと思っていた。それは多分、幼い頃からのお父さんやお母さんの教え
にあるんだと思う。
「なつみの笑顔はかわいいね」
「その笑顔を大切にね」
あたしは笑えばそれで許されると思っていた。実際幼い頃はそれで許
されていた。あたしの笑顔は世界を救う、なんて大それたことを考えてい
たわけではないけれど、少なくとも他の誰かを幸せにできる一つの武器
だと思っていた。だからこそ指摘されると、胃をぎゅっと鷲づかみにされ
た感じになる。お父さん、お母さんの教えは間違っていない。笑顔って大
切なことだよ。笑うっていうことはきっと誰かをラクにさせるんだよ。間違
ったのはあたしのほう。笑顔でしか人と接せられなくなっちゃった。無感
情に笑顔が出てくるようになっちゃった。今頃気づいたんだ。笑顔の奥に
ある心が大事なんだって。でももう変えられない。今も独りぼっちになる
と時々、泣いてしまう。別に悲しいこととかつらいこととかあったわけじゃ
ないのになぜか涙がこぼれてしまう。きっと空っぽの笑顔の代償を払っ
ているんだと思う。誰か、気づいてほしい。あたしの笑顔を区別してほし
い。そこは笑わなくていいんだって。たくさんの傷を自分でつけて、泣い
た。そして、あたしは口ずさむ。小さな呪文。
「おはようございま〜す」
ノックの後に、「ま」と「す」の間が間延びした社会人らしくない挨拶をあ
たしはした。小さな応接間のような楽屋だった。顔を上げるとソファに座る
顔見知りの男と目が合い、もう一度会釈をした。口髭をたくわえた男はサ
ングラス越しにあまり敏腕らしからぬ柔らかな目であたしに微笑む。
「安倍さん、今日はよろしく」
あたしの元へやってきて、握手を求められるとあたしは応じた。そして
小首をさりげなく傾け、しなやかに微笑んだ。
「ふふふ、なっちの笑顔はいいよね」
あたしのことを「なっち」と親しみを込めて相手は言う。あたしは「ありが
とうございます」といい、さらに微笑んだ。
生まれてこの方20年。おじさんやおばさんたちから言わせればまだ
まだ青二才なんて言われる年齢だし、実際の大学生とかをテレビかな
んかで見ていると、あああたしたちはまだまだ子供なんだなぁ、って思
う。19歳の時、成人式に行く人達の群れを見た。あたしは来年なんだ
なぁ。あたしも振り袖着て行くのかなぁ。でもやっぱ普通にはできないん
だろうなぁ。とか色々考えてた。その日の夜。たまたまつけたテレビで
「成人式の是非を問う」みたいなニュースが流れていた。どうやら様々
な地域で色々な騒ぎがあったらしい。県のお偉いさんの話をまるで聞こ
うとしない人。上半身裸で会場中を走り回り笑いを誘う男の子。「静か
にしたまえ!」とちょっと抑圧的な大人を前に成人したての人たちは失
笑と嘲笑でもって迎えていた。もちろんその時のテレビに出てたキャス
ターさんたちは今後の日本を憂いていた。まあ、心配になるのは仕方
がない。でもあたしも若者のはしくれだからか、その非難されるべき人
たちにちょっと共鳴みたいなもんがある。きっとね、大人になんかなり
たくないんだよね。悲しいけど、みんな大人になることに絶望を感じてい
るんだと思う。兆しの見えない不況下のせいかみんな温もりを忘れてい
ったんだ。子供を愛でる大人が少なくなっちゃったんだ。生きる余裕が
なくなっちゃったんだ。あたしたちは誰を見本にすればいいの? お父さ
ん? お母さん? 学校の先生? よくわかんないけど多分、ほとんどの
人は「お父さん、お母さんみたいな人生は歩きたくない」って言うと思う。
その気持ちも何となくわかる。あたしはお父さんもお母さんも好き。だけ
ど、時代があまりにも速く進みすぎたから。お父さんやお母さんの生きて
きて培った大人像は、あたしたちには古すぎるんだ。そして、お父さん、
お母さんが正しいと信じた社会は政治を見ればわかる通り、崩壊寸前。
大人たちは自信をなくしている。そんな人達を見てどうやってあたしたち
は大人になればいいの?
なんて思ったりすることもあるんだけど、あたしはとっくに社会人になっち
ゃってる。あたしは20になったばっかりだけど、もう5年も社会に染めてき
た。しかもアイドルっていう特殊な職業に(最初はアーティストのつもりだっ
たんだけどねぇ)。だから社会の汚いところとかいっぱい知ってる。だから
余計に大人なんて、って思うのかもしれない。自分も傾いた社会の一部に
なったという自虐的な意味をこめて。まだ5年しか経ってないじゃん、なんて
誰かに言われそうだけど、それでも入ってきたばっかりの五期メンとは大
きな差がある。これから五期メンは色々なことを学ぶんだろう。でも本来は
学ばないほうがいいことがある。あたしは傍目でそれを黙って見過ごすしか
ない。もしくは、汚い部分を提示していかなければならない。傷をつけられ
るのを未然に防ぐんじゃなくって、つけられた傷をゆっくり舐めるしかない。
痕が残っちゃうけど、せめて疼きませんようにと願いながら。それで少しで
もラクになれるんだったら、あたしは何度も舐めてあげる。
「がんばってね」
あたしは何回言っただろうか。その内、何回伝わっただろうか。
「はい、がんばります!」
若いよね。あたしは憧憬でもって心の中で呟いた。エネルギーに満ち溢
れた笑顔はあたしが幼い頃になくしたもの。すり切れた笑顔のかけらさえど
こかに消えてしまった。社会の先輩として、幻の光を求めて行き着いた薄
汚れた道の先であたしは手を差し延べる。
社会に埋もれ、ボロボロになりながらも、あたしはこの場にいる。だって
知ってるから。歌うってすごいことを。あたしの歌が何千万人の耳に届け
ばいいな。そのうち何パーセント、ううん、一人でも心に届いたならあたし
はそれで大満足。あたしは色々なことを経験してきた。「モーニング娘。」
になる前は普通の中学生、とは言えなかった。小学校の頃はイジメっ子
だった。それも結構アクドイ。なんていうか女王様みたいな感じかな。好き
