☆PEACE・6☆〜another side〜
紺野あさ美編「ひとりぼっちのウサギ」
こんにちわ。私、紺野あさ美です。
今年で、中学校3年生になります。
私は今、全寮制の「聖ハロー女学園」に通っています。
みんながいるし、元気にやってます。
そもそも、なんで私がここに来たかって言うと…。
私に無関心な遊び人の父と、いつもヒステリックで口うるさい母から産まれました。
私の心の支えになってくれたのは、優しいおじいちゃんだけでした。
産まれた時から、両親のことは大嫌いでした。
遊び人の父は、ぶらぶらして家にいることはあまりなかったし、
母は母で、そんな夫にストレスを溜めていつも鬱状態でした。
まったく正反対の性格の2人が、よく結婚できたものですよね。
そんな父と母が離婚したのは、私が中学校1年生の時。
小学校の頃から絶えずケンカが続いていたので、さっさと離婚して欲しいと思っていました。
ところが、父と母が離婚しても生活は全く変わりませんでしたね。
ああ、ちなみに「紺野」とは母の旧姓です。
父は、遊ぶ金欲しさに母はおろか、私にすら「金貸して」とせびって来ました。
母は、父が尋ねてくるといつも機嫌が悪くなり、ヒステリックになって、
よく私を怒鳴りつけました。
加えて、学校でもいじめられていたので、とても辛かったです。
私ってば、何かいつもボケーっとしてるところがあるみたいで…。
よく、「トロい」とか「うざい」とか言われてましたね。
それについては、あまり語りなくないので…ゴメンなさい。
それにしても、まったく、よくあんな生活で耐えてたものですね、私。
中1の冬頃に、ついに私は家出をしました。
と言っても、行くアテもないので、隣町のおじいちゃんのところへでしたが。
小さい頃に何度か行ったきりでしたが、今の私なら1人でも行けるハズです。
全財産と、数日分の着替えを持って、バスに乗って行きました。
おじいちゃんは、父の父で、小さな牧場を経営していました。
おばあちゃんはすでに亡くなっていたのですが、とても優しい人だったことを覚えています。
おじいちゃんは、孫の私の訪問をとても歓喜してくれました。
そして、「いたければ、何日でもいなさい」と優しく微笑んでくれたのです。
その笑顔が、私の心に痛く響いたので、私ったら思わず泣いてしまったんです。
そしたらおじいちゃんは、私の涙をそっとハンカチで拭いてくれました。
「あさ美。辛いなら、無理をする必要はないんだよ」
そう言ってくれたのを、覚えています。
夜になって、母が牧場に来ました。
またヒステリックに、「あさ美!!帰るわよ!!」と叫びましたけど、
おじいちゃんの仲介で、話合いの場がもたれました。
最初のうちは、3人で話していたのですが、大人の話になって、
私は部屋を追い出されてしまいました。
時々、あの優しいおじいちゃんの怒鳴り声と、母のすすり泣きが聞こえましたが。
私は、2人の話が長くなることを予感していたので、牧場を見て回ることにしたのです。
夜なので、さすがに家畜を野放しにはしていません。
とりあえず、牛を見ることにしました。…が。
牛舎は、近寄った瞬間にもの凄い匂いがしたので、やめました。
豚舎も、牛舎と変わらないくらいひどい匂いがしたので、これまたやめました。
そこで私は、ウサギ小屋の存在を思い出しました。
亡くなったおばあちゃんが飼ってたうさぎです。
ところが、うさぎ小屋はどこにも見当たりませんでした。
(おかしいなぁ…。ウサギ小屋、どこだろう)
何度も何度も、行ったり来たりして探していたのですが、
とうとう見つからないままでした。
そのうち暗くなってしまい、結局ウサギ小屋を見つけられないままでしたが、
母が私を大声で呼ぶ声が聞こえました。
遠くからでもよく聞こえるその声に、少し嫌気がさしたのですが、
ゴネても仕方ないので戻ることにしました。
「それじゃあ、お義父さん。あさ美をお願いします」
「わかっとる。お母さん、あまり無理はなさるなよ」
「ハイ…。それじゃあ、あさ美。おじいちゃんの言う事、ちゃんと聞くのよ」
「は、はい…」
「それじゃあ…」
去り行く母の背中を見て、私は頭の中がパニくってました。
あれれ?なんで私、置いて行かれるの?
