つんくの興奮が冷めてきた頃、再びつんく邸に静けさが戻った。
「…大丈夫やから…」
つんくの肩を抱き、頬をすり寄せる中澤。
「…せやな…」
おもむろに携帯を手に取る。
「誰に電話するん?」
「誰かって…決まってるやろ。保田や」
中澤はつんくの体から身を離した。
「あんた…!こんな時にどうして…!」
「こんな時だからに…決まってるやろ!ストレス…発散や!」
半ばヤケクソになってるのだろうか、つんくの目は常軌を逸していた。
「ちょっと待ってぇな!」
中澤が携帯を取り上げた。
日本テレビ。
「すいません。ここの楽屋にカメラのレンズありませんでした?」
局員にレンズの所在を尋ねる保田。
聞くところによると所有者がわからなかったため、一時小道具部屋に置かれたらしい。
ありがとうございました、と礼を言うと保田は小道具部屋に向かった。
その途中、後方で聞き覚えのある声がした。
「保田さ〜ん!」
石川が走って保田のもとへ近づいてくる。
「あんた!どうしてここにるのよ!」
前かがみになり息を整える石川。
「そんな事よりも…つんくさんから…電話ありました…?」
息が切れている石川はどこか色っぽかった。
「つんくさんから?ないわよ。で、なんでここにいるのよ」
「それは…なんとなくですよ…」
そうこう話しているうちに小道具部屋に着く二人。
小道具部屋とはいったものの、その役目はほとんど物置と変わらなかった。
「なんか…ほこりくさいですね…」
当たり前のように無視をされた。
…ここに私の大切なレンズが…
その事だけが保田の頭に浮かんでいた。
部屋を見渡すと、使わなくなった服、ストーブ、ドラマの台本などがあちこちにあった。
…忘れ物をこんな所に置いておくんじゃないわよ…
苛立ちを覚えながら石川に命令する。
「あんた、私のカメラのレンズ探しておいて」
そう言うと、部屋にあるパイプ椅子に座る保田。
「え〜、私がですか〜?」
利用されている反面、頼られているのが内心嬉しかった石川。
棚がいくつもあるため、探すのは困難だ。
…ふう、疲れた…
「保田さ〜ん、ありませんよ〜」
…紗耶香、元気なかったな…
「保田さ〜ん!これなんですか〜。面白いですよ〜」
…裕ちゃんも、なんか違ったし…
「あ!保田さ〜ん」
…2人ともつんくさんと上手くいってないのかな…
「紗耶香…本当に辞めるの…」
「うん、でもねつんくさんがね…」
「そっか…、じゃぁ栄光ある卒業なんだね…」
「そうよ!今に見てなよ〜!すっごいシンガーソングライターになってやるんだから!」
…そう言えば、現像した写真見てなかった…
「ほら、ガス詮がありますよ〜」
…どこだっけ…あっ、これか…
「石川ここで暮らせそうですよ〜」
…ちゃんと現像してあるわね…
「保田さんも一緒に暮らしませんか〜」
…なに…これ…
「保田さん?」
写真を覗き込もうとする石川。
「な、なにやってるのよ!早く探しなさい!」
そういわれた石川はしぶしぶ戻っていく。
とたんに、保田の携帯が鳴り響く。すると、石川はすごい剣幕で声を張り上げた。
「保田さん!だ、誰からですか!?」
「うるさいわね…。裕ちゃんよ」
「そ、そうですかぁ」
どこか石川は安心したようだ。
「もしもし…?」
「あぁ…圭坊か…」
いつもの中澤の元気がない。
「裕ちゃん…?泣いてるの?」
「いや、大丈夫や…。サブリーダーのあんたに話があるんやけど…」
「何?」
「良いか、誰にも言ったらあかんで。あのな…」
「え?犯人がメンバーの中に?」
「そうなんや…。信じたくないけどな…」
「そんな事って…。圭織もこの事…」
「圭織には言ってへん。あいつリーダーやけど動揺しやすいからな」
「おかしい…おかしいよ…」
「気持ちは分かるで。でもな…これが現実なんや」
「……」
「それだけや、じゃまたな…」
中澤との電話が切れると、再び保田の携帯がなった。
「…、石川。つんくさんからよ…」
さらに驚く石川。
「出ちゃ駄目です!」
いつもとは違った、真剣な表情のでそう言った。
保田は少し勢いに押されたが、それでも携帯に出ようとする。
「保田さん…出ないで下さい…」