勝手やっても許された。でも、小学生の高学年から中学生にかけてのあた
しはイジメラレっ子に変わっちゃった。原因はあんまり覚えてない。ただ、
イジメっ子だった人間がイジメラレっ子になった時、周囲はものすごい侮
蔑的な目で攻撃してくる。単に苛められるんじゃなくって、復讐みたいな感
情が加味されてくる。あたしはドン底に追い込まれた。今思い出してもぞっ
とする。そんな中でもあたしは普通に登校した。行きたくなくて行きたくなく
て行きたくなくて……ずっと朝ゴハンを食べるときに、弁当を作っている背
中越しのお母さんに「学校行きたくない」って喉元まで出かかってた。でも、
あたしはいい子ちゃんを装うのが得意だったから、バカだから、学校という
組織から逃げ出すことはできなかった。「いってらっしゃい」の何にも知らな
い無邪気なお母さんに「行ってきます」と返す。もちろん、お母さんが誉め
つづけてくれた笑顔で。
イジメは多分、よくある類のイジメだったと思う。牛乳に鉛筆のカスを入
れられたり、上履きを隠されたり、机の中に気持ち悪いぐにゃぐにゃした
ものを入れられたり、教科書に落書きされたり。先生は気付いてない、
ってずっと思ってた。だから何とかS.O.Sのメッセージを送ろうと試みた。や
り方は簡単。国語の時間、一人の生徒が朗読中、生徒の間を歩きまわ
る先生がいた。あたしは一番落書きが激しかった数学の教科書を広げ
ておき、先生があたしの席の横を横切ろうとした時、わざと消しゴムを落
として拾わせた。先生はあたしの机に消しゴムを置こうとした。その時、
絶対先生は黒く塗りつぶされた落書きを見たと思う。でも、先生は何もア
クションは示さなかった。驚くこともなかった。ただ、さっとあたしの横を過
ぎて行った。その時に、ああ、この先生は知ってたんだなぁ、って思った。
他にも色んな方法で色んな先生に助けを求めてみたけど、大体同じ反応。
きっとイジメってあんまり関わりたくないんだろうなって思った。あたし以外
にも一人、別路線でイジメられてた子がいたんだけど、その子はホント見
るからに貧弱そうで今にも自殺しそうな感じだった。ある時ストレートに先
生の一人にS.O.S信号を送ったらしい。その先生はどういう対処をしたの
かわからないけど、多分慌てただろうなぁってのは容易に想像がつく。結
局、あやふやなままその子は転校して行っちゃった。あたしがもし自殺し
たらどんな反応するだろう?
「いつも笑顔でしたから、全然気づきませんでした」
きっとそう言うに決まってる。ウソばっかし。あたしがずっと苦しんでいる
の知ってるくせに。でもそんな冷たい反応も今ではちょっと感謝してたりす
る。後で歌手デビューが決まってから見た社会の汚い部分も、先生たちの
おかげでちょっとは慣れてて耐えられたから。
細かな雑音が混じりながら聞こえる歌声にあたしは涙した。あたしの上
半身ほどもある大きな枕を抱え込みながら、ズレた周波数を突き破る音
楽が私の鼓膜を震わし、脳を揺さぶった。JUDY AND MARYの「小さな頃
から」だった。ジュディマリというグループはあたしは知っていたが、この
歌は初めて聞いた。窓枠から差し込む夕陽に染められたあたしの顔に水
滴が伝った。ここ最近は冗談じゃなく本気で死ぬことを考えていた。制服
のポケットにカッターナイフを忍ばせていた。惨憺たるイジメに遭遇したと
き、あたしはポケットに手を入れた。もしあたしに勇気があれば、ううん、
勇気を悪魔に売っていたんだったらきっとそのナイフを周りの人間に向け、
その後、自分の喉元に食いつかせていただろう。あたしは何やってるんだ
ろう、と唇を噛みしめた。伸びた自分の髪の毛をぐちゃぐちゃにして泣いた。
それでも流れる美しいメロディはずっと弱いあたしを溶かしていった。窓を開
けるとビュッと風が吹いた。乾いた風に行き詰まっても怖くはない。独りじ
ゃない。独りじゃない。独りじゃない。いつかまた愛せる時がくる。この世
界に。この世界に身を浸さなければならない自分自身に。あたしはカッタ
ーナイフをゴミ箱に捨てた。明日を夢見て眠った。
今回の話をいただいた時、本当はジュディマリを歌おうと思ってた。出さ
れた4曲の内、ジュディマリの曲が一つ入っていた。「Over Drive」だ。きっ
とあたしがジュディマリのYUKIさんに影響を受けてこの世界に入ったことを
知っていたんだと思う。この「Over Drive」は結構好きな曲だ。今もカラオケ
で歌ったりする。2曲選べとのことだったが、これは歌おうと思っていた。で
もあたしは保留した。何か違うって思ったから。後日別の3曲を提示された。
一通り聞いてあたしは気づいた。ジュディマリを歌いたいんじゃないんだって。
カラオケじゃないんだって。今、あたしが求めるのは過去じゃないんだって。
結局、聞いたこともなくて、ちょっとじーんときた曲を選んだ。相手は少し戸
惑っていた。たぶん、「Over Drive」を選ぶと思っていたんだろう。「お願いし
ます」の一言で相手はあたしの心をちょっと覗いてくれた。全てを納得して笑
ったくれた。やっぱりこの人、ちょっと好き。
人ってそんなに簡単に変われるもんじゃないと思う。どんなに泣いたって、
強く生きようと誓ったって、周りは気づいてくれない。次の日の学校でもあ
たしはいつも通りイジメに屈した。それでもあたしは頭の中に歌を流しつ
づけた。ドロドロの実生活の中で少しでも綺麗な部分が残るように。少しで
も本当に笑えるように。川沿いのベンチで一人声に出して歌ってみた。自
作の曲だ。即興だったし、ノートに書き止めるとかもしていなかったので、
今となってはどんなメロディだったか思い出せない。歌詞もほとんど覚え
ていない。ワンフレーズを除いては。さらさらと流れる水の流れをあたし
は目で追った。土曜日、昼過ぎの下校時に見た小川の流れはやけにき
らきらしてた。太陽の角度が違うんだってすぐわかった。白い光が、ゆっ