何の説明もなしに、どうして?
「お母さんな。ちょっと疲れてるんだよ。
だから、しばらくあさ美をうちで預かる事にしたのさ」
自分でも気付かないくらい、不安な顔をしてたのでしょうか。
おじいちゃんが、私の疑問に気付いてくれました。
「どうして?私、ここに残っていいの?」
「いいんじゃよ」
「本当!?」
「ああ…」
おじいちゃんは、優しい表情で微笑んでいます。
(やった!)
不謹慎とは思ったけれど、これが喜ばずにはいられません!
だって、しばらくの間、あの口うるさい母と一緒にいなくていいんだもの!
これは、思ってもみないラッキー!
父にも母にも会わなくていいし、学校に行く必要もないんです。
私を苦しめる者は、何もないんですから!
おじいちゃんの家での暮らしは、すごく充実していました。
おじいちゃんと一緒に早起きして、牛さんや豚さんの世話をして…。
初めは臭くて近寄れなかった畜舎も、すぐに慣れました。
芝生に寝転がったり、畑仕事をしたり…。
初めて経験した牧場の仕事は、辛かったけど、すごく新鮮でした。
ある日、私は、前から気になってたことをおじいちゃんに聞きました。
なんだか、聞いてはいけない気がしていたのですが…。
おじいちゃんは、あっけなくその答えを教えてくれました。
それは、あのウサギ小屋のコト。
おじいちゃんの答えは、「ウサギはもういないんじゃ」とのコトでした。
凄く残念な反面、おじいちゃんが辛そうな顔をしたので何も聞きませんでした。
続けておじいちゃんは、「ウサギはな。1羽では生きることができないんだよ」と教えてくれました。
きっと、おじいちゃんにとってウサギは…おばあちゃんだったんでしょう。
おばあちゃんの飼ってたウサギを大切に育てたけれど、そのウサギもいない。
だけど、おじいちゃんは1人で生きられるから…ウサギじゃないんです。
そして、私もウサギなんです。
だから、1人じゃ生きられないんです。
私を支えてくれるのは、おじいちゃんだけだけど…。
それでも、1人じゃ生きられないんです。
なんとなく、そんな風に思っていました。
そんな私の考えを見ぬいたのか、おじいちゃんが言いました。
「あさ美は、人間だ。ウサギじゃないよ」
私はビックリでした。
1ヶ月ほどの滞在。
そろそろ母が迎えに来るという、年末の事でした。
おじいちゃんが、急に畑で倒れました。
私は、必死になって救急車を呼び、病院に運ばれました。
とにかく私はパニックになって、これまでで一番泣いたと思います。
母に怒鳴られた時より、父に殴られた時より、学校で教科書が失くなった時より。
私は知らなかったのですが、おじいちゃんはガン患者でした。
それも、かなり末期の───。
お医者様は、「大丈夫だから」と言っていましたが、
末期ガンの患者の末路が解らないほど、私は子供でもありませんでした。
それからの毎日、ただ泣くばかりでした。
おじいちゃんのいなくなった牧場に、1人で戻って。
家畜の世話を見ながら、ただただ泣くばかりでした。
すごく辛い毎日だったと思います。
母は毎日病院に通い、おじいちゃんの様子を見ていました。
ですが、牧場に私の様子を見に来ることはありませんでした。
牧場での1人の生活は、ほどなくして幕を閉じました。
ひとりぼっちのウサギは、これからどうすればいいのでしょう。
年が明けた1月のある日。
悪い予感がして、牛さんたちに朝ご飯をあげてから、すぐに病院に向かいました。
おじいちゃんの病室に飛び込むと───。
「おじいちゃん!!おじいちゃん…」
「…あ…さ…」
「おじいちゃん…!!あさ美だよ!!…おじいちゃん!」
「…あ…さ、み。…ゴメン…なぁ…」
「おじいちゃん…」
「…あ、…さみ…。強、く…、つよ…」
「もういいから!!おじいちゃん…おじいちゃん!!」
「……大地の…、よう、…に…。…つ…よく、……」
