その沈黙をやぶるようにして、あさ美ちゃんがまた口を開いた。
「あのぉ、愛さん」
「何?」
「私、前の学校でもイジめられてたんです」
「え?」
一瞬、あさ美ちゃんの方を向いたときに目が合ったが、すぐになんか目をそらしてしまった。
彼女は遠くを見つめながら、話を続けた。
「前の学校でイジめられてて…。私、何もできなかったんです」
「……」
「それに、両親の仲も悪くって…。私、ズタズタでした。
学校にも行けなくなって、親は何も聞いてくれないし、本当に独りぼっちでした。
だから、どこか遠くに行きたくなってしまって…。
自分でここに転校しようって決めて、ここに来たんです」
「そうなんだ…」
「はい。両親も、別に反対はしなかったし…」
「……」
彼女に対して何も返さず、私は黙っていた。
なんか、それが自然な気がしたから。
そもそも、彼女が複雑な事情を抱えてるコトくらい解っていた。
…だって、なんか裏がありそうだな〜と思ってたんだもん。
だけど…。ここに来てしばらくの頃はまだ、おどおどしてたけど
最近は決してそんなコトはなかった。
イジメられてたとしたって、彼女は明るく振舞っていたじゃない。
「愛さん?」
「え?あ…ごめん、また話聞いてなかった」
「ふふ…」
あさ美ちゃんは、口元に手をやってくすくすと笑った。
「でも、私もう平気です。ここに来て、なんか元気になったっていうか…」
「そうだね」
「だから、私、もう負けないんです。
そういう風に生きてけば、きっといいことあるって信じてるから…。
それに…得意の『コレ』もありますし…ネ♪」
あさ美ちゃんは、またもや得意の『コレ』の素振りをした。
「そーいえば、あさ美ちゃん。『コレ』はどこで習ったの?」
「『コレ』ですか?あ、私、空手やってたんです」
「か、空手!?」
ひぇ〜。イメージに全然合わないねぇ。
だけど、なんとなく納得。さぞかし、『コレ』は強いんでしょうねぇ〜…。
「はい。…あっ、愛さん大変!!」
「え?」
「早くしないと、お弁当の時間がなくなっちゃいますよっ!!」
「え?」
言われた通りに、腕時計を見てみると、60分の昼休みはあと10分で終わりそうになっていた。
「た、たいへ〜ん!!」
「あ〜っ!私、教室にお弁当忘れました…」
「早く早く!!さ、あさ美ちゃん!」
「…ハイ!」
私の差し出した手を、あさ美ちゃんが握った。
そして、一瞬目が合ってお互いに微笑み合って一気に出口に向かって駆け出した。
ドタバタと私たちの駆けて行く音が、屋上に響いた。
「愛さん、心配かけてごめんなさい」
「え?何か言った??」
「…ううん、何でもないです!」
まっ、そういうコトにしといてあげるかぁ〜。
…だって、照れくさいじゃん!
「さっ、みんなが待ってるよ!」
「ハイ!」
初夏の午後の陽射しが、つながった手のひらと手のひらを照らしていた。