くりと流れる水が、周りに生える雑草が、頬をかすめる風が、自然の全て
が融け合っているように見えた。そんな中であたしは歌った。あたしの声
がこの光景に埋もれますように、と願いながら。そして、時を超えて、未
来と過去の自分に届きますように、と。
歌いはじめて3日ぐらい経ってからのことだった。「いい歌だね」と言っ
てくれた人がいた。振り返ると知らない男の人がいた。夕焼けのせいで
真っ赤に染めあがった肌には汗が滴っていた。どうやらジョギングをして
いたようでTシャツに短パンの姿がやけに似合っていた。あたしに恥ずか
しさはなかった。カラオケも行ったことがなかったから、自分の歌声がま
ともに誰かの耳に入ったのは初めてかもしれないのに。
「なんて歌? 君が作ったの?」
あたしはうなずいてから、「明日には忘れてる歌」と言った。彼は勘違
いしたのか「変なタイトルだね」と笑いながら言った。彼はあたしの横に
座った。結構呼吸が乱れている。ゆっくりと深呼吸をしている姿を盗む
ように見る。長い前髪に雫が滴っていた。光を吸収しながら、土の地
面に落ちた。ゆっくりとゆっくりと自然の大地に染み渡っていく。
「何か聞かせてよ」
見ず知らずの他人に言うセリフとは思えない横柄な口調。それでもあ
たしは嫌悪感は持たなかった。あたしは「うん」とうなずき頭の中に浮か
んだメロディと詞を即興で歌った。きっと、何かに似ているメロディだっ
たと思う。それは恋とは決して思ってなかった。でも初恋なんてそういうも
んなのかもしれない。あまりにもほのかで、手に掬った乾いた砂のよう
に指の間を通り抜ける。彼が現れたのはその一日こっきり。二人の共
有した時間は感情を形成するほども与えてくれなかった。でも今になっ
て思う。ああ、あの人は自然の一部だったんだって。そして、あたしはき
っと恋をしたんだって。からっからに乾いた心にちょっぴりだけ水を与え
てくれたんだと。次の日もその次の日も近いメロディを口ずさんだ。少し
ずつ歌詞を変えながら一つの歌を歌った。空っぽの心の中からしぼりで
る声音は少しずつ色を帯びる。あたしは夕暮れに沈む景色を何度も瞼の
裏に焼きつけた。きっとこの焦げた世界に彼はいるんだ、って。だから、
誰もいない、誰にも届かない歌声をもっともっと張り上げた。もう二度と出
会うことのない彼のために。幻だったっていい。あたしはこの炎のように
赤い夕暮れを見るたびに思い出す。そして、彼が言った言葉を思い出す。
「悲しい唄だね」
夕暮れがあたしのドアをノックする頃に、彼の幻を「ギュッ」と抱きた
くなる。
ある日、家に帰るとお母さんは怒り、そして、呆れた。ムリもない。ど
しゃ降りの中、あたしは傘もささずに長いこと歌っていたから。髪の毛
もセーラー服も、鞄ももうぐしゃぐしゃになった。その時は夏だったから
良かったけど、もうちょっと寒い季節だったら、凍えて死にそうになって
いただろう。でも多分、もし夏じゃなかったとしてもあたしは歌っていた
だろう。小川は水かさを増していた。草花は雨に打たれ斜めになって
いた。黒い雲に覆われた空は太陽の光を隙間も与えてくれなかった。
自然の荒々しい部分にあたしは怯え、見惚れた。風呂に入り、自分の
部屋に戻り、鏡に映ったあたしを見た。少し薄暗くて、あたしから発散
されているのか湿度が異常に高い部屋。やけに情けなく見えた。少し
だけ鏡の角度を変えた。するとちょっとだけたくましく見えた。あたしは
変わったのかなと思った。あたしは独りじゃない。あなたがいる。顔と
顔を寄せ合いなぐさめあい、前に進んだ。オーディションを受けた。
globeの「face」を歌った。
「何でその曲を選んだの?」
バックで演奏してくる人に聞かれ、あたしは笑顔で答えた。
「何となく」
きっと心の中ってのは言葉では表せないものなんだと思う。だから歌
詞で言いたいことを伝えても100%は伝わんないんだと思う。だけどあ
たしたち人間は心を交換できないから言葉に託すしかないんだよね。あ
たしの人生は仮面ばかりつけていた。なんだ、ずっと深い部分は変わっ
てないじゃん、って思った。そしたらぐっとくるものがあった。だから、選んだ。
「何となくね」
妙に納得した顔がそこにはあった。あたしは笑顔で応えた。ずっと笑
顔でその場を包んだ。寄り添えるものがこれしかないから。あたしは何
にも変わっていないからこそ、時々思い出すんだ。昔の自分を、そして
今の自分を。
時は同じリズムで刻むもんだと思っていた。でもあたしに流れる時はと
てつもなく速くなった。ロックボーカリストオーディションに落ち、救済措
置を与えられるとあたしたち負け組はしがみついた。その時のあたしは
何でもしたと思う。そんなことはなかったけど、もし寝ろと言われたら寝
てたかもしれない。それくらいあたしは盲目だった。無我夢中のあたし
は結構好きだった。いや、それは今思えばってことで、当時はすごく悩
んだと思う。でもそういうことは妙に風化されちゃって、ただ一目散に走
りきったことしか思い出せない。過ぎ行く時間の中であたしは独りぼっ
ちだけを恐れて、ハンパに成長した。「安倍なつみ」はあたし以外の要
素も入ってきた。そして段々と模造になった。変わりたい。モーニング
娘。は変わりつづけている。だけどあたしだけは変わらない。歪んだ心
をメンバーが優しく守ってくれる。だけどあたしは変われない。
メンバーが好き。今だからこそ胸を張って言える。これだけは心をとび
きりに満たして言える。裕ちゃんはキライだった。あやっぺはキライだっ
た。カオリは最初は妙な運命を感じて、好きだったけど、性格の違いの
せいで少しずつキライになっていった。あたしは明日香と比較され、随分
と未熟扱いされた。センターに立ったとき、嫉妬の刃が内部から突きつけ
られた。ごっちんが入った時、あたしは逆の立場になった。切りつけられ