おじいちゃんの言葉が聞こえた後、ピー…という、
まるで死神が笑っているかのような音が耳に入ってきました。
ですが、私は何もわからないまま、目を見開いてボケーっと突っ立っていました。
その日から、私の生活はまた一転しました。
いえ、元に戻ったとでも言うのでしょうか。
母は、より一層厳しくなり、学校を休むのも許してくれませんでした。
相変わらず学校では、いじめられっ子でした。
だけど、私は負けませんでした。
おじいちゃんの残した言葉。
「大地のように強く」───。
それに、私はウサギではない。
私は、人間だもの。
1人でも、強くならなきゃいけないんだ。
…おじいちゃんが、残してくれた言葉だもの。
そう思って生きる他に、私には何もありませんでした。
母と再び暮らすようになって、私は自分を変えました。
普通なら、グレてヤンキーになるところでしょうね。
でも、私のような気弱な女が、ヤンキーになれるはずもなく…。
それでも強くなろうと思って、空手を始めました。
師範には、「筋がいい」とよく褒められたっけ。
勉強もよくしました。
もともと成績は良い方だったけど、学年で1位を取れるくらいに。
運動神経も、意外と悪くないみたいで、
校内マラソン大会では見事1位を取りました。
それでも、友達ができた訳でも…。
母が私を愛してくれる訳でもありませんでしたが。
空手を習い始めてから、私に暴力を振るおうとする人はいなくなりました。
陰口はあったかも知れないけれど、教科書がなくなったり…というのもなくなりました。
けれど、結局、私を認めてくれる人はおらず、孤独なまま。
だけど、私はそれをものともせず、自分を磨くしかなかったんです。
私は、ウサギじゃないから───
1人でも、生きていける───
そう思って、生きて行くしかなかったんです。
月日が経ち、おじいちゃんが亡くなってから1年が経ちました。
この1年の中に、楽しい思い出があったかどうか…。
それすら、解らないような1年を過ごしていました。
ある日、私は進路指導の先生に呼び出されました。
もうすぐ中3なので、進路指導は当然の事と思いましたが、
それにしても、私1人だけ呼ばれたのには何か意味があるのでしょうか?
「失礼します」
「ああ、来たか」
「お話って…」
「ああ、これなんだけど」
先生は、私がイスに座るなり、1枚の紙を取りだしました。
「これは?」
「全寮制の学校のパンフレットなんだ」
「……」
『私立・聖ハロー女学園高等部』
「これ?」
「あ、ああ。この学園な。全寮制なんだけど…。
うちの学校の卒業生からも行ったヤツがいてな。
あ、藤本っていうんだけど。
そいつから、この間手紙が来ててな。
すごくいい学校だから、後輩たちにも是非!って言われてなぁ…」
「それで、私が適格だと?」
「あ、いや…その…」
「私の家情が複雑で、それでいて友達がいないからですか?」
「あ、そうは言ってないが…。
こういう進学先も、ありだな、とな?」
「…そうですか。ありがとうございます。
でも、まだ進学については決めてませんので。
…一応、お預かりします」
「あ、ああ…」
「失礼します」
「…あ、ああ…」
全寮制の女子高…か。
まだ、私には関係ないかな。
そう思い、いただいたパンフレットをカバンにしまいました。
3月上旬。
「ただいま」
誰もいない空間に向かって、私は言葉を吐きました。
返事などない、誰もいないマンションの一室。
母はまだ、帰って来ていないのでしょう。
靴を脱いで、自分の部屋に入ろうとしました。
…が、いつもと違うことがありました。
誰もいないはずの奥の部屋から、「おかえり」という声が聞こえたのです。
ビックリして、慌てて奥の部屋に駆け込みました。
そこには───。
「よぅ、あさ美ィ。元気かぁ」
見たくもない、汚い顔。
