「うちなんだ…」
いつの間に目が覚めたのだろう、ソファに寝かされていた加護がそう言った。
「え?」
お菓子を食べていた辻は、突然の出来事に驚きふためいた。
「よっしーを階段から…落としたの…うちなんだ…」
涙を我慢しているような、少し声が裏返っている。
「なっ…!じょ、冗談でしょ…。ど、どうしてそんな事…!」
辻は目の前に犯人がいる事の恐怖と、好奇心でいっぱいだった。
「今日、『OH−SO−RO』の収録中に市井さんが来たって言ったやん…?」
辻は、あぁそんなメールが来たっけ、と記憶をさかのぼっていた。
「その時、市井さんがつんくさんに今回の事件の事話していたんや…」
「どうして、あんな平仮名しか打ってこない犯人を警戒しなきゃいけないんですか?
題名も『くいずです』なんて…。なっちも誘拐するなんて…」
ラジオ局での市井の声だ。
「うちな、収録中にトイレに行ったんや。その帰りのこと…」
加護の声がみるみる涙に染まっていく。
「うち、それ聞いて…今回の事思いついたんや…。アドレスは、前につんくさんから聞いたし…。
ただメール出すために、携帯のアドレス変えなきゃいけなかったけどな」
辻は、ようやく加護宛に出したメールが戻ってきた理由が分かった。
「でも、でもなんでよっしーを…?」
辻は明らかに怯えた声だった。
すると加護はいきなり服を脱ぎだした。
加護の肌に見えたものは、いくつものあざ。
大きいもの…小さいもの…。色も様々だ。
「これ…何に見える…?なぁ…何に見える?」
立ち上がった加護の顔は、赤味と大粒の涙で彩られていた。
「冗談でしょう…」
後藤がこの声を発するまでどれくらいの時間がかかっただろう。
彼女が睨む先には泣きすする吉澤がうつむいていた。
「ううん…本当…。あいぼんが…やったの…」
また再び沈黙が訪れる。
「あの時ね…、あの…皆を待っている時間。いきなり梨華ちゃんが寝始めたの…。
今考えると、睡眠薬とか、目薬とか入れていたのかもしれない…。そして…そして私は…」
吉澤がせきを切ったように語り始めた。
辻がむせるような声で涙を必死にこらえている。
それもそのはず。目の前で全身あざだらけの少女がいるのだから。
「こんなんだから…うち。三人祭り…嫌やってん…」
普段、服を着た状態で露出する部分には、あざは1つもない。
「これな…全部…よっしーにつけられたものなんや…」
「は…?」
辻は加護の言葉を信じようとは思わなかった。
「結構…うちらが娘に入って、ちょっとした位やったと思う。最初は軽く叩かれたり、打たれたり。
それだけやったんや…。でも、段々…段々それが強くなってきて…」
加護の体が震え始めた。
「休憩中とか…みんながいない時とか…、人気のない所に呼び出されて…。
殴ったり…蹴ったり…つねったり…。すっごく…すっごく痛かったん…。
今日…梨華ちゃんのお茶に…ね、目薬入れてみたんや…。
そしたら、梨華ちゃん…本当に寝てもうて…。うちも寝ようかなって思ったけど…。
そしたら、いつものように…よっしーが…。今日こそ、よっしーにこんな事やめさせようと…。
これで説得できなくてもな…、つんくさんに出したメールで…よっしーが脱退する思て…。
安倍さんの事…利用して…悪い事してるて…思ってた…。」
辻は胃の奥から吹き上げてくるものをこらえながら聞いていた。
「でもうちは…誰にも相談できなかった…。ののに相談しようとしても、あんまり話聞いてくれなかったり…。
ほんまは、今日も階段から突き落とそうなんて…考えてなかったんや…。
だから…その後、誰かに背中押されたんも…バチなんや…。
でもな、のの…。うちが…よっしーを説得しようと…こんな事もうよそう、と言った時…。
…よっしーが…よっしーが言ったんや…。『あんたが…』」
「…最低」
加護の口が止まった。一番側にいて欲しい人に、一番言われたくない言葉…。
「どっちも…どっちじゃん…」
一番分かっていて欲しい人の、冷徹な言葉…。
加護は、足の力が無くなったかのように床に尻を落とした。
「心配して…友達だと思ったのに…。よっしーもあいぼんも一緒じゃん…!」
耳を塞いでも響いてくる声。
「安倍さんも…安倍さんもあいぼんが…」
「それは…それは違うで!!」
すると辻は自分のバッグも持ち、部屋を出て行った、「人殺し…!」と言う事場を残して。
加護は半裸のまま、ただ泣くことし出来なかった。
「なんで…そんな事したのよ…」
オレンジジュースの氷が溶けてしまった。
「分かるでしょ…?あいぼんばっかり皆見てて…。おかげで私ははきだめの10人祭りよ…」
「そんな…そんな事で加護をひどい目に…。あんた、最低…!」
最低、という言葉に吉澤は笑った。
「そうかもね…。どんな理由があっても私は最低だよね…どんな理由があっても…」
吉澤の目に涙が溢れた。
「でもあの時、私、あいぼんに酷い事言ったの…。だからあいぼんは…」
「なんて…なんて言ったのよ…」
「……」
みるみる内に後藤の顔が明らかに怒りに満ちた。
「…あんた…ゲスよ。市井ちゃんと…大違いよ!」
「市井ちゃんと大違いか…」
どこか思いつめた様子で立ち上がる吉澤。
「ごめんね、もうここにはいれないや…」
そう言い残し、吉澤はファミリーレストランを飛び出していった。
テーブルには2つのコップと1人の少女だけが残された。