た刃を翻してごっちんに向けた。昔のイジメっ子の部分がどんどん闇の
心を支配した。あたしがあと1才若かったら、どうなっていたかわからない。
それでもあたしは誰にも相談できなかった。それでもあんたの優遇は変
わってないよと誰かが言った。確かに、裕ちゃんたちよりはずっとソロパ
ートが与えられていた。圭ちゃんよりはずっとPVに映っていた。ごっちん
以外の誰よりもあたしは厚遇されていた。あと1才年を取っていたら、もう
少し違った考えができていたのかもしれない。誰にも相談できないまま独
りぼっちに怯えた。だからこそ仮面を被る。不安定な18才はハンパなり
に生きる術を見つけた。というか思い出した。三つ子の魂百まで。あたし
は笑った。あたしの居場所を脅かしたごっちんに対しても笑った。
前以上にあたしをもてはやす声が増えた。モーニング娘。を引っ張って
きたなんて自覚はない。あたしはただモーニングにいただけ。ただみん
なが頑張って創り上げた存在にしがみついていただけ。そう思っていた
はずなのに、いつかあたしが筆頭のグループなんだって思うようになっ
てた。それはライブであたしの声援は一際大きかったからかもしれない。
これはデビューしてからずっと。ライブは好き。あんまり踊るのは得意じゃ
ないし、よくとちったりして恥をかいたりするけど、ファンの人の「なっち〜」
って声が生で聞けたりするから好き。でもその生の声があたしを違った
方向に走り出させていた。きっとあたしってそういう人間なんだと思う。イ
ジメられて泣いて、死のうとさえ思ったあの時でさえ、どこかあたしは優越
さを見出そうとしていた。やせ衰えた子犬にエサをあげたことがあった。
それを家族に話すと、「良い子ね」って誉めてくれた。でも、それは違うん
だ。あたしはただこの子犬よりも、幸せだってこの子犬に言ってもらいた
かっただけなんだ。あの夕焼け空の下、口ずさんだメロディはそんなあた
しの内部を嘆いた唄。「独りじゃない」と何度も歌った。あたしの作る歌に
はその歌詞が絶対含まれていた。そして、あたしは他の独りぼっちの子
を探す。優越感と劣等感を融合させたあたし。モーニング娘。に入って、
センターに立って、蹴落とされて、きっとそんな矛盾はもっと大きくなった。
何も変わっていない。眠れる森に連れ去られたあたしはそっと目を瞑る。
初恋の彼を思い出しながら変わりたいと嘆く。変われないとさらに嘆く。
最近じゃライブに来るお客の中に小さい子が増えた。大人に埋もれた
会場で、中々ステージが見えない子たちが親の肩を使ったり、必死で飛
び上がりながらして、あたしたちの踊り歌う姿を何とか目に焼きつけよう
としている。このチビっ子たちは、歌詞の意味なんて知らないだろう。でも、
きっとここで見た記憶はきちんと刻まれる。あたしたちは歌を作っていな
い。そのことで時々叩かれる。あなたたちは歌手じゃないって。確かにあ
たしたちは意味もよくわからない歌を歌わされる。歌詞の中に出てくる登
場人物を演じろだなんて言われたこともある。歌っているのはあたしだけ
ど、伝えているのはあたしに宿る部分じゃない。だから悩んだこともあっ
た。宇多田さんや浜崎さんみたいな人がすっごくうらやましかった。自分
の感情をストレートにぶつけて、それで認められているんだから。でも、そ
れはちょっと違うんじゃないかって思うようになった。この微かに揺れる心
の置き場所を見つけたかった。流れ作業のように繰り返されるいつものラ
イブでは忘れた部分。今回のも、あたしが作った歌じゃない。演じること
には変わりない。だけど、あたしは確かめたい。あたしは間違っていない
んだって。
2000年に入って、やけにバラエティの部分が増えた。仕事の量はもち
ろん格段に増えたけど、歌うという部分はむしろ減っていった。それでも
娘。は走りつづけた。何が正しいのかわからずにただ闇雲に走りつづけ
た。あたしたちが求められているものは何なんだろう。それすら考える
余地を与えてくれなかった。一度紗耶香と連絡を取った。紗耶香が娘。を
辞めて3ヶ月ぐらい経ったころだったかな。とにかく夏の蒸し暑い日が続
いている時で、あたしはアイスを片手に電話したことを覚えている。元気
そうだった。語学とかギターとかの勉強は何もしてないって言ってた。あ
たしは別にそのことで非難するつもりはない。紗耶香は多分、考えちゃっ
たんだと思う。いろんなことを。盲目に前を見て走りつづけることはカッコ
いいと思う。夢に向かって一直線っていいよね。でも、ふと振り返ったと
きに見える落とした心の残骸は吐き気をするくらい多い。紗耶香は誰よ
りも速く走っていた。誰よりも物事を深く考えていた。そして誰よりも矛盾
を感じた。今、再デビューした紗耶香は何かを見つけられたのだろうか。
あの時の矛盾を引きつれたまま、今また歌の舞台に立とうとしていると
しか思えない。きっと失ったものは大きすぎたって気づいたんだ。あたし
たちはもう戻れない。それが愚かな栄光であったって、あたしたちは縋り
つくしかない。どんなにボロボロになろうとも。それから紗耶香とは連絡を
取っていない。あたしからはしなかったし、向こうからかけてくることもな
かった。そういえば、紗耶香もここのステージに立ってたなぁ、と思いなが
ら、耳に届けられるメロディを待つ。
『恋愛レボリューション21』でセンターに復帰した。『I WISH』の時、あた
しは後ろになった。初めてソロパートを与えられなかった。名目は4期メ
ンをプッシュするためだ、と言われた。ヤグチが、裕ちゃんが、カオリが
笑って、タモリさんや岡村さんにそう説明した。でもあたしは口を開かな
い。悔しかった。小さくて惨めな優越感を持っていたことを改めて思い知
らされた。他のみんなとあたしは違うんだって。あたしはアルバムを一人
で見た。デビューしてから今までの自分。ガリガリにやせ細った『サマーナ
イトタウン』の頃。そして、怖いくらい太った『ピンチランナー』の頃。別人