聞きたくもない、汚い声。
最低最悪な男───。私の、実の父───。
「なんでここにいるんですか」
「え〜?別にいいじゃん」
「…よくないです。出ていかないと、警察呼びますよ」
「あさ美ちゃぁん。パパ悲し…」
「出てけよ!!アンタなんか、父親じゃない!!」
「あぁ?父親に向かって、その口の聞き方はなんだ?」
「早く出てって…。…下さい」
ところが、最悪の事態はそれだけでは済みませんでした。
「誰かいるの?あさ美。帰ってるの!?」
玄関の方から、母の声が───。
・・・・・・。
おじいちゃん、やっぱり私はウサギだよ。
だって、1人じゃ、生きていけないんだもの…。
強くなろうとしたって、無理だったよ…。
ゴメンナサイ、おじいちゃん。
私も、後を追ってもいいですか?
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
部屋に戻った私は、突発的に、護身用のカッターナイフを探しました。
この時、すでに冷静な判断などなかったと思います。
カッターナイフは、いつもカバンの中にしまってありました。
カバンを開き、奥の方からカッターナイフを取り出そうとしました。
…その時、一枚の擦り切れた紙を発見しました。
『私立・聖ハロー女学園』
「……こんなの……」
その紙を破り捨てようとした時。
『中等部、転入・編入生徒、随時募集中』
正直な話、直感的に感じましたね。
次の瞬間には、その紙を持って電話の前に立ってましたから。
さらに一週間後。
周囲の反対を押し切って、私は入学手続きを終えました。
両親共に反対しませんでした。
父は、「勝手にすればー」と言ってましたし、
母も、「勝手になさい」と言っていました。
こういう時だけ、意見が合うんですね。この2人。
え?お金ですか。
お金は…心痛かったのですが、おじいちゃんの牧場を売りました。
ついでに、おじいちゃんの遺産が私に入ったコトもあります。
…政経の勉強を余りしていないので、詳しい事はわかりませんが。
まあ、とにかくそのお金で、なんとか入学金と授業料を払う事ができました。
この場所で私が変えられないなら、違うところでやるしかないのです。
私はウサギだから、1人ぼっちじゃ生きられないんです。
これからは───。
これからは───。
長い長い冬が過ぎたみたい。
季節のせいじゃなくて…。
私の道は、これから始まる。
もう、誰にも邪魔はさせません。
見ていて下さい、おじいちゃん。
私、強くなります。
ウサギから、人間になれるように───。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
あさ美ぃぃ!お願いッ、宿題見せてッ」
「ちょ…それは、まだ終わってないんですっ!!持ってかないで下さいッ!」
「あんた、夏休みギリギリにキチンと終わらせるって言ったじゃんよ!?」
「暑さでダラダラしてしまったせいでできなかったんですッ!」
「あーあ。2人とも、ちゃんとやらなかった罰だねー♪」
「ほらっ、愛ちゃんも手伝って!!」
「麻琴さん、ズルいですよ!?」
「えー?私、自分の宿題終わったのにぃ〜…」
「あぁぁぁん!!あさ美ちゃん、宿題見せてーなぁ」
「あさ美ちゃん〜、のの宿題終わってないれす〜」
「あなたたちも!?私だって、まだ終わってないんですってばぁ!!」
「もー!!あんたたち、うるさぁぁい!!!」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
おじいちゃん。
あさ美は、元気にやってます。
友達も、たくさんできました。
だから、心配しないで下さい。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
ウサギさん、バイバイ…。