石川はいつの間にか涙声に変わっていた。
…うるさい…
そして保田は携帯に出た。
「もしもし…」
「あぁ、保田か!お前になぁ、良い話持ってきたんや」
どこかつんくの息遣いは荒い。石川はなぜか涙を流している。
「良い話?」
「そうや。保田、お前脱退しろ」
「は!?」
「市井みたいに回りくどい辞めさせ方はやめや!お前はな、戦力外なんや。
お前1人いなけりゃ、今度のオーディションで1人多く合格させれるやろ?」
「ちょ…」
「お前もいい夢見れたやろ。会見とかのコメントは事務所に任せとき。」
「待って下さい!紗耶香がなんですって…?」
「だからな、市井辞めさせる時は面倒やったんや。色々嘘考えたりな。
せやけどな、やっぱ話題っちゅうのは必要なんや。」
「そんな…。紗耶香は…シンガーソングライターになるって…」
「なれるわけないやろ?大体、なんであいつが選ばれたか分かるか?あみだくじで決めたんやで…ハハハ」
「嘘…」
「嘘やない。ってか市井の事はもう良いねん。じゃ、保田は脱退決定な」
「なんで!なんで私が!?」
「…分かってるやろ」
そう言ってつんくは一方的に電話を切った。
泣きながらリビングに入る中澤。頬がかなり赤い。
「裕子か…殴ってすまんかったなぁ」
悪気が微塵もこもってもない謝罪の声。
「でもな、お前が邪魔するからいけないんやで」
つんくが下品に笑った。
「トイレ…行ってました…」
中澤にとってその言葉は、『福田に報告しました』と同等の意味だった。
「またか、裕子!しかも、お前のトイレ長いなぁ!」
つんくがまた下品に笑った。
「…」
無言のまま放心状態となる保田。
「保田さん…」
「…知ってたの…?」
保田の声からは怒りは感じられなかった。
むしろなんの感情もこもっていない無機質な声だ。
「石川は…なんでも知ってますよ…。保田さんが…ここに戻ってくる事も…。
安倍さんが誘拐された事も…あいぼんが…よっしーを階段から突き落とした事も…。なんでも…」
涙で途切れ途切れの声でも、保田にははっきり聞こえた。
加護が吉澤を階段から突き落としたという事が。
「そう…。もう駄目ね、娘は…。いらなくなったらすぐお払い箱。
おまけに仲間を疑ったり…傷つけるなんてね…。もう…疲れたわ」
そう言うと保田は石川を払いのけ、ガス詮を開いた。
シューとがガスがもれる音がし始める。
「保田さん…?何する気ですか…?」
そんな事はとっくに想像はついていた。だが石川は認めたくなかった。
保田はストーブの灯油を床に撒き散らした。
「やめて…やめて…下さい」
保田に飛び掛り止めようとしても振り払われてしまう。
「ふん…良い気味だと思ってるんでしょう…。もう疲れたわよ!そんな人生。
笑いなさい…笑いなさいよ!無様でしょ?」
シューとガスがもれる音が大きくなる。
「保田さん…そんなこと…言わないで下さい…」
灯油まみれの石川が保田の足にすがる。
倒れたストーブからは続々灯油が流れ出る。
それでも保田は棚にあったマッチを手にした。
「…行きなさい……」
涙を流すその目は力強かった。
「行きません…保田さん…駄目です…」
涙で顔がくしゃくしゃになる。その顔はとてもアイドルとは思えないほどだった。
「うるさい!あんたも巻き添えになるわよ!」
マッチを箱から取り出す保田。
ガスが部屋中に充満したせいか、2人ともせきをし始めた。
「駄目ですよ…そんなことしちゃ…保田さぁん…」
見下ろすとそこにある石川の顔。
…私はずっとこの顔が憎かった。
「はじめまして…石川梨華です。よろしくお願いします」
…この声も大嫌いだった。
「保田さ〜ん、今度の曲、石川がセンターなんですって!どうしたら良いんですか?」
…私を踏み越えていく女。
「やめましょう…保田…さん…」
「うるさい…!うるさいわよ!」
マッチ棒をやすりに付ける。
「駄目です…。駄目……!」
「だまれ…黙れ…!」
その時、日本テレビの建物が激しく揺れた。
ジリリリリリリ!
日本テレビの火災報知気が鳴り響く。
そして、けたたましい音と共に爆風が部屋のドアを吹き飛ばした。
熱気とざわめきが波紋のように広がっていく。