だね、と思った。でも誰も言ってくれなかった。口に出すと傷つけてしまう、
と思ったからじゃないと思う。きっと優越感を持っていた他のみんなにあ
たしは憐れまれていたんだ。『サマーナイトタウン』の時も、『ピンチランナ
ー』の時もあたしはメンバーに囲まれながらも孤独を感じていた。そしてあ
たしはここにいると叫んでいた。さんまさんに「太った」と言われた時、泣
きたくなった。その場を離れたくなった。だけど、何かが満たされた気が
した。ダンスレッスンで疲れ果てて、フロアに仰向けで倒れている時、ご
っちんが声をかけてきた。
「大丈夫?」
ごっちんって結構純粋なんだ。あたしが向けた刃をさらに翻してくること
はなかった。きっとごっちんにはごっちんの苦しみがあるんだね。大丈夫
だよ。あたしはどんな時でも笑顔を作れるんだ。だからあたしを舞い上が
らせて。かりそめでもいいから。空っぽの笑顔を少しでも満たしたいから。
ちょうど1年前。裕ちゃんがモーニング娘。を脱退した。体のいい言い方
では「卒業」。でも実際は「リストラ」。明日香、あやっぺ、紗耶香と続いた脱
退劇はとうとう当初から囁かれていた裕ちゃんの番になった。
「あたしは引退やないから」
ショックを隠し切れないメンバーに対し裕ちゃんはそう言った。事実、現在
裕ちゃんは芸能界に残り、数々のバラエティ番組やドラマに出ている。そし
て、あたしたちとはハロモニや、ハロプロライブなどで時々顔を合わす。でも、
モーニング娘。を離れたことには変わらない。明日香、あやっぺ、紗耶香と
は違うものを感じた。そこには未来のあたしがあった。きっと芸能界には又、
新人が入ってくるんだろう、そして、その新人はあたしよりずっと若い子なんだ
ろう。いつか居場所が失うように時は流れていくんだろう。裕ちゃんはキライ
だった。ちょっとだけ長いこと生きていることをいいことにあたしを何度も叱り
つけた。芸能歴は同じじゃん、って思った。ずっとあたしの片隅で歌っている
だけじゃん、って嘲笑った。そうだ、この人はセンターに立っているあたしを
恨んでいるだけなんだ、って思った。そうやって、あたしは裕ちゃんと接して
きた。しかし今、そんな裕ちゃんにあたしは未来のあたしを投影した。裕ち
ゃんは頑張っている。モーニング娘。という殻を破って一人で芸能界のつら
さを味わっている。どっちの料理ショーだったっけか、必死でコメントする裕
ちゃんをテレビで見てたんだけど実に微妙な立場に見えた。上手くバラエテ
ィに溶け込んでいないように見えた。対照的にハロモニの収録の時、やけに
裕ちゃんは元気がいい。やっぱあたしたちと一緒にいて嬉しいんだろうなと思う。
「今、楽しい?」
ある時、裕ちゃんはそう聞いてきた。あまりに唐突だったので、あたしは
少し意味がわからなくて首をかしげた。まるで自分は楽しくないと言ってい
るようだった。無理もない。裕ちゃんは歌が好きな人間だった。でも今はあ
まり歌は歌わせてもらっていない。そして、組織にがんじがらめってのを
娘。時代以上に感じているんだと思う。
「楽しいよ」
裕ちゃんは何も返さなかった。あたしが裕ちゃんに見せたのは屈託の
ない笑顔。裕ちゃんはあたしの笑顔の質について大分区別ができるよ
うになってると思う。だからその屈託のなさがどれだけの質なのかを知
っているはず。あたしがどんなに弱い人間なのかってことを知ってるは
ず。そして、あたしがウソでも「楽しい」と言わなければいけないことを知
っている。あたしは裕ちゃんと5年以上付き合ってきた。付き合わなけれ
ばいけない立場だった。だけど、あたしは思うんだ。裕ちゃんと会えてよ
かったって。そして、今は素直に思うんだ。裕ちゃんが好きって。だから
裏の気持ちを読み取るなんてすっごく愚かなことなんだ。あたしの言葉は
そのままに裕ちゃんに届けられる。だからあたしも裕ちゃんの言葉をそ
のまま受け入れる。きっとそれが未来への第一歩。
「裕ちゃんは楽しい?」
あたしが尋ね返した。
「うん、楽しいよ」
裕ちゃんは笑って答えた。
今年のはじめ。成人式に出たかったんだけど、あたしは仕事が入って
いて不参加。去年と同じく他人行事で終わった。仕事の合間を縫って、同
じく成人を迎えたカオリに電話してみた。
「おめでとう」
あっちも「おめでとう」って言ってくれた。カオリはスケッチブック発売記
念の握手会があったらしく、長電話はできなかった。色々あったよね、カ
オリ。誕生日や出身地とかが近くって運命を感じながら仲良くなったあた
したちはいつのまにかお互いがキライになってた。でもあたしの笑顔が乾
いていることはカオリは決して言わなかった。時々意味不明のことを言う
カオリだけど、その分感性が鋭い。だからあたしの悲しい性質は多分裕
ちゃんよりも早く、そして強く感じていると思う。だけど、カオリはずっと自
分の中に閉じ込めてくれた。きっとそれはあたしへの思いやりなんだって
思うようにする。だから、来年も再来年もカオリと一緒に同じ歌を歌ってい
たい。スカスカな笑顔をカオリが忘れてくれるまで。
昨年と同じようにあたしは成人式の様子を夜のテレビニュースで見た。
今年は昨年に比べれば平穏だったようだけど、マスコミはそんな中でも
起こったトラブルをいくつか取りあげていた。大人に失望し、目標を持て
ない子供たち。モロさばかりが目立つ社会にみんな疑いを持ち始めてい
る。そんな中、おぼろげながら夢を見つけ、一心に努力してきた私は幸せ
なのかもしれない。例え、「安倍なつみ」があたしの存在を超えた完全な商
品になっても「なっちがうらやましい」って言う人が一杯いると思う。あたしは
そんな人を蔑みたくない。でも比較してしまう自分がいる。悲しいよね。結局、
子供も大人も誰かを比較するしかできないんだ。よく人気投票ってのを女
性誌で見るけど、それであたしはカオリより上と結論付けてなんになるの?
あたしたちは同じ人なんだよ。差をつけたって、上には上の下には下の苦
しみがある。人の価値は同じなんだ。正当性のない投票で優劣を判別し、
苦しみを植え付けて何が楽しいの? そんなことを主張してみたところで、
あたし自身、その価値が気になってしまう。バカな人間。この子より人気が
ある、このグループより売れているってチェックしている自分がいる。あたし
たちを結局比較してしまう。優越感の塊の人間で、きっとずっそれは罪とし
て背負い続ける。だけど、あたしは生き続ける。それはすごくカッコ悪いか
もしれない。でも死んでしまうという事は、とってもみじめなものなんだ。あた
しはモーニング娘。を辞めたくない。いつまでもずっとモーニング娘。の一員
として、ずっと「モーニング娘。です」って言いたい。
小さなライブステージ。ざわめきの中、あたしは独り、その中心に立つ。
ここにいるのがあたしだってことは前にいる人たちは知らない。ギターが
奏でられる。あたしは胸の鼓動を整える。あたしが届けたいのは歌詞の
意味じゃない。歌詞の意味を心で感じてあたしの声で作り変えたあたしの
想いだ。少し音程を外したっていい。歌詞を間違えたっていい。あたしの
名前を叫ぶ声はない。優越感に浸る暇なんてない。少しだけあたしは純
粋に歌が好きな女の子に戻る。そして、モーニング娘。に戻って、みんな
に伝えたいんだ。あたし一生懸命歌ったよって。自己満足でもかまわな
い。組織があたしを利用しようとしてたってかまわない。ただ、歌が好きだ
から。その想いが届けばいいな。
あたしは笑う。心いっぱいにいろんな想いを詰め込みながら。
(FACTORY #0088 Opening Act by Natsumi Abe)
「小さな頃から」「face」「チェインギャング」「夕暮れ」
480 :
:02/05/07 08:18 ID:v+HPfGuQ
グラフィティ
>>454-479 ホントは飼育で書くつもりだったんだけど、単なる妄想だし、誰も読んでく
れないだろうな、と思い、仕方なくここで。
では。
保全
あんたは何者なんだ。圧倒されたよ
こういう話、好きです。
いやいや、凄い。
484 :
名無し募集中。。。 :02/05/08 00:33 ID:9tj5KRkz
omosiro
すごいんだけど、読んでてちょっと辛い。(途中でやめられないほど面白いだけに・・)
どうです、このへんでコメディタッチの短編などは!
と、リクエストしてみたりして・・
>485
話の流れを考えると非常に難しい問題だな。
勝手に今後の考察。
ナツミが付き合っている彼氏というのは、トシヤと考えて間違いないだろう。
ただカオリたちにサヤカが元風俗嬢であることを伝えたのもトシヤ、
もしくはトシヤに操られたナツミだとすると、
トシヤはサヤカに関することをどこで知ったのだろう?
マリは知らなかったはずで、薄々感づいていたとしても
トシヤに言うとは考えにくい。
また面識のないはずのサヤカに、トシヤはなぜそこまでするのか。
トシヤとはサヤカと関わりの深い人物ではないだろうか?
マリやナツミと付き合い、そして壊すのもサヤカを挑発するためではないか?
また、マキがあれくらいで本当に引き下がったのか。
結果だけを見てみると、トシヤはまるでマキの手足のように
サヤカとその周囲の人間との分断に成功し、マキによる心の支配に重大な貢献した。
またそれにはユウキのとった行動も不可欠な要素だったはずだ。
総合すると、実はトシヤ=ユウキではないか?
それこそがマキの復讐ではないか?
>488
先の展開を暗示するようなことは書かないで・・と作者さん言ってたよ。
>>488 そういうのは別のスレで書くべきなんじゃないかな。
読んでいて作者以外の考察が入ると少々つらい。
つーか、なんで口を挟むんだろう。
誰もキミの意見なんか求めないよ。
一瞬、煽り荒らしの類かと思ったよ。
ゲラゲラゲラ
493 :
名無し募集中。。。:02/05/12 00:57 ID:zi1Q26NJ
ゲラゲラゲラ
かつての名作スレが厨房の巣窟になっていく様は見てられない。
これ以上シアターのイメージを台無しにされない内に、削除依頼出してきます。
いまさらながら作者さん(゜Д゜)ウマー
後編も期待しています!
厨房対策には透明あぼーんをどうぞ。
触れすぎると危険ですよ。
498 :
名無し募集中。。。:02/05/14 16:58 ID:G3rL1TNd
ほぜむ
ho
500ゲット保全
501ゲット
502 :
_:02/05/17 20:59 ID:HCyDQhoh
502ゲット
HPは移転ですか?廃止ですか?
移転でしたら移転先を告知して頂けませんか?
おながいします。
504 :
:02/05/18 13:34 ID:31HRNbQt
期間限定だった気がしたけど?>作者サイト
答えるついでに、保全。
保全
ホッタ
507 :
:02/05/20 15:54 ID:geJYG/r/
>503
上の方でそろそろ消すような事言ってた、だから消えたんでしょう。
連夜の大明神ほぜむ
(●´ー`●)
511 :
:02/05/22 15:22 ID:oKjUwVvX
保全
512 :
:02/05/23 17:07 ID:e6swUBpx
保全
(●´ー`●)
514 :
名無し:02/05/24 11:06 ID:swUoZveu
515 :
:02/05/24 19:26 ID:mx99hXzj
hozen
ぽぜん
518 :
:02/05/26 17:13 ID:xI4E09lB
作者です。
感想、保全ありがとうございます。励みになります。
サイトですが移転しました。あいかわらずのコンテンツですが、
昔に書いたやつも置いたので読んでなかったら是非読んでみてください。
http://etm.s3.xrea.com/
>>518 知ってる作品が大半なんだけど、同じ作者だとは知りませんでした。
>>518 瞳にうつる私とふたりは、当時かなり好きな小説だったんだけどまさか
これと同一作者だったとは。。。かなりビビった、未読の作品も読ませてもらいます
>>518 もうコテハン名乗ってもいいんじゃない?
いや、是非きぼんぬ。
523 :
:02/05/29 01:40 ID:cYvFZX7F
ヤス
( `.∀´)ノ<ダッー!
526 :
:02/05/31 19:37 ID:fGEpiCuV
hozen
528 :
sage:02/06/03 04:32 ID:ddl6r/hj
hohen?
( `.∀´)ノ凸<保田記念とったわよ!
ぽ
(●´ー`●) <ごっつぁん
穂
保
田
( ^▽^)<圭!
536 :
:02/06/07 23:01 ID:RP4bZt5R
保存ありがとうございます。もうしばらく待ってください。
ごめんなさい。
保全
保全チャム
h
o
z
e
n
保全で。
541 :
:02/06/13 16:54 ID:vyq9sezc
保全
( `.∀´)ノ[●]<ニッポン保全
543 :
:02/06/14 19:17 ID:OZyMmXd6
ギュット抱きしめながら保全
そっと口付けて保全。
545 :
七資産:02/06/15 09:19 ID:2Zcmelfa
ギョッと抱き締めてぞっと口付けて保全
めっちゃ保全
547 :
:02/06/17 00:08 ID:yaxGGBEa
飼育で再開してんじゃん
550 :
:02/06/18 15:13 ID:fFGpBvix
ヤグチ保全
紺野保全
552 :
_:02/06/19 11:10 ID:8CFtg7xf
和田薫保全
552激イヤ記念保全
|⊂⊃;,、
|・∀・) ダレモイナイ・・オドルナラ イマノウチ
|⊂ノ
|`J
♪ ,,;⊂⊃;,、
♪ (・∀・∩) カッパッパ♪
【( ⊃ #) カッパッパ♪
し'し'
♪ ,,;⊂⊃;,、
♪ (∩・∀・) カッパッパ♪
(# ⊂ )】 カッパッパ♪
`J`J
|⊂⊃;,、
|´D`) ……
|⊂ノ
|`J
557 :
:02/06/23 00:03 ID:xPDksMHA
( `.∀´)<あげんな!
保全
560 :
Kウィン:02/06/27 19:14 ID:a7FHIGEx
///////////
/////////
///////
/////
///
//
/
po
(
`
.
∀
´
)
DANCEするのだ
キテ━━( ●´ー`)゜皿゜)`.∀´)^◇^)´Д`)^▽^)0^ー^)‘д‘)´V`)’ー’川`▽´∬o・-・)・e・) ━━!!!!!!!!
ほ
幸せですか?保全
不安で(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
ふぉじぇん
|⊂⊃;,、
|・∀・) ダレモイナイ・・オドルナラ イマノウチ
|⊂ノ
|`J
♪ ,,;⊂⊃;,、
♪ (・∀・∩) カッパッパ♪
【( ⊃ #) カッパッパ♪
し'し'
♪ ,,;⊂⊃;,、
♪ (∩・∀・) カッパッパ♪
(# ⊂ )】 カッパッパ♪
`J`J
ほぜんです。楽しみにしています。
ho
きびきび踊るわよ!
それにしても最下層まで落ちたなぁ〜
575 :
:02/07/12 08:15 ID:lwU33D+G
, ‐ァ'⌒ヾヽ ァ'⌒-‐-、
{___{==O}}.}⌒ ⌒ー-::,,.}ユ、 ∧∧
r「-‐ヾ、ァ'´,::'´/ハヾ::、、ヽ、ノ < あ
ハ _,、_/:::/::::/ ノ }ノ \i} ト、 < げ
. /:..l`ト⌒ヾ.、::/⌒` ⌒`// .:ヽ. < ま
{:::::|::iヽ、 、 ){ァ'T.ヽ .ハヾ/ハ::::::::l < |
ヾ、::l ヽ 'ヾ:l {__ツ {ツ.'{ノ .l:i::ツ. < す
ヾ ハ ,__ト, ''.'' (⌒ ツ::} レ'^ <
〉ニ,,_ノヽ` ー‐''´ヾシ' ∨∨
l、 ノl/iニ)、ヾ、
`} '´ 〈 〉^ツ
/ == `ー' 〉‐っ
/、_...._ ヾ〉┘
〈ー、 ,,..,, .``ヽ、... ,べヽ
 ̄ ~`´iー`ヽ、_,,..=-、ハノ
l | | l
{,、,、,i, l,、,、|
[ ェュソ[ ,ェ}_
F=ィ⌒ヽ =ィ'⌒ヽ
[、_ノ⌒l_ノ⌒}
保全
577 :
:02/07/14 11:15 ID:sQxpi+Kd
( `.∀´)<喝!
保全
下がりすぎ。誰か頃合いを見てageてくれ。保全
>>579 別にageる必要は無いんじゃなかったっけ?
581 :
名無し募集中。。。:02/07/18 02:28 ID:wksSddUV
age
保全
保全保全!
一日一保善
ほ★ぜ★ん★
川o・Д・)<保全保全!
保全
Hello!Really?
保全
Do it now!
Thread keeper!
HOZEN!!!!:-)
保全書き込みを行います. 1028047306
595 :
:02/07/31 19:48 ID:Av0mfjbQ
辻ショック保全
( T.∀T)<クビよクビ!
597 :
:02/08/02 11:14 ID:WpA2gHbY
>ヤス
お疲れ〜。
もうモーヲタ辞めかかってるんだけどこの小説とシアターだけが気になって
まだ完全にモー板ぬけられない…
599 :
:02/08/03 21:22 ID:0FbhX33N
ほぜん。
>598
更新がゴマ脱退に間に合うといいなあ
600 :
名無し:02/08/05 17:24 ID:kjFTAyF3
ほぜんパピコ
チュ!ヤスダパンティ保是無
>601
誰もそんなもんいりません
oden
チュ!保田パーティ保是無
605 :
:02/08/08 20:53 ID:qBhLLjlD
でんでん保全
( `.∀´)<私のウインクでサンデーも復活よ!
Don't be so emotional.you!
609 :
:02/08/11 18:06 ID:GLA+ZJ3W
えっと‥作者です。
鯖が変わってからこのスレを見失っていたのですが、まだ存在していることを知り、
驚きとともに感動しますた。保田さんをはじめ、保全している方、本当にありがと
うございます。んで、小説ですが自サイトには書いたのですが、あっちへ行かない
人のために同じようなことを書きますと、最初の予定を変更して書き上げてから出
すことにしました。
ということでもうしばらくかかりますが、よければお待ちください。
現在、泣きながら書いてます(w。
>598 これ、めちゃ嬉しかったです。
>601 ください。
>607 突然死しちゃいます。サンデーが可哀相です。やめてください。
610 :
:02/08/11 21:51 ID:cVy2qr06
なんだ?誰も言わないなら漏れが言っちゃうよ?
作者降臨キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!
楽しみにして待ってます!
∋oノハヽo∈
ケメピョン━━━( `.∀´)━━━━━━作者ゲット !!!
更新待ってます
作者が再びくるまで保全
hozenn
あ、なんか俺のIDカコヨクねぇ?
ひさぶりに作者さんのHPいってみる保全
ひさぶりに作者さんのHPいってきた保全
617 :
:02/08/17 16:30 ID:sc3s/Kmb
今日は24時間なので保全
人 `.∀´人ピーチ保全
从0 `.∀´ 0从<保全カレーニダ
・・。・゚・(ノД`)・゚・。 サンデー・・・
サンデーさよなら保全…ってサンデー関係ねぇよ!
ふわふわ ∋oノハハヽヽヽo∈
/ ヽ
/ `. ∀ ´ ゙、
i 、| 彡
l !
ヽ / ふわふわ
\ /
\_ _./
∀
│
│ ノハヽヽハヽo∈
∩(・-・;川`.∀´)
( と )
(_(_ノ_ノ ))
623 :
:02/08/21 11:16 ID:W85uiDEz
サンデーありがとう・゚・(ノД‘)・゚・.
( `.∀´)<今日はBSで保田圭100%よ!
ほぜん
∧_∧
( `.∀´)
>>1さん
) l
_/||__||\ 今日はあなたの望みどおり
( ̄ ̄ ( ) ̄ ̄ ̄)
 ̄ ̄ ) (  ̄ ̄ ̄
| |
| |
|___|
|___|
| | |
| | |
| | |
| | |
(__)_)
∧_∧
/) ( #`.) 裸にエプロンです
| | l ( /)
| |/ ̄\/ \// 気に入っていただけましたか?
\_( |/\\_/
| |─∞-(
/ | ○ ヽ
/ /( 人 ゚o) ))
/ / ///
( (( ( (__( プリプリッ
 ̄ \ \\
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(_/__/
保田の最後のプッチ出演乙カレ記念カキコ
秋山引退寂しいホゼン。
川o・∀・)ノカンペキデスタ
期待ほぜん
月末保全
ホゼン
今月最初の保全( `.3´)チュ!
635 :
:02/09/01 18:31 ID:VGki/xxB
B地区保全
636 :
:02/09/02 18:07 ID:FnWZLGGF
637 :
:02/09/03 10:57 ID:0GGglrAO
sage
シアターdat落ちしちゃったね保全
hozen
俺も保全するー
ほ・ぜ・ん!チュ
補ゼ
( `.∀´)ジュルッ
保守
ho
ほぜん
ヽ(`Д´)ノホゼンシチャウヨウワーン
ほぜん
保全
( `.∀´)<卒業まであと半年ぐらい?
@ノハ@
( ‘д‘)<保全やで〜
保全
654 :
名無し募集中。。。 :02/09/21 13:11 ID:YHyYldEm
@ノハ@
( ‘д‘)<保全やで〜
メゾン
( ´ Д `)<んあ。さようなら。
hage
>>657 @ @
(+`д´)<誰が禿やねん!保全
659 :
:02/09/26 19:40 ID:t0FIjkeZ
まだかなぁ…
( `.∀´)<スマイルお持ち帰りですか?
( `.∀´)<九月最後の保田
( `.∀´)<10月の初保田出し
↑Σ( `.∀´)
保全だけで新スレにいきそうだ・・・保全
>664
ほぜん
1587990ty
( `.∀´)<太のせいで私のカフェパンクしちゃったじゃないのよ!
( `.∀´)<保全保全
ひさぶりに作者さんのHPいってみたら……
( `.∀´)<作者回復祈願保田
( `.∀´)<わたしが看病しに逝ってあ・げ・る チ ュ!
保全
ほぜん
ダーヤスありがとう
ダーヤスいいこなのにね
ダーヤスいうな!
ダーヤス投げまくり
保全
ho
ほでむ
Ho ze n
zzzzen
ZenHo
保全
hoz
保全
ヤスダヤスダ
ヤスダクリ○○ス
さて○の中に入るのは?保全
( `.∀´)y--~~<作者さん、あんたモーヲタの鏡ね!尊敬するわ!
( `.∀´)y--~~~<新曲買いあされ保全
保全
hozen
ほぜん
689 :
名無し募集中。。。 :02/11/06 14:21 ID:o+LdhOBG
ほぜん
ほほぜん
ほほほぜん
ほほほぜん。ほ。
ぼぜん
ほせん
ほ、全
やまっとう
(;´ Д `)人`.∀´人川VoV;从
>>(;´ Д `)人`.∀´人川VoV;从
ある意味見てみたいw 保全
それはごやっとうな訳だが……
そろそろ復活の予感・・・
( `.∀´)<Keiは自分が一番大好きです!
( `.∀´)<Keiは自分が一番好きです!
705 :
名無し:02/12/01 07:25 ID:0DfJeK2T
保全
Hozenするのだ!
| 圭 ち ゃ ん 誕 生 日 お め で と う ♪ ♪ |
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ノハハヽ.o゜*。o
川`.∀´)⌒ヽ*゜*
( つ/ヽ )。*o
| ○――' ゜
(__)_)
( `.∀´)<ってジサークジエンかよ!誰か祝えYO!
708 :
:02/12/06 22:36 ID:1y71SOzu
おめでとうございます。
そして俺には懺悔(;^▽^)。
>>707 ジサクシエンってことは・・・本人か!?
>>708 ∋oノハヽo∈
ケメピョン━━━( `.∀´)━━━━━━作者っぽい人ゲトー !!!
影ながらいつも応援と保全しています!
>>709 ( `.∀´)<それはタブーよ